Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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chapter 5

 〈パルムの深き場所〉を抜けて、私たちはススキノの街のすぐ近くにいた。

 

「今のところ、警戒すべきところはないな。主君」

「だけど、うろんな雰囲気だぜ。活気がねぇ」

「ま、理由はわからなくもないけど」

 

 ススキノの現状をご隠居から聞いている私は、ススキノの方角を横目で見て眉間に皺を寄せる。

 

 シロエは紙に簡単なススキノを地図を書きながら作戦を解説する。

 ススキノの街はメインストリートが中心となっていて、繁華街は東側を通っている。私たちは西側から侵入するにした。

 

「街の外で待ち合わせではまずいのか?」

「それは下策だな。ちみっこ」

「そうなのか? エロ直継」

「今はその会話はなしだよ。直継、アカツキ」

 

 いつものような言い合いが始まる前に私は二人に制止をかける。さすがに、状況が状況だからね。

 

「私たちはアキバ、セララちゃんはススキノが復活場所だからね」

「そう。もし万が一全滅してしまったら、僕らはアキバ、セララさんはススキノとはぐれて最初からやり直しになってしまう。それは避けたい」

「そうか。うん」

 

 アカツキが理解したところで、次はフォーメーションの確認に移った。

 

「まず、アカツキ……は最初から〈隠行術〉と〈無音移動〉を使用。気配を消してついてきてくださ」

「敬語禁止」

 

 相変わらずの二人に吹き出してしまった。

 あ、シロエがジト目で見てきた。

 

「うー、わかった。クロ、笑わないでよ。――直継と僕とクロ、そして気配を消したアカツキは通常どおりゲートから街に侵入。合流地点の廃ビルを目指す。アカツキはどこか付近の隠れられる場所を見つけて、ビル全体を監視。トラブルがあったら僕に念話で連絡して」

 

 シロエの指示にアカツキは頷く。

 

「直継はビルの入口付近に陣取る。できれば通りと内側の両方が見える場所がいい。その場所で外側と内側のトラブルに備えて待機。僕とクロはそのままビルの中に入り、セララさんと合流。速やかに連れ出して直継のところまで戻る」

「りょうかーい」

「おっけー。えーっと、なんだ。協力してくれる第三者ってのはどうするんだ?」

 

 直継の質問に思わずにやけてしまう。二人とも、会ったら驚くだろうなぁ。

 

「まだ、はっきりとはしてないんだ。個人的には、とりあえずその人もろとも一回ススキノからは脱出しちゃおうと思う。アキバまで一緒に行くかどうかはともかくとして――って、なんでクロ、にやけてるの?」

「い、いや何でも?」

 

 にやけていたらシロエに怪訝な表情をされた。それもそうか。こんな状況でにやけてるのもおかしいよね。

 

「ま、その第三者ってひと、案外知り合いだったりね」

 

 私の言葉に三人は不思議そうな顔をした。

 そのあとも、細かい作戦を確認していく。

 こういう最悪の事態を考えて行動するから、シロエは考えすぎとか内向的って言われるんだろうけど、最悪の事態なんていくらでも起きるから、取り越し苦労になるくらいがちょうどいいと思う。

 シロエの作戦を聞き終わって、私と直継とアカツキは大きく頷いた。

 

「早ければ1時間後にはススキノをさらばだな」

「主君の作戦を支持する」

「うまくいくって保証するよ。私の勘がそう言ってるからね」

 

 勘もそうだけど、なんせこちらは腕のいい〈暗殺者〉に頼れる〈守護戦士〉、そして“腹ぐろ眼鏡”参謀の〈付与術師〉がいるんだから。全然余裕ですね。余裕過ぎて欠伸が出そうだよ。

 さらに作戦を詰めて、私たちはススキノへと向かった。

 

  ※

 

 街のゲートを抜け、市街地へと向かう私たち。ススキノにいるノンプレイヤーキャラが歩いているけど、その表情は暗いものだ。いや、ちょっと言い方を間違えたな。“ノンプレイヤーキャラ”じゃなくて〈大地人〉っていうこの世界の先住民の人間だね。その中に混じっているプレイヤーもどこか元気がない。

 

「やっぱり、みんな舐めてるね。この世界を」

 

 自分でも聞き取れるか取れないかくらいの声で呟いていた。

 アキバもそうだが、みんなこの世界を舐めている。必死にこの世界で生きようとしていない。生きる理由を探さない。やることを見つけない。私たちは3万人だけだっていうのに、何一つ出来ていない。もちろん、私も。そのことに嫌気がさすが、自分を嫌悪している時間すら惜しい。早く、早く決めなければ。意志を、覚悟を。手段ならいくらだって“つくれる”のだから。

 ――“何もない”からこそ“何でもできる”。

 

「……これ、いけるんじゃない?」

 

 このまま何もしないままの世界の未来から、逆算。そして現在までの時を辿る。物語を再構築。退廃から革命までの経路をつくる。セララちゃん救出からアキバまで。アキバへ帰還、再構築。再構築後の予測。資金が必要、再構築。そのためのルールを作る。金銭、会計――。

 そこまでいって、私の思考を止める声が響いた。

 

「クロ?」

 

 私が意識を戻すと、真正面にシロエの顔があった。

 

「わっ! な、なに、シロくん?」

「いくら声をかけても反応がなかったからどうしたのかなって」

「ううん、ちょっと考え事してただけ」

 

 どうも、随分声をかけていたらしい。全然気が付かなかった。

 考え事の部分に引っかかったのか、シロエはあれこれ聞いてくる。そんな彼を無理やり納得させて先を急いだ。

 

 ススキノに入って約6分。「ラオケBO」と書かれている壊れた看板の廃ビルのところで、シロエがついてきているであろうアカツキにハンドサインした。どうやらここが待ち合わせ場所らしい。

 直継とエントランスで別れ、シロエと一緒に2階へと向かう。

 奥へ進んでいくと、どこからか声がした。

 

「あ、あのっ」

 

 二人分の足音にシロエと振り返る。片方は分からないけど、もう片方は知った人物だと勘が言っていた。

 

「〈三日月同盟〉のセララですっ。今回はありがとうございます」

「にゃー」

 

 セララの背後にいる長身の影。聞きなれた落ち着きのある低い声。

 

「あ、ご隠居。久しぶりです」

「って、班長じゃないですかっ!!」

 

 〈放蕩者の茶会〉で「班長」、「猫のご隠居」と呼ばれていた〈盗剣士(スワッシュバックラー)〉のにゃん太である。

 緩やかに手を振る私の横で、シロエが最大限のツッコミをした。思い通りの反応で、私は笑ってしまうのを耐えた。

 

「おや、誰かと思えばシロエちではないですかにゃ。リンセちと一緒に来るというのはシロエちのことでしたかにゃ」

 

 〈盗剣士〉にゃん太。私を〈放蕩者の茶会〉に誘った本人であり、私がこの〈エルダー・テイル〉で最も関わった時間が長い人物である。よく〈茶会〉メンバーからは「面倒見のいい兄と手のかかる妹」と称されていた。そんなにご隠居の手を煩わせた覚えはないんだけどな。というか、ご隠居が心配しすぎるだけなんだよ。

 

「……っと、自己紹介するの忘れてた。はじめまして、セララちゃん。私は(シャオ)燐森(リンセン)といいます。ほら、シロくんも」

「あっ。えっと、すいません。セララさん。僕はシロエといいます。こっちのご隠居と知り合いです」

 

 私の自己紹介に続いて、シロエも自己紹介をする。

 

「そうそう、セララさん。シロエちはとっても賢くてよい子だにゃあ。そして、その隣にいるリンセちはちょっと手がかかるけど周りを気遣える子だにゃあ。二人とも、見所のある若者なんだにゃあ。彼らが来てくれたならば今回の作戦成功間違いなしなんだにゃー」

「とってつけたような猫語尾は健在ですね班長」

 

 〈茶会〉時代から変わらない二人のやりとりに懐かしさを覚えながら、少し周りに警戒する。

 もうすぐ来そうだな……。

 

「三人はお知り合いなんですか?」

 

 ご隠居とシロエの暢気なやり取りに目を白黒させていたセララがやっとの思いで疑問を口にした。

 

「わりと知り合いだにゃあ。シロエちには、昔は蚤取りをお願いしてたにゃ。リンセちとはもう長い付き合いだにゃ。手のかかる妹みたいな感じだにゃ」

「そんなことをした覚えはありません」

「手のかかるって……」

 

 そんなご隠居の返事を聞いて、セララはまた目を白黒させた。

 

「シロエちとリンセちが来たということは……あとの二人は?」

「一人は直継ですよ、ご隠居」

「ええ。もうひとりはアカツキという女の子です。〈暗殺者〉で90。腕はいいです」

「直継っちもきてるですかにゃ。それに新しい仲間ですかにゃ? ……よいことですにゃ。シロエちも、そういう時期ですにゃ」

 

 そういう時期、か。確かにそうかもなぁ、とご隠居の言葉を聞いてそう思った。それと同時に、もうそろそろ、シロエも腰を落ち着けるかなとも思った。

 

「班長……〈猫まんま〉は?」

「風雪に耐えかねて母屋が倒壊したにゃ。我が輩も、このススキノの地を離れてアキバへと赴けという思し召しかもしれないにゃあ」

「ふうん……」

 

 なんとなく、状況は把握出来た。そっか、ついにあのギルドももう……。最後に少しくらい話くらいはしたかったなと思うけど、もうそれも無理だろう。

 少しだけ昔に思いを馳せると、どうやらシロエに念話がかかってきたみたいだ。

 さてと、ついにお出ましか。

 

「ご隠居、このビルに裏口はある?」

「ありますにゃ」

「なら、そこを使おうか。シロくん」

「うん。今、アカツキから連絡がありました。こっちに向かってくる集団を発見しました。〈武闘家(モンク)〉を筆頭にした6人パーティー。心当たりは?」

「おそらく〈ブリガンティア〉のリーダー、デミクァスだにゃ。90レベルの〈武闘家〉で仲間も同じようなレベルにゃ。……今回の事件の首謀者。つまり敵だにゃ」

 

 ご隠居が敵と言い切ったあたり、相当だろうな。シロエも覚悟を決めた目をしている。

 

「じゃあ、ご隠居。裏口まで案内して」

「わかりましたにゃ」

 

  ※

 

 にゃん太を先頭にセララとリンセは手を繋いでそのあとに続く。その後ろにはシロエ。

 

(にゃん太さんと知り合いなんだ。……ちょっと気むずかしそうだけど賢そうなひとだなぁ)

 

 セララはシロエの鋭い目つきにそう思った。それに……と、彼女は自分の手をひく女の人を見る。

 

 ――この人も、にゃん太さんと……。なんかやる気のなさそうな目をしてるなぁ、って失礼だよ、わたしっ。

 

 自分より少しだけ背が高い彼女を見ながら、セララはそう思った。

 彼女に手を引かれるまま、一行は西側の大通りへと向かっていく。そこには、ゲート付近にも〈ブリガンティア〉のメンバーがたむろしていた。

 

「うっわ、思ってたよりいかついねー」

「ススキノの街は戦闘行為禁止区域ですにゃ。あいつら何考えているんだか……」

「1回は見過ごすつもりでしょう」

「ほう……」

「そういうことですかにゃー」

 

 セララに気を遣ったのか、にゃん太とシロエは言葉少なく言葉を交わす。それに知らず知らずのうちにセララはゾクリとした。

 

「どうすればいいでしょう……。わたし」

「……そうですね」

「出してくれるっていうなら、出ちゃえばいいんじゃない?」

「そうだね、脱出しちゃおう。街から出れるなら好都合だし」

「……え?」

 

 シロエとリンセの言葉にセララは目を丸くした。

 

「ま、でも逃げ切るにしても隙が必要だね」

「うん。近距離から追跡を受ければススキノの街を出たあともどこまでも追われることになる」

「向こうは多分、セララちゃんに協力者がいて、その協力者が少数であることも予測済みだね」

「なら、戦闘行為禁止区域から多少離れたところで包囲PK戦闘。優先目的は、協力者。その上でセララさんの意志をくじいて、支配下に置く。この路線でほぼ確定したと思う」

 

 シロエとリンセのあまりにも分析的な言葉は、どこか他人事のように聞こえる。

 

「わたしたち、やられちゃうんですよ!? それをそんなにっ」

「まぁまぁ。セララさん。そう心を波立ててはいけないですにゃ。シロエちとリンセちがそうだというなら、そうなのですにゃ。そしてシロエちとリンセちがここにいるから、だいじょうぶなのですにゃ」

 

 どこかのんびりとしたにゃん太をセララは理解できなかった。思わず、リンセと繋がっている手を握りしめてしまう。その直後、自分の頭にぽんという軽い衝撃。それに見上げれば、リンセが繋いでいない方の手でセララの頭を撫でていた。

 

「大丈夫だよ。“負けない”から」

 

 自分の方を真っ直ぐ見る彼女の黒曜石の瞳は確信に満ちていた。

 

 ――どうして、そんなにはっきり言えるかな……?

 

 微塵の不安も感じさせない彼女の瞳に少しだけ見入ってしまう。

 彼女は少しだけ笑うと、そのまま前を向いてしまった。

 

「班長」

「にゃんですかにゃ?」

「そのリーダーは1対1なら」

「愚問ですにゃー」

 

 シロエの質問にこくりと頷いたにゃん太に、セララはびっくりしてしまった。いくらベテランだといっても、PKとの戦闘はわけが違うとヘンリエッタから聞いていたからだ。

 しかし、その直後にセララはもっと驚くことになった。

 

「クロ」

「はいはーい?」

「周りの数はどのくらい減らせる?」

「どのくらい減らして欲しい?」

 

シロエの問いに驚きもせず、リンセは問いで返す。

 

「3」

「割合? 百分率?」

「百分率なわけないだろ」

「はいはい。わかりましたよー」

「リンセち、返事は1回だにゃ」

「はーい」

「伸ばさない」

「……はい」

 

 さっき以上の衝撃だ。PK戦闘であるというのに、多人数との戦闘を要求したシロエとそれをあっさりと承諾したリンセ、そのことに何の疑問も持たずリンセの返答の仕方につっこむにゃん太。

 はっきりいって、何を考えているか分からない。

 

「ではその作戦で行きましょう。まずはゾーンから四人で出る。〈ブリガンティア〉は街に逃げ込めないような多少距離があるところでPK戦を仕掛けてくる。敵ボスを倒したらその隙をついて脱出する」

「りょうかーい」

「ばっちりですにゃー。相変わらずですにゃ、シロエち」

 

 あまりにも作戦とは言えないような行き当たりばったりな作戦に、セララは青ざめた。それを咎めようとしても、うまく声にならない。

 

「そうだ、クロ。勝率は?」

「それ、聞いちゃう?」

「え、駄目だった?」

「いや、あまりにも敵さんが可哀想な結果になるからさ」

「そっか。それが聞けただけでも十分だよ」

「そう」

 

 その言葉に、セララは開いた口が塞がらない。

 この人は何を言っているの?

 そんなセララを知ってか知らずか、一行はどんどんゲートに近づいていく。

 

「久々に食い散らかしますから、セララさんもよく見ているですにゃー。大丈夫、セララさんには手出しをさせないですからにゃ」

 

 にゃん太の様子に、セララはどんな恐怖にも耐えようと思うのだった。

 

  ※

 

 ゲートを出て少し。予想通り、〈ブリガンティア〉はゲートから少し離れたところで周りを包囲してきた。

 心底めんどくさい。シロエは3割削れと言ったけど、普通〈神祇官〉のような回復職に頼むことじゃないだろう、と思う。多少の恨みを込めてシロエを見つめれば、何だとでも言うような視線が返ってきた。

 

「シロくん。思ったけど、さっきの頼みごとさ、回復職に頼むことじゃないよね?」

「普通だったらね。でも、クロだから頼んだんだよ」

「私をなんだと思ってんだ」

「クロはクロでしょ」

 

 何を言っているんだとでも言いたそうに返ってきた返事に思わず半目になる。

 そんな私を知ってか知らずか、シロエは作戦を開始する。

 

「こちらでよいでしょう。〈ブリガンティア〉のデミグラスさんってのはどなたですかぁ~っ?」

 

 シロエのあからさまな挑発に思わず吹き出す。その横で、手を繋いでいるセララは顔を真っ青にしていた。

 周囲のプレイヤーも騒然だ。

 

「やあやあ。シロエち。人の名前を間違えるのはよくないにゃ。それに、そんなに大声を出してものを尋ねるのは失礼なのにゃー。我が輩が知っているにゃ、あそこにいる大男にゃ。――おーい、デミクァス~」

 

 とんだ茶番だ。確かに、敵さんが可哀想になるなとは思ったけど、こんな形でなるとは思っていなかった。

 あまりに笑う私にセララはどんどん青ざめていく。

 

「だ、大丈夫だよ。セララちゃん。絶対“負けない”から」

 

 笑いすぎて涙が溜まった目でセララにいう。そんな私を、信じられないですとでも言いたそうな目でセララは見る。

 私が笑っているうちに、どうやらデミクァスが出てきたらしい。内面をよく表した顔をしている。

 

「セララの周りを飛び回っていたのはお前たち三人っていう訳か」

「我が輩だけなのにゃ。それから一人じゃなく、一匹なのにゃん」

 

 ご隠居、今それどうでもよくないですか?

 思わず口にしそうな言葉を飲み込む。そして、やれやれと背中にある薙刀に手を伸ばす。

 私が周りの敵の人数、職業を確認している間にも話は続く。

 曰く「若者の無軌道は世の常」だの「許容するのが大人の器量」だの「鼻をへし折るのも大人の務め」だの。

 

「はっ! なにをいってやがる。なんで俺たちがお前たちの流儀に付き合わなきゃならねぇんだ。こっちは10人の仲間がいるんだぜ?」

「お話中すみません。あなたじゃなくてもこちらは構わないです。むしろ、その……灰色のローブの。それって『火蜥蜴の洞窟』の秘宝級アイテムですよね? あなたの方が強そうです。〈武闘家〉じゃなくあなたと戦ったほうがどっちも納得できる。にゃん太班長、あの魔法使いとやり合おうよ」

「俺が“灰鋼”のロンダークと知っているのか」

 

 ほ? ロンダーク? どこかで聞いたことがあるような、ないような。

 多分、聞いたことあるんだろうけどそんなに記憶に残らない人物だったのかな?

 ロンダークを見ながら考えていると、向こうもこちらを見た。そして、驚いていた。

 一体何だってんだ。

 

「“灰鋼”のロンダークさんでしたか。二つ名持ちですね。そっちのデミクァスさんよりも僕らも納得できる。こっちは〈盗剣士〉のにゃん太班長がお相手します。勝負と行きましょう。逃げるつもりは」

「そこの魔術師」

「え」

 

 いきなりシロエの言葉を切ったロンダーク。一体どうしたというのだろうか?

 シロエも言葉を切られて不思議そうにしていた。

 

「横にいるのは、もしかして小燐森、か?」

「私?」

 

 え、なんで知ってる。最近は大人しくしてたのに。

 いきなり名指しで呼ばれ、内心動揺する。

 

「その薙刀……。間違いない、“蒼帝の覇者”小燐森だな」

「え」

 

 なんでその二つ名知ってる。嘘でしょ。

 私が顔を引きつらせると、その場にいたセララとにゃん太以外の人間の目がこちらに向く。シロエも例外ではない。

 シロエから思いっきり顔をそらす。

 

「……今はそんなことより白黒つけることが先なんじゃないかな?」

「それもそうにゃ。その装備ならお前も一流の術師にゃ。戦闘で白黒つけるのが、お前たちのやり方にゃんだろう? 我が輩のレイピアが怖くて一斉攻撃にこだわるデミクァスは放置するにゃ」

 

 私の苦し紛れの話題変更にご隠居が乗ってくれた。ありがとう、ご隠居。

 そして、ご隠居の挑発に乗ったデミクァスがにゃん太に殴りかかった。その後ろでロンダークが制止していたけど、それも聞いていない。

 

「……さてと、私もお仕事しなきゃね。セララちゃん、シロくんの近くにいてね」

「え?」

 

 セララをシロエの近くに押して、薙刀を構えて二人の前に出る。

 

「シロくん、3割でいいんだよね?」

「うん」

 

 シロエの返答を聞き、駆け出すタイミングをはかる。

 デミクァスの戦い方は、わりと上手い。でもそれは、完璧じゃない。多分、ご隠居は落ちないだろうな。

 HPはデミクァスの方が多いが、押されるのはデミクァスで間違いない。

 仕掛けるとしたら、デミクァスが一斉攻撃を命じたときだろう。

 後ろで、シロエがセララに「合図をしたら全体に脈動回復呪文を」と命じている。私には何も言ってこないあたり、多分平気なんだろう。

 

「くそっ! しゃらくさい。こんな決闘ごっこなんてやってられるかっ!! ヒーラーっ! 俺の手足を回復しやがれっ、〈暗殺者〉部隊っ! この猫野郎をぶち殺せッ!!」

 

 デミクァスの命令によってできた一瞬の間隙。その時間、3秒。その隙に私は敵に向かって駆け出した。

 背後に、直継の気配を感じながら。

 

「〈アンカー・ハウル〉っ!!」

 

 直継の咆哮に引きつけられた8人に目標を定める。

 

「おいで〈青龍〉」

 

 私は薙刀に語りかける。すると、私の頭上に青き龍が現れる。

 その姿に、周りの時間が0.5秒だけ止まった。

 

「〈雲雀の凶祓い〉」

 

 そのスキルから始まり、私は薙刀を振るいはじめる。

 直継に引きつけられている敵の背後から斬りかかる。

 クリティカル。

 その調子で、相手のHPを削っていく。全ての攻撃がクリティカルなので、ダメージは相当のはずだ。

 〈禊ぎの障壁〉で自分の受けるダメージを削りつつ、相手のHPを削っていく。その合間に直継を確認すれば、そこそこといったところだった。

 シロエは何も言わなかったけど、しょうがないな。

 

「〈禊ぎの障壁〉っ。シロくん、まだっ?」

 

 敵のHPを削りつつ、シロエに尋ねる。自分自身に問いの答えは返ってこなかったが、合図は返ってきた。

 

「呪文準備」

 

 きた。

 

「そろそろ行くぜっ。シロっ! 〈キャッスル・オブ・ストーン〉っ!!」

 

 その叫びとともに、直継は不破の盾となる。そんな彼の背にまわり、敵を視線誘導する。ある程度人がほぼ一箇所にまとまったところで一発かましますか。

 

「〈神楽舞〉〈式神遣い〉〈剣の神呪〉」

 

 口早に詠唱する。ステータス上昇に範囲攻撃魔法。虚空から降り注ぐ無数の剣が範囲内の敵のHPを容赦なく削る。そして、HPが削れていた敵のうち二人が落ちた。

 

「なっ!?」

「嘘だろっ!?」

 

 周りにいる敵が驚きの声をあげる。それもそうか。私〈神祇官〉だし。

 こちらの敵が動揺して止まっている2秒。その間に決着はつく。

 シロエの〈ソーンバインド・ホステージ〉の再使用規制時間は15秒。一発目の設置後、その時間が残り一秒になった今、ご隠居は動く。0.2秒の連続攻撃の5発目と6発目の間にもう一度。10000を優に越えるダメージソース。いくら〈武闘家〉でも、落ちる。

 崩れ落ちて動くこともままならないデミクァスを見つめ、鼻で笑う。

 敵に動揺が広がっていく。疑心暗鬼と絶望が広がっていくのがわかった。

 

「剣を引けっ、お前たちっ!」

 

 直継の叫びに続いて、後方から聞こえた悲鳴。どうやら、そっちもオッケーってところか。

 そちらの方を振り替えれば、〈暗殺者〉の少女がロンダークに小太刀を押し当てていた。空白の3秒、最も効率よく使ったアカツキだった。

 シロエはデミクァスとアカツキが取り押さえたロンダークに向かって、語りかける。

 

「僕たちは『パルムの深き場所』を越えてやってきました」

 

 そう語るシロエの横に並ぶ。

 

「アキバの街とここは、もはや往来できないほどの距離ではありません。僕らがその方法も地図も手に入れ、報告しましたから。――こんな騒ぎは、もうお終いです」

 

 シロエの断定的な口調で放たれた言葉は、深い敗北感を植え付ける。それが容易ではないことも事実だ。けれど、“絶対”に出来ないことではないことは、私たちが証明だ。

 

「この場は僕らの勝利です。――残りの首は、預けておきましょう」

 

 シロエが言い切るか切らないかくらいで、私は地に伏して動けないデミクァスに薙刀を振るった。支えをなくしたものが転がり落ちる。

 

 凍りついた静寂を切り裂いたのは、グリフォンの鋭い鳴き声だった。

 

「セララさん。来るですにゃっ!」

 

 レイピアを納めたにゃん太は、セララを抱えてグリフォンに飛び乗る。直継はそれよりも先にグリフォンに乗り一歩前に出た。

 シロエはアカツキに手を伸ばす。

 

「アカツキ、行こうッ!」

 

 アカツキはわずかにシロエの手に触れ、彼の後ろに乗る。

 

「行くぜ! 出発進行、脱出祭りだぜぇっ!」

 

 それを合図に、空に向かう直継のグリフォン。私もそれに続こうとすると、後ろから声がかかった。

 

「燐、森…………」

 

 息も絶え絶えなロンダークの声に私はグリフォンから降りる。

 

「クロっ」

「大丈夫。先行ってて、シロくん」

 

 後ろで制止してきたシロエに声をかけ、ロンダークに近付く。

 

「ロンダーク?」

「お前は……覚えて、いないのか…………」

「覚えて?」

 

 やっぱりどこかで会ったことがあるんだろうか?

 記憶を探っていく。そして、ある可能性に行き当たった。

 

「その、ローブ……。そっか、あのときの」

 

 以前、一緒に『火蜥蜴の洞窟』に行ったあのプレイヤーだ。すっかり忘れていた。

 

「えーっと、久しぶり?」

「取り、繕ったような……言葉はいい……」

 

 うっ、はっきり言われると辛い。苦笑いしか出てこない。

 でも、あのときは楽しかったな。〈茶会〉でも、ギルドでも味わえないであろうコンビでの冒険。

 

「ま、確かに忘れてたけどさー」

 

 目を合わせないロンダークに背を向けて、グリフォンに飛び乗る。

 

「楽しかったのは覚えてる。またいつか、一緒に冒険できるの楽しみにしてるよ。ロンダーク」

 

 そう言って、私は先に行ったシロエたちを追いかけるように飛び立った。

 

「…………“またいつか”か。あのときも、同じことを……言って、いたな」

 

 少しだけ悲しげに言ったロンダークの言葉など知らずに――。


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