〈三日月同盟〉のギルドホールから出てきて、明日に備えて寝ようということになった。その前に久々に連絡でも入れておくかと思い、脳内メニューのフレンド・リストから彼の名前を出す。もしかしたらもう寝てるかも、と思ったが伝えておいて損はないだろうから。
何回かのコール音の後、目的の人物に繋がった。
「もしもし」
『こんばんは、リンセち。数日ぶりですにゃ』
「そうですねー、ご隠居。最近は戦闘訓練してるもんだから宿に戻るとすぐ寝ちゃって」
『そうにゃんですか。でも、元気そうで何よりですにゃ』
そう、我らが元〈放蕩者の茶会〉のご隠居様だ。
「夜遅くにすいません」
『それは構いませんにゃ。それより、こんな時間にかけてきたのですから、何か用事があったのではないですかにゃ』
久しぶりのご隠居の声に向こうも変わらずだったんだと知る。
「ああ、そうだった。実はですね、明日ススキノに向かってアキバを発つんです」
『にゃ? ススキノに来るのですかにゃ?』
「そういうことです」
ご隠居は不思議そうな声色だ。それもそうだろう。まだトランスポート・ゲートは復旧していないのだから。
『一体何故?』
「実は、知り合いのギルドの子が1人ススキノに取り残されちゃってるんですよ。その子を迎えに行くんです」
『そうにゃんですか』
「ええ。多分、その子、最近ご隠居が言ってた〈ブリガンティア〉に追っかけ回されてるんだと思うんです。えっと、セララっていう子なんですけど」
『おや、セララさんのことでしたか』
「え、知ってるんですか?」
『ヒューマンの〈森呪遣い〉レベル19の女の子ですにゃ』
「そう、多分その子です」
どうやら知っているらしい。話を聞けば匿っているとのこと。これは思ってもみない状況だ。不幸中の幸いとはこういうことを言うのだろう。ご隠居ならそう簡単にやられることはないし、と私は少し安心した。
『街の隅で丸まっていたのを拾ったのですにゃ』
「拾ったって……。猫じゃないんですから」
『どちらかというと、子犬ですにゃ』
「いや、拾ったって表現を変えてほしかったんだけど……まあ、いいや」
ご隠居のこういった言い回しは昔から変わらないと肩を落とす。私も出会った頃は小動物の様に扱われていたし。それはともかくとして、だ。
「その子、無事なんですよね」
『今のところは、ですけどにゃ』
「ならいいです。そのまま匿ってあげてください」
『無論ですにゃ』
ご隠居の落ち着いた声に思わず笑みが零れる。いつだって、彼は“ご隠居”なのだ。
「そっちにはグリフォン使って行くから結構早いと思います」
『そうですかにゃ。ところで、お1人というわけではにゃいでしょう?』
「ああ、うん。4人です。その内、私とあと2人はご隠居の知ってる人ですよ」
『ほう。その2人とは一体誰ですかにゃ?』
「んー、秘密にしといた方が面白いでしょ?」
ちょっとでいいからご隠居をびっくりした顔がみたいと思ったので、シロエと直継のことは黙っておこう。そんな私の考えを見抜いているかのようにご隠居は小さく笑っている。
「なんで笑うんですか」
『そういうところも変わってないなと思いましてにゃぁ』
「ちっ」
これじゃ完全に子供扱いじゃないか。確かにご隠居から見たら私は十分子供なんだけど。
『女の子が舌打ちは良くないですにゃ』
「はいはい」
『返事は一回で十分にゃ』
「はーい」
『伸ばさない』
「はい」
そんなやり取りをして2人同時に笑いだす。夜遅くなのでなるべく声を殺して。
「なんか、久し振りですね。こういう会話」
『最近は情報交換が中心でしたからにゃあ』
確かに今の状況になってからの連絡は情報交換が主だった。だからこんな軽口を叩くことなんて少なかった。今それができているということは、少しは余裕が持ててきたということなんだろうか。もしくは現状に諦めがついたということか。ご隠居に限ってそれはないか。
それはそうと、この状況になってもご隠居の私の扱いは変わらない。
「なんていうか、お兄ちゃんみたいですよね、ご隠居って」
『そんなこと言うのはリンセちだけですにゃ』
「そう?」
『そうですにゃ。でも我が輩にとってもリンセちは妹みたいですにゃ』
「手のかかる、でしょ」
『よくわかってるにゃ』
ひどいと言いつつ、思いっきり言い返せないのが癪だ。周りからもよく言われていたことだったのも言い返せない理由の一つである。
『リンセち』
不意に真剣な声になったご隠居に私ははてなを浮かべる。
「ん? 何です、ご隠居?」
『無理は禁物ですにゃ。何かあったら“必ず”連絡するのにゃ』
「善処します」
『リンセち』
暗に約束できないと告げればご隠居の声のトーンが下がった。これは口だけでも素直に従っておくべきだろうと返事を変更しようとした。
「はい。わかりまし……」
『口先だけじゃ駄目なのにゃ』
したのだが思い切り見抜かれて鋭い声が返ってくる。コイツなんで分かるんだ、顔も見えていないくせに。そういうところは鋭いんだから、と肩を竦める。
『リンセち』
「……はい。頑張ります」
向こうのため息が聞こえた。別にそこまで心配しなくてもいいのに。
付き合いが長いせいか、彼は結構私の世話を焼きたがる。別にいやという訳ではないが子供扱い過ぎないかと思うことは多々あるのだ。
『リンセち?』
私が不意に無言になったせいか、ご隠居が不思議そうに尋ねてくる。
『大丈夫ですかにゃ?』
「いや、別になんでもないですよ」
『何かあったら、言ってくださいにゃ』
「はいはい。じゃあ、一つお願いしてもいい?」
『何ですかにゃ?』
「再会できたら、もふもふさせてください」
言ったらご隠居から返事が来なかった。あまりにもふざけたお願いだったからだろうか。
「やっぱ駄目ですか?」
『……いいえ、構わないですにゃ。ちょっと斜め上にきたからびっくりしただけにゃ』
「そう。ならよかった」
これでご隠居をもふもふできる。そう考えたら楽しみになってきた。きっと綺麗な毛並みでふわふわなんだろうな。
そんな話をしていたら、そこそこ時間が経過していた。
「じゃあ、そろそろ寝なきゃだから切りますね」
『わかりましたにゃ。気をつけて来てくださいにゃ』
「はい。では、おやすみなさい」
『おやすみなさいにゃ』
そして軽い電子音を立てて通信が切れる。静かになったそこで明日からの旅に一瞬だけ想いを馳せた。
「さてと、寝ますか」
そして自分の布団に潜り込み、そのまま意識を落とした。
*
早朝、私たちは「
「本当にええんか?」
見送りに出てきてくれた〈三日月同盟〉のギルドメンバーたち数人もマリエールの後ろで同じような表情をしている。
「心配要らないって。マリエさん。その娘、可愛いんだろう? 俺がナンパする前に他の男には触れさせないぜ。遠征ナンパ祭りっ!」
「黙れ馬鹿」
直継が取り方によっては不謹慎になりそうな発言をする。そんな直継にアカツキが肘鉄をいれた。
「大丈夫です。野営慣れもしてるし、この二週間くらいで訓練したから……」
確かに昨日言ったことは間違いではない。けれど、シロエは昨晩切ってしまった見栄が恥ずかしいようでなかなかマリエールと視線を合わせられていなかった。
「シロくん、見送りに来てくれたんだから。それに会話するときは人の目を見る」
「でもさ……」
「行くって言ったんだし、それは間違いじゃないからもっと胸張りなよ」
そんなシロエに対して私はため息をつく。すぐに出来ることじゃないのは分かっているけれど。
「これ。……いつもので悪いんだけど、食い物だから。道中でさ、食って。シロ先輩、ごめんな」
「アカツキちゃん。これはメンバーが作った傷薬ですわ、お気をつけて」
〈三日月同盟〉からの心ばかりの支援物資を受け取りながらシロエとアカツキは言葉少ないながらも感謝する。〈三日月同盟〉のギルドメンバーはそれをきちんと受け取ってくれた。
「マリ姐こそ気をつけてください。……その、PKとか」
「うん、うちらは平気っ。ちゃんと情報も集めておくっ」
「ばっち任せておいてよ。マリエさん」
「あはははっ。直継やんも、ちゃんと帰ってくるんよ? シロ坊はいらんみたいだから、直継やんにもませたげるからなっ。ほれほれ。お姉さんのは柔らかいぞぅ」
そう言うとマリエールは直継を胸に抱き込んだ。朝っぱらから何しているんだこの人は、と若干頭を抱える。
「ちょ、マリエさんっ。タンマっ」
「なんだよぉ。直継やんもシロ坊と同じく拒否組なのかぁ?」
「そういうわけじゃないけどさっ」
相変わらずマリエールは照れくさくなると下ネタに逃げ込む。相手にされている直継も大変だな。アカツキはそんな直継にぼそっと何かを囁いていた。〈三日月同盟〉のギルドメンバーの様子を見ると苦笑しており、聞けばどうやら日常的な光景らしい。
「無事に帰ってきたら、うちの脂肪なんかどうしたっていいからさ。……行ってらっしゃい、うちらのためにありがとう。気をつけてな」
マリエールの言葉を受けて私たちは歩き出す。
遥か北の地へと。
*
出発してから私たちは馬を使って崩れた高架道路――古代時代においては首都高と呼ばれた陸上橋のような道路を通って北へと進んでいた。
この世界でも、馬はホイッスルを吹くとどこからともなくやってくる、という親切設計だった。こういうところはゲームっぽいんだけどな。
そうして私たちはいくつものフィールドゾーンを経由して地道に進んでいくそうしてしばらく、私たちは昼過ぎになってから休憩を取ることにした。適当な場所で馬から降りて休憩ができそうな場所を探す。
「馬はいいんだけどさ、馬術とかは体が勝手にやってくれるから。でも、やっぱり尻は痛くなるよな」
「そうだね」
「私も同感」
そう話す私たちをアカツキは怪訝な表情でじっと見つめてくる。そりゃそうか。軽そうだからなアカツキは。重さがない分負荷が少ないのだろう。
そのあとも、毎度恒例となった直継とアカツキのじゃれあいが始まった。私はシロエの斜め左後ろを歩きながら周りを見渡す。するといいものを発見した。
「シロくん。あれ、あの大きな岩。テーブルに使えそうじゃない?」
「本当だ。2人とも、あそこで休憩にしよう」
シロエの提案にアカツキと直継は頷いた。
岩の上にクロスを敷き、食料と水筒、そしてシロエは地図と筆記用具を広げる。
「これはどうしたんだ? 主君。ずいぶん立派な地図じゃないか」
その地図はアカツキの言う通り随分詳細だった。なんでだろうと考えてシロエのサブ職業を思い出した。
「そっか。シロくん〈筆写師〉だっけ」
「うん。アキバの文書館にある地図を写してきた」
「なるほど。主君、やるな」
「で、俺たちはどの辺なんだ?」
「この辺」
私は水筒の水を飲みながらアキバに近い一点を指す。全然進んでないなとか、午後は飛ばすなんて会話をしながら湿気た煎餅味のターキーサンドを食べた。私は半分くらい食べたあたりでお腹がふくれたので、そこで手を合わせる。
「ごちそうさま」
「もういいのかよ」
私の目の前に残されたターキーサンドを見て直継は眉をしかめる。
「うん、もういいの。直継、あげるよ」
「いらねぇよっ」
「なんだ、残念」
食べかけが嫌なのか、それとも湿気た煎餅味はいらないってことか。残ったこれはどうしよう、ひとまず何かに包んでマジックバッグにでもしまっておくか。
その後、3人がなんともいえない表情でターキーサンドを食べてるのを眺めながら、水を飲む。
「……このまま、ギスギスするのかな」
ふとアカツキが小さく呟いた。その言葉の真意は私には分かりかねるけど、そうなるべきではないという確信はあった。
「そんなことはないよ」
「そんなのはつまんねー」
「ま、そうなるべきじゃないよね」
シロエはまっすぐに、直継が言葉通りに、私は笑いながら。アカツキの言葉を否定する。
「身内が泣いてたら助けるっしょ。それ普通だから。『あいつら』が格好悪くたって、俺らまでそれに付き合う義理はねーよ」
「直継の言う通り。格好悪くなる義理なんてない。堕ちる理由もないし」
そもそも、そんなことしてる場合じゃないと思う。私たちはこの世界で少数派なのだ。そんな世界で互いに堕ちる理由があってたまるかって話だ。
「ったくだぜ。無理矢理襲うなんてのは、風情がなくていけねぇよ。もっとさ! こー。なんてんだ。ちらっ、みたいな」
さっきまで格好いい雰囲気だったのに台無しだった。そして直継の意見に私は反対だ。
「直継、見えたら終わりだよ。見えるか見えないかのギリギリのラインが一番人間の想像力が発揮されるのに」
「いや、見るまでが勝負だろっ」
「違うねっ」
私と直継のだんだん白熱していく下ネタ会話に今回は珍しい人物が乱入してきた。
「えー。直継とクロとしては、じゃあ、どういうのが好みなのさ」
それはシロエだった。珍しい乱入者に私と直継の口が回りはじめる。
「そんなの色々あるよ。メイドさんとかナースさんとか」
「でも、やっぱり後輩がスタンダードじゃない? 私としては2歳以上年下がいいな」
「おっ、さすがリンセっ! わかってんじゃねーか。そういう基本が大事なんだよっ」
「基本は大事だよな。戦闘連携だって基本の積み重ねだもんねっ!」
私と直継の会話に乱入してきたシロエはなかばやけくそのように叫んだ。分からないなら乱入してこなければよかったのに。
そんな私たちをアカツキが白けた目線で見ていた。
*
食事兼休憩も終わりそろそろ出発しようと片付けをした。そして私は召喚笛を出そうとマジックバックを漁り出すが、なかなかお目当てのものが見つからない。
「んー……」
「おい、リンセ。まさか持ってないだなんてことはないよな?」
「……わからない」
貸金庫に預けた覚えはないから持ってきているはずなのだが。とりあえずマジックバックを逆さにしてみた。すると、どさどさっと中身がばらまかれる。それらをマジックバックに仕舞いつつ目的のものを探す。そして、それはあった。
「お、あったあった」
「見つかったか」
「クロ、見つかった?」
「うん」
不思議そうなアカツキの視線を受けつつ3人で召喚笛を吹く。その音に導かれてそれらはやってきた。
「グリフォンではないかっ」
そう。それは〈
昔〈放蕩者の茶会〉でくぐり抜けた
そんなことを思いながらグリフォンに餌の生肉を与えて鞍を装着した。
「なんでそんなもの持ってるんだ」
普通の人にとってみたら希少アイテムだからか、アカツキはそんなことを聞いてきた。
「びっくり隠し芸のとき便利だろう?」
「びっくり隠し芸って……」
直継の言葉に呆れ顔になる。気持ちは分からなくもないけれど。
グリフォンの背に乗って私と直継は準備完了。シロエとアカツキの準備完了を待っていると、その2人が面白いやり取りをしていた。シロエの「お腹の肉は掴まないでっ!」発言に直継と2人で笑っていたらシロエとアカツキから非難を受けたが、それもそれで面白いもんだからますます2人で笑ってしまう。
「あははっ! さてと行きますか」
「お先に失礼っ!」
直継と一緒に空へ向かう。風に乗ってひとつ縛りの髪が揺れた。
「あー、気持ちいいー」
「リンセ、年寄りみたいだぞー」
「うっさい」
空にいることが思いの外気持ちよくて天を仰ぐ。その青はどこまでも澄みわたっていた。
*
アキバの街を出発してからはや3日。ここまでは概ね順調、シナリオ通りといった感じだ。
そして到着した「ティアストーン山脈」には〈
〈パルムの深き場所〉は「ティアストーン山脈」の地下深くにある古代の坑道とトンネルからなる複合建造物である。いざ足を踏み入れたそこは土塊作りの粗雑なものではなく、人の手が加えられたあとの廃墟という印象だった。
コンクリートで作られたライトグレーの広い地下通路を進んでいく。基本的に高レベルプレイヤーに対しては低レベルのモンスターは襲ってこないので、私たちは道中ほとんど戦闘をせずにここまでやって来ていた。
「この部屋は、そこそこ安全っぽいな。――どうする、シロ」
「えっと……。そだね。休憩にしよう。直継はドアの近くへ。クロは周辺を警戒して。僕はマリ姐に定時連絡をする。アカツキは……」
「偵察してくる」
闇に溶けたアカツキを見送りつつ私はシロエの近くで感覚を研ぎ澄ます。〈大災害〉が起こってからというものの私の勘は少し鋭くなったように思う。なんというか、レーダーみたいだ。私の分担はその勘を用いたものだった。シロエが「クロにはその勘を使って周辺を警戒してほしい」なんて言ってきたときはぶん殴ってやろうかと思ったけれど、何だかんだで一番ベストな役割なのは理解している。
精神を集中させて周囲を警戒していると、シロエが念話をしている間にアカツキが帰ってきた。
「おかえりなさい」
「ああ」
アカツキに声をかければ短い返事が返ってきた。シロエの念話がし終わるまで彼女も報告も何もできないのでアカツキはシロエの近くでじっとしている。その姿が何とも小動物っぽい。
シロエの念話が終わりアカツキがシロエに声をかける。
「主君、状況はどんな感じだ?」
「~っ!」
シロエの驚きっぷりに思わず吹き出しそうになるがギリギリのところで耐えた。
マリエールの話によると状況は大きな変化もなく継続中らしい。まあ、セララのことはご隠居がいるから私たちがつくまで状況は維持されると考えていいだろう。
そのあと、アカツキの報告を聞いてシロエは地形を書き出していく。相変わらずうまいなぁ、さすが専門なだけはある、と感心した。
「こんな感じでいいかな?」
「うん、正確だと思う。……主君はこういうことが得意だな」
「CADみたいなものだよ。僕は〈筆写師〉だしね」
「CADとはなんだ?」
「パソコンでやる製図。大学でやるんだよ。工学部だしね」
「主君は大学生なのか?」
「もう卒業だけどね」
シロエは頷いた。
それにしても大学かぁ。もう随分と遠い昔の話のようだと思う。ひたすらプログラムを組んでゲームを作っていた頃が懐かしいとすら思った。
そんなことを思っているとアカツキが言った。
「そうか。ではわたしとほとんど同じ年なんだな」
「え?」
「まじかよっ!?」
「やっぱりか」
反応は三者三様。話の流れからそんな感じはしたけれどこれはまたなんというか。
「そんなに意外か?」
「冗談だろ、ちみっこ。だって、ちみっこ身長ないじゃぎゃふっ」
一発入れられている直継を見て、身長のことはもう触れてやるなよ、と苦笑する。
アカツキは胸のことについても言及した直継にもう一発入れた後、自身の台詞に疑問符を付けていたシロエの方に向き直った。
「まさか主君もわたしが未成年だと思っていたのか?」
「別に身長っていうか――年齢っていうか。困るな」
その質問と鋭い視線にぼそぼそと話し始めたシロエ、という絵面が面白かったのは多分私だけだっただろう。
*
長い長いトンネルを抜けた私たちを迎えてくれたのは、山々の稜線を彩る夜明けの最初の光だった。ずっと閉鎖的空間にいたせいかとてつもない開放感だ。
「とうとう越えたね」
静かに呟く。白い髪が風に靡いてまとめられた後ろ髪が尻尾のように揺れた。
「綺麗だぞ」
「すっげぇーなぁ」
仲間たちの短い感嘆の声を聞きながら〈彼女〉の姿を思い出す。
確かに、こんな景色が見れるなら絶望してる場合じゃない。突然現実になった無法の地。だけど、まだ諦めるには、絶望するには早い。アキバもススキノも。
この“初体験”こそが冒険だ、と〈彼女〉は言った。
わからないからこそ楽しいんだ、と〈あの子〉は言った。
双方に通ずる未知は私には手に入れることがとても難しいものだけど、やっぱりこの世界は捨てたものじゃないのだと思う。
「僕たちが初めてだよ」
過去に思いを馳せているとシロエが言った。私は彼に振り返る。
「僕たちがこの景色を見る、この異世界で最初の冒険者だ」
シロエが初めて意識して“異世界”と言った。そのことに私は少しだけ驚く。
そう。そうなのだ。この世界は時々刻々と変化していく光景をラグなしで伝えてくる。
ここは異世界で私たちは――冒険者なんだ。
「そうだな。俺たちが一番乗りだ。こんなすごい景色は〈エルダー・テイル〉でだって見たことはねぇ」
「わたしたちの、初めての戦利品」
「うん」
これが、私たちの
「さあ、行こう。ススキノへ」
シロエのその言葉を合図に、グリフォンの召喚笛の音が空に響いた。