Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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キャメロットの騎士たち
chapter 6


 シロエたちから遅れること数分。私は「ライポート海峡」を越え、オウウ地方へと向かっていた。

 その上空からシロエたちを確認し、彼らのもとへ降り立つ。

 

「よっこいせ」

「おかえり、クロ」

 

 グリフォンに肉を渡していると、こちらに気付いたシロエが声をかけてきた。

 

「どうも。マリーには連絡した?」

「うん。今したところ」

 

 それならマリエールも安心しただろうと、ほっとした。

 すると、今回の救出作戦で無事ススキノから脱出することができた彼女が声をかけてきた。

 

「あ、あのっ! 燐森さんも、本当にありがとうございましたっ!」

「リンセでいいよ、セララちゃん。ん、どういたしまして」

 

 勢い良く頭をさげた彼女の頭をくしゃくしゃと撫でる。なんだか、近所の年下の子って感じだ。

 

「そういえば、シロエさんとリンセさんとにゃん太さんは、昔からのお知り合いなんですか?」

「そうだぜ、俺もなっ」

 

 横から割り込んできた直継が言葉の続きを引き取る。

 

「そうですにゃ。我が輩とシロエち、リンセち、直継っちは、その昔、〈エルダー・テイル〉がまだゲームだった時代には、よく連れ立って暴れたものなのですにゃあ」

 

 ゲームだった時代、か。そういや、かれこれどのくらいこの状況なんだろうか。私がこんなにPCを触らない日々があっただろうか。いや、ないな。

 元の世界に戻りたくないといえば嘘になる。でも、実際問題、願ったとことで帰れるというわけではない。そのことに暗い気持ちにもなるけど、沈んでなんかいられない。そんなことで時間を浪費したくはないのだ。

 アカツキが「野営の準備をしないと」と声をかけたことで、暗かった空気が飛んだ。沈んでいたセララもほっとしたように気持ちをきりかえ、天幕を張る場所を探し始めた。

 もう既に日が暮れていたので、野営の準備を終え火を熾したのは、グリフォンが着陸してから2時間くらい経ってからだった。けれど、セララ救出の山場を越えたため、みんなの顔は明るかった。

 

  ※

 

 野営の準備を終えた6人の目の前では、焚き火が火の粉をあげていた。そこからは香ばしい匂いと脂の焼ける音がする。それを見た私は、自分の勘が当たっていたことに笑った。

 

「やばい。なんだこれ、すげぇよっ!!」

「主君、主君っ。これはなんというべきか、至福だっ」

 

 直継とアカツキが感極まった声をあげる。それもそのはずだ。

 

「これは、成功ととっていいんですか? ご隠居」

「にゃあ、リンセちの予想通りですにゃ」

 

 そう、今私たちの目の前にあるのは「食料アイテム」ではなく「料理」。味のある、れっきとしたそれだった。

 

「シロくん、どう?」

「おいしい……けど。――なんでっ?」

 

 シロエの驚きも当然だ。なんせ、この世界では「すべての食料アイテムには味がない」というのがルールだと思っていたからだ。そのルールが覆されたのだ。

 

「おいしい! これすっげえよ。にゃん太班長すごいっ! ぱんつの次くらいに愛してる!!」

「大げさですにゃぁ」

 

 鉄串に肉を差しながらご隠居は笑う。その隣では、セララが付け合せのタマネギを剥いていた。

 

「班長っ。おい! にゃん太先生っ。なんでこんな味なんだ? っていうか、なんで煎餅味にならないんだよっ!? 被告の証言を求めます祭りっ」

「ふふっ」

「なんだよ、リンセ。不思議じゃないのかよ?」

「いいや」

 

 私が笑っているのが不思議なのか、直継が首を傾げる。私は、説明をどうぞというようにご隠居に視線を向けた。

 

「料理をするときに、素材をそろえて作りたい料理を選ぶと、食材アイテムが完成するですにゃ?」

「でも、それは――」

「それはやってみましたけど、その方法でやっても結局は謎アイテムが出来るだけでは? 魚を焼こうとしたときも魚とは無関係な奇妙な消し炭か、スライムみたいなペーストができるだけだったし」

「それはね、シロくん」

 

 シロエの言葉を遮った私をシロエ、直継、アカツキの三人が見る。

 そんなにガン見しないでほしいんだけどという言葉を飲み込み、私は続けた。

 

「みんなが〈料理人〉じゃない、もしくは〈料理人〉レベルが足りてないからだよ」

 

 その言葉に三人ははてなを浮かべる。

 

「実際に料理するにも、ここでは調理スキルが必要なんだよ。〈料理人〉がメニューを使わず料理する。これが肝だったんだ。じゃなきゃ、まず塩をかけるという動作自体がおかしいのさ。メニュー画面にそんなものなかったからね」

 

 誰でも、生産職の場合は経験値が5くらい入った状態でスタートだ。だからこそ、「塩をかける」という最低限の調理ができたわけだ。ならば、90レベルの〈料理人〉であるご隠居ならきちんとした料理が作れるのでは? と思った私はこの推測をご隠居に実践してもらったのだ。

 

「無事、成功したってことでよかったよ」

「にゃー」

 

 私とご隠居は顔を見合わせて笑う。

 そのあとも、賑やかな晩餐は続いた。

 

  ※

 

 その中で、ご隠居が改めてセララを紹介した。

 

「はじめましてっ。ご挨拶も遅れましてっ。今回は助けていただいてありがとうございます、〈三日月同盟〉のセララですっ。〈森呪遣い(ドルイド)〉の19レベルで、サブは〈家政婦〉で、まだひよっこですっ」

 

 セララは礼儀正しく立ち上がってお辞儀をする。少女らしい顔つきと動作に何故か小動物のような印象を受けた。

 そんな彼女の姿に和んでいると、直継が口を開いた。

 

「クラス3大可愛い娘で3番目なんだけどラブレターをもらう数は一番多いとかそんな感じだぜっ」

「は、はひぃっ!?」

 

 直継、君ってやつは……。そんなことばかり言ってるから、アカツキの膝が飛んでくるんだよ。

 

「膝はやめろっ! 膝はっ!」

「主君、失礼な人に膝蹴りを入れておいた」

「しかも事後報告かよっ!?」

 

 とうとう事後報告になっちゃったか、アカツキ。それに、今回は両手に鹿肉串を持っているため、直継はそれを落とさないように耐えている。その様子を見ていたセララは笑みを零していた。……今のところは平和って言っていいのかな。実に微笑ましい光景だ。

 

「ふふふっ」

「あー。これは直継。〈守護戦士〉。腕は信用できる」

「でも下品でおバカ」

「頼りがいはあるんだけど残念な人だよ」

 

 シロエとアカツキそしてそれに続いた私の解説に、微笑んだままセララは頷いた。

 

「前線での活躍、見てました。私の拙い回復呪文(ヒールスペル)では回復しきれなくてすみません」

「気にすんなよ、あれで十分助かったぜ」

 

 いや、むしろこのレベルであそこまで出来るのだから上出来だったと思う。集中力と全力投球の果断さ。あれは十分評価できるものだ。きっとこの娘はいいヒーラーになるだろう。同じ回復職としては嬉しい限りだ。

 

「直継っちは昔からこうなのですにゃ。えっちくさい人だと思って大目に見てあげてほしいのですにゃ。それに、さっきの台詞はセララさんを褒めているのですにゃん」

「え?」

 

 そりゃ、さっきの発言からは褒めているというよりは変態の方が合っているから何とも言えない。ははは、となんともいえない笑いが出てきた。

 

「クラスで一番もてる。そういってくれてるのですにゃ」

「まあ、直継は照れ屋だからね」

「おい、ちょっとまて班長とリンセ。別にそういうわけじゃねぇ。俺は美少女よりもおぱんぎゅっ!!」

 

 馬鹿め。本日何度目ですか、直継。

 また直継に綺麗にアカツキの膝蹴りが決まった。相変わらず、スカっとするくらい美しいフォームだ。

 

「痛っぇ~。だんだん容赦がなくなるな、ちみっこ」

「主君、変態の頭を陥没させた。あと肉を没収した」

「え? あっ。あ~っ!!」

「おー、お見事アカツキ」

「大したことではない」

 

 さっきの蹴りのときの掠め取ったのだろう。アカツキはいつの間には持っていた鹿肉をもぐもぐと食べていた。

 

「そんなのねぇよ……」

 

 落ち込んだ直継にご隠居は新しい鹿肉を渡していた。その後、アカツキの方を見て、そちらのお嬢さんは? と尋ねる。それに応え、シロエがアカツキの紹介をはじめた。

 岩の上で正座をしていたアカツキは、シロエからの紹介が終わるとご隠居に向かって丁寧に頭を下げた。

 

「若輩者のアカツキです、老師」

「俺のときとは随分態度が違うじゃねえか」

「当たり前だ、バカ直継」

「なんだと、ちみっこ」

 

 また始まった二人の果てしない小競り合いに他の4人から笑いが零れる。

 

「そして、この二人がシロエちとリンセち。我が輩が以前所属していた団体で、参謀役とその補佐をやっていた賢い若者たちですにゃ」

 

 紹介された二人で軽くお辞儀をすると、セララは恐縮しきった様子で何度も礼を言ってきた。

 

「本当に、ありがとうございましたっ!」

「いえいえ」

「いや、大したことじゃないので……」

 

 素直に礼を受け取る私と違い、シロエは謙遜する。実際は十分大したことなのだが、どうもそういうことに慣れていないシロエはいつもこうだ。そんなシロエを見てセララは不思議そうな顔をする。

 

「あー、気にしなくて大丈夫。シロくんは恥ずかしがり屋なだけだから」

「え? あ、はい」

 

 戸惑いながらも返事をするセララに私は笑いかけた。

 

  ※

 

 雑談代わりにシロエが話しだした双子の話を聞きながら、私の意識は別の方に向いていた。

 その先は、かつて所属していたギルドの友人だ。フレンド・リストを確認したときに、〈大災害〉に巻き込まれていることを知った。まあ、約一名は確実に巻き込まれているだろうと思ったけど。

 今頃、彼女達はどうしているのだろうか。いつも通り、猪突猛進行き当たりばったりなあの子に振り回されているんだろうか。

 連絡を取らなくなってから随分経つけど、今でも私のこと探してるのかな。

 ……なんて、今考えても仕方ないか。

 

「へぇ、そんな双子がいたのかぁ。そんで?」

「それで、って?」

「その双子のそのあとのことはわからないのか? 主君」

 

 意識を戻すと、どうやら雑談代わりの出会い話は終わっていたらしい。他のメンバーがシロエに疑問をぶつけていた。

 

「フレンド・リストにはいるよ。……実はあの〈大災害〉のあとにも何度か見かけた」

「やっぱし巻き込まれたのか」

「直前まで一緒にいたからね。僕もあっちもアキバの街に引き戻されたけど、そこでばらばらになっちゃった」

「わたしも廃墟に転移させられた」

 

 かくゆう私もフィールドからアキバの街に転移させられていた。ご隠居とセララも同じような感じだったんだろう。

 

「声、かければよかったのによ。あっちはあっちで大変だったろうに。素人なのにこんなことになっちまって」

「ま、あの直後はバタバタしてたし、シロくんたちも精一杯だったし、声かける余裕もなかったでしょ」

 

 ご隠居が注いでくれたお茶を飲みながら、ぼんやりと思う。

 あの頃は勧誘が激しかったし、シロエに限らず、みんなが自分以外のことを考える余裕がなかったのだ。

 シロエの話じゃそのあとに見かけたときには、もうギルドに所属していたらしい。

 なんだかな、あまりいい予感はしない。

 

「帰ったら、ちょっくら連絡とってみようぜ。デート祭りっ。俺が前衛! そしてシロエが後衛! やっぱ女の子はいいよなっ」

「まぁ、そりゃ認めるけど」

「シロはおぱんつ好きだな!」

「好きじゃないよ!? 世の男子一般と同じくらいにしかパンツに興味ないよっ」

 

 何、話しているんだこいつら。いや、悪いとは言わないけど。

 

「クロ?」

「何? シロくん」

「いや、この手の話題に真っ先に食いついてくるのに」

「さらっと人を変態扱いしてくれるね、シロくん」

 

 一体、シロエの中で私はどういうイメージなのか。失礼だな。

 周りに遠慮しているシロエだが、さりげなく私に対して扱いが酷い。勘を使って周辺警戒しろだの、対人戦で多人数相手にしろだの、わりと無茶ぶりをしてくる。信用されてる証なんだろうけど、わりと厳しいときもあるから、そのへん少し配慮してくれてもとはたまに思う。

 

「だって、クロ結構下ネタの会話に食いつくじゃない」

「まあ、うん、否定はしないけど」

 

 否定できない、の間違いか。自分の日頃の言動を思い出して、しょうがないかと苦笑する。

 そのとき、直継が不意に別の話題を振ってきた。

 

「そういえばリンセ。お前、あの〈ブリガンティア〉の……なんだっけ?」

「なんだっけって言われても、重要なとこが分からないと答えようがないんだけど」

「あの、魔術師だよ」

 

 魔術師? どいつだよ? と思ったが、私に関係がある魔術師は一人だったと考える。

 

「……ああ、ロンダーク?」

「それだ、多分。そいつと知り合いだったのか?」

 

 その話題に、他のメンバーもこちらを向く。そんなに注目されてもちょっと困るんだけど。

 

「彼は、前にちょっとね。一回だけ一緒にダンジョンに潜ったんだよ。私も話すまではすっかり忘れてた。フレンド登録も何もしてなかったから、連絡も取ってなかったしね。向こうが覚えてたことにびっくりしたよ」

 

 いや、本当にびっくりした。もう大分昔のことだったし。あ、そういえば、アイツ無駄なことも口走ってくれたんだっけ。

 

「……リンセ殿。リンセ殿のその薙刀は、あの〈青龍偃月刀〉、なのか?」

「……アカツキ、それ言っちゃう?」

 

 言うな触れるな気にするなと念じたのは無駄となってしまった。嘆息を漏らした。まずいことを言ったと思ったのか、アカツキは申し訳なさそうな顔をした。

 

「別に禁句ってわけじゃないから気にしなくていいよ。……と、シロくん。その“やっぱりか”と“信じられない”というのが混じった視線を向けるのはやめてくれない?」

「……ごめん」

 

 〈青龍偃月刀〉は、古参プレイヤーなら知らないものはいないと言える〈幻想級〉アイテムだ。

 

「あのー……。にゃん太さん、青龍偃月刀ってそんなにすごいものなんですか?」

「そうですにゃ。レア中のレア、イベント限定の〈幻想級〉装備ですにゃ」

 

 昔、エッゾ、イースタル、ウェストランデ、ナインテイルの四ヶ所で同時開催された大規模クエスト〈四神の覇者〉というのがあった。〈青龍偃月刀〉は、そのイベントのイースタルクエストのドロップ品なのだ。このイベントクエストは初期クエストはそこまで難易度は高くはないが、後半になるにつれて二次曲線的に難易度が跳ね上がりドロップ率は反比例して低くなっていくことから、最終ボスからのドロップは非常に困難だった。〈青龍偃月刀〉はイースタルクエストボスの青龍からドロップできる〈幻想級〉装備でクリティカル率が非常に高い。

 

「そして、その装備をはじめにドロップしたのがリンセちで、そこから“蒼帝の覇者”の二つ名がついたのですにゃ」

「そんなすごい装備だったのかよ!?」

「あはは……。黒歴史だから、あまり詮索しないでいてくれると嬉しいんだけど……」

 

 あの頃は、本当に廃人だったから記憶をあまり掘り起こしたくないのだ。あー、やだやだ。

 もうこの話は終わり! と叫べば、みんなが笑い出した。くっそ、不愉快だ。

 

 そのあとは、ギルドのことや互いのことなど、飽きもせず話し合っていた。

 ようやく就寝したのは、空が白みはじめてからだった。

 

  ※

 

 その翌日からの旅は順調に進んだ。時間に迫られているわけでもないので、前半よりもゆっくりとしたペースで進んでいく。その中で、ちょっとした発見もあった。それは、セララがご隠居に惚れているらしい、ということだった。

 私個人としては、ものすごくどうでもいいことだったけど、直継とシロエはそうでもないらしく、特に直継なんかは悪ガキのような顔をしていた。ついでに言うと、アカツキはシロエのことを気にしているようだった。

 全く、女の子ってのは平和だねー。アバターに恋してるっていうのが何とも。傍目から見てると本当に面白い。

 

 そんなこんなで、私たちは〈アーブ高地〉までやってきていた。すると、視界に暗雲が見えた。

 これは、一雨来るな。

 

「おーい。シロ~、にゃん太班長~。雨雲がぁ、きてるみたいだぞ~」

 

 私の横を飛んでいた直継が、念話機能を立ち上げることもせず叫ぶ。その声に気付いたシロエに、私は指で暗雲の方向を示す。ご隠居も気付いたらしい。

 私達は、〈アーブ高地〉にある集落の一つに降り立った。

 着陸してすぐに天候が一気に変化した。私達は、急いで村の中心部を目指した。

 天気の変化に気付いたらしい大地人たちが小走りに駆けていたり、足早に農具を片していたりしている。こうした風景を見ていると、やっぱり彼らも生きているんだなと感じる。

 

 そんな風景を横目に見ながら、私達は中心部に辿りついた。そこには、大きな建物がある。おそらく、倉庫と公民館を兼ねているのだろう。

 先陣を切って木造の大きな建物に入っていく直継に続いて、私も中に入った。

 

「はいはい。旅人さんかね」

 

 出てきたのは、村の世話役を名乗る大地人だった。事情を話すと、格安で一晩屋根を貸してくれると言ってくれた。

 直継は藁の山に喜びの声を上げてそれに同意したご隠居とアカツキ。そのあと、晩御飯の心配をしだしたご隠居をセララちゃんが引っ張っていく。アカツキと直継は早速藁の山を崩しだした。多分、寝床を作ってくれるんだろう。じゃれ合いながら寝床を作っていく二人にシロエと二人で苦笑した。

 

 老人とシロエが話しているのを軽く聞きながら外を眺める。激しく雨が降っている。私は倉庫の入口のところに行き、そこに背中を預けて目を閉じた。ひんやりとした空気、雨の匂いと音。地面に落ちて跳ね返ってくる水の冷たさ。それが、ここが現実(リアル)だと知らせる。

 なんだか、少し気分が落ち込んできた。そのせいで、色んなことが頭の中を駆け巡る。

 始まりのアキバの街。目の前に肉体を持って現れたモンスター。背景でなくなった風景。プログラムではなくなった〈大地人〉。

 〈冒険者〉がそれに気付くのはいつになるだろうか。

 

 ――私達〈冒険者〉の方が、異端で異質な存在であるということに。

 

「リンセち?」

 

 聞こえてきた声に瞼を持ち上げる。そこには、首を傾げたご隠居と嬉しそうなセララちゃんがいた。

 

「おかえりなさい、ご隠居とセララちゃん。どこ行ってたの?」

「ご近所を何軒かまわってきたのですにゃ」

「それで、話をしたら色々な物を売ってくれたんです!」

「……なるほど」

 

 セララちゃんがやたら嬉しそうなのはそのせいか。よかったね、と笑いかければ、本当に嬉しそうな笑顔が返ってきた。可愛いな、セララちゃん。

 

「シロくんに報告してきたらどうかな?」

「そうですねっ! 行きましょう、にゃん太さんっ!」

 

 セララちゃんに引っ張られ、ご隠居は倉庫に入っていく。その後ろ姿を見つめていると彼が一瞬こちらを振り返った。その瞳は僅かに細められていて、“無理はするな”と語っていた。

 

「何か考えているのは、お見通しですか……」

 

 相変わらず、いい意味で人をよく見ている人だなと苦笑する。

 私は、中の賑やかな声をBGMに雨音を気が済むまで聴き続けた。

 

  ※

 

 その晩、ご隠居の作ったご飯を食べて、雑談をして、夜もいい時間になったところでみんなで藁の上で眠りについた。だが、私は一向に眠れなかった。

 私は、藁の中からそっと抜け出し外に出る。雨は止んでいて、雲の隙間から月明かりが見えた。残念ながら、星は見えないけど。

 冷たい風が優しく吹く。その気持ちよさに思わず目を細めた。

 私は少しだけ散歩をすることにした。

 

 地面はぬかるんでいて歩きにくかったが、空気が澄んでいて心地がいい。

 ところどころにある家は、当然明かりはついていない。それでも、人の温かみを感じる。

 それと比較されるのは、ススキノだった。

 温もりとは無縁の、冷えた無法の地。力あるものが制し、力を持てぬ者は圧される。それを悪だと責めることは出来ない。それも一つの社会形体なのだから。けれど、許容できるかと言われれば、許容したくない。

 悩んだところで、私がススキノに出来ることはない。助けを求める声に耳を傾けることは出来ない。完全なる力不足だ。

 

 ため息を一つ吐いて、近くにあった岩に腰掛ける。空を見上げてそのまま瞳を閉じる。風の音に耳を澄ましていると、それに混じって足音が聞こえた。

 

「こんなところにいましたか」

 

 聞こえた声にゆっくりと瞼を開ける。横を向けば、そう遠くない位置にご隠居がいた。

 

「どうしたんですか、ご隠居」

「目が覚めてしまったのですにゃ。それで、周りを見てみたらリンセちがいなかったので、探しに来たのですにゃぁ」

「そうですか」

 

 私が少し横にずれてスペースを作ると、ご隠居が隣に座った。

 

「風が気持ちよくて、月明かりが綺麗ですね」

「そうですにゃぁ。星が見えないのが少し残念ですにゃ」

「ですね。でも、“When it is dark enough, you can see the stars.”という言葉もありますし、雲の上で輝いてるんでしょうね」

 

 ふと思い出した格言を口にした。

 “どんなに暗くても、星は輝いている”。

 いつだって、星は輝いている。滅びに向かって燃え続けている。私達が、気付かないだけなのだ。

 気付きさえすれば、理解できるのだろうか。

 この世界は、何も変わらない。生きるための力は変わらない、はずなのに。

 

「何を考えているのですかにゃ?」

「……別に、大したことは」

 

 空を見上げながら、ご隠居の言葉に答える。すると、隣から盛大な溜め息が聞こえた。

 

「大したことではないとしてもにゃ。今のリンセちは何か考え込んでいる顔をしていますにゃぁ」

 

 私は地面を見つめた。

 ご隠居の声から私のことを心配しているのが分かった。

 私達の間を風がすり抜ける。

 しばらくの無言のあと、私は口を開いた。

 

「本当に、大したことじゃないんだけど、その、なんていうのかな……。私達は、変わらないじゃないですか。〈冒険者〉も〈大地人〉も、何も変わらない、はずなんです。〈大災害〉前もこの異世界は世界として機能していたかもしれない。〈大地人〉はこの世界で、私達と同じように生きていたのかもしれない。なのに、私達は自分たちの認識だけで、彼らを“プログラム”として見ている」

 

 ただの人工知能ではない。ノンプレイヤーキャラクターという記号ではない。代替えの利く、部品ではない。

 

「歴史を持ち、人格を持ち、記憶を持ち、呼吸し、食事をとって……生きている、のに」

 

 出来ることなら、と願う。何を、とは言わないが、どうか、と願うのだ。

 

「いつになったら、理解できる? いつになったら、認められる? 自分たちこそが“部外者”だと、いつになったら〈冒険者(私たち)〉は理解できる?」

 

 考えがまとまらないうちにどんどんと漏れてくる言葉。一体、自分のどこにこんなに感情が溜まっていたのか。

 気付かなかっただけなのか、無意識に目をそらしていたのか。あるいは、ただ、その場の空気に飲まれただけなのか分からなかった。

 そもそも、理解してくれることを期待していいのかすら分からない。ベテランプレーヤーであればあるほど、常識の檻から抜け出せない。説得したところで、どれだけの人が聞いてくれるのか。

 

「……理解させる前に諦めている私も、同類なんだろうけど」

 

 本当に、何もしない自分に嫌気がさす。

 不意に頭に重みが乗った。

 

「リンセちはいい子ですにゃ」

「……子供扱いしないでください、ご隠居」

 

 私の頭の上に乗ったのは、ご隠居の手だった。

 ご隠居はそのままわしゃわしゃと頭を撫でてくる。

 

「私は、何をすべきなんでしょうか……なんて、答えはもう決まってるんだけど」

 

 このままではいけないと分かっている。いつまでも、ぬるま湯に浸かっているわけにもいかないのだ。

 

「私は風だ。革命者じゃない」

 

 その役目は、彼の仕事だ。私じゃない。

 私の役目は「仮定」を「確信」に変えることだろう。仮定を経て過程を描くのは私じゃない。

 

「リンセちには、どこまで見えているのですかにゃ?」

「どこまで、か……」

 

 別に何かが見えているわけではない。ただ……。

 

「見えてるんじゃなくて、こうあってほしいと願ってるだけ」

「そうですかにゃ」

 

 空を見上げれば、雲は大分晴れていて星が見えた。

 

「……いい感じに眠くなってきたな。そろそろ戻りますか?」

 

 私が立ち上がれば、ご隠居も立ち上がる。

 そして、私達は今日の寝床へと歩いて行った。

 

(ひずみ)に揺れる焔。

傲慢(Superbia)の蜜を飲み下し、帆を上げる馬人宮(Sagittarius)

その刻を運び、途を支えるは磨羯宮(Capricornus)

 

 ――星が告げた言葉に背を向けて。


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