Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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chapter 9

 〈軽食販売クレセントムーン〉が開店してから早数日。アキバの街の10のギルドに同じ文面の招待状が届いた。その内容は「アキバの街について」。〈三日月同盟〉のマリエールと〈記録の地平線〉のシロエの連名で届いたそれは、少なからず10のギルドの興味をひいた。その届け人が、“予言者”小燐森ならなおさらのことである。

 

  ※

 

 時は遡り、〈クレセントムーン〉が第4店舗目を開店させる前日。

 マリエールとヘンリエッタ、そしてシロエがそれぞれの交渉を成功させた。そのおかげで、大手生産ギルド〈海洋機構〉〈ロデリック商会〉〈第8商店街〉からは軍資金金貨500万枚を手に入れ、そのうちのギルドの1つである〈第8商店街〉から仕入れを取り付け、そして、元〈放蕩者の茶会〉メンバーの〈剣聖〉で、今は〈西風の旅団〉のギルドマスターであるソウジロウ=セタの協力を得たのだった。

 

「リン先輩っ」

 

 後ろからかけられた声に振り向くと、そこには幼さの残る顔の〈武士〉がいた。

 

「あ、ソウジ」

「お久しぶりです」

 

 和服に袴、そして腰には二本差しという出で立ちの彼は、〈西風の旅団〉ギルドマスターであるソウジロウだった。ある意味〈放蕩者の茶会〉の影響をもっとも受けたうちの一人で〈茶会〉が解散することをもっとも惜しんだ人だ。そして、極度のハーレム体質である。今日は珍しく一人らしいが。

 

「元気だった?」

「はい。リン先輩はどうですか?」

「まあ、変わりないよ」

 

 見たところ、ソウジロウはこの〈大災害〉でへこたれてはいないようだ。自分もだが、基本的に〈放蕩者の茶会〉のメンバーは総じて楽観的というわけではないが、どんな状況でも、どこか冒険半分の観光半分で捉えているみたいだ。

 

「そういえば、つい先日シロ先輩に会いましたよ」

「あー、うん。聞いた」

 

 今日の朝、昨夜の真夜中に約束を取り付けてソウジロウに会ってきた、とシロエが言っていた。ソウジロウと〈西風の旅団〉の力を借りるために。

 

「そうだったんですか。今はシロ先輩の一緒にいるんですよね?」

「うん。シロくんのギルドのギルドメンバーとしてね」

 

 私の言葉にソウジロウはやっぱりそうでしたか、と笑った。シロ先輩とリン先輩はいつも一緒ですからね、とも。

 

「そんなに一緒にいる、かな?」

「僕はそう思いますけど。シロ先輩がギルドを作ったって言ったとき、絶対リン先輩も一緒なんだろうなって思いましたし」

 

 そんなにシロエと一緒に行動していたつもりはないが、周りから見たらそうでもないらしい。別にそれが悪影響を及ぼすことはないだろうが、セットで考えられるのもな。現実世界でもそれなりに一緒に行動していたからだろうか、〈エルダー・テイル〉でも気が付いたらそんな感じになってしまっていたのだろう。はぁ、とため息を吐く。

 

「どうかしたんですか? リン先輩」

「……いや、なんでも。それよりソウジ、シロくんの話を聞いてくれてありがとう」

 

 言えば、明るい笑顔が返ってきた。

 シロエの話によれば、彼の返答は本当に二つ返事だったらしい。前衛バカだから作戦を聞いても半分も分からない、だから説明に時間を取らせたくない、といって作戦の詳細も聞かなかったとか。

 

「シロくん、すごく嬉しかったと思う。これからも、シロくんをよろしくね」

「はいっ。こちらこそっ」

 

 私もシロくんもいい後輩に恵まれたな、と笑みがこぼれた。

 

  ※

 

 〈クレセントムーン〉が販売を開始してから、アキバでは大きな変化が生まれた。一つ目は、アキバにいる冒険者が小銭稼ぎのためにフィールドにようになったこと。これは、〈クレセントムーン〉の物価がマーケットよりも割高であることに起因していた。味のない食事から味のある食事に戻った人々にとって、また味のない食事に戻ることはとてつもない苦痛だった。結果、味のある食事のために少しくらいは小銭稼ぎをしようという考えになり、フィールドに出るようになった。ほんの少しの変化だろうが、今まで何もすることがなかった人々が食事という“生きるための何か”に対して行動するようになったというのは大きな動きだ。また、マーケットにも動きがあった。これは、主に〈第8商店街〉の影響だ。また、フィールドに出るということは、装備の修理や消耗品の売買も出てくる。こうして、三大欲求の一つである食欲の与える影響は、街一つを変えるほどのものになっていた。

 今まであった娯楽のほとんどが存在しない今、噂話は娯楽の大部分を占める。そして、その中に〈三日月同盟〉の話はもちろん、シロエや直継、ご隠居そして〈放蕩者の茶会〉の話もぽつりと存在した。アキバの街の〈冒険者〉はそれぞれの憶測の話に花を咲かせている。

 

「……でも、それだけじゃない」

 

 アキバの街で情報収集をしていた私は、〈冒険者〉ではない人達も噂話をしていることに気が付いた。〈冒険者〉ではない人達、つまりそれは〈大地人〉。彼らは噂話だけでなく、〈クレセントムーン〉にも関心を示し、商品を購入していく人もいる。やはり、彼らも生きているのであって、そこには意思も感情も存在するのだ。

 自治組織の結成、あのシロエのことだから失敗することはないだろうが、もしかしたらということがある。だからこその情報収集なのだ。――今後の〈冒険者〉と〈大地人〉の関係を作り上げていくための。

 

「……うまくいってくれるといいけど」

 

 私は空を見上げた。その空は、現実と変わらない清々しいほどの青空だった。

 

  ※

 

 その日、アキバの街のギルド会館にはこの街を代表する面々が揃っていた。それは、昨日私が招待状を渡しに行った10のギルドのギルドマスター達だ。彼らはギルド会館の最上階、会議室の円形のテーブルを囲むように座っている。戦闘系ギルドからは、〈黒剣騎士団〉のアイザックに、〈ホネスティ〉のアインス。〈D.D.D〉のクラスティ、〈シルバーソード〉のウィリアム=マサチューセッツ、〈西風の旅団〉のソウジロウ=セタが。生産系ギルドからは、〈海洋機構〉のミチタカ、〈ロデリック商会〉のロデリック、〈第8商店街〉のカラシン。小規模ギルドの代表として、またギルド未加入者の代表として〈三日月同盟〉のマリエールと〈グランテール〉のウッドストック=W、〈RADIOマーケット〉の茜屋=一文字の介が出席していた。そして、その中に発案者兼開催者として〈記録の地平線〉のギルドタグを付けたシロエがいた。

 私はご隠居の隣で静かにその光景を見ていた。

 

「お忙しい中集まってくださって――ありがとうございます。僕は〈記録の地平線〉のシロエといいます。……今日は皆さんにご相談とお願いがあってお招きしました。多少込み入った話なので、時間がかかると思いますが、お付き合いください」

 

 ここからが、彼の戦場なのだから。

 

「挨拶は適当に切り上げてかまわない。〈放蕩者〉のシロエ」

 

 別に知らない仲じゃあるまいし、と声を上げたのはアイザックだった。それに続き、苛立たしそうに「いったいなんだってんだ、この場は」と漏らしたのはウィリアムだ。その様子を見るに、短気な性格なんだろうなと思う。

 

「お言葉ですので、早速用件に入ります。ご相談というか、提案というのは現在のアキバの街の状況についてです。ご存じの通り〈大災害〉以降、僕たちはこの異世界に取り残されてしまいました。元の地球に帰れる目処は全くたっていない。これについての手がかりは僕の知るところではまったくありません。非常に辛いですが、事実です。一方、そんな状況下で、アキバの街の空気が悪化している。多くの仲間がやる気をなくしていますし、逆に自棄になっている人もいる。経済の方はぼろぼろで、探索の効率はちっとも上がっていない。この状況を、僕たちはどうにかしたいと考えています。集まっていただいたのは、そのためです」

 

 直後、ざわめきが起こる。それを抑えるようにアインスは問う。

 

「それは以前失敗した中小ギルド連合のようなものですか?」

「近いです」

 

 しかし、それは失敗したと聞いた。そう言いながら、シロエは当事者を見遣る。それは、〈グランテール〉と〈RADIOマーケット〉だ。ふたつのギルドは青ざめて頷いた。

 

 失敗の原因は、集まったギルドが自分たちの利益を守ろうとするものだったから。どんなに協力しようと言っても、その根底が自分たちの利益のおっかけなら、当然辿りつくのは破綻である。

 ――では、今回の会議はその続きなのか。参加者の脳裏にそんな考えが浮かんでいるのが見て取れる。実際は、そんなことないんだけど。

 

「今回はすこし趣旨が違います。現在のアキバの町の状況の改善です」

「そういうことなら、俺たちは抜けさせてもらうわ」

 

 そう言って席を立ったのはウィリアムだった。薄々そんな予感はしていたけど。どうせ、アキバはアイテム換金の場だとかいいだすんだろう、と思っていたらビンゴ。彼はそれだけ言い捨てて、会議室を出て行った。そのことに場はざわめいたが、本音をいうと〈シルバーソード〉が離脱したところでそこまで大きな影響はない。ここで席を立ったのが生産系・戦闘系それぞれの最大手である〈海洋機構〉や〈D.D.D〉だったら、それこそ土下座する勢いで引き留めるけど、こういっては失礼だが()()()〈シルバーソード〉である。あそこは必須条件ではない。それに、最初からいくつか離脱する可能性があることはわかっていたし。

 

「11席になってしまいましたが、先を続けます」

 

 シロエは続けた。アキバの街の自治問題について話し合う〈円卓会議〉の結成と当面の目的、それはアキバの街の雰囲気と治安の改善であると。その返答は、互いの返答を探り合っている静寂だった。

 

 ここからが、本番。さて、皆さんはどう出るのかな。

 

「その前に、メンバー選出の基準を教えていただけるかな」

 

 最初に切り出したのは、〈ホネスティ〉のアインス。その返答は、当然シロエである。

 

「わかりました。――まず〈黒剣騎士団〉、〈ホネスティ〉、〈D.D.D〉、〈西風の旅団〉の各ギルドは、戦闘系の大規模ギルド、もしくは功績の高いギルドを選ばさせて頂きました。お帰りになった〈シルバーソード〉もそうです。〈海洋機構〉、〈ロデリック商会〉、〈第8商店街〉は生産系を代表する三大ギルドとしてお招きしました。〈三日月同盟〉、〈グランデール〉、〈RADIOマーケット〉は小規模ギルドの代表として、です。誤解ないように願いたいのは、この3つのギルドに対しては、ギルド単体としてお呼びしたというよりは、ギルドに参加していないようなギルド未加入者や、この席にはお呼びできなかった小規模ギルドの意見を汲み上げるために選ばさせていただいたということです。ギルド自体が小規模であるからと言って、その発言の重みには無視すべきではありません。また、もしこの会議が成立するとすれば、そのような行動をお願いすることになるかと思います」

「君は?」

「僕は開催者兼発案者として臨席しています」

 

 ギルド選抜基準を見れば、本来シロエに参加資格はない。結成されたばかりのたった5人のギルドのギルドマスターでしかないのだから。それでも、この場に立っている。それは、彼自身がそうでありたいと願い、そうしたいと望み、そうさせるのだと行動したからだ。待っているだけでは駄目だと、それは今のアキバの街が証明した。その通り、傲慢も身勝手もやったもの勝ちなのだ。

 

「つまり、参加資格を得るために、わざわざ主催をして招待状を送った訳だね?」

「その通りです」

 

 クラスティの質問にシロエは堂々と答える。

 

「仮にその会議が発足したとして、どんな手段で治安を維持する? いや、そもそもこの場合問題にしている治安の悪化とはなんなんだ?」

「一部のギルドが、保護を名目に、初心者を軟禁状態に置いているのは周知の事実ですよね? そのような状況は健全だといえません」

 

 アイザックの質問にシロエは真っ向から切り込んだ。そんな彼に返されたワードは、読めてはいたがやはり〈EXPポット〉だった。あれは法に反していない、と。突然出てきたワードだが、その場の半数は「やはり」といった反応だった。

 法に反していない、という発言にシロエは返す。プレイヤーには現在、法なんて存在しないと。存在しないものを破っていないなどただの詭弁である、と。

 

「別に、ことは〈EXPポット〉の件に限定していません、問題は僕たちプレイヤーにとっては“法”なんてないということです。今のこの世界では実際にはやりたい放題ではないですか。もちろん僕らにとっては、それでもほとんど不利益はありません。自分たちさえよければ、ですが」

「それこそいいがかりだ」

「じゃあ、聞きますけど」

 

 突然の第三者の声に、一同がそちらに視線を向ける。その先は、沈黙を守っていた“予言者”だった。

 

「突然なんだ? “予言者”」

「いえ、別に。ただ、アイザックさんは本気で“戦闘行為禁止区域においてのペナルティ”が(law)であるとお考えなのかな、と」

 

 “予言者”の発言にアイザックは息を呑む。それは、今まさに自分が盾にしようとしていたものを否定する発言であったからだ。先を読まれた、と。

 

「戦闘行為禁止区域においてのペナルティ。あれは、“原因”に対して“結果”があるというだけの事象です。言ってしまえばこの世界の機構(structure)であって法律(law)ではない。それを法と認めるならば、この世界の統率は一体誰に託されているのでしょうか。そもそも、この世界は現時点で統率されているのでしょうか」

 

 僅かに細められた片のオブシディアンに、誰というわけでもなく口を噤む。

 心を引き付けて、なお見透かすような瞳。強弁すら許されない、圧倒的な先手。それが、彼女が“予言者”たる所以であった。

 リンセによって静まり返った場で、シロエは再び語りだす。

 

「たとえば、僕は先日ススキノの街にいきました。そこでは〈ブリガンティア〉というギルドが、ノンプレイヤーキャラクターの若い娘をさらっては、プレイヤーに奴隷として売りつけるビジネスを行なっていました。先ほどの話でいえば、これは“違法”ではありません。衛兵に攻撃されませんから。でも“法”ってそういうものですか? この世界ではありです。少なくとも仕様上可能ではある。“可能か不可能か”でいえば、可能です。でも“法”ってのはそれとは違いますよね」

 

 でも、そうではない。問いたいのは“自分たちが自分たち自身に対してそれをありと認めるか否か”なのである。自分たちを律するルールをどこにおくかなのである。

 言い訳はなんとでもつく。新人の軟禁にしても、ノンプレイヤーキャラにしても。保護のためやら、AIに人権などないやらと言ってしまえばいいのだから。けれど、それらを個々に論破する気はないし、する時間ももったいない。目下の目標はこの世界において自己を律する必要性を認識させることだ。

 

 現時点で、シロエの言葉に反応は二つ。片や、ルール作りは必要であるという意見。片や、そのような合意形成は不可能であるという意見。その喧噪の中で、冷静かつ的確な質問がクラスティからシロエに投げかけられる。

 

「〈シルバーソード〉は会議には参加しないといって席を立ちましたが、会議の続行自体は認めていたようです。――もし仮に会議の存在自体を認めない勢力がアキバの街に現われたらどうします? つまり、会議の方針に逆らう勢力ということです」

「戦います。具体的にはアキバの街から追放します。仮に潜入したとしても、その活動は非常に困難になるでしょう。解散させることも当然視野に入れます」

 

 ギルドの解散、ギルドの追放。両者とも言葉では簡単だが実行には困難を極めるだろう。この世界では、死はその意味では抑止力になり得ない。その状態において、正攻法でギルドに致命的ダメージを与えることは難しいことは、重々承知である。しかし、この場にいるメンバーが同意すれば可能になる。

 

「だがそりゃ、俺たちみたいな戦闘ギルドの助けがなきゃできねぇだろうがよ」

 

 アイザックの指摘に、口々に同意の声が発される。

 確かに、〈黒剣騎士団〉のような大手が反旗を翻せば、例え武力行使で勝利したとてギルドに決定的なダメージは与えられない。経済面でも同じく、大きな効果は発揮されないだろう。それらを踏まえると、この会議が成立しても大手ギルドが権限を持つことになり、現在の状況と変わらない。

 ――正攻法であれば。

 

「やはり現実味が薄いといわざるを得ないのではないでしょうか?」

「その会議を成立させる意味はあると考えます。しかしそれは……ある種のポーズであり、実際的な拘束力を発揮するとは思えません」

 

 ならば、どうすればいいのか。実際的な拘束力を持てばいい。単純な話だ。

 

「本日――いまから4時間ほど前ですが。僕はこのギルド会館というゾーンを購入しました」

 

 大きな相手と戦うのだから、切り札は用意して当然だ。

 

「当然ながらゾーンの設定権は僕にあって、その権利にはゾーンの入退場に関するものも含まれています。――つまり、僕がブラックリストに入れた人たちは、ギルド会館を使用できません。それはとりもなおさず、ギルドホールも銀行施設も貸金庫も使用できないことを意味します」

 

 これを死刑宣告ととるか、譲歩ととるかは個人次第だろうけど。

 誰かが、脅迫だと叫んだ。その言葉の意味もわかる。ギルド会館はアキバの主要施設のうちの一つだ。アキバのギルド会館は通常の会館の役目であるギルドの結成や入会、脱退、高レベルのギルドの特典の受け取りなど、ギルドに関するシステム的な事務手続きに加えて、エントランスホールに銀行の受付が存在する。そこは、金銭、アイテムを預けることが出来るのだ。大量の金銭や装備していない通常のアイテムを持ち歩くのは不用心であるため、普通は銀行に預けて管理する。その管理場所の入場制限が一プレイヤーに管理されているということは、実に恐るべき事実である。銀行自体はどの街にも存在して口座も同一であるが、各都市間の移動がトランスポート・ゲートの停止により制限されている今、シロエの宣言は銀行の預金封鎖に等しい。これを脅迫と言わずしてなんと言うのか、という主張も全うだ。

 

「銀行の預金封鎖をするだって!? お前、それが脅迫じゃなきゃなんだってんだ!?」

「僕はアイザックさんの質問に答えただけです。その質問は“例え会議が成立したとしても、案件次第では大手ギルドが拒否権を発動して戦争になるのではないか?”というものでした。答えとしては、戦争は起きません。戦争勢力はアキバにおけるギルド会館の使用権を失いますから」

「だからそれを脅迫だと――」

「そうおっしゃるなら脅迫かもしれません。しかし、僕がやったことが脅迫だというのならば、“都合が悪い提案をされたら戦争起こすぞ”といっているアイザックさんを始め大手ギルドの方々のやっていることは脅迫ではないんですか? どこに違いがあるんです? 僕は“会議を設立して話し合いたい”といっているだけです。都合が悪い言葉を無視するつもりもありません。どちらが常識的な申し出か考えてみてください」

 

 会議参加者にしてみれば、悪夢のような話だろう。だが、私個人の意見としては「実に良心的な話じゃないか」といったところだ。ギルド会館、マシじゃないか。まだ、アキバでの金銭やアイテムの管理が出来なくなるだけだろう。復活の権限が失われる訳じゃないのだから。

 話は進み、購入のための金貨の出処になり〈海洋機構〉などからの融資が発覚。それに対して円卓に座ったメンバーだけでなく随行メンバーや参謀までも恐慌状態になり、あらゆる質問が飛び交う。

 

「静かにしてくれ! 騒がしいぞ!」

 

 一喝したミチタカが視線を落とした先を見て、私はひとり口角を上げる。それは、余りにも単純かつ高すぎる価値を持つ資料。それは、この世界のルールなど関係ない、本来存在しないシステムなのだから。

 

「シロエ殿にはまだ言うべき事があるのだろう?」

「そうですね。シロ先輩はどういいつくろっても、現在脅迫可能な位置にいるのは間違いないです。そして人間は相手が脅迫可能だと知るだけで平静を失って、ことによっては脅迫されたと感じる生き物なんです。それはわかるでしょう?」

「いわれることはごもっともです。僕だって、こんな強権をたったひとりが握っている街は理想的だとは思いません。そこで最初の話に戻ります。皆さんはこの街が――もっと大きな話でいうならば、この世界における〈冒険者〉が本当にこんな状況でよいと思っていますか? 僕の方から出す方針提案は二つ。ひとつは街に住む全ての人々、引いてはこの世界に活気を取り戻す事。もうひとつは、少なくともこの街に住む〈冒険者〉を律するための"法"をつくって実施する事。ここまでのところで反対をする人はいますか?」

 

 沈黙。それは当然のこと。別に、個別では悪い話ではないし、活気を取り戻すこと自体はいいことで、生産系ギルドも戦闘系ギルドもメリットがある。ただ方策において負担が大きいならば、誰が貧乏くじを引くのかという話になる。それでも現時点で、反対するような話ではない。法の制定についても同様。制定自体には反対要素はない。

 

「わかった。そこまでいうのならば、この会議に提案する――〈記録の地平線〉の具体的な方策とやらを聞かせてもらおう」

 

 机を叩き、一同の混乱を背負い込むように切り込んだアイザックに、シロエは胸を張った。

 そう、それでいい。その想いを、熱を、言葉に乗せて伝えればいいのだ。

 

 シロエからの提案はふたつ。地域の活性化と治安の向上。活性化のアウトラインは〈三日月同盟〉のマリエールからだ。

 〈軽食販売クレセントムーン〉の秘密。それは、種も仕掛けもない現実世界ではごく普通の調理法だ。ここがゲームの世界であるという思い込みによるフィルターが、そのことに気付くことを遅れさせていた。ただそれに気付いただけの単純かつ革命的手法だった。

 

「これは……ずいぶん多くの示唆に富んだ発見だと、僕は考えます。この発見自体はここにいるにゃん太班長によるものですが、この発見がなければ、僕はこの席を設けられなかっただろうし、設けようとも思わなかった。――ミチタカさん。結果出ましたか?」

「出たぞ」

 

 驚愕の念が宿っている表情のミチタカ。会議が始まってから生産系ギルドのトップが沈黙を保っていた理由がここにあった。

 

「我がギルドは……〈ロデリック商会〉〈第8商店街〉と協力してだが、先ほど蒸気機関の開発に成功した」

 

 蒸気機関の開発――シナリオ通り。とはいえ、さすが生産系ギルドのトップクラス。半日足らずで素晴らしい成果だと素直に思う。その報告に首を傾げたのはアイザックだった。

 

「おい……。そりゃ、蒸気機関はすごいがよ。つまり、それは、いったいどういうことなんだ?」

 

 その質問に、〈ロデリック商会〉のロデリックが答えた。曰く、“生産の職人スキルを習得したプレイヤーが、作成メニューを使わないで実際に両手をもって作成すれば、作成メニューに存在しないアイテムを作り出すことが出来るということが証明された”と。続き、〈第8商店街〉カラシンが“作成メニューにはないアイテムを作り出すことが可能、しばらくの間は発明ラッシュ”と発言した。それに、ミチタカも頷く。

 新しい発明が増えれば、新しい需要が喚起される。お金を稼ぐ手段も必要性も増える。つまり、活性化だ。配慮すべき問題も出てくるだろうが、対処のしようがある。

 この事実が生産系ギルドを動かした。

 

「俺達〈海洋機構〉〈ロデリック商会〉〈第8商店街〉は〈円卓会議〉の設立を支持しよう」

 

 これで、決まったな。私はひそかに微笑んだ。これで、多大な経済的効果が見込まれる。戦闘系ギルドの面々が息をのんだのがわかった。

 

「戦闘系ギルドの方にも仕事が増えるかと思います」

 

 素材の入手や探索、護衛等の任務、会議が発足したら予算をつけて〈妖精の輪〉の完全調査の依頼など、それが終わればゾーン情報の蓄積。ゆくゆくは史料編纂、そして新聞等の情報媒体の発行。予算さえあればやるべきことは山ほどあるのだから。

 

「次に治安問題です。“法”の制定とはいうと不自由さを感じる人もいることでしょう。でも、さほど窮屈にしても仕方ないとは思っています」

 

 ここは中世的な異世界であるし、法で縛り上げずともうまくやっていける文化があると信じている、とシロエは語る。狩り場の占有や縄張り争いも競争のうちだと考えれば、一方的に否定するようなものでもない、とも。ただし、行き過ぎは抑制すべきだ。たとえば、低レベルゾーンでのPKの禁止など。そして、人権問題。自由権の保証において、死が絶対的な終着点ではない以上、拉致監禁はこの世界においては元の世界よりも重罪と考えるべきだ、と。ギルド入会、脱退も本人の自由意志に任せること。そして何より、異性に対する性行為の強要は極刑だ、と。

 

 ――それは、盛り込まざるを、えないだろうな。

 

 同意の色が濃く見える。問題がないとは思っていなかっただろう。しかし、今までは監視、処罰の実行が困難だった。しかし、預金封鎖というカードがあるならば、話が簡単になるのだ。

 話の流れが、“〈円卓会議〉を設立するか否か”から“〈円卓会議〉設立後にどうするか”に変わっていった。けれど、最後に私たちが盛り込みたい案件がある。

 

「そして、最後になりますが――この人権問題は〈冒険者〉に限らず〈大地人〉にも適用されるべきです」

 

 この世界が、〈エルダー・テイル〉の世界ではなく、そこに酷似した異世界であることに気付いている〈冒険者(にんげん)〉は何人いるだろうか。“ゲームの世界”ではなく“とあるひとつの世界”であることに至っている〈冒険者(にんげん)〉は何人いるのだろうか。

 

「はっきりさせるためにいいますが、この世界の本来の住人は彼らで、僕たちの方が寄生虫なんです。アキバの街は元々〈冒険者〉の街ですから、比較的〈大地人〉が少ないですが、世界全体でいえば〈大地人〉の方がずっと多いはずです。世界に対する役割として、〈冒険者〉と〈大地人〉は違いますけど、このままではまともな関係を築くことも出来ない」

「関係……?」

 

 シロエの発言にマリエールが補足を入れる。〈大地人〉も〈クレセントムーン〉に買いに来ている。彼らも、おいしいものが食べたいのだと。それは、彼らに味覚が存在し、意志が存在することの表れだ。ノンプレイヤーキャラなら、ただのAIなら、そのように“存在しない”ものを買いに来る動作などプログラミングされていないはずだ。それなのに、“存在しない”ものを買いに来る。プログラミングではない、ただの記号ではない、この世界に存在し、歴史を持ち、人格を持ち、記憶を持ち、呼吸し、食事をとって……生きているのだと。

 自分たち〈冒険者〉は確かに特権階級であるようだが、この世界の多数派勢力は〈大地人〉だ。〈冒険者〉は大地人抜きではこの世界で暮らすことはできない。けれど、〈大地人〉のほうは〈冒険者〉抜きでも、おそらく暮らせる。そんな世界で、自分たちを律せずにいては、取り返しがつかないことになると、シロエは言い切った。

 

 誰もが衝撃で動かなくなった中、静かに口を開いた男がひとり。

 

「――シロエ君は、〈大地人〉と戦争の可能性があると示唆しているのか?」

「それは僕が今考えることではなく〈円卓会議〉が考えることだと理解しています」

 

 クラスティの問いにシロエは無責任に言い放った。

 

 賽は投げられた。よほど理解力のない人間でなければこの会議を成立させるだろう。そのときを待つように、私はその場を観察する。動いたのは、クラスティだった。

 

「我ら〈D.D.D〉はアキバの街を自治する組織として〈円卓会議〉の設立に同意し、これに参加する」

 

 それに続くは〈剣聖〉。

 

「僕たち〈西風の旅団〉も同意しましょう。シロ先輩の全力管制戦闘、久しぶりに見ました。――やっぱりうちに欲しかったですね」

「アキバを割る訳にはいかないだろ。〈黒剣騎士団〉も参加だ」

「〈ホネスティ〉も同意する。今後は〈大地人〉との関係改善に努めよう」

 

 〈黒剣〉アイザックに〈ホネスティ〉アインスも同意。生産系ギルドも変わらず、〈グランデール〉や〈RADIOマーケット〉同意。

 

「〈円卓会議〉設立。……まあ、だいたい想定内かな」

 

 今ここに、〈円卓会議〉が設立されたのだった。

 

  ※

 

 ほっとしたような、活気が出てきた雰囲気のなか、クラスティが声を上げた。

 

「シロエ君」

「なんですか? クラスティさん」

「実は、会議前から気になっていたのですが……」

 

 そう言葉を切ったクラスティは、ある人物へと――正確にはある人物のギルドタグに視線を移した。

 

「彼女はシロエ君と同じギルドタグをつけているようだが……それは、“予言者がひとつの場所に留まった”ということでいいのかな」

 

 視線の先、リンセはその瞳をゆっくりとクラスティに向ける。

 

「……なにか、問題でも?」

 

 酷く冷え切った瞳に同様の声色。それに動じた風もなく、クラスティは彼女の瞳を見返した。

 

「いえ、“私個人としては”何の問題もありませんよ。ですが、あのギルドと〈黒剣騎士団〉は以前、“予言者”の件で一悶着起こしていたなと思いまして」

 

 それと、と言葉を続けた。

 

「〈円卓会議〉設立の裏にあなたの“操作”が入っていないとも限らない」

「言ってくれますね」

「私はそうは思っていませんが、そう思っている方も少なからずいるのではないか、と」

 

 その言葉に、一気に会議室が騒めいた。

 リンセの言った“厄介”、そのうちの一つがこれだった。“予言者が裏で全て手引きしているのではないか”。全てを予測していそうなリンセに対しての畏怖が、時としてありもしないことを作り上げてしまうのだ。リンセのついたため息に、ごく一部の人間がわずかに反応した。

 

「……何もしてないですよ。あ、何もしてないはちょっと語弊があるか。事務作業しかしてません。全ての取り決めはここにいる主催のシロエですよ」

 

 半ばやけくそのように言い放ったリンセは、もう一度深いため息をついた。

 

「まあ、そういう件に関しては基本的に信用がないのはわかってますけどね……」

 

 その言葉とともに表れたのは諦めにも似た苦笑だった。

 

「皆さんがどう思ってるかは知りませんが、もうこの話は止め! 休憩入れて、今後の方針について話しません?」

 

 苦笑のまま打ち鳴らされた手に、先ほどまでの騒めきは消えて〈円卓会議〉設立直後の空気が戻ってきた。そのことにほっとして、リンセは再びため息をつく。

 

「リンセち、大丈夫ですかにゃ?」

「ああ、うん。大丈夫です、大丈夫」

 

 言葉とは裏腹な疲れた表情のリンセににゃん太は僅かに顔を顰める。そして、静かに彼女の頭を撫でた。

 

「だから、子ども扱いしないでくださいってばー」

「我が輩から見たら、まだまだ子供ですにゃぁ」

 

 そりゃ、どうあがいても歳の差は埋まらないけれども。このご隠居は、いつになったら子供扱いを止めてくれるのか。

 リンセは、先ほどとは別の意味でため息をついた。

 

 まあ、でも。

 

「ひとまずは、シロくんお疲れさまってとこかな」

「ですにゃぁ」

 

 二人の視線の先には、自身の意志でやりたい事をやり遂げた青年の姿があった。


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