Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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どうがんばっても暗い展開を逃れられなかった……。



chapter 10

 〈円卓会議〉設立後、アキバの街は大きく変わった。民主的な方法で選ばれたわけではないメンバーによる機関であったため反発がなかったわけではなかったが、それを見越して、設立の趣旨や当面の活動目的とその手法を事細かに書いたビラを掲示、さらに〈クレセントムーン〉によって知らされた新しい調理法を惜しげもなく公開した。そのおかげか、アキバの街には一夜にしてありとあらゆる食べ物があふれかえった。そして、アキバの街には昨日まで想像もしなかった「食べ歩き」という娯楽が生まれたのだ。この変化に、〈冒険者〉のみならず、〈大地人〉も歓迎していたというのは、私個人としては一番の収穫だと思う。

 各代表者の演説は、演説というよりも馬鹿騒ぎのほうが近いような雰囲気もあったが、それはそれでよかったのだろう。

 

 その日から早一週間。〈料理人〉のみならず、さまざまな生産職の人々によって新しいものが日々供給されている。新しいニュースが流れ、どこそこの誰々が何をしたなどの情報が飛び交う。まさに、アキバの街には活気がもたらされたというべきだろう。そんな明るい景色の中、私は一抹の不安を抱えていた。

 

 ――それは“予言者がひとつの場所に留まった”ということでいいのかな。

 

 クラスティの一言。それが重くのしかかっているのだ。シロエの言葉に負けたからといっても、結局は自分で決めたこと。けれど、それを〈あの子〉が認めるだろうか。考えて、思わずため息をついた。

 

「おーい、リンセ。さっきからため息多いぞ」

「あ、直継」

 

 呆れた声に床に向いていた視線を上げれば、声色通りの表情をした直継。その手には掃除用具。ああ、そういえば今日も今日とて、ギルドの拠点となるかつてはオブジェクトだった廃墟の掃除をしていたんだった。

 

「はぁ……」

「おいおい……。まじでどうしたんだ?」

「いや、このあとのことを考えたら、ね……」

 

 直継は訳が分からないといった表情で首を傾げた。

 来なければそれでいい。来たら来たでどうにか対処しなければならない。そう考えて、シロくんに逃げるなどうのこうのって言った割に自分のほうが逃げ続けているじゃないか、と自嘲した。

 

  ※

 

 時は戻り、昨晩。

 とあるギルドホールでは、こんな会話が繰り広げられていた。

 

「ねえー、なんでかな? なんで、あそこにあの人がいるのかな?」

「知らないわよ、そんなこと」

「ちょっとー、さっちゃん冷たいっ!」

 

 桃色のショートヘアの女性がゴシック調の服の狐尾族の女性に突っかかる。

 

「ちょっと! 突っかからないでよ、まったく」

「だってだってだってー! 絶対おかしいよ! なんで、あんなとこにリンリンがいるのさ!」

 

 あの人の居場所はここでしょ!? と半ば発狂気味に叫ぶ彼女にさっちゃんと呼ばれた女性は耳をふさいだ。

 

「まあまあ、マキちゃん。落ち着こうよー」

「落ち着けるわけないじゃん!? なんでロゼッタはそんなに落ち着いてるの!?」

 

 あり得ない、とヒステリックに叫ぶ桃色のショートヘア――マキに肩を思い切り揺らされて目を回しかけているのは、ロゼッタと呼ばれたツインテールの少女だ。

 

「きっと、あの“腹ぐろ眼鏡”になんかされたんだよ! そうに違いないって!! ねえ、そうでしょ!?」

「マキ、気になるのであれば御本人に直接聞けばよいのではないですか?」

「その手があった! 今なら、居場所もはっきりしてるし、善は急げだね!!」

 

 すぐさま飛び出そうとしたマキの襟首を掴んで引き留めたのは、直接聞けばいいと言ったに黒髪のボブカットのエルフの女性だった。

 

「ちょっと! 聞けばいいって言ったのになんで止めるの!? 夕湖(ゆうこ)!!」

「時間を考えてください。今の時間では迷惑極まりないです」

「うぅー……。わかったよー」

 

 じゃあ、明日の朝一にリンリンのところにいくよ! とにこやかに言ったマキに周りにいた三人は言いようのない不安を覚えた。

 

  ※

 

 〈記録の地平線(ログ・ホライズン)〉の新たな拠点に近づく足音、そして遠慮なく蹴破られた扉の音に、ギルドメンバーは何事だと顔を見合わせた。

 

「おいっ! 〈記録の地平線(ログ・ホライズン)〉のシロエってのは、誰!?」

 

響いた女性の大声に、顔を見合わせていたメンバーは怪訝な顔をした。ただ一人、小燐森を除いて。

 

「なんだなんだ、道場破り祭りか?」

「ちょっと見てくるよ」

 

 先に動いたのは、名前を叫ばれたシロエだった。

 

 *

 

 僕が一階に降りていくと、そこには四人の女性プレイヤーがいた。

 ゴシック調の服の狐尾族に黒髪のボブカットのエルフ、アカツキに負けず劣らずの低身長なツインテール、そして、腕を組んで仁王立ちをしてこちらを睨んでくる桃色のショートヘアの四人組だ。ステータスを確認すると、狐尾族の女性が佐々木、エルフの人が夕湖、ツインテールの子がロゼッタ、ショートヘアの女性がマキ=ルゥというらしい。

 

「あの……」

「アンタがシロエ?」

 

 睨みつけてくる彼女に、僕は嫌な予感がした。

 

「……そうですが」

「へぇ……」

 

 とりあえず相手の質問に答えると、彼女は目を細めた。

 自分の知り合いにこの女性はいただろうか、と考えを巡らせてみたが、生憎該当する人物はいなかった。じゃあ、なぜ僕はこの人に睨まれているんだろう。その女性は目を細めたまま僕の方に近づいてくると、いきなり拳を振るってきた。突然のことに反応できず、その拳をまともに食らってしまい、僕は体制を崩して床に倒れ込んだ。殴られたときに、バキッといい音がしたし、結構勢いよく床に倒れ込んだので結構痛い。

 物音に気付いたのか、複数の足音が階段を下りてくるのが聞こえた。

 

「今、すげー音したけど何があったんだよ?」

「どうしたのですにゃぁ?」

「主君っ」

 

 降りてきたのは、僕以外の四人だった。

 直継は首を傾げて、班長は僅かに目を細めている。アカツキは、僕のそばに来て身体を支えてくれた。その支えで僕は立ち上がる。クロは無表情でただ相手の四人組を見つめている。その彼女を見て、桃色のショートヘアの女性は目を輝かせた。

 

「リンリンっ! 久しぶりだねっ! 元気にしてた? アタシは相変わらずでね。まさか新しい拡張で〈大災害〉なんてビックリしちゃったよっ! でも、またこうやってリンリンに会えたから結果オーライかな? それで……」

「マキ、何しにきたの?」

 

 ショートヘアの彼女――マキさんのマシンガントークを、クロは感情のこもらない声で切った。それに嫌な顔をせず、マキさんは笑った。

 

「何しに来たの、なんておかしなこと聞くね。ここにきた理由なんて一つだよ」

 

 その彼女はクロに手を伸ばし、そのまま抱きついた。

 

「迎えに来たんだよ、リンリン。帰っておいでよ、私たちのギルドに」

 

 その瞬間、一瞬だけクロの表情が強ばったような気がした。

 

「リンリン。アタシたちにはリンリンが必要なの。だからさ、帰っておいでよ。みんな待ってるよ?」

 

 クロから離れた彼女は、クロの手を取り首を傾げる。そんな彼女を見て、クロは僅かに顔を歪めた。

 

「……悪いけど、マキ。私は……」

「もうギルドに入ってる、なんて些細な問題だよ。ギルドなんてやめちゃえるんだからさ」

 

 口を三日月のように歪ませたマキさんはそう言い放った。その言葉にクロは一歩引いた。否、引こうとした。けれど、それをマキさんの手が阻む。

 

「一体、どんな手を使われたかは知らないけど大丈夫だよ。誰が相手でも、アタシがリンリンを守るんだから」

 

 だから一緒に来てくれるよね? とマキさんは笑う。その笑みが僕にはとても不気味に見えた。

 そのとき、二人のやり取りに口を挟んだ第三者がいた。

 

「……おーい、さっきから話聞いてるけどよ、一体何の話かさっぱりなんだが。つーか、その四人組はリンセの知り合いか?」

 

 マキさんとクロのやり取りに割り込んできたのは直継だった。腕を組み首を傾げた直継は、本当に何がなんだかわからないようだった。かくいう僕もさっぱり理解できていないけど。僕の横にいるアカツキもそんな感じだ。しかし、班長だけは目を細めてやり取りを見ている。

 口を挟まれたことが不愉快だったのか、マキさんは苛立ちを隠しもせず舌打ちをする。

 

「……あのさ、今アタシはリンリンと話してんの。一体誰の許可得て話に割り込んできてんのよ。空気読みなさいよ、脳筋」

 

 クロとの対応の差に直継は言葉が出ないみたいだった。アカツキも大きな目を瞬かせている。

 

「で、話は戻すけど。一体どんな手を使われたの? そこの冴えない根暗眼鏡に弱みでも握られた? 多分そうだよね、じゃなきゃリンリンが他のギルドに入るなんてしないもんね。よし、分かった。その眼鏡はアタシがぶちのめしてあげるから、リンリンは安心して帰っておいでよ。ね?」

 

 再び始まったマキさんのマシンガントークに、僕は開いた口が塞がらなかった。いつの間にやら、マキさんの中では、〈記録の地平線〉にクロがいるのは僕が脅したからということになっているみたいだ。とんだ冤罪だ。

 マシンガントークを終えたマキさんは僕を睨みつけてきた。これは、本当に僕は彼女にぶちのめされるフラグが立っている。

 

「ま、待ってください。弱みを握っているなんて、そんなことないです」

「はぁ? 何言ってんの? アンタがリンリンになんかしたんでしょ!? じゃなきゃ、リンリンがアタシたちのギルド以外のギルドタグ付けるなんてありえないもんっ!」

 

 否定するとそんな批判が返ってきた。一体何の根拠があっての言い草なのか。

 親の敵を見るかのような目で僕を見てきたマキさんは、拳を握りそれを再び僕に振りかざしてきた。それに反応してアカツキが僕の前に出て対抗しようとしたが、それより早く別の人物がマキさんの動きを止めた。

 

「マキ」

 

 名前を呼ぶだけでマキさんを制したのはクロだった。感情のこもらない目線でマキさんを見ている。その視線にマキさんはたじろいだ。

 

「……なんで? どうして、かばうの? どうしてアタシじゃなくて、この〈記録の地平線〉のギルマスをかばうの? ねえっ!?」

 

 急に声を荒げはじめたマキさんはクロに掴みかかった。

 

「どうして、ねえ、どうしてっ!? リンリンッ!」

「……マキ。私は、自分の意志でここにいるの。自分自身でこの場所を選んだ。本当だよ」

 

 クロの言葉に、マキさんは絶望したような顔をした。クロの服の襟を掴んでいた手からは力が抜けたらしく、そのまま重力に従ってぶらりと下がる。

 

「リンリンは……ここを……選んだ、の?」

「うん。自分自身で」

 

 クロの言葉にマキさんは俯いた。握り締めた拳は震えていた。そして、ぱた、と透明な雫が落ちる。

 

「……んで、なんで、なんで、なんでっ!? じゃあ、リンリンはアタシたちのギルドに帰ってきてくれないの!? そんなのダメだよっ! ダメダメ、絶対ダメッ!」

 

 顔を上げたマキさんは泣きながら叫ぶ。透明な雫は次々とマキさんの頬を滑り落ち、ギルドハウスの床を濡らした。

 

「そんなの嫌だよっ! みんな待ってるんだよ!? リンリンが帰ってくるの、待ってるんだよっ!? なのに、どうしてっ!?」

「……ごめん」

「うそ、うそだよ……うそだって言ってよっ!!」

「嘘じゃない」

 

 クロの身体を揺すりながら泣くマキさんにクロははっきりと告げた。その言葉に、マキさんはわなわなと震えだす。

 

「ダメッ! 他のところのギルドタグつけてるなんて、絶対ダメっ! そんなことあっちゃいけない、そんなの許さないっ!?」

「マキ」

 

 クロが彼女の名前を呼ぶと同時に、乾いた音が響いた。僕の目に、何かを振り払ったあとのような形で止まるクロの手と、何かに弾かれたようにクロとの距離が開いたマキさんが映る。

 

「もう、やめよう。私はもう、みんなのマスターじゃない」

「や、だ……みとめない……」

「マキ」

「う、そ。みとめない……アタシは、みとめない」

「マキ」

「ぜったいに、絶対にっ!! 認めないっ!!」

「いい加減にしてっ!!」

 

 滅多に聞かないクロの怒声にその場の時間が一瞬止まった気がした。そんな周りを見渡して、クロはハッとしたように俯いた。

 

「……ごめん、怒鳴って。ちょっと頭冷やしてくる」

 

 そのまま顔を抑えて、クロはマキさんの横を足早に通り過ぎてギルドハウスから出ていってしまった。

 崩れ落ちるマキさんを傍目に見つつ、班長たちの方に振り返る。

 

「班長、ここは任せてもいいかな?」

「分かりましたにゃ。シロエちは早くリンセちを」

 

 班長は微笑みながら、けれど真剣な目で頷いた。

 今の状態のクロを放っておくことなど当然できず、僕は彼女のあとを追うようにギルドハウスから飛び出した。

 

  ※

 

 出て行ったシロエを追うように飛び出そうとしたマキを止めるように、にゃん太は彼女の前に立ち塞がった。

 

「……何よ」

「リンセちを追おうとしているのなら、ここを通すわけにはいかないのですにゃ」

 

 にゃん太は目を細めてマキを見る。そんな彼をマキは恨みがましく睨みつけた。その視線を気にすることなくにゃん太はそこに立ち続ける。

 

「……マキ、いい加減にしなさい」

 

 にゃん太を睨みつけているマキに呆れたように狐尾族の女性が口を開いた。

 

「さっちゃん、アンタまで〈記録の地平線(ここ)〉の味方?」

「違うわよ」

 

 盛大に溜め息をついた狐尾族の女性は直継たちの方を向く。

 

「ごめんなさいね、うちのギルマスが」

「そう、だな……」

「ああ……」

 

 事情が全く飲み込めていない直継とアカツキは曖昧に返事をする。

 

「その、事情説明を求めます祭り、なんだが……」

「それもそうね。自己紹介もまだだったし」

 

 恐る恐る手をあげて説明を求めた直継に狐尾族の女性は長い紫髪を払いながら応じた。彼女は、未だににゃん太をにらみ続けているマキの身体を無理矢理直継たちの方に向けて、他の二人に横に並ぶように言った。その指示に従って、他の二人は並ぶ。

 

「自己紹介が遅れてごめんなさいね。私は佐々木。レベルは90。見たとおり狐尾族でメイン職は〈妖術師(ソーサラー)〉でサブ職は〈画家〉よ」

 

 狐尾族の女性――佐々木が自己紹介を終えると、ツインテールの少女が勢いよく手を上げる。

 

「はいはーいっ! じゃあ、次は私ねー。私はロゼッタ。種族はドワーフで90レベルの〈施療神官(クレリック)〉ですー。サブ職業は〈交易商人〉ですー。よろしくねー」

「では、次は僕が自己紹介します。僕は夕湖と申します。一人称が“僕”ですが、れっきとした女です。エルフで90レベルの〈暗殺者(アサシン)〉をやっています。サブ職業は〈毒使い〉をしています。どうぞお見知りおきを」

 

 ツインテールの少女――ロゼッタのあとに自己紹介をしたエルフ――夕湖は無表情で丁寧にお辞儀をした。その三人に続いて直継とアカツキ、そしてにゃん太が自己紹介をする。

 そして、一同は最後に残った一人を見る。

 

「……私は、マキ=ルゥ。90レベルの〈武闘家(モンク)〉のヒューマン。サブは〈決闘者〉」

 

 ふてくされたような様子の彼女は、そのあとにこう続けた。

 

「それプラス、ギルド〈Colorful〉のギルマスやってる。ここにいる三人はそのギルメン」

 

 三人を指差し、マキはぶっきらぼうに言った。そして、彼女が言った言葉にアカツキが反応を示す。

 

「〈Colorful〉だと?」

「何だ、ちみっこ。知ってるのか?」

「ちみっこ言うな、バカ継。ああ、知っている。女性プレイヤーの間では有名だ」

 

 男性アバターでプレイしていたとはいえ、アカツキも女性だ。彼女たちのギルド〈Colorful〉のことはよく知っていた。

 

「〈Colorful〉は女性プレイヤー限定のギルドだ」

「そして、女性プレイヤーのガチ勢ギルドとしても有名ですにゃ」

 

 アカツキの言葉ににゃん太が続いた。にゃん太の言葉に、佐々木は溜め息をついてロゼッタは照れたように頬を掻いた。夕湖は相変わらず無表情で、マキは少しだけ眉を潜める。

 

「……そして、かつてリンセちが所属していたギルドですにゃ」

 

 その言葉に、アカツキと直継は少なからず驚いた。別に、ギルドに所属したことがない、とリンセの口から聞いたことはなかったが、彼女はなんとなくずっとソロでやっていたような雰囲気を醸し出していたのでそう思っていた。

 

「その言い方はちょっと納得できないわね」

「確かにー」

「そうですね。その表現は的確ではありません」

 

 にゃん太の発言に、〈Colorful〉の面々は渋い顔をした。特にマキは思いっきり眉間に皺を寄せた。

 自分の発言のどこに間違いがあったか分からないにゃん太は、不思議そうに首を傾げる。そんな彼にマキが言った。

 

「〈Colorful〉はね、リンリンが“所属していた”じゃなくて“創設した”ギルドだよ」

 

 マキのその言葉に〈記録の地平線〉メンバーは息を呑んだ。

 

  ※

 

 フレンド・リストでクロの大まかな居場所を確認しつつ、僕は彼女を追っていた。走り回ってしばらく、見つけた彼女は、アキバの町の南西にある巨木、銀葉の大樹の下にいた。大きな根に腰をかけて、ぼんやりと空を見ている。

 

「……クロ」

 

 僕の声に答えることなく空を見つめ続けるクロ。そんな彼女から少し離れたところに、僕は腰掛けた。

 空を見ているクロの横顔を見る。その顔は感情が抜け落ちたようだった。あるいは、感情を無理矢理押さえつけているような、そんな表情だった。

 何か言葉をかけるべきか、と思ったが、それすらはばかれるような空気が僕とクロの間にあった。

 しばらくの沈黙のあと、ようやくクロが口を開いた。

 

「ごめん、シロくん。突然、修羅場っちゃって。それに、痛かったよね? あの子、加減てものを知らないからさ」

 

 告げられたのは謝罪だった。

 

「修羅場はびっくりしたし、痛かったけど、クロが謝ることじゃないでしょ」

「そう、かもしれないけど」

 

 言いながら、クロは視線を下に落とした。地面の上をクロの視線がさまよう。

 

「半分くらいは私のせいだからね」

 

 いきなり怒鳴っちゃったし、と悔いるような声色だった。

 

「あの人たちとは、どういう関係? 無関係、なんてことはないだろ?」

 

 うん、とクロは頷く。そして、ようやく僕のほうを見た。口元だけ微かに笑った彼女は、寂しさと悲しみが混じった瞳をしていた。

 

「あの子達はね、元々同じギルドの仲間だった」

「ギルド……」

 

 その言葉に少なからず驚いた。僕は、勝手に彼女はギルドに属さずソロでずっとやってきたと思い込んでいた。でも、どうしてギルドに入っていたのにやめてしまったのか。

 

「〈茶会〉が解散してからすぐのことだった。ソロでいつも通り冒険していたときに、あの子たちに出会った」

 

 静かに目を伏せてクロは語りだした。

 

  ※

 

 それは、本当に偶然だった。

 〈茶会〉が解散したあともふらふらと冒険をしていた私は、ある日、四人組の女性プレイヤーに出会った。その四人組こそ、のちに一緒のギルドの仲間となる佐々木、ロゼッタ、夕湖、そしてマキ=ルゥだった。

 

 その四人組は、とあるダンジョンの前にいた。私はたまたまそこを通りかかっただけだったんだけど、急に声をかけられた。

 

「ねぇ、そこの和装の人! これからダンジョンに行くんだけど、一緒に行ってくれない?」

 

 元気な声で私に話しかけてきたのは、桃色のショートヘアの女性アバターだった。

 

「……なんでですか?」

「アタシたち四人じゃ、ちょっと心許なくてね。うちのとこのヒーラーさんさ、完全なる殴り僧なんだよー。だから、回復職がもう一人欲しいなーって話してたんだ!」

 

 そしたら君がここを通ったってワケ、と明るく言う。

 初対面の人に随分とフレンドリーに接してくるな、とちょっとげんなりした。初対面の人には、もう少し礼儀を持って接するのが普通じゃないのか。

 でも、困っているって言うなら断るのも嫌だな、と思った私は、彼女たちと一緒に行くことにした。

 

 ダンジョンを進んでいく途中で、自己紹介を忘れていたことに気付いた。

 

「自己紹介忘れてましたね。私は小 燐森と言います。ステータス見てくれればわかると思いますけど〈神祇官(カンナギ)〉です」

「あっ、アタシたちもしてなかったね! ごめんごめんっ! 私はマキ=ルゥ。〈武闘家〉だよっ」

「私は佐々木といいます。狐尾族の〈妖術師〉よ」

「はいはーい。私はロゼッタですー。ドワーフの〈施療神官〉で殴り僧やってますー」

「では、最後は僕ですね。僕は夕湖と申します。エルフの〈暗殺者〉です。スナイパービルドでやっています。一人称が"僕"ですがれっきとした女です」

 

 そのあと、それぞれの年齢を確認したところ、このパーティで一番歳下なのはマキでその次が私だった。でも、最年長の佐々木さん(なんとなくさんをつけたくなる雰囲気を醸し出していたので)が敬語じゃなくていいというので、敬語を外して話すことになる。

 

 自己紹介が終わったあと、どんどんダンジョンを進んでいった私達は、ダンジョン攻略が済む頃には連携の取れるいいパーティになっていた。

 

  ※

 

「そのあとも、誘われればパーティ組んだりして冒険してたんだ。結構楽しかったんだけどなぁ……」

 

 クロはそう締めくくった。その声には哀愁があった。

 そこで、湧いた疑問が一つ。

 

「どうして、ギルドを抜けたの?」

「……まあ、色々あったんだよね」

 

 あはは、とクロから乾いた笑いが漏れる。その笑いも空元気なようで、見ていて痛々しかった。ギルドを抜けた理由を聞きたい衝動に駆られたが、そこに踏み込んではいけないと僕の何かが静止する。

 

「聞かないんだね。ギルドを抜けた理由」

 

 シロくん、絶対気になってると思ってたのに、とクロは呟く。その発言に、僕は溜め息を飲み込んで口を開く。

 

「聞いたら、答えてくれる?」

「多分、答えないかな」

 

 予想通りの返答を返してきたクロに苦笑いが漏れる。そんな僕を見て、クロも苦笑した。

 

「……あの子たちが今所属しているギルドはさ、私が作ったギルドなんだよ」

「……え?」

 

 僕から視線を外したクロが微かに笑う。僕は、突然の告白に思わず目が点になった。

 

「〈エルダー・テイル〉はさ、男性プレイヤーが全体の約7割を占めてるMMORPGだ。逆に言えばさ、女性プレイヤーは全体の約3割しかいないんだよ。あの子たちは、そのせいでちやほやされるのが嫌いだった。それでも、〈エルダー・テイル〉が好きだからゲームをやめることはしなかった」

 

 確かに、〈エルダー・テイル〉のような玄人向けのゲームはどちらかといえば男性に好まれるゲームだ。それでも、女性プレイヤーはいる。けれど、男性プレイヤーの全員がゲーム目当てでやっているわけでもない、という面がある。簡単にいえば、女性プレイヤーと絡みたいがためにゲームをやっているプレイヤーもいるわけだ。きっと彼女たちは、そういうプレイヤーを嫌ったのだろう。

 

「だから、そんなあの子たちのために何かしてあげたかった。同じように思っている人に声をかけて、人をあつめてさ……ギルドを作ったんだよ。女性プレイヤー限定のギルド〈Colorful〉を」

 

 そのあと色々あって一ヶ月くらいでギルドを抜けたんだけどね、と昔を見つめるような遠い目をしたクロはそう言った。

 

「ギルドを抜けるときに、マキが聞いてきたんだよ。『帰ってきてくれるの?』って。私は、答えられなかった。だから、曖昧に誤魔化したんだよ。……それが、いけなかったんだ」

 

 膝を抱え込んで、クロは膝に顔を埋めた。

 

「帰る、とも、帰らない、とも言わなかった。ただ、もしかしたらね、と返すことしかできなかった。それが、あの子たちに変に期待を持たせてしまっていたのかもしれない。だから、他のギルドタグをつけた私を連れ戻そうとしたのかもしれない。……それが、今回の騒ぎを引き起こしたんだろうね」

 

 くぐもったクロの声が静かに響いた。

 

  ※

 

「……ギルドを抜けるとき、リンリンは言った。『もしかしたらね』って。だから、アタシはリンリンのその言葉を信じて待ち続けたんだよ。ずっと、ずっと、彼女が帰ってくるのを」

 

 マキさんが語ったリンセとの出会いからのギルド設立、そしてリンセがギルドを去るときの言葉を聞いて、俺は、リンセらしいなと思った。

 他人のためにギルドを作ったことも、本心を隠して曖昧に返事をするところも。

 

「だから、他のギルドタグをつけていることが信じられなかった。信じたくなかった。……裏切られた、と思った」

 

 悲しげに瞳を揺らしたマキさんは、恨めしく俺たちを睨みつけてきた。

 

「どうしてアンタたちなの? どうしてアタシたちじゃないの? アンタたち、リンリンに何したわけ?」

「はぁ? 何もしてないっつーの!」

「そうだっ」

 

 マキさんの言い草にカチンときた。なんで俺たちが悪者扱いされてるんだ。冤罪祭りだっつーの!

 アカツキもそうだったのか、キツめの口調で言い返している。

 

「じゃあ、なんでアンタたちと同じギルドタグつけてんのよっ!? おかしいじゃん!」

「何がおかしいんだよ?」

「リンリンの帰ってくる場所は〈Colorful(アタシたち)〉のとこのはずなのに!」

 

 ……まず、その前提が正しいのか? マキさんの主張する『リンセの帰ってくる場所』っつーのは本当に〈Colorful〉だったのか。

 そんな前提を崩したのは、〈Colorful〉のギルドメンバーだった。

 

「やめなさい、マキ。そんなこと言ってもリンセは帰ってこないわよ」

「さっちゃん……。じゃあ、諦めろって!? リンリンは〈Colorful〉に帰ってこないことを受け入れろって!?」

 

 マキさんにそう言ったのは佐々木さんだった。そんな佐々木さんにマキさんは掴みかかる。

 マキさん、よく人に掴みかかるなぁ。

 掴み掛かかられた佐々木さんは、マキさんを引き剥がして言った。

 

「……そもそも、リンセにとって〈Colorful〉が帰ってくる場所だっていうのが間違いなのよ」

「……え?」

 

 苦しげに佐々木さんが言った言葉は、ギルドハウスに静かに響いた。

 

「な、に言ってんの? さっちゃん……」

「〈Colorful〉は私たちの居場所で、確かにリンセが作った場所よ。けど、そこはリンセの居場所ではなかった。そういうことよ」

 

 佐々木さんの言葉に同意するように、ロゼッタさんと夕湖さんが頷く。そんな三人を信じられないものを見るような目でマキさんは見ていた。

 

「リンちゃんは優しいです。だから、私たちに居場所を作ってくれたのです」

「けれど、そこは僕たちの居場所であって、マスターの、リンセ様の居場所ではありませんでした」

 

 ロゼッタさんは優しく笑って、夕湖さんは無表情で。そう言って自分たちのギルドマスターを諭す。

 

「薄々感づいてはいたでしょ。リンセは帰ってこないかもしれないって」

「……なんでっ」

 

 マキさんは拳を握りしめて俯く。

 

「なんで、そんなにすぐ諦められるの!? 信じらんない!?」

 

 叫んだマキさんは、勢いよくギルドハウスから飛び出していってしまった。

 

「あっ!! マキちゃんっ!!」

「ほっときなさい、ロゼッタ。少しすれば、いつも通り頭冷やしてるわよ」

「さっちゃん……」

 

 出て行ったマキさんを追おうとしたロゼッタさんを佐々木さんが引き留める。

 

「い、いいのか?」

「大丈夫よ、よくあることだから」

 

 よくあるのか……。それにしても。

 

「あの、マキさんだっけ? リンセのこと大好きだな」

「ええ、当然よ。……あの子だけじゃないわ」

「え?」

「あの人は、私たちにとって希望であり願いであり唯一なのよ」

「だから、ギルマスはあの人が他の人についたことが許せなかったのです」

 

 少しだけ目を伏せた佐々木さんは静かな、けれどはっきりした口調で言った。続いて夕湖さんがまっすぐな瞳で。それに、かすかにロゼッタさんは笑った。

 

「私たちは、それが重荷になっていることはわかってたのです。でも、私たちはリンちゃんの優しさに甘えていたのです。……今日、ようやく思い知らされました。私たちが、どれだけの苦痛を強いていたのか」

 

 リンちゃんがあんな風に怒鳴ることなんて今まで一度もなかったですから、とロゼッタは俯いた。

 

  ※

 

 膝から顔を上げたクロ何かに耐えるように目を伏せていた。

 

「あのギルドに戻るつもりはなかった。かといって、他のギルドに所属するつもりもなかった。他のギルドに所属してしまえば、あの子たちが傷付くとわかっていたから」

 

 クロの告白を聞いて、僕は目の前が真っ暗になったような気がした。

 他のギルドに所属するつもりがなかったクロをギルドに所属させたのは、紛れもない僕だ。あのとき、僕はクロに辛い選択をさせていたのか? そのせいで、今クロが傷付いている? 僕のせいで?

 

「シロくんのせいじゃないよ。私がはっきり言わなかったせいだよ。今回のことは私が招いたこと。誰のせいでもない」

 

 言葉を発せないでいた僕の方を向いて、クロは笑う。その笑顔が痛かった。苦しいなら苦しいと、辛いなら辛いと、そう言ってほしかった。耐えないでほしかった。

 

「クロ、無理して笑わなくていいよ。そっちのほうが見てるのが辛い」

「……ごめん」

 

 先程からずっと自分を責め続けているクロに僕は苛立ちを覚えた。

 

「私は、あの子たちを甘やかしすぎたのかもしれない。居場所を作って面倒を見て、甘やかしすぎていたのかもしれないね。……言ったでしょ? 私をギルドに入れたら厄介が付き纏うって」

 

 自嘲気味にクロは言った。

 

「厄介だなんて、思わない。それはクロが築いてきた人間関係だよ」

 

 クロの優しさが作った絆だ。厄介だなんて思えなかった。

 

「そうは言ってもさ、多分これからシロくん、目の敵にされるよ。特にマキからはね。自分で言うのもあれだけどさ、あの子たちには愛されてると思うから。だからこそ、他の人にとっては厄介になるんだけど……」

 

 彼女たちと周りとの板挟み。その中にクロはいた。

 

「分からなかった。どうすれば、あの子たちを傷付けず周りに迷惑をかけないか。結局、私は逃げ続けて、周りを巻き込んで、あの子たちを傷付けただけだった」

 

 何も出来ずにただ甘やかし続けた私が悪いんだ、と自分を責めることしかしないクロに、とうとう堪忍袋の緒が切れた。思わず溜め息をつく。それにクロは肩を揺らした。

 

「どうしてクロは、自分を責めることしかしないのさ」

「どうしてって……それは」

「“私が悪いから”? 本当に?」

 

 クロを問い詰めるように言えば、彼女の目が泳いだ。 

 

  ※

 

「……ひとまず、今日のところは引き上げるわ。また、日を改めて挨拶と謝罪を」

「では、またですー」

「お邪魔いたしました」

 

 そういって、〈Colorful〉のメンバーはギルドハウスを出て行った。

 

 彼女らが出ていったあと、静かににゃん太は切り出した。

 

「二人は、リンセちの勘の良さを知っていますにゃ?」

「ああ、もちろん」

「知っているぞ」

 

 突然聞かれた質問の意図がわからなかったが、二人は頷く。〈大災害〉が起きたあとから今まで一緒に行動してきた二人が知らないはずがなかった。

 

「では、その勘の良さは人の感情を察するのにも有効だということは知っていますかにゃ?」

 

 そう言われて、二人は今までのことを思い返す。リンセが勘を働かせるのは、主に周りのことで特に人の感情には触れてこなかったような気がする。そこそこの付き合いがあるはずの直継にも、そういう面で勘を働かせているという印象はなかった。

 

「リンセちの勘の良さは人の感情も察してしまうのですにゃ。だからこそ、その人が望んでいることが分かってしまうのですにゃ」

 

 他人の望んでいることが分かって、なおかつその望みを叶えてあげようとする優しさがリンセにはあった。

 

「その想いが彼女自身の思いを潰してしまっていることに、リンセちは気付いていないのですにゃ」

 

 他人の思いを優先してしまう彼女だから、自分の本心に気付かずに他人の思いを自分の本心だと勘違いしてしまう。その想いに飲まれて、自分を見失った彼女は独りになる。

 

「〈記録の地平線〉に入るときも、一度は断ったはずですにゃ。〈Colorful〉のメンバーを傷付けないために」

「じゃあ、なんで今〈記録の地平線〉にいるんだ?」

 

 直継の疑問も最もだろう。周りを気遣うリンセは誰かを傷付けることを恐れる。それなのに、なぜ。

 

「……おそらく、シロエちがいたからですにゃ」

 

 割と気を許した相手には甘いリンセだが、特にシロエには殊更甘い。

 

「シロエちが“一緒に来てほしい”といえば、リンセちは動くにゃ」

 

 常にシロエの斜め後ろにいた彼女。〈茶会〉時代は、もうシロエとリンセはペアのように扱われていた。シロエがいればリンセがいる、その逆も然り。

 あの二人の間には他を許さぬ絆がある、とにゃん太は思っている。どういう経緯でその関係を築いたかは分からないが、家族や友人以上の、けれど男女の関係ではない何かがそこにあった。

 

「“〈Colorful〉に帰ってきてほしい”という彼女たちの望みから、一度リンセちはシロエちの誘いを断ったはずですにゃ。けれど、シロエちの“一緒に来てほしい”という望みに折れたのだと思いますにゃ」

 

 〈Colorful〉のためにギルドの誘いを断り、シロエのために誘いを受けた。そこに彼女の本心はあったのか。言葉にしないながらも、にゃん太はそう語ったのだ。

 

  ※

 

「ねえ、クロ。確かにクロはあの人たちを甘やかしていたのかもしれない。でも、それに甘えていたのはあの人たちだと僕は思う」

 

 今もクロに甘えている僕が言えることじゃないけど、と苦笑する。それも、ごく最近気付いたことだ。

 

 クロの優しさは美徳であり凶器でもある。口にしなくても望むものをくれる。それは、拒否も否定も肯定も全てなしに与えられてしまう。それが、当然だと思ってしまう。けれど、それが当然ではないことをようやく知った。至極、当たり前のことなのにそれを人に悟らせてはくれない。クロの優しさは、底なし沼のようだ。

 

「クロは、もう少し自分勝手でもいいんじゃないかな?」

「それ、シロくんには絶対言われたくない台詞だなぁ」

 

 駄目なものは駄目と、出来ないことは出来ないと、無理なものは無理だと言っていいんじゃないか。

 

「まあ、でも……あの子たちにはっきり言ってみるよ。ちゃんと正面から。“もう、戻らない”って」

 

 さあ戻ろうか、と立ち上がったクロに続いて歩き出す。

 

 僕はようやく気が付いた。

 ――君の優しさは、いつか君を殺す凶器になるから。


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