Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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chapter 13

 今日も今日とて絶賛夏季合宿中。個人訓練中の人たちも随分としっかりした戦闘をするようになってきたし、海岸組の方も着実にレベルを上げている。直継やご隠居の話によれば、ダンジョン組のダンジョン攻略もいい感じに進んでいるようだ。

 間違いなく、夏季合宿はいい方向に進んでいると言える。目下の不安事と言えば、私がたった一人で抱え込んでいる嫌な予感だけである。

 考えても考えても答えは出てこない。警鐘は鳴りやまず、それどころが日を追うごとに不安の影は濃くなり、嫌な予感は増していくばかりだった。

 

 目の前の風景を瞳に映しながら、昨晩までの思考をまとめる。

 

 まずは、自分自身について。〈大災害〉直後にも確認したが、ステータスや特技、レベルなどに見落とした点はなさそうだった。職業に関しても同じく。まあ、〈星詠み〉に関してはあの日の認識の同じだが。他に考えることといえば、プレイヤーとしてではない自分自身について。これも、特に気になることはなかった。この世界に来て、劇的に性格が変わったわけでもなければ、不本意ながらよく当たる勘が鈍ったということもなく、いたって普通、変化なしだ。

 では、次に周りについて。といっても、私一人でそこまで周りについて情報があるかと問われれば否だ。一人でそんなに情報が集まるわけはない。なので、自分のわかる範囲で考察する。まず、自分に一番近しいギルド〈記録の地平線〉から。メンバーは割愛、それぞれに多少環境の変化に伴う変化はあったように思うけど、何か見落としがあっただろうか。考えて考えて結局見つからなかった。ならば、他のギルドはどうか。それも似たり寄ったりで、これといったものは見つからなかった。あ、でも〈狂戦士〉はちょっと何かあったっぽいけれど。それが、今回の予感に何か影響がありそうか、といわれると微妙なところだ。

 

 昨晩までの脳内会議の結論はこんなものだった。目新しい発見もなく、不安要素も見当たらず、収穫はなし。果てには、何のために睡眠を削ったのか分からなくなっていた。

 

「……さん、……セさん」

 

 はあ、と重いため息をついた私に少し強めの声がかかる。

 

「リンセさんっ!」

「うぇっ!? あ、小竜か」

 

 私に声をかけたのは、私から少し離れたところで若手相手に訓練をしていたはずの小竜だった。

 小竜かじゃないですよ、と咎めるように自分を見てくる彼に首を傾げる。

 

「何をそんなに口を尖らせてるのさ」

「さっきからずっと呼んでるのに、反応すらしてくれないからじゃないですか!」

「え、呼んでた?」

「呼んでました」

 

 これは、やってしまった。完全に私に非があるようだ。

 どうやらシロエ曰く、私には考え事を始めると周りの声に気付かない悪癖がある、らしい。今回はその悪癖が顔を出したみたいで、私は今の今まで全く小竜の声に気が付いていなかった。

 

「あはは……ごめん」

 

 苦笑いで謝罪すれば、呆れたようなため気が返ってきた。

 

「俺が呼んでるのにも気付かないほど、何考えてたんですか?」

「えー、あー……」

 

 軽く首を傾げる小竜に何ともいえない声が出た。考えていたことが言えない訳ではないが、何か変なことを吹き込んで不安を煽っても申し訳ない。

 

「ううん、特に何でもないよ。気にしないで」

「そうですか……」

 

 その答えに納得がいかなかったのか、小竜は怪訝そうな顔をした。そんな彼にこれ以上問い詰められても嫌だし、あまり考え事していては仕事放棄にもなってしまう。私はさっきまでの考え事タイムを終わりして、訓練監督に戻ることにした。

 

  ※

 

 若手を相手にしているとき、視界に入ったリンセさんは個人訓練している人たちを眺めていた。

 リンセさんは基本的に個人訓練の全体監督のような役割で、最初の1~2日は実戦訓練もしていたが、それ以降はもっぱら全体の観察やアドバイスを行っていた。

 

 今日も同じなんだろう、と思いながら若手の相手をしていたが、どうにも様子が変だ。なんというか、心ここに在らずといった感じだった。いつもは訓練している若手を見ているのに、今日はその目がどこか虚空を見つめている。

 相手をしていた若手が休憩に入るタイミングで、俺は彼女に声をかけてみた。

 

「リンセさん」

 

 その声にいつもならすぐ返事が返ってくるのだが、今日は一切の反応がない。

 

「リンセさん?」

 

 少し声を強めて再度呼びかけるも、結果は同じ。下唇に右の人差し指と中指を添えている彼女は、ぼうっとしているというよりは考え事をしているようだった。そして、不意にリンセさんはやけに重いため息をついた。

 

「リンセさんっ!」

「うぇっ!?」

 

 先ほどよりも強めに声をかければ、ようやく反応が返ってきた。よほどびっくりしたのか、妙に声が裏返っていた。

 あ、小竜か、と明らかに今気づきましたとでもいうようなコメントに、本当にまったく気付いていなかったのかと思った。

 何をそんなに、という彼女に、さっきから呼んでるのに気付いてくれないからだと口を尖らせる。それで自分の非に気付いたのか、彼女はやってしまったという顔をした。

 

「あはは……ごめん」

「俺が呼んでるのにも気付かないほど、何考えてたんですか?」

「えー、あー……」

 

 俺がそう問いかければ、リンセさんはばつが悪そうな何かを濁すような、情けない声を上げた。その後、少し考えたような様子のあと、何でもないと笑う。

 そのあと、まるで逃げるように訓練監督に戻ったリンセさんの背を見送った。

 

 シロエさんが信頼を置くベテラン〈神祇官(カンナギ)〉のリンセさん。

 二人は付き合っているのか、なんて疑っていた時期もあった。いや、今も少しだけ疑っているけど。それだけ、あの二人の距離は近く見えた。こう、物理的な距離というわけではなく精神的に。

 何を根拠に、と言われると思うが、根拠というほどのものはない。でも、そう、シロエさんの態度というか目が違うのだ。リンセさんを見る目と他の人を見る目が。極めつけは、アキバの改善のために〈三日月同盟〉に協力を求めてきたあの日の、シロエさんのリンセさんへの行動だ。あんなに優しい顔で自分のローブをかける姿は、直視していたらなんだかこっちが気恥ずかしくなってしまった。

 もしかしたら片思いなのかもしれない、とも思ったけど、リンセさんは身近な人の好意に気付かないほど鈍感だろうか。勘がいいと聞いているし、付き合いも長いとシロエさんは言っていた。

 いや、気付かない云々の前に、シロエさんにそんな気はないのかもしれないし。でも、あの優しい顔の意味は何なんだ。

 

 自問自答していたら、あの気恥ずかしさが戻ってくるようで、慌てて頭を振る。

 今は夏季合宿中、訓練中は気をそらしている場合じゃない。

 そう気合いを入れ直した俺を呼ぶ声がして、俺はそちらに向かった。

 

  ※

 

 すっきりしないまま、今日も時間は流れて空には星が輝いていた。そして、私は最近の日課になりつつある廃校舎の陰での考え事に耽っていた。

 

 昨日までで、大方自分や周りの人については見直し終わっただろうか。

 箇条書きで書かれた議題を見ながらそう思った。もう一度さらりとおさらいしたが、結果は昼間の脳内まとめと同じだ。それを紙にまとめた後、次の議題に取り掛かる。

 

 それは、〈大災害〉前の〈エルダーテイル〉と〈大災害〉後の〈エルダーテイル〉について。

 

 変化したことはたくさんあっただろう。そもそも生活環境が変わったし、というかファンタジー世界が実際の世界になった。

 その中でもっとも大きかったのは、きっと〈冒険者(プレイヤー)〉と世界の関係だ。

 

 〈大災害〉前後で変化した〈冒険者(プレイヤー)〉と世界の関係事情。

 まずは対人関係からいってみよう。それに関してもっとも大きなものは、〈大地人〉との関係だろう。最初にそこを掘り下げる。

 

 一体どのように変化したのか。〈大災害〉前、私たちは彼らとどのように接していたのか。

 ただのNPCだと思っていただろう。それが、今は一人ひとりが、今を生きているのだ。そんな彼らと、私たちは今どのように接しているのか。繰り返しではない会話をしている、温度を感じる。歴史を持ち、人格を持ち、記憶を持ち、呼吸し、食事をとって、私たちと変わらず生きている。

 そこまで考えて、最初に戻る。

 かつて、〈冒険者〉と〈大地人〉の関係は、どうだった? プレイヤーとノンプレイヤーキャラ、操作側とプログラム、人間とシステム。それは、きっとどれも正解だ。けれど、もっともあった関わりはきっと“クエスト”、その一言に尽きるだろう。そう、クエスト受注者とクエスト発行者、それが〈冒険者〉と〈大地人〉の関係だった。だが、今はどうだ。〈大災害〉で発生した変化の対応に追われていた〈冒険者(クエスト受注者)〉は、〈大地人(クエスト発行者)〉が出したクエストの多くを、放置していた。

 

 なら、次はクエスト放置によって生じるものを考えていく。

 

 クエスト、それは〈エルダー・テイル〉のみならず、多くのゲームでストーリーを進めたり、アイテムを入手するための機構である。けれど、放置したからといってそこまで困るようなことではないはずだ。

 ――ゲーム時代では。

 それなら、今は。

 クエストの放置、それはもしかしたら〈大地人〉の生活を脅かすのではないか。それに加え、今までクエストを受注してくれていた〈冒険者〉が、ある日突然クエストを受注しに来なくなったことに対して、〈大地人〉はどのように感じたのか。他にも――。

 嫌な予想は、泉のように湧き出て来る。自分でも追いつくのに必死になる速度で回る頭に、落ち着けと気休めのような言葉をかけては、ゆっくりと確実に思考を繰り返す。

 クエスト放置によって生じる不安要素、それは一体何か。不安要素、というくらいだから良くないことだというのはなんとなく分かる。良くないそれがどれほどの範囲なのか。頭を捻っていると、不意に頭の中のデータベースで何かが引っかかった。その引っ掛かりを必死に追う。

 

 検索。〈大災害〉、拡張パック。いや、これじゃないな。

 再検索。クエストの放置、モンスターの討伐、イベント。……タイムアップ。

 

「タイム、アップ?」

 

 何かが引っかかった。それは、クエスト放置によるタイムアップ。

 

「何が、一体……?」

 

 今まで見聞きした情報すべてを引っ張り出して、条件に合うものを探し出す。そして、それはヒットした。

 

 『ゴブリン王の帰還』。

 それは、定期的に発生するゲームイベントだった。

 オウウ地方の深い闇の森〈ブラック・フォレスト〉の最深部に存在する〈緑子鬼(ゴブリン)〉族の城〈七つ滝城塞(セブンスフォール)〉で、2年に一度〈緑子鬼(ゴブリン)〉の王が戴冠する。戴冠するのは、周辺〈緑子鬼〉6部族のうちもっと強力な族長。

 ゲーム的な解説でいうと、地球時間にして2ヶ月に一度起きるイベント。〈七つ滝城塞〉ゾーンへの入り口が2ヶ月のうち一週間だけ解放され、その期間中にこの城へと忍び込み〈緑子鬼〉の王を討伐すると強力なアイテムを手に入れることが出来るというイベントだったはず。

 これは、割と人気のあるイベントだった。その理由の一つとしてあげられるのが、ゴブリン王の強さや城の警備が可変である、ということ。その条件が、オウウ地方に散在する〈緑子鬼〉の拠点を襲撃して、事前にゴブリン勢力をそいでおくことだ。そのことにより、〈七つ滝城塞〉の〈緑子鬼〉勢力が弱体化できた。

 そして、この時期〈大地人〉からのクエストで『ゴブリン王を倒してくれ』という類のものがあったと記憶している。

 討伐期間は、現実世界でいう一週間。なら、こっちの世界では。

 確か、〈エルダー・テイル〉での時間の流れは12倍だったような。よって一週間、つまり7日間の12倍、84日。およそ3ヵ月より少しだけ少ない日数。

 今は何月――8月。〈大災害〉はいつ――5月。下手をしたら、タイムアップしていてもおかしくない。

 そして、イベントの追加記述。

 討伐期間にゴブリン王が討伐されなかった場合、周辺地域の〈緑子鬼〉部族をまとめあげ、数十倍に膨れ上がった軍勢になる。

 もしこの予想が正しければ。

 

「あの海の白いラインは、モンスター?」

 

 水棲生物のモンスターか。だとしたら、おそらく〈水棲緑鬼(サファギン)〉。

 その大群が、メイニオン海岸に接近している?

 〈水棲緑鬼〉のステータスは確か、レベル帯は22~48、ランクはノーマル、 出現場所は水中と沿岸部、水没ダンジョンだ。それに比べて、海岸組のレベル帯は高くても20と少しだろう。監督をしている高レベルプレイヤーがいるからといっても、数で責められたら手に負えるかどうか。

 夏季合宿は中止にするべき、か。いや、でも確定条件が何一つ揃っていない。そんな状態で話しても、混乱を招くだけ。

 

 どうする、と自問自答する。

 何が最善解なのか、珍しく答えが出なかった。

 誰に相談をするべきなのか。そもそも誰かに相談するべきなのか。もう少し情報収集するべきか。でも、それで手遅れになったら。

 そこで、はたと気付く。〈冒険者(私たち)〉は困らない、のだと。

 そもそも、何のための領主会議への招待だったのか。それはきっと『この世界の社会統治機構の一部である〈自由都市同盟イースタル〉が、〈円卓会議〉を自らの一員として認めてその立場を明確にしよう』という意図があったはずだ。その立場が明確化されているのか分からない状況で、〈円卓会議〉に統治されているアキバの〈冒険者〉が下手に手を出してもいいものか。

 

 分からないなら、確認すればいい。

 そう思った私はフレンド・リストを開き、そういう情報をまとめているであろう彼に念話をかけようとして、止まった。

 話して、どうする。聞いて、どうする。そもそも、こんな時間にかけるなんて非常識極まりない。

 でも、としばし自問自答して、結局決められず、頭を乱暴にかいてため息とともに地べたに寝転んだ。

 

 私が悩んでいる間も、空には星が爛々と輝いている。綺麗だな、と思いながらぼんやりと見つめていた。

 そのとき、何かが頭をよぎった。

 

黄道十二宮(Zodiac)、今ここに途は開かれた”

 

 あの日に聞いた星の声だった。

 

“地と共に生きる民、憧憬のうちに堕ちる天蝎宮(Scorpius)

二つに分かたれた生を再び結ばんと契り交わし

(あずま)とのおおいしるすつかさ(・・・・・・・・・・・)、理に叛逆す”

 

 星の声は止まない。

 

“みはしらのうずのみこの末子、伊弉諾尊の禊より生まれし海原の神。

かの者は、森羅の変転のちに何処(いずこ)ともなくゆかれた。

地と共に生きる民は、救いを乞うものを失った”

 

 みはしらのうずのみこ――三貴子、その末子とは素戔嗚尊のこと。素戔嗚で有名な話と言えば、出雲で八岐大蛇を退治した英雄譚か。出雲神話の英雄。……出雲の英雄?

 出雲、出雲、〈エルダー・テイル〉でそんなワードがあった。

 イズモ騎士団。それは〈エルダー・テイル〉世界を守護しているという〈全界十三騎士団〉の一つで、日本サーバーに存在する〈古来種〉による騎士団だ。

 それがどうしたとあの声は言った? かの者は森羅の変転のちに何処ともなくゆかれた、とそう言った。

 森羅の変転、それが何を指すかは分からないが、何処ともなくゆかれた、と言った。どこというあてもあく、ゆかれた。もしかして。

 

「……〈イズモ騎士団〉の行方が分からない?」

 

 ならば、“地と共に生きる民は、救いを乞うものを失った”、その意味は。

 〈大地人〉は彼らから生まれた英雄的な存在である〈古来種〉で組織された、人類の切り札に救いを求められないということ、なのでは。

 そんな彼らが最後に助けを求められるのは。間違いなく、〈冒険者〉であろう。でも、今の〈自由都市同盟イースタル〉にとって〈冒険者〉とは、実に不安定な戦力と言えるのではないか。だって、そうでなければ『立場の明確化』を求めて領主会議に招待なんてしない。ゲーム時代と何ら変わらない認識だったのなら、そのままにしておけばよかったのだ。向こう側はそれができない状況、と踏んでいい。

 そんな状況で、どうやって彼らは自分たちの領土を守ろうというのか。

 

 手遅れどころの話では、ないのかもしれない。私が一人で考えていていい話では、ないのかもしれない。

 どうする、どうすればいい。やっぱり、話すべきなのか。

 再び開いたフレンド・リストを前にまたしても動きが止まった。本当に、話していいのか。

 言ってしまえば、いつものただの勘だ。私が今聞いた声だって、勝手に自分で星の声とか言っているだけだし。

 ガシガシと乱暴に頭をかいて、ええいままよ、と念話をかけた。呼び出しの音を聞きながら、出たら話す、出なかったら話さない、そんな無責任なことを考えていた。

 

  ※

 

 〈エターナルアイスの古宮廷〉に与えられた居室で書類を整理していた僕は、突然響いた鈴の音にその動きを止めた。

 この音は、聞きなれた念話の呼び出し音だ。ミノリからかかってくる毎日の報告は、もうずいぶん前にかかってきた。そもそも、今の時間は夜中といっても差し支えない時間だ。そんな時間に、一体誰がかけてきたのだろう。

 フレンド・リストの通知に表示された名前は、小燐森――クロの名前だった。

 彼女が夏季合宿に、僕が領主会議に行ってからは連絡なんて取っていなかった。そんな彼女が、非常識とも呼べるこの時間に、一体何の用で念話をかけてきたのか。

 

「クロ? どうかした、こんな時間に」

『えっ、あ……』

 

 念話に応じてみれば、向こう側からは心底驚いたような声が上がった。

 

「どうしたの?」

『あ、いや、まさか出るなんて思わなくて……』

 

 普段はほとんど聞く機会のない戸惑った声色に、僕は無意識に眉間に皺を寄せた。

 

「出ない、と思ってかけたんだ……」

『いやっ、五分五分かなって……』

 

 そのあとに静かな声で、ごめん、と言ったクロが念話してきた意図が全く分からなかった。そもそも、何かはっきりした用件以外で彼女からかけてくることなんてひどく珍しいことだ。もしかして、夏季合宿の方で何か問題でもあったのだろうか。特にマリ姐や直継、班長とかからそういった報告はなかったけど、彼女だけが気付いたことがあったのかもしれない。

 

「何か問題でもあった?」

『あー、うん……。問題があった、というよりは、これから起きそう、かな。……確証、はないんだけど』

 

 歯切れの悪い会話。クロの様子がまるで別人、何もかもが珍しかった。

 

『その、さ。そっちの様子はどう? 会議は、進んでる?』

「え?」

 

 突然切り替わった話題に僕は少々間抜けな声を上げた。

 

「そのことを聞きたかったの? でも、さっきの話からだとそんなわけじゃないんだろ?」

『そうなんだけど……ちょっと、そっちの状況次第で報告内容が変わる、から』

 

 その報告が聞きたい、と言ったクロの声は、先ほどよりかは芯があった。

 

 僕は、ここ数日のことを思い返す。

 〈自由都市同盟イースタル〉の貴族たちは〈円卓会議〉に個別に接触してきていること。要請は様々だが兵力派遣の希望は少なく、技術供与や通商条約を結びたいというところがほとんどだったこと。思ったよりもしたたかで賢い、そんな印象であること。また、魔術式蒸気船試作機の情報を掴んでいる貴族が少なくなかったこと。それらについて〈円卓会議〉として受け入れる申し出と受け入れない申し出について。

 

 そこまで話して、僕はふいに言葉を止めた。

 〈森羅変転(ワールド・フラクション)〉、そして〈魂魄理論(スピリットセオリー)〉。それらについて、話してもいいのだろうか。特に〈魂魄理論〉については非常に繊細な問題だった。

 結論から述べれば、この世界において『死』はノーリスクではなかった。

 リ=ガンさんの述べた〈魂魄理論〉から察するに、『死』は自分たちの精神を駆動するエネルギーである魂を用いて、肉体を駆動するエネルギーである魄と肉体を再生させる。そのたびに、自分たちはわずかな記憶を失うようである、と。

 

『シロくん?』

 

 ふいに言葉が止まった僕に、念話越しに不思議そうな声がかけられた。

 

『申し出の受け入れについてはわかった。それで、他に何かあった?』

 

 そう聞いてくるクロの声に、彼女が前に零した言葉を思い出す。

 

 ――今のところ、この世界においての『死』はその意味では抑止力にならない……だろうけど、もしそこに別の意味の抑止力があったとしたら、どうだろう? なんてね。

 

 もしかしたら、クロは勘づいていたのだろうか。

 

「クロ、〈円卓会議〉が設立したときに言った言葉を覚えてる?」

『へ? どの言葉?』

「『死』に別の意味の抑止力があったら、ていう話」

『ああ、あの話か』

 

 覚えてるよ、と答えたクロに、あの時聞けなかったことを聞こうと口を開く。が、僕が言葉を発するよりも先にクロが続けた。

 

『その様子だと、そのことについて何か確証が得られるような話があったんだね』

「っ……」

 

 目の前にいないのに、あのオブシディアンの瞳が見透かすように細められるのがわかった。

 

『無限の命、なんて都合のいいものがあるとは思わなかったからね。むしろ、そこに何かしらの抑止力が働きそうな何かがあった方が自然だと思ってた』

 

 でなければ、私たちは『死』に対して意味を見いだせない、それは、生に意味を見いだせないのと同義だ。そうクロは締めくくる。

 何も言葉が出なかった。

 彼女の言葉には恐怖なんてなかった。それどころか、どこか安心したような声色だった。

 

『ま、その話は後で詳しく聞こうかな。ちょっと難しそうだし』

 

 とりあえず今までの話をまとめようか、とクロは続けた。

 

『今のところ、兵力要請はほとんどない。基本、物流関係の要請である。〈円卓会議〉は〈自由都市同盟イースタル〉での位置を確定していない、と』

 

 こんな感じかな、と問いかけてくるクロに肯定の返事を返した。

 

『……となると、状況は芳しくないね。領主の方から情報は降りてこないと考えた方がよさそうか』

 

 そう言ったきり、クロは言葉を発さなくなった。

 

「クロ?」

 

 呼びかけても反応が返ってこない。僕が予想するに、またクロの悪癖が出たな。考えこむと、外界の情報をシャットダウンする、あの悪癖だ。こうなると、彼女の思考が一時停止するタイミングを見計らって大きめの声で呼ぶか彼女の考えが自己完結するまで待つかしないと、彼女は自分の思考の世界から帰ってこない。

 

「クロっ? 聞こえてるっ?」

 

 何度か呼びかけてみるが、うまい具合に一時停止のタイミングがつかめないようで、一切返事は返ってこない。話が進まない、と大きなため息をついたとき、どうやらうまくタイミングがあったようだ。

 

『あ、ごめんシロくん。ちょっと考え込んじゃって』

「いいよ、おかえり」

『うん、ただいま』

 

 申し訳なさ半分自己完結が半分、そんな声色のクロは、念話の向こうで深呼吸をした。

 

『まず、結論から話すと『ゴブリン王の帰還』が発動しているかもしれないことと、それによってメイニオン海岸に〈水棲緑鬼〉の大群が向かってきているかもしれないということ。もしかしたら〈緑子鬼〉も接近しているかもね』

 

 その言葉だけでも相当な衝撃があったというのに、続けてクロはさらに驚きの言葉を口にした。

 

『最後に、もしかしたらこのヤマトには今〈イズモ騎士団〉がいないのかもしれない、ということ』

 

 驚いた。一体どこからその情報を入手したのか。自分自身も機能しているのかの確認は取れていなかったから不安要素にはしていたが、こんな形で外部から情報が入ってくるとは思わなかった。

 

「その、かもしれないっていうのは、いつもの勘?」

『そう……と言いたいけど、実のところ微妙なラインだね』

 

 いつもなら、ただの勘だ、で済ます彼女が言い淀む。

 

『その微妙なラインの話をするには、〈大災害〉後の私のサブ職業の変化について話す必要があるかな』

 

 彼女のサブ職業〈星詠み〉。ゲーム時代は、〈占い師〉と〈学者〉から転職可能な特殊な上級サブ職業だった。特技から見れば器用貧乏になりやすい。けれど、それ以外の特技が実にユニークなのだ。それは、月齢や潮の満ち引きに影響を受けるという設定の時限クエスト、ダンジョンの周期を知ることができるというもの。特に不定期に発生する時限レイドについては〈星詠み〉がいない限り挑戦すら困難なケースもある。

 そのサブ職業がどのように変化したのか。

 生産系ではないその職業で、何か新しいものが作れるようになったというのは考えにくい。

 

『簡単にいうと、仕組みはよくわからないけど現象的にはフレーバーがそのまま適用されている(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、と言えばいいのかな。『ゴブリン王の帰還』の発動に関してはいつもの勘だけど、〈イズモ騎士団〉の方はサブ職業の方が関係してて。だから、今までの勘の正確性と比較するとどの程度のものなのか、まったく予想がつかないんだよね』

 

 フレーバー、いわば味付けのようなものだ。それがそのまま適用されているとなると、星の道行きを読み解いて未知の事象を解き明かす、そういうことなのか。

 それならば、そこからもたらされた情報はおそらく、今までの彼女の勘以上の正確性を持っていると考えられる。つまり、いつもの勘で導かれた『ゴブリン王の帰還』はもちろんのこと、サブ職業の影響から得られた〈イズモ騎士団〉の行方不明も真実である可能性が高い、ということ。

 

『それで『ゴブリン王の帰還』のことなんだけど、〈大災害〉以降、〈大地人〉からのクエストもモンスター討伐も、ゲーム時代に比べたらやってる人なんて激減しているでしょ。だから、イベントが発生しているとしたら今までの規模とは段違いなものになる。もし仮に『ゴブリン王の帰還』が発動していたとして、〈イズモ騎士団〉が行方不明だというのが真実なら、〈イースタル〉はアキバに派兵を依頼しなきゃならないと思う。そんな中、彼らの中で立場が明確化していないアキバの〈冒険者〉が領主会議(そちら)の結論無しに手を出していいものか。そこが一番の疑問なんだけど』

 

 言っていることは、わかる。個人の判断で行動して、それが〈円卓会議〉ならびにアキバの街と〈自由都市同盟イースタル〉の間に波紋を生むかもしれない。彼女はその可能性を言っている。

 その状態で、もし戦わなければならない状況になったらどのように対処するのがベストなのか。

 

『それに、『死』もノーリスクじゃないっていうなら、たとえ〈冒険者〉であってもリスクなしに戦えない』

 

 答えは、出ない。問題が大きすぎるのだ。

 

『えっと、私が報告したかったのはこんなもの。それで、私たちはどうすればいいかなって相談がしたかったんだけど、とりあえずは警戒と待機くらいしか選択肢がないかな』

 

 まったくその通りで、僕はそれに同意した。

 じゃあ明日の朝にでも引率組には『ゴブリン王の帰還』が発動しているかもしれないことは話しておく、とクロは言って念話を切った。

 

 念話が切れて静かになった空間。僕はリ=ガンさんの言葉を思い出す。

 

 ――その力は潮の満ち欠けや天候といったものにとどまらず、人や国家の運命すらも知りうる。小様に読めないものはないとも言われています。

 

 フレーバーがそのまま影響しているかもしれないと、クロは言った。

 リ=ガンさんの評価が正当なら、近いうちに彼女に読めないものはなくなるんじゃないか。

 

 そう思ったら、僕はひどく寒気がした。




2016/6/30 15:53 加筆修正

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