Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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一日目終了時の三人の小話


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 この世界の食事を悲しみとともに咀嚼したあと、不意にシロエが私に話しかけてきた。

 

「そういえばさ、クロはこの世界に来て最初の方はどうだった?」

「どうだった、とは?」

「その、焦ったりとか、混乱したりとか」

「ああ、そういうこと」

 

 言われてみて思い返す。

 そういえば、あまり焦っても混乱してもいなかったなぁ。

 

「あんまりそういうのはなかったよ。何となく、この世界が〈エルダー・テイル〉、もしくはそれに酷似した〈異世界〉だということはわかってたから」

「いつもの勘ってやつか?」

「うん」

 

 その言葉に私は素直に頷く。

 

「怖いとかは、なかったの?」

「んー、別になかったかなぁ」

 

 不思議と恐怖はなかった。あったのは、面倒くさいことになったという思いとちょっとした高揚感。

 

「この世界の存在を確認したあとは、なんだか楽しくなってきてね」

 

 そう言えば、二人は不思議そうな顔をした。

 

「思ったより私は適応能力が高かったみたい。ここが異世界で、元の世界に戻る術がないっていうのにすごく冷静だった」

 

 それこそ、呑気に歩き回ってたくらいだからね、と笑う。

 二人の反応を見る限り、彼らは相当混乱していたのだろう。

 

「すごいね、クロ」

「そうでもないよ。危機管理能力が人より乏しいだけ」

 

 間違ったことは言っていない。

 おそらく、そういった自己防衛能力が人より乏しいことは確かだ。

 

「でもさ、考えてみたんだ」

 

 急に立ち上がった私に驚いたのか、二人とも僅かに肩を揺らす。そんな二人に背を向けて、眼下にあるアキバの街を見渡す。

 

「日本人は約1億人。その中でこの世界に閉じ込められたのは約3万人。それは実に全体の0.03パーセント」

 

 アキバの街並みの向こうには、太陽の光が溢れ出している。

 

「その確率で、私たちはこの世界に閉じ込められた。でも、それもやっぱり運命で、私たちの人生なわけで」

 

 その確率で、私たちは非日常に“閉じ込められた”――非日常を“与えられた”。

 だから、どんなに理不尽な状況でもさ。

 

「今、この世界が私たちの現実なら、この世界が私たちの人生なら――」

 

 二人に振り返る。

 

「やっぱり、楽しまなきゃ損だと思うんだよ」

 

 これから昇ってくるであろう太陽の幽かな光に照らされた二人は呆然としていた。

 

「実に、1万人に3人、イコール約3333人に1人の確率。その確率で私たちはこの景色を手に入れることを許された。それを幸と取るか不幸と取るかは人それぞれだけど」

 

 もうすぐ、朝が来る。太陽の光がどんどん溢れてくる。

 

「確かに、こんな状況は不安で辛くて苦しいかもしれないけど。こんな体験しなくてもいいだろうし、命の危機にさらされている状況なんて知らなくてもいいものだろうけど」

 

 それでも――。

 

「それでも、これが私の人生なんだよ。だったら、思いっきり楽しみたいし、いろんなことを体験したい」

 

 これからの困難を思えば、暗い気持ちにもなってしまうだろう。

 だけど。

 

「私は、この世界を愛したい。辛いことも苦しいことも、全部全部ひっくるめて」

 

 そう、この世界の全て。

 

「この世界には、まだまだたくさんのことが待ってる。それを0.03パーセントの確率で体験できるってさ」

 

 二人に顔を近づける。

 

「ちょっぴりわくわくしてこない?」

 

 そう言った私の瞳は、いつもからは想像もつかないくらい輝いていたと思う。

 

 

〈朝焼けに笑う猫〉

 

 

 ――朝焼けを背負った彼女は、今まで見てきた中で一番瞳を輝かせて笑った。


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