Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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一日目終了時の三人の小話


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 この世界に来てからはじめての食事を悲しみとともに咀嚼したあと、不意にシロエが私に話しかけてきた。

 

「そういえばさ、クロはこの世界に来て最初の方はどうだった?」

 

 なんとも曖昧なシロエからの問いかけに私はコテンと首を傾げた。

 

「どうだった、とは?」

「その、焦ったりとか混乱したりとか」

「ああ、そういうこと」

 

 シロエにそう言われてこの世界に来てからの自分のことを思い返す。そういえば、驚きはしても焦ったり混乱したりということはなかったように思う。

 

「何となく、この世界が〈エルダー・テイル〉もしくはそれに酷似した〈異世界〉だということはわかってたから」

「いつもの勘ってやつか?」

「うん」

 

 直継の言葉に私は素直に頷いた。そこに問いを重ねたのはシロエだった。

 

「怖いとかは、なかったの?」

「んー……別になかったかなぁ」

 

 思い返した感情の中に不思議と恐怖はなかった。あったのは面倒くさいことになったという思いとちょっとした高揚感だ。

 

「この世界の存在を確認したあとは、なんだか楽しくなってきてね」

 

 そう言えば2人は不思議そうな顔をした。それにクスリと笑みを返す。

 

「思ったより私は適応能力が高かったみたい。ここが異世界で元の世界に戻る術がないっていうのに私はすごく冷静だった」

 

 それこそ呑気に歩き回ってたくらいだからね、と私は笑う。そんな私を見る2人の反応から察するに彼らは相当混乱していたのだろう。

 

「すごいね、クロ」

「そうでもないよ。危機管理能力が人より乏しいだけ」

 

 シロエの言った言葉に私は首を横に振った。私は間違ったことは言っていない。私は他者に比べて自己防衛能力が乏しいことは確かなのだ。

 

「でもさ、考えてみたんだ」

 

 急に立ち上がった私に驚いたのか2人とも僅かに肩を揺らす。そんな2人に背を向けて私は眼下を見渡した。そこには漏れ始めた光に照らされはじめたアキバの街がある。

 

「日本人は約1億人。その中でこの世界に閉じ込められたのは約3万人。それは実に全体の0.03パーセント」

 

 アキバの街並みの向こうからはどんどんと太陽の光が溢れ出している。

 

「その確率で、私たちはこの世界に閉じ込められた。でも、それもやっぱり運命で、私たちの人生なわけで」

 

 その確率で私たちは非日常に“閉じ込められた”――非日常を“与えられた”。

 だから、どんなに理不尽な状況でも。

 

「今この世界が私たちの現実なら、この世界が私たちの人生なら――」

 

 そこまで語って私は2人に振り返った。

 

「やっぱり、楽しまなきゃ損だと思うんだよ」

 

 そう語れば、これから昇ってくるであろう太陽の幽かな光に照らされた2人は呆然としていた。

 

「実に1万人に3人、イコール約3333人に1人の確率。その確率で私たちはこの景色を手に入れることを許された」

 

 再びアキバの街に視線を戻す。その光景は現実世界ではおそらく見ることは出来ないであろう景色だ。

 

「それを幸と取るか不幸と取るかは人それぞれだけど」

 

 もうすぐ朝が来る。太陽の光がどんどん溢れてくる。私はその景色をとても美しいと思う。

 

「確かに、こんな状況は不安で辛くて苦しいかもしれないけど。こんな体験しなくてもいいだろうし、命の危機にさらされている状況なんて知らなくてもいいものだろうけど」

 

 それでも――と私は目の前の光景に手を伸ばした。

 

「それでも、これが私の人生なんだよ。だったら思いっきり楽しみたいし、いろんなことを体験したい」

 

 これからの困難を思えば暗い気持ちにもなってしまうだろう。

 だけど。

 

「私は、この世界を愛したい。辛いことも苦しいことも、全部全部ひっくるめて」

 

 そう、この世界の全てを。

 全てを掴み取るかのように私は両の手を握りしめた。

 

「この世界には、まだまだたくさんのことが待ってる。それを0.03パーセントの確率で体験できるってさ」

 

 私は呆然とし続けている2人に顔を近づける。

 

「ちょっぴりわくわくしてこない?」

 

 そう言った私の瞳は、いつもからは想像もつかないくらい輝いていたと思う。

 

 

〈朝焼けに笑う猫〉

 

 

 ――朝焼けを背負った彼女は、今まで見てきた中で一番瞳を輝かせて笑った。


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