Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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chapter 14

 翌日の朝一番に、夜中にシロエに話したことを引率組に簡潔に伝えた。前に私とマリエールと小竜が確認した沖合の白いラインのことも含め、モンスターの大群が迫っているかもしれないことを。ダンジョン組の方には、ご隠居の方に念話で。けれど、新人組には混乱を招かないように、現段階では伝えないことになった。その分、引率組が警戒しておく。

 

 そんなことを話し終わった午前中。私はいつも通りに全体の監督をしていた。そのとき、同じ場にいた小竜が叫んだ。

 

「全員を集めろ! 至急だ!」

 

 彼は、身近にいた〈神祇官〉の若手に叫んでいた。私はそんな彼に近づいた。

 

「小竜、何かあったの?」

「マリエさんから念話があって、海岸の方に〈水棲緑鬼(サファギン)〉が出たって……」

 

 その報告に、二人して顔をしかめる。今朝私が言ったことが現実になったのだ。

 まさかこんなに早く来るなんて。

 

「とりあえず、海岸の方に行くよ」

 

 言葉なく頷いた小竜は、先ほど叫んだ若手に、続けて指示を出す。

 

「全員集合した時点で、そちらから念話を入れてくれ。――10分おきに定期連絡もだっ!」

 

 そう叫んだ小竜が馬の召喚笛を出そうとしたが、それを手で押さえ私は自分の召喚笛を吹く。ばさりという羽音と共に現れたのは〈鷲獅子(グリフォン)〉だ。

 

「小竜、馬よりこっちの方が速い。乗って」

 

 素早く跨った私は、押さえたままの小竜の手を引き自分の後ろに乗せる。そして、そのまま海岸を目指して飛び立った。

 

 空をかける〈鷲獅子〉の背で、私は小竜に問いかける。

 

「小竜っ、向こうの様子はどうっ?」

「詳しい状況は何もっ。ただ戦闘してるのが分かるくらいでっ……」

 

 その声から、彼が切迫感に襲われているのが分かる。それにかけてやれる言葉は見つからない。

 私はただできる限りの速度で目的地に向かうように〈鷲獅子〉に指示を出すだけだった。

 

 風を切る〈鷲獅子〉のおかげで、馬で来るよりもずいぶん短い時間で海岸に来ることが出来た。空から見下ろす海岸は〈水棲緑鬼〉が埋め尽くしており、高レベル〈冒険者〉が仲間を守るように戦っていた。そのなかにマリエールもいる。

 

「〈鷲獅子〉、高度を下げて。小竜、飛び降りるよ」

 

 〈鷲獅子〉に指示して飛び降りれる高さまで下降してもらう。そして、その高度になった瞬間に小竜と二人で飛び降りた。

 敵の上空に降り立った私は、空中で〈剣の神呪〉を詠唱する。虚空から現れた無数の剣はマリエールを囲うようにいた〈水棲緑鬼〉の群れを葬り去った。敵が一時的にいなくなった空間に、小竜と二人で降り立つ。

 

「マリエさんっ!」

「小竜っ! それにリンセやんもっ!」

 

 蒼白なマリエールをかばうように立ちふさがった小竜に、視線だけで合図をする。そして私は、愛用の薙刀を構えて〈水棲緑鬼〉の群れに突っ込んでいった。

 

 薙刀を振り回し、〈水棲緑鬼〉を吹き飛ばす。

 まずは新人たちの退路を確保しなきゃならない。新人はマリエールが誘導しながら守り、そのマリエールを小竜が守る。なら、そこまでこの大群を通さないのが、私を含めた高レベル〈冒険者〉の役割だ。この状況で、出し惜しみはしていられない。

 

「おいで〈青龍〉」

 

 呼ぶと、私の上空に青い龍が出現した。

 私の持つ〈青龍偃月刀〉は実はAI型アイテムで、このように〈青龍〉を召喚すると全ステータスが上昇する優れものだ。

 それはともかくとして、こちらに〈水棲緑鬼〉が出てきたことを考えると、ダンジョン組の方にも何かモンスターが襲撃したと考える方がいいかもしれない。一度、念話でコンタクトを取りたいところだが。

 

「まずはここを切り抜けるべきだね」

 

 愛刀を握りなおして、私は再びそれを大群に向かって振りかざした。

 

  ※

 

 海岸において壮絶な撤退戦が行われているとき、ザントリーフ半島中央部の山地でも戦闘が始まっていた。敵は〈緑子鬼(ゴブリン)〉。その小隊規模の小集団が森の中に多く徘徊していたのだ。

 その時点で、にゃん太は山中に偵察に向かい、残ったメンバーはダンジョン攻略の際に使っていたキャンプの撤収と周辺警戒を行っていた。

 

「ったく、まさかこんな形でリンセの予想が当たるとはな」

 

 テント解体をしながら直継はつぶやいた。

 今朝、にゃん太にかかってきたリンセの念話は、もしかしたら『ゴブリン王の帰還』が発動しているかもしれないから警戒してくれ、というものだった。それを聞いた、にゃん太、直継、そして〈黒剣騎士団〉から引率で来ていた〈施療神官(クレリック)〉のレザリックは、新人たちが午前中のダンジョン攻略の準備をしているなか、ひそかに周辺を警戒していた。そして、〈緑子鬼〉の小集団が複数徘徊しているのを見て、即時予定変更を通達。「ラグランダの杜」前の広場で、襲撃してきた〈緑子鬼〉の撃退を行うに至る。

 

「“予言者”と呼ばれているのは知ってますが、まさか本当に当たるとは」

 

 レザリックは、何度か〈黒剣騎士団〉の大規模戦闘にサポートで参加していた白髪の〈神祇官(カンナギ)〉を思い浮かべる。ギルドマスターであるアイザックは彼女のことを気に入っていて、何かと理由をつけて大規模戦闘(レイド)に彼女を誘っていた。確かに優秀な〈神祇官〉ではあったが、まさかこんなにドンピシャに当たる勘の持ち主だったなんて。道理で、戦闘中に見たことがない攻撃でもいつ飛んでくるか的確に当てられたわけだ。それは、アイザックでなくとも重宝する、と認識を改めた。

 

 そのとき、偵察に向かっていたにゃん太が戻ってきた。その顔は厳しい。その様子に、直継とレザリックはにゃん太のもとに集合した。集まってきた二人ににゃん太は報告する。

 

「よくない雰囲気にゃ。大規模行軍――少なくとも数千規模の〈緑子鬼〉軍が、屋根ひとつ向こうを進軍中にゃ。本当のところはいったいどれほどの数がいるのか……それはわからないにゃ」

 

 その言葉に、報告した本人も含め確信した。『ゴブリン王の帰還』が発動している、と。でなければ、こんなところまで大規模行軍することはない。

 

「ちっ。仕方ねぇや。連絡は?」

「シロエっちには報告したにゃ。どうやら、昨日の夜中の時点でリンセちから連絡があったらしいにゃ。そのリンセちとマリエールさん、小竜くんは連絡が取れないにゃ」

「とれない?」

「昼寝してるのか、戦闘などで取り込み中か、お互い念話をしている相手がいるのか。それはわからないにゃ」

 

 にゃん太の声は落ち着いているが、いつもの余裕はない。昼寝なんてぼやかしているが、マリエールはともかく小竜とリンセはその可能性は低い。リンセに至っては、眠っていても緊急の念話をかけたときは必ず起きることをにゃん太は知っていた。その会話を聞いたレザリックは、海岸にいる〈黒剣〉のメンバーに念話をかけるも、こちらも連絡がつかなかった。

 

「こちらに〈緑子鬼〉の襲撃があったのだから、向こうにも何らかの襲撃があったと考えるべきでしょう」

 

 連絡がつかない理由としては一番近いであろうレザリックの言葉に、引率組は思考を巡らせる。

 にゃん太が連絡したうちの一人であるリンセは、基本自分と同格の高レベルモンスターと戦闘している以外は、戦闘中でも念話に出ることが多い。そのリンセが出ない、ということはそれほど海岸の状況は緊迫していると考えるべきか。かといって、新人たちを置いて海岸に急行するわけにもいかない。山中に〈緑子鬼〉の集団が潜んでいることも考えるとなおさらである。

 

 にゃん太の話によれば、谷を進んでいるのは大規模な略奪部隊(プランダートライブ)。その中に〈鉄軀緑鬼(ホブゴブリン)〉や〈灰色大鬼(トロウル)〉、おまけに魔獣部隊も備えた本格的な侵略旅団である、と。

 

「じゃあ、わたしたちがさっきまで遭遇していたのは、先行偵察小隊なんですね?」

 

 引率組の会話に割り込んだのは、ミノリの声だった。その方を引率組が見れば、ミノリたち下位パーティーの5人が立っていた。表情を見るに、会話を聞かれていたらしい。

 

「数千……屋根ひとつ向こうか」

 

 意志を宿した表情で、〈妖術師(ソーサラー)〉のルンデルハウスが言う。そのあと、引率組が言葉を失っている間にセララが続いた。

 

「わたし、〈三日月同盟〉で新人の世話をしてましたっ。あの、だからっ。みんなのこと、全員フレンド・リストに入れてあります。ねっ? 五十鈴ちゃんも入れてるよねっ」

「う、うんっ。もちろんっ」

 

 セララに聞かれて同じように答えたのは〈吟遊詩人(バード)〉の五十鈴。そんな二人に、引率が声をかける前にミノリが言う。

 

「連絡して、状況を聞いてみてもらえませんか?」

 

 それに答えたセララと五十鈴はフレンド・リストを開いて念話をかけ始めた。二人が会話をしている中、不意ににゃん太にコールがかかってきた。相手は、小燐森――リンセだった。にゃん太は、急いで念話を繋げる。

 

「リンセちっ」

『あ、ご隠居。さっきは出れなくてすみません。ちょっと立て込んでたもので』

 

 穏やかなリンセの声に、最悪の事態ではないと思ったにゃん太は人知れず胸を撫で下ろした……のもつかの間、彼女の口から魔法の詠唱が聞こえてきたではないか。

 

「リンセち、もしかして……」

『あはは、まだちょっと戦闘中でして。とりあえず用件だけ伝えてしまおうかと』

 

 リンセの声の背後、剣戟の音、魔法が空を裂く甲高い物音が繰り返している。その奥には〈水棲緑鬼〉の歯ぎしりのようなうめき声、やや遠いが戦いの蛮声。どうやら、彼女は戦闘の真っ最中ににゃん太に念話をかけてきたようだ。

 

『メイニオン海岸に〈水棲緑鬼〉が上陸。それにより〈水棲緑鬼〉との戦闘が発生。そこで訓練していた新人は、マリーの誘導で廃校舎の方に退却、それを護衛しているのは小竜。他の引率は殿として交戦中です。マリーが廃校舎に到着し次第、〈円卓会議〉の方に連絡を入れる手筈になってます。そちらは新人を連れて廃校舎に向かってマリーと合流してください。それが難しいと判断したなら、マリーに直接連絡、救援を要請してください』

「ちょっと待つにゃ、リンセちっ!?」

 

 それだけ口早に説明したリンセは、にゃん太の止める声も聞かずに念話を切った。

 珍しく声を荒げたにゃん太に驚いた直継は、セララと五十鈴の集めた情報を頭でまとめながら彼に話しかけた。

 

「班長、どうしたんだ?」

「ついさっきリンセちから念話があったのにゃ。今、海岸組は〈水棲緑鬼〉からの退却戦中で、マリエールさんが新人たちを廃校舎に誘導しているから我が輩たちも廃校舎に向かうように、だそうにゃ」

「なるほど。あっちの二人と同じ報告だな」

 

 言いながら、直継は先程まで情報を集めてくれていた二人を見る。それを見ながらにゃん太はため息をついた。

 思い出すのは先ほどの念話の音声。聞こえてきた他の引率の声は、リンセからだいぶ離れていたように思えた。おそらく、彼女は殿の中でも一番後ろを務めているのではないだろうか。そんな状況の中、こちらに念話をしてきた。まったく、集中力が切れて取り返しのつかないことになったらどうするんだ、とにゃん太は呆れ交じりに心配した。

 そんなにゃん太の重いため息に直継は首を傾げる。

 

「どうしたんだ? 班長」

「相変わらず、リンセちは無茶な行動をすると思っただけなのにゃぁ」

 

 非常に呆れた表情で額を押さえるにゃん太を見て、ああまたリンセが何かをやらかしたのか、と直継は妙に納得した。

 まあ、そうだよな。念話していた二人の話を聞く限りじゃ、今は退却戦の真っ最中、殿は引率。ということは、リンセも殿、絶賛戦闘中なわけだ。そんな中念話かけてくるとは、さすがリンセ。やることが違うわ。

 直継は半目になりながら思った。

 

 それはともかくとして、向こう側から廃校舎への集合するようにと指示が来たのだ。まずは、そこに向かうことを考えなければならない。

 

「よっし、これから廃校舎キャンプへと帰還する。先頭は俺とにゃん太とレザリックの三人パーティーだ。三人ぼっちだけど、お前らひよっこにはまだまだ負けないから安心しておけよ? わかったな。で、殿は上位パーティーだ。しっかり務めろ。後方警戒怠らず、だが俺たちと距離を開けすぎるな。隊列中心には下位パーティーだ。前方で俺たちが戦闘になった場合、フォローを任せる。中央部だがらって気を抜くなよ!!」

 

 直継の指示のもと、一行は馬に乗る。そして、そのままザントリーフ中央丘陵地帯を突っ切るのだった。

 

  ※

 

 その日の朝、〈エターナルアイスの古宮廷〉にいる〈円卓会議〉の代表一行に、ザントリーフの異変を伝える念話が届いた。それは、昨日の夜中にシロエにかかってきたリンセの念話の予想に一致するものだった。それの対策会議を行うため、シロエたちはひとつの居室に集合していた。といっても、代表3人と他数名で、それ以外は情報収集に出ていたり、会議室の警護に出ていたりしている。

 時を同じくして、アキバのギルド会館の最上階にある円卓の間において緊急〈円卓会議〉が招集されていた。

 こうして、多少不便ながらも〈円卓会議〉は開催することができた。

 

「まずは状況だな」

 

 そう言ったミチタカに答えるように、シロエが現状わかっている情報を読み上げる。

 

「ザントリーフ半島において本日午前中から、多種の亜人間による襲撃が確認されました。ザントリーフ半島にはアキバの街から新人プレイヤーを含む68名が、夏季訓練合宿のために滞在しています。侵攻勢力は、海上に〈水棲緑鬼〉。総数は不明ですが、最低で数百匹。中央部丘陵森林地帯に、〈緑小鬼〉を中心とした大規模な略奪部族。こちらは最低兵力一万」

 

 一万、その数を誰かが呆然と繰り返した。

 この数は通常の大規模戦闘である中隊規模戦闘(フルレイド)24人、その4倍である大隊規模戦闘(レギオンレイド)96人のおよそ100倍の総数だ。しかも、これは少なく見積もって、だ。実際の規模はきっともっと上である、というシロエの発言にクラスティが疑問の声をあげる。

 

「どういうことかな?」

「今回の侵攻の原因です」

 

 何か心当たりがあるんですか、と問いかけたのはアキバのギルド会館で会議に参加している〈西風の旅団〉のソウジロウだ。

 

「今回の侵攻の背景にあるのは『ゴブリン王の帰還』だと思われます」

 

 シロエが昨夜リンセから聞いた考察も含めて説明すると、会議室に押し殺したような静寂が流れた。誰もが言葉を失ってしまった。でも、その問題の中で夏季合宿中の一行の無事が確認できていることが救いだった。

 

「〈イズモ騎士団〉はどうでしょう?」

 

 静まった部屋の中、ためらいがちに発せられたマリエールの代理であるヘンリエッタの声に、会議参加者から同意の声が上がる。しかし、その言葉を聞いたシロエは、昨晩のリンセの言葉を思いだす。

 

 ――もしかしたらこのヤマトには今〈イズモ騎士団〉がいないのかもしれない。

 

 他の人が言った言葉なら、心配性じゃないかということもできた。けれど、よくも悪くもあの“預言者”の言葉なのだ。自分と長い親交がある、的中率九割五分を誇る神秘的ともおぞましいとも思える勘を持つ彼女が、〈星詠み〉から導き出した答えだ。

 シロエの中には、彼女の言葉を安易に否定する術はなかった。

 

  ※

 

 夏季合宿組は、無事に廃校舎に集合していた。海岸組は厳しい撤退戦を強いられたが、なんとか切り抜けた。ダンジョン攻略組も、隊列を崩さず中央丘陵地帯を突っ切って廃校舎に到着した。

 その廃校舎の校庭にひとつ残された大きな天幕には、先程から何人かの〈冒険者〉がひっきりなしに出入りしていた。その中では、90レベルの引率プレイヤーによる会議が行われている。

 

 大天幕の中でため息をついたマリエールに声をかける直継、その心遣いが嬉しくなったマリエールは、自分の格好も考えず照れ隠しに直継を抱きしめる。慌てる直継に首を傾げながらも抱き締め続けているマリエールを、にゃん太が穏やかに止める。

 そんな一連の流れを見ていたリンセはため息をついた。

 

 何をやっているんだ、この三人。いや、二人……一人か。

 

 現在、私たちは廃校舎に集まったメンバーの点呼中だった。

 先ほど自分の格好に気付いたマリエールが衝立の向こうに駆け込んでいったのを見送ったあと、一人の〈冒険者〉が入ってきた。

 

「失礼しまーっす! 30レベルオーバー班、点呼終了! 全員そろってますっ」

 

 その報告をご隠居が受けた。これで点呼は終了、はぐれた参加者はいなかった。

 

 ひとまずは一安心、といったところか。さて、これからどうするべきか。考え始めようとしたとき、天幕の外が騒がしくなった。何かあったのだろうか、と外に出てみれば、丘陵地帯の森の中を小さな無数の明かりが動いているのが見えた。

 

「……松明」

 

 ぽつりと呟いた私の隣でご隠居が頷いた。ざっと見たところで100から150といったところ、それが〈緑子鬼〉の最低数ということだ。明かりをあんなにも堂々と灯すのだから、もう隠れて移動することは止めたのだろう。それは、これから自分たちを襲う、という強迫に他ならない。

 〈キール〉や〈西風の旅団〉からやってきていた高レベルのメンバーが、地図上で〈緑子鬼〉の位置を計算している。その地図をちらりと確認して、再度〈緑子鬼〉の集団を見た。

 進行方向、数、それらの情報をインプットして脳内の地図に書き込んでいく。そこに、さらに日があるうちに空中偵察をしていたご隠居の情報を追加していく。そこから導きだされた答え。

 

「ねえ、ご隠居」

 

 南東の方角に眼を凝らしていたご隠居に声をかける。

 

「リンセち」

「困ったことに……いや全然困らないけど、困ったことになりましたね」

 

 横目でご隠居の方を見れば、ご隠居も同じ考えのようで厳しい表情をしていた。

 

「このままいけば、どうなると思うにゃ?」

「分かっているでしょう、ご隠居。……落ちますよ、チョウシは」

 

 今見えている部隊の狙いは、進行方向を見るにザントリーフ大河の河口に位置し漁業で栄える港町チョウシ。おそらく、向かっている部隊は略奪部隊、つまり〈緑子鬼〉はチョウシの町を食糧庫にする気なのだろう。あの町には城壁がない、朝まで持つまい。間違いなく落ちる。

 

 同じことを考えていたご隠居とミノリは、それをマリエールに伝えた。そして、マリエールは判断を下した。

 チョウシの町方向へ全員で移動する、という消極的な判断を。

 〈冒険者〉である私たちは〈大地人〉の町を防衛する動機はない。おそらく、マリエールとしては、チョウシの町の防衛にあたりたいだろうが、新人を引き連れているこの状態で安易に動けるはずもない、かといって見捨てるのも後味が悪い。なら、警告くらいはすべき。そんな考えに基づいてだろう。

 

 でも、実際に事態が動いている場にいる人間全員がそんな思惑に従っているわけもなく。

 

 その一行は夏季合宿参加者のなかで、真っ先にチョウシの町に向けて出発していた。それは、ダンジョン攻略組の回パーティー、ミノリたちの一行だ。彼女たちは妙に素早く準備をしていち早く廃校舎を出発していった。

 その様子を思い出し、そして呟く。

 

「若いっていいなー」

「おいおい、その発言はオバサンだぞ」

 

 私の呟きにツッコミが返ってきた。

 

「直継、人の独り言にツッコミ入れないでよ」

「いや、独り言って大きさじゃなかったぞ」

 

 直継の方に向けば、ご隠居と小竜、レザリックさんも一緒だった。

 

「みなさん、おそろいで」

「まあな。勝手に悪巧みをはじめる若い衆はいないかどうか見回りってやつだ!」

 

 見回り、と言いつつ向かう先は一つなのが丸わかりだ。直継に向かって口角を上げれば、彼もニカっと笑う。ご隠居、小竜、レザリックと見回せば、みんな目的は同じ。

 

「じゃあ、行きますか」

 

 私たちは、“勝手に悪巧みをはじめる若い衆”を探しに行った。

 

  ※

 

「……だから――守りません」

 

 向かっていった先、そう言った少女が弾かれたようにこちらを見た。

 

「あ……」

「ん。ミノリっちも、勘がよくなったにゃぁ」

「勝手に悪巧みをはじめる若い衆はいないかどうか、おにーさんたちが見回りにきたぜべいべっ!」

「我が輩は年寄りなのにゃ」

「あ、これ、私はおねーさんですって訂正すべき?」

 

 私たちに気付いた一行は、それぞれの反応を示した。セララはご隠居の腕にぶら下がるようにしがみつき、トウヤは直継の名を呼び背筋を伸ばした。ミノリは引き下がる気などない視線でご隠居を見上げる。

 

「許可してください」

「おう。にゃん太班長も、直継師匠も、リンセ姉も、ここは黙っていかせてくれるのが男だぜ」

 

 頭を下げたミノリのトウヤは並ぶ。この際、一応女である、というツッコミはなしだ。

 それにしても、と私はミノリを見る。

 思った通りだ。だんだんと頭角を現わしてきている、それも私の幼馴染ともいうべき彼の影をともなって。いずれはこうなると思っていたけれど、ここまで急激に似始めるとは。ダンジョン攻略で何か掴んできたみたいだ。

 そんなミノリをご隠居は真っ直ぐ見る。

 

「許可も何も。〈冒険者〉は自由なのだにゃ。もし、本当に決めたのならば、たとえ相手のレベルが上だろうと、ギルドで世話になっていようと、貫く自由が〈冒険者〉にはあるのだにゃ。――だけどミノリっち。それはそれで、なかなか大変なのだにゃ」

 

 ご隠居の言葉にミノリは力強く頷く。

 

「わかりましたにゃ。夜は短い。――夏はさらに。パックもいってることですから、急ぐとするにゃ。ね? ミノリっち」

 

 そういって、ご隠居は綺麗にウインクをした。


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