Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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chapter 15

 私たちの南方に、ミノリたちはいる。

 では、私たちはどこにいるのか。それは〈緑子鬼(ゴブリン)〉略奪部隊のほぼ中央である。

 

 ミノリが提示した作戦は至ってシンプル。守りきれないのなら先手を打って数を減らせばいい、という略奪部隊への浸透打撃だ。別に、全部殲滅しなければならないわけでもない。〈緑子鬼〉は亜人間、ある程度の打撃を与えれば戦意を削れるし、逃走するものもいる。町を守るにしても、先んじて数を減らせば防衛の難易度はぐっと下がるのだ。

 その作戦のため、私たち高レベルパーティーが〈緑子鬼〉たちの中央部に突撃して注意を集めながら殲滅、私たちの討ちもらしを自分たちより南方、つまりチョウシの町に近い側に構えているミノリたちが各個撃破しているのだ。

 

 だとしてもだ。そもそも町自体を防衛する戦力がなければならないのだが。そこで、マリエールに作戦を伝え、残りの引率と夏季合宿のメンバーでチョウシの町を守ってもらうことにした。

 

 この作戦、当然合宿の責任者であるマリエールを差し置いたものだ。完全なる命令違反なので、連絡したミノリはこってりと怒られたようだ。でも、マリエールのことだから役目をきっちり果たしてくれるはず。

 

 私たちの即席パーティーは私、直継、レザリックを縦軸として、攻撃に〈盗剣士(スワッシュバックラー)〉のご隠居と小竜だった。

 

「北西に小隊、エンカウント45。この辺はそれで最後です」

「はいっ」

「了解ですにゃ」

 

 私が指示した方向に現れた小隊は、ご隠居と小竜の広範囲の連続攻撃によって殲滅された。

 

「じゃ、進行しましょう。ご隠居は時間になったら定期連絡を」

 

 私たちは言葉なく互いを見て、足を進めた。

 

 進行しながら現状を確認する。

  

 ここまでは、おおむね予測通り。

 〈緑子鬼〉の殲滅を目的に部隊に攻撃を仕掛けているわけだが、進行方向、敵数ともにほぼシナリオ通り。この調子なら、大きな被害も出ずチョウシの町は守れる、と思いたい。

 本当なら、守れると確定させたいところだが、何せ敵戦力全体を把握していないものだから予測が難しいのだ。それに今は夜、視界が良好とはいえない状況での戦闘、予測するにしたって不確定要素(ノイズ)が多すぎる。こんな悪条件で考えるなんて、〈円卓会議〉設立以来じゃないか。いや、あのときは悪条件というよりは不確定要素だらけだったのが問題だったのだが。

 でも、不確定要素だらけだからといってやめるわけにはいかない。やると決めてはじめたことなのだから。

 

 現在、作戦開始から12720秒経過。朝日が昇るまで、だいたい16200秒といったところか。

 〈緑子鬼〉だって、自分たちの特性、数、そして夜襲の有効性は理解している。朝になれば撤退していくのはわかる。だったら、そこまでは何としても凌ぎ切る。

 

「各人、回復アイテム残量は?」

 

 移動しながら、それぞれの所持品を確認する。

 周りの自己申告から、この先の消費量を計算する。直継は大丈夫そう、ご隠居と小竜は限りなく大丈夫に近いけど1割ぐらいは不安だな、レザリックさん、も大丈夫そうかな。まあ、最悪の場合は私のポーションを渡せばいい。ミノリたちにもいくつか渡してあるから大丈夫だろう。

 ふ、と短い息を吐きだして気合いを入れなおした。

 

  ※

 

 〈緑子鬼〉の基本戦術は飽和攻撃。簡単にいえば、数の差で攻めようってやつだね。といっても、多少の数の差じゃ駄目なことはあちらも理解してる。だからこそ、〈緑子鬼〉は冒険者達が対処できないような小規模部隊を一斉に繰り出す。そのための集合や攻撃のタイミングをずらすために、その数を先に減らすっていうのは有効な手だ。

 さすがシロくんに教えてもらってるだけあるね、とリンセさんは笑った。

 

 そこから続いたリンセさんの言葉はまるでその戦場が見えているようで、現状自分たちが置かれている状況そのままだった。

 

 セララさんがにゃん太さんから受けた連絡では、現在北北西へ3キロメートル移動しているとのこと。そのことを地図上で辿る。

 この地図にはリンセさんが薄く書き込んだ進行予測があった。現時点で、自分たちはその通りに移動していた。していた、とはいうけれど、決してその通りに移動しようと思ったわけではない。ただ、敵の殲滅という目的のもと移動していたら、ちょうどリンセさんが示した予測と同じ道を辿っていただけだ。

 ただの偶然、だと思いたかったけれど、ここまでくると偶然じゃない。

 やっぱり、シロエさんが言っていた“預言者”っていうのは本当なんだ。

 聞いた当初は、そんなことあるのかな、なんて疑問に思っていたけれど、こんな形で示されてしまえば疑う余地なんてなかった。

 

「どうする? ミノリ」

「いったん谷間に降りて、西から北西に移動します。警戒体制維持で行きましょう」

 

 私は広げていた地図をまとめて立ち上がる。そして、隊列を崩さす歩き出した。

 

  ※

 

 それから一晩。即席パーティーで敵の探索と殲滅をしていた私たち高レベル組は、朝というには遅い時間にミノリたちと合流した。

 

 念話で自分たちの現在地を伝えて休憩をしていた。しばらくすれば複数の足音が聞こえてミノリたちがやってきた。一晩、警戒と戦闘を行っていたのだ。疲れはたまっているだろう。でも、彼女たちの顔から生気は失われておらず、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「大丈夫か? やい、トウヤ。みんなのこと守ったか?」

「はい、直継シショーっ!」

 

 そう言った直継にトウヤは最敬礼で応えた。そんな少年の頭を直継は撫でる。セララは予想通り、ご隠居に飛びついていた。ミノリは、私と小竜、レザリックに昨晩の戦闘状況を報告してくれた。ミノリの言葉を元に戦況を追う。だいたい予測通りの戦闘が行われたらしい。大きな怪我もなく、装備の消耗も今のところは大丈夫そうだ。とはいえ、結構な数の戦闘をこなしているし、アキバに戻ったら修理に出させた方がいいだろう。

 

「リンセさん」

「どうかした? ミノリちゃん」

「あの、ポーションを譲っていただいてありがとうございました。作戦の途中で足りなくなるかもと思ったので本当に助かりました」

 

 そうミノリは頭を下げた。気にしなくていいし役立ったのならよかった、と頭をあげさせば、再度ありがとうございます、という言葉が来た。

 礼儀正しくていい子だな、おまけに頭もいいし。きっとシロくんも教え甲斐があるんだろう。

 

「さて、休憩はこれくらいにして町に帰りましょう。この目で見るまでは心配です」

 

 生真面目なレザリックの言葉に私たちは頷いて、チョウシの町を目指して歩き始めた。

 

  ※

 

 しばらく進んでいくと、〈緑子鬼〉族の死体が所々に積まれている。それはマリエールたちが町の防衛に対応した後だろう。

 そのひとまとまりたちを横目にチョウシの町に入れば、夏季合宿に参加していた〈冒険者〉たちが声をかけてくる。その声に応えながら町を見渡せば、荒らされた様子はない。どうやら、〈緑子鬼〉族は町に侵入できなかったようだ。

 とはいえ、警戒すべきは〈緑子鬼〉だけではない。

 ここまでの戦いは、言ってしまえば前哨戦だ。まだ、海岸の方には〈水棲緑鬼(サファギン)〉もいるし、他のモンスターが攻めてこないとも限らない。

 

 言葉を交わしている〈冒険者〉たちの声を遠くで聞きながら、私は自分で持ってきた地図を広げた。それを自身の指で辿りながら考える。

 

 おおよそ、〈緑子鬼〉族の進行経路は関東北部の丘陵森林地帯あたりから四方にわたる。朝、アキバにいる〈Colorful〉の佐々木さんから突然念話が入り、その彼女の話によると、アキバの方で今日の早朝に〈円卓会議〉からの布告(クエスト)として遠征軍が編成されたらしい。遠征総指揮は〈D.D.D〉のクラスティ、戦闘の規模を考えれば最適任者だ。先行部隊をクラスティ、本隊をシロエがひとまず指揮している形だそうだ。〈緑子鬼〉族の侵攻の程度を考えれば、完全に〈冒険者(こちら)〉はイニシアチブ失っているから、拙速を重視で準備が出来次第〈冒険者〉を送り出しているはず。

 一方、ここの海岸には接近中の〈水棲緑鬼〉がいる。その対処は多分ここにいる〈冒険者〉だけじゃ厳しい。救援は来るだろうが、どれくらいかかるか。ここで、〈水棲緑鬼〉にメイニオン海岸を突破される訳にもいかない。そもそも、なぜここだったのだろうか。

 

 そこまで考えて、意識的に最後の項を考え事の項目から消した。

 今は、どうしてよりもどのようにここを守りぬくかを考えるべき。

 

 私は、短く息を吐いてまた思考を開始させた。

 

  ※

 

 〈大地人〉の皆さんが酒場に仮眠場所を提供してくれるということで、順番に休憩しようという話になった。それにトウヤと歩き始めた。そのとき、視界の端にしゃがみこんだリンセさんが見えた。私が立ち止まったことでトウヤも立ち止まる。

 

「どうしたんだ? ミノリ」

「トウヤ。リンセさんは休憩の話を聞いてると思う?」

「リンセ姉?」

 

 私が見た方向を見て、トウヤは首を傾げた。とりあえず確認してみよう、と私たちはしゃがみこんでいるリンセさんに近づいた。

 リンセさんは、地図を広げてそこに小石を乗せてするすると指を動かしていた。

 

「リンセさん?」

 

 リンセさんのすぐ近くに立って声をかけたが、彼女は気付く様子がない。

 

「リンセ姉、休憩しないのか?」

 

 今度はトウヤが声をかけたが、結果は変わらない。リンセさんはただ無言で地図に指を這わせている。

 

「おや、ミノリっちにトウヤっち。どうしたのですにゃ?」

 

 背後からかかった声に振り向けば、そこにはにゃん太さんがいた。

 

「リンセ姉が反応ないんだ」

 

 トウヤがリンセさんを指差す。その方向を向いて、にゃん太さんはにゃぁと言った。

 

「リンセちは考え事中ですにゃ。ああなったら、リンセちの中でいったん区切りがつかないと周りの声は聞こえないのにゃぁ」

 

 その言葉は、気のせいか棘があったように聞こえる。なんでだろう、と首を傾げていると、にゃん太さんは柔らかい声で言った。

 

「リンセちのことは我が輩が見ているから、ミノリっちとトウヤっちは休憩にいくといいですにゃぁ」

 

 さあ、と背中を押されてそれに促されるまま、私たちは村の酒場に向かった。

 

  ※

 

 双子を休憩に行かせて、さあどうするか、とにゃん太はため息をついた。

 この娘の集中力は実に凄まじいものであることは認識している。しかし、一晩戦闘を行った後だ。考え事は後にして、まずは休息を取るべき。強引にでも中断させるべきだろう。

 

「リンセち」

 

 強めに声をかけてみる。やはり、反応はない。再度かけるも結果は同じ。

 出来れば声をかけることで集中を切らせたかったが、やっぱり無理か。

 仕方なく肩を叩いて集中を切らせようと思い、にゃん太は彼女の肩に手を置こうとした。しかし、その手は彼女の肩に触れることなく、その彼女に手首を掴まれた。

 

 彼女の悪癖は、考え事をはじめると周りをシャットアウトすること。しかし、それはあくまで最初の段階だ。

 そうにゃん太に語ったのは、彼女の幼馴染とも呼べる青年だ。彼曰く、もっとひどいものがあるらしい。それは、彼女が外界をシャットアウトしているときに物理的な衝撃を与えようとすると反撃を喰らう、というもの。

 

 そして、にゃん太は今その反撃を喰らっていた。

 リンセは回復職、力で言えば武器攻撃職であるにゃん太の方が強いがリンセも魔法攻撃職に比べれば力は強いほうだ。そして、反射で働いている彼女は力の加減が一切できていない。つまり、にゃん太はそこそこ力のあるリンセに全力で腕を握られている。そのせいで、リンセの白い手に掴まれたにゃん太の腕は鈍い音を立てていた。HPが減るほどの威力ではないが、それでも痛みは走る。振り払おうとしても、握る強さが強さであるためなかなか振りほどけない。勢い任せに振り払ってもいいが、相手は女性。〈冒険者〉で身体が丈夫だからといって、無闇に痛みを与えたくはない。鈍い痛みに耐えながら、先に双子を休憩に向かわせておいてよかった、とにゃん太は小さく息をつく。

 

「リンセちっ!!」

 

 半ば叫ぶように名前を呼べば、リンセは我に返ったように身体を揺らした。

 

「え、あっ、ご隠居……?」

 

 リンセにとってはいつの間にか近くにいたにゃん太に彼女は首を傾げる。いったいどうしたのか、と尋ねようとして、自分の手が何かを掴んでいたことを認識した。その先を辿れば、手の中にはにゃん太の手首。彼の服の皺の寄り具合から見ると、どうやら自分が相当な力で彼の腕を握っていたのがリンセには分かった。そこで、リンセはようやく自分が何をしでかしたか理解して、勢いよく手を離す。

 

「ご、ごめんなさいご隠居っ! 気付かなかったとはいえ……」

 

 にゃん太が大丈夫だと言っても頭を下げているリンセはそのまま項垂れた。

 

「本当にすみません。周りをシャットアウトするのはまあいいとして、いやよくないですけど。せめて反撃する癖はどうにかしなきゃと思ってるんですが……」

 

 現実とは総じてうまくいかないものである。

 

「確かに、この癖は直すべきですにゃぁ」

 

 リンセに掴まれていた手首を無意識に擦りながらにゃん太はため息をついた。いつもは紳士的に言葉を発する彼にしては、少々刺々しい。それもそのはず、誰かに怪我を負わせてからでは遅いのだから。

 

「ですよね……。善処します……。っと、それでご隠居、何か私に用ですか?」

 

 リンセに近づいてきていて、尚且つこの悪癖を知っていて彼女の思考を止めたのだ。何か用があったと考えるべきだろう。

 

「〈大地人〉の方々が酒場に仮眠場所を提供してくれるそうですにゃ。いくら高レベルの〈冒険者〉だからといっても休憩は必要ですにゃぁ」

「……なるほど」

 

 考え事をする前に休憩しろ、と彼はそう言いたいのだとリンセは理解した。

 

「無理はいけないのですにゃぁ」

「はいはい、わかりましたよー……」

「リンセち、返事は1回だにゃ」

「はーい」

「伸ばさない」

「……はい」

 

 このご隠居は相変わらず自分に対して過保護だ、とリンセは苦笑いでため息をついた。

 

  ※

 

 半ばご隠居に引きずられるようにしてやってきた酒場には、だいたいの合宿参加者が集っていた。だいたい、とういうのは、交代で街中の警備をするために担当のメンバーが見回りに出ているからだ。

 

 それにしても、と私は酒場の中、正確には酒場で休憩を取っている新人プレイヤーの顔を見渡した。なんだか、顔つきが変わっているように思える。それだけ、チョウシの町の防衛を考えているのだろう。

 まあ、新人ということは、だ。〈エルダー・テイル〉というゲームにそこまでの先入観がないということ。それは、そこにいるものを“生きているもの”と捉えやすいということに等しい。ゲームという無機質なものを見る感覚ではないからこそ、そこにあるものを守ろうと言うのだ。

 直で見るからこその感覚、というわけだ。

 

 そのとき、どうやらマリエールに何か連絡が入ったようだ。少し話した後、彼女の顔つきが変わった。

 念話は町中の警備に出掛けた新人三人組からで、海岸線方向の白い波を見つけたとのこと。様子見として数人のベテランプレーヤーが報告の場所に向かったが、まだ〈水棲緑鬼〉は上陸していないようだが状況としてはよろしくないようだ。

 

 急いで合宿組で駆け付けると、その風景は良くない意味で圧巻というべきか。水平線を覆うような白い波、数は思う桁よりも一つは多そうだ。

 チョウシの町の特徴としては漁業と農業を中心とした町というのが挙げられる。そのため、町の構造上、ザントリーフ大河に寄り添うような形状になっているのだ。川の氾濫や潮の干潮に関しても考えて作られているが、それでも近い事には変わりない。

 骨が折れる、では少々現状を表現する言葉としては甘いだろうな。それでも、彼らはやるのだろう。町を守ると誓った〈冒険者〉達は。

 呆れ半分関心半分で笑みを零すと、弓を引き絞る音があちらこちらから聞こえる。それは、新人の暗殺者や、多くの戦士達がつがえている弓からだ。

 

「マリエさん、いっちょ景気づけに号令頼むわ」

 

 直継の言葉と笑顔にマリエールは声を張り上げた。

 

「あ、あんな、みんなな! 今まで力を貸してくれておおきに。みんなの力で、チョウシの町は1人の犠牲者も出さず、多くの田畑を荒らされもせずに、ゴブリンからの攻撃はしのいだ。これは本当に嬉しいことや。でも、もうちょい。こっちの敵も倒さんと終わらん……。この町を守りきる事にならん。もう一戦、力を貸してや……。うち、みんななら出来るって信じとる」

 

 マリエールの言葉に、一同は決意を秘めたその目で応える。

 

「いこうっ!! 出陣やっ!!」

 

 それを合図に弓矢は放たれた。

 

 斯くして、海岸線でのチョウシ防衛戦の火蓋は切って落とされたわけだが、アキバの街や遠征軍はどうなっているのだろうか。まあ、クラスティが総指揮を取っているのだから、そうそう落ちることはないだろう。そもそも、クラスティで手に負えないのならアキバの街の誰が出ても手に負えないだろうし。シロエはおそらく本隊で部隊構成と配置決め。

 さて、フル稼働しているであろう輸送艦の到着までこの場がどれだけ耐えきれるか。最悪、奥の手を使うしかないか、と私は自分の所持品を確認した。

 

  ※

 

 息を整えながら現状に苦く笑った直継は、自分とパーティーを組んでいる面々、否リンセに視線を向けた。

 

 表情は普段と変わらないように見える彼女だが、事実、パーティーの司令官にサブの回復役、そしてマリエールの指揮のサポートと一人三役をこなしている。

 彼らの小休止はこれで三回目だが、前の二回も10分とは取れていない。その中での一人三役はパーティーの誰よりも肉体的および精神的疲労は溜まる一方のはずだ。それなのに、その休憩中ですら各パーティーさらには戦場全体の動きの把握、サポートをしているのだから、見ているこっちが心配になる。

 そして、現在も彼女の視線は戦場を駆け回り、各方面に的確な指示を出している。

 

 一体どうしてそこまで身体が、いやMPが持つのか、直継は不思議だった。

 戦闘中に他人のステータスを確認することはできないため、このような小休止のときに彼女のステータスを確認するのだが、戦闘後であるにも関わらずMPはさほど減っていないのである。

 一体どんな裏技を使っているのか。そう思っている直継の横で、にゃん太が何かを危惧して僅かに眉を寄せていることには誰も気付かなかった。

 

 リンセは自分がそう観察されていることも気付かずに、戦場を見渡していた。

 現在、彼女の目の前では新人達のグループ三つが戦いを繰り返していた。その戦闘の様子を観察しながら、リンセは戦場にいるメンバーの挙動をパターン化し脳内にインプットしていく。あらかたのインプットが終了したのち、彼女はパターンを数式に組み込み、現在地点から先の未来を構築する。その未来から逆算、そして望む結末になるように再構築した。

 

 そろそろ交代か、とリンセが意識を脳内の計算から目の前の戦場に戻したとき、チョウシの町の北広場の方から鋭い破裂音が響いてきた。確かあれは〈泣きキノコの絶叫(シェリーカーエコー)〉、〈森呪遣い(ドルイド)〉の特技の一つだったはずだ、とリンセは海岸線にいるセララに視線を向けた。

 

「セララちゃん!」

「は、はいっ!」

 

 リンセに突然声を掛けられたセララは驚きながらもしっかりと返事をした。

 

「今のは君の?」

「はい!」

 

 なら警報用に設置しておいたのか、とリンセは納得する。その間に、ミノリ達五人は海岸線から撤退し、音の聞こえた方角に走り出す。

 

「俺達が行くぜ、シショっ!」

「よろしくお願いしますっ」

「はははっ! 任せておきたまえよ! 出陣だっ」

「あ、あのっ! にゃん太さんも、頑張ってっ!」

 

 そんな五人の最後尾でミノリがリンセたちに振り返った。

 

「セララさんに頼んでおいた警報代わりの精霊の反応ですっ。おそらく山間から、ゴブリン族の再侵入。この戦いは、〈吟遊詩人(バード)〉さんがいて継続戦闘能力があるわたし達のほうが向いています。――海岸の方をお願いします、直継さんっ! リンセさんっ!」

 

 口々にそう言ったメンバーの後ろ姿にリンセは嫌な予感がした。不意にあの言葉が蘇る。

 

 ――地と共に生きる民、憧憬のうちに堕ちる天蝎宮。

 

 リンセの嫌な予感は確実な足取りで確信へと近付いていた。待て、と止めようとしたリンセの声は、しかし、ミノリの表情に、瞳に、感情に、なす術もなく飲み込まれてしまった。一度世界を切り替えるかのように瞬きをしたリンセは、息を吸い込んで声を掛ける。

 

「ミノリちゃんっ!」

 

 はい、と返事をしたミノリにリンセは笑みを浮かべる。無意識のうちに眉間に寄っていた皺は、幸か不幸かリンセの長い前髪に隠されミノリには見えていない。

 

「何か少しでも不安要素が出来たら、誰でもいい、救援を要請すること。……気をつけて」

 

 リンセの言葉に、はいっ、と力強く頷いたミノリは、先に向かっていったメンバーを追いかけ海岸から去っていった。

 その背を見送るや否や、リンセはミノリたちに任された海岸へと向かう。それにすぐ反応し駆けだしたのは小竜とレザリック、いいのかと尋ねてきたのは直継だった。

 

「いいも悪いも緊急事態、仕方ないでしょ」

 

 ほら行くよ、と背中を叩かれ、直継も海岸へと向かっていった。その背を追い駆けだしたリンセを止めたのはにゃん太だった。

 

「大丈夫だと、本当にそう思うかにゃ?」

「いや、大丈夫じゃないでしょう。さっきから嫌な予感が止まらないんです。でも、あの子達がここを頼むと言ったんですから、ここを守りきることがあの子達への信頼だと、思うんです」

 

 あの子達がそう望んだから、リンセの言葉に、にゃん太はいつかアカツキと直継に言った言葉を思い出す。

 それが本当にリンセ自身の望みなのか、と問いただしそうになったにゃん太は、唾を飲み込むことで言葉も一緒に飲み込んだ。きっと問いだたしても彼女はそうだとしか言わないのだから。

 溜め息すらも飲み込んで、にゃん太はリンセに声を掛ける。

 

「……我々もいきますにゃ、リンセち」

「はい、ご隠居」

 

 先に出た三人に追いついたリンセは薙刀を構えて限界まで集中力を高めた。

 

「直継、小竜、レザリックさん、ご隠居。これからミノリちゃん達の抜けた穴を補正します」

 

 そう宣言したリンセは、空いた穴を埋めるための再構築を始めた。抜けた戦力の程度、パターンを叩きだしていた数式から引き、そのマイナスを埋めるように残存戦力の行動パターンを変更。その行動までの誘導を頭の中に書き出したリンセは、パーティーにそして戦場全体にそのシナリオを染み込ませた。

 目線、声、素振り、使えるもの全てを使って戦況を誘導した彼女は、その間に挟まれるラグに神経を集中させて一つ一つ虱潰しに消していった。

 

 一瞬にしてミノリたちの抜けた穴が塞がった、と理解したのはにゃん太だけだった。シロエと行動をし始めてからはほとんど使われることがなくなった戦法。それは、あらゆる可能性から“自身の望む”最善への最短距離を神憑りな勘で抜き出す、彼女独自の戦い方。

 

 ――戦術的未来予測(ストラテジックフォーキャスティング)

 

 誰が呼び出したのかも分からないそれは、シロエの全力管制戦闘(フルコントロールエンカウント)とはまた違った戦法である。

 

 シロエのそれが、敵の撃破という「文」を戦闘という「文章」に仕立てて戦術という「物語」に再構築しながらそれを「読む」ということならば、リンセのそれは、「結末」に至る経緯を「文章」に分けて「文」にした後にそれを自分好みに書き換えて「物語」を再構築しながら「読む」ということ。簡単にいえば、無修正の「物語」を添削して自分好みの「物語」に書き換えながら読んでいる、ということだ。

 時々刻々、リアルタイムで決定されていく戦場だからこそ発揮される、彼女の第六感と類稀なる演算能力が叩きだす戦法は、感じる人によっては“操られている”という印象を受ける。

 

 そもそも、リンセの第六感も勘なんて言葉で表現してはいるが、その実は彼女のこれまでの経験の蓄積と観察眼によって構成されているのだから、驚きを通り越して畏怖を覚える人もいるだろう。

 

 リンセはその切り札を、今ここで持ち出した。つまり、ここからがリンセの本当の意味での“全力”、彼女の意識がフローまたはゾーンと呼ばれる超集中状態に移行することを示していた。

 

 こうなったリンセは誰が何と言おうと止まらない、彼女自身の集中が切れるまでは。

 ゲーム時代ならまだよかった、実際に生身で戦っているわけではなかったのだから。しかし、今は違う。生身で極度の集中状態で戦うとなれば、集中が切れたときに反動がくるのは必至。

 ただでさえ、リンセはMP回復のために少々無茶な戦い方をしている。その上での超集中状態への移行。まさしくそれは、にゃん太が危惧していた“無茶苦茶な戦い方”に他ならなかった。


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