Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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chapter 17

「ナイアードの泉?」

 

 その夜、私は出来上がった書類を持ってシロエの執務室にいた。

 

 基本的に私は夜にシロエの仕事の補佐をしている。毎晩、日々あちらこちらから入ってくる情報を分析してまとめ、それをシロエに報告するのだ。

 しかし今日は日中にシロエの代わりに進めていた作業の報告をしていた。何故ならば本日はシロエが珍しく日中に外に出ていたからだ。

 なぜシロエは外に行くことになったのか。それは〈黒剣騎士団〉で何やら問題が起こったらしく、その調査に向かったからだ。そんなわけで今日は私がシロエの代わりに書類を片付けていたのだ。

 で、その〈黒剣〉の問題の原因というのが先程私が口にした単語である。

 

 〈ナイアードの泉〉。

 それは“水霊ナイアードが宿る泉で水源は恋多き彼女の涙。この湧き水を飲んだ者は、一昼夜うなされ、時に激しい求愛行動に出る者もあると言い伝えられている”というフレーバーテキスト付きの泉である。

 〈黒剣騎士団〉に起きた問題とは、その泉の水を飲んだ人たちが謎の体調不良を起こしたというもの。〈ロデリック商会〉の調べでは、そこの水質に問題はなかったという。

 となるとだ。問題の原因はどこにあるのか。

 そこでいきついたのが“フレーバーテキストの現実化”だった。普通ならまずあり得ないと驚くところだが、如何せん、自分が体現してしまっているとあって否定できないのが現実だ。

 

「これで二件目、というわけだね」

「うん。フィールドのフレーバーテキストの具現化も確認できたとなると、そろそろ目を逸らすわけにもいかないけど……」

「このまま公表ってわけにもいかない。大騒ぎになりかねないからね」

 

 ひとまずアイザックには他言無用と伝え、ロデリックには伝えて検証開始、といったところらしい。

 なんというか。

 

「シロくんじゃないけど、次から次へと出てくるねぇ問題が……」

 

 興味深いとは思うけれど、時間が足りないと思うのは仕方ないことだと思う。

 

「まあ、この件については私もリックさんと話して色々検証してみるよ」

「任せていい?」

「おっけー。まあ、自分のことでもあるしね」

 

 私は日中にまとめた書類をシロエに手渡し、シロエはシロエでフレーバーテキストの件の書類を渡してきた。受け取った書類を机で少々整えてから脇に抱える。

 

「じゃあ、今日はこの辺で。シロくん、ちゃんと寝ないと駄目だよ?」

「その言葉、そのままそっくり返すよ、クロ」

 

 そう言い合って、無理だな、と心の中でハモるまでがセットになりつつある私たちは、一向に減らない書類に2人してため息をついた。

 

  *

 

 深夜と呼ぶべき時間帯、書類を片付けていた私に念話がかかってきた。非常識とも呼べるこの時間に最近かけてくる人間と言えば、例の〈彼女〉だ。念話に応答すれば鈴の音のような可愛らしい声が聞こえてくる。

 

『こんばんは、リンセ様』

「どうかしたの? ラァラ」

 

 ラァレイア=ドードゥリア。通称、ラァラ。現在、ミナミを統括しているギルド〈Plant hwyaden(プラント・フロウデン)〉に所属している〈吟遊詩人(バード)〉の〈冒険者〉である。

 

 シロエがギルド会館を購入したように、〈Plant hwyaden〉のギルドマスターである濡羽は大神殿を購入したのだという。そのやり方を私も考えないわけではなかった。

 一つの頂点による恐怖政治。

 多少のリスクはあるものの、それでも本来ならば出来ない死んでからのやり直し(ニューゲーム)が可能となったこの世界で、その手段を封じられることは耐えがたい恐怖となる。彼女はそこに至るまでにも色々手をつくしたようだが。その一つがオーバースキル〈情報偽装(オーバーレイ)〉なのだろう。聞く話じゃ〈大災害〉からひと月で会得したとか。〈大災害〉以前も相当優秀な〈付与術師(エンチャンター)〉として彼女のことは知っていたが、ここまでとは。運か、努力か、才か。いずれにせよ、末恐ろしいものだというのが正直な所だ。

 

 思考が逸れたが、その彼女が主である〈Plant hwyaden〉に所属しているラァラだが、元々は〈Colorful〉のメンバーで私とも面識があった。

 〈大災害〉以降、半ば強制的に〈Plant hwyaden〉に所属させられた彼女は、その後、何かにつけて私にミナミの情報を渡してくるようになったのだ。〈Plant hwyaden〉という一つの頂点による統制によりミナミの内部的な情報が漏れにくいものとなっているこの現状で、だ。

 〈Plant hwyaden〉は厳しい統制をしいている単体ギルドだと言う話だが、だとしたらラァラがやっていることはスパイにも等しい。最悪の場合は死亡してそのまま、という事態を招きかねない行為であるのに彼女は嬉々として情報を流してくる。

 そのことに対して前になぜだと聞いてみたこともあった。返ってきたのは。

 

 ――わたくしめは、リンセ様のためならば死ねるのです。いや、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉を聞いたとき、眩暈と悪寒と鳥肌と、分かりやすく言うなら、真面目にドン引き、だ。しかし、それにすら恍惚とした声色で愛を囁いてくるものだからもう諦めた。

 そんな風に私に対して盲目的な崇拝を向けてくる彼女が連絡してきたということは、だ。何か西に動きがあったということだろう。そのことを尋ねればラァラは、ええそうでした、話し始める。

 

『アキバでは明後日……いえ、もう日付を越えていますから明日ですね。天秤祭なる秋祭りが開かれるとか』

「良く知ってるね」

『ええ。リンセ様のことなら何でも知りたいという欲求です』

 

 なんで私のことを知りたい欲求で天秤祭の情報を手に入れたのかはさっぱりだが、まあそれは置いておこう。

 

「それで、天秤祭がどうかしたの?」

『どうやらですね、西の貴族が〈円卓会議〉に対して攻撃を仕掛けようとしている様子が窺えたのです』

 

 一応お耳に入れておこうかと思いまして、とラァラはクスクスと笑った。

 

「あー、やっぱりそうなんだね」

『さすが〈透き目の巫女〉リンセ様。やはり御見通しだったんですね』

「確証はなかったんだけど」

『確証がない、だなんてご謙遜を。貴女の第六感に、〈星詠み〉に、間違いなど存在しないでしょう?』

 

 間違いがないなんてことはあり得ないと常識で分かるはずなのに、それでもないと断言する彼女にため息が漏れる。そのため息にすら恍惚として声が返ってきた。

 

『ああ、ため息もなんて素敵なんでしょう……』

「ああ、はいはいどーも」

『投げやりな態度も麗しいです、リンセ様。ところで、ですね』

 

 急な話題変換を持ち出したラァラに訝し気に、何? と尋ねると、なぜ何も言わないのですか? と返ってきた。

 

『第六感、〈星詠み〉、私という情報源……。ここ最近はいずれから得た情報の大部分を秘匿していますよね? なぜですか?』

 

 至極不思議だ、とでもいう声色に思考が冷えていくのを感じた。

 

「確証のない情報は無意味に混乱を招くだけだよ」

『ですが、“予言者”である貴女の言葉なら届きます』

「私が納得できないんだよ」

 

 ただそう言い切れば、そうですか、と納得したように返される。

 

『わたくしとしたことがっ……出過ぎた真似でした……。リンセ様! わたくしはいつでも、リンセ様はリンセ様の望むままに動けばよいと思っております』

 

 ですから一度でも出過ぎた真似をしたことは死をもって償いますのでちょっと死んできます、と真面目な声色かつ早口のノンブレスで言い切ったラァラを全力で止めた。

 

「いい、いい、しなくていい。いや、本当に」

『まあ、リンセ様。こんなわたくしに対してもそのような慈悲をかけてくださるなんてっ……』

 

 貴女が女神だったのですね知ってましたけど! と今度は恍惚とした声色の彼女に、やはり扱いきれないと思った私は悪くないはず。

 はぁ、と頭を抱えている私を知ってか知らずか、また何か情報が入り次第ご連絡いたしますとラァラは念話を切った。

 

 私は座っていたソファーの背もたれに寄りかかって思い切り息を吸い込み、そして、ゆっくりと吐き出した。私の重さに沈み込んだ背もたれが僅かに軋んだ音を上げる。

 

“空ろの船、渡るは商人”

 

 珍しく安直な“声”に逆に不安に思ったが、そのままでよかったようだ。

 西の貴族の攻撃、か。

 〈大地人〉からの攻撃と認識すればいいのか、西からの攻撃と考えればいいのか。いずれにせよ、ほぼ確定の情報が入ってきたからこのことに関する項目は事実になると見ればいいのだろう。まあ、それがわかったところでどうにかする手段などないに等しいのだが。

 もちろん、〈円卓会議〉で話し合えば対処法は見つかるだろう。けれど、それには私は聞いた“声”と西からの情報を説明しなければならない。

 私の聞いた“声”に関しては、いつものように勘だと言えばいいのだろうがクラスティ辺りには嘘だとばれるかもしれない。そうなると誤魔化しようもなくなる。今この状況でフレーバーテキストの件について言及されるのも、ただいたずらに混乱を招くだけだ。

 それに、西、つまりラァラからの情報であると伝えるにしてもその情報源について言及することになる。そうなれば黙ってはいないだろう。誰が、と問われれば〈記録の地平線〉のギルドマスターが、だ。彼のことだ、当然西の情報規制がどのようになっているか把握しているだろう。そんな中で西の情報を流してくるスパイのような存在なんて、信用できるかと言われたらすんなりそうとはいかないだろう。彼女がどういう人間か知っている私ならともかく、それ以外の人からしたら彼女の行動理由が分からないのだから。

 さらに、自分たちの行動が筒抜けだと西に察されてしまえばラァラに危険が及ぶかもしれない。彼女は私のために死にたいだのと宣っているが私はそれを許容できない。

 

 つまり、“何も言わない”のではなく、“何も言えない”が正しい。不用意な発言は混乱を招き、混乱は不安を煽り、その不安は空ろの恐怖を生み、その幻影は人々の精神を侵す。

 何事に関してもそうだ。結局は信用に足る情報を持ってして制するしかない。

 

“神々の盃にわたつみ在りて”

 

 あの日から続く“声”は止まない。

 

  *

 

 翌日。

 所用で出掛けていた私がギルドハウスに戻ると、入り口でヘンリエッタに遭遇した。手に持っている書類から察するにシロエに用事なのだろう。同じくシロエに、と言うよりはシロエの執務室に積まれている書類にだが、用事があった私も彼女と一緒にシロエの執務室に向かう。その途中で、やってられないわ、んなもんっ! と言う叫びが聞こえてきて2人して苦笑してしまった。

 

「シロくーん。外まで聞こえてるよ」

「あ、クロ。それにヘンリエッタさんも」

 

 ドアをノックして入れば、そこには何やら散らばった書類と疲れた表情のシロエがいた。どうやら、書類にてんてこ舞いになっているところに風か何かで書類を煽られたらしい。ヘンリエッタがシロエの肩もみをしている間に散らばった書類をかき集め、それと山になって積みあがっているものから自分のお目当ての書類を探し出す。複数あるそれを他の山を崩さないようにそっと抜き取って集めていき、あらかた収集し終わったところでそれをわきに抱えた。

 

「じゃあ、シロくん。この辺の書類は処理しとくから」

「あ、クロ。ちょっと待って」

 

 書類を持って退出しようとすれば後ろからシロエに呼び止められた。ドアの前で彼に振り返れば、シロエも先程の私と同じように山を崩さないように何枚かの書類を抜き出している。

 

「何?」

「この書類もお願い」

「んー?」

 

 手渡された書類にさらっと目を通す。なるほど。どうやら私が主に処理している書類に関係したものらしい。受け取ったそれをひらひら揺らしながら了承すればよろしくと返される。それに了解と返して今度こそ私は自室へと向かった。

 

  *

 

 シロエから書類を受け取って執務室を出て行ったリンセの背を、ヘンリエッタはじっと見つめていた。

 〈大災害〉後にシロエを通じて知り合った彼の旧知の仲であるという小燐森は、ヘンリエッタから見ても随分と優秀な人間だ。そして、何か一点に特化しているというわけではなくあらゆる方面でその優秀さを発揮している。先ほどの会話もその一つだ。シロエが何の遠慮もすることなく数枚の書類を頼んでいる。つまり事務処理もできるということ。

 それにしても、とヘンリエッタは思った。

 〈大災害〉から5ヶ月、未だにシロエとリンセの関係性がはっきりと見えてこない、というのがヘンリエッタの正直な感想だった。友人にしては近すぎる、かと言って男女の関係でもない、兄妹、幼馴染、親友、どれを当てはめても僅かにずれて嵌らない。

 おそらく、考えたところで分からないのだろう。

 その結論に至ったヘンリエッタは早々にその事についての思考を切り上げた。

 

 ヘンリエッタは本来の目的であるものをシロエに差し出す。

 

「これ、頼まれていたものです」

「あ、すみません」

 

 わざわざ持ってきていただかなくても、とシロエは言うが取りに来ると言いながら彼は全然取りに来ない。たまに手が空いているときにリンセが彼の代わりに取りに来る始末だ。

 

「シロエ様はずっと根を詰めていると聞いたので、陣中見舞いも兼ねて来たんです」

「それは、どうも」

 

 天秤祭の方はどうだと尋ねてくるシロエに、順調だとヘンリエッタは返す。そして、この機会に少し休んでは、という提案もした。それに対してシロエは、祭りの間は騒がしそうだし、と返したがヘンリエッタが言いたかったことはそういうことではない。

 

「いい機会ですし、ギルドのお仲間と親睦を深めてください」

 

 そして、とヘンリエッタはシロエに詰め寄った。

 

「今回の祭りには〈三日月同盟〉も各種露店を出しますからね。〈記録の地平線(ログ・ホライズン)〉も〈円卓会議〉代表のギルドのひとつ。身体を張って盛り上げていただけますわよね?」

「あー……。善処します」

「約束ですよ?」

 

 ヘンリエッタにさらに詰め寄られたシロエは、若干身体を引きながら引き攣り気味の声で、はい、と答えた。

 

「アカツキちゃんもミノリちゃんも可愛いですからね。今から楽しみでたまりませんわぁ。いえ、ほんともう……。この妄想さえあればわたしご飯3杯は行けますっ。人はパンのみにて生きるにあらずと申しますが、パンと妄想があればエブリディヒートアップです。神様ぁ……」

 

 そう言って頬を押さえながら身体をくねらせるヘンリエッタに恐怖を覚えたシロエは、一先ずの対応としてその手伝い内容を聞いておくべきだろうと口を挟む。

 

「どんな手伝いなんですか?」

「話は簡単。冬物衣料即売会のお手伝いをやっていただきたいだけです」

 

 ここでヘンリエッタは先程ここまで一緒にやってきた彼女を思い出した。そういえば彼女もシロエほどではないが引きごもり気味、と言うよりは、仕事をし過ぎている傾向がある。彼女もこの機会に休むことをしたほうがいいだろう。

 

「リンセ様にもそのようにお伝えください」

 

 ヘンリエッタの言葉を聞いたシロエは、一度驚いたように目を瞬かせるとその表情を苦笑に変えて、あー……、と何とも言えない声を零した。

 

「一応、伝えておきます……」

「ちゃんと、伝えておいてくださいね?」

「あ、はい……」

 

 その返事を聞いたヘンリエッタは、アカツキやミノリのことを考えながら〈三日月同盟〉のギルドホールに戻っていくのだった。

 

  *

 

 クロにも伝えておいてくれ、とは言われたがどうしたものか。

 はっきり言ってしまえば、クロと祭り、相性はさほど良くない。クロは祭り、というかこういった騒ぎに加わるのが苦手なきらいがある。おそらく天秤祭もギルドハウスに籠もるか、祭りから少し離れたところで過ごす気だったに違いない。

 しかし、頼まれてしまったものは仕方がない。参加させなければ何が待っているかも分からない。これはきっとクロのためにもなるはず、と自己暗示をかけた。

 

 出向いたクロの部屋で彼女は先程僕のところから持っていった書類を片しているところだった。入ってきた僕を珍し気に見たクロに、天秤祭のことなんだけど、と話を切り出す。ヘンリエッタさんに言われたことをそのまま伝えると、彼女はふーんと気の無い相槌を打った。

 

「天秤祭の盛り上げをギルドで?」

「うん」

「そう。頑張ってね」

 

 頑張ってね、とは随分他人事だ。しかも驚くほど爽やかな笑顔付きだ。そういう事ではなくクロも参加してほしいということなんだけど、と伝えてみると再び同じ言葉が返ってくる。

 

「ふーん、そう。頑張ってね」

「だから、クロもさ……」

「いや、私がお祭りの盛り上げとか無理だから。本当に無理だから」

 

 何が悲しくてわざわざ苦手な分野で働かなきゃいけないんだ、というのがクロの主張だった。無理だ無理だと言いながらクロは目の前に机にべたりと凭れ込む。

 

「あの、いや、シロエさん。一体どう盛り上げろっていうんですか」

 

 敬語でそう告げ、顔だけ上げてこちらを見てくるクロの目はいつも以上にやる気がない。むしろ生気がない。いわゆる死んだ魚の目というやつである。それに苦笑しながらヘンリエッタさんに聞いておいた手伝い内容を伝える。

 

「冬物衣料即売会の手伝いだって」

「それって売り子って事?」

「……多分。……それと、他にもステージのモデルとかあるかも」

「は?」

 

 バッと上体を起こしたクロは怪訝そうに眉を顰めた。

 

「それって、いわゆるファッションショーってことだよね?」

「うん……そうなるね……」

「それこそ私必要ないと思うんだ。可愛いミノリちゃんや美人なアカツキがいれば済む話じゃん!」 

 

 絶対出ない、と叫んだクロはもう話はないと言わんばかりに再び書類にかじり付いた。ここで諦めてしまったら絶対梃子でも動かなくなってしまうのは目に見えている。なんとか説得しなくては、ヘンリエッタさんに何を言われるかも分からない。

 

「ギルメン全員で手伝いすることになると思うし、クロだけ出ないっていうのは厳しいよ」

「いやいや、むしろ私みたいな不細工は出ない方がみんなの目のためになると思うんだよ」

「不細工って……」

「顔に傷跡とか完全にアウトじゃない? ファッションモデルとしては」

 

 そうは言うが実際は言うほど目立つものでもない。それに、それがあったとしてもクロは美人の部類に入ると思う。睫毛は長いし、鼻筋もすっと通っている。普段はやる気がなさそうな目も普通に開けばぱっちりしている。前髪で大部分が隠れてしまっているから周りに気付かれていないだけだ。

 

「……シロくん。考えてることが口からだだ漏れだけど」

「え」

「フラグ乱立させて楽しい? というか美人じゃないから」

 

 目の前のクロは口元を引きつらせていた。何言ってんだコイツという視線を全面に押し出してくるクロに、口を噤んで手を当てたがこぼれ出た言葉はどうあがいても戻ってこない。

 

「べた褒めだったねぇシロくん。シロくんがそんなに私のこと見てたなんて知らなかったなぁ」

「そういうわけじゃないって! これ一般的な見解だよ!?」

 

 先程より悪化した視線を向けられて、ちょっと待ったと右手を突き出す。

 今考えていたことは確かに自分の意見ではあるのだが、リアルの知り合いも同意見の人間が多かったことも事実である。

 

「とにかくっ! クロもちゃんと手伝ってよ」

「うー……分かったよ。やればいいんでしょやれば!」

 

 あぁー……、とクロは再び机にべたりと凭れ込む。言質は取ったし、祭りが苦手なクロには悪いがこれで当日はきちんと参加してくれるだろう。

 机に凭れ込んだまま恨み言を吐き続けるクロにある種の恐怖を感じながら、そっと部屋から退散する。

 

 その後、アカツキとミノリに祭りのケーキバイキングに誘われ、祭り当日に偶然通りかかったクロに大爆笑付きで揶揄われることになるとは、このときの僕は知りもしなかったのである。


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