Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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chapter 21

 開場と同時にフロアには人が溢れた。私はその光景に若干青ざめるが化粧のおかげか周囲に気付かれた様子はない。

 さて、会場にやってきているのは物見遊山でやってきた〈冒険者〉の他に、新作の服を安く手に入れようとする女の子たち、そして〈大地人〉の交易商人や旅商人、貴族商人だ。想定の何倍にも膨れ上がった盛況ぶりに販売ブースはどこもかしこもパニックになったように対応に追われていた。それは私が手伝いに来た〈三日月同盟〉でも同じだった。

 

「なぁ、えらいことになってへん?」

 

 うわぁ、うわぁ、と大きな声を上げてうろうろしているのは〈三日月同盟〉のギルドマスターであるマリエールだ。ヘンリエッタがそんなマリエールをとっ捕まえて小さな丸椅子に無理やり座らせている。しかし、彼女たちがそんな漫才をすることが出来たのも開場から30分程度のことである。

 大手ギルドには開場と同時に多くの人がつめかけて長蛇の列ができていた。そして、時間が経つにつれて、並ぶくらいなら空いているブースを見て回ろう、と考える人が出てくるのも自然の流れだった。それによって人の波から外れた位置にブースを構えていた〈三日月同盟〉にも客が押し寄せてきたのだ。

 それは他の参加している中小ギルドにも同じことが言えた。どこもかしこも慣れない商売にてんやわんやである。来るとしたらそろそろだろうか、と私はマッピングの領域を拡大して会場全体を見渡すように配置する。そして、行動を追うのは〈大地人〉に限定して監視を始めた。

 

 1つ2つと増えていく〈大地人〉との交渉。それらの全てが純粋な商人としての交渉ならばいいだろう。けれど、その中に交じる押し問答のような商取引があった。そしてまた1つ、そのような交渉が発生した。行動パターンは読めてきたしそろそろ仲裁にでも入るかと思ったが、シロエが動く方が早かった。なら私は別の方の対処に向かおう。

 そう考えた私はシロエとは別の方向に足を向けた。

 

 向かった先はとある中小ギルドの待機列である。そこで苛立たしげにしている1人の〈大地人〉の中年商人に声をかけた。

 

「こんにちは。本日はアキバの街の天秤祭にお越しくださいましてありがとうございます」

 

 そう言って小さく微笑んだ。すると、その商人はこちらをにらめつけるように視線を寄越す。

 

「なんだ、貴様は」

「わたくしはリンセと申します。なにやらお困りの様子とお見受けいたしましたので、失礼ながらお声がけをさせていただいた次第にございます」

 

 どうかなさったのですか? と懇切丁寧に問いかければ、私の態度に気を良くしたのかブースでの不平不満をつらつらと語りだした。それに言葉で同情しつつさらに言葉を引き出していく。どういったことを望んで、どこからやってきたのか。この祭りで何をするつもりで、どういった行動予定なのか。1つ1つ丁寧に捌きつつ、アドバイスという名の修正を彼の数式に組み込んでいく。そして、待機列が進んでブースを見られる所まで来たところで私は商人から距離を取った。

 

「おや、もうここまで列が進んでいたのですね。ご主人の話が大変興味深くて話し込んでしまいました」

「お前は中々に話が分かるな」

「あら、光栄です」

 

 どうやら妨害への意識を別に逸らすことには成功したらしい。なら最後にとっておきをくれてやろうと私は片足を一歩後ろに引く。そしてもう片方の膝を軽く曲げて、背筋を伸ばしたまま両手でスカートの裾を掴み、軽くスカートを持ち上げて挨拶をした。すると、商人の方も礼に則った一礼をする。そんな彼に小さく微笑んで踵を返した。

 

 さて、随分と面倒なことになったな。

 そう考えていると店番をしていたヘンリエッタの声が私を呼んだ。

 

  *

 

 リンセが向かった先とは別の方の対処に行ったシロエは、苛立つ商人が我慢できずに振りかぶった拳を指先でやんわりと受け止めていた。そして、大気中の魔力(マナ)を集めることで寛容な笑みを浮かべたまま圧迫するようなオーラを出すという圧のかけ方をしていた。その魔力の動きは〈冒険者〉よりずっと鈍感な〈大地人〉ですらもなんとなく感じ取れるほどで、商人は青ざめると不愉快だといって逃げるようにその場を立ち去っていった。

 

「血の気の多い人だったね」

「主君だって相当に追い詰めたではないか」

 

 シロエに制止されるように脇に抱えられていたアカツキはシロエを不満げに見上げる。その視線を受けながらシロエは、彼女を解放しながらたしなめる。

 

「アカツキに任せたら首おとしちゃうでしょ」

「四肢を落としてからだ」

 

 頬を膨らませて言うアカツキにシロエは呆れたように肩を竦めた。そんな彼に助けられたギルド〈ココアブラウン〉のメンバーは礼を述べ、その中でも可愛らしい容貌のドワーフ娘は彼の手を握りしめて涙を流さんばかりの喜びようだった。

 そこに、ブースからいなくなっていたシロエたちを探しに来たヘンリエッタがやってくる。シロエ様とヘンリエッタは呼びかけるが、その声が不機嫌そうになっていることに自分でびっくりしていた。そんな彼女に呼ばれてシロエは首を傾げる。その横でアカツキが仕事をしろということだろうと口にした。彼女の言い返しにシロエは頭を掻きながらそういえばと会場を見渡す。

 

「――会場、騒がしいね」

 

 シロエが言う。その言葉にヘンリエッタとアカツキも周囲を見渡した。

 確かに改めて見てみると会場内は妙に騒がしかった。ヘンリエッタは〈三日月同盟〉のブースで〈大地人〉の対応に追われていた。先程は〈ココアブラウン〉に対して〈大地人〉の商人が押し問答をしていた。そして、この会場内ではそういった類の商取引がやけに多いのだ。

 会場内から感じる違和感、判別のつかない情報はヘンリエッタも掴んでいた。それもシロエの耳に入れるべきかと悩んでいた情報だ。

 

「シロエ様、その……」

「〈大地人〉商人の行動が不審だよね。でも、理解できない。解像度が足りない。情報が、揃っていない気がするんだけど」

 

 呟くように漏れたシロエの言葉に、ヘンリエッタは彼も得体のしれないちぐはぐさを感じていたのだと理解する。

 

「ヘンリエッタさん、クロを呼び戻してください。多分会場内のどこかで情報収集をしてるはずです」

 

 一瞬だけ考え込んだシロエはヘンリエッタにそう言った。その言葉でヘンリエッタはリンセもブースにいなかったのだと思い出す。そして、シロエの指示に従って急いで会場内にいるはずの白髪の娘を探し始めた。

 

 混雑する会場内。その中で1人の人間を探すのはそれなりの難易度がある。ヘンリエッタはそう考えて気合いを入れて捜索に当たった。けれどその気合いも空振りになりそうなほどあっさりとリンセは見つかったのだ。

 会場内の一角、とある中小ギルドの待機列。そこは周囲の雑踏とは異なる雰囲気を醸し出していた。実に穏やかなのだ。騒然としている会場内でそこだけまるでのどかな茶会のような雰囲気が流れていた。その中心にはヘンリエッタが開場直後にセットした白い髪が揺れていた。

 リンセは待機列に並んでいる客の1人と会話をしていた。そして、彼女が作り出す空気に周囲が若干飲まれつつあるのだ。1人、また1人と騒がしくしていた商人たちが口を閉ざす。会話を続けているリンセはヘンリエッタの知る彼女にしてはやや大げさにリアクションを取っていた。まるで相手が求める反応を返すように。そうして話していた彼女は不意に待機列の進み具合を見ると会話を切り上げる様子を見せた。

 そして彼女は。

 

「あら、光栄です」

 

 そう言って背筋を伸ばしたまま片足を引いて挨拶をした。その姿はまさに貴族の令嬢といった感じである。ヘンリエッタが〈エターナルアイスの古宮廷〉に赴いたときに見た令嬢のそれと、いやレイネシア姫のそれとも遜色ない、極めて美しい形だった。それを受けた商人は驚いたように目を瞠ると慌てて胸元に手を当てて深くお辞儀を返している。それに小さく微笑んだリンセは話は終わったと言わんばかりに踵を返した。

 ヘンリエッタはそこでようやく自分が彼女に見惚れていたことに気付き、次いで自分がここまできた理由を思い出す。

 

「リンセ様」

 

 ヘンリエッタが呼びかければ、リンセは一瞬だけ驚いた表情を見せたもののすぐに納得したようにヘンリエッタの元に早足でやってくる。

 

「ヘティ、勝手に持ち場を離れてごめん。シロくんからの招集かな」

「え、ええ」

 

 どうして分かったのかとヘンリエッタは驚く。そんな彼女の考えを見透かしたかのようにリンセは言った。

 

「本格的に攻撃されはじめたみたいだからね」

「え……」

「ひとまずシロくんと合流しよう」

 

 リンセは言いながら目的地を目指して足を進める。リンセの言葉に驚いていたヘンリエッタも進んでいくリンセの背中が完全に遠くなる前に意識を戻し、彼女の後を追い始めた。

 

  *

 

 呼びに来たヘンリエッタとともにシロエの元に向かうと、彼は〈三日月同盟〉のブースでちょうど誰かに念話をしているところだった。おそらく彼も私と同じ結論に辿り着いたのだろう。私たちが合流したところでシロエは頷いて私たちの方を振り返る。

 

「どうやらアキバに攻撃を加えてるやつがいるみたいだね」

 

 シロエの言葉に私は確信を持って頷いた。先程の商人から聞き出した話を分解して再構築した結果、私もその結果に行き着いたのだ。これでようやくラァラからもたらされた情報と〈星詠み〉から推測できる情報を解禁することが出来る。

 

「西、狙いは利益独占の阻止が目下かな。ひとまずは穴が開けばいい」

 

 次の策を考えながら言葉少なげに呟けば拾い上げたシロエが視線で訴えてくる。そんなにガン見しなくても今更口を閉じる気はないのだが。

 私たちは話の内容が内容なので、一時的に〈三日月同盟〉のブースの奥で話をすることにした。

 

「とりあえず西の〈大地人〉商人からで間違いないだろうね。〈イースタル〉との条約締結が引き金になってると思う。で、さらに商人たちをまとめる上がいる。おそらく貴族あたりが妥当かな」

 

 先程話していた交易商人は西の方からやってきたと語ってくれた。そして、私が行なったこの世界での貴族の挨拶に最上位に近い形で返してくれた。つまり、彼ら自体はそこまで地位のある人間ではない。また、即座に礼儀を失することなく対応できるならそういった人種と関係を持ち習慣として身についている可能性が高い。

 そして、その推測の解答はすでにラァラから提示されていた。

 シロエは私の言葉を脳内に叩き込んで思考を巡らせているようだ。

 

「傲慢だと思う?」

「それも込みで、黙認ゆえの暴走じゃないかな」

 

 あの商人の話では相当な人数が今回の攻撃に動員されているようだった。それにも関わらず威嚇や恫喝、流言飛語で交渉を有利に運ぼうというのは〈冒険者(私たち)〉ならまずしないだろう。相手が〈イースタル〉内の〈大地人〉であれば単独の行動だろうが、相手は西。ならば、関与しないという形で黙認されている〈大地人〉の傲慢が引き起こした暴走と言えるだろう。

 ただ私は展示即売会会場での状況しか明確に情報として収集できていないのである。

 

「そっちの情報はどうなの?」

 

 こちらの情報は以上だという意味も込めて聞いてみれば、先程念話していた相手から聞いた情報をシロエが告げる。

 

「〈連絡会〉の方に行ってるミノリに聞いてみたけど、処理すべき案件が急激に増えてるって。それに市中警邏の方もトラブルが増えてきたって言うし」

「ふうん……DoS攻撃に近いね」

 

 DoS攻撃とは、大量のデータや不正なデータを送りつけることでサイトやサーバーをダウンさせるサイバー攻撃の一種である。今回の場合はその中でもF5アタックと呼ばれるシステムに大量の処理要求を送りつけて過剰な負荷をかけるものに近いのかもしれない。これの嫌なところは正規のリクエストと見分けが付きにくいから防ぐのが困難という点だ。

 とはいえやり方自体は原始的で粗雑、いや、粗雑で明確な指揮系統がないからこそ1つ1つをトラブルと認識してしまい、今まで攻撃と見做せなかったのだから賢いと言えば賢いのだ。

 

 シロエとそんな話をしていると緊張した面持ちのヘンリエッタといつの間にかクナイを構えたアカツキが目に入った。そういえばシロエとばかり話をしていて2人への説明を怠っていたことに気付く。

 シロエはアカツキがクナイを構えていることに気付いて手を振った。

 

「いいから、クナイはしまって」

「しかし主君」

「今回は、それの出番はなし」

 

 するとアカツキは非常に不満げにしながらスカートの中にクナイをしまい込む。

 アカツキ、君そんなところに隠し持ってたのか。

 本当の忍者のような隠し場所に私は思わず二度見してしまった。

 

 張り詰めた表情をしているヘンリエッタは、どうやら今回の攻撃のことをうすうすは察していたらしい。シロエに目配せをすれば、彼も同じことを考えていたのかヘンリエッタにある程度の事情を説明する。アキバの街が攻撃を受けていること、その手段は浸透した上での軽度撹乱工作と流言、目的は〈円卓会議〉の信用失墜。

 

「……早急に手を打ちましょう。場合によっては祭も中止しなければ」

「それはいい手ではないですね」

 

 結論を急いだヘンリエッタにシロエがそう言葉を返す。彼の言葉に同意するように私も頷いた。

 祭を中止するということは〈円卓会議〉の危機対応能力を疑わせる隙を相手に与えるということ。つまり、相手の目的が達成されることを意味するのだ。

 

「最善手は問題を最小化して切り抜けること」

「うん。ですから、祭はこのまま続ける必要があります」

「そう……ですわね」

 

 ヘンリエッタの表情は優れない。どうやら、直接目に見えない形で攻撃を受けているという事実にプレッシャーを受けているようだ。それはおそらくシロエも同じことで。私だってそのプレッシャーを感じていないわけではない。ただ他の人よりは“見えている”から対処出来ているという話に過ぎない。

 ここで相手の目的の話になるわけだが。

 

「リンセ様、先程利益独占の阻止が目下と言ってましたけど……」

「ああうん。〈円卓会議〉が〈自由都市同盟イースタル〉と条約を結んだわけだけど。その利益を独占されないためには西の〈大地人〉たちも〈円卓会議〉と条約を結ぶ必要がある。そして、その条約の条件を良くするためにこちらに落ち度を作りたいっていうのが向こうの考えだと思うけど」

 

 ヘンリエッタの言葉に応えながらシロエの顔を覗き見れば少々腑に落ちないような表情をしていた。確かにシロエの性格からしてこういった雑な計画は立てない。作戦の意図は理解は出来るけど美意識に欠けるとでも言いたいのだろう。

 

「西の、ですか……」

 

 私の言葉にヘンリエッタの表情がさらに険しくなる。そんな彼女にシロエはしばらくその情報は伏せておくように要請していた。

 

「それは構いませんけど、これからどうなさるんです?」

「それはまぁ…………戦い(やり)ますよ、そりゃ」

 

 多少の間はあったがシロエはそう宣言した。そう言ってテーブルの上にアキバの地図を広げる。そしてマップピンを取り出して攻撃を受けている箇所にマークしていく。その様子を見ながら私はある人物たちに念話をかけることにした。

 耳元で響く呼び出し音。それが切れると明るい声が聞こえてきた。

 

『はいはーい! こちらロゼッタですー』

 

 その相手は〈Colorful〉の〈施療神官〉ロゼッタだった。

 

「急にごめん。今、暇?」

『リンちゃんからの念話なら24時間365日受付中ですー。それで、今はお祭り満喫中ですけど、どうかしたんです?』

 

 お祭り満喫中、それもそうか。マキはお祭り騒ぎが好きだし、その上楽しむなら周りも巻き込むタイプだ。佐々木さんはきっとマキのお守りだろうし、夕湖も周りが祭見物に行くなら流されるタイプだ。そして、ロゼッタもみんなでワイワイしたいタイプ。彼女達が天秤祭に遊びに行かない理由はない。

 

『もしかして、何かお手伝いがほしい感じです?』

「まあ、簡単に言うとそう」

『じゃあ、今からそのお手伝いしますよ! これからリンちゃんのところに行けばいいですか?』

 

 二つ返事で応えたロゼッタに、いいの? と聞くともちろんと返ってきた。

 

『リンちゃんが頼ってきてくれたの、もしかしたら初めてですよ? お手伝いしない理由はないですねー』

 

 そう言うロゼッタの声はとても嬉しそうだ。その様子に照れくさくなりながらもありがとうと感謝を告げると同時に私の現在地を伝える。すると、みんなを連れて行きますねーとロゼッタは言って念話を切った。みんな、ということはいつもの面子でいるのだろう。もう1人念話をかけよう思っていた人物がいたけれど手間が省けてよかった。

 

「クロ?」

 

 私の念話が終了するタイミングでシロエが声をかけてきた。その表情はやや硬い。

 

「何?」

「念話、何かあったの?」

「ああ、違う違う。シロくんが戦う(やる)って言ったからさ。アクセス遮断(入場制限)は出来ないからサーバー強化(人員投入)するしかないと思って」

 

 ちょっと手伝ってくれそうな人に声をかけたんだと言ったところで、バタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。

 

「リンちゃーん! わあ、すっごく可愛いですー!」

 

 次いで聞こえてきた声は先程念話で聞いたばかりのものだ。名前の後に付け加えられた言葉にはあえて反応はしない。それより、思ったよりも到着が早い。彼女も女の子だし元々この展示即売会に来る予定で近くまで来ていたのだろうか。

 人混みをかき分けてやってきたのは想定通りの人物たちと想定していなかった集団だった。集団の先頭でこちらに手を振っているのは間違いなく私が呼んだ人物であるロゼッタだ。そして彼女と一緒にマキや佐々木さん、夕湖も一緒にいる。ロゼッタはみんなを連れて行くと言っていたからここまでは理解できる。けれど、それ以外にも〈Colorful〉のギルドタグを付けた面々だったり、はたまた別のギルドタグを付けた〈冒険者〉も揃っている。総勢10と少し。

 どういうことだと首を傾げる。シロエやアカツキ、ヘンリエッタも虚を突かれたような表情をしていた。

 

「ロゼッタ……これ、どういう状況?」

「ん? さっきまで一緒にお祭り見て回ってたお友達ですよ。リンちゃんのお手伝いに行くなら一緒に行くってついてきてくれたんです!」

 

 状況は分かったけれど、せっかく祭を見て回っていた友達まで引き連れてこなくてよかったんだが。その思いを込めてロゼッタを見つめれば、人が多いほうがいいと思ったのでとニコニコ笑顔である。

 まあ、ロゼッタが他人に強要するとは思えないし自発的に来てくれたのだろう。

 そう考えて使えるものは使わせてもらうことにした。

 

「それで手伝ってほしいことなんだけど、一言で言うなら祭の警備に当たってほしいんだ」

 

 私の言葉に大体のメンバーは、まあこの混雑だしね、といった様子で頷く。けれど、その中でロゼッタと夕湖だけは神妙な顔で互いを見合っていた。

 

「もしかしてリンセ様……主催者側の事務処理が停滞してることに関係があるのですか?」

「それ、私も思った! それに、なんだかお祭りの中にクレーマーさんが多い気がしてたんですー」

 

 私は2人の言葉に頷く。

 

「さすがマネージャーに支店長、鼻が効くね」

 

 それは2人のリアルでの役職である。人材管理や調整など、拠点の管理者としてはおそらくこの場にいる誰よりも経験があるプロだと言っていい。私は経験のある2人に今回攻撃を受けている部分の調整と管理の梃入れをしてもらおうと考えたのだ。

 

「お祭り見て回ってるときにあまりにも気になったから、夕湖ちゃんと一緒に何件か処理してきたんですけどー」

「君たちが神か」

 

 すでに行動を起こしていたらしい2人に思わずそう呟く。すると、ロゼッタはえっへんと自慢気に胸を張り、夕湖は小さく笑みを浮かべた。そんな2人に詳しい状況を説明するべくシロエがさっきまでマークをしていた地図に視線を移した。

 現時点で相手が攻撃を集中させている場所は〈生産系ギルド連絡会〉が何らかの事務処理をしているポイント、街の入り口に倉庫設備、それから展示即売会などの市の巡回調査などだ。さらに〈冒険者〉や〈大地人〉が交流するポイントも攻撃を受けているだろう。

 個々の能力を鑑みてロゼッタには交流ポイントの方へ、〈生産系ギルド連絡会〉には夕湖の方に手伝ってもらうことにした。他の面々は2人がやりやすいように分配してもらって、私はロゼッタとは別の方面から事前の対処に回ろうか。

 それらを指示すればみんな一様に了解だと頷いてくれる。

 

「それじゃ、解散。各自所定の場所に行って作業にかかって」

 

 私がパンと手を打ち鳴らすとそれを合図に彼女たちは行ってきまーすと元気よく駆け出していった。それを見送って私も行動しようとすると何やら3方向から痛い視線が向けられていることに気付く。

 

「えーっと、まずかったかな」

 

 3つの視線の中で一番近い位置からザクザクと刺してくる人物に問いかける。

 

「いや、助かるけど……」

 

 そう言ってシロエはこっちまで力が抜けそうなため息を吐いた。それはどういうため息なんだと視線で訴えると、シロエは若干呆れたような視線を向けてきた。

 

「クロの人脈、改めてすごいなって思って」

「はぁ?」

 

 私の交友関係なんて広く浅くで上澄み程度の薄っぺらいものなんですけど、と突っ込もうと思ったがその前にどこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「あれ。シロ先輩にリン先輩じゃないですか。〈三日月同盟〉のブースにいたんですね」

 

 その声にシロエと同時に振り向けば、そこには〈西風の旅団〉のギルドマスターで私たちの旧知であるソウジロウがいた。その周囲には彼には付きものの取り巻きの女の子たちがいる。黄色い声を上げている女の子たちを見て相変わらずのハーレム体質なんだなぁと半目になってしまった。

 

「あ、そうだそうだ。シロ先輩に教えてもらったケーキショップに行ったんですよ。もう、すごいサービスでしたよっ! ホールケーキで16個も出してくれたんです」

 

 ちょっと食べきれなかったので、と話し続けるソウジロウ。そのケーキショップに思い当たるものがあって隣にいるシロエを見れば、彼はへたり込みそうになっていた。

 

「シロくん、教えたの?」

「……うん」

 

 色々思惑があったんだろうけど完全に無に帰したんだろうな。シロエの様子から私はそう判断した。

 なおも続くソウジロウの話にシロエは完全に脱力してしまったらしい。けれど、へなへなになりながらもソウジロウに近付き、その肩に手を置いた。

 

「どうしたんですか? シロ先輩」

「いや、いいところに来てくれた。ソウジロウ。君向きの案件があるんだよ」

 

 どうやらこの腹ぐろ参謀は彼の無意識を利用して事をおさめようと考えたらしい。

 

  *

 

 あれからすぐに私たちは展示会大ホールの入り口近くに急拵えの対策本部を設置した。そこにはシロエを残して私も見回りに出ようとしたのだがシロエに止められたのである。なにゆえと思い首を傾げれば、ロゼッタたちの方の動向も把握しておきたいとのこと。この場で彼女たちと連絡が取れてかつシロエたちの方とも連携が取れるとしたら私ぐらいだから、と。言っていることは理解できるので、渋々残ることにした。

 ロゼッタたちの報告を聞きつつ、マップやメモに記録を残してある程度の傾向を分析していく。そして、シロエの方の報告を聞きつつマッピングを駆使して次に問題が起きそうな場所にピンを立ててロゼッタたちに指示を出し、それをシロエに報告し返して結果をまとめる。

 ほぼ機械的に進めているが、正直言って大規模戦闘戦と同じくらいの処理量だ。

 

「クロ、そっちは今どんな感じ?」

 

 そう聞いてきたシロエは、現在彼自身が口八丁で丸め込んだソウジロウ親衛隊の面々に指示を出しているところだ。そんな彼の問いに私は今思っていることを素直に言ってみた。

 

「PCとディスプレイ2枚ほしいな」

「それはさすがに用意できないな……ってそうじゃなくて」

「今の所対処できないトラブルは起きてないって。そっちは?」

「まあ、順調かな……予想以上に」

 

 声色からでも分かるシロエの複雑な心境に乾いた笑いすら起きなかった。

 頼む、3分でいいから脳を休ませる時間をくれ。

 随時シロエに報告したりロゼッタたちからの念話を受けることを考えると完全に集中し切るわけにはいかないし、けれど、その状態で集中しているときと同じパフォーマンスを要求されている状態なのだ。そんなわけで精神的にも肉体的にもキリキリとエネルギーが削られていっている。

 なんだか〈円卓会議〉設立前の案件を思い出す仕事量に思わず小さな声で滅びろと唱えていた。

 

 そんな感じで恨み言を吐きながら情報を整理しているとまた新たにソウジロウ親衛隊のメンバーがやってきたようだった。そちらの対処は立案者のシロエに任せて私は自分の作業に集中する。

 夕湖の報告では〈生産系ギルド連絡会〉の事務処理は後ろに情報整理を行なうミノリを配置して〈第8商店街〉のギルドマスターであるカラシンと夕湖が協力体制を取って内部での問題処理を、佐々木さんは数人と一緒に倉庫受付の対応に回ってくれたらしく徐々に通常の流れに戻りつつあるとのこと。ロゼッタはマキやその他残りのメンバーを引き連れて、〈冒険者〉と〈大地人〉の交流するポイントで警備をしているソウジロウ親衛隊や〈記録の地平線〉の面々とコンタクトを取りつつ場の安定を目標に揉め事に対応しているという。さらに、天秤祭本部の方が流れを取り戻しつつあることで〈D.D.D〉や〈黒剣騎士団〉の方の警邏も徐々に余裕が生まれつつあるようだった。

 それらの情報を脳内でまとめてマッピングから次の流れを計算し、ロゼッタとマキには次の行き先を指示、夕湖と佐々木さんにはその場で対応を続けるように指示を出した。

 

 そろそろ親玉が動いて瞬殺されてくれないかなーなどと考え始めたとき、アカツキが声をかけてきた。彼女の声にシロエが応える。

 

「どした?」

「ステージの約束はどうするんだ?」

 

 アカツキの言葉に、そういえばステージモデルも頼まれていたんだっけと思い出す。私は出来ればこのまますっぽかしたいのだが。

 シロエはどうするんだろうと見てみれば、何やら腹黒い笑みを浮かべていた。

 

「あー。アカツキ? ヘンリエッタさんに衣装用意してもらって。付近のギルドにも声をかけて、全身コーディネートをどうにかしろっていっておいて。鼻血もののやつな」

 

 シロエの発言に誰が犠牲になるやらと内心でとぼける。アカツキなんかは目を点にして不思議そうに首を傾げていた。そんな私たちを気にせず、シロエは親衛隊のメンバーに不敵な表情で指示を飛ばす。

 

「市中の警邏に出かけるっ! 面倒をかけるがよろしくお願いしたいっ。今日の任務終了後、おいしい食事をおごろう。ソウジロウに可憐なところを見せてやってほしいっ」

 

 色々察してしまって思わずため息を吐く。そして、被害者に対して心の中で合掌した。しかし、その直後彼の言葉に自身も間接的に巻き込まれたことを知る。

 

「それから、何かしら問題が発生しそうならばクロ……じゃなくてここにいる(シャオ)燐森(リンセン)に報告してほしい」

「おい、くそ眼鏡」

 

 まさかの飛び火に思わずそう口にしていた。シロエにガンを飛ばすと彼はジェスチャーでお願いと言ってくる。確かにこの場において一番情報を把握しているのは私だろうし、シロエは向こうに行ったらこっちの状況を把握して指示している暇はないだろう。だからこう言ってくるのは理解できるけど、面倒なものは面倒である。

 けれど、仕方ない。適材適所だ。

 私はシロエに対して追い払うように手を振ると、彼の代わりに親衛隊の女の子たちに指示を出し始めた。

 

  *

 

 それから私が対応に追われている間に相手の親玉は“腹ぐろ眼鏡”参謀の策によってアキバの街から撤退していったらしい。それは、マルヴェス卿という〈神聖皇国ウェストランデ〉の重鎮たる大貴族にして商人である人物だったらしい。

 彼は、〈自由都市同盟イースタル〉のトップであるセルジアット=コーウェンの孫娘であり、現在「〈自由都市同盟イースタル〉に無断で〈冒険者〉に援軍を求めにいった独断に対する謹慎」という体でアキバの街に滞在しているレイネシア姫のミスを偽装し、そこを落ち度として指摘して穴を作る予定だったのだろう。しかし、それがシロエたちアキバの街の〈冒険者〉に邪魔をされて失敗に終わったという。その報告を受けてから格段にトラブルが減った。つまり、私たちはどうにか西の攻撃からアキバの街を防衛することに成功したと言っていいだろう。

 

「あ゛ー……」

 

 トラブルが減ったことで仕事が減った私は、ようやく報告の合間に休憩を取ることが出来るようになった。あとはシロエが帰ってきたらお役目を引き継ぐだけである。

 椅子の背もたれに体重をかけてぼんやりと天を見ていれば、シロエが近づいてくる気配がした。

 

「お疲れ様、クロ」

「おかえりー……」

 

 視界を遮るようにしてシロエが覗き込んでくる。そこでようやく私は背もたれから身体を起こした。私が大きく伸びをする横に移動してきたシロエが苦笑している。てっきり私の疲れっぷりに苦笑しているのかと思ったが、その表情に申し訳無さが混ざっているのを感じ取った私はまさかと顔を引き攣らせる。

 

「疲れてるところすごく申し訳ないんだけど……」

「いやいや、私頑張ったじゃん」

「そうなんだけどさ、こればっかりは僕じゃ止められなくて……」

 

 サァーと顔面が青ざめていくのが分かる。せっかくここで頑張ってすっぽかそうと思っていたのに。そんなことを考えている私のことなんて知らんと言わんばかりに、太陽の花のような明るい声が聞こえてきた。

 

「リンセやん! そろそろ準備するでー!」

 

 それはマリエールの声だ。準備というのはおそらくファッションショーの話だろう。非常に申し訳無さそうにしているシロエに言葉が出ない。口を金魚のようにパクパクとさせるしかない私を捕まえたマリエールは、そのまま抵抗すら出来ずに呆然としている私を引っ張って〈三日月同盟〉のブースへと戻っていく。ずるずるずるとある程度引き摺られたところで私は苦笑で見送っているシロエに向かって叫んだ。

 

「後で絶対にお前の眼鏡指紋でベタベタにしてやるからなぁ!」

 

 そうして私はファッションショーの準備に取り掛かることになった。

 

 日中とは別の服の、エスニック系のポンチョに白のアンダーシャツとスキニーパンツに着替えさせられ、髪型も大いにいじられる。なんとか化粧をする権利だけは勝ち取ったので顔の傷跡を見られることはなさそうだ。

 そうして現在。私は他のモデルたちとともにファッションショーの会場となる広場にやってきていた。そこにはアカツキを始めとした〈記録の地平線〉の大多数も揃っている。

 未だに私の髪の毛をいじって調整しているヘンリエッタが不意に言った。

 

「そういえばリンセ様、展示即売会の会場で綺麗な西洋風のお辞儀をしてらっしゃいましたね」

「あー……」

 

 きっとあそこで商人の相手をしていたときのことをヘンリエッタは言っているのだろう。見られていたのかと私はやや苦い顔になる。不思議そうにするヘンリエッタに私は肩を竦める。

 

「……昔取った杵柄ってやつだね」

「あら、そうなんですか」

 

 彼女も何となく聞いてみただけなのだろう。それ以上の追及はなく、やがて私の髪型はヘンリエッタの納得のいく形になったようだ。前髪は編み込まれて後ろの髪はアシンメトリーにまとめられているらしい。そして小物類を着けて悲しいことに準備は万端となってしまった。

 

「はぁ……」

「大丈夫ですよ、リンセ様。似合ってますから」

 

 ヘンリエッタはそう言うが、不安からくるため息ではないんだよな。出来れば今すぐこの場からの逃走を図りたい。

 そうこうしているうちにマリエールがファッションショーの会場へと向かっていく。どうやら開始時間になったらしい。ここまできたら覚悟を決めるしかない。私は大きく息を吸い込んでゆっくりと吐き出す。そして、ファッションショーの舞台に向かって足を踏み出した。


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