直継にとって
直継は彼女に初めて出会ったのは〈
ある日、突然にゃん太が彼女を〈放蕩者の茶会〉に連れてきたのだ。
「あれ、班長? その子、どうしたんですか?」
偶然そこにいたメンバーがそう言うと周りもその存在に気付いた。
にゃん太の左脇には見覚えのない和装の少女、白い髪を一つ縛りにした女性アバターがいた。
「彼女は小燐森ですにゃ。とても腕のいい〈
彼いわく、メンバーに誘ってみたところ面白そうだとか言うので連れてきたのだそうだ。
「小燐森です。どうも」
第一印象はあまり良くなかった。態度が悪いというわけではないのだが、なんというか、やる気が感じられないといったところだろうか。とりあえず直継の彼女に対する印象はそれほど良くなかった。
彼女が自己紹介ともいえない簡素な挨拶をした直後、シロエがやって来た。直継が彼に挨拶しようとするとその前に彼は真っ先に少女に声をかけた。
「クロ? どうしてここに?」
「にゃん太さんにここのこと聞いて、面白そうだから連れてきてもらったの」
「おや、シロエちは彼女のことをご存知なのですかにゃ?」
「はい」
彼女に会ったシロエはいつもより明るかったように直継には感じられた。その違いに直継は、おっと、もしや? となった。
「シロ、その子、えーっと、燐森ちゃん? とどういう関係なんだよ? 彼女か?」
「そんなんじゃないって。彼女は、えーっと……」
そう言い淀んでシロエは彼女に話しかける。特に何かをしようとしていたわけではない彼女はシロエの呼びかけに応えて言ってもいいよと言った。
「そっか。あのね、彼女は僕のリアルの後輩なんだよ」
シロエは友人を紹介するように言った。
「ちょっとやる気が見えないけどやるべきことはきちんとやるし、結構頼りになる子だよ」
僕よりプレイヤー歴が長いしね、とシロエが明るく言う。そうか、と思いながら直継はシロエの話を聞いていた。
そのとき、直継は急に彼女に声をかけられる。
「すいません」
「おっ、どうした?」
「今、自己紹介してまわってるんですけど」
実に平坦な声が直継に要件を告げる。
「そうか。俺は直継っ! よろしくなっ!」
「直継さんですね。先ほどもご挨拶しましたが、小燐森です。みんなリンセって呼ぶんでリンセって呼んでください」
抑揚のない声で自己紹介したリンセに直継は内心掴み所がないなと思った。けれど、それはリンセを拒絶する理由にはなり得ず。
「おうっ。俺のことは直継でいいぜ。あと敬語もナシなっ。仲良くやろうぜっ!」
「そう。じゃあよろしく、直継」
そうして、直継はリンセに出会ったのである。
*
――そんな出会いから1ヶ月。
直継は度々リンセとパーティーを組んでフィールドに出掛けた。回数で見れば多いとはいえない回数。しかしその数回のパーティーで直継は早くも彼女の異質さに気付く。
その日はシロエを含め、3人のパーティーで行動していた。
「クロ、次はどのくらい?」
「4」
シロエとリンセの主語のない会話。最初のうちは主語を入れろよと思っていた直継も次第にその会話に慣れていく。
「はいよっ、4体な」
普通の会話をしているように見えるが実はマップ上に敵のマークはない。だがリンセが来ると言えば来るのだ。たとえマップ上にマークがなくても。
そんな会話をした少し後、マップに敵のマークが出現する。数は4。
「よしっ、いくかっ!」
フォーメーションはいつもどおり。前衛で直継が敵を引きつけ撃破。その援護をシロエが行い、リンセが補助をする。
いつもどおりの戦闘を行いながら直継は思う。
リンセはどうしてマップ上に出てもいない敵の数がわかるんかねぇ。
そう、常に彼女の敵の数の予測はドンピシャなのだ。マップに出ていない敵の数なのにだ。完全に把握していると言ってもいい。それくらいの的中率だった。なんでわかるのか不思議に思って彼女に疑問をぶつけてみたが、返ってきたのは「ただの勘」だった。
ただの勘にしても当たりすぎだろ、と直継は思う。
「直継、追加で3」
「え?」
「聞こえなかった? 追加で3体来るよ」
「おう、了解した」
また、だ。またマップに出ていないのに敵の数を叩き出す。一体どうやっているんだ。
直継は首をかしげながらも、とりあえず今は敵を倒すかと頭を切り替えた。
*
「今日は結構やったな」
「そうだね」
「もうねむい」
探索を終えて3人は〈
「じゃあ、私はこの辺で今日は上がるよ。お疲れっしたー」
「お疲れ様」
「おう、お疲れっ」
そう言ってリンセが一足先にログアウトした。残されたのはシロエと直継だ。
そういえば、シロはリアルでリンセの先輩だったよな。
唐突に直継はその事実を思い出す。そして、シロエに聞けばリンセのあの勘の良さの秘密がわかるかもしれないと思った。
思い立ったが吉日。直継はすぐにシロエに尋ねた。
「シロ、ちょっといいか?」
「ん? どうかした? 直継」
「あのよー、リンセってなんであんなに勘がいいんだ? なんか秘密でもあったりするのか?」
「秘密?」
ちょっと驚いたようなシロエの声。そして、すこし間が空いたあと笑いを耐えるような声が聞こえてきた。
「秘密、秘密かぁ。あったら僕もとっくに聞いてるよ」
「はい?」
「クロのあの勘の良さはなんの種も仕掛けもないんだよ」
いつだって、どんな状況だって、デスクトップに情報が流れてくる前に予測する勘の良さ。シロエは種も仕掛けも無いと言った。
「本当にないのか? なんかこう、周りのやつらがここでどのくらいの数のモンスターに遭遇したとかの情報を集めてたとかさー」
「ないみたいだよ。それにクロの勘の良さは〈エルダー・テイル〉に限ったことじゃないから」
つまり日常生活でもその勘の良さを働かせてるってことか? と直継は信じられない思いになる。
「あの子の勘は95パーセントくらいの確率で当たるよ。僕も最初は疑ってたけど彼女の勘の良さは本物だよ」
「ほえー、そんだけ当たればすげぇもんだな」
「本当だよね」
シロエは可笑しそうに笑っている。しかし、直継は画面の向こう側で何とも言えない顔だった。
勘の良さは本物だって言うが、それにしてもあの勘の良さはちょっと異常じゃないか?
そんなことを思った直継だったが、彼女の勘にさらに驚かされることになるとはこのときは微塵も思っていなかったのである。
〈
――彼女の勘の良さは予言に匹敵するほどの的中率。
――まさに、“予言者”だよな。