Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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彼が彼女を呼ぶ理由


extra 3

 ススキノからアキバへの帰還途中のときの夕食の時間。僕たちは他愛ない話で盛り上がっていた。ふとアカツキがこんな話題を出してきた。

 

「主君、前々から不思議に思っていたのだが」

「なに?」

「なぜ主君は、リンセ殿のことをクロと呼ぶのだ?」

「呼び間違えたからだよ」

 

 答えたのは僕じゃなく、呼ばれている本人だ。

 

「ゲーム内で初めて会ったとき、シロくんが呼び間違えたんだよ」

「呼び間違えた?」

 

 首を傾げるアカツキに苦い思い出が甦る。

 あれは、まだ僕が〈エルダー・テイル〉を始めた頃だった。

 

  ※

 

 初めてのゲーム、しかもオンライン。どんなものにも限らず、はじめはわくわくするものだ。自分のキャラをどう育てよう。どんな装備を持とう。そんなことを考えながらプレイしているときに、僕はそのプレイヤーに出会った。

 

 白い長髪に巫女装束。そんな真っ白な中に朱が映えるアバターのプレイヤーは、ちょうど僕が行きたいと思っていたダンジョンの近くにいた。向こうも僕のアバターが近くにいることに気付いたのか、こちらにチャットを飛ばしてきた。

 

『どうも、はじめまして。もしかして、この近くのダンジョンに行く方ですか?』

『そうです。これから行こうと思ってて』

『そうですか。もしよかったら、一緒に行きませんか?』

 

 突然のお誘いに、タイピングの手が止まった。僕が一緒にいっても大丈夫なのか、と。そんなことを考えていると、続いてチャットが飛んできた。

 

『もしかして、都合悪いですか?』

『そうではなくて、自分が一緒に行っても大丈夫ですか?』

『全然構いませんよ』

『なら、お願いします』

『ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします』

 

 そうして、僕と相手のプレイヤーは一緒にダンジョンに行くことになったのだ。

 その後、もし大丈夫ならボイスチャットに切り替えても構わないかと提案されたので、それを了承してチャットを切り替えた。

 一体どんな人なんだろう、と不安半分に期待半分でいると、自分のヘッドセットから僅かに物音が聞こえた。そして、息を吸う音。

 

『こんにちは』

 

 聞こえてきた声に心臓が激しく鼓動を打ち鳴らす。

 ヘッドセット越しで現実で聞くよりだいぶ違う音質、けれど聞き覚えのある声だった。

 

 ――一緒に遊ぼう!

 

 幼かった日にそんな言葉と共に差し出された手、それが僕には大きく見えた。

 

「……クロ?」

 

 揺れる黒髪と同系色の瞳、日本人にしては色素が薄い方に入る肌。あの日、一人だった自分に手を差し伸べてくれた女の子の名前を思わず呟いていた。

 

『え?』

 

 ヘッドセット越しの呟きに、我に返った。いま自分は何を言ったのか。

 

「あ、いやっ……何でもないですっ」

 

 すいません、と慌てて謝罪すると驚きの言葉が返ってきた。

 

『もしかして……城鐘恵? シロくんですか?』

 

 それは、自分のフルネームと彼女が自分につけた愛称だった。

 

「え、本当にクロなの?」

『あ、はい。黒沢(くろさわ)羽依(うい)、ですけど』

 

 黒沢羽依、正真正銘彼女だった。

 まさか、こんな偶然があるなんて。あまりゲームをするような印象のなかった彼女がゲームをしていることに驚きを感じたが、それよりも、全世界で運営されているオンラインゲームで知り合いに意図せずして出会うなんて。

 

『いやー、こんな偶然あるんだね。びっくりだよ』

「僕も驚いた。クロ……じゃなくて、えっと、プレイヤー名は何て読むの?」

 

 小燐森と表示されているが、どう読むのか。普通に漢字の読みを当ててみるが、どうにもしっくりくるものがない。ゲーム内でクロとリアルのあだ名で呼び続けるのもあまりよくないだろうと、そう聞いてみた。

 

『ああ、シャオリンセンって読むの。中国語読みでね。でも、大抵の人はリンセって呼ぶからそれでいいよ』

 

 そういうシロくんは実に分かりやすい名前だね、と彼女は笑う。

 

『シロエだからシロくんって呼び続けても大丈夫かな? それとも、ちゃんとシロエって呼んだ方がいい?』

「どっちでも好きな方でいいよ」

『じゃあ、シロくんで!』

 

 自己紹介も終わったし、いざ出発! そう言って、アバターをダッシュさせてダンジョンに向かうクロ、否リンセさんを追って、僕もダンジョンに潜り込んだ。

 

  ※

 

「そこまではよかったんだけどね……」

 

 僕達はそのときのプレイを思い出して、片や苦笑い、片や笑いを堪えきれていなかった。

 

「ダンジョン攻略中の会話で、シロくんの呼び方が、まあ安定しない安定しないっ。プレイヤー名で呼べば『リンセ、さん』ってぎこちなくなるし、気を抜けばクロ呼びになって慌てて謝るしで戦闘中にも関わらず大爆笑で危うく死にかけたよっ」

 

 そんなに笑うな、とクロを睨み付ける。

 しかし、事実、ダンジョン攻略中に僕がクロのことを呼ぶたびに彼女は必死に笑いを堪えていた。

 でも、仕方ないじゃないか、心の中で反論する。もう何年も呼び続けているあだ名なのだ。急に呼び方を変えろと言われても難しい。しかも、プレイヤー名を覚える前にクロとして認識してしまったのだし。

 

「まあ、そんなわけで私の腹筋が崩壊するからいつもの呼び方でいいよってことになったんだよ」

 

 クロはそう言ってにっこりと笑った。

 それにしても。

 

「……クロ、何してるの?」

「何って……」

 

 昔話をしている間、クロはなぜか班長の顎の下をわしゃわしゃと弄っていた。

 

「ご隠居の顎をもふもふしてるんだけど」

「いや、何で?」

「何でって……」

 

 ねえ? とクロが班長に問いかければ、班長は、にゃぁ、と返した。

 

「再会できたら触らせる、という約束だったのですにゃぁ」

「そゆこと」

 

 触り心地最高、とうっとりした様子でクロは班長の顎を触り続けている。班長も止める様子はなく、気が済むまで触らせる気でいるようだ。

 

「そういえば、クロはもしかしてススキノに班長がいたこと知ってたの?」

「ああ、うん。知ってたよ。というか、〈大災害〉後に最初に連絡とったの、ご隠居だし」

「え、そうだったの?」

「うん」

 

 情報交換のためにね、とクロは言う。

 〈大災害〉直後、メニューが開けるのなら念話が出来るはずと思ったクロは、フレンド・リストを開いてログイン状況を確認したらしい。そのときに、珍しくログインしていた班長の名前が見えて、連絡を取ったのだそうだ。

 

「それなら、最初から言ってくれればよかったじゃねーか、リンセ」

「黙ってた方がわくわくが増えて面白いかなって」

 

 そう笑うクロに、直継と二人でため息をついた。〈大災害〉後のあの状況で楽しみという意味合いで知り合いの情報を秘匿するとは、流石としか言いようがない。

 

「まあ、期を見て報告する気ではいたよ。というか、それ以前にフレンド・リストを確認していれば分かるだろうと思ったんだけど」

 

 言っていることはわかるけど、まさか知り合いがセララさんを匿っているとは思うまい。

 

「ま、世間は案外狭いって話だよ。シロくん」

 

 こうして会えたのだから結果オーライだよ、とサムズアップを決めたクロに、もう一度だけため息をついた。

 

 

〈白と黒と愛称と〉

 

 

 ――初めてつけられた愛称。

 ――僕がそれを捨てる日は、きっと来ないのだろう。


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