Log Horizon 〈星詠みの黒猫〉   作:酒谷

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chapter 3

 そんなこんなで、少しずつこの世界に慣れていったわけだけど。

 ちらりと横目でシロエを見る。彼はまたため息をついた。

 

「シロくん」

「どうかした、クロ?」

「憂鬱になるのも分かるけど、あんまり考えすぎると本当に精神病んでくるから気をつけなよ」

「う、うん……。分かってはいるんだけどね……」

 

 そういって彼は肩をすくめる。

 シロエのその性格は、よく言えば思慮深い、悪く言えば考えすぎ。別に物事は慎重に進めるに越したことはないけど、それは精神を蝕んでいくこともあるのだ。

 

「シロくんに言ってもあまり効果はないんだろうけど、少しは楽観的になってみない?」

「あはは……」

 

 自分なりの精一杯のアドバイスだったが、やっぱり彼には難しいようだ。苦笑いしか返ってこない。それには私も苦笑いしか出てこない。

 

「なんか、ごめん」

「謝らないでよ、気持ち悪い」

 

 彼の謝罪を一蹴すると、彼の右目の目元がぴくりと動いた。その後、どんどん眉間に皺が寄っていく。

 どうやら、イラつかせてしまったらしい。

 

「ごめん、気持ち悪いは言い過ぎた」

「別に、いいけど」

 

 昔、彼を本気で怒らせたことがあるので、ここは素直に謝っておくことにした。

 そんなやりとりをしていると、直継とアカツキの荷物の整理が終わったらしい。

 それを確認すると、シロエが「帰ろうか」と声をかけてきた。私はそれに頷く。

もう夕暮れだし、今日はこのへんで引き上げても良いだろう。

 シロエの意見に、直継とアカツキも同意した。

 

 さっきまで戦っていた〈人喰い草〉と〈刺茨イタチ〉の骸は、少しもしないうちに光の粒になって消える。

 その2体のレベルは48と52でここの世界に生息しているモンスターの中ではなかなかレベルが高い部類に入るが、私たちと比べると40も低い。当然、経験値なんてもらえない。

 ここ何日かで、この世界と〈エルダー・テイル〉の共通点が見えてきた。

 おそらく経験値が入るのは私たちより5レベル下のモンスターだろう。1体くらいなら相手にできるかもしれないが、集団では勝ち目はないと思う。

 

 そんなことを考えながら直継のステータスを確認する。ポーションを飲んだからか、HPは大丈夫そうだ。

 実体験だが、モンスターからダメージを受けるときの痛みは、現実世界より随分緩和されている。といっても、さすがにHPを大幅に削られるとちょっぴり涙目になる。

 直継は大笑いするけど、私は正直勘弁だなぁ。

 

 一応私は回復職だが、そのへんを一点特化した回復職には回復量が劣る。今の所は大丈夫だけど、今後はそうとも限らない。シロエもそう思っているのか、少し眉間に皺が寄っている。

 私がちゃんとした回復職だったら、そんなことを心配させずに済んだのにと申し訳なくなる。

 

「ごめん、シロくん」

「え? 急にどうしたの? クロらしくないね」

「いや、私がもうちょっとしっかりした回復職だったら、シロくんも悩まなかったでしょ?」

 

 図星だったのか、シロエは息を呑んだ。

 まあ、今更考えたって仕方ないことだけど。

 

「さて、二人とも待ってるから早く行こう。私、眠くなってきちゃった」

 

 シロエのローブマントを引っ張って二人のもとに向かう。

 四人で行動するようになって数日経つけど、案外相性は良かったらしい。でも、やっぱりというか、シロエがいわゆる「悩み役」だけど。私は彼の「悩んだ結果」を「確信」に変えることしかできない。

 本人も「悩み役」って分かってはいるけど、いつか心労で倒れないかが心配だ。

 

「じゃあ、撤退しようか。明かりはいる?」

 

 シロエが〈マジックライト〉の準備すると、アカツキが振り返った。

 

「いや、主君」

「アカツキさん、その主君っていうのやめようよ。シロエにしない? 仲間なんだから」

「じゃあ、わたしのことも『アカツキ』って呼び捨てにして」

 

 また始まった。

 シロエがアカツキの自分への呼び方を指摘すると、いつもこうなる。シロエが照れてるのが分かるので、それはそれは微笑ましい。

 ちなみに、私もさん付けで読んでいたが、「敬語とさん付けでなくていい」と言われたので、今では普通に話している。

 シロエもさっさと折れればいいのに。

 慌てふためいているシロエに追い討ちをかけるかのようにアカツキが一歩踏み出すもんだから、直継と顔を見合わせにやにやするしかなかった。

 

「主君」

「えーっと、なにさ。――おい直継とクロ、にやにや笑うなよっ」

 

 わー、かわいいー。

 ツッコミを入れられて、思わず吹き出してしまった。

 シロエは私をジト目で見つつも、アカツキに先を促している。

 

「帰り道は私が先行偵察に出るぞ」

「どうして?」

 

 アカツキの言葉にシロエは首を傾げたが、私はその理由がなんとなく想像がついた。多分、能力を確認しておきたいんだろう。

 幸い、この辺はさっきの2体が一番格上だっただろうから、アカツキならまず死ぬことはないと思う。

 

「多分、平気だと思うよシロくん」

「うん。でもあんまり油断しないでね。合流は、南のゲート付近で。こっちは〈マジックライト〉で照らしながら行くから、そちらから見つけてください」

「わかっている。同じゾーンにいれば、位置は分かる」

「んじゃ、またあとでなっ。ちみっこ」

「うるさい、バカ直継」

 

 相変わらずのやり取りの後、アカツキは少しの音もたてずに消えていった。

 

「おー、さすが」

「やるじゃん、ちみっこ」

「草木が揺れる音も立てなかったね」

 

 アカツキの能力に思わず拍手。

 これが、〈暗殺者〉にして〈追跡者〉か。

 アカツキを見送ったあと、シロエに〈マジックライト〉を使ってもらって、その光を頼りに森を歩き出した。

 

「アカツキって〈追跡者〉もちだったんだなぁ」

「一本筋が通ってるよね」

 

 さっき、先行偵察に出るといったときに、彼女は〈隠行術(スニーク)〉と〈無音移動(サイレントムーブ)〉と言っていた。これは、サブ職業〈追跡者〉の特技だ。

 

「そういえばさ、二人から見たら彼女どんな感じ?」

 

 私の質問に、二人は少し考える。最初に答えたのは私のちょっと斜め前にいるシロエだった。

 

「――前線での動きが軽い。集中力が高い」

「ほうほう。シロくんの中では評価は高い、と。直継は? そうだなぁ、負担とか」

「負担は――減ったな。三人でやってるときに比べて、殲滅速度が桁違いだもんよ。場合によっては、相手をしようと振り向いたときにはもう事切れている雑魚敵もいるほどだ。あれはちみっこだけど、強いちみっこだなー」

 

 直継は私とシロエの先を歩きながら答える。

 やっぱり、負担は減ったよね。私から見てもその負担の減少ははっきりわかったし。

 

「そういうクロはどう?」

「私? まあ、本職に完全に気を配れるようになったよ」

 

 彼女と一緒じゃなかった頃と比べると、周りのHP管理に気を配れるようになった。

 前までは、HP管理をしつつ直継の援護って感じだったから、あまり気を配れていなかった。

 

「大きな戦力だよねー」

「本人は姿が変わったことでリーチが短くなったとか、攻撃に重さが乗らなくなったとかいってるけど?」

「リーチについては、俺には判らないなぁ。おれはちみっこになったこと無いからもんよ。でもあの速度と身の軽さがあればリーチなんて関係ないんじゃね? あいつの飛び膝くらってみろって。まじで瞬間移動だから。気が付いたら目の前に膝あるから」

「それは遠慮願いますわー」

 

 いや、あれはマジで食らったら危ない。ほら、私紙装甲だし。

 でも、攻撃に重さが乗らなくなった、かぁ。ゲーム時代だったらそんなことシステムにないからなんてことなかっただろうけど、ここはもう現実だからありえないなんてことはないだろう。

 

「でも、そこで失われた威力なんて、シロが補助呪文でどうとでも解決できるだろ? お前ならさ」

「そーそー」

 

 直継の言葉に同意する。

 確かに〈付与術師〉は一人じゃ戦えないけど、逆に言えば、仲間がいればなんでもできる。だからこそ、私は〈付与術師〉を高く評価してる。実は。〈付与術師〉は、全ての職業の中でもっとも人格を反映する職業だから。

 そんな職業で周りに認められているのだから、シロエはもうちょっと周りをみてもいいと思うんだよね。別に、今も周りを見てないとかそういうんじゃなくて。もっと遠慮なしでやればいいと思うんだよ。まあ、でも本人が気付かなきゃ意味ないからね、こういうのって。

 私の前を歩くシロエと直継を見て小さくため息をついた。

 

 その後、アカツキと合流して私たちは隣のゾーンへと向かった。

 随分とのんびりしすぎたのか、もうとっくに日が暮れてしまっていた。

 

「もう、はやくねたーい」

「そうだな。さくさく行こうぜ。宿が恋しいや」

 

 私が欠伸を噛み締めていると、直継は先頭を切って歩き出した。彼はときどきこちらを振り返って私とシロエとアカツキを確認する。多分、体力のことを心配してんだろうな。でも、私たちだってレベル90だから、そこまで気にしなくてもいいのに。

 そのとき、私は嫌な予感がした。

 

「ゴブ襲ってこないな~」

「そりゃ、来ないだろう。こっちは90レベル四人だぞ」

「私はあの恐竜の骨をかぶってるゴブが好きだ。偉そうにしているところが滑稽で可愛い」

 

 三人が何か話しているけれど、今はそんなことどうでもいい。

 

「ああいうのが好きなのか? アカツキは」

「だいたいの所、魔術師系の敵というのは偉そうにしているくせに装甲は紙でHPは少ないのだ。それならそれで下がっていればよいものを、のこのこ前線まで出てくるゆえ狙うのは至極簡単だ。〈ハイド・シャドウ〉でこっそりと接近して首筋に小太刀をぞぶり、と突き入れる。身体の力がすとんと抜けて糸の切れた人形のように崩れ落ちるのがたまらない」

 

 うん、そうだね。確かに紙装甲だね。ってそれどころじゃない。なんだ、この感じ。モンスター、じゃないな。まさか、人?

 嫌な予感に足が止まる。

 いやいや、まさか。

 

「いや、僕ら魔術師だって、いざとなればそこそこ根性出すんだよ?」

「ん? 主君だって紙装甲だ。――いいではないか、主君は忍びであるわたしが守る」

 

 私が止まったことに気付いていないのか、彼らは先に進む。でも、それも気にしないくらい私は精神を研ぎ澄ました。

 

「ここはアキバの隣接ゾーンですから。そんなに高レベルのモンスターが出現するわけないでしょう。出現していたら新人プレイヤーは全滅しまくりですよ……ってクロ?」

 

 近づいてくる足音が聞こえた。どうやら、私が止まっていることに気付いた三人が戻ってきてくれたらしい。

 

「どうしたの、クロ?」

「リンセ?」

「リンセ殿、いきなり立ち止まって……」

「PK」

 

 アカツキの言葉を遮って私が放った一言に三人が顔色を変える。

 

「クロ、それってどういう……」

「この先に、きっといるよ。PKが」

「なんだって?」

「私の勘だと4から6人くらいかな」

 

 そう、モンスターではないのに敵意を向けられているような勘。モンスターじゃないなら、人間。それも戦闘ができるとしたらPKだ。

 

「それは勘?」

「もちろん」

 

 シロエにはっきりと答える。

 そう、これは勘。私の異常ともいえる勘によるものだ。

 私の言葉を聞いたシロエは顎に手をあててしばし考える。

 

「アカツキさん、先行をお願いします」

「ああ、分かった」

 

 シロエに指示を受けたアカツキは、先ほどと同じように音もなく消えた。それを見送って、私は二人に問いかける。

 

「ねえ、二人とも。どうしたい?」

 

 今回の相手はモンスターではない。私たちと同じ人間だ。そう簡単に決断できないだろう。モンスターを倒すのとはわけが違うんだから。

 私の言葉に、二人はしばし考える。といっても、考えてるのはシロエだけだよね。直継はPK嫌いだからぶっ飛ばしたいとか思ってるかも。

 

「行こう」

 

 覚悟を決めた目でシロエは言った。その言葉に私と直継は頷く。そして、簡単な作戦会議を開く。

 

「おそらく、向こうは不意打ちでやってくると思うの。だから、騙されたふりをしよう。多分そのほうがボロが出る。アカツキにそういう方向で念話しておいて」

「わかった」

 

 私たちは罠に嵌ったふりをするために歩を進めた。

 

  ※

 

 リンセの言葉を信じて歩みを進めている俺たち。

 俺はリンセを振り返る。その顔は暗がりのせいであまり見えないが、いつもにも増してやる気がないように見えた。

 いや、これはやる気がないんじゃないな。面倒くさいと思ってる感じだ。

 

 ――PKがいる。数は4から6。

 

 相変わらず勘がいいんだな、リンセのやつ。

 いつだってそうだった。アイツの勘は“外れたことがない”。だから多分、今回も当たってるんだろう。

 俺から見たら周りに遠慮しているシロエだが、そのシロエがリンセに対しては唯一遠慮していないように見えた。周りにはどういうふうに遠慮していて、一方リンセに対してどう遠慮していないのかと聞かれるとはっきり答えられないが、なんとなくそんな気がするのだ。

 なんつーか、リンセには何も言わなくても分かってるっていう信頼っつーか、なんていうか。

 あの二人の間には、言葉こそないがどこか別のところで繋がっているという感じがする。シロエにとってはそれはとてもいいことだけど、なんだか自分の〈守護戦士〉の役目を取り上げられているような、そんな腹立たしさを感じるのも事実だった。

 

「直継」

「ん? なんだ、リンセ」

「多分、真っ先に拘束魔法が飛んでくるから。別にかかってもかからなくてもほとんど変わらないと思うけど、少しは注意してみて」

「おう、了解した」

 

 リンセの声はいつもより感情がこもっていない。すこし苛立っているようだった。

 

「クロ」

「なに、シロくん」

「今回は本職必要?」

「必要ない。から、私はPKの後ろに回るよ」

「わかった」

 

 そう言って、リンセは盛大なため息をついた。こっちも幸せまで持っていきそうなため息だ。

 

「どうした、リンセ?」

「ねむい」

 

 リンセの目は面倒くささと眠気でいつもより半分位閉じられていた。そんな彼女に軽くデコピンをする。

 

「おいおい、戦ってる最中に寝るなよー」

「わかってるって」

 

 「あー、面倒くさい」と言っている彼女を微笑ましく思った。

 全く、頼りになりすぎる仲間だぜ。

 

  ※

 

 歩いていって「ロカの施療院」への坂までやってきた。クロの言っていた通り、いくつかの気配を感じる。

 直継とクロとアイコンタクトをとって、弾けるように四方に散った。

 直継が突っ込んでいった方からは苦鳴が聞こえる。それは明らかに人間のものだ。クロの勘を疑っていたわけではないが、実際に対面すると口中が干上がるのを感じた。

 そのとき、金属の束を引きずるような低い連続音が響く。それはクロが言っていた拘束魔法だった。それは直継目指して伸びていく。直継が完全に拘束される前にと〈ディスペル・マジック〉を唱えた。

 

「直継っ。直列のフォーメーションっ! 敵PK、人数は視認4つっ。――位置を確定するっ。――そこっ!!」

 

 それと同時に〈マインド・ボルト〉を放つ。その一線の光に照らされて闇に隠れたPKを視認できた。

 

「敵視認っ!」

 

 直継が敵を視認したことを確認すると、そのまま直継を少し下がらせる。

 

「良い度胸だな。PKだなんて。……おぱんつ不足でケダモノ直行か? 不意打ち気分で祝勝気分とは片腹痛いぜっ」

 

 いままで〈エルダー・テイル〉におけるPKは成功率の低さなどからあまり遭遇しない、流行らない行為だった。けど、それも異世界に巻き込まれたとなれば事情は違ってくる。

 この異世界における戦闘では、ミニマップは脳内メニュー内部にも存在しない。またいくら高レベルの冒険者であっても、本人が意思をしない限り無意識の回避等ということはありえない。

 そう、ありえないのだ。“普通ならば”。

 しかし、ここにはクロがいる。“預言者”などと呼ばれているクロがいるのだ。彼女に関して言えば、普通の不意打ちは不意打ちにならない。彼女の異常ともいえる勘が全て見抜くからだ。

 相手が悪かったな、と僕はPKに手の小指の爪の甘皮くらいの同情をした。

 

  ※

 

 とりあえず、四方に散ったタイミングで周りの木々に身を隠したから、相手に私の存在はバレていないだろう。

 まずは、様子見だな。

 現れた影は4つ。戦士風が一人。盗賊風が二人。回復役風が一人。

 うん、だいたい予想通り。あと残りの二人はアカツキが片付けてくれるだろう。とすると、私の仕事は回復職潰しかな。

 

「黙って荷物を置いていけば、命までは取らないぜ?」

 

 ま、そっちがその気でもこっちは完全に取る気でいるけどね。

 それよりも、シロエは大丈夫だろうか。モンスターを相手にするのとはわけが違う。相手は人間、明白な「悪意」をぶつけてくる知的生命体だ。

 

「〈守護戦士〉に魔術師か。無駄なあがきをしてみるか? こっちは四人なんだぜ?」

 

 あの、こっちも四人です、なんて言えるわけもないので言わないけど、ちょーっと甘く見過ぎてないシロエと直継のこと。

 私は、敵に気づかれないように後方にまわる。ちょうど敵さんの回復役の後ろに。

 

「……直継どうする?」

「殺す。三枚におろしてからミンチにして殺す。そもそも他人様を殺し遊ばせようって連中だ。当然他人様に殺されちゃったりする覚悟なんておむつが取れる前から決まってるんだろうさっ」

 

 相当怒ってるね、直継。でも、彼の頼もしい声でシロエも落ち着きを戻したようだね。よかった。

 

「直継はPK嫌いだもんね。……僕はお金払ってもいいんだけどさ、一度くらいなら」

 

 舐められてる。舐められてるよシロエ。彼の風貌からして荒事には慣れてなさそうに見えるけどさ。

 確かにシロエは争いごとが嫌いだよ、でもね苦手じゃないんだ。

 

「でも、あいにくお前たちには払いたくない」

「よく言ったぜ、シロ」

 

 シロエの言葉に思わず笑みが溢れる。

 さてと、そろそろ行きますか。

 私は背にある薙刀を握り締めた。

 

「第一標的左前方の戦士っ! 同時に盗賊への阻害もまかせたっ」

「そこの鎧の厚い戦士は俺達にまかせろ、お前は魔術師をさくっと殺しちまえっ!!」

 

 シロエの指示と野盗のリーダーが怒鳴り声が同時に響く。

 

 多分長髪の盗賊がシロエに向かうだろう。そこで、シロエが〈アストラル・バインド〉をかける。でも、野盗もそこそこ連携をとっているから、すぐに作戦変更するよね。そんでもって、リーダー自身がシロエに向かう。そのあと〈アンカー・ハウル〉を発動して、〈エレクトリカル・ファズ〉が飛んでくるかな。

 回復役を仕留めるなら、相手の目が眩んでるときだな。

 

 二人の声を聞いてから勘で未来を辿る。

 私の目の前では、想像と同じ光景が流れる。

 見た感じ、直継のHPが持つのは30秒。それだけあればケリがつく。

 シロエから〈エレクトリカル・ファズ〉が放たれた瞬間、私は一気に相手の回復役の背後から突っ込んだ。

 詠唱阻害効果を付与する消費アイテムを使って、寝てる相手が気付いて悲鳴を開ける前に喉を叩き潰す。死にはしないだろうけど、呪文が詠唱できないから回復もできない。

 そうしている間に、シロエの〈ソーンバインド・ホステージ〉を受けた敵が直継から一発もらっていた。

 

「落ち着け! そいつは設置型のクソ呪文だっ。解呪しろっ! ヒーラーっ!! 〈武士(サムライ)〉に回復を集中しろ! こっちは倍の数が居るんだ、負けるはずはネェっ!!」

 

 確かに〈エルダー・テイル〉の仕様において、回復役というのはかなり強力な存在だけどさ、仲間のステータスなんて気にしないで戦ってる人間に、異変なんて分からないよね。

 そのあいだにも、直継の剣は〈ソーンバインド・ホステージ〉の茨を裂いていく。

 けど、さすがにそろそろまずいかな。脇腹、ガラ空きだよ。

 仕方ないなー、と私は呪文の準備を始める。

 

「はっ! それがどうした。脇腹が留守だぜっ!」

 

 長髪の盗賊が大きなナイフを直継の脇腹に突き込もうとしていた。

 でもね、“遅い”よ。それは、届かない。

 

「ヒーラーの有無が勝敗を分けたなっ! 兄ちゃん達、あんまり舐めてるんじゃネェよっ! あはははははっ! せいぜい神殿で悔し涙でも流すがいいさっ!」

 

 長髪の盗賊は、確実に突き刺したと思った。野盗のリーダーも他の野盗も、確実にダメージを負わせたと思った。“思い込んで”いた。

 しかし、いつの間にか長髪の盗賊のナイフと直継の間には障壁が張られていた。

 ナイフと直継の間、わずか35センチメートルの間に。

 

「その戦況把握は正しいです」

「そちらさんのヒーラーが仕事してればっ。だけどなっ!!」

 

 私は、直継に障壁をかけたあと、そのまま相手の〈武士〉に向かって薙刀を振るった。吹き飛ぶでもなく血しぶきを上げるでもなく、異様に静かな幕切れ。つい一瞬前まで刀で激しい剣戟を加えていた〈武士〉の突然の有様に、野盗のリーダーの笑い声は後半を断ち切ったように途切れてしまう。

 

「ざーんねーんでーしたー」

 

 突然現れた私に、野盗たちは驚く。

 

「――な、なんだよっ。お前ら何をしやがった!? 麻痺か? おい、ヒーラーっ!! 何をやってんだ、早く回復をしろっ!!」

「鬱陶しいぞ、お前っ。綺麗な月夜に不細工な雑魚台詞をまき散らすなよっ!」

「なっ! なっ!?」

 

 その光景を眺めつつ気配に気を配る。どうやら、向こうも終わったみたいだね。さすが。

 

「クソっ! もういいっ! おい〈妖術師(ソーサラー)〉っ! 〈召喚術師(サモナー)〉っ! ここまで来れば総力戦だ、この男を消し炭にしちまえっ!」

 

 全然なってないなぁ。紙装甲でHPも少ない魔術師をほったらかしは良くないよ。

 

「おい、早くしろっ! こいつをやっちまえっ」

「駄目だなぁ」

「……詰みだ」

「その通りだ、主君」

 

 森の奥からアカツキが二人の魔術師を引きずってきて、そのままゴミを捨てるように投げ出した。

 うわ、アカツキ可愛い顔して随分と雑に扱うんだね。こわ。

 その光景に野盗のリーダーが取り乱している。

 

「な、なっ。何やってるんだよ、お前らっ!? な、なんで報告しないんだよっ!? ヒッ。ヒーラーっ!! HPの管理はしておけってあれほどいっただろうっ。お、お前まさかっ。俺達を裏切って……」

「そんなんだからお前らはダセェんだよっ」

 

 野盗の言葉に直継は堪忍袋が切れたように、その左腕の盾を叩きつけた。

 あれは相当お怒りですね、直継。

 

「仲間くらい信じた方が良いよ。そっちのヒーラーは寝てるだけ。そもそも戦闘の最初から寝ていたし」

「ちなみに詠唱阻害がついてるから回復できないよ」

 

 シロエの宣告のあとに続けて私は言う。

 それは、今仮にヒーラーが目を覚ましても詠唱が出来ないということ。いや、実際はもう目を覚ましてるんだけど、詠唱できず声も出ないから報告もしようがない。

 

「主君の呪文をバカにするのは良くない」

「っ!」

「お前達は電気の火花をすっかりバカにしていたらしいが。それだけ目の前がバチバチ明るければ、森の暗がりなんか見えるはずがない。後ろで支援しているはずのヒーラーが寝ているのにも気が付かなかったな。――お前達の連携は、穴だらけだ。戦闘に夢中でHP管理も仲間の状態確認も出来なかったお前達の伏兵なんて、簡単に暗殺できたぞ」

 

 アカツキの言葉が終わると、直継は自分の長剣を振り上げそのまま長髪に振り下ろす。

 あっけなく絶命した。

 

「お、俺達を殺したってすぐ復活だ。お前達に負けた訳じゃねぇっ」

 

 野盗のリーダーは強がってるけど、首筋に当てられたアカツキの小太刀に何もできない。

 アカツキは視線でシロエに許可を求めてる。

 確かに、このまま縛り上げるとかして拷問するのも可能だろうね。でも、シロエの性格上しない。絶対に、実行不可能だよね。

 シロエの仕方ないとでもいうような頷きを合図に、赤く濁った血が空を舞った。

 

「さて、直継、アカツキ、シロくん。さっさとアイテム回収して帰ろうか。私、もう寝たいや」

 

 晴れない表情の三人に向かって私は気を取り直すように笑った。

 三人はまだ少し暗い顔をしていたけれど、私の意見に頷いてくれた。

 

  ※

 

「治安悪くなってるっていう話は本当だなー」

 

 アイテム回収をしている直継にヒールをかけていると、直継が言った。シロエはその言葉に肩をすくめた。その様子を見て、シロエからしたら楽勝というわけでもなかったらしい。

 

「シロくん、今回は辛勝だったと思う?」

「あぁ、うん。多少はね。確かに、こちらにもヒーラーがいるからそう簡単に直継が落とされるとは思わなかったけど、向こうが過信してくれてなかったらちょっと危なかったかもね」

「ふーん」

 

 まあ、相手の過信がこちらの勝利に繋がっていたのは確かだ。

 

「クロはどう思ってたの?」

「私からしたら、勝ち確の勝負だったんだけど」

 

 確かに、相手は6人でほとんどがかなり高レベルで直継のHPは半分くらい削られた。でも、それは私がヒールを使っていなかったからであり、使わなくても直継のHPはもつと判断したからだ。それに、最初から人数はあらかた割れていたし、私たち四人とも奥の手は隠していた。それを切り札として使用するには冷静さが必要だが、それは私たちの連携で何とでもなる。

 

「そっか、クロは確信してたんだ」

「うん。不意打ちにかかったふりをすれば、過信とかボロを出してくれると思ったからね」

 

 そのへん、直継はきちんと役目を果たしてくれた。私には、その瞬間から勝ちが見えていたのだ。

 シロエとそう話している間に、アカツキと直継はアイテム回収を終えたみたいだ。

 

「他にもPK達が潜んでいるかな」

「それはないんじゃないかな」

 

 アカツキが言った言葉に返答したシロエに同意する。

 ここよりアキバに近づけば、アキバの街に逃げ込まれる可能性がある。それはPKにとって非常に不利益だ。襲い損になりかねない。

 それにしても、物騒になったなと思う。

 直継は「治安が悪くなった」なんて表現しているけど、それは若干、いや全くといっていいほど前提が違う。

 治安、治安なんて言っているけど、もとよりこの世界に法なんて存在しない。それに加え、死んでも復活するなんていう命の概念が軽くなる情報が流れてしまっているのだ。ストレスや苦痛、そういったものから逃げるため、または何もすることがないため、PK――人を殺す行為が横行し始めたんだろう。

 いずれにしても、カッコ悪い。それに面倒くさい。

 

「〈ドレッド・パック〉ねぇ……。何かこう、ありきたりな名前だ」

「それは仕方がない。PKなんてするギルドにセンスを求める方が贅沢だ」

「私もそんな噂は聞いている」

「聞いた話だと他にも〈たいだるくらん〉とか〈ブルーインパクト〉だとか〈カノッサ〉とかがPKやってるっていう話だよね」

「なんだかなぁ。そりゃさー。色々てんぱってるのは判るよ。判るけどさ。……なんつぅかなぁ、他にやることあるんじゃねぇかな」

「たとえば?」

「おぱんつについて語るとかさぁ」

 

 直継の発言に私はため息をついた。アカツキなんか、二歩引いている。

 

「二歩退かれた……。二歩だぜ……?」

 

 落ち込む直継をシロエと励ましつつ、直継のおぱんつ講義を聞き流す。

 それにしても、他にやることか。

 

「ないから、PKとかに走るんだろうけど」

「そうだね。命を繋ぐだけなら安い食事があるし、衣服についても同じ。寝床だって、快適さや安全面を気にしなければどうにでもなる」

 

 生存競争をしなくちゃならないわけでもないから、生きる目的がない。それが「他にやること」がない状況に繋がっているわけだ。

 

「生きる目的? 他にやること? んなもん、自分で決めて自分で邁進すれば良いじゃねぇか。おぱんつについて語るとか。女の子を守るとか」

「そう簡単に言いのけられる人間は案外少ないんだよ、直継」

 

 自分で決めて何かに打ち込める人間とそうでない人間。ぶっちゃけて言うと、私は実は後者に近かったりする。でも、私は面倒くさいこともしない主義なので、PKなんて考えないけど。

 ぼけーっとそんなこと考えていると、直継が声を上げる。

 

「ちょ、うっわ!」

「どしたの?」

「あいつら、合わせて金貨62枚しかもってなかったよ。どんだけしょぼいんだっての」

「アイテムの方はそこそこだったぞ」

 

 どうやら、直継とアカツキが拾い集めたアイテムの確認をしていたらしい。

 62枚ってしょぼいな。でも、PKするぐらいだからリスクは認識してるか。

 

「そりゃそうでしょ」

「よほどのバカじゃなきゃ、必要最小限のアイテム以外は貸金庫に全部預けてきてあるよ。そのアイテムだって、他の人から奪ったものだと思うよ?」

 

 私とシロエの言葉に、二人は「儲け損ねた」と深いため息をついた。その様子に私はくすりと笑った。

 

  ※

 

 トラブル――PKに遭遇したため、アキバの街に戻ってきたのは夜も半ばの時間帯だった。

 さっさと宿に戻って布団にもふもふしたいというのが私の正直な感想だった。

 もふもふといえば、確かご隠居は猫人族だったなー。もふもふしてそう。会ったら真っ先にもふもふさせてもらおう。

 それにしても、とアキバの街を眺める。

 勘など働かせなくても、ここ数日で街の雰囲気が変わっているのは理解できた。

 みんな、互いを警戒しているのだ。個人的な意見としては、今この状況で互いに警戒しても自分の身を滅ぼすだけだろう、と思っている。

 この世界には、確かに日本人だけでも3万人いる。でも、それは今まで共に生きてきた日本人口の0.03パーセント。自分たちの同じ人間は1パーセントにも満たないのだ。そんな状況なんだから、もう少し必死になってもいいだろうに。私は、少なからずこの状況に絶望していた。

 なんか、本気で対策でも考えるか。例えば、自治団体をつくるとか。

 まずは、どっかのゾーン買って団体作って、なんて考えていると、直継のげんなりした声が聞こえた。

 

「どっかで買ってく? それとも食ってく?」

「あー。どうします、主君?」

 

 直継とアカツキの投げやりな調子に苦笑いが浮かぶ。私としては、少量で腹が膨れるから味はそんなに気にならないけど、三人は違う。食事の度に憂鬱そうだ。

 

「ん……。ちょい待って。マリ姐のとこ、起きてるなら寄っちゃおう」

 

 そう言って、シロエはマリエールに念話をし始めた。

 向こうの話が終わる間、アカツキが私に声をかけてきた。

 

「リンセ殿」

「ん、何? アカツキ」

「リンセはあの食事をどう思う?」

「別に、お腹が膨れるんだからいいと思うけど」

 

 私の返答にアカツキがすごい顔をする。それでも、可愛いから世界って不平等だ。

 

「ちみっこ。リンセに飯のこと聞いても意味ないぜ」

「ちみっこいうな」

「おい直継、それどういう意味?」

「飯に関心ゼロのやつに聞いても無駄ってことだよ」

「そりゃ悪かったね」

 

 食事イコール生命維持のための行動と思っている私は、あまり味に固執しない。確かに、ずっと食べ続けていると少し変化がほしいなと思うが、その程度だ。

 私が少し口を尖らせているとシロエの方の話が終わったらしい。でも、なんか変。

 

「どうした? シロ」

「〈三日月同盟〉でなんかあった?」

 

 シロエの気配に直継も気付いたらしい。

 私たちの言葉にシロエはこちらを振り返った。

 

「〈三日月同盟〉へ行こう。どうやらトラブルが起きたらしい」

 

 嫌な予感に私は目を細めた。

 

 訪ねた〈三日月同盟〉のギルドホールは慌ただしかった。みんな、何かの準備をしているみたいだ。案内されたマリエールの執務室も前より散らかっていて、それでも何とか確保した応接セットにお茶が準備されている。

 

「すいません、シロエ様……。って、うっわぁ! アカツキちゃんじゃありませんかっ!」

 

 ヘンリエッタは箒を放り出してアカツキに思い切り抱きついた。

 掃除はいいのかな。

 

「おかえりな。四人さん。ちょーっと散らかっとるけど、その辺はお目こぼししたってな」

 

 小さく両手を合わせて器用にウィンクをするマリエール。それにため息をついたシロエを視界に入れつつ、私はヘンリエッタに声をかける。

 

「へティ、片付けはいいの?」

「今は、アカツキちゃんですわ!」

「ああ、そう」

 

 アカツキに同情の目を向けると、助けろと目で訴えられた。それを華麗にスルーしてマリエールの方を向く。

 

「何があったんですか。マリ姐」

「まぁ、ま。そう急かさんと。座ってや。水入れたげるからっ。色つきでお茶風味! えへへへ」

 

 マリエールは笑っていうが、その笑顔に違和感しか覚えない。絶対、なんか無理してるよ。

 とりあえず、マリエールの勧めに従って、ソファの肘掛に寄りかかる。だって、ソファは直継とシロエで満席だし。

 

「……あー。うん」

 

 全員座ったけれど、マリエールはなかなか話しはじめない。なんとなく要件は感づいてはいるけど、実際に聞かないことに判断できない。なかなか口火を切らないマリエールに痺れを切らせて、シロエが話を切り出した。

 

「遠征ですか?」

「うん、そや」

「どこに?」

「えーっとな。エッゾっていうか……ススキノ」

「ススキノ?」

 

 まだトランスポート・ゲートが復旧したという話は聞かない。なのに、何故このタイミングなのか。

 

「もしかして、誰かを迎えに行くの? マリー」

「リンセやん。うん、そうなんや。前にもいうたけど、うちら〈三日月同盟〉は小さなギルドや。メンバーは、いまはちょい増えて24人。殆ど全員は、アキバの街にいるし、いまはこの建物の中におる。でも一人だけ、ススキノにおる娘がおるねん。名前はセララってゆーんやけど、まぁ、これが可愛い娘でな。〈森呪遣い(ドルイド)〉や。うちの中でもまだ駆け出しで、レベルは19。まぁ、そんなのはどうでもええねん。ちょっと気が弱いところがあって、人見知りなんやけどな。商売やりたいって〈エルダー・テイル〉始めた変わり種で」

 

 視線を落としたまま話を続けるマリエールのあとに続いてヘンリエッタが言葉をつなげる。

 

「〈大災害〉があった日、セララはススキノにいたのですわ。ススキノで丁度レベル20くらいのダンジョン攻略プレイの募集がありまして。その時はギルドに手の空いてる人もいなくて、狩りに出掛けて腕を磨きたかったセララは一人でススキノに……。一時パーティーでした。ススキノで募集をしていたメンバーと合流して遊んでいたらしいのですが、そこで〈大災害〉に遭遇しました。トランスポート・ゲートは動作不良になって、セララは取り残されてしまったのです」

 

 なるほど。確かに低レベルの仲間を一人にしておくのも心配だろう。だからといって、移動方法は足しかないよね。

 

「わたし達はよく知らないが、事件後にススキノに向かったプレイヤーは居るのか?」

「いないね」

 

 アカツキの問いに私ははっきり答える。マリエールもそれに頷いた。

 

「そうなんよ。みんな今日を生きるので精一杯や。他の都市のことなんか気にかけてられないのはよぉ判るんよ。攻略サイトを閲覧できない今〈妖精の輪〉を使うのは自殺行為やしな。かといって徒歩や馬でススキノ目指そう思うたら二週間以上はかかると覚悟を決めなならん。途中には結構な難所も幾つかあるはずや。好奇心でふらふら行ける場所や無いやろ」

 

 それはもっともだ。だけど、マリエールたちはそれをしようとしている。しかも、彼女は二週間以上と言ったが、それは甘すぎる見積もりだ。

 何故、今なのか。考えを巡らせて答えに辿り着いた。そういえば、ご隠居が言っていたな。

 

「ちょっと待った。〈帰還呪文〉は……。ああ、そっか」

「ええ。〈帰還呪文〉は五大都市に入った時点で、自動的に上書きされますわ。いまセララが〈帰還呪文〉を使ってもススキノに戻れるだけ。……この街に戻ることは出来ません」

「今、救援を出す理由は、何?」

 

 私たち四人の疑問をアカツキが切り込む。

 

「それは……」

「あー。な。うん……。救援は、前々から出す予定だったんよ。あんな北の最果てにひとりぼっちじゃ心細いやろ?」

 

 マリエールの言い方にシロエはまっすぐマリエールを見る。私も少し目を細めてマリエールを見た。

 

「マリー、私はそんな取り繕った言葉を聞きたいわけじゃないんだけど」

「リンセやん。別にそんなつもりは……」

「……マリ姐」

「そんな目で見ちゃだめやで、シロ坊。シロ坊の目つきはちっとばかし鋭いんやから、可愛い娘さんにもてへんようになってまうで?」

「マリ姐」

 

 なかなか言い出さないマリエールに私はとうとう痺れを切らせた。

 

「はぁ、もう。はっきり言ったら? マリー。ススキノはここより治安が悪いって」

 

 私の言い方が少しきつかったのか、マリエールの瞳が少し揺れた。

 

「ん。……うん。リンセやんの言う通りや。ススキノはこっちよりも治安が悪いんよ。……セララなぁ、なんか柄の悪いプレイヤーに襲われたん」

 

 やっぱりね。

 市街地は戦闘行為禁止区域だけど、恐喝、強姦、その他の“武器を使用せず、一定以上の苦痛またはダメージを与えない”行為は、おそらく引っかからないからね。禁止をかいくぐって犯罪的行為をすることは全然余裕だ。相手が女の子ならなおさら。

 

「あ。いやな。まだ大事にはなっとらんのよ。そこまではいっとらんの。でもな、ススキノはそもそも、人少ないやん。話によると、いま二千人を超えるか超えないかっていう人口らしいんよ。そんな街で、何時までも逃げ隠れる訳にも行かないやろ? うち、助けにいってやらんとあかんのやん。うちんとこのメンバーやもん。それが当たり前やろ?」

 

 まあ、気持ちはわからなくもないけどさ。さすがに無理でしょ、色々。

 そう思っている私を置いて話はどんどん進んでいく。

 

「で、こっからが相談なんやけどな。えーっと、悪いんやけどさ。うちのメンバーも、まだひよっこが多いやろ? みんな良い子なんやけど、まだちょっと頼りないんよ。今回の遠征で精鋭の連中は連れて行かな、そもそもエッゾまでたどり着けないと思うん。そのあいだ、こっちに残す子の面倒を見たってくれないかなぁ?」

 

 それに加えて、ヘンリエッタからもお願いされる。頭まで下げられてしまった。

 私としてはお断り願いたい。他人の面倒なんて無理だ。私には絶対無理だ。

 それに、マリエールたちの旅はきっと、いや絶対に失敗する。

 これは勘だ。だけど、今までずっと付き合ってきた私の勘だ。今回に限っては外れるなんてことはない。失敗する条件もきちんと明白だ。

 ちらりとシロエを見ると、難しい顔をしていた。きっと彼も自分と同じ解答を叩き出す。だからこそ、彼が思考の渦に飲まれる前に引き上げなくてはならない。あと5秒のうちに。

 彼の言葉が、私たちを導くのだから。

 

「シロくん」

 

 私の声に、シロエは意識を戻す。私が口角を上げれば、直継とアカツキはこともなげに頷いた。

 

「いえ、シロ」

「主君の出番だ」

 

 直継とアカツキの言葉を風に、彼は帆船を進めるだろう。その航路を後押しするのが私の役目。

 

「シロくん、私も同じ考えだよ」

 

 さあ、私たちの道を決めておくれ。

 

「僕らが行きます」

 

 そう、それが最善解。この場において叩き出せる、もっともベストな解答だ。

 

「え?」

「僕らが行くのがベストです」

「そんな。シロ坊っ。うちらそんなことねだってるわけやっ」

 

 マリエールの抗議を無視して、シロエは私たちを見る。

 

「もちのろんだぜ」

「主君と我らにお任せあれ」

 

 なんとも絶妙なタイミングで返答を返す直継とアカツキ。話は終わったとばかりに直継は立ち上がり、アカツキもそれに続く。

 

「俺達が遠征に行く。マリエさん達が留守番だよなー。ひよっこの面倒を見るなんて、俺達にゃ無理無理っ」

「忍びの密命に失敗の文字はない」

 

 二人の頼もしい言葉に思わず笑いが溢れる。それに対し、シロエは格好つけてしまったことに対して気恥かしそうにしている。こちらもこちらで微笑ましい。

 

「リンセやんもなんとか言ってやっ」

「へ?」

 

 いきなり声をかけられて間抜けな声が出た。マリエールの方を見ると、目で訴えられる。

 でもね、やっぱりこれが最善解なんだよ。

 

「マリー。これが最善解だよ。私たちが迎えに行って、マリーたちが留守番。マリーの役目は、帰ってくる子を笑顔で迎えてあげること」

「明朝一番で出発する。任せておいて、マリ姐。ヘンリエッタさん」

 

 シロエの恥ずかしさを押さえつけた言葉に思わず吹いてしまったのは秘密です。


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