イヴと海遊びの帰り道、日が暮れる短い時間のじゃれあい。
デレステのSSR3枚め[カラマ・バケーション!]でAR撮ってて思いついたお話。

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いまはひとりの女の子

 夕陽は宗教画家である。

 地表には二色の絵の具、すなわち輝くばかりのオレンジと、三次元の厚みの存在を疑わせる黒とのみに済ませて、神のまします空には宝石の顔料を惜しげもなく使うのだ。東に黒曜石を押し固め、南北にトルコ石を散りばめる。天頂にはラピスラズリの深い青。いずれにも銀の星をまぶし、雲をオパールに作り変えてしまう。そして西の空を下がっていけば、アメジストに黄金を、さらにルビーを重ねている。それは銀灰色のコンクリートジャングルでもここオアフ島に広がる一望千里のビーチでも、変わることはない。

 ツートンカラーの地上に蹄の音。四足の影と、そのうしろにヤシの木三本を空けて人影が二つ、左半身を濃いオレンジ色に染めて歩いている。どちらもサンダルを履き、水着の上からアロハシャツを羽織ってレイをかけたバカンスの出で立ちだ。並んだ小さいほうの影が伸び上がって手を振って、砂まみれの毛皮に呼びかけた。

「ブリッツェン、待って~。そんなにおなか空いてるの~?」

 少女の声にぬいぐるみのようなトナカイが振り向く。脚は止めることなく、きらきらした目で急かすように鼻息を立てた。二人とおなじにかけたハイビスカスのレイが忙しく揺れる。わかりやすい返事である。呼びかけた少女は、もとから下がりぎみの眉尻をいま少し下げて“もう”と口の端を持ち上げる。

「ありゃあよっぽどだね。イヴは平気?」

 大きいほうの影、上背のある青年が、イヴの困り笑いに気取って笑いかけた。それへ顎を軽く上げて目を細めたのは、海に溶け沈んでいく柘榴石の太陽がために、彼の表情がよく見えなかったからである。イヴはすぐの返事をしなかった。首からカメラを提げたジョガーが砂の足音を立てながら二人とすれちがい、やがて左の耳を波の音が占める。

「私はまだちょっと我慢できますよ」

 イヴは声のトーンを落とし、陰影のはっきりついたビキニのお腹を上から下へ撫でた。豊かな胸を反らした拍子に、パイナップルを模したサングラスが額からつややかな前髪を滑り降り、得意げに光る金色の瞳を隠す。

「ふうん、そう?」

 ずいぶんへこんでいる臍の上に視線をやって、からかい半分気づかい半分に彼はかさねて訊ねる。影とサングラスとでまったく見えないその顔に首を伸ばして、イヴは、悲鳴のような歓声をあげた。コンクパールに染め上げられた絹の髪を踊らせ、身を乗り出す。

「光った! 光りましたよ!」

 小麦色に焼けた細い指は、彼の鼻先を横切って海へ。右腕に少女の体重と体温を感じながら彼はその指先に従った。ついに太陽が海中に没し、空に塗りきれなかった鮮紅色の塗料をばらまくのが見えた。空のほとんどはラピスラズリの輝きで満たされて、黄金の西空はルビーを拭き取った雲を三々五々に散らしている。

「光った?」

「緑色に!」

 おどけた調子で訊ねる青年の鼻先で、イヴは声を上ずらせた。グリーンフラッシュである。太陽がまさに沈みきる数秒にだけ、エメラルドに輝く。それは見れば幸せになれるという伝承のごく自然に生まれ、疑義を野暮に帰しめるほど希少で美しい現象だ。

「いいなあ、イヴは見えたのか」

「私に見えてたんですから、プロデューサーさんにも見えてましたよ~!」

「そう? おれも見てた?」

「そうですそうです」

「そっかあ、ありがと」

 大きく頷いてから、はっとしてイヴは半歩だけ下がった。飛びついていた彼の右腕に、自分の胸のやわらかさを感じたためである。イヴの視界にはもう西空高くをただよう雲の赤きのみあって、青年の表情を含めたすべては青黒い闇に隠されていた。サングラスの浮かれたデザインのフレームを彼の指がつまみ上げ、自分の顔に持っていく。

「夜にサングラスしてたら危ないよ」

「まだ夕方ですけど~」

 自分でいっておきながら危ないことをする。浮かれた顔になった青年を心配するイヴの視線が、サングラスのレンズ越しに彼の瞳を見据えた。それは偏光が見えるとか透視だとかの超人的なものではなく、ただたんに、彼の目の位置を知っているだけのことである。イヴは大股になって、青年の正面に出た。“どうしたの”と青年が眉と口許で問う。困り笑いのまま、イヴは手を伸ばした。薄暮の道にサングラスの愚を彼に歩ませないために。しかしその細い手は、彼の鼻先で大きい手に阻まれた。

「大丈夫、イヴが見えてるから」

「え~? 本当ですかぁ? 見えるのが私だけじゃ……」

 つい日本の感覚で心配するイヴだが、ハワイの歩道にいるのは歩行者だけである。いまはトナカイもそれに数えるとして、ともかく、自転車は車道や専用レーンを走るよう義務づけられており、違反すれば一三〇ドルの罰金を支払うことになる。

「……って、きのうサイクリングしたときに聞いたでしょ」

 いいながら、彼は歩道の端に寄る。二人の脇をジョガーの一団が、速度を落として走り去っていった。

「ほかに心配は?」

 肩の高さに手を広げておどけてみせる青年に、イヴは下唇を人差し指でおさえて笑う。

「う~ん、ありません」

「さ、レストランに行こう。ブリッツェンが待ってる」

 イヴは全身で返事をした。両手を挙げた拍子に、みぞおちのあたりから、くうと空気の抜ける音がする。

「やっぱり我慢してたね」

「プロデューサーさんはゆっくり歩きたいかなって思ったんです~」

「それは、まあ……そうだね」

 かなわないなと片頬を引いて、青年は手でイヴに道を促す。

「けどきみに無理をさせてちゃあ、本懐ではないってやつだ」

「はあい」

 もどかしい車道と静寂のビーチのあいだを、イヴは陽気に歩き出す。それに一歩譲った青年がまっすぐに歩けるのは、いったとおり、彼女の白い姿が見えるおかげだ。

 ……ヤシの葉の揺れる音をかき消して、青年が間の抜けた悲鳴を上げる。歩道と車道の段差を見そこねてバランスを崩したのだ。倒れこそせねど、歌舞伎の六方じみたポーズで固まっている。

「夜にサングラスしてたら危ないね……」

「まだ夕方ですけどね~」

 外されようとするサングラスは小麦色の細い指に阻まれた。下にずれた隙間から、青年は目だけであたりを見めぐらす。ルビー色の雲がどうにか一つ、西の端の空に高く浮かんでいる。浮かれたサングラスをかけなおすと、イヴの白い笑顔がレンズの向こうに見えた。

「よくお似合いですよぉ」

「そう? ありがとう」

 店員にいわれたとおりのセールストークにというより、差し伸べられた手に彼はお礼をいう。

「ほんのついさっきから、ちょっと右腕が寂しかったからね」

「……そういうのはよくないですよ~」

 大きい手の親指の付け根に硬いネイルがくいこんだ。苦笑しあって、イヴは彼の手を引いていく。残照の雲が見下ろす地上には黒ばかりが残されて、ひるがえる長い髪が真珠の色に輝いていた。

 夕陽は宗教画家である……。

 

 

(了)




※pixivにも同じものを投稿しています。

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