不死人と星見人   作:すばみずる

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 それは黄金の昼下がり。

 気ままに漂う僕らの姿。

 対のオールは危なげで、

 小さな腕は流れに素直。

 それでも漂う先だけは、

 導くものだと格好つけ。

 

 ああ、少女たちは残酷だ。

 かくも夢見を誘う空の下、

 それでも噺をせがむのだ。

 けれども僕は一人ぼっち。

 かしまし姉妹のお言葉を、

 逆らえる筈ありはしない。

 

 先ずは尊大、女王のお言葉。

「早く早く、語りなさいな」

 次いで穏健、偶像のお言葉。

「いっぱいのナンセンスを」

 最後は唐突、大鷲のお言葉。

 散々注いで語勢が削がれる。

 

 やがて沈黙が包み込む。

 想像の羽が追い立てる。

 星見の子と不思議の国。

 鳥や獣が語らうかの地。

 まるで真実かのごとく。

 

 喉は疲れにしおれ尽くして、

 ひねった頭は休みを求める。

 終いに堪らず「また今度だ」

 口を揃えて「いまが今度!」

 

 かくて祈りは国を得ませり。

 ゆっくり、そして一つ一つ、

 不思議な出来事は礎となる。

 そうして話は終わりを迎え、

 そうして皆で家へと向かう。

 されどひかりは、未だ遠く。

 

 

 アリスよ。幼稚な御伽噺をとって

 やさしい手でもって少女時代の

 夢のつどう地に横たえておくれ。

 

 記憶のなぞめいた輪の中。

 彼方の地でつみ取られた

 巡礼たちのしおれた花輪のように。

 

 

 

 

 

 

 藤丸立香は落下している。

 光の見えない空間を、逆さになって墜落している。

 ごうごうと風切る音が耳を塞ぎ、血の気が自然と乱れてしまう。

 ともすると登っているのではないか。そう錯覚してしまうほど、感覚が曖昧になっていく。

 

 身に着けた魔術礼装のお陰か、そういう法則(もの)を無視した空間なのか、気圧変化による体調の変化も無い。

 とはいえ、意識を取り戻してからずっと墜落を続けている状況は、常人の正気を搔き乱すには十分だ。

 

 だと言うのに、藤丸立香は泣くでもなく叫ぶでもなく、己の礼装を起動するのみ。

 意識を取り戻せば落下している──さて、そんなの何度目かの経験か。

 今まで幾たびも特異点を渡り異聞帯を絶ってきた彼に、こんな"脅し"は通用しない。

 

 もしかしたら一秒先には死ぬかもしれない。

 それでも今生きているなら、足掻けるだけ足掻いていく。彼の芯は何一つ曲がらない。

 

 

 ノウム・カルデアとの連絡──不可。

 シャドウボーダーとの連絡──不可。

 ストームボーダーとの連絡──不可。

 契約英霊(マシュ)との魔力経路(パス)──検知、ただし微弱。

 

 

 頼りになるバックアップの救援を望めないこの状況は最悪に近い。だが、マシュとの繋がりが感じ取れたのは幸いだった。

 その最優の相棒と離れ離れになってしまっているというのが、別種の不安を煽る要素ではあるが。

 意識のギアを一つ上げ、緊急時のマニュアルを脳内で捲り、使えば帰還後即医療室送りの禁じ手を思い出す。

 

 魔術による空中制動──否。礼装に頼りきりの三流マスターに、そんな魔術は扱えない。

 簡易召喚による影法師──否。着地の瞬間が分からない今、召喚を保ちきれない可能性がある。

 土地に召喚されたサーヴァント──否。そんな不確定なものには頼れない。

 天運持ってる系などと英霊から評されているが、それはあらゆる手管を使い尽くして掴み取れるもの。ただ座して待つだけのものに与えられるはずがない。

 

 そのために、手に刻まれた令呪へと意識を巡らせる。

 

 

 ──告げる。

 

 

 契約したサーヴァントへの命令権となる令呪。拠点に戻らなければ補給の利かない貴重な資源。

 それを膨大な魔力リソースとして、魔術礼装に組み込まれた簡易召喚式を走らせた。

 

 

 ──汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

 

 

 本来であればマスターの脆弱な魔力を走らせる程度の負荷しか想定していない回路。

 魔力リソースとして令呪を注ぎ込めば、まず焼き切れて然るべきもの。

 

 

 ──聖杯の寄る辺に従い、人理の轍より応えよ。

 

 

 だが、耐えた。万能の天才と彷徨海の鬼才が手掛け、生存を第一に考えられたカルデアの礼装は、マスターを生かす為であれば手段を選ばない。

 代償として、令呪と礼装の仲立ちとなる藤丸自身の魔術回路に魔力が暴れ、焼き切れるような痛みを与える。

 

 

 ──汝、星見の言霊を纏う七天。

 

 

 土地による繋がりも、触媒も存在しない。それでも、呼べると確信していた。

 直感。この場であれば呼び出せる誰かがいるという、妄想じみた閃き。

 

 

 ──糾し、降し、裁き給え。

 

 

 その夢想が真実となったのかは誰も知る由もない。

 しかし貴重な令呪の一画と、礼装の過剰作動により、その呼び掛けは完遂された。

 

 

 ──天秤の守り手よ──!

 

 

 注ぎ込まれた魔力が、一時的な顕現ではなく、真なる英霊を手繰り寄せる。

 

 

 

「──セイバーのサーヴァント、両儀式。召喚に応じ参上……あら?」

 

 舞い降りるように現れた雪の貴婦人。その声は珍しく困惑していた。

 召喚の燐光に照らし出されなくとも、その青い瞳は暗がりを貫き、マスターの顔を見つめている。

 

「なんだか凄い場に現れてしまったわね。マスターは穴に落ちるのがお好きなのかしら」

 

 ほらこの間の虫とか、などと呑気に言いながら、両儀式は逆さの藤丸へと顔を近づける。

 断じてそんな好みは無いです。

 

「そうでしょうね。それなら、この状況はピンチという事なのかしら」

 

 はい。いつからか分からないですが頭から落下している最中で、このままいくとトマトです。

 手短に状況を説明すると、両儀式は笑顔で頷く。

 

「じゃあ──せっかくなら、あれを言ってもらいましょうか」

 

 は?

 

「ほら、あの言葉です。藤乃さんとイチャイチャしていた夏でも、夢みたいな少女に言っていたでしょう?」

 

 あれは別にイチャイチャしてた訳じゃないですよ?

 というかなんでそんなに詳しく知ってるんです?

 

「サーヴァントにとって、ああいう言葉を言われるのは"信頼されてる"っていうステータスみたいだから。せっかくこういう機会なんだし、言って貰えないかなぁって」

 

 一体誰がそんな余計な事を吹き込んだのか。

 だが、にっこりと微笑む彼女を裏切る真似は出来ない。マシュ、ごめん。これは裏切りなんかじゃないから。

 

 ──セイバー、着地任せた!

 

「ええ、()()()()()

 

 両儀式の右腕が、優しく藤丸の体を寄せる。落下している最中でありながらもふわりと胸に寄せたその様は、まるで幼子を抱くかのように。

 そして左手には彼女の得物である九字兼定。

 連綿と紡がれた人類史において齢を重ね、魔を払う九字が刻まれた古刀。

 そしてその担い手は「」に繋がる退魔の一族。結ばれた空間に対して、これほど適した存在はいない。

 

「このままだと、着地のための地面がないんだもの。切らせてもらうわね」

 

 たとえ神魔が作る空間だとしても、終わりがあれば到達させ得る。

 上も下も無い垂直のトンネル、物語に必要のない廃棄場(トラッシュボックス)から、彼らはこうして墜落した。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 頭の中の羽虫のさえずりに耐えられず、意識を覚醒させた。

 いや、羽虫など存在するはずもない。私は正常だ。飛蚊症だってありはしない。

 ああ──アリスはどこだ? 我が愛しき、アリスはどこにいる?

 

 咄嗟に周囲を見渡す。瓦礫。死体。死体。それと瓦礫。壁には家具が乱雑に打ち付けられたか埋め込まれたか。

 トマソンと呼ぶには過剰が過ぎる。芸術などと呼べはしまい。

 

 己の体を確かめると、使い古された鎧を身に着けていた事に気付く。

 汚れに凹みが目立つものの、己の身を守るには不都合は無いだろう。腰に佩いた剣も頼もしいものだ。

 

 何故私はこんなところに? 目覚める前には愛するアリスとの逢瀬の最中であったはずだ。

 記憶を辿る。川辺の土手にて年齢適正ギリギリのドレスを身に纏う豊満な金髪碧眼の最愛──さて置き、その後。

 アリスがいなくなり、周囲は崩れ、そして落ちた。

 そうなると状況を察するに、自分はこの小部屋──ただし垂直に長い小部屋に落ちてきた、といったところだろうか。

 それにしては五体満足、どころか生きているのが問題ではあるが、不思議ではない。

 私は不死人だ。死んでもいずれ復活する。そういうものだと知っている。

 

 さて、どうするか考えるまでもないだろう。アリスを探さなければ

 そうだ。アリスを探しに行かなければならない。

 瓦礫の中で唯一開きそうな扉に向かい、ノブを回す。

 ガチャリ、ガチャリ。鍵が掛かっている様子。ええい、小癪な。扉の癖にアリスとの逢瀬を邪魔をするのか。

 いっそ剣でも突き立てて、とは思うものの、いくらなんでも狂人じみた真似は止そう。扉を開けるには手か鍵か。そんな事アリスだって知っている。ああ、アリスは私の母親だったのだから、きっとアリスから学んだんだろう。

 もっとシンプルに、建付けが悪いのかもしれない。もう一度ノブを回すが、やはり扉は開こうとしない。

 悲壮な叫び声が聞こえてきたのは、そんな時だった。

 続いて聞こえてきたのは、ぐしゃりという肉を叩き潰したかのような不快音。振り返れば、新鮮な死体がそこにはあった。

 甲冑に、剣に、盾。どれもボロボロになってしまっており、使えそうもない。

 それでも何か持ち物は無事かもしれないと思い、その懐を探る。血と零れた臓物で汚れた手帳は中身が読めるものでない。ハーブの香りがする瓶は粉々に砕けている。ウィジャ盤も肝心の文字が壊れてしまっては無駄だろう。

 

 そうやって死体漁りという冒涜的な行いをしていたせいだからだろうか。

 いいや。叫び声もなくこんな場所に舞い降りる存在に気付く術など、私が身に着けられる筈もない。

 故に、私の首が跳ね飛ばされたのは、遺体が落ちてきたところから必然だったと言えるだろう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 壁から湧き出るだれかの()()()

 血走る()()()がうろつく小部屋。

 死体に満ちた終着点は、凡そ藤丸の理解が及ばない空間だった。

 

 見ているだけで心を砕くような醜悪なデザイン。

 透けて見える悍ましさが、あなたを見ているとばかりに語り掛けてくる。

 そんな環境においても、剣の英霊はその太刀を曇らせる事は無い。

 

「任せて」

 

 魔力供給が行われるパスを介して伝わる藤丸の指示に、両儀式は素早く応える。

 さまよう(アイ)は迷いなく両儀式へと向かっていく。一体どのような呼称をするかも分からない怪物だが、彼女が脅威であると感じ取る事は出来るらしい。

 対して両儀式は、青い瞳でまっすぐと見据える。

 たとえその生き物がどれだけ歪んでいようと、動いているのであればそれに死がある事には変わりない。

 その理のもとに振るわれる一の太刀。その速さは稲妻の如く、怪物を容易く切り裂いた。

 

 音より早い雲耀の剣閃は四度煌めき、後にはおぞましい香りを残すのみ。

 

「あら、ごめんなさい」

 

 そして、その最後に。

 まるで道すがらぶつかった事を謝罪するかの口振りで、床にうずくまり死体を漁る鎧の男へと謝っていた。

 九字の刃が、男の首を落としながら。

 

 それが他の怪物とも死体とも違う生き物だ。そう認識した藤丸の行動は早かった。

 静止や叱責の声を上げるよりも魔術礼装を起動させ、応急的な回復を行わせようと男へと手をかざす。

 首が断たれた生き物が生きられる筈がない。無駄だと分かっていても、そうせずにはいられなかった。

 だが無理な召喚が祟った礼装はまともに動かず、その間に男の体は灰のように崩れていく。

 彼らが困惑する間もなく、死体はその装備すらも一握の塵となってしまった。

 

「ごめんなさいマスター、まさかそれが人間だとは思えなくて、つい一緒に始末してしまったわ」

 

 両儀式は本心から申し訳なさそうに、ただどこか軽く、藤丸へと弁解する。

 それについて、藤丸は何も語らない。直情的に責める事は出来たかもしれないが、それでも彼女が──「直死の魔眼」を持つ英霊の判断が、軽挙であるとはとても思えないから。

 結果的ではあるが、この死に様から普通の人間ではない、とは分かる。残留する魔力から何かを感じることなどは出来ないが、真っ当な生命ではないとはすぐに分かった。

 もっとも、普通の生き物でなかったとしても、話は出来たかもしれない。その事だけは、両儀式に伝える。

 

「ええ、そうね。弁解のしようがない事だけど──どうしても、悍ましくて、手が止まらなかったの」

 

 悲しげに目を伏せる両儀式に、藤丸は違和感を抱く。あらゆる点において特殊な存在である彼女がそれほど反応するというのは、一体どういう事なのか。

 そして──もう一点。部屋に降り立ち、壁にめり込んだ家具からの光によってもたらされた違和感も、藤丸を困惑させる。

 

 ──なんで兎耳を生やしているんです?

 

「え? ……あら?」

 

 本人も今の今まで気付いていなかったのか、頭の上に手をやり、不思議そうにする。

 そう、兎耳。何故だか知らないが、この和服美人は頭の上からバニーなイヤーを生やしておられる。しっかり人間の耳があるというのに、四耳警察に叱られるぞ。

 

「おかしいわね、別に簡易霊衣なんて着ていないのに……」

 

 わしゃわしゃと自分の頭を確認する様は何故だかおかしいが、本人は本当に不思議そうにしている。

 

「……駄目ね。私が此処に召喚されている為には、どうしてもこれが必要みたい。無理に外すと消えてしまうかも」

 

 いったいウサミミにどれほどの力があるというのか。これはダ・ヴィンチちゃんに研究してもらう必要があるかもしれない。

 

「あら、私以外にも首を刎ねる兎が必要かしら、マスター?」

 

 口に出していないはずのおふざけを読み取ったかのように笑顔で詰め寄るヴォーパルバニー。こわい。

 必死に弁解の言葉を口に出そうとした、その時。

 

繧「繝ェ繧ケ縺ッ縺ゥ縺薙□

 

 世界が異なる言葉が、部屋の中に響いた。

 ふざけていた雰囲気から一転、刀を構えた両儀式が、部屋の中心へと視線を走らせる。

 そこには、先ほど彼女が首を刎ねたはずの甲冑の男が、寸分違わぬ姿で立っていた。

 

 藤丸は、声を掛ける事が出来なかった。

 人型の存在であっても、会話が出来なかった例はごまんとある。

 だが、今回は──その言葉を聞くだけで、狂いを理解させられる妖しさがあった。

 ただ狂った言葉を吐いているだけならば、いい。そんな存在ならカルデアにもいる。

 先の言葉を聞いた時──相手が狂っていて理解出来ないのか、自分が狂っていて理解出来ていないのか、その判断がつかなかった。

 先に両儀式が語った悍ましい、という表現を思い出す。ああ、確かにそうなのかもしれない。

 目の前の存在は、言葉を話すだけで正気を揺れ動かす。そういうものなのだと、彼女は見抜いていたのだ。

 

 甲冑男はその場から動こうとしない。だが、その視線が両儀式、そして藤丸へと向けられた、と薄っすらと二人は理解した。

 

髱偵>逶ョ縲√◎繧後↑繧峨い繝ェ繧ケ縺具シ

 

 またも、言葉らしきもの。咄嗟に藤丸は、両儀式へ対人戦闘の指揮を執る。

 解析も何も出来ない。だが、これだけ自身に負荷を掛けてくる相手が、無害な存在とはとても思えなかった。

 

「──ああ。なんて歪」

 

 彼女の声に孕んでいた感情は、悲しみだろうか。なんとなしに藤丸はそう感じた。

 臨戦態勢を感じ取ったのか、甲冑男も剣を抜き、両儀式へとの距離を詰める。

 

「せっかく生き返れたというのに、一度死んだ程度では、その狂いは収まらないようね」

 

 まるでかわいそうなものを見るかのように。あるいは、これからかわいそうになるものを見るかのように。

 

「それなら、いいでしょう。その狂いが収まるまで、私が首を刎ね続けてあげる」

 

 その声の悲壮さとは裏腹に、首狩り兎は無慈悲な宣告を下した。




青い目、つまりアリスだな。
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