甲冑の首が十と一つほど飛んだ墜落部屋。
十二度目の試練かとばかりに現れた際に、甲冑の男は言葉を発した。
「アリスはどこだ?」
何の邪気も孕まない言葉に、覚悟完了していた二人は毒気を抜かれてしまう。
もっとも、何度も首を刎ねてきた相手に対して投げる言葉がそれか、という点に関して言えば、邪気よりも怖いものがあるのかもしれないが。
「あなた、アリスを探しているの?」
刀を下げ──構えを下段にしただけともいう──問いに問いを返す両儀式。
アリス、という単語を聞くたびに、甲冑はその頭をぐるりと向ける。
「そうだ。アリスを探している。アリスが不足しているんだ。アリスが、お前がアリス──」
今度は分かる言葉で狂化EXか、と藤丸は身構えるが、その心配は杞憂だった。
胡乱な言葉を漏らし続ける甲冑は、面頬の隙間から手を突っ込んだ。
ちらりと見えた手には、なにか、黒い塊か、宝石か。藤丸にはそう見えた。
一体どういう扱いをしたのかは知れない。だが、無為なつぶやきをすぐに止める程度の力はあったらしい。
「正気ではないが問題はない。少し話がしたい」
そして打って変わってまともな口を利く。どうにも切り替えが早すぎるのではないか。
信用しかねる言葉ではあったが、残念ながら信用せざるを得ない言葉でもあるのが藤丸を悩ませる。
「マスター、先の
離れる事は賛成だ。だが、どこに行けばいいのかも分からない──
「こっちだ」
甲冑の男は新鮮な死体からもぎ取った血濡れの鍵を持って、何の迷いもなく扉を開いた。
「来い」
淡々とした言い分は、邂逅時の得体の知れない禍々しさとはまるで異なる。罠に嵌めるつもり、という風でもない。
腹を括り、藤丸は甲冑の男の後に続いた。
上がっているのか横這いなのか、分かりもしない廊下を歩き、辿り着いたのは兎の園。
いくら屍肉を食らっていても兎なのは変わらないし、こうも群れているのであれば園と言って間違いはない。
それが容認できるものかは分からないが。
「篝火が欲しいな」
その辺の死体から折れた剣や血の詰まった器具を拾いながら、甲冑の男は独り言のように呟く。
かがりび、とは一体どういうものなのか。
「不死の止まり木だ」
不死。あっさりと言うが、信じざるを得ない。なにせ藤丸の背後には死体を殺せる魔眼の持ち主がいるのだ。彼女が殺してもまた復活するのであれば、それは不死と言うにふさわしい。
「不死、死なず、ねぇ……ふふふ」
面白い冗句を聞いたかのように笑う両儀式。直死の矜持に傷がいった、という風ではないな、と藤丸は感じ取った。彼女はそこに頓着するものではない。
「いったいどうすれば"切れる"のか、ちょっと気になっただけよ」
そんな戦闘狂じみた真似言う人でしたかあなたは。
ああでも謎のユニバースな人を切ろうとしてましたっけ。レアモブを見るとテンションあがるタイプだったなぁそういえば。
「だって、気になるじゃない。男の子なら誰でも分かりそうなものだけど」
心の中の中学二年生が日本刀最強!と声を上げる気持ちはなんとなく分かる。
「ええ。だから、つい試したくなるの。こんな風に」
予兆もなく、両儀式は『笑み』を両断した。
──『笑み』を切るってどういう事だ? 藤丸は自分の認識した現実がおかしいと遅れて気付く。
彼女は虚空に刃をなぞらせただけなのに、なんで笑みなんて言葉が出てくるのか。
「ああ、避けられてしまったわね。残念。化け猫退治だなんて、とても心が躍るというのに」
その確信に満ちた声色が、見えていない藤丸を無暗に責める。
彼女は嘘など吐いていない。彼女は『化け猫』を切れていない事を本気で悔やんでいる。
だが見えていたのは猫などおらず、そこに在った『笑み』を切っていた両儀式の姿のみ。
それは彼女が見えてはいけないものを見ているのか。それとも、こちらが見えるべきものが見えなくなってしまっているのか。
「あら、これは鍵、かしら。意外と親切な猫で良かったわ。三味線にするのはやめておきましょうか」
どこからか手にした鍵を見せ、藤丸へと『笑い』掛ける英霊の姿。
それが、どうしようもなく地面を揺るがす姿に見えていた。
◆
得体のしれない骨が燃える篝火を前に、3人は座る。
人類最後のマスター、フジマル。
剣の英霊、セイバー。
そして、私。名前は──ハンス。あのさざなみが響く夢心地の中、私はそう定めた筈だ。
「良い名前だね」
フジマルなりの世辞だろうか。私からしてみれば、名前なんてどうでもいい。文字数が多すぎて入力出来ないようなミスさえなければ、それで十分だろう。
もっとも、この名には多少なり思い入れはある。悪い気分はしない。
私の記憶が曖昧な事に関しては既に告げてある。
そしてアリスを探さなければいけない事は、記憶の曖昧さ以上に熱弁した事は言うまでもない。
その熱意はフジマルに柔和な笑みを浮かべさせ、セイバーは虚空を見つめて思索にふけるほど感じ入ってくれたようだった。やはりアリスは全てを解決する。アリスが全部だ。
「あなたにとってアリスは、大切な人なんだ」
無論だ。私にとってすべてであると言っていい。私はアリスを探し出す事が主目的なのだ。
「オレにも探さなきゃいけない人がいるから、分かるよ」
青い(まるでアリスのようだが、フジマルは違う。彼は黒髪だからアリスじゃない)目に篝火の炎を映しながら、言葉を絞り出す。その姿には多少なり親近感を覚える。
アリスを探すのが一番の目的だが──脇道があってもいい。誰を探しているんだ。
「マシュ・キリエライト。ショートヘアで片目を隠した女の子。たぶん、鎧姿で大きな盾を持ってると思うけど……」
聞き覚えの無い名前に、知らない特徴。
だが、何故だかそれを覚える気になれたのは何故だろう。ひょっとすると金髪碧眼なのかもしれない。
ああ、そういえば愛しきアリスの特徴をフジマルに伝えるのを忘れていた。夕陽に照らされると黄金と見まごうばかりの髪に澄んだ湖の如き青の瞳、エプロンドレスを好んでいてその胸は豊満であった。くそっ、何故手元に写真が無いのだろう。あれさえあればアリスの顔を思い出せるし何にだってアリスになれるというのに──
「ハンスさん。あなたはこれからどうするの?」
セイバーと呼ばれた、特徴的な民族衣装に身を纏った女性が問うてくる。
何をいきなり。もちろんアリスを探す。
「……聞き方が悪かったわね。ハンスさん、ここの地形は分かる?」
分からない。だが、検討はつく。
我々はおそらく穴を落ちて「墜落部屋」に来た。それなら、登るようにしていけばおのずと道が開かれる。奴ならそうやって道順を作る。
「やつ?」
口が滑った。昔の知り合いを思い出しただけだ、とごまかす。
「けど、この中庭みたいな場所には登れる場所はなさそうね。瓦礫の奥を進んでいってもいいけど」
どうせどこに行ってもアテが無いのは同じだ。それに、私の推察だってどれだけ考えに値するか。
こんな分かりやすくおかしくなった場所で、上だの下だのと語っていても、いつのまにか逆になってておかしくない。
そう言うと、セイバーは眉を八の字にして黙り込む。
「あなたは、その、何か知りませんか?」
躊躇いがちにフジマルが声を掛けたのは、篝火からやや離れた位置に座る黒い甲冑。
そこらにうろつく
もっとも、こちらの呼び掛けにはまるで応じないところを見るに、
「……駄目か」
やはり答えはない。フジマルは肩を落とすが、こればかりは仕方がない。狂人は狂人らしく、まともな人間には関わるべきではないのだ。そんな事を狂人に説いても無駄なのは重々承知しているので刺激しないよう黙っておくが。
しかし、時たま。まともな方から狂人へと突っかかって来ることもある。交通事故のようなものだ。
「いま、何か」
聞き返す必要は無かった。聞き返す言葉も飲み込まれたから。
「Quuuuuueeeeeennnnnn!!!」
唐突に、爆発した。
威力さえある雄叫びをあげながら、黒い甲冑は立ち上がったのだ。
「このあからさまな叫び声は……!?」
叫び声で知り合いを判断する文化があるのか。
「ふつうは分からないけど、彼の場合はなんとなく! けど、なんで見た目で分からなかったんだ……」
「反省も考察も後にしておきましょう。やる気みたいね」
その気迫は私にも伝わってくる。青い刀身に黒い靄を這わせる姿は、とてもじゃないが友好的ではない。
手持ちの札は血を補う輸血液と、その辺で拾った折れた剣程度。黒いソウルでいくらか強化されたとはいえ、何とかなるとは思えない。
逃げるか? いや、その背を斬られるのがオチだ。そして悪い事に、私のソウルはこの場の篝火を記憶している。蘇りたての状態を何度も狩られてしまうような事態は避けたい。
セイバーは手練れだと承知しているが、それでも勝てるかどうかは……。
「ハンス」
フジマルの声は、一触即発の場であっても落ち着いたものだった。
「こんなところで立ち止まってたら、アリスに会えない」
その言葉に、全身の力が滾る。
そうだ。アリスを探さなければいけない。アリスのためには、どんな輩だろうと叩きのめす必要がある。
「オレも一緒だ。マシュを探さないといけない。だから──」
言葉を最後まで聞かずに剣を抜き、セイバーと並び立つ。
「首を刎ねた恨み言を言われるかと思ったわ」
どうせ失うソウルもなかったのだ。恨む必要などありはしない。
後ろから聞こえたフジマルの号令に、自然と体が動く。
──ああ、しかし。一つ愚痴を言えるのであれば。 死と共に失われたかぐわしい香りは、いつか補填してほしいものだ。
月の明かりが如く煌めく剣に刃を打ち据えながら、そんな事を考えていた。