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湖の騎士ランスロット。
無窮の武威を誇る円卓最強の騎士は、友の為に変装し試合に勝利するという逸話から、正体を偽る宝具を所持している。
狂化され真名解放が行えない状態にあったとしても宝具による隠蔽効果は生きており、彼が生前仕えていたアーサー王であっても彼を彼だと認識する事は叶わない。手にしていた剣が
数多の英霊と共に、幾多の英霊と戦った経験を持つマスターだからこそ、その特性、その剣技、その叫び声で、相対した黒の騎士が狂戦士ランスロットであると気付く事が出来た。
相手が分かり、協力者が存在するのであれば、歴戦のマスターは指示を淀ませる事などない。
両儀式とハンスの奮戦により、狂戦士ランスロットは倒れ伏した。
ハンスの戦い方を見た藤丸の感想は、彼が「まともな戦士ではない」というものに落ち着いた。
最初の邂逅こそ一方的な首刎ねショーでしかなく観察も何もなかったが、指揮を委ねられればハンスがどういったものなのかが良く見える。たとえ指揮する相手がサーヴァントでなくとも、礼装による情報解析と今までの経験則から分かるものもあるのだ。
彼の分かりやすい騎士然とした風体と剣。相手の攻勢を削ぎ、守りを崩す技。折れた刃での自傷による
どこ一つ取っても、まともとは言い難い。
理性を失った者、己の肉体への改造を惜しまない者であれば技巧など扱えないはずだ。——ランスロットのような極まった武練があれば別だが、そう評するにはハンスの扱う技は優れていると言い難い。
さりとて常人らしいかと言えば、もちろん首は縦に振れない。
また、正気狂気を除いた意味でも、まともな戦士とは言えない。
確かに技は扱えている。相手が狂っているとはいえ英霊に対して効果を発揮するほどだ。優れたものと言える。
だが、それだけ。優れているのは技だけで、その技量を体捌きにはまるで生かせておらず、伴ってもいない。『技を扱う為の才覚』だけを抜き出しているかのような、歪な動きだ。
ハンスにどの様に技を学んだのか問うと、「ソウル」という概念に関して語った。
曰く、ハンスは力や命そのものであるソウルを自身へ取込めるのだと言う。
自身が打倒した者が持っていたソウルを奪ったり、ソウルの宿った物品を己のソウルの中に納め、取り出す事が出来る。武器の入れ替えもその応用という事だろう。
その武具を納めて取り出す際、己のソウルと武器のソウルが一部混ざる事により、その武器への理解を得られる。それにより武器の扱い方や、以前に武器を握っていたものの技を用いる事が出来る、との事。
ハンス自身が深く理解はしておらず、藤丸自身も魔術的な知識が中途半端な為、理解が及ばないところが多かったが、概要は伝わった。
話を聞いた藤丸が想像したのは、カルデアの厨房の守護者である錬鉄の英霊。彼もまた、複数の武器を己の中に貯蔵し扱い、その持ち主の経験を読み取る事が出来る。
弓兵でありながら魔術についても知識を持つ彼がいたなら、何かしら推察してくれたかもしれない。だが隣にいるのは何でも知ってそうだけど何も教えてくれなそうな貴婦人だけだ。
「意地悪している訳ではないのよ? 私もどうにかしたいけど、ここは分からない事が多過ぎるから。何も知らないでいるのは新鮮だけど、とても不安ね」
藤丸の視線に気付いたのか、物憂げな表情を浮かべながら両儀式は言う。なにやら贅沢な悩みをしている気がするが、ともあれ情報を集めていくしか道は無いのだろう。
さしあたって得られた情報は、狂化したランスロットという存在。彼が言っていた「QUEEN」の意味。
そして、崩壊した霊基の跡に遺された、引き裂かれた本
◆
それは、ハンスであってもソウルに納める事は出来なかった。
見た目はボロボロの本でしかない。ちょうど赤い裏表紙が残るように切り裂かれている、ゴミのようなもの。
だが構成しているソウルの強固さは、ともすると先の黒い騎士以上だ。己のソウルにする事が出来ない、大切に扱われた、あるいは大切に扱うべきもの。
童話だ。ハンスは直感的に悟った。
童話とは一つの神秘である。人が思い描く物語が、人の想念によって形を成し、昇華されたもの。誰かの夢が形となったもの。
誰かが思い描いた、ある理想の物語。
しかし、ハンスが知る童話には、もう一つ意味を持つ。捻じ曲がり、歪み、狂い怒れたもの達、その冥福の象徴。
死して屍を晒さず童話を晒す者たちを、ハンスは知っていたはずだ。どこで? 分からない。
本に目を落とす。表題を読む事は出来ない。
予想出来るのは、先ほどの騎士についての物語。だがこれは、童話まるまる一冊ではなく、破かれたもの。戦闘の際に破損した、などというお粗末な理由からではない。おそらく彼は物語の主役ではなく、ただの登場人物だったのだろう。
「これが召喚の触媒になっていた、という事かな」
「触媒というより、依代というべきかしら。物語で構成された使い魔、に近いんでしょうね」
フジマルとセイバーが推察する。
騎士を召喚する為に童話が分解されたのか、童話が分解されたせいで騎士が成ったのか。どちらにせよ、縁深いのは確かだ。
残されたページに目を――通そうとして、止める。繋がっていない童話なんて童話じゃあない。童話の欠片となったものを読む価値なんてないだろう。
ソウルにもならないものを持っていても仕方がないため、童話の欠片をフジマルに押し付ける。フジマルは少し躊躇っていたが、破れかけたページをじっと眺めてから懐に仕舞い込んだ。
「彼は円卓の騎士ランスロットだった。手に持っていた剣に見覚えはなかったけど、間違いないよ」
フジマルの声は確信に満ちていた。長く戦ってきたのであれば、分かる事もあるのだろう。ハンスは深くは聞かなかった。
問題は、何故そんなものがここにいるのか。首無し騎士が彷徨っている場所なのだから、一人くらい大物がいてもおかしくないのか。それにしたって突拍子が無さすぎる。ウサギの騎士であれば何にも疑問に思わなかっただろうに。
――黒い兎、月光を湛えた刃、零れる瓶、邪竜、魔犬、怪鳥――
知らないはずの光景が魂に浮かび、脳へ染み付く。
知っているはずの顔を、鮮血に濡らして思い出す。
だが、いない。思い出すべき存在はここにいない。
故に
いい加減に呟いた言葉が頭の中を反響した。
頭を振って狂気を散らす。いくら
執着するな。敵の腹は刺すものだし味方の背中は抉るもの。一時の共闘から裏切るのは得意のことだろう。本当に? でなければ砕かれたかぼちゃは足元に転がらない。鉄格子の中、旅宿の血溜まりが証明している。黒い黒いソウル。
よし、落ち着いている。とりとめのないイメージばかりが涌き出るのであればいつも通りだ。そのせいで、まともに耳が働かない事がままあるが仕方がない。
しかし目はしっかりと動いている。大丈夫だ。ちゃんと周囲は見えている。今後の方針を話しているだろうフジマル、それを他人事のように耳を傾けているセイバー、姿を失いつつある黒い騎士、金髪の双子、篝火、誰かのアイ、木に寄り掛かる首無し騎士……待て。なんだって? いま、何よりも重要な姿が無かったか?
その影は、長い金の髪を持っていた。
瘦せた身体を寄せ合う二人の目は、赤と青。
金と青が揃えばそれはもうアリスだ。同じ顔立ちなら目の色が違くともアリスだ。当たり前だろう?
制止する声など耳に入れる価値もない。少女たちの影を追って走るのは、私にとって当然のことだった。
追いかける。
追いかける。
白兎の穴から穴へと追いかける。
何も見えていないのに追いかける。
気付けば周囲に白兎なんて影も形もありはしない。
薄ら寂しい白の床、切れ掛かった灯り――蛍光灯とかいうものだ、たしか。
遠くうねるようなレコードの音色と、響く誰かの叫びが耳を刺す。
彩りは鮮血。冷えきった部屋の色彩を、淫らに犯して楽しませてくれる。
病院。
その理解に至るまで、さほど時間は要しなかった。
響いた声は哀れな犠牲者の断末魔か、あるいはそれを貪るものの歓喜か。
病院という施設において、どちらも根底を顕している。
患者を食い物にする医師。医師に罪科を着せる患者。
傷が癒えず死に逝く患者。理想の末に病を患う医師。
延々と続く治療は拷問で、永遠に湧く検体は苦役だ。
故に貧乏人は幸せだ。無駄な金を支払い痛みを引き延ばす治療など受ける選択肢もなく、ただ死という幸福へと突き進める――
続くハンスの思考は、扉の開く音で搔き消された。
自分が開いたものではない。どこか別の場所、別の部屋だ。やけに響いてきたのが気になる。
入ってきた扉を開く。当然のように首狩りウサギの園には繋がっておらず、寒々しい廊下に出るだけ。
周囲に人影は無い。人とは思えない化け物の影も無い。あるのは白い床。白い壁。白い天井。血溜まり。
扉の音がしただろう方向へと足を向ける。
しかし、何故アリスの姿は無いのだろう? これではまるきり詐欺だ。
それにアリスを求めて来た結果病院に辿り着くだなんて、まるで私が
廊下の奥に、開いたままの扉を見つける。何の気配も感じられない。
部屋は弱弱しい蛍光灯の明かりと、赤い紐があるだけだった。
天井から伸びている紐の先には、丸いスイッチが付いている。
まんべんなく赤い。赤すぎて、スイッチから零れた赤が滴り落ちている。音はしない。
ナースコール、という言葉がふと浮かんできた。意味は知らない。だが、確かに呼び鈴のような趣を感じる。
手に取り、そして迷う。押すべきか、否か。
押せばアリスに会えるだろうか。いいや、そんなことはないだろう。なぜならアリスは看護師ではなかった。いやしかし看護師の衣装を着たアリスというのも一見の価値があるという説も有力だ。このスイッチを押して看護師服姿のアリスが出てくるか賭けるか?
逡巡の後、手放す。豊満なアリスが看護師の格好をして注射器を構えながら登場するというのは確かに抗いがたい魅力ではあるが、それは頭蓋の中にあるだけで幸福な光景だ。こんなところに呼び出して誰かの目に触れさせでもしたら勿体ないじゃないか。
それに。
ここまでお膳立てされた光景に何の疑問も抱かないほど、頭の歯車は焼き切れていない。
悪意の中を歩くのを承知しているなら、意に沿うよう動く必要があるだろうか。
寄せ餌のような紐に背を向けて歩き出した、その時。
まるで似つかわしくない、電子的な音が聞こえた。
振り返ると、子供ほどの背丈の何かが赤いボタンを押している。顔は見えない。無いものは見えない。
咄嗟にそれを突き飛ばそうと力を込めるが、びくともしない。内包しているソウルの密度が違う。
ならばと剣の柄に伸びていた手を、何かに捕まれた。子供に? 違う。目の前の子供はスイッチを弄っているだけ。
それは鎧の上から触っていた。
だというのに分かる。萎びた指が絡みつき、腕を、いや四肢を掴んでいる。
抵抗は意味を為さず、逆さに吊られ、そして落ちる。ガシャン。賑やかな金属音。何かの上に落とされた。
身を起こすよりも早く、体に帯状のものが巻き付く。足から腰、腕ごと胴体、首、頭。
そして目の前に影が差す。兜のバイザーの隙間へ差し込まれた刺剣のようななにかは、一分の慈悲もなく眼球を貫いた。
――ああ。担架とベルト、そして注射器だ。
神経まで貫く冷たさと、染み渡る温い汚泥が意識を揺さぶる中で、己が拘束されたことに気づいた。