チリチリと焦げつく処女雪を模したような髪
鼻腔を燃やされた死体の臭いが貫き、留まる
人の波に逆らい、
人の波から聞こえてくる声はどれも悲鳴、嗚咽、怒声など感情が錯綜したものばかり
炎の先には白装束を纏った男達が阿鼻叫喚する様子がうっすら視認できる
地獄の業火で焼けただれた憧れの地を目の前に、僕は膝を折り涙を流す
そして僕は、ヨロヨロと覚束無い足取りで【思い出の場所】へ歩みを進めた
その言葉を、約束を信じ……少年は荒廃とした都市の瓦礫の中を歩く
これは、瞳の奥に映る大好きな
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やって来たのは突然だった。広く寂れた山奥の村で、遊ぶ相手も居ないおじいちゃんと2人きりの生活。特に不満も無くそれなりに楽しかったが、変化も無かった僕達の生活はモノクロに染まっていた。
そんな日常の1ページ。不意に現れたのは灰色の髪と左右の異なる瞳が特徴的な、美しい人だった。
その人は僕を見るなり抱きしめてきた。優しく、包み込むように。僕はその知らない温もりに包まれた時、今までのモノクロの世界と入り交じった。
僕の世界が灰色に染まった瞬間だった。
突然現れた彼女は自らをアルフィアと名乗った。僕の実の母の姉らしいが、実感は無かった。父と母の顔、名前すら僕は知らなかったから。
あとから現れた、おじいちゃんよりも筋骨隆々とした無骨な大男はザルドと言った。
おじいちゃんとお義母さん、叔父さん。その日から僕は4人家族になった。
不思議と突然現れた2人に警戒心は抱かなかった。むしろ親しみさえあった。朝起きて、叔父さんやお義母さんの作ったご飯を一緒に食べ、お義母さんと一緒に遊んで、叔父さんやおじいちゃんと畑仕事をして、お義母さんとお風呂に入って、お義母さんに抱きしめられながら眠る。
お義母さんは僕を怒ってくれた。でも、怖いからなるべく良い子にした。
お義母さんは僕を護ってくれた、でも、いつかは僕が守りたいと思った。
お義母さんは僕の髪を好きだと言ってくれた。だから、なるべく伸ばすようにもした。
お義母さんは僕の事を好きだと言ってくれた。抱きしめてくれた。何度も、何度も。
僕もお義母さんに大好きだと伝えた。抱きしめ返した。何度も、何度も。
憧れの地だったオラリオにも連れてって貰えた。お墓参りという目的で行ったのは、僕の本当のお母さんのお墓である廃教会。お義母さんはここが大好きだと言っていた。死ぬならここがいいなと縁起でもない事も言ってた記憶がある。
白と黒、モノクロが混じった灰色の時間。それは間違い無く、僕の人生の中で最も幸せな時間だった。今までも、これからも……
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「待ってよおかあさん!いかないでよ!」
いつまでも続いて欲しい時間は唐突に終わりを告げた。それはとある晩のこと。いつもよりも肌寒く感じた僕は目を開くと、いるはずのお義母さんはいなかった。僕は慌てて跳ね起き、当てもなく家の中を走り回った。家具を薙ぎ倒し、扉という扉を開け放ち、引き出しという引き出しを抜き去った。
でも、居ない。どこにも、居ない。
信じたくなかったが、僕は家を飛び出して外に出た。
いた。でも、その後ろ姿はお義母さんでは無い。決意を持った得体の知れない何かだった。
初めて僕はお義母さんを『怖い』と思った。
「お……かあさん、、、?」
思わず出した声にお義母さんは反応した。僕の名を呼び駆け寄って、動けない僕の目線に合わせてしゃがみこむ。
いつもしゃがむ時は怒る合図だったから、僕は少し後ずさる。
でも今日は違った。出会った時と同じように、僕の背中に手を回す。
「ベル」
何故だろう、その声に涙が止まらなかった。
「うっ……あぁあ」
いつも通りの手つきで、お義母さんは僕の頭を撫でてくれる。
「泣くな。っ……こっちまで、泣きたくなるだろうが」
「おかあさん……いや、いやだよおぉ……」
「ばかっ……本当に…このっ」
僕を撫でる手で自らの顔を覆い、お義母さんはポロポロと涙を流した。
夜闇なのにお義母さんの顔だけははっきりと分かる。お義母さんは真っ直ぐに僕の目を見て言った。
「ベル……お前は生きろ。残り少ない私たちの分まで」
いつも閉じている瞳は見開かれていた。
「やだっ……やだよ、おかあさんとずっといたい!」
「そんな、、、私だってお前といたいさ!でもっ…できないんだよ………」
そう言ってお義母さんは立ち上がる。僕は呆然と、その立ち姿を見ていることしか出来ない。
「……ベル。戻ってくる。必ずお前の元に戻ってくるから。冒険者が必要の無いような、お前が剣を取らなくても済むような、、……平和な世界にしてみせる。…………勝手だけど、お義母さんを許して、信じてくれ」
再三に渡って言われ続けていた「冒険者にはならないで欲しい」の言葉。いつも言われる度に反発して困らせていた。……でも、でも!!!!
「おかあさんっ!いうこときくから!きらいなものもたべる!ぼうけんしゃにもならないからっ!おねがいだからっ………もどって、よ、、、」
その声は届くことは無かった。暗闇に浮かぶ不気味な影が、自分の1番大切な人を二度と会えない場所へ導いていく気がした。
お義母さんが振り返った。僕はお義母さんの元へ駆け寄って飛びついた。
首元に衝撃が走り、いつもの温もりの中で僕は意識を失った。
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朝起きたら、僕はいつものベッドで寝ていた。いつもと違うのは隣に大好きな人がいないこと。
結局、昨日のことは夢では無かった。僕はまたおじいちゃんと二人の生活へ戻ってしまった。
あの日から僕は涙が止まらなかった。村のおじさんやおばさんからも心配されたけど、何と言葉をかければ良いか分からなかったらしい。その日は直ぐに帰って行った。それから毎日様子は見に来てくれるが、僕の口角はどうしても上がることは無かった。笑うと、目尻から大粒の涙が流れ落ち、膝を折って地へ崩れ落ちてしまう。
そして数日が経った頃、オラリオから来たという商人が村へ来ていた。僕はおじいちゃんの目を盗み、夜中に帰り支度をしている商人に頼み倒して人生二度目のオラリオへと旅立った。
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久しぶりに見たオラリオは変わり果てた姿で僕を出迎えてくれた。そこは決して【英雄を生み出す都市】では無かった。
「坊主!待て、行くんじゃねえ!死んじまうぞ!」
商人のおじちゃんが必死に止めてくれる。でも……
「行かなきゃ……お義母さんが待ってるんです………」
おじちゃんを振り切って、僕は逃げ惑う人の波の中へと入り込んだ。
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「なかなかやるな、小娘ども……私の、負けだ」
視界には正義の眷属たち。私は彼女達に背を向け、その場を去ろうとする。
「ま、待ちなさい!あなた、どこへ行くつもりなの!?」
赤髪、翡翠色の瞳を持つ正義の眷属たちの団長、、アリーゼと言ったか。それが私の背に訴えかけてきた。
「なに……逃げるのではない。ただ、約束を果たしにいく、だけだ。後は任せ、た」
直後、逆流してきた鮮血が喉から溢れ出す。右目は火傷による裂傷で視力を失い、ドレスは所々破け痛々しく傷ついている。正直、歩くことさえやっとだ。
「メーテリア………今か、ら、行くよ……」
私はもう言うことの聞かない身体を引きずり、思い出の詰まった廃教会へ歩く。
途中、あらゆる冒険者から隙ありと散々に切り裂かれる。その度に魔法を使い、内部から身体が壊れてゆく。せめて……せめて、最期は廃教会で事切れたい。
ボロ雑巾のように這いつくばってでも行く。この身体が朽ち果てても良い。プライドなんぞくれてやる。だから、頼むから……
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前来た時はずっとお義母さんに抱っこ、もしくはおんぶされて来たから土地勘なんて皆無のはずだった。でも、何かに導かれるように僕は迷いなく瓦礫を、焦げ付いた土や草、腐乱した死体を踏みつけて走った。
休みなく全力で。頼むから生きていてと願い続けながら……
「つ、着いた……」
これがあの教会?人目見た時、簡単には信じられなかった。お義母さんと来た時はまだ少し崩れていても美麗さは保っていた。荘厳として煌びやかに存在感を放っていた。
でも、目の前の廃教会は違った。
どこからともなくやって来た火炎に晒され外壁は脆くも崩れて落ち、塗装は殆どが剥がれている。守るようにして設置されていた塀は原型すら留めておらず、青々と茂っていた草や木は焼き尽くされて黒く炭化していた。
何故か周囲には野次馬の群れが教会を取り囲んでいる。群衆を僕は掻き分け、教会の門へと手を伸ばす。
正直、怖い。お義母さんがいなかったらと思うと、、狂ってしまうかもしれない。
でも……それでも…!!!!
「行かなきゃ……」
横から後ろから、冒険者の声が聞こえてくる。どれもこれも行くな、危ないと言った制止ばかり。
僕はヨロヨロと、走り疲れた足を引きずって門を開けた。
ギギギと擦れる音が教会に木霊する。床に血溜まりが出来ていて、あらゆる場所から火の粉が縦横無尽に飛び回る。ステンドグラスは割れ落ち、あれだけ美しく内装を彩っていた装飾品は見るも無惨に形を歪め光を失っていた。
でも僕は、そんなことなど視界にも入らなかった。
教会の礼拝の場に、彼女は立っていた。傷だらけでドレスもボロボロ。それでも凛とした花のごとく、美しく毅然としてそこにいた。
僕の声は届いた。お義母さんは振り返り、今までに見た事の無い柔らかな微笑みを僕に向けた。
でも、瞳が死を写していた事を僕は見逃さなかった。その瞳は僕と同じ血に濡れたような
安心したのか、緊張の糸が切れたのか、お義母さんは重力に身を預けてゆっくりと倒れてゆく。僕は脳天に稲妻が走る感覚がして、考えるよりも先にお義母さんの元へ走っていた。
だが、無情にも僕の短い腕のその先でお義母さんは倒れてしまう。木々が呻き声を上げ、お義母さんを受け止めた。僕は躊躇いもせずにお義母さんの元へ走り出した。
「おかあさんおかあさんおかあさんおかあさん!!!!!!」
「どう、して……こんな、、とこ、ま…で……カハッ」
口から血が噴水のように溢れ出て、白い肌を深紅に染め上げる。でも、僕はどうすることも出来ない。己の無力をただひたすらに呪った。
「やだ……やだよぉ、しなないでよ……!!」
僕は、初めてお義母さんが泣いているのを見た。でも、自分の涙は拭わずに僕の涙を震える指でそっと掬ってくれた。
「泣くな………ほん、とうに……嬉しかった。さい、ごに、、お前に……会えて。……なに、一つ悔いのな…い、、じんせ…いだったよ」
「やだやだやだやだ!!!!!!これからもずっとずっとおかあさんといっしょだもん!やだ、やだよお!!!!!!」
お義母さんに縋り付くように泣き続ける。すると、いつも眠る時に感じていた
「お、かあ……さん?」
「お前が…、剣を取らない。……そんな、世の中、、に。なったら良いなあ」
「ねえ、おかあさんってば!」
「そしたら……お前とも。たくさん………遊べ、たのに…」
「これからも遊ぼうよ!やだよ、これが最後なんてやだ!」
「ベル…………」
唇に乾いた、柔らかいものが当たる。初めての
顔が離された後、お義母さんは目を閉じ、最高の笑顔を見せてくれた。
満ち足りたその笑顔は、いつまでもそこにあり続けた。
………もう二度と、その瞳を開くことは無かった。