私達2人は今、オラリオから程遠くにある地図にも載らない辺境の山奥の村にいる。
「どうしてこうなった……?」
ベルにとっては生まれ育った村。そのせいか少し笑顔らしき表情が戻ってきたのは喜ばしいことだって、違う、そうじゃない。いや、どうしてって理由は分かっている。しっかり分かっている。そう、あれはつい3日前、ベルが星屑の庭に来てちょうど一週間ほど経った時のことだった。
〜〜〜
「あ…」
「どうした、この服が欲しいのか?」
「う」
「待っていろ、部屋にまだ何種類かあるはずだから持ってきてやる」
「ん…」
「ちゃんと頭を下げられて偉いな。母の教育が良かったのだな」
「う……!!」
ポンポンと頭を軽く叩いて部屋へ戻り、着物を持てるだけ持って大部屋まで戻る。途中、身体を貫くような痛みが足に走る。だが、すすり泣く声が聞こえてきたので溜息をつきつつ駆け足でベルの元へ行くと、そこには案の定泣いていたベルと団長、主神様が居た。
「ん?どうしたのだ、2人して」
私の問いかけに2人は答えず、こちらへと手招きしてくる。私はなんの事か分からず2人に近づくと、団長にグイッと胸ぐらを引っ張られ顔を至近距離で突き合わせる形になる。
「なんだ、ベルは泣いてるしいつの間にかお前はいるし。簡潔かつ詳細に話せ」
「ベル泣く輝夜いない、お話のため来た」
「ふざけているのか貴様は!?」
私はアリーゼを振りほどき、泣くベルを抱いて泣き止ませる。
「まあまあ落ち着いて。ベルは落ち着かなくて歩き回ってたら足を机にぶつけただけだから」
「輝夜がいないとす〜ぐ泣いちゃうのよね、この子」
「余程あの時が怖かったのでしょうね」
あの時とは、ベルがあまりにも微々たることで泣くから、1発デコピンを入れた後一喝した時のことだ。それから泣かないようになったものの、より一層私から離れなくなってしまった。 何故だ。
「そ、それは置いておけ。で、話とは?」
「結論から言うわね。ベルを安全なとこへ連れていく。それについて行って欲しいの」
「………は?」
確かに私に最も懐いていることは自覚している。しかし、それはファミリアにも迷惑がかかるし、何より安全なとこと言うとオラリオの外、実質冒険者として戦力外と言われているのと同じ響きを持つ。
「いや、それは」
「輝夜の言いたいことは分かるわ。でも、これはファミリアの総意よ」
「なっ……」
ファミリアの……総意?受け取り方次第では、皆揃って私を除け者にしようとしているみたいではないか。
しかし、それは杞憂に終わってくれた。
「輝夜、足を見せて」
「……何故だ」
「いいから見せなさーい!!」
「ちょっ、やめっ!」
無理やり着物の裾を開けられ、下着が見えるギリギリまで広げられる。
「アリーゼっ!な、何を」
「ねえ、これなに?」
アリーゼが指さしたのは、左膝から太ももの上にかけてある大きな傷。その傷は大きな爪に抉り取られたように深く、また白く美麗な肌の中で存在感を際立たせるように黒く変色していた。
「相当大きな傷、それに火傷の裂傷も。ねえ、こんなので冒険者やれるの?」
傷を少し触れられる。切り裂かれるような痛みが走り、その場に崩れ落ちてしまった。
「輝夜、あなたは先の戦いで……その、【静寂】相手に激しく立ち回った。そのせいでこんなにも大きな傷を負ったのは分かってる。それに、体の内部にもかなりの傷が蓄積しているはずよ。だから、少しの間療養期間としてベルについて行って貰いたいの」
「万全な状態じゃないと取り返しのつかないことになるわよ。私達はそれを避けたい。輝夜とまだまだ冒険したいから、遠回りになるけどこの選択肢を取って欲しいの」
「誤解を生むような言い方でごめんなさいね」
……確かに。私はここにいたら間違いなく無理をしてしまうだろう。私だって、ファミリアの皆とまだまだ冒険をしたい。
「分かった。行こう」
2人は安堵し、私に謝った。私は感謝を伝え、晴れ晴れとした気持ちでベルの故郷へ行く気持ちが整った。
だが、突如として泣き始めたベルの涙の意味はついぞ分からなかった。
〜〜〜
……と言うのが、ここまでに至る経緯だ。私は療養。期間はベルに対してのほとぼりが冷めるまで。悪いことをしてないのにほとぼりが冷めるとは理解し難いが、社会というものは繋がりを重視するからな。無理やり納得するしかないだろう。
「ベル、早速だがお前の家に案内してくれ」
コクリ、と頷きタッタッタッと走る。歩幅が小さいので私の歩くスピードと同じなのがまた可愛い。それを気にしてスピードを上げようた必死になってるとこなんてもう、、、ヤバい。
そんなことを考えてたら、少し古びたツギハギだらけの家が見えてきた。
ベルはあれっ!と指さす。正直、意外だった。あの気高いアルフィアのことだからもっと豪奢なものを想像していたのだが……
立ち止まって眺めていると、ベルが裾を引っ張り早く来るよう促してきた。そしてまた少し坂道を登って立て付けの悪い玄関を開き中へ入る。
「た!」
喜んで入っていったベルに異変が生じたのは、それからすぐだった。
そういえば、私はベルのことを
「どうした、何があった」
私はベルが握りしめた手紙を取り上げ、目を通す。
『ーーーベルよ。わしは新たな英雄を探しに少し旅をしてくる。なに、心配はいらぬ。死にはせんよ!………お前を1人にしてしまうこと、許して欲しい。恨んでくれても構わん。見捨てて行く爺が言えることでは無いが、また会える日を楽しみにしておる』
「………なんだ、これは」
身勝手にも程がある内容だ。
「ベル、こっちへ来い」
「うわぁぁん!ひっ、う、あうっ」
家族に先立たれ、捨てられる。これほどまでに辛く苦しいことがあるのだろうか?いや………無い。断じて無い。幼子にとって家族とはすなわち世界。これが意味するところは私がよく知っている。
だから、捨て置けなかった。泣いているこの子を放ってはおけなかった。
「今は泣け、泣いておけ。気の済むまで泣け。その涙がお前の行く末を指し示す道標になる。泣いた後に進むべき本当の道が見えてくる」
胸に飛び込み顔をうずめて泣く、3頭身と少しの大きさしかない少年の頭を優しく撫でてやる。
泣き声は夕闇に溶け、いつの間にか2人は身を寄せあい眠ってしまった。
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引っ越してから数日、ようやくベルがたどたどしくも話せるようになってきた。ベルは感情表現が大袈裟に顔に出るし、文字はアルフィアに厳しく教えてもらったらしいので意思疎通には困ることは無かったのだが……まあ、元々大きすぎるショックから言葉が紡げずにいたのだから元通りと言うべきだろう。私としても嬉しい事だった。
喋ることが出来てから私は色々なことを聞いた。ベル自身のことや、アルフィアのこと。それ以外にも色々聞いた。
その時に気づいたことは、本来ならばお喋りが好きな子だということだ。どちらかと言うと、陰険な性格と言うより純新無垢で明るく朗らか。それ故に、そんな子が愛してやまない【絶対悪】を冠して殺戮を行った1人の女の事がより分からなくなった。
アルフィアの影響は彼にも色濃く残っており、その最たる例が目を閉じる行為。私を見る時はその大きく丸い瞳をこちらに向けてくるが、基本は目を瞑っていることの方が多い。アルフィアは『煩わしい物共を視界に映すだけつかれる』と言っていたが、本来の理由は違うようだった。
「おかあさん、すきな、ひとは、め、ひらくの」
「おかあさん、ぼくをみる、ずっと、ずっとひらいてた」
「おかあさん、きらい、みないよ。だからぼくも、みない」
さらにベルは話を続ける。纏めると、このようなことがあったらしい。
〜〜〜
「お母さん、なんでお母さんはよく目を閉じてるの?なんで、僕の前では目を開いてるの?」
少年はふと頭に浮かんだ疑問を母にぶつける。すると、母は少年に目線を合わせるようにしゃがみ、少年の両頬を自分の手のひらで覆った。
「見たい人はしっかり瞼を上げて、歪ではあるが自らの瞳でしっかり見ないとな。ほら、目を開けばしっかりお前のことがよく見える。お前も、私のことがよく見えているだろう?」
「うんっ!お母さんの綺麗な顔、いっぱい見える!」
〜〜〜
本当に子煩悩だったのだろう、心温まるエピソードだ。これが世界最大級の都市を破滅の一歩手前へと追い込んだ稀代の殺戮者と知っていなければ、これほどまでに複雑な感情を持つことも無かったのに………
他にも、【暴喰】も共に住んでいたこと。【暴喰】の料理は絶品だったこと。祖父は基本地中に埋まっていたこと。寝食はいつも4人でしていて楽しかったことなどをゆっくり、思い出を一つ一つ丁寧に紡いでくように話してくれた。
そうしてベルはやがて話し疲れ、私の膝に頭を乗せて眠ってしまった。
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ベルは何故私に懐いたのか。私の性格は裏表が激しく、決して子供に好かれるようなものでは無い。
朝食を終え、私の膝の上で人形遊びをするベルを見てふとそう思った。でも、ベルに直接聞くとまた泣かせてしまいそうで不安だ。そこで、私は遠回しに探っていくことにしてみた。
「ベル」
「なに?」
「あー・・その、なんだ。私はお前の母と、似ているとこはあるのか?」
ベルは手を止め少し考える。
「かみ、ながい!」
「違うわ阿呆!?」
言った後にすぐ後悔する。不味い。ベルが少し瞳を潤ませ始めた。
「そ、そうじゃなくてな。ほら、中身だ」
「なかみ?」
「そう!喋り方とか、雰囲気とか」
「ある!」
今度は即答だった。
「どこが似ているんだ?」
「らんぼう。でも、やさしい。あと…きれい」
「なっ……!?」
今度は私が返しに窮する番だった。私も普通の少女と同じならば花も恥じらう乙女と比喩される年頃だ。過去に少し、
だが、優しいとも言われたのだ。それに綺麗とも。責めようものか、礼を言うべきなのか、私には咄嗟に判断がつかなかった。それはもう、本来の目的などどうでも良い程に頭を使っていた。
そんな私を訝しむベル。そして、何故か私は抱き締められる。
「ど、どうしたんだ?」
問うても、私の胸に顔を埋めて何も言わない。
「ベル?」
「?」
キョトンとしてる。上目遣いで。可愛すぎる、じゃない。 どうしてこんなに状況になっているんだ。そう聞こうとした時、あちらから答えは返ってきた。
「お母さんが、すきなひと、困ってたら、ギュッてするって」
私はしばらくの間、その場で意識が飛んでしまった。
「かぐやさん?」
ぺちぺちと小さな手で頬に触れられる。下から聞こえる、声変わりのしていない高い声で私は戻ってきた。ベルの表情は瞬く間に輝かしい笑顔になって、頬を何度もぺちぺちぺちぺち触れられる。まあ、好きにさせといて私は考えを整理する。
要は、私が最もアルフィアと似ていた。
うん、これだな。似ていたから懐いた。しかも内面。殺戮者と同じとは、非常に嫌だがしょうがない。ベルにとっては大好きな母と似ているだけで悪気は一切無いのだから。
でも、やっぱり……
「複雑だなぁ……」
結局今日も特に何もすることはなく、言葉では表すことの出来ない感情に苛まれながら黄昏れる輝夜は沈みゆく太陽を眺めながらベルと戯れて一日を終えたのであった。
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「なによ……なんなのよこいつ!?」
突如として現れた巨大な怪物。返り血を浴び朱に染る龍の骸は間断なく、容赦なく攻撃を浴びせてくる。
もう何時間戦ったのだろう?皆が満身創痍。何人かは既に帰らぬ人になってしまっている。だが、
「う、うわあああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「待ちなさい!!!!行かないでぇ!!!!!!!!」
「行くなっ!貴方まで死なせたくない!!!!」
ニヤリと、表情を持たぬ骸の王が頬を緩めた。
目の前で、業火に彩られた一輪の華が咲いた。血のように赤く、黒い不気味な花。
正義は闇に堕ちる。人知らぬ場所で、跡形もなく。希望の光は闇に呑まれ、打ち砕かれた。