静寂と正義の狭間にて   作:あルプ

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Grand mother

すっかりベルは喋れるようになった。それと同時に、今私はかなり困った問題に直面してしまっている。

 

「ここを離れたくない」

 

「平和に生きてたい」

 

「約束したもん。僕は【冒険】なんてしない」

 

ベルにオラリオのことを聞かれ、話した途端に狼狽してしまった。落ち着いても顔を合わせようとせず、うわ言のように「冒険者にならない」と繰り返している。

 

私が迂闊だった。ベルは【あの光景】を直に見ているのだ。憎しみと苦しみ、それらから解き放たれた後に来る死にゆく敵への嘲笑や侮蔑を含んだ蹂躙を。

 

だが、いずれはベルも連れてオラリオへ戻らなければならない。それでもこの子は冒険者そのものを激しく嫌悪している。これは大きすぎる障害だ。オラリオとは【冒険者の街】として世界に名を知られているから、至る所に【冒険】の2文字が付きまとってしまう。どの職業でも冒険者と関わるのは必然的であり、冒険者によって成り立つ街。要は、ベルはオラリオを支える根を憎んでいるのだ。

ベル自身、あの時のことで大きな心境の変化があったらしいことが彼の本棚から推し量れる。壁一面びっしりの英雄譚に、砂漠から海へ、密林から都市へ、田舎から迷宮へ………など、文字通りの【冒険】をする本が並んでいるのだ。

だが、それも今のベルの眼中には無いようだった。ここに戻ってから1度もそれらの本に触れた形跡は無く、読み込んで手垢で黄ばんだ本すら見向きもしていない。開くのはアルフィアと自分の日記のみ。

 

何よりアルフィアが死んだ原因の一つが【冒険者】であるのだから。

 

………本当に、愚かだった。少し考えれば、()()()()()()()()()()()()()()()と言うだけでも十分に憎む動機となり得るのに。

 

ベルはあれきり、部屋に引き篭ってしまっている。ようやく開きかけてきた心を再び閉ざされてしまった。

 

 

 

 

その日はここに来て初めて、一人で寝た。隙間風が異様に冷たく感じたのは、気のせいでは無いはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

その後、何日も似たような日が続いた。ことが起きたその日の夜は部屋の隅で泣きながら眠っていた。あれからずっと涙を流していたらしく、泣き腫らした目元は真っ赤になって跡も残っているのが痛々しくて見てられなかった。 ベルは結局、寒い日の中で毛布はおろか布切れ1枚すらかけずに眠っていたから風邪を引いてしまった。

そして、困難は直面しているそばからドミノのように押し寄せてくる。本当にその通りだと実感した。というのも、ベルは風邪の治りが異常に悪かった。栄養面での問題も特に無いはずなのに、やはりそう言った血筋なのだろうか。特段不治の病を抱えている訳ではないものの、中々治らない。熱はベルの周囲にいれば感じるほどに上がり、呼吸も常に荒い。濡れたタオルもすぐに取り替えなければならず、常に傍に居続けなければならなかった。熱が下がっても、今度は咳や吐血が続いた。こんな状態だから村の医者を呼びにも行けず、事態は悪化し続けた。

何日も引きこもる私たちが不安になったらしく、村の医者が寄って来てくれて薬を処方してくれたことで何とかベルは落ち着いた。

 

ベルは症状が治まったその日から毎晩毎晩私に冒険者かどうかを尋ねてきた。現実から目を背けようと必死なのがまだまだ幼い顔からも伝わってきて、

 

「今はお前の姉だ」

 

と言ってはぐらかすしか無かった。私は私で、自分の居場所である【冒険者】を否定する気には、遂になれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

何週間も経った。だが、未だにベルは「冒険者なのか」という質問を私にぶつけている。仕方が無いとはいえ、私もかなり辟易としてきていて、ガツンと一喝してやろうかと思った時にその女神はやって来た。

 

「久しぶりだな、ベル」

「おばあちゃん!!」

 

その神は決して善神とは呼べなかった。不敵な神威ダダ漏れ、存在そのものが異様な鋭さを持つ不気味な神だった。ただ、目の前に広がる光景はただただ孫に甘い祖母の姿。存在感と実態の乖離に輝夜の脳は追いつけていなかった。

……いや、祖母と言うには若すぎるというのも視覚情報を壊している1つの要因なのだが。

亜麻色の腰まで伸びた長い髪に黄金に輝く瞳。色白の肌が相対的に映えるような、薄暗い色合いの衣服に身を包んでいる。

また、流石は女神と言えるプロポーション。背は私よりも少し高い程度で、出るとこは出ていて引き締まるべきとこは引き締まっている。

・・・そしてベルは、現在進行形で自己主張しすぎている双丘に埋もれている。

 

「ベルよ。あれはなんだ?」

 

くっ……気配を消してたはずなのに、あっさり勘づかれた。何だこの女神。

 

「おばあちゃん、あの人は今僕をお世話してくれてる人だよ。輝夜さんって言うんだ」

「そうか。所作から何となく分かる。お前は恐らく冒険者だろう?遠いところからわざわざすまないな」

 

思いのほか礼儀正しくて拍子抜けしてしまった。緊張の糸が一瞬にして緩んだ。しかし、不思議と肩の力は抜けない。

 

「ねえ、おばあちゃんはいつまでいてくれるの?」

「そうだな……ベルはいつまでいて欲しい?」

「ずっと!!!」

「そうか。そうだよな。でも、おばあちゃんも色々大変なんだ。ごめんな」

「うん……でも、また来てくれるよね?」

「もちろんだ。孫の顔を見に来ないおばあちゃんがどこにいる?」

「わぁい!!!!おばあちゃん大好き!」

 

ベルはずっと祖母に抱きついている。ほんとに仲睦まじい様子で、何故ベルと共に暮らさないのかが不思議だ。

その日は、終始私は置いてけぼりで久しぶりの祖母と孫の対面を見せつけられる形になった。

 

 

冷たい風が私だけを吹き飛ばそうとしている気がして、私は1人嫌な寒気に身震いした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

日が暮れて夕飯を食べ、ベルが寝た頃に件の祖母が1人酒を煽る私の元へやってきた。

 

「深夜に1人酒を飲んで憂鬱そうにするのは好かんな」

「あら、見られてしまいましたか」

「幼子は意外に見ておるものだぞ。あまりあの子の教育に悪いことはしでかすな」

「クスクス……分かりました。以後気おつけますゆえ、今日は見逃して頂けませんか?なんせ見知らぬ神が突然やって来られましたので、私はもう不安で不安で」

「よく動く口だな。それに、貴様からは不安と言うよりこいつは誰だと言う疑念の方が強く感じられる。神を相手に堂々と表面を嘘で塗り固められるのは豪胆か、計算高いのか、あるいは馬鹿か。貴様はどれだ?」

 

相変わらず神は喰えない。見せたくない自分を引っ剥がしてくるのは善神であろうと邪神であろうと変わらないようだ。ただ、意味合いが違うだけで。

 

「ふんっ。どうだかな」

「早速本性を見せてきたな。それで良い。あの子にはその姿を見せているのか?」

「ああ」

「通りで懐くわけだ。アルフィアとどことなく似ているからな」

「私にとってそれは喜ばしいことでは無い」

「だろうな」

「なあ、いい加減本題へ入らないか?めんどくさい問答は酒の肴にもならん」

「それもそうだな」

 

彼女は言うと、足音を鳴らさないようこちらに歩いてきて静かに私の横に座ってきた。

そして、耳元で囁いてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「貴様が我が子を殺したのか?」

 

 

 

 

 

 

 

脳で言葉が反響し、固まった。私だけではない。彼女の絶対零度の視線、纏うオーラで見えるもの、感じ取れるもの全ての時が止まった。私は口を開いたまま、空気を()むしかなかった。

 

「なあ、聞いてるのか?何も取って食おうとは言っていない」

 

嘘、嘘、嘘だ。言葉通りなら今溢れている神威(殺気)は一体なんだ。娘って一体……

 

「あっ」

 

気づいて、声が出てしまった。襲われる前の情けない哀れな生娘の声が夜闇に溶ける。

そうだ。なぜ今まで気づかなかった。神、ベルの祖母、ベルの母親。そして彼女から出た娘という言葉。

 

「貴方は神、ヘラか」

「気づいてなかったのか」

「思っていた以上に私は動揺していたようだ」

「ふふ……そのようだな。で?問うているのは私だ。早く答えろ」

 

やはり神、人の形をしていても人ならざるものだということを実感する。それだけの威圧感を、数多の修羅場を掻い潜ってきたこの私が受けた。

嘘はつけない。意を決して口を開く。

 

「ああ。私が殺した。正確には、死の原因の一端を作った」

 

今度は時が止まることは無かった。代わりに、冷ややかな雫が私の手にポツリ、ポツリと落ちてきた。

 

「歳を重ねるのは良くないな。どうしても涙脆くなってしまう……」

「っ……!!!!」

「昔は怒りが先行していたが、歳だな。憎しみより悲しみが大きくて、辛い」

 

言葉が出なかった。目の前で泣き崩れる女神に、先程までの存在感や恐怖は欠片も無かった。

涙ぐみながら絞り出し、話し始めたその声はか細く心が締め付けられるものだった。

 

「………あの娘、アルフィアを、最後の娘を殺した相手をどう苦しめ殺してやろうか。いや、生ぬるいな。殺して欲しいと懇願するほどの苦痛をどうやって与えてやろうかと、オラリオから訃報が届いた時からそのことばかり考えていたよ」

「でも、アルフィアが残してきたベルとそれに殺された原因の一端を担うお前の表情を見て、気が変わった。お前は……アルフィアを殺したことを後悔しているな?」

 

図星だった。殺したことを後悔するなどあってはならないこと。しかし、嘘を見破れる神の手前反発することも出来ずに、口に広がる鉄の味を無理やり飲み込む。

 

「いや、良いんだ。後悔しているということは、お前もアルフィアの、欠片程度かもしれない優しさに触れたのだろう?絶対悪になりきれなかったあの娘のことを」

 

ヘラはおばあちゃんの思い出話だと思って聞いてくれと話を続ける。その声色は、私がまだ触れたことの無い温もりに包まれていた。

 

「あの娘は本当に手のかかる子だった。妹には激甘だったが、他に対しては冷徹無比、傲岸不遜、残虐非道。でも、その分可愛さもひとしおだったんだ」

「あの娘の所業はもちろん聞いている。でも、いてもたっても居られなくなった。だが……私はもう何かを出来る訳では無い。眷属を失った神などこの世界には要らない、というより異分子として排される対象だ」

「どこかで首でも括って上へ戻るか、それとも阿呆(ゼウス)を探すか。迷ってた時に思い出したんだよ。あの娘達姉妹の忘れ形見のことを」

「……それがベル・クラネルと言うわけか」

 

ヘラは無言で首を縦に振る。また、遠い目をして話し始めた。

 

「以前にも何度か会っていて、よく懐いてくれていたから気になったんだ。会いに行こうと思い立ったその時、本当にちょうどその時に失踪していた白髪の少年が戻ってきたと噂になっていた。黒髪美人を連れて…と」

 

そんなことを聞いてはいてもたっても居られなくなった。だから来たんだと話を締めくくる。私は会話を繋ごうとしようにも何も言えずに口を一文字に結ぶしか無かった。

数分後、ベルが寝ぼけてこちらまで来た。ヘラは水を飲ませ、眠りに落ちていくベルを抱えてそのままベッドへ戻って行った。

 

「おやすみ」の一言を口にして。

 

今宵はその言葉を最後に、自然と終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな状況が何週間も続いたある夕暮れ時。起きてはならない事件がこの村を襲った。

 

 

 

 

 

 

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