静寂と正義の狭間にて   作:あルプ

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次回の転換点の前日譚としてお読みください


転機

その日はいつも通りの朝から始まった。小鳥がさえずり、窓から日差しが射し込んで来る。家畜の鶏が高らかに叫び、その声で目を擦りながらも何とか布団から出ては朝食の用意を始める。

30分も経った頃、朝食の用意もほとんど出来た頃合いになって他のふたりも起きてくる。大方、ヘラはかなり前に起きてベルのほっぺたをぷにぷにしたりと孫を愛でていたのだろう。まあ、特に指摘する事は特にしないが。

 

「おはよう。毎朝すまないな」

「その気持ちがあるなら手伝え」

「なに、夜は作るさ」

「ん〜……」

 

何度も繰り返したお決まりの問答の後、ベルが起きてきてヘラの服の裾を掴む。まだ眠いようで、コクリコクリと首は船を漕いでいる。

ちなみに、ヘラは何か含みを持たせたような言い方で当分の間はここに居ると話していた。ベルはそれを聞くと、文字通り兎のように跳ねて喜んでいた。

 

「おはようベル。まだ眠いか?」

「んん……」

「起きるか?」

「起きる……うん。おきる。おはよう、かぐやさん」

「ああ。おはよう、ベル」

 

ベルに目線を合わせ、こうやって聞くのも日課になってきた。こうしていつも通りの私たちの1日は過ぎてゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

私たちの家は最も近い村から少し登った所にあった。だから、村に起こる変化には基本的に気づかない。反対側にある村が雪崩で壊滅したことはもちろん、家が無くなったり、人が死んだりといったことなんて正直知らされなければ分からないくらいだ。

それもそのはず。厳密に言うとこの家は村の一部ではないので、たまたま出会った村人との世間話で聞く程度でしか知ることは無かった。

また、ヘラが来てからは家の前に畑を作ったり家畜を育て始めたりしているので余計に関わることはなくなった。今は病気がちなベルを診てもらうために、定期的に村の医者に来てもらうくらいでしかない。

 

 

そして、その日は来るはずの医者が来なかった。私は不審に思いつつも、まあ用があるのだろうとヘラに言われて殴り込みに行くのはやめておいた。

だが、数日が経っても来ない。待てども待てども来ない。秋になり、体も冷えてくる時期になりつつあるのに。定期的に来てくれるという契約をしているのに。

 

「ベル、ヘラ。医者の首根っこ引っ掴んで来る」

「待て、ことを荒立てるな。ベルの教育に悪いだろう」

「いつベルの体調が悪化するか未知数だ。悠長な事は言ってられん!」

 

私は扉を力任せに開け放ち、2人が着いてこぬよう乱暴に戸を閉めて村へと降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

村へと下る獣道の途中、いつも通りだと思っていたその道に違和感を覚えた。何かと言うと、明らかに()()()()()のだ。朝に聞いた小鳥の囀る声も、木々のざわめきも聞こえてこなかった。よくよく耳を澄ませば村人達の賑やかな声も聞こえてこない。

 

 

 

 

 

 

 

「ヴモオォ……」

 

静寂に包まれた異様な山の中で、明らかに異質な呻き声が聞こえてきた。

それは聞き慣れた声ではあった。だが、明らかに()()()()()()()聞くはずの無い声だった。

それは、数々の英雄譚における最後の敵にして最大の敵。筋骨隆々、人間より遥かに巨大な体躯を持ち、凶悪で鋭利な角を携え、血走る瞳で見るものを恐怖に陥れる怪物。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミノタウロスだ

 

 

 

 

 

 

 

「や、やめろ……やめてくれぇ………」

 

ミノタウロスが村の青年と相対している。村の青年は失禁し、涙を流しながら必死に命乞いをしている。肩口には爪で引き裂かれた深い傷。服は既に鮮血で彩られている。返り血でもない限り、失血死は免れないような怪我。それでも私は見過ごせるはずも無く、駆け出す。

 

「いや、誰か、誰か助けてええぇぇぇ!!!!!」

 

グチャ

嫌な音が走る私の耳に届く。最後に私を見て助けを乞う瞳には、微かな希望があった。

だが、助けられなかった。青年が最後に伸ばした腕は無惨にもミノタウロスの餌食になっている。私は見ていることしか出来なかった。脳が動けと命令しても身体が動かない。

私の身体の内には、何故か、忘れていたあの声が反響していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《big》血塗られた貴様の手では、何も救えん。いや、救われんよ《big》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ああぁ………」

 

あの時の妖精の狼狽が今になって分かる。目の前で人が死んでゆくことなど幾らでもあったはずなのに。ミノタウロスなど、数え切れぬほど殺してきたはずなのに。何故か、どうしてか。戦場からそこそこの期間離れていたからだろうか?答えが導き出せない。いや、元から答えなどないのだろうか。もう分からない。たった一つ分かることは、今、私はかつてないほど恐怖しているという事実だけ。

周囲を見渡す。先程までは気づかなかった死体が幾つもある。頭部を抉られたモノ。両腕両足が千切られたダルマのようなモノ。もはや人の造形すら保っていないモノ。それらから溢れ出た血は村の大地を覆っている。

 

「……!?」

 

子供が一人いた。村人では無い。処女雪を思わせるような白髪に恐怖に染まる真紅(ルベライト)の瞳。間違いない、ベルだ。私とは真逆、ミノタウロスの視線の先の木の影で怯えている。

 

「ベル!来るなっ!」

 

恐怖に腰が砕け、立つこともままならない私は悲痛な叫びを発した。ベルを助けなければ。あの子の方が怖いはずなのに、守るべき私が取るに足らない怪物を恐れていてどうする。過去に囚われる私など、私らしくもないじゃないか。

だが、現実は無情。1度過去に囚われ恐怖に屈した足は動いてくれない。ミノタウロスは、叫んだ私を無視してベルの方へ向かってゆく。

 

「」

 

ベルの声にならない声。ミノタウロスはいつの間にか、ベルの目前まで迫っている。が、ベルは動けない。私は一か八か、刀を取り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

お昼寝から目覚めた後、僕はおばあちゃんに「帰りが遅いから見てきてやれ」と言われ輝夜さんを迎えに行った。でも、いつも居る木こりのおじさんや行商のお姉さんが居なくて不安に思い、道を変えて別のルートから村へ出た。

 

「えっ…?」

 

その時視界に映った光景は、お母さんと読んだ地獄の絵本と同じものだった。

村は山や木々の緑ではなく、血の赤で染められている。僕は、その光景が受け入れられずにその場で膝を折ってしまった。

 

程なくして僕は、それ以上の恐怖に陥る。

 

目の前には、絵本でしか見たことの無い牛人間がいた。間違いない、ミノタウロスだ。そこから少し外れた所には輝夜さんが居る。だが、輝夜さんはミノタウロスを倒そうとするでもなく怯えた目をして崩れ落ちている。

 

その時僕は、反射的に吹き矢を手にしていた。おじさんが常に携帯しておくようにと渡された、形見のようなもの。そこに近くにある先が鋭利な小枝を装着し、ミノタウロスへ吹き付ける。無我夢中だった。自らの危険より、大切な人を失いたくない。それだけだった。

 

ミノタウロスが輝夜さんを視認する前に、小枝が背中に突き刺さる。奴は明らかな敵意を向け、僕を視認して()()()

 

それからの記憶は殆ど無い。僕の方へ向かってくるミノタウロスがただただ怖かった。ミノタウロスに持ち上げられた瞬間の、落胆したような顔と直後に刀がミノタウロスを突き刺した事は鮮明に覚えている。

その後、僕は輝夜さんの元へ泣き喚きながら駆け寄りそのまま眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※ ※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をやっとるんじゃ大馬鹿者がぁ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とてつもない怒号と神威が辺り一帯に響き渡る。ベルは大泣き。私も正座させられている。

 

「輝夜は……過去に何かあったのだろう。極東は神々が特に面倒な所だからオラリオでは比にならない派閥争いがあって心に傷があるのは理解出来る。だが!!!冒険者としてそのしがらみに囚われすぎるな!オラリオに来た時からお前は2つ目の人生を歩んでいるんだ。それも正義の眷属として。目の前で人が死んでも、()()の根っこがブレたら人としても終わりだと知れ」

「……すまない。胸に刻んでおく」

 

ヘラが言うことは最もだ。私はあの時に1度死に、生き返った。その自覚を持ってたはずなのに。

 

「ベル」

「ひゃいっ!!」

「お前は確かに勇敢だったかもしれない。だが!お前がここで五体満足で座ってられるのも奇跡なんだ!もし輝夜の投擲が外れたりしたら。あと少しミノタウロスの剛腕がお前の顔面や腹を貫いていたりしたら間違いなく死んでいた!!はっきり言う、お前は無茶で無謀なことをしたんだ!!今日は反省するために1日()()()寝ろっ!」

「ええっ!?やだ、やだやだやだ!それだけは許しておばあちゃん!」

 

涙を流しながら懇願するも、お前はそれだけの事をやったんだと突っぱねられるベル。なるほど、ヘラはただ甘いだけじゃないらしい。

その後に聞いたところによると、アルフィアはベルに甘々だったらしい。そりゃ、祖母との違いに困惑してさらに泣きじゃくるわけだ。

 

「うぅ……ひっぐ。お母さん……」

 

ヘラからどぎついアイコンタクトも送られてくる。甘やかすな、というアイコンタクトが。

 

その夜、ベルのすすり泣く声が嫌に静かな山に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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