静寂と正義の狭間にて   作:あルプ

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現実と骸

我らがホーム、星屑の庭はいつも活気に満ちていた。団員が全て女性であることも関係したのだろうが、それでも他のファミリア以上に笑いとお喋りの声が耐えることは無かった。星屑の庭という名に恥じないくらい、皆が皆魅力的に煌めいていた。流星群のようにオラリオ全体の注目を集め輝きつつ各々の正義を成すために全力で駆け抜ける様子は不朽の光景だと、そう信じて疑わなかった。

 

だからこそ、今目の前にある静寂に包まれて閑散とした大きめの一軒家が、【星屑の庭】(帰るべき場所)だとは思いたくなかった。

ホームが静かなのは見回りに行っているだけ。中ではアストレア様が優雅にティータイムをしながらくつろいでいる。扉を開いたらにこやかにアストレア様が出迎えてくれる。もしかしたらアリーゼ達が驚かせに来るかもしれない。そうだ、そうに違いない!

私は必死に思考を良い方へと巡らせてから、少し年季の入った扉をノックする。

鳴らした音に対する返事は思いの外すぐに返ってきた。それは聞き慣れた優しい声。でも、何か違った。キィと扉が軋む音を立てながら開く。目の前に広がった空間は薄暗く、人気は無かった。

私は部屋からアストレア様へ目を移す。だが、その姿を見て唖然としてしまった。瞳は真っ赤に腫れ上がっている。目の下には酷く黒いクマがあり、そこを伝って涙の流れた跡が目に入れたくないほど痛々しい。顔色は真っ青。平時から女神の中でも生粋の美白なだけあり、より青く不安定になっているように見える。よく見れば髪の毛は脂ぎっており、白いドレスは所々汚れやほつれがあった。風呂どころか着替えすらしていないことが一目瞭然の有様に、思わず1歩後ずさってしまった。

だが、アストレア様はそんな無礼な態度にも顔色ひとつ変えない。私は笑顔で中へと招き入れられた。

中へ入ると、更に異様な空気に包まれていた。一言で言えば重苦しい。私は円卓に、アストレア様と向かい合うようにして座った。

 

「アストレア様。この状況は一体……?」

 

私の声は、間違いなく涙声で震えていた。アストレア様は口を開く。その声も濡れ、震えていた。

 

「みんなここで夜遅くまで騒いでたのよね。楽しそうにして、私もそこに入りたくってよく茶々を入れてたわね」

「アストレア様………」

「いつだったか。遠征で盛大に赤字になって、そこら辺の雑草スープを飲んだ事も有ったわよね」

「あの……」

「なんだかんだあの抗争でも生き残って。ちょっとイレギュラーはあったけど、清々しい気持ちで送り出した……はずなの「アストレア様っ!!!」

 

私の金切り声が床や壁の木々を揺らす。それは私が出したことの無いような、幼い子供の慟哭だった。

 

「なにが……あったんですか」

「・・・・・」

「話してください。おかしいんだ、ここに来てから。アストレア様も、このホームも、何から何まで全て」

 

アストレア様は引きつった笑顔から、徐々に口角を落としていく。見開いた瞳にも影を落とし、自分の手元を見ながらポツリ、ポツリと一言ずつ言葉を紡いでいく姿は、見ていて余りにも辛いものであった。

 

「これはアリーゼから聞いたお話。聞くからには最後まで聞いてちょうだいね……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

あの抗争から数日後のこと。闇派閥(イヴィルス)の残党が見つかったって報せを受けて、ロキファミリア、そして私達のファミリアが動いた。でも、ロキファミリアとはとある階層から別行動になった。

そしてとある階層で、【奴】に出会った。それをアリーゼは、()()()()()()()()()()()()と言っていたわ。その不気味な姿は……口にしたくないって。

命からがら何とか帰還したアリーゼ達は、18階層でロキファミリアと合流したのよ。………で、その時にようやく気づいたらしいの。足首を掴む腕のことを。もちろん、肘より先は…というより、手首から先は無かったのだけど。その手首が誰のものか、直感で分かったらしいわ。そこでようやく、誰が生きているのか周囲を見渡したらしいの。

 

………生きていたのは、アリーゼとリオン、たった2人だけだった。アリーゼはリオンに引っ張られるような形で脱出したといっていたわ。でも、気絶したアリーゼを抱え、庇って走ってきたリオンの傷は深すぎて瀕死の状態。何とか命はつなぎとめたものの、冒険者としてはもう、、、

それからは悲惨だった。みんなが死んだのもリオンが冒険者としてはもうやっていけないのも私のせいだって、アリーゼは塞ぎ込んじゃって。それを見てリオンは責任を感じちゃって、ここを出てった。今はどこにいるか分からないわ。月に1度、お金がポンと置かれてるだけ。それでも足りなくて、こんな状況だし、私もバイトを始めたのだけれど………流石に1ヶ月ずうっと連勤ってのはダメね。お肌も荒れてきちゃった。

今は、そんな感じよ。これでも元気にやってる方ではあるから。あんまり気に病むことはないわよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

アストレア様は最後に冗談で張り詰めた場を和ませようとした。だが、無理して笑うその姿からは到底冗談には思えなかった。

時も流れて夕闇が柔らかくオラリオを包み込み始めている。早く2人を迎えに行かなければならないが、このアストレア様を放っておくことなど私には出来るはずもなかった。でも、

 

「待ってるんでしょ?行ってきなさい。その間に送還なんて馬鹿な真似はしないから」

 

と言われたから、血の味のする唇を再度噛み締めてホームを出た。

 

辺り一帯は、既に夜の喧騒に切り替わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

懐かしいものだな。この廃教会はあの姉妹が大好きだった。メーテリアはずっと入り浸っていたし、アルフィアもぶつくさと文句を言いつつここに来ればクスリと笑っていた。その頃からガタが来ていたと思っていたが、たった数年でこうも外見は虚しくなるものなのだな。木々や花が生い茂っていた庭は大地に焼け焦げていて、緑の1つも見えやしない。教会は所々焦げていて、汚らわしく黒ずんでいた。

 

「ベル、どうした?」

「やだ……入りたくない。ここで、お母さんは…」

 

そうだった。私としたことが迂闊だった。ベルはこの曇りの無い美しい瞳を通し、眼前で最愛の肉親を失ったのに。

 

「でもな、ベル。ここは言わばお母さん達のお墓なんだよ。ここにお母さん達は眠っている。だから、ここにベルが来てくれるとお母さん達も天国で喜ぶはずだ」

「……!!!ほんとっ!?」

「ああ。アルフィアも、メーテリアも。喜ぶぞ、それはもう満面の笑顔で」

「じゃあ、ここに毎日来ればずっと一緒?」

「ああ。ずっと一緒だよ。流石に住むことは出来ないと思うけど」

 

住む気だったのか、ベルはしょんぼりしてしまった。兎の耳があればペタンと耳が倒れていたのだろうと思うと、可愛くて思わずまた笑ってしまう。

 

「なに笑ってるの?」

「いや、お前は可愛いなと」

「可愛くない!かっこいいだよ!」

 

おや、ベルもその年頃か。拗ねたらめんどくさいのはメーテリア譲りだと言うことは共に生活しててよく分かったから、今後気をつけなくては。

 

 

 

ベルの手を握って教会の中へ入る。途端、ベルの手が汗で濡れていくのを感じて、しっかりと指を搦めて握ってやる。床板は黒ずみ焦げ付き、腐敗も進行していた。かつては花嫁や新郎が笑顔で将来を誓った場は半壊。椅子などは端の方に追いやられている。

 

「シャンデリアのガラスが散らばっているから気をつけろ」

「うん」

 

無数に散らばる破片を怪我しない程度に踏んで進む。その度にガシャ、シャリンと鐘楼の代わりの音色が教会に反響する。

とある場所に来たその時、ベルが膝から崩れ落ちた。ポタポタと黒焦げの床板に涙が落ち、乾ききった空間を湿らせる。私は即座に理解した。ここが、アルフィアの死に場所だということを。

 

「ベル……」

「ひぐっ…えぐっ……うぅっ…」

 

こんな時、どんな言葉をかければ良いのか。神として何世紀と生きてきても、人の死を目の当たりにする人間に対してかける言葉の正解は見つからない。出来ることはただ寄り添ってやるのみ。

私の胸で泣きじゃくるベルの背をゆっくりとさすってやることしか出来ない。

 

 

 

 

 

そんな情けない私の目尻からも、はらり、涙が頬を伝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※

 

落ち着いたベルを抱いて、アルフィアとメーテリアの墓を作りに庭へ行こうとした時、ベルが妙なことを言った。

 

「向こうの壁、ちょっとおかしくない?」

 

指さす方を見てみると、なるほど確かにおかしい。不自然に壁に刻まれた溝がズレている。少し手をかけると、脆くなっていたのかあっさり壁は崩れ落ち、その奥にある空間の全貌を(あらわ)にした。

 

「なんだこれは……」

「ひいっ!?」

「見るなベル!」

 

私は慌てて抱いているベルがそちらに見えぬよう体を捻る。そこにあったのは大柄な男性の骸と、1枚の手紙。周囲には巨大な防具が散乱していた。

 

「ね、ねえ……」

「どうした?」

「あの手紙、宛名があった…気がする。でも、怖いからおばあちゃん見てきて?」

 

普段なら一蹴するが、ベルの頼みならしょうがない。私は再び瓦礫を踏み付け、手紙を取る。宛名は……

 

「ベル・クラネル」

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか陽は落ちて、冷たい夜の帳が降りている。ようやく来た迎えの言葉に耳も貸せず、呆然として誰のものかも分からない亡骸を見つめる私たちの首筋に、冷たい夜風が通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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