輝夜は色んな意味で困惑していた。
(なんだこれは……)
1つは散々ここにいろと言ったのにも関わらずもぬけの殻になっている廃教会。だが、これはまあ女王気質のヘラの事だ。飽きたとかで街を歩いているのだろう。アスフィの
私が問題だと思うもう1つのことは、一角の壁は崩壊して瓦礫と化しており、その先には隠し部屋が見え隠れしていることだ。ベルや、ヘラにとっての娘達の大切な場所が崩れている。下手したら激昂し、再び戻って行ってしまう可能性が十二分にある。だが、それは私の【正義】に反することだ。私である前に正義の眷属であるこの精神が、それを許しはしない。曲がりなりにも私達が1人の幼子の親を奪い、天涯孤独に近い状態を作ってしまった贖罪。まだ、それは終わっていないし終わることは無い。少なくともベルが独り立ちするまでは、ベルの面倒を見ると決めた。
………だが、今のアストレア・ファミリアの現状ではそれも難しいかもしれない
などと1人逡巡し悲嘆に暮れ、帰ろうと踵を返す、その時だった。私の悩みの種である瓦礫の先の空間から、微かに声が聞こえてきた。
(なんだ……?)
少しの恐怖と、拭いきれない好奇心。その2つがせめぎ合い、好奇心が勝った。
音を立てないように、慎重に瓦礫の上を歩く。途中、カラン、と異質な音が鳴った。下を向くと、大柄な遺骨の一部であるようだ。先を見るとその全体像が分かる。
さらにその先の空間は、妙な清潔感が漂う場所だった。ホコリは見えず、そこだけ瓦礫や焼け跡も無い。対照的に奥まった場所にあるゴミのように積み上げられた黒鋼の鎧や途方も無い数のドロップアイテムはその部屋の景観を著しく狂わせている。
だが、何より異質だったのが床で寝ている2人組。その2人は輝夜のよく知る2人、ヘラとベルであった。ヘラはいつも通り。ベルは心無しか悲しそうに、でも満足そうな顔をしてすぅすぅと寝息を立てていた。こんな寝顔、起こしたくないのは山々だったがこちらも都合がある。何よりこんなところで寝ていると間違い無く風邪をひくし、そうでなくても体を痛めてしまう。特にベルは身体が弱い。直ぐに風邪をひくし、酷い時は拗らせて何日もうんうんと苦しむことだってある。それは本人も、見ているこちらも辛い。だから、心を鬼にして起こすことに決めた。
「ベル、ヘラ。起きろ。風邪を引く」
すると比較的眠りの浅かったヘラが私のスネにローキックをかましながら起きてきた。弁慶の泣き所を的確に狙われ、涙目になりながら再びヘラを起こす。
「ヘラ、いい加減起きろ!」
「煩わしい。黙れ」
「ベルが風邪を引いてしまうぞ」
「もうとっくに起きている。ベルは起こさないように私がおぶるから、眠れる場所へ早く行くぞ」
「その変わり身の速さを……いや、なんでもない」
ヘラは深い眠りについていたベルを優しくおぶって立ち上がる。
終始気になっていた骸、そして積み上げられた物。私は説明も無し、何も言わないヘラに違和感を感じていた。
「ヘラ、
ヘラはただ首を横に振った。
教会から出る直前、「今は何も……知らない方が良い」と消え去るような声で呟かれた。神威は無い。ただ、冷たく発されたその言葉に心底恐怖を抱いた。
未だに
※※※
私はベル達を自身のファミリアのホームへ連れていく事に、ある希望を見出していた。それはファミリアの再生。主に、私が声をかけても一切の返事どころか物音1つたてることすらしなかったアリーゼ。こう言うのもなんだが、彼女は8割の自由奔放と2割のカリスマで出来ていると思われがちだ。しかし、それは違う。彼女は無類の可愛い物好きだ。彼女の部屋は意外にファンシーで可愛らしいぬいぐるみに包まれている。1割程度は可愛い物好きが入ってくるだろう程に。そこでベルだ。ロキやら誰やらに散々な言われ方をしているヘラ、自他ともに認める非道の権化であるアルフィアさえ落として魅せたその可愛さは本物。
正直藁にもすがるような事だとは思っているが、その藁が船に化ける事を祈って………
「アストレア様。ただいま帰りました」
2人を連れて扉を開ける。この扉も、きちんと整備されていない故に端の方が風化して隙間風が入るようになってしまっている。
「あら、おかえりなさ……?!」
アストレア様はいつものように新妻の如くやって来たのだが、途中で足を止めた。顔は青ざめ、瞳には恐怖の色が滲んでいる。そのまま後ろへ下がって、柱にぶつかりへなへなと座り込んでしまった。
「アストレア様……?」
私は何をしてそこまで恐怖しているのか分からなかった。アストレア様の顔は生娘が強姦される時のような顔ではない。もっと幼い子どもが、親からの虐待に怯えるような、そんな顔。
そんな疑問に答えるように私の主神は口を開く。
「ヘラ……さま…?」
「アストライアー。いや、
「な、な、なんで…!?貴方は追放されたはずよ!!??」
「なんでも何も、今は便利なものが有るからな」
ヘラは
「今度は私達に何する気なの…?」
「人聞きの悪い女だ。恐怖に染まっている顔でなお強気なのは昔からだな」
「か、輝夜?本当にこれと共に暮らしてきたというの?大丈夫?蜂をけしかけられたり、拘束されて爪を剥がされたり、悪辣な罵詈雑言を言われたりしなかった?」
「そんな事はされておりません!?何を仰るのですかアストレアさまぁ!?」
まさかそんなことを言い出すとは思わなかったので声が裏返って素っ頓狂な声が出てしまった。と言うか、本当にこの2人の会話についていけない。
「アストレア様、何があったのですか?全く話についていけません」
「それは………」
「小娘、貴様が知っても良いことは無い。その巫山戯た口を閉じてベルの子守りでもしていろ」
おぶるベルを乱暴に渡され、送られるのはつんざくような冷たい視線。何かは分からないが、触れない方が良いことだけは分かった。
絶え間ない怒号と嘲笑が飛び交う世紀末のような1階から逃げるように2階の自室へ向かう。ベルをベッドに寝かせた後に、自分も寝巻き用の浴衣になってベルの横へ潜る。今日は色々なことがありすぎてもう疲れた。肉体的にも、精神的にも。
仮眠を取ろうと瞼を降ろすと同時に、輝夜の意識は深いまどろみの底に消えていった。