続いてのニュースです。
昨日、ロンドン博物館にて展示されていた「ディーンハイムの四騎士人形」が突如動き出し、行方不明になりました。
「ディーンハイムの四騎士人形」は錬金術師「ディーンハイム7世」が残したとされる人形です。
ディーンハイム7世の存命中、人形は自立して動き、主人を守っていたという逸話があります。
しかし、その仕組みは今なお謎に包まれています。
前世紀にディーンハイム7世の
こちらが事件当時の映像です。
当時は閉館時間直前ということで来場者は少なかったものの、動き出した人形を偶然撮影されていた方がいらっしゃり、映像提供を受けてます。
まずは青色の人形が動き出し、何人かの来場者にキスをします。
その後青色の人形は緑色と紺色の人形にキスをすると、これも動き始めます。
赤色の人形にもキスをしますが、わずかに動いただけで歩くことはできないようです。
紺色が赤色を抱えると、レプリカの長剣を持った緑色が来場者を脅して道を作り、青色が出入口まで誘導しました。
なお、キスをされた来場者はしばらく意識不明になった後、数日分の記憶障害ですが命に別条の危険は無いと診断されました。
──当然これはロンドン博物館のサプライズショーではないんですよね?
はい、博物館の館長は「本件に関してはロンドン博物館は一切の仕込み行為などは行っていない」と否定しています。
──ネットでは
「動いているところを見たかった」
「人形を見学していた時、目が合った気がした」
「動き出す前に小さい女の子が人形に触っていた」
といった声があります。
大半は感想や妄想で、残りは陰謀論とか好きそうな人たちが勝手に言ってるだけだと思いますが、
人形にキスされた人が全員記憶障害になったのは医者の診断書もあるので、やっぱ本物なんじゃないですかね。
はい、私もそう思います。
──これ気になるのは全部博物館の監視カメラに写っているはずなんだけど、館長が映像出してくれないんだよね。
──ハッシュタグで「#ロンドン支局に説明を要求します」って炎上してますが、いずれも無反応です。
──オーパーツの人形が勝手に動き出すなんて大事件ですよ! 慎重に対処しているだけでしょう。
ロンドン博物館では当日訪れた来場者を調べる方向で事件の解明を急いでいます。
続いてのニュースです。
──-
「ディーンハイムの四騎士人形」は実在する伝説の人形だ。
21世紀になってもなお自律思考するAIを生み出せていないというのに、18世紀の時点で世間に溶け込み、人形だと知られぬまま会話もしていたという。
「完全な人を模した人形」は人類の至上命題だ。
人々がそう考えたのには訳がある。
神出鬼没にして人だけを狙い、人を物言わぬ炭へと変換する憎き特異災害、ノイズ。
有史以来、王も奴隷も、勇者も貧者も、等しく恐れる死神。
あらゆる物理防壁をすり抜ける魔の手をかいくぐるには、同じ人を肉壁とし、相殺してその数を減らすしかない。
そう考えた人はやがてあるものを作り始める。
人ならざる人の形、人形である。
ピラミッドの内壁には冥界に旅立つファラオのために国民と同じ数だけの人が彫られた。
日本のお守りには例外なく人を型取られた和紙が入っている。
ホワイトハウスの要人用核シェルターには精巧なマネキンと最新鋭のロボットが敷き詰められているらしい。
「人形はノイズから身を挺して守ってくれる」という信仰が生まれていた。
歴史上、事実として守ってくれた事例はないが、それは「人形の人としての完成度が足りなかった」という話で片付けられた。
人の解剖は忌避されるどころか奨励され、医学の発展と同時に人の理解が深まった。
人が築き上げた文明の7割は、人が人を創るために生まれた副産物に過ぎなかった。
「ディーンハイムの四騎士人形」が動き出すのを見た館長は呆然とした。
彼女らは状況を確認し、自らの判断で必要最低限の動力を確保し、四人全員が無事に目的を達成できるように行動していた。
目的とは何か。
それは作成者であるディーンハイムの元へ還ることだろう。
博物館から出て行った人形の足取りを追うと、裏庭の暗い林の中にガラス片を残して消え去っていた。
それを確認した後は、監視カメラの映像を流しながら来場者帳票を洗った。
すると事件のちょうど60分前、七色の虹彩を瞳に宿した少女が展示物の人形に触れていた。
来場者帳票には「キャロル・マールス・ディーンハイム」と書かれていた。
ディーンハイムは四騎士人形を”同体積の貴金属と交換する”という
子孫がいたという記録はない。
その姿は絵画の中にあった彼女をそのまま小さくしたようだった。
ここに至って、この少女は「ディーンハイム7世」その人なのかはどうでもよかった。
博物館の電話線を切り、SNSの通知をミュートし、プライベートラインで信頼できる研究仲間に事の次第を話す。
──彼女の真なる目的はなんだ? なぜ今になって四騎士人形を回収した?
──彼女がこれから我々と行う取引のために自らの信頼性を高めるためではないか?
──目当ての少女はこの周辺に住んでいる可能性が高い。
──何を聞く? 四騎士人形の稼働方法など聞いても三百年前から進歩してないと呆れられるだけだぞ。
──彼女が我々の前に姿を現した事には何らかの意味があるはずだ。
さすがに話が早い。
館長は司書に留守を任せ、彼女の行方を捜すことにした。
──-
「オレは騒ぎを起こさず炉へ行くように命令したはずだが」
「いやですねぇマスター、騒ぎにならないはずないじゃないですか」
研究の途中で材料が少し足りなくなったから、どこかから調達する必要があった。
そういえば三百年前に渡した廃棄躯体が近くにあったと思い出した。
あれは”同体積の貴金属と交換する”と最初に
正当な取引とはいえさすがに時効だと思うし、無くなっても困るものではないだろうと考えていた。
「オレはガリィに動けるだけの思い出を渡した。
静かになったら残りの三人をつれて、テレポートジェムを使うところを見られないようにして転移するように命じた」
「ガリィちゃんも必死になって考えたんですよー。
あの博物館には四六時中監視カメラがついてるから、その場でテレポートするわけにはいかなかった。
人がいない夜中に外に出ようと思ったけど、三百年前の廃棄躯体ですもの、エネルギーの稼働効率が違いますわ。
マスターのくれた思い出だけじゃ、ガリィちゃんが博物館の外に出るだけで精一杯でしたよ」
ぐぅ。
魔術反応がなかったから油断していたが、まさか機械式の目があったとは。
「だから人が少なくなる時間を見計らって、廃人にならないように少しずつ思い出を集めたんです。
でもそれじゃ戦闘用のミカはぜーんぜん動けなかったからレイヤに抱えてもらって、
ファラが『私の剣じゃない、ソードブレイカーじゃない』ってぶつくさ言いながら残りの人を追っ払って、
やっとのことで裏庭からテレポートしたら、錬金窯の中にドボン!
マスターは人形使いが荒すぎますよー」
「三百年前の廃棄躯体など材料としての価値しかないゴミだろうに。
まぁガリィの努力はよくわかった。
だが、それがなぜ60過ぎたジジイどもに土下座される事態になる!?」
廃棄躯体を回収した次の日の朝、夜中駆け回って目が血走った男たちが訪れてきた。
やれ伝説の錬金術師だの、その知恵を分けてくださいだの言われて早朝にも関わらず目が覚めてしまった。
「マスターは何も分かってませんわ。
この三百年間、事あるごとに私たちは倉庫から引っ張り出されて研究されました。
破壊せずに分解されて研究され、元の状態に組み合わせられること数百回。
展示品になれば世界中から人々が集まってくる。
新しい非破壊検査ができれば必ず被験体になる。
それでもなおブラックボックスのままの伝説の人形様になってるんですよ私たちは。
当然それを作ったマスターは神様ですよもう」
廃棄躯体が経験した三百年間の旅は、炉に溶かしたときにその記憶が共有されたらしい。
「なんで……
「うわでた、マスターのパパモード」
「パパは私の知らないこと何でも知ってたもん。
あの木の名前は何、なぜ鳥は飛べるの、空はなぜ青いのって」
「Wikipedia見ればわかりそうですね」
「でもパパも知らないことがあったんだ。
名前が付いてない木はあるの、人は鳥になって飛べるの、空に浮かぶ星は何個あるのって。
だから私がパパの代わりに世界を識るの」
「その行く末が
この世の全てを何でも識るためにこだわりすぎなんですよ。
そんなんだから三百年も一人で作って完成の目処も立たないんですよ。
いつパパが地球上にいる全てのアリの数を識れと言ったんですか」
「みんなが『パパはすごい人だぞ』って言ってくれたんだもん。
私はそんなパパを超えたい。
中途半端はダメなんだ」
「私はマスターのコピーした記憶で動いているからお父さんのこともわかりますがね。
あれは絶対パパ大好きっ子すぎて周りのこと何も見てなさすぎだから、もう少し外を見て回れって遺言だと思いますよ」
「あぁ……そうなのかもしれんな」
確かに三百年も一つのものに打ち込んでいたから疲れているのかもしれない。
「であれば、これも一つの転機か」
「なんですかぁそれ?」
「あのジジイどもが渡してきた資料だよ。あいつらは魂や記憶、異端技術を使わずにガリィのような人形を複製したいらしい」
資料には試作型アンドロイド『DIVA』と書かれている。
「しかしなぜ奴らは人形をありがたがる?
まさか未だにノイズを克服できていないとでも言うのか?」
「はー、マスターはパパに『世界を識れ』って言われてるのに世捨て人すぎませんか?
まさしくノイズへ対抗手段ですよ。連中はこの歌姫を身代わり人形に仕立て上げたいんです」
「ノイズは人のアストラル体を燃やし尽くし、結果肉体を炭へと変換する冥界の火。
アヌンナキを騙せるほどの人形を作るよりも、せっかく歌姫の名を冠しているのだからノイズを現世に繋ぎ止める歌でも歌わせればいいだろうに」
「そこらへんは桜井了子っていう考古学者が頑張っているらしいですね。協力関係かはわかりませんが」
関係者の欄を探ってみるが、そういった名前は見当たらない。
「シャトー建設も行き詰まっているところだ、お望み通り手伝ってやるとしよう」
「へぇ? マスターのフォニックゲインを持ってすればノイズなんてものの数でもないでしょうに」
「バビロニアの宝物庫から無限に供給され、溢れて現世にまろびでたノイズを逐一相手するなど、たとえ70億の人類全てがオレに
今日は警視局長だの大統領だのよくわからんやつらが揃って頭を下げてきたようだが」
添削したレポートをガリィに渡す。
奴らの欲しがる完全な自立人形からダメ出しを受ける屈辱を想い、ガリィは暗く嗤う。
「奴らのプライドで買えるのはオレの気まぐれだけだよ」
世界
いつしか「完璧な人形」を作ればノイズに対する盾となり矛となると考え、「人形に関する研究」であればある程度の非人道的な研究も許されるようになった。
とりわけ錬金術師の地位は上がっている。
イザーク・マールス・ディーンハイム
立派な錬金術師として、異端審問にかけられることもなく大往生する。
キャロル・マールス・ディーンハイム
パパ大好きっ子をこじらせすぎて、『世界を識れ』というパパの遺言を果たすまで死ねない。
イザークは「もう少しパパ以外のことも識ってくれないかな」と思って言ったが、その意図は全く伝わらなかったようだ。