ジリリリリリ!
けたたましいアラームが鳴る。
パチリと目を覚まし、まずは軽く身体を動かして体調が万全であることを確認した。
このアラームは5分後に出発することを意味しているが、計算高い彼女にとっては何ら慌てる要素にはなり得ない。
部屋の前に設置された大きな姿見で、空色の長い髪に癖がついてないか翠玉色の瞳で確認する。
これなら予定時刻の12秒前に到着するだろうと、ハイヒールパンプスを履いて扉を開ける。
「Ah, a- a- a- a- a-」
Cメジャーの完璧なカデンツァをハミングし、コツンコツンとヒールを反響させながら連絡橋を渡る。
建造されて間もない橋の手すりを撫で、木目の感触を楽しむ。
歩くうちに見えてきたのは搭乗口。
「到着しました」
出発時刻のギリギリを攻める彼女に”運転手”は憤慨することなど無い。
かつては指定した予告のプラスマイナス0秒で集合した彼女を怒ったことがあるが、そういうものだと割り切った。
こちらにも準備というものがあり、出発時刻は前にも後にもずらせないのだからむしろ都合がいい。
今回は彼女一人だが、一癖も二癖もある他の搭乗員を鑑みれば、彼女にはもっとワガママを言ってもらってもいいくらいだ。
シャッターゲートが閉まり、彼女の直下から強力なエンジン音が鳴る。
魔法瓶のように真空を間に挟むことで熱をなるべく室内に入れないように工夫されていてもなお、ジンワリと室温が上がってくる。
数十秒後には通常の人間では到底耐えられない強烈なGとともに上空へと飛び立つだろう。
遠隔地へ高速で移動するための手段とはいえ、この欠陥だらけの移動シーケンスに難色を示すものは少なくない。
「それでは、よろしくお願いします」
目指すは阿鼻叫喚のパーティ会場。
人々を害するものがいるなら、彼女の使命は彼女を戦場へと連れ出す。
「安保理からの承認、降りました!」
「お役所仕事に見せてやれ、藤尭!」
「軌道計算なんかとっくにですよ!」
”運転手”は発射ボタンを押す。
機械じかけの歌姫を中に載せた、弾頭のないミサイルが火を吹いた。
ノイズ。
有史以前より人に対し牙をむく人類史の天敵。
その矛は老若男女問わず、あらゆる防御を貫いて対象を諸共に物言わぬ炭へと変える。
その盾は湖に浮かぶ月を射るがごとく、あらゆる武器が意味をなさない。
21世紀になってなお予測できない出現パターンは日本における地震と同意義。
人が一生の中でノイズに出会う確率は交通事故に合う確率より遥かに低いとはいえ、その死傷率は他の自然災害の追随を許さないことから、ひとえに『特異災害』と呼ばれるようになった。
故にその対策は2040年になってもなお続けられていた。通常兵装では撃ち倒した数よりノイズの炭素変換によって相打ちになった数のほうがまだ多いことから、一部の後進国では子供に武器すら持たせず特攻させることすらあった。
人間のクローンを作り、それをノイズに当てたらどうか? という声があった。しかしそれはクローンの人権問題以前に、未だフラスコの中で大量生産できる類のものではないとして否決されていた。
そんな中ある一人の科学者が、『一つの村ごとノイズの襲撃にあった事例において、家畜が炭に変化していなかった』ことに着目した。
ノイズがなぜ人だけを襲うのか? 範囲内の他の有機物を襲わないのはなぜか?
哺乳類であることが条件であるなら、地球上で最も人に近い動物、類人猿はどうか? と猿が炭になった事例を探したが、ただ一つとして見つかることはなかった。
そうしてその科学者はある大胆な仮説を唱えた。『ノイズは人の知性を目標としてその能力を行使しているのではないか?』というものだ。そしてその仮説が真であるなら、『人の知性と同等の存在であればノイズは炭素となって対消滅してくれるのではないか?』という希望に変わった。
ならばAIなら? 人と同等の知性を持つチタン合金製のスーパーコンピューターなら?
そうして反復演算によって『ノイズを殺すこと』を使命として学習したAIが各国の国防組織に配備された。
「あんなものはただの『おしゃべりタレット』だよ。戦力としては前からあった自動操縦ドローンのほうがよっぽど良い」
「あれをノイズに対する盾としてご活用くださいって上からのお達しでしたが、管制塔から見てもあれはお粗末でしたね。『私があなた方を守ります』と最前線に出たAIがノイズに見向きもされませんでした」
「悪いがあれを人間と言うにはハイレベルすぎるよ。人形遊びを会話と言い張る科学者諸君の頭を疑うね」
当初、AIの対ノイズ性能は散々たる結果だった。
人が近くにいる場合は無視されるが、ノイズに触れられても炭化せず戦い続けられる点だけは評価できた。
とはいえ今回思うような戦果を上げることはできなかったため、『人間と同等の知性を持つAIならノイズは炭素となって対消滅する』という仮説を信じてさらなる性能向上に臨むか止めるか悩んでいた。
そんな折、櫻井了子女史によって『聖遺物の欠片に特殊な加工を施し、特殊な旋律を与えることで活性化、ノイズの炭化能力と位相差障壁を無効化する』、通称『櫻井理論』を学会発表した。それによって先のAI理論は立場を失うかと思われた。
だが、特殊な旋律を発するには限られた数しかいない『聖遺物への適合係数が高い』『聖遺物によって異なる』
長年のジェンダー論によって男女格差が狭められたとしても「少女が戦場に立たなければならないのか」という問題提議は当然された。
しかし、聖遺物に選ばれたのが古来より国防を担ってきた『風鳴機関』の寵児であったことから、そのような意見はある程度黙殺され、世界は大きく変わるのであった。
関係者席をあてがわれていた一組の男女。
「先の学会発表、どう見ますか? ドクターウェル」
一人は黒を基調としたファッションの、若干色黒な女性。最近になって顔にシワが出てきたことを気にしている。
「オバハンは人に意見を聞くときは自分の意見から話すって教えられなかったんですかぁ?」
一人は白衣に銀髪、おまけに肌まで白い若き男。横長のメガネは彼の知性の高さと性格の悪さを感じさせる。
「黙りなさいドクターウェル、私はまだオバハンではありません。ナスターシャ教授と呼びなさいまったく。
……AIの弱点はノイズに対する有効打がないこと。そしてこの櫻井理論によってノイズに対する有効打を得ることができた。であるなら、聖遺物を埋め込んだAIを生み出そうとするのではないかと思うのです」
「もしそうだとすれば、奴らも貴女も櫻井理論のことをまるでわかってないですね」
黒い女性、ナスターシャは白い男、ウェルの言葉に眉根をピクリとさせた。
「櫻井理論をひと目見ただけなら、聖遺物の励起に必要な特殊な旋律のことをただの音階データとしか思わないでしょう、
もしそうだとしたら聖遺物とラジカセを一緒に置いておけば良いんです。
ですがそうではない、聖遺物は生きている」
「どういうことですか?」
「水晶が電圧によって正確な周期で振動するのを利用してクォーツ時計が作られるように、完璧な電気信号と正確な歯車で作られているのが機械です。
ところが、聖遺物を励起させるためのキーである歌を記録・再生したとして、聖遺物はうんともすんとも言わない。
そういう意味で聖遺物は機械ではない、生きた端末(デバイス)。聖遺物を励起させるための歌は常に変化するんです」
「ならばどうやって適合者は聖遺物を起動させるのですか?」
「レポートによれば、聖遺物に選ばれた人間は頭の中に旋律が思い浮かぶそうです。ランダムに曲が自動生成される一人用のカラオケボックスといえばわかりやすいでしょう」
なるほど、とナスターシャは理解を示す。それと同時に素直に教えてくれないドクターウェルに若干の反感を持つ。
「では、一人用のカラオケボックスへのアクセスキーを持つ、聖遺物に選ばれた人間『適合者』をAIによって生み出すということですね」
「凡人ならそう考えるでしょうね」
ここにきてはしごを外されてナスターシャは若干目を見開くが、今までの話は自分の意見に対する反論だったかと持ち直す。
「その計画では失敗する。
その計画では世界は救えない。
その計画では英雄が生まれないからです」
だが、童心に帰ったような顔をしたウェルを見て、いつもの”英雄こじらせ”かとナスターシャは目を背ける。
「人のために生まれ、人のために働き、人のために死ぬ。
だがそこに自らの意思は存在しない。
そんなものは奴隷! 奴隷から英雄は生まれない! 英雄でなければ世界は救えない!」
ウェルの演説には付き合ってられないとナスターシャは家路につくことにした。
彼の語る英雄論にも思うところがないわけでもない。櫻井理論によって生まれる『適合者』はノイズに対する特攻性能だけではなく、元々が女子高生程度の筋力でも身長の数十倍の跳躍力や車を簡単に持ち上げることができる程度の肉体能力を持つことができると記載されていた。それも未熟な肉体に負荷がかからないよう幾多もの制限がかけられた状態で、である。
だがこれは、精神的にも未熟であろう女子が国家戦力並みの戦闘能力を持たせられ、対ノイズ用の兵器として運用されることを意味する。
かつて教職に就いていたナスターシャには女子の心の揺れ動きやすさを知っている。己の欲望を吐き出すためのはけ口としか思っていない男に傷つけられた者を知っている。舌触りの良い言葉に騙され、知らないうちに犯罪行為に手を染めてしまう者を知っている。
学習度合いに寄るだろうが、染まりやすさで言えばAIは人間の比ではない。適合者となったAIが邪な者に奪われれば、その力が人類に牙を剥くことは容易に想像できる。
現物を盗めなくとも、AIがコピー可能であるなら量産型適合者が生まれることになる。正しく使えば我々がノイズに恐怖する夜は明けるだろうが、過度な力が新たな戦火の火種になることは歴史が証明している。
ならばウェルが言う英雄、「人に隷属しない心を持ったAI」こそ今後の世の中に必要になってくるのではないか、とナスターシャはウェルの評価を上方修正した。
「リーダー、本当に彼女の使命をそのように設定するのですか?」
ここは国によって正式に運営されているAI研究所。今ここに、世界初の自立思考型AIが生まれようとしていた。
これまでのAIといえば単純な使命を与えられ、一つの作業に従事する使い方がポピュラーだった。事実、プログラミングする為に生まれたAIは同時に子育てを行うことができなかった。
そこにAI自らの意思はなく、反射的な行動を繰り返しているだけという評価が下されていた。
この自立思考型AIは今までの評価を覆し、より人間的な思考をトレースした次世代のアンドロイドを作り出そうとする試みである。
先の『より人間らしいAIであること』を目標としたノイズ対消滅AIの技術研鑽により、急ピッチでそのステージは引き上げられた。
それにより、よりあいまいな使命を課せられても経験を通していずれ正解へとたどり着けると言われていた。
「もっとこう、『適合者になる』とか『ノイズから人類を守る』みたいな設定にした方がいいと思うんですが」
そう話すのは年若くこの国家プロジェクトに組み込まれた若手のホープ。
「あなた、童貞?」
「もう20歳は年下の女子高生に言われたかったですねその言葉」
「女子高生に言われたいだけだったらその前の20歳は年下なんて情報はいらないでしょ!?」
そう答えるのは、まだアラサーと自称するプロジェクトリーダー。
「いるのよね、自分の子供に自分ができなかったことを託すような親が。やれあの大学に入れるように勉強しろだの、日本一の選手になれだの。
でもね、それはその子の重荷にしかならないのよ」
「子供を産んでわかったことですか?」
「ママ友を見て、ね。いい子になってほしい、強い子になってほしい、突き詰めれば他の誰よりも優位であってほしいってねだる人たちばかり。でもね、そのどれも自分が目指してできなかったことなのよ。それは子供にとって呪いの言葉になる」
腹をさすり、彼女は3Dプリンターの中で産まれる
「新世代の寵児となる彼女に我々ができなかったことを願うのはいい。でもそれを課してしまうのは我々のエゴでしょう。『適合者になる』とか『ノイズから人類を守る』みたいな物騒な使命より、誰しもがほんの少し頑張ればできるような、ほんのささやかなお願いを彼女にしたいと思う」
溶液の中で組み上がった歌姫は上体を起こし、翠玉色の瞳を向けて親から初めての言葉を聞く。
「きみの使命は『歌で人を幸せにすること』。そのために生まれたのよ」
月読調「初期の人形キャラがかぶってる・・・ッ!」
オートスコアラー「設定がかぶってる・・・ッ!」