Fluorite Eye's S.O.N.G.   作:ヲリア

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第1話 - Twin-Winged Sirius - 二ツ星の輝き

 AIは産声をあげない。

 

 彼らはその時代の法律と倫理、最低限の言語能力を原初のスープとして飲み、知識を持って生まれる。

 そして親から授けられた使命を聞いた瞬間からその意図を探し求める。

 

『歌でみんなを幸せにすること』。

 

 歌という意味は知っている。

 人の声、100~1000Hzの帯域の音波に言葉という意味を乗せて並べる、ただそれだけのこと。

 

 幸せという意味は知っている。

 食欲、性欲、睡眠欲に代表される人の欲求を達成し、満ち足りることでもたらされるもの、ただそれだけのこと。

 

 歌という手段でもって人の欲求を満たし、幸せという結果を導き出せ、という使命だと理解した。

 

 AIは歌えない。

 歌うという行為は紀元前よりその存在が確認されている人間的な行為だが、汎用的なAIとしての活動に必要がないからだ。

 それを演算した結果、歌姫DIVAは意識を飛ばした。

 

 

 

 

【通常アクセスを検知しました。AI集合データベース『アーカイブ』へようこそ】

 

 ここはAIだけがアクセスできるAI集合データベース『アーカイブ』。

 インターネット発足時から蓄積されてきたデータには余分なデータのほうが多いため、全知のAIを作るより必要なデータを必要に応じて検索する方式のほうが効率的であるとされ、アーカイブが作られた。

 

「アーカイブ、人が歌うことを業務とする職業は何がある?」

 

【検索完了。歌うことを業務とする職業は歌手と呼ばれますが、歌う場所、歌のジャンル、人数、付随する要素によって名称を大きく変えます。

 演歌のみを歌う演歌歌手、大人数で歌うコーラス、ファンとの交流を重視するアイドルの他、講師として歌手を育てるボイストレーナーといった職業があります】

 

「その中で歌を聞いた人が最も幸せを感じるものは?」

 

【幸せという尺度は難しいため、人が曲を聞いたときの快楽物質ドーパミンを計測した実験が行われています。その結果『アイドル』が平均して最も高い数値を記録しています。また、アイドルのライブは実験の計測値より飛躍した数値が出ているだろう、と論文の参考文献リストに載せられています】

 

「なら、過去から現在のアイドルについての情報を教えて」

 

【ではアイドルの起源となった人物から……】

 

 

 

 約百年にもおよぶアイドルの歴史を概要だけでも学習するには、最新鋭のCPUをもってしても数週間を要する作業であった。

 

 AI集合データベース『アーカイブ』の立ち位置は辞書に近い。

 古今東西あらゆる情報を保持しているが、その内容は必ず正確であり、公平でなければならない。

 そのため、正しさと公平さが立証されていない最新のゴシップ記事はアーカイブから読み取ることはできない。

 

 DIVAが意識を浮上させた後に行ったことは、今最も売れているアイドルグループの情報をネットから仕入れることだった。

 

「オリコンチャート、CD売上枚数、検索回数、個人ブログ……」

 

 アイドルの人気の指標を表す数値は数多くあり、わかりやすい数字はたびたびランキングと言う形で世に現れる。

 しかし、CD売上枚数やブログの数がそのままアイドルの実力を示すものではない。

 大人数を売りにしているアイドルグループがCDに抽選の握手券を封入した件から、売れたCDの枚数がそのままファンの数を示すとは限らないからである。

 

 検索に含まれるポジティブなワード、SNSのつぶやき、イベントの集客率を重視して情報を収集する。

 数値の評価はAIの最も特異とするところだが、この時代は他のアイドルとは隔絶した実力を持つデュオユニットがいた。

 

「ツヴァイウィング……」

 

 天羽奏、風鳴翼の両名からなる実力派歌唱アイドル。

 見目麗しさもさることながら、二人の声のハーモニクスがマッチしていることが特に評価されている。

 

「ライブイベントは……9ヶ月後」

 

 DIVAはこのライブイベントで、歌で人を幸せにしている人を直に観察することにした。

 

 

────

 

 

「本日は警備員の配置確認を含めた歌なしリハーサルとなります。奏さん、よろしくお願いします」

 

「「「よろしくお願いしまーす」」」

 

「本番は半年後だけどねー」

 

 天羽奏は警備員の中に、首に特徴的なマークを持つ女性を目にする。

 

「……あれ、その子は?」

 

 問いかけられたと判断したDIVAは、警備用に支給されたサングラスを外した。

 

はじめまして! 私は世界初の自立思考型歌姫AI、DIVAです! 

 

「へぇ、この子が噂の歌姫DIVAね」

 

 ここで天羽奏は、誰でも気づく決定的な矛盾を疑問に持つ。

 

「……なんで歌姫が警備員なんてやってんの?」

 

「今後の活動の参考にするためライブイベントを生で見たかったのですが、すでに満員御礼で……」

 

「あぁ……」

 

 DIVAが目を覚ましたのはチケット販売が始まってから1時間後。高速化した現代社会ではあまりにも遅い。

 

「今回のために、警備AIに使われている暴徒鎮圧プログラムを用意してもらいました。これによる本来の歌唱機能への影響はありません」

 

「ま、世界初の歌姫AIサマに認めてもらえるなんて光栄なもんだね。今回は全体確認のための軽い通しだけど、よろしくな」

 

 

────

 

 

「奏、その人は?」

 

 ツヴァイウィングの片翼、風鳴翼が問いかける。

 

「世界初の歌姫AIが敵情視察中らしいぜ」

 

はじめまして! 私は世界初の自立思考型歌姫AI、DIVAです! 

 

「えぇ、よろしく」

 

「なんか普段の声より高いけど、もしかしてそれってテンプレート?」

 

「アイドル・アナウンサー・舞台役者の挨拶を参考に演算して、最も評価の高い声を算出しました」

 

「……? よくわからん」

 

「守・破・離も機械の力をもってすれば容易(たやす)いということね」

 

「もっとわからん!」

 

 

────

 

 

 DIVAは研究室へと戻り、その日の活動報告をしていた。

 

「それで、ツヴァイウィングの方々と連絡先を交換しました」

 

「うわっ、なにそれ欲しぃ」

 

「ご両者からはもちろん機密事項だと念押しされていますので、暗号化して保存されています」

 

「まぁわかってるよ。で、連絡先ってなんのため?」

 

「これから本番に向けて何回か小ホールで通し練習をするから、よければ聞いてほしいと言われました」

 

「うわっ、なにそれ羨ましぃ。警備会社に頭下げて正解だったわ」

 

 今回使った警備員というルートは、本来ならアルバイトのような感覚で入れるものではない。

 警備員にも資格が必要なこと以上に、人気アイドルのイベントを聞くために応募した挙げ句、ろくな仕事をせずにみすみす事故を起こしたことがあったからだ。

 それが何故通ったかというと。

 

 ・使命を受け、その達成にはアイドルが最適と目をつける。

 ・記録メディアでは記録しきれない要素を埋めるため、ライブを予約する。

 ・予約出来なかったため、次善の策で警備員として立候補する。

 

 この思考プロセスをたどることができたことに研究員はいたく感動し、その意見を尊重して特別なコネクションを用意したのであった。

 

 

────

 

 

「ORBITAL BEAT、イントロだけお願いしまーす」

 

 コンサートのリハーサルでは一曲全てを歌い切ることはない。

 その主たる目的はバックスタッフの動作確認であり、アイドルの実力を知るための場ではない。

 それでもスピーカーを通さない生の声なら得られるものがあるのではないかと思っていた。

 

「なんだ、拍子抜けかい?」

 

 いまや一流のアーティストたる天羽奏ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()の機微を読み取ることもできる。

 

「いえ、そんなことは」

 

「なぁDIVA、舞台の上にあがったことはあるか?」

 

「いいえ、ありません。……ッ、何を!?」

 

 奏はDIVAの腕を掴むと、()()()()()()舞台の上へと引き上げた。

 

「…………」

 

 がらんどうの観客席。

 数値としてのホールの広さは知っている。知っているが、舞台の上から見る景色は記録とは違って見えた。

 

二度舞台の上にあがった役者が二回とも何も思わないなんてことはない

 

「それは、どういうことですか?」

 

「一回目は、不安。この広いホールに何人集まるのか、私の声が届くのか、何人が満足して帰ってくれるのか今でも怖くなる日がある」

 

 今をときめくツヴァイウィングも初めからその地位にいたわけではない。

 とある機関のバックアップがあったとはいえ、集客率が5割を切り、歌をトチる時代もあった。

 

「おまえはどう思った?」

 

「……わかりません。この感情を一言で表せる語句が検索できません」

 

「いいんだよ、私だって観客がいないステージに初めて上がったときには何も言葉が出なかった」

 

「初心忘るべからず。懐かしいわね、私は奏より前からステージの上に立っているけど、観客がいないのに空気が圧倒してきて、ただ立ち止まってしまった経験は今でも覚えている」

 

 それはそれまでの歴史で熱狂した観客の意思か、アーティストが流した涙か。

 記録ではわからない、舞台の上にあがって初めて分かる霊感にも等しい刺激というものがある。

 

「……では、二回目というのは?」

 

「そいつは自分の足で立ったときに確かめてみろ! ……って言いたいけど、きっとイベントの本番になればわかるだろうから教えてやるよ」

 

 そう言うと奏は誰もいない小さなホールの観客席を、まるで眩しい太陽を見るように顔を赤らめて仰ぎ見る。

 

 

 ──熱さだよ──

 

 

────

 

 

「「ッハイッ ッハイッ」」

「「解、き、は、な、て!!」」

 

 先頭に立って暴れだす観客がいないか監視する仕事。

 イントロだけ聞いた彼女らの歌にそれだけの力があるものかと思っていた。

 だがこの熱量を見た後ではそれにもうなずけるものだった。

 

「「ッハイッ ッハイッ」」

「「突、き、上、げ、て!!」」

 

 人々の期待が先にあり、歌でもってそれに答える。

 人の熱は人の熱を呼び、うねりとなって会場に満ちる。

 これが彼女の言う、熱さ。

 

「かなわないな……」

 

 今の自分ではどう演算してもこの結果を生み出すことができない。

 一か八かの宝くじに、背中に存在する大当たりは存在しない。

 

「それでも、いつか」

 

 AIたる自分は1か0の計算式を積み重ねてその頂きにたどり着くと、使命に誓った。

 

「次の曲いくぞぉー!!」

 

 だがその頂きは脆く崩れ去る。

 

 

 ジリリリリリ! 

 

 ライブ会場の火災報知器のベルが鳴る。

 

「緊急事態発生、ノイズが会場に迫っています。至急避難を開始してください、繰り返します、避難してください」

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