「奏さん」
「奏でいいよ。あんたのほうが年上っぽいし」
「了解しました。以後、呼び方を奏と改めます。それと奏、私がロールアウトされたのは3ヶ月前です」
「成長が早い! ……じゃねぇや、AIならそういうこともあり得るのか。よろしく、DIVA」
「なぁDIVA、あんま言いたくないんだけどさ。あたし腕力には自信あるんだけど、あんたをステージに引っ張り上げたとき相当重かったよ。ロボットだし、なんか金属で出来てるんだろうけど」
「はい。私の躯体はチタン合金をベースとした骨組みに強化プラスチックでコーティングされています。初期ロットとして性能不足にならないよう詰めに詰められた結果、体重は73kgになっています」
「成人男性並みじゃねぇか!? 道理ですげぇ重そうに歩くわけだ」
奏は周りに誰もいなかったことを確認すると、DIVAの耳に口を近づけた。
「アイドル目指すなら体重は隠したほうがいいぞ。あと、知り合いにバケモンみたいに身体の動かせる人とか、マネージャーに抜き足差し足が職業の人とかいるから紹介しとくよ」
「???」
「ツヴァイウィングはなぜこれほどまでの人気を獲得したのでしょうか?」
「いろんなメディアで言ってきたことだけど、私達は人気を得るために頑張ったわけじゃない。だから何を頑張れば人気になれるかなんてわからないんだ。きっとお客さんが言っていることが全てだよ」
「お客さんが言っていること……『ツヴァイウィングの歌には心が宿っている』ですか?」
「あぁ。翼も私も、歌うときはいつだって本気で歌う。心を込めて、楽しく、会場の誰にでも届くように歌っている。胸の歌を、響かせている」
「胸の、歌……」
DIVAの声は人間の声のディープラーニングにより、肺から吸った空気が喉を通じて声へと転ずる際に生じるノイズパターンすら完璧に模倣し、調律することで人間と遜色ない歌声を実現している。
それでもなお再現できない部分があるというのか。
「……と、ここまでがメディアへの建前なんだけど、あんたになら話してもいいかもな。……オフレコにしたいんだけどAIって情報垂れ流しだったりする?」
「ご安心ください、以後10分間の会話内容は内部ストレージにて暗号化しておきます」
「よくわからないけど内緒話もできるってことね」
そういうと奏は椅子に座り、過去に思いを馳せる。
「最初、私にとっての歌は手段だった。なら目標は何かって聞かれたら機密情報だから教えられないんだけど」
「歌が、手段だった……」
私の使命は、『歌でみんなを幸せにすること』。
歌という手段でもって、みんなを幸せにすることが目標。
「なまじそんなんでもトレーニングのおかげで歌がうまいもんだから、すっげぇ歓声が上がるんだ。私の心の底の底は冷えていたのに、そいつが私の胸に熱を与えてくれた」
「その胸の衝動に身を任せて、思うがままに歌ってみるとこれが気持ちいいんだ。観客もその熱を増幅して返してくれる。それに気付けたんだ」
「その時から私は歌のために歌うようになった。ついでに本来の目標も前よりかはうまくいくようになった。……全然ついでじゃないけどな」
「歌のための歌……」
歌を手段として人を幸せにしないといけないのに、歌が手段のままではいけないという矛盾。
正しいはずの前提条件が
「わからない……」
「おい、しっかりしろ!? 話が長すぎたか!?」
「いえ、大丈夫です。貴重な情報、ありがとう、ございます……」
「考えるのを諦めるな!!」
時間をかければ解決できることを信じ、今日のところは厳重に暗号化してストレージに格納することにした。
答えを聞かせてほしいと言われたDIVAは一曲歌ってみせた。
「────♪」
DIVAは歌の最後に、片膝をつけて両手を合わせ、天に向かって突き上げてみた。
「何そのポーズ」
「ツヴァイウィングが曲の最後に決めるポーズの中でもこれが最も歓声が大きかったので」
「フリューゲルのあれか! 唐突すぎるわ!」
「緊急事態発生、ノイズが会場に迫っています。至急避難を開始してください、繰り返します、避難してください」
熱狂していた観客も、ツヴァイウィングが歌いやめたのを見て事態を把握した。
「皆様、落ち着いて避難してください」
警備員の仕事には、災害発生時の避難誘導も含まれる。
DIVAにインストールされた警備プログラムが、人間に危機を促しつつも必要以上に興奮させない絶妙な塩梅の声を作る。
「どけよ、邪魔するな!」
「なんで前に進まないんだ!」
狭い出入り口は即座にパンクし、数秒前に上がっていた歓声は悲鳴へと変化していた。
遭遇が即死を意味するノイズの前には、もはや本物の警備員すら平静を保てない。
事態を冷静に演算できるのはDIVAだけだ。
「皆様、落ち着いて避難してください」
「止まって止まって! 子供が転んでいる!」
「痛い、痛いよ! うわーん!」
「なんでみんな気づいてあげれないの!?」
押し合いへし合い、他人を押しのけてでも自分は生き残りたいと思う人間の本能が惨劇を生み出す。
CPUをフル稼働させ、出入り口への最適な流入量を制御しつつパニックに陥った観客を落ち着かせる。
それでも自分の手が届かない場所では自分の管理箇所以上の被害が、ノイズが出るより前に出ている。
「皆様、」
「ノイズだ、ノイズが出たぞぉー!!」
「早く前へ、立ち止まらないでくれぇー!!」
空から、壁の中から、地中から、ノイズは無機物を透過して襲撃する。
一度触れれば二度と口は聞けない、遺体すら残さず炭とする死神が跋扈する。
だがこのペースならじきに避難が完了すると思ったDIVAは、背中の両翼がどうなっているか振り返り確認した。
「……ッ!」
「……!? ……ッ!」
なにやらイヤホンデバイスで通信しているようだが、ノイズが酷くてここからでは会話の内容が聞こえない。
だが、なぜか逃げる様子ではないようだ。
ならば避難が完了していない他の管理区域へと応援しようかと考えたが、ついに人々を襲い始めたノイズを前にツヴァイウィングは動いた。
「
「
双翼のシリウスは戦衣装をまとい、剣と槍をもってノイズを調律する。
『機密保護はこちらに任せろ! 奏くん、翼、一人でも多くの人を助けるんだ!』
「んなことは言われなくてもわかってんだよおやっさん!」
「人命救助は防人たる我々の役目! いくよ、奏!」
戦乙女は無敵の存在であったはずのノイズを切り刻む。
「ノイズの戦闘能力をツヴァイウィング以下に下方修正……それなら」
DIVAは二人の邪魔にならないように観客を遠ざけ、ノイズが内に入り込まないように可能な限り流れをコントロールすることに努めた。
「ありがてぇ! 市民協力者がこれほどまでに心強いとはッ!」
「だが、この軍勢は手に余る……ッ!」
翼は脚のブレードを展開し、逆立ちしたまま高速回転してノイズを切り刻む。
奏は槍に集めたエネルギーを展開し、一気呵成に大群を切り払う。
『目視範囲内に観客がいないことを確認』
「その声、DIVAか!?」
戦闘開始前にツヴァイウィングのイヤホンデバイスへ通信していた周波数を逆探知し、DIVAは避難が完了したことを告げる。
『DIVA君か!? 済まない、先の爆発でカメラがやられてこちらは戦闘管制ができない状況だ!』
『その声は風鳴さんですね。ツヴァイウィングのお二方はノイズに対抗する力を持ち、風鳴さんはその管理者ということでよろしいですか?』
『話が早くて助かる! 緊急事態につきDIVA君には二人のアシストを頼みたい!』
『ですが私はノイズに炭素分解されずとも攻撃力も持ちませんし、警備員プログラムに戦闘管制メソッドは含まれていません』
『アクション映画の主人公も不意の一撃にやられることがある。だが背中を預けられる相棒と戦場を見渡すスナイパーがいれば百人力だ!』
『意味がわかりません』
『ともかく頼んだぞ!』
『司令、DIVAちゃんは生まれたばかりなんだからもう少し具体的……』
直後、ガラガラとなにかが崩れる音が聞こえると同時にラジオ音声がザーと雑音に変わる。
(通信が途切れた……私は何をすればいい?)
風鳴弦十郎がいるであろう地下へ救出に向かう……却下。
地下への入り口がわからない以上総当りになる上、あの音は一部のノイズの能力によって起こされた爆発によって岩盤が崩れたと思われる。
それに心配せずとも、風鳴弦十郎の身体能力であれば周囲のスタッフをかばってなお余裕を持って生き残れるだろう。
ツヴァイウィングと一緒にノイズと戦う……問題外。
チタン合金でできたこの体はノイズの炭素分解を受けないが、実体化したノイズによる高速突進だけでも十分脅威になるし、なによりツヴァイウィングのようにノイズの数を減らすための攻撃力がない。
選択肢がある中で評価することは得意でも、自ら無限通りの行動の選択肢を見つけることはAIにとって難しい。
だが、尽きることを知らないノイズは超人であっても人間であるツヴァイウィングのリソースを削っていく。
「時限式はここまでかよ……ッ!」
そして次第に奏の槍はその力を失い、戦場には鳴り止まぬ
その惨状に追い打ちをかけるべく、芋虫型ノイズが致命の一撃を放つ。
「ッ! うぁあああ!」
ノイズが放つ溶解液を避けることもできず、奏はかろうじて槍を回転させながらガードを張る。
(思考にリソースを使いすぎた! 私にはノイズの攻撃が見えていたのに、奏には見えてなかった!)
『背中を預けられる相棒と
(戦う人の視野はどうしても目の前の敵に集中する。全体を見る余裕はない。
風鳴さんが言おうとしていたのは、私に観測者としての役割をしてもらうこと!
おおまかなノイズの位置と量を知らせるだけでも今より良い状況になっていたはず!)
為す術なく防御するしかない奏をもって好機と見たか、次々と芋虫型ノイズが追撃の用意をする。
『奏、もう3体ノイズの攻撃が来ます! どうにか避けてください!』
「こうするしかねぇんだ! たぶんゴタゴタに巻き込まれて避難できてなかったヤツがいる!」
よく見れば、中学生くらいの女の子が奏の後ろにいる。ガレキに巻き込まれて脚に傷を負ったようだ。
会場に人が残っていないか、目視確認したのは私なのに!
「うぅぅぅぁあああ!!!」
「奏ぇッ!!」
攻撃は激しくなり、ついに奏の槍と鎧が砕け始める。
翼は他のノイズを抑えつけるのに手一杯、走って間に合うか!?
私が間に合うよりも、奏が力尽きるよりも先に、終わりは来てしまった。
奏の槍の砕けた破片が、少女の胸に深く深く突き刺さってしまった。
傷口から大量の血が流れ、ショックによって少女は一瞬にして意識を手放しかける。
「おいっ、死ぬな! 目を開けてくれ!」
奏は自らの武器で殺してしまったような少女のもとに駆け寄り、必死に声をかける。
「生きるのを諦めるな!!」
少女はわずかに反射反応を返したが、それでも奏の言葉に答えることはできなかった。
「奏……すみません、私のせいで」
「DIVA……いいんだ、お前は頑張った。コイツを頼む」
奏から少女を受け取る。
悲しんでいるはずの奏の顔は、しかし微笑み、その中に諦観と覚悟をもっていた。
「いつか、心と身体、全部空っぽにして思いっきり歌いたかったんだ」
奏はこちらを背にゆっくりと歩く。ノイズは怯んでいるように動かない。
「ノイズを殺すために力を欲して、歌を武器にして戦った。
翼の夢を手伝うために練習して、歌を武器にして戦った。
そうしていると、私がなんのために歌っているのかわからなくなる時があった」
「それでも、いろんなしがらみがあって、歴史があって、私の歌ができた。
ロボットが自分の意志で褒めにくるなんて面白いこともあったりしてな」
死におもむく一歩一歩は、しかし晴れやかに過去の自らの歩みを思い出すものであった。
「出し惜しみしない、私の全部を歌ってやる。
二つの戦場で奏でた私の全部を」
走馬灯を見た奏は、目の前の敵と、背に守る観客のためにラスト・コンサートを開く。
「最期の歌、絶唱」
「Gatrandis babel ziggurat edenal
Emustolronzen fine el baral zizzl」
「いけない奏、歌ってはダメぇ!」
その言葉の意味はわからない。
なぜ彼女が歌っているのかもわからない。
「Gatrandis babel ziggurat edenal
Emustolronzen fine el zizzl」
過程も演算も無いのに、それが彼女の全てであることだけがわかった。
あれだけいたノイズの大群は、翼の胸の中で脆く崩れ去る奏と一緒に消えていった。
私がどれだけ頑張ったとしても、彼女が命をチップに賭けなければ、ツヴァイウィングも少女も会場の外の観客も炭になっていた可能性が高い。
それでもなお、私の力で出来ることは無かったのだろうか、と少女の応急処置をしながら思考を巡らせる。
「帰りましょう、翼。奏が守ったこの生命を散らしては」
むせび泣く翼の背中に、一匹のノイズが浮かんでいた。
私がそれに気付くと同時にノイズは一本の槍となり、無防備な翼を貫こうとする。
DIVAの心には怒りが渦巻いていた。
なぜ静かに親友に別れを告げさせることもできないのかと。
「伏せてください」
「DIVA!?」
心臓を貫かれた少女を傷つけず、かつ最速で地面におろして翼を守る。
これは演算によるものではない。ノイズは無機物を透過し、対象を炭へと変える。
チタン合金でできた私の身体を間に入れても、全く意味のある行動ではない。
それでも、何もできない状況でも、何もしないなんてことはしたくなかった。
ノイズの身体がDIVAを透過し、インパクトの瞬間に実体化して翼を撃つ
そんな未来が訪れることはなかった。
DIVAの脳髄を透過し、実体化したノイズの身体は、
「良かった、翼、無事で……」
「どういうことだ……?」
シンフォギアシステムはノイズに対抗する唯一の武器として、今代のフィーネの活動資金に充てるべく櫻井了子の名前で発表したものである。
それが最近になってAI技術が発展したのに合わせ、『人間に寄せて作られたAIならばノイズに対抗する盾となり矛となる』とかいうたわけた妄想に予算が割かれ始めた。
「バビロニアの宝物庫よりまろび出るノイズは、カストディアンによって統一言語を失ったルル・アメルが作りし対人絶対殺戮兵器。ルル・アメルが咎人とはいえど、先史文明期の術であることに変わりはない」
それを危惧したフィーネはソロモンの杖を使い、AIはノイズに対しなんの効力も持たないことを証明するべく、意気消沈した翼を守らせるという名目でノイズにDIVAを襲わせた。
だがその結果、AIをヒトたらしめるCPUを通したノイズが僅かにでも影響を受けたのか、位相を誤認して実体化したときにベクトルがずれた。
「ノイズには惑星環境を損なわず他者を殺戮するために、己のクローンにも騙されぬよう人をヒトだと判別するためのセキュリティが施されている。それが、今突破されようとしているだと?」
先史文明期にすらなし得なかった、人がヒトを作る
フィーネさんにはなんぼでも難しいこと一人で長々と話させてもいいと思ってる。
感想励みになります。
チラシの裏で終わるはずのSSが少しでも伸びたのは感想のおかげです。
遅筆なのにストック作らず送信してしまうのも、感想が嬉しいからです。