トレーナーが亡くなり遺されるウマ娘の短編集   作:ツレの人

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スペシャルウィーク

 眉間に皺を寄せたお医者さんが首を横に振りました。私、スペシャルウィークのトレーナーさんが倒れてから数ヶ月後のことでした。

 

 

「私の……私のせいだ……!」

 

 

 お医者さんが去って少し、この数ヶ月の間、思っても絶対に口に出さなかったこの言葉を、ついに口に出してしまいました。

 

 体調が優れないのに、私に付きっきりで夜遅くまで仕事を、無理をしたからトレーナーさんは。

 

 

 そう考え絶望する私の肩に手を乗せ、お医者さんとは違い安らかな表情で首を横に振ったのは、トレーナーさんのお母さんでした。

 

 

「この子は昔から病気がちで、身体が弱い子でね」

 

 

 開いたお母さんの目には涙が浮かんでいました。

 

 

「だから元気よく走るウマ娘の夢を支えたい、そうしてこの子はトレーナーになったの。って、スペシャルウィークさんならもう聞いているかもしれないわね」

 

「……」

 

「だからスペシャルウィークさんの専属トレーナーになった時も、あなたが日本ダービーを勝った時――いいえ、どんなレースを勝った時だって私たち家族に連絡をくれてね……。私たちもすっかりあなたのファンになってしまったの。あなたがとても家族想いな優しいウマ娘だってことも知っているのよ」

 

「……そう、なんですか。その……ありがとうございます」

 

「わかるかしら。この子にとってあなたは本当に、本当に誇れるウマ娘だったのよ」

 

 

 ……そうだ。

 

 

『最初からずっと私の夢を信じて……応援してくれたトレーナーさんにとって。今の私は、どう映りますか?』

 

『もちろん――あなたは私の誇りだよ』

 

 

 お母ちゃんも言ってくれた、私の誇りだよって言葉をかけてくれたトレーナーさんが。

 

 

「だから自分のせいで、なんて思わないで。きっと、いえ、絶対にそんなこと、この子は思っていないわ。もちろん私たちも。……ねえ、スペシャルウィークさん。この子に話しかけてあげて。これが……っ、最後かもしれない……から」

 

「……はい、ありがとう……ございますっ」

 

 

 そうです。きっとそうに違いありません。

 

 そんなことにも気がつけなかった私に、親御さんは気を利かせてくれて、病室を出ていきました。

 

 外から鼻をすする音が聞こえます。結局私は、親御さんに励まされて、そして、お礼を言うことしか出来ませんでした。

 

 

「……でも」

 

 

 だからこそ、トレーナーさんにはしっかりと、伝えなきゃ。

 

 

「トレーナーさん、トレーナーさん、スペシャルウィークです」

 

 

 まずは、そう。

 

 

「トレーナーさんがスカウトする時に私にかけてくれた言葉、今でも覚えてます。私の夢を支えたい、って」

 

 

 トレーナーさんが私の走った選抜レースを見てくれて、そして私が日本一のウマ娘になりたいという夢を話して、そして。

 

 

『あなたの夢を支えたい! 私の担当ウマ娘になって!』

 

「トレーナーさんはその言葉通りに、私を支えてくれました。私が落ち込んだりして、調子が悪いときは――」

 

『じゃあやりたいこと全部やろう! 食べたいもの全部食べて、行きたいところ全部行こう!』

 

「そう言って私の調子が良くなるようにしてくれました。レースの駆け引きが下手っぴな私に――」

 

『セイウンスカイとレースをするのにレースの駆け引きを学びたいなら……よし、セイウンスカイを見て学んじゃおう。きっとそれが一番の近道だと思うよ』

 

 

 エルちゃんと走ったジャパンカップでも。

 

 

『エルコンドルパサーは確かに強いウマ娘よ。でも彼女は先行策を得意としていて、末脚はスペシャルウィーク、あなたのほうが遥かに鋭いわ。直線の長い府中の2400mならきっと大丈夫。あなたの走りをしておいで!』

 

 

 グラスちゃんの走りを見て、有記念前に自信を失った私に。

 

 

『確かにあなたよりも強いウマ娘はいるし、あなたより才能あふれるウマ娘だっているかもしれない。それでも私が選んだのはスペシャルウィーク、あなたなんだよ。私がずっと傍で見てきて、その夢を応援してきたのもあなたなの』

 

 

 でも一番印象的なのは。

 

 

「日本一のウマ娘になる、ってどういうことなのか……私、ようやくわかりました!」

 

「セイちゃん」

「キングちゃん」

「エルちゃん」

「グラスちゃん」

 

「負けないよ」

 

 

 私の宣言を穏やかに見守ってくれて、頷いてくれるトレーナーさんの姿。

 

 

「恥ずかしいから言えませんでしたけど、まるでお母ちゃんみたい、ってずっと思ってました」

 

『もちろん――あなたは私の誇りだよ』

 

 

 この言葉が、お母ちゃんと重なります。

 

 

「だからっ」

 

 

 言葉が詰まりました。この言葉を言ったらトレーナーさんが本当に手の届かない場所に行ってしまいそうで。

 

 ……トレーナーさんにはしっかりと伝えるって、決心したばかりなのに。

 

 

「本当にっ、本当にっ」

 

 

 言おう。言うんだ!

 

 

「ありがとうございましたっ。今まで、私の夢を、支えてくれてっ。見守って、くれて! 日本一のウマ娘になるっていうのはっ、お母ちゃんに約束したからっていうだけじゃなくて、トレーナーさんとの約束でもあるんですっ。だから、見ててください。私は絶対……っ、絶対に、誰にでも誇れる、日本一のウマ娘になりますから……!」

 

 

 うん、とトレーナーさんが頷いてくれたような気がしました。そして心電図の機械がピー、と。私はすぐにナースコールを押してトレーナーさんのお母さんを呼びました。

 

 

「お亡くなりになられました。……眠るように旅立たれたのですね」

 

「……そうですかっ。ありがとう……っ、ありがとうございます。スペシャルウィークさん、きっと、きっと、あなたのおかげね」

 

 

 トレーナーさん、私、スペシャルウィークは絶対に、絶対に日本一のウマ娘になります。

 

 

「うっ……ううっ……あぁ……」

 

 

 私を産んでくれたお母ちゃんと一緒に、天国から見守っていてくださいね、お母ちゃんは見ていてくれていると思うけど、いっぱい私のことを話してあげてください。怪我もしないように気をつけます。辛いことだってあるかもしれません。でも元気に走ります。見ている人も元気になれるように、私に夢を見られるように、私も、そんな私のことを誇れるように。そのためにも、辛いことだって次の日には乗り越えてみせます!

 

 

「……うああああああああああん!」

 

 

 だから、これからトレーナーさんがいない悲しみを乗り越えるために、今日だけはいっぱい、いっぱい、泣かせてください。

 

 

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