1月13日
ついに余命が宣告された。少しこっ恥ずかしながら自分の生きた証を残したかったこともあり、日記をつけようと思う。
そして今日は家にゴールドシップの来襲を受けた。
「余命宣告を受けたってことはこれからは籠の中の鳥だってこったろ? じゃあアタシが楽しみ用意してやるしかねえよなぁ!?」
と叫びながら大量のミステリー小説を持ってきた。逐一読んだことのあるなしを聞いて、読んだことがあると答えるとゴールドシップは一輪車(猫車というらしい、ゴールドシップがそう言っていた)の中に本を戻す。
そして俺が検査の後でベッド上から動けず、ゴールドシップを止められないのをいいことに、置いて行くミステリー本を全部ネタバレして帰っていった。この世にはマジで許せないこともあるということをいつか教えなくてはなるまい。
だが「アキレウスの盾から見るシシカバブーの串」はネタバレを受けてなお、純粋に文章が巧く面白かった。文章の巧さで小説を評価したのは「六畳半神話体系」以来かもしれない。良い小説に出会わせてくれた功績をたたえ、いつかの制裁は少し緩めにしてやるとしよう。
1月28日
「動けるなら動いたほうが良いんだろ?」
動けるなら動いておいたほうがいいのは事実だ。しかし、俺が眠っている間に無人島に連れ出すのは良いか悪いかで言えば悪い寄りの行為だと思われる。
しかも連れてきた挙句何かをするわけでもなく、ほら動けよ、と来たものだ。ゴールドシップは俺を虫か何かだと勘違いしている節があるか。人権を持つ人間であることを教えてやらなくては。
ともあれここがどこなのか分からない以上、ゴールドシップに従わなくては帰ることも出来ないわけで、素直に『動く』こととした。
それからしばらく砂浜を散策していると、ちょうどいい大きさの非常にきれいな貝殻を見つけた。ゴールドシップはファンの言葉を借りれば『黙れば美人、喋ると奇人、走る姿は不沈艦』という生命体だ。ネックレスにでもすれば映えるのではないだろうか、と思い持ち帰ることにした。
そして結局疲れ果てて寝てしまったところで、目が覚めたら自宅のベッドの上にいた。無人島に行ったのは夢かとも思ったが、ほのかに身体に残る疲労感と貝殻が夢でないことを証明している。あいつは本当になんなんだ。いかなる手段をもってしてもいつか聞き出す。
2月3日
たづなさんと話している時にトークアプリに通知があった。
ゴールドシップからのメッセージ。鬼、という一言と共に夜のトレセン学園の廊下で笑顔でこちらに走ってくるたづなさんの画像付きのメッセージだった。あまりにもタイミングが完璧すぎて鼻の奥から変な音が出た。
たづなさんに心配されたが理由が理由だけに説明することも出来ずごまかすことしか出来なかった。今日ゴールドシップが珍しく少し疲れた顔をしていた理由がこの時分かった。節分だからといってそこまで身体を張らなくても。
2月14日
今年のバレンタインデーは何があるのかと思ったら、ゴールドシップは普通にチョコを持ってきた。内心ぶったまげていると
「最近コーヒー飲んでなくてポリフェノール取ってねえだろ? ポリフェノールだ食えよ」
とのことだった。語調はさておき、珍しく率直な気遣いに感謝し、口に運ぶとあまりに苦い。
「アタシ特製のカカオ99%チョコだ、もうカカオマス齧ったほうが早いかもしんねえレベルまでカカオ純度上げるの結構大変なんだぜ」
健康を気遣うにしてももう少し甘みが欲しかったが、気遣いに対しそんなことは言えない。
ゴールドシップの顔を見ると、気遣いに対しとやかく言えないだろという顔をしていたので非常にとやかく言いたくなった。いつかゴールドシップが粗相を働いた時にまとめて言おう。
2月20日
今日は珍しく相当体調が悪い。ゴールドシップも察してくれたのか、ノリがどこか爆発的ではなかった。
2月24日
少し体調が回復した。体調が悪いこの数日間、ベッドの上で生きることと死ぬことについて考えていた。
おそらく人が当然に持っている生存本能程度の死にたくないという気持ちもありつつ、人はいつか死ぬのだから、そういうこともあるだろうという気持ち。
これは俺が心残りが思い浮かぶほど充実した人生を送っていないということなのか。いや、ゴールドシップと過ごす日々は退屈しない。この日々を失うのは……惜しい。
2月27日
「そういや体調悪いってことはニンニクとショウガはすべてを解決する説を立証するチャンスだろ? ニンニクを一番美味しく食べる方法知ってるか?」
「……ジョージア料理のシュクメルリがそんな売り出し方されてた気がするな。それじゃないか?」
「何言ってんだラーメンだろ何年アタシといんだ? 鈍いやつだな、買ってから一度も研がなかった包丁かよ」
それは鈍いの意味が違う。
ともあれ、日々をゴールドシップと過ごしているとこういう「この問題はこの本の何ページ目に書いてあるでしょう」みたいな問題をまま出される。しかも今回はニンニクを一番美味しく食べる方法というヒントに見えるものがあったからなおタチが悪い。
それはさておき、ゴールドシップのラーメンはいつぞやの辛すぎるニンニクラーメンと比べ、非常に仕上がっており、美味しかった。
前回のアレは亜寒帯の食いもんだった、さすがのゴルシちゃんも悪かったと思ってる。今度は温暖湿潤気候に合わせたニンニクラーメンだから平気だ、と語るその言葉に嘘はなかった。
いや、ショウガは?
3月3日
「3月~は、ひな祭り~で、酒は飲まねえけど騒ぐことは出来らぁ!」
酒は飲まないというか飲めないの間違い……だよな? ゴールドシップの年齢はトレーナーである自分も知らないため、もしかしたら成人済みである可能性もある。可能性があるだけで低いとは思うが、ゴールドシップの身長やスタイルがゴールドシップだけに考えられなくもない。
それでどう騒ぐかを問うと、
「いつまでもゴルシちゃんにそこらへん考えさせるなよ。今日はゴルシちゃんめんどいからトレーナーがなんか考えてくれよな。変な案出しても安心しろよ、マッシュしてコロッケにするくらいで済ませてやるからよ」
と丸投げしてくる始末。
まぁ、何の気なしに提案した回り将棋で大いに盛り上がったため良かったのではないだろうか。
3月19日
また体調が悪い。日記を書く気力もない。
4月10日
今日はファン感謝祭だった。ゴールドシップは相変わらず走り回っていた。ファン感謝祭の時のあいつのはっちゃけっぷりマジでヤバい。去年は木魚ライブだったが、今年はライブの音にりんと数珠が増えた。仏具で攻めるのも罰当たり的な観点からしてもどうかと思うし、確かに数珠はジャラジャラやればシェイカーやマラカスみたいな音が鳴るが、数珠を楽器扱いするのもどうかと思う。生命力が溢れてればなんでもいいのかあいつは。
しかも木魚ライブ改め仏具ライブだけじゃなくゴールドシップはファン感謝祭中ずっと走り回っている。そのため自分もゴールドシップの所業を把握しきれていない。そしてそれは生徒会などの運営側も同じで、ファン感謝祭の時にゴールドシップが仕込んだ何かがファン感謝祭終わってから爆発することもある。そうすると捕まらないゴールドシップは当然謝らないため俺が平謝りとなる。日記を書いてる今から憂鬱だ。
どうでもいいが、リンカーンはアメリカンコーヒー三杯飲んだって覚えるとマジで鬱の字書ける。ちょっと感動。
というのは現実逃避。変なもんは体調良い時に見つかってくれ~。
4月17日
ファン感謝祭から一週間経つが、何も見つからない。ゴールドシップ、お前今年は何もしてないって信じて良いんだよな?
4月27日
ファン感謝祭という大きなイベントを終えると。つまりは後片付けも終え、普段通りの生活に戻ると、自分の余命のことが頭をよぎる。
あと1か月。そろそろ、死ぬことについて、もっと考えなくてはならない。最近は慢性的に体調が悪い。もっと日記も分量を書きたいのだが、割とそうも言っていられない。
5月3日
今日はトレーナー室の整理を行った。おそらく一般的なトレーナー室よりは綺麗だろう。身体を壊す前はゴールドシップに連れられて外にいることが多く、トレーナー室に籠りきり、ということが少なかったからだ。
しかしまさかゴールドシップが片づけなんていう退屈そうなことを手伝ってくれるとは。礼をしないとな。
5月10日
遺書はさておき、遺言書も念のため書いておくことにした。自分は中央のトレーナーで収入は良い。ゴールドシップのアレコレで出費がかさむことは少々あったが、それにしても資産はそれなりにある。書けるなら書いておいた方がいいだろうと思い正確な書き方を調べるとこれがまた少し複雑だった。
人がいつ死ぬかなど分からないはずなのに、死ぬということはどうしてこうも煩雑で大変なのだろうか。
5月20日
ついに家にいられず入院することとなった。1月13日の日記でゴールドシップに籠の中の鳥と言われたことが書いてあったが、これからは掛け値なしに籠の中の鳥ということになる。まぁゴールドシップにネタバレされたミステリー小説のうち、読み切っていないものがまだまだある。これらを読んだり、とここまで書いてふと思った。これらを読み切ることは多分出来ないのだろうな、と。
少し残念に思う。まぁネタバレはされているから最悪読めなくても後悔は少ないが。
5月22日
今日はゴールドシップの襲来を受ける。ゴールドシップは破天荒だが、常識的な振る舞いが出来ないタイプではなくしないタイプで、病院のパブリックスペースだと大人しい。その分というかなんというか、ゴールドシップは俺の病室に入った瞬間いきなりゲームを取り出して叫んだ。
「3秒以内にどのゲームやるか選ばねえとアタシがいる間簀巻きにしてやる」
マンカラ、ドット&ボックス、リバーシ。知名度的にむしろリバーシが浮いていた。とりあえず数時間簀巻きを避けるため、マンカラを選ぶ。負ける。
結局マンカラから今日記で並べた順に全部やった。全部負けた。二人零和有限確定完全情報ゲームで完敗するのは本当に完敗なのでこれはリベンジしたい。
したいが、そんな時間が自分に遺されているのだろうかと考えると……おそらくそんな時間はないのだろう。
5月26日
今日はなんとなく日記を読み返してみた。日記を書いている当日には気が付かなかったが、日記に書いてあるのはたくさんの心残りだった。
ミステリー小説を全部ネタバレしてきた件についてゴールドシップに何も言っていないし、ゴールドシップカカオ99%チョコの件もそうだ。トレーナー室の片づけの件もそうだ、礼も出来ていない。リベンジも。心残りばかり。
2月24日の日記では心残りが浮かぶほど充実した人生を送ってきていないのだろうか、と書いていたが、これほど心残りが増えたというのは。理由は一つだ。
5月30日
おそらく、最後の日記だ。実は手を動かすのも億劫というか、動かしにくくなっている。
何があったわけでもないが、自分の寿命というのは不思議と分かるもので、そろそろ、なんというか、いわゆるお迎えが来るだろうと、そういう直感がある。
だから普段は書けないゴールドシップへの感謝を。お前といられて俺は、こんなにも心残りが出来るほど充実した生活を送れた。その心残りを果たすことは出来ないが、それでもいい。こんなにも楽しかったのだから。
俺はお前と出会えて、人生楽しかった。お前が俺と出会ったことによって、お前の人生が少しでも楽しくなっていたら、この上ない喜びだ。
◇◇◇
「なぁゴールドシップ、そういや、お前なんで俺をトレーナーにしたんだ?」
「おま、最後に聞いておきたいことがそれでいいのかよ、もっとなんかこう、なかったのか?」
「いいだろ、最後くらい真面目に答えてくれ」
「いや、なんていうかまぁ……すげーヒマそうなヤツがいるなって思ったんだ」
「マジでその理由かよ」
「マジでその理由だよ。……でもどうよ。アタシと出会えてアンタの人生、面白くなっただろ?」
「――。あぁそうだな。本当にそうだ。……なぁゴールドシップ、俺が死んだら、いつでもいい。俺の日記を読んでくれ。伝えたいことは全部そこに書いたから。俺は……ちょっと寝るよ」
「……そっか。おやすみ」
それからほどなくしてトレーナーはこの世を去った。
遺言通り、ゴールドシップは日記をめくる。1ページ1ページをかみしめるようにゆっくりと。
「あぁ、そっか。めっちゃ人生楽しめてるじゃねーか。良かった。良かったよ。さよなら、トレーナー。アンタと出会えて、アタシの人生もちゃんと面白くなったよ」