空は茜色に染まり、夕暮れ時を示していた。
はるか遠くの空はやや黒に染まりつつある。
時計の針は丁度16時30分を指し示していた。ここ有馬市にある、有馬第一高等学校の校舎内に放課後帰宅を知らせる帰宅ベルが鳴り響いていた。
教室内からは部活に行くために学校鞄の他に、大きなスポーツバックを肩から掛けながら教室を出て行く生徒たちの姿がいくつもあった。
『――市原先生、市原先生。至急職員室へとお越しください』
教師を呼ぶアナウンスが響き渡る。
教室に残っている生徒たちはそんなアナウンスには耳も貸さずに、部活動でほとんどの生徒たちが出て行ってしまったために、教室には生徒の姿は一つとしてなかった。
部活動や帰宅する以外の生徒の行く学校内の場所というのはそう多くはない。最も有力なのは基本的に放課後は立ち入り禁止となっている屋上だった。
そこには数人の生徒の姿があった。
「なあ、見たか? “マヨナカネット”」
「見た、見た。また新しい書き込みがあったよね。あれって本当なのかな?」
「知らねえよ。でも本当だったらまじでやばいよな」
ややチャラそうな男子生徒が、一緒にいる二人の男子生徒と女子生徒に対して話題を振った。二人はそういえばというような、まるで忘れていたことを思い出した様子だ。
いつもネットのとあるサイトにて深夜0時になると一瞬で大量に書き込みがされる“マヨナカネット”というもの。取り上げられる話題というものに統一性はないが、大抵はそのサイトを経営している謎の七人のユーザーが選んだ何者である。
ただおもしろ半分に見ている彼らであるが、話のネタにはもってこいのものだった。
確か新しく話題に取り上げられた人物は一人の女子高生だったはずだ。彼らも良く知る、この有馬第一高等学校に通っている人物。
見る限りでは書き込みにあるものから想像できるような人物像ではないのだが、「もしかすると……」というように疑いの目で見てしまうのだ。
彼らだけではなく、その“マヨナカネット”を知っている者たち全員の見解だった。
キィッという扉が開けられる音が聞こえた。
生徒たちは慌てて壁に隠れるようにして、そっと誰が来たのかを見る。
完全に開けられた学校の仲から屋上に足を踏み入れてきたのは、教師ではなく、一人の女子生徒だった。自分たちと同じ有馬第一高等学校の女子用の制服を着ている。
よく見てみるとその生徒は彼らが先ほど“マヨナカネット”の話の中で出ていた何者かの張本人だった。
まさか本人が来るとは。ゴクリと生唾を飲み込みながら、彼女の様子を黙って見ている。誰も見ていないところで、本性というものを見せるのかもしれないという、好奇心にも似たものを胸に抱き始めていた。
だが目を細めて良く見てみる。そんな好奇心は木っ端微塵に砕かれたように、ガラガラと崩れ去ってしまった。
彼女の顔――何かに絶望し、真っ青なものだった。もう生きていないのではないかというくらい、生気を感じさせない、そんな顔だった。瞳には光がなく、まるで夢遊病者のようにフラフラと足取り悪く、手すりの方に向かっていく。
三人の胸にざわざわとした感覚が生まれる。
だがどうしてもその場を動くことができなかった。
ただその場から彼女の様子を見ているしかできない。そうしている内にも彼女はゆっくりと手すりに手をかけ、ゆっくりと足を乗せた。
まずいのではないか――いよいよそんな不安の方が勝り始める。
両足を乗せた女子生徒がゆっくりとであるが手すりの上に立ったのだ。両手を広げ、全てを受け入れるような、そんなポーズをとった。
彼女の向こうには沈み行く太陽が見えた。
大きく欠けてしまった太陽は今にも地平線の向こうに消えそうだった。その太陽の姿は、まるで彼女の命の終わりを表しているかのようだ。
「お、おいっ!」
一人の男子生徒が慌てて立ち上がり、声を上げる。そして彼に続いて二人の男女の生徒も立ち上がり、その女子生徒のもとへと駆け出した。
その声に反応したように、その女子生徒は肩越しに視線を向けてきた。
やはり全てをあきらめたような瞳をしていた。
その瞬間突然の風が一陣吹いた。
思わず三人の生徒は顔を腕で覆ってしまう。何とか細目を開け、彼女から目を離さないようにした――これ以上は無理だというくらい、彼らは目を見開いた。
風に包まれるように、誘われるように――女子生徒の身体は空中に投げ出されていた。そこには何もなく、ただ下には地面があるだけ。
その場に足から根が生えたかのように三人は動けなかった。ゆっくりと女子生徒の体が視界から消え、そして数秒後には何かが叩きつけられるような音と、何かが飛び散るような音が同時に聞こえてきた。
その瞬間に金縛りのようなものから介抱された。
三人は慌てて手すりの前に行き、下を覗き込んだ。
当然ものすごい音が聞こえたためと、落下物が見えたからだろう。
慌てて教室に残っていた生徒たちや、下校途中の生徒たちがその場に集まっていた。
女子生徒たちの悲鳴が響き渡る。
そこに教師たちもやって来る。誰もが顔面蒼白状態だ。
いつものようにさようならをして、明日また会うと約束をする日常が一瞬にして地獄のようなものへと変わってしまった。
土色の地面にまるで大輪の真紅の色をした花が咲き誇っていた。
手足はあらぬ方向に曲がっており、特に頭部はひどい状態で、半分潰れてしまっていた。学校内ではアイドル的な存在だった彼女がまさかこんな姿になるとは誰が予想しただろうか。
美しかった彼女は、ただ一輪の美しい真紅の花へと姿を変えた。
それは彼女の命と引き換えにだった。
彼女はもう、この世には存在していなかった。