友希那「これは…多過ぎる……。」
スマホに表示されたマップを見ながら、友希那は険しい表情を浮かべていた。
バーテックスの襲撃が起こったのは、友希那達が旅行から帰って来てから半月程した頃だった。今回侵入してきた敵の数は異常な程に多い。
香澄「今までの十倍……?ううん、それ以上かも。」
今まではせいぜい百体程だったが、今回はざっと目算しただけでも千体は超えている。戦闘に慣れてきた勇者達にとって、バーテックス一体一体を倒す事は難しくはない。だが、これ程の数になると、その物量で押し切られる可能性が出てくる。
友希那(リーダーである私が弱気を見せてはダメね…。)
友希那はやって来る敵群を見据え、刀を握った。
友希那「私が先頭に立つわ!」
そう言って友希那は、地面を蹴り敵群へ跳躍する。
燐子「待ってください…友希那さーー!」
背後で燐子が制止の声を上げるが、時すでに遅く、友希那は動き出してしまった後だった。
友希那「はぁっ!!」
敵群へ向かう途中、すれ違いざまに数体を斬り伏せる。丸亀城から一人突出してきた友希那を、バーテックスが取り囲む。今までに見せなかったバーテックスの動きの異常さに、勇者達はすぐに気がつく。
あこ「何で!?バーテックスがあこ達の方に来ないよ!」
あこの言う通り、バーテックスは友希那を取り囲んだまま、残りの四人がいる方へは全く近づいて来ない。
燐子「バーテックスは…まず友希那さんを潰すつもりです……!」
バーテックスには知性があるのだーー
負けが続き、彼らも戦術を使うようになったのだ。
視界を埋め尽くすほどの大量のバーテックスに包囲され、友希那は完全に四人から孤立してしまった。前後左右、あらゆる方向からバーテックスが襲いかかって来る。しかし、そんな状況でも友希那は、怯む事も撤退も考えていなかった。
友希那(この程度で、揺らぐ訳にはいかないの……!)
多くの人が、この化け物に殺された。罪なき者、幼き者、愛する者を持つ者、日々を懸命に生きる者、数えきれない程の命が無意味に奪い取られたのだ。
あの日、友希那の脳裏に焼き付いた光景。
喰い千切られた無数の屍ーー
蹂躙し尽くされた国土ーー
失われた平和な日々ーー
抜け殻の様になった人々ーー
怒りと悲しみの嗚咽ーー
友希那「報いを………必ず、奴らに受けさせる!!」
すぐに四人は友希那を助けに向かおうと動く。だが、それより先にバーテックスが動き出す。友希那を取り囲んでいたバーテックスの一部が別行動を起こし、神樹へと向かい始めたのだ。
紗夜「厄介ですね……。」
香澄「友希那ちゃん…。」
こうなってしまっては、勇者として友希那を助けに行くよりも、神樹を守ることを優先せざるを得なくなってしまう。
一人を助けるか、四国全土の命を助けるか。導き出される答えは一つしかなかった。友希那を除いた四人は、神樹へ進行していくバーテックスを止めるために動き出す。
あこ「友希那さーん!こっちへ来て!一人で戦ってちゃダメです!!」
移動しながらもあこが懸命に叫ぶが、集中攻撃を受けている友希那に届いているかは分からなかった。
友希那を取り囲む敵の数は、あまりにも多い。勇者装束を纏い、神樹の力を得ているとはいえ、体力は無尽蔵では無い。徐々に友希那は追い詰められていく。
疲れで集中力が切れた瞬間に、左右と上から同時に三体のバーテックスが喰らいついてくる。左右の敵は叩き斬るが、上から来たバーテックスを仕留め損ね、刀を振りきった腕に喰いつかれてしまう。
友希那「ぐっ…うぅ……!」
バーテックスの口が、友希那の皮膚を喰い破り、肉に食い込み血管を千切る。脳に灼けるような激痛が走り、気を失いそうになる。
友希那(でも……この痛みは…バーテックスに殺された人々の痛み……!いや…。)
蹂躙され、喰い裂かれ、命を奪われた人々が受けた痛みは、こんな程度では無い。
友希那「どれ程の痛みを……苦しみを……罪なき人に与え続けたというのよ!!」
友希那は刀を左手に持ち替え、右腕に喰い付いたバーテックスを両断。そして怒りのままに、周囲のバーテックスを蹂躙していく。
その姿はまるで鬼神。瞳に憎悪と憤怒を滾らせ、刀を振るう度に、右腕から流れ出た血が空に飛び散る。
しかし、圧倒的な数の差は縮まらず、目の前に集中している友希那に背後からバーテックスの追撃が迫ろうとしていた。
香澄「友希那ちゃん!!」
背後から襲いかかるバーテックスから守ったのは香澄だった。いつの間にかバーテックスの包囲網に入ってきた香澄が、友希那の代わりにバーテックスの突進を受けてしまう。
香澄「うわっ!」
香澄は吹き飛ばされ、樹海の植物の茎に叩きつけられる。そしてすぐさま、大量のバーテックスが香澄に群がっていった。
友希那「香澄!!」
友希那は香澄に群がるバーテックスを斬り払い、香澄を抱えてその場から離れる。
香澄「ありがとう……友希那ちゃん…。」
香澄は弱々しく笑顔を浮かべるが、その体は既に多くの傷を負っていた。ここに来るまでにも無数のバーテックスと戦ってきたのだろう。
友希那「どうしてここに来たの!?」
自身が一番に敵群の中心に入り、最も多くの敵を相手取る。それが友希那の戦い方である。追従する者も共闘する者も必要とせず、最も大きな負担は自身で背負うスタイル。それなのにーー
香澄「…………友達を放っておくなんて…やっぱり出来ないから……。」
そう言いながら、香澄はボロボロの体で立ち上がる。
香澄という少女は他人の苦しみを黙って見てることなんて出来ない人間だというのを友希那は忘れていた。こうなってしまっては、香澄を逃すことはもう出来ない。友希那は刀を持ち、香澄と背中を合わせて立つ。
友希那「香澄……必ず生き残るのよ。」
香澄「友希那ちゃんもね……。大丈夫、私達勇者はみんな強いんだから……!」
疲労と苦痛を押し殺し、香澄も拳を構える。満身創痍の二人は、周囲の無数のバーテックスへ武器を振るったーー
かつてない程の大規模なバーテックスの攻勢だった。その戦いは、体感時間にして六時間以上にも及んだ。長き戦いの末、勇者達は辛うじてバーテックスの撃退に成功する。
しかし、勇者達全員の負傷と疲弊は酷く、特に香澄は戦いが終わった後、すぐに大社管理下の病院へ搬送されることとなった。
樹海化が解け、香澄が病院へ運ばれた後、友希那の頬に紗夜の平手打ちが入る。
紗夜「湊さん……あなたはどうしてあんな勝手な行動をしたんですか……!?」
頬の熱を感じながら、友希那は紗夜の言葉を無言で受けていた。
紗夜「あなたが一人だけで勝手に戦おうとするから……高嶋さんが………!」
あこと燐子は、二人を止めずに見ているだけだった。心の何処かで紗夜に共感しているのだろう。
紗夜「自分勝手に特攻して……高嶋さんを巻き込んで…!せめて神樹の精霊の力を使えば、高嶋さんの負担は減った筈なのに…あなたはそれすらもしなかった!!」
友希那「全部…私の判断ミスと思い上がりのせいよ……。」
自分一人で戦っているような突出と、怒りに任せた暴走ともいえる行動。それが香澄を危険に巻き込む結果になってしまった。
精霊の力を使わなかったのは、あの戦い方では消耗が激しく、長期戦に向かないから。だが、その判断も"敵を一体でも多く倒す"事しか考えていない結果だ。精霊を使っていれば、香澄の負担を減らす戦い方も出来てたかもしれない。
紗夜「あなたは……周りが何も見えてません!自分が、勇者のリーダーだという事をもっと良く自覚するべきです!!」
勇者の先頭に立つ人間として相応しいのか。前に自分に向けた問いかけが、再び友希那の心に浮かぶ。
冬の空は冷たく重く、勇者達の頭上を覆っていた。