名古屋を経て、友希那達は遂に諏訪へ辿り着く。凄惨な惨状の中、見つけたものは友からの手紙だった。
友希那達は名古屋に辿り着く。しかし、次こそはと言う者は誰もいなかった。
名古屋駅前の大型ビルに降り、辺りを一望するが、ここでの景色もこれまで見てきたものと大差はなかった。崩れた建物、瓦礫に埋まった道路、放置された車両ーー
あこ「な………何ですか、あれ……。」
あこが顔を顰めながら、駅の方向を指差す。そこに広がっていた光景は、駅周辺とその向こうの地域全体が、無数の巨大な卵状のものに覆われている光景だった。
生理的に嫌悪感を催す、不気味な光景。友希那は目を凝らし、視界に意識を集中する。勇者としての力で五感も強化されているので、望遠鏡で見るように卵の様子がはっきりと見えた。卵殻の中で、何が蠢いているのがわかる。
友希那「…………っ!?」
想像するだけで、友希那は吐き気を催した。
燐子「………う…ぅ………。」
あこ「大丈夫、りんりん!?」
燐子にもアレが何か分かったようだ。
友希那(こ、これが……バーテックスに侵攻された場所の末路だとでもいうの………?)
人の創り出してきたものは一掃され、バーテックスの占領地となる。ここは最早人間の土地とは呼べない程のものだった。
燐子「……私達の四国も………いつかこんな風に………。」
あこ「そんな事、あこが絶対にさせない!!」
燐子の不安を断ち切るように、あこが強く言い放つ。それは燐子を安心させるためだけで無く、同時に自分を奮い立たせるための言葉だろう。
あこ「そのためにあこ達勇者がいるんだ!こんな風はさせない!人間が……訳分んない化け物に、負けられるかぁ!!」
あこの声を聞いて少しだけ元気付けられたのか、燐子は弱々しい笑みを浮かべる。
燐子「そう…だよね……私達が頑張らないと……。」
その時、周囲を見回しながらリサが険しい口調で言った。
リサ「みんな!囲まれてる………!」
周囲の所々にバーテックスが浮かんでいる姿が見える。バーテックスは何処からともなく次々に現れ、凄まじい勢いでその数を増やしていく。
友希那(大社はバーテックスの数が減少していると予想していた……それは外れていた?それとも、短時間で数を増やす性質がある……?)
あこ「…………あこは今、怒ってるんだから……!」
静かな怒りを燃やし、あこがバーテックスを睨む。
あこ「この世界は、お前達なんかに奪わせない!その為だったら、あこはどんな事だってやってみせる!!」
友希那「あこ、待ちなーー」
友希那の制止も虚しく、あこは既に"切り札"を発動させ"和入道"をその身に降ろす。
あこ「行っけええぇぇぇぇっ!!」
巨大化した旋刃盤を全身を使い全力で投擲する。空中を滑走する旋刃盤は炎を纏いながら、ビルを取り囲むバーテックスに襲いかかる。回転する刃はバーテックスを次々に轢殺、焼却していった。
空中のバーテックスを掃討した後は、地面を覆っている卵状のものへと襲いかかる。そして不気味な卵群も燃やし尽くしていく。
友希那「あこ、軽々しく"切り札"を使わないで!」
あこ「ごめんなさい、友希那さん。ついカッとしちゃって……でも、後悔はしてないです。」
精霊の力を使うのは、勇者の体に大きな負担がかかる。人智を超えた力が、人体にどの様な影響を及ぼすのか、正確には分かっていない。だから友希那達は、余程の事がない限り、"切り札"は使わないと決めていた。
あこも"切り札"を使うことへの危険性は充分に分かっている。だがそれでも、使わざるを得なかった。今、目の前にある絶望的な光景を完膚なきまでに打ち壊さなければ、心が折れてしまうと思ったからだ。あこの心も、そして何より燐子の心も。
あこ「どうせだったら、これに乗って名古屋を見てみませんか?空から探した方が早いですし。」
友希那「………そうね。」
辺りを全て焼却し尽くした後、全員は旋刃盤に乗り名古屋の捜索を開始するのだった。
そして、名古屋でも生存者は見つからなかった。卵状のもので覆われた地域に、生存者がいるとは思えなかったため、捜索は短時間で終了する。
あこ「はぁ…はぁ……やっぱり"切り札"はキツいですね……。」
友希那「もう使うのは止めて頂戴。何の影響があるか本当に分からないのだから。」
あこ「分かってます……………。」
苦笑いした後、あこは旋刃盤を見つめながら、少し黙ってしまう。
燐子「……どうしたの、あこちゃん……?」
あこ「……ん?何でもないよ。ちょっとボーッとしてただけ。さぁ、いつまでも休んでられないよ。今日中に諏訪に行かないとね。」
リサ「うん……そうだけど…。」
リサもあこの一瞬見せた表情が少し気にかかっていた。
リサ「もしあこが疲れてる様だったら、ここで一旦休んだ方がーー」
あこ「大丈夫ですよ!早くいきましょう!」
次に友希那達が目指す場所は、長野県の諏訪。昨年まで四国と同じ様に結界が存在し、美竹蘭という勇者により、人類の生存が保たれていた地域である。
道中も高速道路や、民家は破壊し尽くされ、道路上には車の残骸が無数に残されていた。
長野県が近付くにつれ、友希那の心中には期待と同時に恐れが大きくなっていく。友希那は通信を介し、蘭とは何度も言葉を交わしてきた。実際に会ったことは無いが、親友だと思っていた。
去年、通信が切れた時から、諏訪は既に壊滅した可能性が高いと言われている。だが、実際にこの目で見るまでは確定した訳ではない。蘭が死んだと決まった訳ではない。
だからこそ、実際に確認することが怖かった。
リサ「………目を背けたらダメだよ。」
そんな友希那の心情を察するかのように、リサはそっと友希那の頬に手を触れる。
リサ「きっと蘭も友希那に、諏訪の結末を知って欲しいって思ってるはず。例えその結末が、どんなものだったとしても………。蘭も、友希那のことを友達だって思ってたはずだから。
リサは優しい口調で、厳しいことを言うのだった。
ーーー
諏訪湖の周辺に四つの社を持つ諏訪大社。かつてはその四社が要となって結界が形成され、人類の生存地域が守られていた。尤も、バーテックスからの侵攻が激しくなるにつれて、結界は次第に縮小。去年連絡が途絶えた時には、無事な地域は諏訪湖東南部のみだった。
友希那達は諏訪湖に辿り着き、そこから南下して諏訪大社の上社本宮を目指す。途中で見える長野の街並みも、やはり他の地域同様に崩壊していた。もはやそこに、人類を守っていた結界は存在しない。嫌な予感が、友希那の頭の中で急激に強まっていく。
そして上社本宮へと到着する。だが、そこに社と呼べるものは無かった。鳥居、神楽殿、社務所、参集殿、全てが木材や石の残骸に変わっていた。あらゆる天災を一身に受けた様な、これまで見てきたどの地域よりも、徹底的に、執拗なまでに破壊されている。原形を留めている人工物は何一つ無く、勿論人の姿も無い。
バーテックスがただ人間を食糧として捕食しているなら、ここまで破壊する必要は無いだろう。だがバーテックスは、まるで人間の痕跡そのものを忌み嫌うかのように、全てを無かったことにしようとするかのように、あらゆる物を壊していた。
友希那「く………っ!」
言葉にならない呻きが、友希那の喉から漏れる。結界は消え、バーテックスから蹂躙を受け、諏訪に人間が生き残っている可能性は限りなく低いだろう。だが、友希那は顔を上げる。
友希那「………探しましょう…生き残りがいないかを。」
友希那達は手分けし、上社本宮を中心に捜査を続けた。そして日が暮れ、空が赤くなってきた頃、友希那達は畑を発見する。
あらゆるものが破壊された中で、僅かに残っていた人の痕跡。雑草に覆われ、しっかり見ないと分からないが、それは確かに人が作り出した畑だった。
香澄「あれ………?」
香澄は畑の脇の地面から、何かが僅かに突き出ているのに気が付き、手で掘り始める。
他のみんなも協力し、手がボロボロになるのも気にせず掘り続ける。やがて、埋まっていた物が姿を現す。それは人の身長程の大きさがある、木製の箱だった。
友希那「誰かが残したの……?」
友希那は息を呑み、箱を開ける。出てきた物は一本の鍬。そして折り畳まれた一枚の手紙。
ーーー
ーー
ー
初めまして。いえ、もしかしたらこれを読んでいるのが湊さんかもしれないから、初めましてと言うのは変ですね。いや、実際に湊さんに会ったことは無いから、やっぱり初めましてかな。どうでも良いですね。
もしこれを見つけたのが湊さんでなければ、どうかこれを四国の勇者である彼女に渡していただければと思います。
バーテックスが現れた日から既に三年程になります。何とか諏訪を守ってきましたが、結界も次第に縮小し、諏訪も切迫した状況になってきました。本来なら、勇者である私が弱気なことを言うべきではないと思いますが、ここはもう長くは保たないでしょう。
けれど、まだ湊さんの四国は残っています。世界はボロボロになってしまったけど、過去の歴史から人間はこれまでどんな戦争、自然災害に見舞われても、再興して来ました。だから今は大変な時期でも、諦めなければきっと大丈夫。
湊友希那さん。まだ会った事の無い私の大切な友達。こんな時代でも、湊さんに出会えた事を私は嬉しく思います。湊さんが戦いの中でも無事であるよう、世界が湊さん達の元で守られていくよう願っています。
最後まで人類を守り続けるのがたとえ私じゃなかったとしても。それでも誰かが、湊さんの様な勇者が守り続けてくれるのであれば良い。
私はそこに繋げる役目を果たします。
最後に、この天災を乗り切った後、大地を耕して蘇らせる時に、この鍬も使ってくれれば幸いです。私も一緒になって、耕しているという気持ちになれるから。
ー
ーー
ーーー
友希那「……………っ。」
友希那の視界が、涙で歪んだ。手紙を握る手に力がこもり、紙がぐしゃぐしゃになる。周りから手紙を覗き込んでいた仲間達も、言葉を失っていた。
紗夜「ここも同じ………全部壊されて………。」
香澄「ううん、全部じゃない…。これが残ってる。蘭ちゃんから引き継いだバトンだよ…これは……。」
香澄はその鍬を友希那へ差し出す。友希那は両手でしっかりとそれを受け取った。異なる場所で生まれ、同じ時代を生きた勇者達が、今ここで繋がる。
友希那「……やっと会えたわね、美竹さん。あなたの遺志、確かに私達が引き継いだわ。」
諏訪で戦い続けた勇者が遺したものは、間違いなく暗い世界の中に灯る希望だった。
その後、大社への報告用として本宮境内を調べていたリサが、破壊された社殿の奥から小さな布袋を幾つか見つけて持ってきた。
リサ「何かの種かな?」
燐子「これは……蕎麦の種だと思います…。こっちの袋には大根の種…こっちはきゅうりでしょうか……。」
今ここに畑と、種と、鍬がある。誰が言い出すとも無く、友希那達は遺された畑を耕し始めた。既に日は落ち、月明かりの下で、友希那達は大地に向き合う。全員で雑草を抜き、交代で蘭の鍬を使って土を鋤き返した。
夜が明ける頃には、畑の一部を耕し終えることが出来ていた。柔らかくなった土に種を撒く。バーテックスが蔓延るこの地で、植えた種が育つ可能性は低いだろう。それでも、蘭が遺したものを、少しでも元の形に戻したかったのだ。
友希那「この鍬と残った種は、四国に持ち帰りましょう。」
朝日の中で畑の光景を見ながら、友希那は少し寂しげにそう言った。
その後、長距離の移動と農耕作業で疲れた友希那達は、畑の側で少しだけ眠った。目を覚ました後、彼女達は更に東京、北海道へと移動を続けるーー
筈だった。友希那達の調査遠征は、思わぬ形で中断されることになる。
リサ「………四国が再び危険に晒される……。」
休息から目を覚ましたリサが、険しい表情でそう告げるのだった。