士気を下げないことは良い事だ。時には嘘をつく方が良い事だってある。
だがそれが剥がれ落ちた時、怒りの矛先は何処に向かうのだろうか。大社はそれを理解しているのだろうか。
ニュース『勇者様と巫女様による調査の結果、諏訪地域の無事が確認されました。現在大社は、諏訪の避難民へ物資を輸送する方法等を検討しています。また、諏訪以外の地域でも人類が生存している可能性が高いと見られーー』
友希那達は食堂で、テレビから流れるニュースを聞いていた。調査遠征から四国へ帰還して、今日で三日目。今は昼食時間で、みんなでご飯を食べているところだ。
この三日間、テレビや新聞等の報道機関は、調査遠征によってもたらされた『良い報告』を流し続けている。
あこ「相変わらず嘘ばっかりだよね。ご飯が美味しくなくなるよ。」
あこの言う通り、四国に流れているニュースは大社によって歪曲されたものだ。諏訪は無事だった、四国外にも人類は生存している、バーテックスは減少している、人類は国土を取り戻すことが出来る。四国の人々が喜びそうなものばかり。友希那達が四国の外へ出て目にしてきた事実とは、全く異なっている。
燐子「人々の士気を下げない為に、情報を操作する……戦争なんかではよくありますけど………。」
友希那(大社のやり方は、戦略的には間違ってはいない………でも…。)
不吉さを感じるのだ。人々に嘘の情報を流し、無理矢理に明るい空気を作る。歴史上、そのやり方を取った者は最終的に負けてしまうことが多い。友希那には、これが負け戦の戦法に思えて仕方がなかった。
香澄「みんな、ご飯が冷めちゃうよ、ニュースばっかり見てたら。よーし、冷めちゃうくらいだったら、私があこちゃんのご飯食べちゃう!」
あこ「あっ、香澄ー!お肉まで食べたぁ!」
香澄「残すくらいだったら、食べてあげた方が良いかなって。」
そんな仲間達の姿を見ながら、友希那は思わず苦笑してしまう。さっきまでの暗い空気は、いつの間にか消えてしまっていた。香澄はみんなを見回し、明るい口調で言う。
香澄「あのさ!大社の人達が流してるニュースは今は嘘だけど、私達が本当にしちゃえばいいんだよ。バーテックスを全部やっつけて、世界を取り戻して!」
友希那「ええ。香澄の言う通りね。」
友希那は頷き、テレビの電源を消す。これ以上聞いたところで意味がない。だが、このニュースで流れている虚偽の情報は、人々の願いそのものには違いない。それを実現させるのが勇者の務めだ。
紗夜「………ご馳走様です。」
紗夜は会話に入らず、昼食を食べ終わると、すぐに食堂を出て行ってしまう。遠征から帰った後、紗夜は以前より口数が減ってしまった。代わりに険しい表情を浮かべていることが多くなり、話しかけるのも躊躇ってしまう雰囲気を纏っている。
あこ「そういえば、あこも用事があるんだった。りんりん、午後の授業は欠席するって言っておいて!」
燐子「え?……分かった…。」
あこ「大丈夫だよ、りんりん。」
急いで食器を片付けたあこは食堂から出て行った。燐子は気がかりそうな視線で、去っていくあこの後ろ姿を見つめていた。
放課後、紗夜は訓練場で一人、大葉刈を振るっていた。訓練の成果もあり、軽々と扱っているが、その表情は険しい。まるで怒りを叩きつけているかの様に。
香澄「紗夜ちゃーん!」
明るい声に振り返ると、訓練場の出入り口から駆けて来る香澄の姿があった。
香澄「自主練するんだったら、呼んでくれたら良かったのに。一人で訓練するより、二人でやった方が練習になるよ!」
紗夜「自主練は私が勝手にやってる事ですから…。」
香澄「じゃあ、私も勝手に一緒に訓練するね!」
紗夜「………はい。」
断る理由も無く、紗夜は頷いた。香澄以外だったら、紗夜は無言で去ってしまうかもしれないが。
二人で模擬戦の訓練を行い、その後一休みをする。
香澄「四国に戻ってきてから、紗夜ちゃんは毎日自主練してるよね。」
紗夜「いつバーテックスの襲撃があるか分かりませんから……。」
どこか強張り、余裕が無い表情で紗夜は言う。
香澄「そうだよね。リサちゃんの神託によれば、危機が迫ってるらしいけど、具体的にはいつなのか分からないって言ってたよね……。」
勇者達は、リサの神託によって四国に危機が迫っていると言われ、遠征を途中で切り上げ帰還した。しかしその後、リサや他の巫女達にも神託は下っておらず、バーテックスの襲撃時期がいつなのか、それがどのくらいの規模なのかは分からない。敵の侵攻までに時間があるのなら、もう少し北まで調査を続けることも出来た。帰還を早める神託が下った理由は、大社も分かってないらしい。
今までとは異なる何かが起ころうとしてるのかもしれないーー
紗夜「私は…早く戦いたいんです。バーテックスが早く来れば………。」
香澄「紗夜ちゃん?」
紗夜「勇者は戦って勝つからこそ、価値があるんです……。四国の人達だって、それを望んでます。」
香澄「…………。」
俯きながら話す紗夜を、香澄は何も言わず見つめていた。
紗夜「四国の外を蹂躙したバーテックスを全滅させる……そうしなければ、勇者に価値なんかありません。」
香澄「戦いなんかなくても、私は紗夜ちゃんが一緒にいてくれるだけで嬉しいけどな。価値とか、そんな難しいこと考えなくても。」
紗夜「…………よく分かりません…。」
一方、日が暮れた頃。あこが寄宿舎に戻ってくると、ドアの前に燐子が立っていた。
あこ「あれ?りんりんどうしたの?」
燐子「……………。」
燐子は探る様な視線であこを見つめていた。
あこ「ど、どうしたの?」
燐子「………あこちゃん…何か隠してる…?」
あこ「隠してるって……。」
燐子の鋭い視線に、あこは少したじろいでしまう。
燐子「今日の午後…授業を休んで何処に行ってたの……?」
あこ「…………。」
燐子「遠征の途中くらいから、あこちゃん……時々何か考え込むみたいな顔してるし…。」
あこ「………立ち話もあれだから、取り敢えず中に入ってからね。」
部屋に入った二人はベッドに腰を下ろした。
あこ「……病院に行ってたんだ。」
燐子「病院…?」
あこ「そう、大社関連の病院。いつもあこ達が検査を受けてる所だよ。」
燐子「何かあったの……?」
あこ「ううん、怪我とか病院とかじゃないんだ。だけど……遠征で"切り札"を使った時からかな?何か体に変な感じがして……。」
あこは言葉を探す様に視線を彷徨わせていた。自分の感覚を上手く説明出来ない。
遠征から帰って来た後、勇者達は全員病院で検査を受けた。その時は、誰にも異常は無く、健康体だという結果が伝えられた。
あこ「念の為、もう一回検査してもらったんだ。だけど、やっぱり異常は無いって。」
燐子「良かった…。」
あこ「でも……やっぱり何か変な感じがするんだよね…言葉に出来ないけど。」
燐子「………………。」
燐子の心が騒つく。今、燐子達が経験している事は、殆ど全てが人類未体験のことだ。神の力を宿す勇者という存在も、バーテックスという化け物も、結界外で起こっている事態も、不明瞭な部分は多い。病院で異常なしと言われても、絶対に安心とは言い切れない。
燐子「あこちゃん……もし何かあったら…絶対に無理はしないでね…。」
調査遠征で外の荒廃した世界を見てから、燐子もナーバスになっている。不安を感じずにはいられなかった。
あこ「うん、分かってる。」
神妙な顔であこは頷くのだった。
同時刻、友希那は自分の部屋で考え事をしていた。調査遠征が終わり、バーテックスの侵攻も起こらず、一先ず友希那達は日常に戻って来ている。しかし、以前と同じではない。
友希那(今、私達の間には悪い空気が流れている……。)
日本各地で見た光景が、あまりにもショッキングだった事。帰還した後の大社のやり方が、疑問を抱かざるを得ないものだった事。その為に、みんなが歯痒い思いを感じている。
また、紗夜は四国に戻ってから明らかに口数が減っていて、苛立っているのが見て取れる。あこは時折何かに思い悩む様な表情を浮かべるし、それを見て燐子も不安を感じている。
友希那(香澄の前向きさのお陰で、今はまだ何とかなっているけれど……リーダーとして何か出来る事がある筈よ。)
もしリサや香澄が自分の立場だったらどうするのか。そう考えて、ふと思い付く事があった。以前行った温泉旅館のことを友希那は思い出す。
友希那「遊び……レクレーション…これよね。」
リサ「レクレーション?何するの?」
考えがまとまり顔を上げると、部屋の中にいつの間にかリサがいた。
友希那「り、リサ!?いつの間にいたの…?」
リサ「考え事をしてたみたいだから、邪魔にならないようにこっそりね。合鍵も友希那から渡されてたし。」
友希那「心臓に悪いわ…。」
リサ「細かい事はともかく。どうしたの、友希那?そんなに考え込んで。」
友希那「………私達の間に、少し良くない空気が流れてる。リサも気付いてるでしょ?」
リサ「そうだね……。」
友希那「だから、何かみんなで遊んで、気分転換でもしたら良いんじゃないかって思ったのよ。」
リサ「………!」
リサは驚いて目を丸くさせた。
友希那「…どうして驚いてるの?」
リサ「いや……友希那からそんな考えが出るのが意外だなーって。」
友希那「………まぁそうね。」
以前のチームワークを軽視していた友希那だったら、仲間の雰囲気を良くするために自分から行動するなんて考えなかっただろう。ましてや、その為に"遊ぶ"という選択肢も無かった筈である。
リサ「やっぱり、友希那は変わったね。良い変化だよ。」
友希那「………ありがとう。」
リサ「でも、どんなレクレーションにするの?」
友希那「それはね……みんなで盛り上がれるし、同時に訓練にもなる事よ。」
友希那が提案した事は、勇者達全員によるバトルロワイヤル形式の模擬戦だった。戦場は、丸亀城の敷地全体。最後まで勝ち残った者は、優勝の特典として他のメンバーへ自由に命令を下すことが出来る。負けた者はその命令に従わなければならない。バトルロワイヤルと王様ゲームを混ぜたイベントだ。
リサ「レクレーションと言いつつ、模擬戦なのが友希那らしいね。」
友希那「そして"切り札"意外だったら何をしても良いルールよ。武器は流石に模擬戦用だけどね。」
そして申請もすぐに通った。訓練にもなるということで、教師から許可も降り、翌日の午後。勇者達によるレクレーションが始まるのだった。