"切り札"を使わず戦いに臨む勇者達。順調に掃討していくが、瀬戸内海の彼方から絶望がやって来るーー
燐子(そもそも私達が、"切り札"と呼ぶ技術は、ある種の降霊術に近いと思う。人の身に人外の存在を宿す。今までに呼び出された精霊は、高嶋さんの"一目連"、氷川さんの"七人御先"、あこちゃんの"和入道"、友希那さんの"義経"。)
燐子(そのどれもが、所謂悪鬼怨霊としての側面を持つ。降霊、憑依という現象は、人類文化の中ではるか昔から存在する。シャーマニズム、イタコ、ユタ。彼らは人ならざるものを自身の体に降ろす。犬神憑き、狐憑きといった現象もある。そのどれもが危険であり、一種の呪いのようなもの。)
燐子(人と人ならざるものの境界は、時として曖昧になる。日本の神話では、黄泉平坂に置かれた千引きの石が、その境界の一つとされている。"切り札"は、その境界の先に半身を浸すようなものだからーー)
自室で燐子はそんな事を考えながら、ノートに記していた。初めは数学の予習をやっていたのだが、ついつい別の事を考えてしまう。先日、あこが体の調子がおかしいと言った事が未だに気になっていたのだ。
勇者達の中で、唯一あこだけは"切り札"を二回使っている。あこ自身も、最初はなんともなかったが、二回目に力を使った時、違和感を持つようになったらしい。
燐子("切り札"は以前から危険だって言われてた……。)
あこ「おーい、りんりーん!」
燐子の思考を遮るように、突然部屋のドアが開きあこがやって来た。燐子は慌ててノートを閉じる。
あこ「ん?りんりん勉強してたの?」
燐子「うん…だけど丁度終わったところだよ…。そろそろ寝ようかなって思ったんだ……。」
普段通りを装う。不安を煽る様なことをあこに言いたくなかった。
あこ「そっか。じゃあ、あこも一緒に寝るよー!」
燐子「うふふ……一緒に寝よっか…。」
二人は一緒のベッドに入り、部屋の電気を消す。こうしている姿は本当の家族のようだった。姉妹みたいだねと、二人はよく言われる。燐子もあこも、そう言われて悪い気はしなかった。
あこ「もしりんりんとあこが姉妹だったら、あこがお姉ちゃんだね。」
燐子「そうかなぁ…。あこちゃんより、私の方が背が高いよ……?」
あこ「うっ……!でも、あこの方が先輩だよ!」
燐子「歳は同い年だよ…。」
あこ「でもでも!あこの方がお姉ちゃんっぽいの!りんりんは妹!」
自分が姉だと言いながら、言動も子供っぽいあこに、燐子はクスクスと笑う。燐子も、本気で自分が姉側だとは思っていない。
燐子「うん…そうだね。私も…私は妹だと思うな……。あこちゃんの方がお姉さん……。」
あこ「そうでしょ、そうでしょ!よーし、じゃあ本当の姉妹になっちゃう?」
あこが燐子を抱き締める。燐子もあこを抱き締め返した。
燐子「ふふ……そうだね…。きっと仲良しな姉妹になれる気がする…。」
あこ「うん、世界一仲良しの姉妹だよ!」
満足げに頷くあこ。しかし、すぐその表情が曇った。
あこ「けど……次のバーテックスとの戦い、どうなるんだろう……。」
つい先日、リサに新たな神託が下った。勇者達が四国外調査から帰ってきて以来、初めての神託だ。
それによれば、間も無く次のバーテックス襲撃があるという。敵は前回の"丸亀城の戦い"程多くは無い。ただし、"今までに無い事態が起こるだろう"と。
あこ「今までに無い事態なんて、毎回のことだけどね。」
燐子「うん……でも、敢えてそういう神託が起こったってことは…何か意味がある気がする……。」
燐子は重い口調で言った。その神託のために、ここ数日は勇者達の間に不穏な緊張感が流れていた。紗夜はいつも以上にピリピリしてるし、友希那も気を張っているように見える。
あこ「四月なのに、これじゃあお花見って気分でもないよね…。」
燐子「そうだね……折角丸亀城の周りは桜が綺麗に咲いてるのに…。」
あこ「ちゃちゃっとバーテックスとの戦いを終わらせて、お花見しよう!」
燐子「うん……!」
燐子は微笑んで頷くのだった。
翌日、教室であこと燐子は他のみんなにも、お花見開催について話してみた。
香澄「楽しそう!やろう、やろう!」
リサ「良いね。丸亀城にいてお花見しないなんて選択肢は無いよ。」
友希那「良い息抜きにはなるだろうし、悪くは無いわ。」
三人はすぐに賛成するが、紗夜は違った。
紗夜「ですが……いつバーテックスが来るか分からない状態で、そんな緩んだ事をやるのは……。」
抗議するように言うが、香澄が紗夜の両頬を摘んで、強張った顔を解きほぐした。
紗夜「ひよ、は、はかひまあん……。」
香澄「紗夜ちゃん、難しい顔してる。良いじゃん、お花見くらい!私、紗夜ちゃんとお花見したいな。」
そう言って、香澄は紗夜の頬から手を離す。
紗夜「…………まぁ、高嶋さんがそう言うなら…。」
少し赤くなった頬をさすりながら、仕方なそうに呟いた。
あこ「よーし!じゃあ、次のバーテックスとの戦いが終わったら、祝勝会を兼ねたお花見ですね!俄然やる気が出てきました!」
戦う前から祝勝会とは気が早いが、どの道勇者達に勝利以外は許されない。燐子は教室の窓から、丸亀城の敷地に咲く桜の樹を眺めなめた。
燐子「早くお花見出来たら良いな……。」
花の命は短いから。散ってしまう前にーー
その日の夕方。勇者達のスマホから、樹海化の警報音が鳴り響いた。
勇者装束を纏った友希那達は、樹海化した四国の地に立っていた。瀬戸内海の向こう、壁の外から押し寄せるバーテックスの姿が見える。
あこ「今までに無い事態って言ってた割に、大した事無さそうですね。」
敵の数は千にも満たない。"丸亀城の戦い"を制した友希那達にとって多い数では無い。
友希那「油断しないで、あこ。安心して高を括った時が足元を掬われやすいわよ。」
あこ「分かってます!」
それぞれが臨戦体制を取る中、燐子が声を上げた。
燐子「あの…皆さん、聞いてください…!」
紗夜「どうかしましたか?」
燐子「今回…"切り札"を使うのは無しにしましょう……。」
紗夜「それは……何故ですか?」
納得いかないように、紗夜は燐子を見つめる。
燐子「元々大社からも、精霊の力を使うのは出来るだけ控えるよう言われてました……もしかしたら、本当に危険かもしれません…。」
紗夜「………状況次第では、使わざるを得ない場合もあります。」
その言葉に燐子は反論出来ない。事実、今までの戦いでは、"進化型"を倒す場合には、"切り札"を使うしか方法が無かった。今回、敵が"進化型"にならない保証はどこにも無い以上、果たして"切り札"を使わずに戦うことが出来るかどうかーー
香澄「でも、燐子ちゃんの言う通りだと思うな。使わないに越したことは無いよ。キミコさんは危うきに近寄らずって言うしね!」
友希那「それを言うなら君子危うきに近寄らず、よ。」
香澄「あれ?そうだっけ?」
友希那「ともかく、燐子の言う事に一理あるわ。今回は出来る限り、"切り札"の使用は控えましょう。」
紗夜「……………。」
友希那と香澄が燐子に賛同すると、紗夜もそれ以上は何も言わなかった。
あこ「それより、もう来ますよ!」
あこの言葉で、友希那達は大挙するバーテックスに向き合うのだった。
燐子とあこは二人で行動し、バーテックスの大群に立ち向かっていく。燐子が精密な射撃で敵を射抜き、あこは旋刃盤で敵を切り裂いていく。
戦いながら、燐子は周囲を見回す。いつも通り、友希那は容赦無い強さでバーテックスを駆逐していく。香澄も危うげなく戦っているし、紗夜は今まで以上に鬼気迫る勢いで敵を殲滅していた。
バーテックスの通常個体であれば、勇者達は何事もなく倒せている。燐子は注意深く敵の動きを観察し、融合を始めようとするバーテックスがいたら、すぐさま金弓箭でその敵を射抜いた。"進化型"になる時間は与えない。遠距離攻撃に特化した燐子だからこそ出来る戦い方だ。
燐子(このまま融合さえさせなければ大丈夫……。)
燐子は願うように戦っていた。もし"進化型"が現れれば、きっとあこは"切り札"を使うだろう。四国外を調査してた時もそうだったが、あこは勢い重視な性格故、"切り札"を使うことに躊躇いが薄い。燐子はあこに"切り札"を使わせたくなかった。本当に精霊の力が悪影響を与えているのかは分からないが、少しでも可能性があるのなら、あこを危険に晒したくない。
だが、燐子の願いは届かなかったーー
燐子「っ……!」
百体近くのバーテックスが一箇所に集まり始める。燐子は金弓箭で矢を放つが、数体を仕留められられても、融合するバーテックス全てを倒せない。燐子以外の勇者達は距離がある為、攻撃は届かない。バーテックスが融合していくーー
あこ「ダメだりんりん!"切り札"使うよ!」
燐子「待って…!私がやる……!」
あこを制止させ、燐子は目を閉じ意識を集中させる。そして神樹に意識をアクセスし、精霊の力をその身に宿した。
燐子がその身に宿した精霊は"雪女郎"。あらゆるものを凍らせる雪と冷気の具現化にして、死の象徴。
精霊を纏った燐子の勇者装束が変化していく。
燐子「あこちゃんは手を出さないで……アレは私が倒す……!」
燐子が金弓箭を上空に掲げると、そこから矢では無く、大量の雪が吹き出した。その雪は辺り一面の空間を覆い尽くし、やがて吹雪へと変わっていく。容赦無い超低温と猛吹雪が、樹海化した丸亀市全体を襲う。
あこ「さ、寒い!!」
香澄「燐子ちゃーん!?何この吹雪ー!?」
友希那「完全に視界が遮られれてる…敵味方の位置も分からないわ…!」
紗夜「寒すぎますね……!」
視界全てを白く染める吹雪の中で、仲間の声が響く。
燐子「皆さん…危険ですから動かないでください…!敵は私が全部片付けます……!」
"雪女郎"の力は、広範囲を強力な冷気で覆い尽くしていく。他の勇者達も、勇者装束を纏っていなければ、この冷気には耐えられない。数秒と待たずに凍えて絶命するだろう。そして冷気は容赦無くバーテックスを凍りつかせていった。
数分もの間、猛吹雪が続いた後、やっと吹雪が収まっていく。晴れた視界の中で、ほぼ全てのバーテックスが氷漬けになっていた、融合しようとしていた何十体ものバーテックスも、"進化型"になる前に凍結している。
凍りついたバーテックスは、次々に地面に落下し、氷ごと砕け散っていった。氷漬けを免れたバーテックスも、もう僅かしか残っていない。
あこ「凄い……りんりん…。」
その攻撃の凄まじさに、あこは呆然としながら呟いた。
香澄「やったね、燐子ちゃん!もう敵が少ししか残ってないよ!」
香澄が残ったバーテックスを倒していく。友希那と紗夜もそれぞれ武器を振るい、残る敵の掃討戦に入っていた。
友希那「だけど、"切り札"は使うなと言っていたのに、良かったの?」
あこ「そうだよ、りんりん!りんりんが危険だって言ってたのに……。」
燐子「えっと……大丈夫です…。私は今までの戦いでまだ一度も"切り札"を使ってませんから……。他の皆さんが使うよりは安全です…。」
燐子は危うい理由で答える。使う回数が少なければ安全という保証はどこにも無いが、既に変調が現れているあこが使うよりは良い。他の人に"切り札"を使わせない為には、自分が使うしかなかったのだ。
あこ「まぁ、それは後にして!今は残ったバーテックスをーー」
その時だったーー
瀬戸内海の方を振り向いたあこは壁の向こうに、異様なものを見る。バーテックスの大群だった。
だが、その中でも一際目を引くのは、通常のバーテックスを率いるように此方に近付いて来る巨大な化け物。今まで戦ったどんなバーテックスより異質で不気味な姿。"丸亀城の戦い"の最終局面にで未完成に終わった巨大な個体以来の化け物が勇者達の眼前に現れたのである。