樹海が揺れる。あこと燐子、二人の死を嘆くように。香澄は今、禁忌の力を解き放った。
"完成型"の圧倒的な力を前に、友希那は為す術を失っていた。"義経"の力を前にしても、"完成型"には一切ダメージを与える事が出来ない。
紗夜も"七人御先"の力で同時攻撃を仕掛けるが、やはり通じない。
あこと燐子の無念を晴らすことさえ出来ない自分の無力さに友希那は絶望感を覚える。
友希那「っ!?」
ふと友希那は、樹海に起こっている異変に気が付く。樹海の一部が変色し、腐ったようになっている。腐食を起こしているのは、"完成型"が進行や攻撃の過程で傷付けた部分だった。
友希那「樹海が……侵食されている……!?)
バーテックスによって樹海がダメージを負った際、そのダメージが樹海化が解けた後の四国に、災害や事故という形でフィードバックされると、友希那達は大社から聞かされていた。
今までは四国に実際の被害が出るほど、樹海が傷付けられることは無かった。
その時、樹海化した丸亀市中に咆哮が響き渡る。
香澄「うわあああああああああっ!!」
友希那が振り返ると、叫んでいたのはあこと燐子の亡骸の前に立つ香澄だった。
香澄「来いーー"酒呑童子"!!」
"一目連"の力を解除した香澄は、新たな精霊をその身に宿す。人の身に余る強さを持つが故に、使用を禁じられていた鬼の王の力を。
香澄の勇者装束が変化し、武器である手甲が強化されていく。少女の体に不釣り合いなほど過剰に巨大化した手甲。それは歪でさえあった。
香澄「うおおおおおっ!!」
香澄は大地を蹴り、"完成型"へと跳躍する。"酒呑童子"の力は、その巨大化した手甲が示す通り、破壊への打撃力に特化している。香澄は"完成型"の正面に拳を叩きつけた。
香澄「おおおおおおおおっ!!」
"完成型"の正面部分が、正拳の一撃の下に粉砕される。今まで二人がかりでも傷一つ付けることが出来なかった耐久力を誇っていた"完成型"が、遂にその巨体の一部を破壊されたのだ。
友希那(なんて破壊力なの………。)
あれこそが、大社に危険視された"切り札"中の"切り札"。肉体への負担を度外視し、ただひたすらに力のみを求めた結果として宿し得たもの。
"完成型"の正面を破壊した香澄は、二撃目で液体を溜め込んでいた腹部を砕いた。更に三撃目で尾を粉砕する。崩壊する"完成型"の中身は空洞になっていた。
友希那(だけど……あれ程の攻撃を出すには、どれだけの反動が……!?)
身体能力が強化されている勇者とはいえ、どう考えても、今香澄が使っている力は過剰である。
香澄「うわああああああっ!!」
香澄は"完成型"を破壊しながら、叫び続けていた。喉が枯れるまで叫び、泣いていた。香澄の攻撃により原型を失った"完成型"は、全身が砕け散り、バラバラになって通常個体のバーテックスへと変化する。
しかしその通常個体のバーテックスすらも、全てあこと燐子の仇。香澄は拳を振るい、残った個体も一匹残さず殲滅していく。
友希那「香澄!もうやめて!!それ以上は体が!!残りは私達が倒すわ!」
友希那の叫びも聞かず、香澄は拳を振るい続けるのだった。
そして、香澄の圧倒的な力をもって"完成型"は破壊され、残ったバーテックスも全て掃討された。
戦いが終わって樹海化は解け、四国に元の風景が戻る。
人々は戦いが起こったことにさえ気付いていない。バーテックス襲来前と同じ日常の延長が続いていく。
だが、そこには二人の勇者の犠牲があったーー
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戦いが終わった後、友希那達は大社関連の病院で精密検査を受けた。友希那と紗夜は夜には解放されたが、香澄はそのまま入院することになった。
バーテックスを掃討した後、香澄は意識を失って倒れ、今でも回復していない。"酒呑童子"を宿した反動だろうが、友希那と紗夜は香澄の状態について、大社から何も教えてもらえなかった。ただ、命の危険性があることのみ伝えられた。
病院から戻った後、友希那と紗夜は一言も言葉を交わさず、それぞれの自室に戻った。紗夜は表情を失って黙り込み、友希那も今は一人になりたかった。
友希那(戦死者が出る可能性は理解していた………。覚悟もしていたつもり……だったのに…。)
悔しさと怒りとやるせなさが、友希那の心の中を埋め尽くしている。しかし、ショックが大きすぎるのか、涙は出なかった。ただひたすら、どうしてあこと燐子を助けられなかったのかと、そんなことばかり考えてしまう。
テレビからはニュースで丸亀市に竜巻が発生し、建物が倒壊、死者と重軽傷者が出たと報道されている。この竜巻は、バーテックスにより樹海が傷付けられ、腐食した影響だろう。今回出現した"完成型"は、神の守護を侵し、樹海を腐食させる力を持つのだろうと、大社は推測している。
友希那(…………一般の人にも、死者を出してしまったわね……。)
勇者が二人、命を落とした。四国の人々を守ることも出来なかった。バーテックスを殲滅したものの、これは決して勝利などでは無い。
友希那は唇を噛み締める。
唇が切れ、血が滲んだ。
紗夜は一人、部屋に閉じこもっていた。ベッドの上で体を丸め、ガタガタと震えている。
あまりにも強大なバーテックス。
あこと燐子、二人の勇者を殺された。
紗夜「う、うぅぅぅ………何なんですか……!あの化け物は……!」
今までのバーテックスとは格が違いすぎる。香澄が"酒呑童子"の力を使わなければ、確実に勇者達は全滅していただろう。
以前から大社では、バーテックスの融合と進化が不規則なものでは無く、何らかの目指すべき形態があるのではないかという説が出ていた。
今回の襲撃で出現した"完成型"。あれこそがバーテックスの進化の行き着く先だと言う人もいた。
だが、もっと悪い可能性もあった。香澄が倒した"完成型"は、中身が空洞だったのだ。だから、"完成型"が行き着く先では無く、更に上の存在になり得る可能性もあるだろうと。
紗夜(そんな敵が現れたら……私達は……。)
あこや燐子と同じように、何も出来ずに殺されるかもしれない。
紗夜「嫌……それだけは………!」
怖いーー
死にたくないーー
初めてバーテックスとの戦いに臨んだ時の恐怖が蘇る。
あこと燐子の無残な死に様が目に浮かぶ。
紗夜「うっ、うぅぅぅ………なんで、こんな……!うぅぅぅぅ……!」
バーテックスとの戦闘中に起こった出来事は、リサにも伝えられた。過去最大級にして、桁外れの力を持つバーテックスの出現。樹海に発生した腐食。香澄が"酒呑童子"の力を使った事。そして、宇田川あこと白金燐子の戦死。
二人の勇者の遺体は、葬儀までの間、丸亀城の中に安置されている。リサは濡れた綿であこと燐子の体を丁寧に拭っていく。これは死者に対する清めの儀式の一部だ。
血に塗れた友人の遺体を拭いていくという行為は、まだ幼い少女にとってはあまりにも残酷だった。しかしリサは、自らこの役目を志願した。
リサ(アタシに出来る事なんて………これくらいしかないから……。)
死者が出た今、勇者と巫女という立場の違いを、リサは痛い程感じていた。勇者達のそばにいながら、彼女達を助けることも出来ず、ただ安全な場所にいる自分。罪悪感で胸が潰れそうだった。
リサ(だからせめて……せめて、二人の体を清めるくらいは……自分の手でしてあげたい……。)
友希那と紗夜は、病院の検査が終わった後から、ずっと部屋に閉じ籠っている。それも仕方のないことだった。死後に遺体と対面するだけでも、今のリサは足元がぐらつくような悲痛を感じている。ましてや目の前で友人を殺された友希那と紗夜のショックの大きさは計り知れないだろう。
勇者は四国の守護者であり、常人を超越した力を持つが、友希那も紗夜もまだ中学生の少女に過ぎない。
長い時間をかけて遺体を清め終わった後、リサは二人の部屋へ向かった。遺品を整理するためだ。何か持ち出して良いものがあれば、二人と中が良かった巫女の明日香へ渡してあげようと思っていたから。
あこの部屋からは、リサには使い道さえ理解出来ないキャンプのグッズやコスプレの衣装が大量に出てくる。それら一つ一つに触れながら、リサは涙を流した。この部屋にあるもの全てに、あこの一部が宿っているような気がして、遺品の整理などとても出来なかった。
結局、明日香に渡すものを選ぶことも出来ずに、あこの部屋を出て燐子の部屋に向かう。燐子の部屋でも、やはり同じだった。本棚を埋め尽くす大量の本を見て、リサはまた泣いてしまう。その本の全てが、ほんの少し前まで燐子が生きてきた証だったから。
翌日、あこと燐子の葬儀が、巫女と大社の関係者だけでひっそりと執り行われた。二人の勇者の戦死を四国の人々に明かすべきかどうか、大社はまだ結論を出せていない。大社は本州の調査報告を歪曲してまで人々に希望を持たせようとしてきたのだ。そんな時に、勇者達でも歯が立たない敵の出現と勇者の死亡を明かしてしまえば、人々は再び希望を失ってしまうかもしれない。勇者の存在を精神的拠り所にしている人は、非常に多いのである。
その為大社としては、二人の死や"完成型"の存在を隠蔽したい。だが、今まで勇者のメディア露出を多くしてきた事が仇となり、二人の死をいつまでも隠しておくことは不可能だった。それ故、大社はそれを明かすタイミングを決めかねている。
二人の遺体を収めた棺が白い布で覆われ、その後それぞれの参列者達が拝礼を行っていく。
友希那と紗夜は呆然として、どこか現実味のない映画でも観ているような顔をしていた。リサは悲痛な表情を浮かべ、ずっと俯いている。葬儀の参列者の中に香澄の姿はなかった。彼女はまだ外出出来る状態ではなく、病院の特別治療室から出る事が出来ない。
拝礼を行う途中、巫女の一人が泣き崩れる。二人を見出した巫女であり、ずっと仲良く接してきた戸山明日香だった。
明日香「バカ………何で……何で死んじゃうの………………!」
明日香は二人をずっと気にかけていながら、巫女としての役目のために大社に拘束され、彼女達に殆ど会うことも出来なかった。そして演奏会の際、久々に会うことが出来たのだが、それが最後の出会いとなってしまった。もう二人は動くことも会話をすることも出来ない。
明日香「こんなことなら………もっと無理を言ってでも、二人と一緒の時間を過ごしてれば良かった…………ずっと、二人の側にいてあげれば良かった……………。」
リサは明日香にかける言葉が見つからず、ただ俯いている事しか出来ない。
明日香「………勇者の側に、いてあげれば……良かった………。」
涙で顔をグシャグシャにして蹲る明日香を他所に、葬儀は淡々と進められていく。
その後、遷霊祭と葬場祭が行われていったが、友希那はやはり現実味の無い時間をただ呆然と過ごしていただけで、いつの間にか二人の葬儀は終わっていた。
ーーー
そして数日の時間が経った。学校は再開されたが、教室に来ているのは友希那とリサだけだった。香澄は未だ入院中で、紗夜は体調不良を理由にずっと欠席している。
リサ「何だか、寂しいね………。」
友希那「ええ……そうね……。」
答える二人の言葉には力が無い。六つの机に、たった二人だけ。
リサ「………だけど、香澄の退院はもうすぐだし、そうすれば紗夜もきっと来るよね。」
無理に作った明るい口調で話すリサ。友希那は窓の外に視線を向ける。無数の桜の樹が、燃えるように沢山の花を咲かせていた。この満開の桜も、あと一週間もすれば殆ど散ってしまうだろう。
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あこ「よーし!じゃあ、次のバーテックスとの戦いが終わったら、祝勝会を兼ねたお花見ですね!俄然やる気が出てきました!」
燐子「早くお花見出来たら良いな……。」
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二人の言葉が、友希那の脳裏を過ぎる。
友希那「お花見は出来なかったわね………。」
桜の花びらは、風に吹かれ、絶え間なく地面に落ち続けている。