ボロボロの勇者達に大社からバーテックス討伐命令が下る。
葬儀の後から紗夜は必要最低限しか外出せず、ずっと部屋に閉じ籠り続けていた。食事は、買い込んであったインスタント食品やスナック菓子だけで済ませている。その様子を心配した大社からカウンセリングを受けるようにとメールが届いていたが、紗夜は無視していた。
紗夜(カウンセラーなんかに、何が分かるというんですか………?)
戦う事が怖いーー
だが、戦わない勇者に価値は無いーー
昔のような無価値な自分に戻りたくないなら、戦わなければならないーー
だが、脳裏に浮かぶのは、無残に殺されたあこと燐子の姿。
紗夜(無価値な自分は嫌……だけど、戦うことが怖い………。)
ベッドにうつ伏せになったまま、思考は堂々巡りに陥っていた。今は誰とも会いたくない。話す気力がない。
紗夜「……だけど…高嶋さんなら………。」
誰とも話したいとは思わなかったが、香澄とだったら話をしたい。紗夜にとって香澄の存在は、最後の心理的拠り所だった。
今、香澄は特別治療室から一般病棟に移り、面会謝絶も解かれている。紗夜はベッドから起き上がり、着替えて部屋の外へ出た。紗夜は病院へ行き、受付で香澄の部屋を聞いて、そこへ向かう。
病室へ向かう途中、バーテックスの影響で起こった竜巻の被害者の家族と思われる人達が立ち話をしているのを見かけた。
家族A「数年前の"7.30天災"では生き残ったのにねぇ…。」
家族B「あぁ……なんでこんな不幸な事に…。」
家族C「自然災害ばかりはどうしようもない……。」
悲痛な口調で話していた。あの家族は竜巻がバーテックスの影響だという事を知らない。自然災害などでは無い。今後も"完成型"が何度も襲来するなら、その度に同じ被害が起こるだろう。四国という箱舟は、舟底に穴が開いてしまったのだ。
香澄の病室に辿り着きドアを開けると、香澄はベッドの上でぼーっと窓の外を見ていた。紗夜が入ってきたことに気付くと、明るい笑顔を見せる。
香澄「紗夜ちゃん!来てくれたんだ!」
紗夜「はい……高嶋さん、体の調子は大丈夫ですか…?」
香澄「腕以外はもう完全回復!」
そう言って香澄は、まだ包帯が取れていない両手を見せる。彼女の場合、手甲を着けているとはいえ、相手を拳で攻撃するため、腕への負担が大きいのだろう。手の傷は痛々しいが、それ以外に目立つ怪我は無いようだった。
香澄「紗夜ちゃんこそ、大丈夫?」
紗夜「え……?」
香澄「何だか、顔色が悪いから…。」
心配そうな顔をして紗夜の顔を見る。
紗夜「色々、ありましたから………。」
紗夜は目を逸らす。強大すぎる敵の出現、あこと燐子の葬儀、怯え続けている自分。紗夜の精神は罅割れ、崩れかけていた。
紗夜「私は……もう、どうして良いのか分からないんです……。」
涙を堪えるのが精一杯で、紗夜の声は震えている。
香澄「紗夜ちゃん、こっち来て。」
香澄に言われるがまま、紗夜は香澄の側に寄った。震える紗夜を香澄はそっと抱きしめる。
香澄「大丈夫だよ、紗夜ちゃん。怖がらなくて良いから………何があっても、私が紗夜ちゃんのこと守る。もうこれ以上、誰一人だって傷つけさせない。」
紗夜「………………。」
香澄の言葉に籠っている強い意志を、紗夜は感じた。香澄の腕の中に抱きしめられながら、紗夜の怯えは少しづつ消えていく。
前回の戦いで負ったショックは、香澄も大きいはずだ。あこと燐子の死を目の前で見て、自分自身も大怪我をして入院してーー
それでも彼女は、自分よりも紗夜のことを心配している。紗夜は泣きそうになった。
紗夜(私も、勇者だから………それに……。)
涙を堪え、紗夜は顔を上げる。
紗夜「もう……大丈夫です…。」
紗夜は小さな声で、だけどしっかりとそう言った。
翌日から、丸亀城の教室に来る生徒の数は三人になった。暫くの間はバーテックスの襲来も無く、表面上は穏やかな日々が過ぎていく。いつの間にか桜の花は全て散ってしまっていた。
やがて五月になり、退院した香澄も登校するようになった。そして香澄の手の包帯が取れた頃、大社から一つの任務が勇者達に言い渡される。瀬戸内海上で形成されつつある大型バーテックスを討て、というものだった。
ーーー
今、友希那、香澄、紗夜は勇者の姿へ変身し、瀬戸大橋の上に立っている。
香澄「こういう任務って珍しいね。今までは四国に入ってきた敵を倒せってだけだったのに。」
友希那「そうね。大社の方針が変わったのかもしれないわね…。」
大型バーテックスが形成されている場所は、瀬戸大橋付近の壁の外だと告げられた。しかし今、橋の上から壁の方を見る限り、敵の姿は見えない。前回現れたサソリの様な"完成型"程の大きさがあれば、既に壁の向こうにその姿が見えている筈である。
それなら、それ程の大型では無いという事なのか。だとすれば何故、大社は方針を突然変えて、結界に入って来てもいないバーテックスを討てと命じたのだろうかーー
不思議に思いながら、友希那達は結界の外に出る。
友希那「…………っ!?」
その瞬間、友希那の視界に異様なものが映る。壁のすぐ間際、確かに瀬戸大橋付近の海上に、前回の"完成型"以上の巨大なバーテックスの姿があった。まだ完成していないのか、通常個体のバーテックスが次々に集まって融合を続けている。
友希那は二重に驚愕していた。一つはこれ程の巨大なバーテックスが、今まさに形成されようとしている事。そしてもう一つは、つい今までそのバーテックスの姿が見えなかった事だ。これ程の巨体であれば、壁の内側からも見えていた筈。
友希那は踵を返し、一旦結界の内側まで戻る。そこから再び壁の外に目を向けるが、やはり見えているはずの巨大バーテックスの姿が見えない。紗夜と香澄も同じように行き来し、その異常さに気が付く。
友希那「隠されている……?」
これも結界の効力の一部だろうか。結界の内側からは外の異常は見えず、あくまで結界内も変わらない平和な光景しか人の目には映らないようだ。結界外のバーテックスの姿が見えれば、四国の人々は平常ではいられないだろう。ただでさえ"天空恐怖症候群"という、バーテックスに起因する精神的な病があるのだ。だから、こうやって隠されていることは、神樹が人間を守ろうとしているのかもしれないが。
隠蔽されている事柄が、次々に増えていく。
紗夜「………今は結界の事よりも、まずあのライオンの様なバーテックスを倒す事が先です。」
紗夜に言われ、友希那は元々の任務を思い出す。結界に関して友希那達に出来ることは何もない。兎に角今は、あの未完成な"完成型"を倒すことである。友希那達は再び壁の外に出る。あの"完成型"は未完成の段階でも前回の"完成型"以上の大きさを誇っている。これが完成し、四国へ攻め込んでくれば、勇者達に止める術はあるのだろうか。いや、今の段階ですら止められる全てがあるのか分からない。現にサソリの様な"完成型"にすら友希那達の攻撃は通用しなかったのだ。
友希那(だけど……やるしかないわ!)
友希那は迷う事無く"切り札"を使う。紗夜も"七人御先"をその身に下ろす。香澄も"切り札"を使おうとするが、友希那が止める。
友希那「待って!香澄が"切り札"を使うのは危険過ぎるわ!ここは私達に任せて!」
香澄の体は既に外傷も無く、一見怪我も完治しているように見える。だが体の内側に、医者でも分からないような影響が残っている可能性はある。そのため香澄は、"切り札"の使用を大社から厳しく禁じられていた。"酒呑童子"はもちろん"一目連"も。もし使った場合、何が起こるか分からない、と。
香澄「だけど……。」
紗夜「湊さんと言う通りです。高嶋さんはここで待っててください。」
紗夜は入院中の香澄の痛々しい腕の状態を思い出す。もしかしたら香澄は、無理をして退院し、今の戦闘にも参加しているのかもしれない。香澄の性格なら十分にあり得ることだった。
香澄「……………うん、分かった。」
二人に強く止められ、香澄は頷いた。そして友希那と紗夜はバーテックスへ向かい跳躍する。
友希那「はああああああっ!!」
生太刀を振るいながら、殺されたあこと燐子の姿が脳裏を過ぎる。二人の死報いるためにも、このバーテックスから四国を守らなければならない。だが、友希那の鋭い一閃は、敵の巨体に傷をつけることさえ出来なかった。
友希那(予想はしていたけど……!)
やはり未完成とはいえ"完成型"の耐久力は常軌を逸している。友希那は近くの小型バーテックスを足場にして八艘飛びを繰り返し、速度を上げていく。速度が上がれば、一撃の威力は増していく。常人ではまだ追うことが不可能な速度となった友希那は、その勢いを乗せて"完成型"の全身に数百もの斬撃を浴びせる。だがーー
友希那(くっ……これでもダメなの……!?)
これ程の攻撃を持ってしても、せいぜい擦り傷をつけるのが精一杯だった。紗夜も七人の大葉刈で同時攻撃を喰らわせるが、効いている様子はない。他のバーテックスも"完成型"の耐久力に勇者の力が及ばないことを理解しているのだろう。友希那達を殆ど無視して僅かな数が襲いかかってくるだけだった。友希那達よりも、"完成型"と融合することを優先している。
友希那「くっ……!」
友希那は時々襲いかかってくる小型バーテックスを蹴散らしながら、"完成型"に斬撃を浴びせ続ける。効かないと分かっていても、他に方法が無いのだ。
勇者達が攻撃を開始してから数分が経った頃、今まで微動だにしなかった"完成型"がゆっくりと体の向きを変える。
友希那「っ!?」
本能的な危険を察知し、友希那は"完成型"から離れた。直後、それまで友希那がいた位置へ向けて、"完成型"から凄まじく巨大な火球が発射されたのだ。攻撃を仕掛けようと"完成型"に飛びかかっていた紗夜達は、回避が間に合わず、七人のうち六人が火球に飲み込まれ消えてしまう。
そしてそのまま火球は瀬戸内海を越え、本州の陸地に着弾。激しい轟音と衝撃波が友希那達のいる場所まで伝わってくる。友希那と紗夜は呆然とする。先程はたまたま陸地の方へ向けられた攻撃だったが、もし同じ攻撃が神樹へ向けられていたのならーー
友希那(私達に、防ぐ方法は無い………。)
その事実に友希那達は愕然とする。しかも敵はまだ未完成。融合が完了してしまえば、どうやっても絶望的な未来しかない。
香澄「……………友希那ちゃん、紗夜ちゃん。やっぱり使うよ、"酒呑童子"を。」
友希那「香澄!!」
紗夜「高嶋さん!!」
二人の制止を振り切り、香澄は意識を集中させる。
香澄「四国のみんなを、絶対に守る……私達の世界を終わらせない………あこちゃんと燐子ちゃんの命を無駄にしないために!!」
友希那は息を呑む。その場に立っているだけで、鬼の王の凄まじい威圧感を感じる。
香澄「う、うあああ………っ!」
しかし、香澄の顔が苦痛に歪む。普段"切り札"を使う時のように、スムーズに変身が起こらない。
友希那「待って、香澄!やっぱり体に無理が!!」
香澄「無理じゃ………無い!!!」
まだ"切り札"による変身も不完全なまま、香澄は"完成型"へ跳躍する。香澄は接近しながら拳を握りしめた。小型バーテックスも香澄の危険性を感じたのか、"完成型"を守ろうと香澄に襲いかかる。しかし砲弾のように突っ込む香澄の拳に難なく打ち砕かれ、一瞬で消滅していく。
まだ"切り札"が完全な状態ではないのに、この強さ。やはり精霊の中でも"酒呑童子"は頭一つ抜けている。だが、それは同時に、体への負担も大きいということだ。
香澄「勇者パーーーーーーンチ!!!」
香澄の拳が"完成型"を打ち砕くーー
香澄「あ…ぐ………っ!」
よりも先に、香澄は口から大量の血を吐き出した。やはり香澄の体は万全ではなかったのだ。香澄は空中で体制を崩し、そのまま海へ落ちてしまう。
友希那「香澄ーーー!!」
紗夜「高嶋さーーーん!!!」
友希那と紗夜の香澄を呼ぶ声が、瀬戸内海に響いた。