どんなに傷付き、ボロボロになろうとも、守るべきものの為なら人は無限に強くなれる。
全てを超えた先に、友希那を待ち受けていたものはーー
次回、完結ーー
友希那「はぁぁぁぁっ!!」
"大天狗"の力を身に宿した友希那は、鬼気迫る勢いで戦い続けた。友希那の周りを取り囲むのは、通常個体のバーテックス。そして三体の"完成型"。
体が幾つもの節に分かれた羊の様な"完成型"ーー
四本の角を持つ牡牛の様な"完成型"ーー
そして巨大な二つの水泡を従えた水瓶の様な"完成型"ーー
今の友希那にとって、最早通常個体のバーテックスは敵ではない。だが、大型個体は話が別だ。友希那が攻撃をしている三体とは別の、もう三体の"完成型"が神樹の方へ向かってしまった。それらは香澄に任せるしかない。これまでに共に戦ってきた仲間を、友希那は信じる。
友希那「ぐっ、げほっ………!!」
友希那は苦痛に顔を歪め、吐血した。翼によって高速移動で宙を駆ける友希那だが、その戦い方は大きな負担がかかってしまう。高速飛行によって生じた大きな重力加速度が、内臓や脳にダメージを与える。ただ戦っているだけで、友希那の体は刻一刻と傷付いていく。
だが、友希那は一瞬も休むこと無く戦い続けた。バーテックスとの戦いは、時間との勝負でもある。バーテックスが結界内にいる時間が長引けば、樹海が腐食し、四国に被害が出てしまう。
友希那は羊の様な"完成型"を、一瞬にして五回斬りつけた。しかし、敵は分断された部分から体を再生させ、六体の同じ"完成型"へと分裂してしまう。
そのまま六体が一斉に、全方位から友希那に襲いかかってきた。友希那は飛翔して攻撃を避けながら、敵を観察する。以前に似たような性質を持つ"進化型"と戦っていたお陰で、冷静に対処することが出来た。
よく見ると、分かれた六体のうち一体だけが、他と異なる動きをしている。そして他の五体は、友希那を攻撃しながらも、その異なる動きをする一体を守っていた。恐らく、その一体が司令塔なのだろう。
友希那「…………そこよ!!」
友希那はそれを容易く一刀両断する。司令塔を失った他の五体は再生能力を無くしたのか、友希那が各個撃破で斬っていくと、分裂することなく消滅する。
しかし最後の一体を斬ろうとした時、友希那は巨大な水泡の中に囚われてしまった。
友希那「…………っ!?」
水瓶の様な"完成型"からの攻撃だった。友希那は翼を動かし、水泡から脱出しようとする。だがそこに牡牛の様な"完成型"が、友希那を囚えた巨大水泡をの中に角を突き刺し、小刻みに角を振動させたのだ。
友希那「………がぼっ!?」
角の振動によって水が凄まじい速さでかき混ぜられ、翼をどれほど動かしても水泡から脱出することが出来ない。
呼吸が出来ない状態が続き、友希那の体内の酸素が減少していく。脳が酸欠に陥り、思考が霞む。
友希那(く…………っ!)
更に壁を越えてまた新たなバーテックスーー巨大な口と、そこから生えた巨大な矢を持つ射手の様な"完成型"が現れた。
友希那の脳裏に、かつて化け物によって殺された人々の姿と、破壊された街の姿が浮かんだ。そして無惨に殺されたあこ、燐子、紗夜の死体も。
憎悪と怒りで、吐き気を催す。
友希那「あああああああああっ!!」
友希那(ーー殺してやる。お前達化け物は一匹残らず殲滅する。報いを受けさせる。どんな手を使っても、必ず殺し尽くす。)
だが、どれほど友希那の怒りが高まろうと、水泡を抜け出す力にはならない。
やがて限界が訪れ、友希那の意識が消えていったーー
最後に頭に浮かんだのは、幼い時からいつも一緒にいてくれた少女、今井リサの姿だった。そして香澄、あこ、燐子、紗夜と共に過ごした日々が脳裏を過ぎる。
友希那(私……は…………。)
昔の友希那は、バーテックスに殺された者への復讐心だけで戦っていた。しかし、リサや仲間達のお陰で、生きている者を守る為に戦うことを学んだ。
友希那が戦うのは復讐のためでは無い。友達と人々を守るためだ。
リサや、香澄や、そして四国の人々を守るためだ。
友希那(精霊の影響に囚われてはいけない………!)
怒りではなく、守るべき者を想う気持ちによって、友希那は冷静さを取り戻す。
友希那(私は………この化け物から四国を守る………またみんながいる日常に帰るのよ!)
戦いが終わったら、また香澄とリサと一緒に遊びに行くのも良い。この前の一日だけでは、まだまだ全然遊び足りないから。
夏祭りにも一緒に行こうと約束した。きっと凄く綺麗な花火が上がるだろう。屋台も見て回りたい。浴衣は動きにくいから着たくはないが、リサが喜ぶなら着ても良いかと思う。
戦いが終わったらきっと沢山時間が出来るから、三人で色んな所にも行こう。少し遠出しても良い。あこや燐子、紗夜の故郷の町を訪ねてみるのも良い。香澄の故郷は遠いから、今はまだ行けないけど、いつかきっと。
戦いが終わったら、どんな生活を送るだろうか。勇者の御役目が無くなるから、普通の中学生と同じ生活になるのだろうか。勉強や進路のことで悩んだりするのかもしれない。卒業式が近付いてきて、少し物悲しげになったり。でも、いつまでもみんな友達だと言い合って、笑い合って。
そんな日々もーー
友希那(ねぇ、リサ、香澄。そんな日々も、きっと楽しいと思わない……?)
だから、絶対にこの世界を壊させない。
"大天狗"ーー
それは炎との関わりが深い精霊である。伝承において、天を一夜にして焼き尽くし、かつて京都の半分を大火によって滅ぼした。"酒呑童子"と肩を並べる三大悪妖怪の一角たる"大天狗"の炎は、神をも脅かす埒外の力。
友希那は意識を集中させる。"大天狗"を宿した時から、力の使い方は本能的に理解していた。
友希那「おおおおおおおっ!!」
友希那の気合の声と同時に、彼女を囚えていた水泡が沸騰し始める。そして数秒と経たずに、水泡は蒸発して消滅した。
友希那を取り囲み、彼女を守るように炎が出現している。天を焼き尽くした"大天狗"の炎が今、天より出現した化け物に牙を剥く。
友希那「はあああっ!!」
まず最初に一番近くにいた水瓶のような"完成型"に接近、鞘から抜かれた友希那の生太刀が閃く。斬られた"完成型"は炎に包まれ、焼滅した。
そして一瞬の間も無く、すぐ近くにいた牡牛の様な"完成型"をも、友希那は一刀のもとに両断する。炎に焼かれながら、その"完成型"も消えていく。
友希那を中心として発生した炎と熱は、際限無く大きく強くなっていった。樹海化した世界全体を覆い尽くさんとするように。その熱の中で、通常個体のバーテックスは、次々に焼き尽くされていく。
燃え盛る炎の中から、友希那は残る二体の"完成型"へと目を向けた。先程倒し損ねた分裂した最後の一個体、そして射手の様な"完成型"だ。
炎の熱は友希那自身をも傷付けていた。勇者装束は焼け落ち、皮膚は火傷で爛れていく。
友希那「私達人間は……弱いわ。臆病で、脆く、そして悪意に落ちやすい……だけど。」
それでも友希那は信じている。人の強さを。
何故なら、人は守るべきものの為なら、無限に強くなれるから。
今の友希那も、どれ程傷付こうと、守るべき人の為なら戦うことが出来る。戦意を失わずに立ち向かうことが出来る。
それが、バーテックスとの違い。
友希那「それが………弱い人間が、強大なお前達に勝てる理由よ!!」
友希那は生太刀を握り、炎を纏ったまま、残る二体の"完成型"へと肉薄する。友希那は自らの体を犠牲としながら、修羅の如く戦った。刀と炎が全てのバーテックスを滅ぼし尽くしていく。"完成型"も、無数の通常個体も、一切の区別無く。
やがて、友希那がもう立つことすら不可能な程傷付き、地に倒れ伏した時ーー
友希那は樹海の中にたった一人、残されていた。バーテックスは全て殲滅されたのだ。
友希那(リサ……香澄…………守り……きったわ……よ………。)
そして彼女の意識は薄れていった。
友希那が再び目を覚ました時、そこは病院の一室だった。勇者の御役目についた時から、すっかり見慣れてしまった白い部屋。
友希那が寝ているベッドの横には、リサが座っていた。友希那が目を覚ましたことに気付くと、目に涙を浮かべて抱きついてきた。
リサ「友希那!!良かった……目を覚ましたんだね………!」
友希那「リサ………。」
リサ「侵攻してきたバーテックスは……友希那と香澄の活躍で、全部撃退されたよ。四国は守られたんだ。だけど友希那はずっと目を覚さなくて……もう一週間も、眠ったままで…。」
友希那「そんなに経ってたの……痛っ!」
リサ「あっ、ごめん友希那!」
リサは慌てて友希那から離れる。バーテックスとの戦闘で体中に傷を負ったため、強く抱きしめられると傷んでしまう。友希那の体は複数箇所の骨折、内臓の損傷、そして火傷を含む全身の創傷。勇者として神樹の加護に守られていなければ、命を落としていたほどの重傷だった。
友希那「大丈夫よ……それより香澄は?」
リサ「……っ。」
香澄の名前を聞き、リサの体が強張った。その反応を見て、最悪の想像が友希那の頭を過ぎる。
友希那「……まさか………。」
リサは顔を俯け、苦々しい口調で答える。
リサ「香澄は………バーテックスとの交戦中、生体反応が途絶えた……。遺体は発見されてないけど……生存の可能性は……無いって。」
友希那「………っ!」
スマホのマップには勇者のある位置が表示される。大社は勇者達の生体反応を常に把握している。それが消えてしまったという事はーー
友希那「香澄が……死んだ………。」
震えた声が、友希那から漏れる。」
友希那「……そん、な……みんな、死んでしまった………私以外…みんな……もう、勇者は……だれも生きていないのね………。」
香澄ーー
いつも明るく、周りを気遣い、どれほど彼女に助けられたか分からない。
あこーー
騒がしくて、いつも張り合ってきて、どれ程彼女に元気付けられたか分からない。
燐子ーー
大人しくて戦いに向かない性格なのに、いつも頑張っていた。前向きな姿が眩しかった。
紗夜ーー
喧嘩もした。争いもした。だけど、友希那は人間らしい彼女のことが好きだった。
だけど、もうーー
今は全て、失われてしまった。
友希那「うぅ………っ、うううう……っ!!」
友希那の口から呻くような声が漏れた。
友希那は長時間の入院と治療を余儀なくされた。リサは毎日、友希那のお見舞いに訪れた。友希那のベッドの横で、見舞品してもらった林檎の皮を剥きながら、リサは話す。
リサ「失ったものは大きかったけど……でも、みんなのお陰で、四国の防衛は最高したよ。結界は強化出来て、通常個体のバーテックス程度じゃ、通れない程の堅牢さになったって。」
友希那「そう…良かった……。」
リサ「この四国を、神樹の根に守られた国ーー"
友希那「………そう……。」
リサの話を聞きながら、友希那は生返事を返す。全ての言葉が自分をすり抜けていくように感じた。
そんな友希那を、リサは必要以上に励ますでも無く、ただ彼女の傍に居続けた。
リサはそっと友希那の手に触れる。友希那の身体中に、痛々しい火傷の痕が残っている。
リサ「こんなに、無茶したんだね……。」
現代の皮膚移植技術や整形医療を駆使しても、この火傷を全て完全に治すことは出来ないらしい。だが、それで良かったと友希那は思った。何も残らないのは、この戦いそのものが消えてしまうようで、共に戦った仲間がいた記録が消えてしまうようで、寧ろ悲しい。
リサ「…………。」
リサの目は友希那を見つめている。しかしその瞳にはどこか、過剰なまでの透明さがあった。感情を喪失したような、空虚さと冷たさが同居していた。目の前の友希那を見ているようで、何も見ていない。意識がこの場に無いような瞳。
友希那「リサ、どうかした?何か考え事でもあるの?」
リサ「うん、そうだね……四国もこれからは平和になると思うし、これから友希那と何しようかって考えてたんだよ。……ねえ、友希那。」
友希那「……何?」
リサ「早く元気になってね。きっと、もう……全部、大丈夫だから………。」
結界の強化が成功したお陰なのか、大社が言っていた通り、その後バーテックスが四国に侵攻してくることはなかった。
戦うこと無く治療に専念出来たお陰で、友希那は順調に回復していった。
そして、季節が変わっていくーー
時間は流れていくーー
一定に、変わることなく。
やがて友希那は退院し、また学校に通えるようになった。だけど、たった二人しかいないこの教室は、既に存在意義を失っているように見える。
そしてある日、友希那は大社から勇者としての任務を指示された。勇者としての御役目は、随分と久しぶりだった。
大社曰く、結界の外のバーテックスに常時と異なる動きが見られる、と。侵攻では無く、なんらかの未知の事象が起ころうとしているらしい。それを調査してほしいという指示だった。
今、友希那とリサは、瀬戸内海の壁の上に立っている。友希那は勇者装束を身に纏い、刀を携え、何かあったらリサを守れるようにしている。
以前、壁の外の"完成型"の調査任務があった時、リサは勇者達の足手まといになるからと言って同行しなかった。だが、今回はリサ自身の希望で、一緒に行くことになった。外の世界を見ておきたいと。
此処からでは結界の視界を遮る力により、壁の向こうにはなんの変哲もない平和な光景が広がっている。
友希那「行くわよ、リサ。酷い光景だから、きっと見るのが辛いと思うけど……。」
リサ「大丈夫。覚悟は出来てるから。」
二人は、壁の外へ足を踏み出す。壁上のある位置を越えた所で、急激に視界に映る光景が変わった。
世界が真実の姿を晒すーー
壁の周辺には、無数の通常個体バーテックスがいた。それらは纏まって大群となり、結界に突撃して中に入ろうとするが、全て弾かれてしまう。
確かに結界は強化されたようだ。もう通常個体程度では、どれ程多くの数が集まっても、中に入ることは出来ないだろう。
友希那達の存在に気付いた数体の個体が襲いかかってくる。友希那は迫ってくるバーテックスを悉く切り倒し、リサには全く近付けさせない。
友希那(もうこれ以上……失いたくはない。せめて、リサだけは…。)
通常個体を倒しながら、瀬戸大橋の方へ目を向ける。大橋近くには、例のライオンの様な"完成型"の姿があった。前回の侵攻では、結局四国内に姿を現さず、攻めてきたのは他の"完成型"七体だった。
その"完成型"をよく見ると、もう融合は行われていない。身体は既に完成しているのだろうが、動く気配が無い。その巨体は、過去に四国に侵入してきた"完成型"の数倍にもなる。
そしてそれだけでは無く、あちこちに形成途中の"完成型"の姿が見えた。過去に倒したものとそっくり同じ姿をしたものも、再び出現している。
友希那「なんという……ことなの………!」
友希那の口から、絶望の呟きが漏れる。
勇者達があれ程傷を負いながら、命を犠牲にしてまで倒した"完成型"。だが、それらは何体も、何度でも、無限に発生し続けるのだ。
しかも再出現した"完成型"は、以前と同一ではなかった。過去に出現した"完成型"は、体内が空洞だった。
だが、今形成途中のものは、身体の内側で何かが光っている。それが何なのかは分からないが、抜け殻の中に何かが入ったのだ。バーテックスは更に進化し、強化されてしまった。
リサは、その光景を無言で見続けていた。余りにも残酷な光景で、友希那でさえ膝をついてしまいそうなのに、リサはただ見つめ続けている。世界そのものを見定めようとするかの様に。
リサ「っ!?」
友希那「これは……何の音なの!?」
突如、悍ましい音が、ライオンの様な"完成型"から響き始めた。人類が知るどのような音とも違う音。同時に、その巨体が妖しく輝く。規則性が無い不揃いな間隔と光度で、次々に色を変えながら明滅を繰り返す。
友希那「何なの………!?」
世界に不快な音が響き続ける。"完成型"の音と明滅に呼応するように、他の"完成型"も明滅し始めた。更に海の向こうから、鼓動の様な音も聞こえ始める。
大気が震え、海が荒れる。
鼓動の様な音は次第に大きく、強くなる。
友希那(何か分からない…だけど、とてつもなく恐ろしい事が起ころうとしている……!)
そして、大地が揺らぎ始めた。
友希那「うっ!?」
リサ「きゃあっ!」
立っていることが難しい程の振動。大地の揺れはいつまでも収まらない。それどころか次第に大きくなる。
友希那「リサ、私の手に掴まって!」
リサ「うん!」
友希那が伸ばした手に、リサが掴まった。海の向こうからは、鼓動の他に鳴き声の様な音も響き始める。世界が不気味な不協和音に満たされていく。
"完成型"の明滅が激しくなっていく。
次の瞬間、空から何本もの光の柱が海に降り、光柱を中心に海水が渦巻き始めた。まるで海の底が抜けたように。
リサ「"
リサが呆然と呟く。
そして水平線から、巨大な炎の塊が現れた。その大きさは太陽とみまごう程に大きい。
それは次第に大きくなっていき、輝きも強くなっていく。
光の柱が海をかき混ぜ続ける。
大地は揺れ続ける。
悍ましい不協和音が響き続ける。
やがて巨大な炎は、膨張して空を覆い尽くした後、ゆっくりと落下を始めた。
天が、落ちてきたのだーー