昼食の後、二人だけで廊下を歩きながら、友希那はリサに呟く様に言った。
友希那「私は………リーダーには向いていないのかしらね。」
リサ「何でそんな事思うの?」
友希那「私は他人に自分の考えを押し付けすぎるところがあるのかもしれないわ。そのせいで仲間に反発を抱かせて、チームワークを乱している。本当にリーダーに向いているのは香澄のようなーー」
リサ「えい!」
リサは友希那の言葉を遮り抱き着いた。
友希那「リ、リサ!?」
リサ「なに弱気になってるの、友希那らしくもない。友希那はね、ちゃんとリーダーしてるよ。」
友希那「……………。」
リサのその言葉を、友希那は心の中で反芻する。しかし、今はまだ、本当にそうなのか自分では分からなかった。
放課後、友希那は放送室にいた。蘭からの定期連絡を待っているのだが、何度かこちらから通信で呼びかけても応答がない。日が落ち、外が暗くなってきた頃、ようやく回線が繋がった。
蘭『すみません………ーーー……さん。少しこっち……--ごたついてまして…。』
今日は特にノイズが多く、回線が安定していない。
友希那「構わないわ。何かあったのかしら?」
蘭『本日の午後、バーテックスとの交戦がありました。』
友希那「…………被害は?」
蘭『問題ありません……ーー………敵は撃退。人的被害はありません。』
友希那「そう…良かった……。」
諏訪が無事なのが分かり安堵の息を漏らす。
蘭『四国の状況はどうですか?』
友希那「変わりないわ。此方はバーテックスの侵攻はなく、訓練と学習の一日よ。」
蘭『そう……---………安心しました。』
友希那は今日食堂で起こった事を、蘭に話してみる事にした。みんなの抱えている不安や、仲間との協調関係の事。蘭から何かヒントを貰えるかもしれない。
蘭『そうですね……私も初めは似たような悩みを抱えてました。でも、いずれその心配は無くなりますよ。…………---……現実は想像よりも遥かに重く、私達に決断を迫るんです。』
蘭の言葉はまるで自分自身に言い聞かせているかの様だった。
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日々は変わりなく過ぎていく。友希那達は今日も訓練を続けている。時々みんなから不安や不満も出たが、実際に毎日の生活は平穏だった為、大きな問題は起こらなかった。
諏訪との交信も毎日行われた。だが、諏訪からの定期連絡は次第に時間が不安定になり、一日中繋がらない日も増えてきている。繋がったとしても、ノイズが酷く、聞き取りづらい事の方が多い。
そして数週間が過ぎた頃、諏訪の異常は決定的になったのだった。
蘭『すみません、通信の………---……悪くて……ーー………。』
今日は特にノイズが激しい。そして蘭の口調も僅かだが疲労の色が見えた。
友希那「どうしたの?何かあったの?」
蘭『………いえ、ちょっとしつこいバーテックスを退治しただけで………---……襲来の影響で通信機が壊れて…ーー………暫く通信は出来なくなりそう……---…そっちも大変だとは思いますが頑張って…………---……何とかなるもんです。私も無理な御役目かと思ってましたが………ーー…………予定より二年も長く続けられて………---ー…………………。』
友希那「美竹さん!美咲さん!?聞こえているの!?」
長いノイズが続いた後ーー
蘭『………湊さん、私の大切な友達……。私達の想い、あなたに託します……。』
その言葉を最後に、通信は完全に途絶えてしまった。
同時刻、諏訪。繋がらなくなった通信機にそっと手を置き、蘭は境内を後にする。
モカ「言いたい事は言えた?」
蘭「うん。私の意思は湊さんが継いでくれるよ…。」
モカ「そうだね…。」
蘭「モカ…。」
モカ「なに…?」
蘭「モカが一緒にいてくれたから…私は今日まで頑張ってこれたよ……。」
モカ「うん……。最期まで一緒にいるよ、蘭……。ずっとここで見てるから……。」
蘭「ありがとう………モカ…………。」
友希那は丸亀城の本丸から海を見つめていた。水平線の向こうに日が沈んでいく。
リサ「友希那、ここにいたんだね。探したよ。もうすぐ夜なのに全然帰ってこないから。諏訪と通信してたの?」
友希那「…………諏訪からの連絡が途絶えたわ。何度もこちらから発信しなおしたけれど、もう回線自体が使えなくなっていた………。」
リサ「………………。」
リサは言葉を失う。友希那の言葉が意味する事は、容易に想像が出来た。
リサ「諏訪は………終わっちゃったんだね…。」
無言で友希那が頷く。刀を握る手に力が入った。また一つ、バーテックスは友希那から大切なものを奪ってしまったのだ。
突如、友希那のスマホが耳障りな警報音を鳴らし始める。そして、遠くに見える海の波や、海上を進む船、蝉の鳴き声、全てが静止した。
友希那「……っ!?」
すぐに友希那はスマホを取り出す。画面には"樹海化警報"という文字が大きく表示されている。
"樹海化"ーーそれはバーテックスが結界内に侵入した時に起こる現象の事。言葉自体は友希那も授業で聞かされてきていた。
友希那「バーテックスが………来たのね……。」
友希那の目に見える風景が、急激に作り変えられていく。大地や車、人々が海から伸びてくる巨大な植物の蔦や根に覆われていった。
友希那(美竹さん、諏訪の人々の痛みや悲しみ、怒り………必ずバーテックスに報いを受けさせる。"何事にも報いを"ーーそれが湊家の生き様だから!)
友希那は刀を抜き、鋒を海へと向け叫ぶ。
友希那「人類を守る御役目、諏訪より確かに受け継いだわ!私達四国の勇者が、打ち倒して見せる!!」
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バーテックスが四国へ攻撃を開始した事にいち早く気が付いたのは、瀬戸内海の壁の外で二十四時間体制で監視している元自衛隊による武装船団だった。壁へ大挙してやって来るバーテックス。武装船団は四国を守る為、持てる限りの火力を使って攻撃を行った。しかし、人類の叡智の結晶でもある近代兵器では、バーテックスに傷一つ付ける事は出来ない。武装船団はやむを得ず交代するが、バーテックスの一群は結界を抜け、四国内に侵入する。船団も後を追うが、四国内は既に樹海化が完了した後だった。
友希那は樹海に覆われた四国を臨みながら、スマホのアプリを起動させる。次の瞬間、体が光に包まれ、纏う衣服が変化していく。身に纏うは勇者の戦装束。神樹の力を宿し、纏う者の身体能力を格段に向上させる。更に全身が神威に包まれる事で、専用武器以外でのバーテックスへの攻撃も可能になる。
バーテックスの対策組織である"大社"は、神樹の力を研究し、それを科学的かつ呪術的に利用する方法を見出したのだ。その結果生まれた産物がこの勇者装束である。
勇者装束は各勇者毎に異なるが、友希那の装束は桔梗を思わせる清楚な青と白の混交が特徴的だった。変身した友希那は刀を地に突き立て、瀬戸内海の向こうを睨みつける。
香澄「友希那ちゃーん!」
声がした方を振り返ると、香澄と紗夜が駆け付けていた。香澄は手甲を、紗夜は死神を想起させる大鎌を携えていた。友希那の"生太刀"と同様それが二人の武器である。
香澄「はぁ、はぁ……急に時間が止まっちゃって、周りはでっかい蔦みたいなのが出てびっくりしちゃったよ!地図のお陰で、みんなの居場所が分かって良かったぁ……。」
息を切らせながら、香澄はスマホの画面を見せた。そこには勇者達とバーテックスの位置が光る点で示されている。
香澄「って、友希那ちゃん、もう変身してる!?」
友希那「常在戦場よ。刀をいつも携えているのは、すぐに戦えるようにしておく意志よ。」
香澄「そういう真面目さと責任感の強さは見習わないと!」
紗夜「高嶋さんは今のままでも良いと思いますが……。それにしても、これが樹海化なのですね………。」
樹海化が起こると、四国の内部は時が停止し、生物も非生物も植物に覆われ同化してしまう。僅かに原形を残しているのは大型の建物ぐらいだろう。
香澄「こんな大きな植物見た事ないよ。これも神樹様が起こしたんだよね……?」
友希那「ええ。樹海化は、神樹による人類守護の緊急手段よ。」
四国の壁と結界は、実はまだ未完成だと言われている。バーテックスが一群となって四国に侵入した際、神樹は敢えて結界の一部を弱め、バーテックスを内部へ通すのだ。侵入を防ぐ為に結界を強化し続ければ、神樹が霊力を消費してしまうからだ。もし神樹の力が枯渇すれば、四国の人々は生活が出来なくなってしまう。この閉じられた世界で生きる為には、神樹の霊力による恵みが必要不可欠なのである。
だから、四国内へ通されたバーテックスの撃退は勇者の御役目となる。そしてバーテックスが侵入している間、神樹は人々を守る為に樹海化を行うのだ。
友希那(だけれど、樹海化の防御も絶対ではないわ……。)
樹海の一部がバーテックスの攻撃で損傷すると、その傷は現実の世界に自然災害や原因不明の事故という形でフィードバックされる。加えて、樹海化の時間が長くなれば、やはり神樹は霊力を消費し続けてしまう。だから出来る限り迅速にバーテックスを殲滅し、樹海化を終わらせなければならない。
あこ「おぉーい、みんなー!」
大きな声と共にあこが走ってきた。その後ろには手を引かれる燐子もいる。
あこ「遅くなりました!」
あこの手には鋭い刃がついた円盤である旋刃盤、燐子は連射式クロスボウである金弓箭を持っている。
友希那「全員揃ったわね。これが私達の初陣よ。私達の手でバーテックスを討ち倒す!」
紗夜「それは勿論ですが……当然湊さんが戦闘で戦うのですよね?リーダーなのですから。」
試すように紗夜は視線を友希那へと向ける。
あこ「誰が先頭とかじゃなくて、全員で戦えば良いんです。それがチームワークってもんです。」
紗夜「チームワーク………。」
あこからの言葉を咀嚼する様に呟く紗夜。燐子に目を向けると、燐子は体を小刻みに震わせていた。顔色も悪く怯えている。
紗夜「白金さんは……戦えるのかしら?」
燐子「……………。」
燐子は俯き、何も答えなかった。いや、答えられなかった。
紗夜「宇田川さん達がここへ来るのが遅れたのも……白金さんが萎縮して動けなくなっていたからでは?そんなあなた達がチームワークなど………口にするものじゃありません……。」
紗夜の言葉に、燐子はぎゅっと目を瞑り、拳を握り締める。それでも体の震えと怯えは止まらない。
紗夜「ましてやーー」
友希那「言い過ぎよ、紗夜。」
紗夜の言葉を友希那が遮る。
友希那(紗夜の言葉は言い過ぎなところもあるけれど……確かに白金さんの今の状態は良くないわね。)
友希那は燐子を見つめた。
友希那「燐子。怖いのは分かるわ。だけど、私達が戦わなければ人類が滅びる可能性だってある。顔をあげて頂戴。」
燐子「す、すみません………。」
あこ「友希那さん、もう充分です。」
燐子を守るように、あこは友希那と燐子の間に立った。そんな三人を見つめながら、紗夜は皮肉気に目を細める。
紗夜「兵士の士気高揚も指揮官の務めです……。湊さん、あなたにリーダーとしての資質が足りていないから、この様な事態になるのではないですか?」
友希那「…………っ!」
その言葉は友希那の痛いところを突いていた。まだ友希那にはリーダーとしての正しい確信が持てていないから。
勇者達を取り巻く空気は、益々澱みを増していく。その空気を払うように声を上げたのは、またもや香澄だった。
香澄「みんな、仲良しなのは良いけど、話し合いは後にしようよ!」
友希那・紗夜・あこ「「「仲良し??」」」
香澄「みんなが喧嘩する原因を作ったのはバーテックスだよ!その敵がすぐそこまで来てる、怒るにしても喧嘩するにしても、悪いのは全部バーテックスだよ!」
香澄の言葉に友希那はハッとした。
友希那(………そうね。仲間を責める事も、苛立ちを感じる事もお門違いだわ。それらは全部この状況を生み出した奴らにぶつけるべき。)
あこ「確かにそうだね。」
紗夜「高嶋さんの……言う通りです。」
友希那(燐子はまだ怯えている……その分私が戦えば良い。その為のリーダーよ。)
あこ「よし、じゃああこ達も気合いいれないと!」
高嶋「みんなで仲良く勇者になーる!」
四人はスマホのアプリをタップする。そしてそれぞれが纏う衣服が勇者装束へと変化していった。
香澄の勇者装束は、山桜を思わせるピンクにーー
あこの勇者装束は、姫百合を思わせるオレンジーー
紗夜の勇者装束は、彼岸花を思わせる紅ーー
しかし、その中で燐子だけは変化が起こらなかった。勇者が振るう力は精神力に大きく左右される。戦う覚悟と意志を固めなければ、勇者装束を纏う事は出来ない。
燐子「す、すみません……私……。」
謝る燐子に、あこが元気付けるように言った。
あこ「気にしないで!あこ達だけで全部倒しちゃうから。」
燐子「………うん。」
友希那はマップでバーテックスの数と動きを確認した。結界内に侵入したのは五十体前後、距離は約二キロ。バーテックスは一直線に友希那達の方へ向かってきていた。バーテックスの習性として特筆する点は、何よりもまず人間を襲うという点。樹海化した今、四国内にいる人間は友希那達のみ。故に勇者は真っ先に狙われるのだ。
友希那「紗夜、リーダーとして言葉では無く行動で示して見せるわ。」
そう言い残し、跳躍する。一キロ程の距離を一跳びで進み、バーテックスに会敵した。
友希那「はあああああああああっ!!」
鞘から抜き取られた刃の一閃が、先頭にいたバーテックスを一刀両断する。切られたバーテックスが消滅する前に、その体を足場にして再び跳躍。別の個体を切り裂いた。群がってくる無数のバーテックスを斬りながら、友希那は叫ぶ。
友希那「勇者達よ!私に続きなさい!!」