村人「勿論よ。だってあなたは勇者様だもの。」
同じ様な言葉が、すぐに他の人々からも投げかけられた。誰もが勇者である紗夜を称賛している。紗夜は今までずっと最底辺だった。蔑まれ、疎まれ、傷付けられ、無価値な人間だと刷り込まれるように生きてきた。
だが、今はかつて紗夜を傷付けていた人達が、媚びへつらっている。以前は紗夜なんてただの道端の小石程度にしか思っていなかっただろう人々が、紗夜に向けて両手を揉み合わせている。
紗夜(私が……勇者だから………!)
その日、紗夜はやはり一泊だけ泊まる事にした。両親と過ごす時間は苦痛だったが、紗夜には今や二人の存在があまりにも小さく見える。彼らは嫌う程価値の無い弱い存在なのだ。
勇者の家庭には大社から報奨金が与えられ、その他にも色々な便宜が図られる。母親が入院出来るようになったのも紗夜のお陰だろう。勇者である紗夜が、両親を生かしているのだ。
紗夜「ねえ、お母さん……。」
紗夜母「なに……?」
薬のせいでどこか虚ろな目をして伏せている母親よ顔を覗き込みながら、紗夜は尋ねてみた。
紗夜「私が勇者になって、お母さんは嬉しい?」
紗夜母「ええ……あなたを産んで良かった………愛しているわ。」
生まれた時に祝福され、後に呪われ、疎まれ。そして今、紗夜は再び祝福されたのだ。
ーーー
翌日、紗夜は香川に戻った。そして間も無く、バーテックスの二度目の侵攻が起こる。
壁を越え、押し寄せてくる人類の天敵。勇者達はそれぞれの武器を持ち、バーテックスの一群へと立ち向かう。
今回は一度目の侵攻よりも、侵入してきたバーテックスの数ははるかに多い。だが初陣と違い、紗夜の中に恐怖は無かった。大鎌を振るい、次々に敵を倒していく。
紗夜「……あれは…?」
紗夜は遠くに徒手空拳で戦っている人影を見た。
紗夜「高嶋さんなの?」
紗夜は一瞬、目を疑った。香澄は検査入院中で、今回の戦闘には参加しないと聞いていたからだ。目の前のバーテックスを倒した後、紗夜は香澄のもとへ駆け寄った。
紗夜「高嶋さん……病院にいたはずでは…?」
尋ねられた香澄は気不味そうな笑みを浮かべる。
香澄「あははは……時間が止まってるから、抜け出してきちゃった。みんなが戦ってるのに、私だけ休んでなんかいられないよ。」
香澄らしい答えに、紗夜の口元が緩んだ。
香澄「お!紗夜ちゃんが笑った!今日は緊張してないね!」
紗夜「はい。前みたいな醜態は晒しません。」
香澄「よーし!じゃあ、バーテックス全部倒して、四国を守るよ!」
紗夜「はい!」
紗夜は頷き、バーテックスの群れへと切り込んでいった。
紗夜(……私が一番多く殺して、一番の勇者として活躍する……!)
大鎌を振るう度に、バーテックスは両断され、光となって消えていく。
紗夜(私は…勇者だからこそ価値がある…!もっと頑張れば……もっとみんなが私を好きになってくれる!無価値な自分にはもう戻りたくない。その為なら、どんな事だってやってみせる……!)
突如、バーテックスの数体が融合を始めた。"進化型"になろうとしていたのだ。
紗夜「あの敵は……私が倒します!」
紗夜は自分の体の内側に意識を集中させ、神樹の持つ概念的記録にアクセスする。そしてそこから力を抽出し、自らの体に宿すのだった。
"進化型"への融合が完了したバーテックスは、元の口のような部分だけを残し、巨大化した形を成していた。
あこ「おっきくなっただけ……?」
燐子「気を付けて……!」
勇者達は警戒する。次の瞬間、巨大な口から無数の矢が射出されたのである。無数の矢が勇者達向け降り注がれる。
あこ「何あれ!?」
慌ててあこは旋刃盤を楯にし、自分と燐子を矢から守る。あこ達に矢が効かないと分かったのか、"進化型"は次の狙いを香澄に定めた。
香澄「わわ!?こっち狙ってる!?」
降り注ぐ矢から香澄は慌てふためきながら逃げ惑う。
香澄「これじゃあ近付けないよ!」
飛んでくる矢の量は燐子が持つ金弓箭の比ではない。無理に近付けば、あっという間に針山と化してしまうだろう。
"進化型"は次の狙いを紗夜に移す。無数の矢が紗夜に襲いかかりーー
無常にも矢は紗夜の体を貫くのだった。
香澄「紗夜ちゃーーーーん!!」
悲痛な叫びが樹海に響く。だが、直後に香澄は信じられない光景を目の当たりにする。貫かれた筈の紗夜が、別の場所から"進化型"を攻撃しているのだ。それどころか、周りを見回すと、"進化型"を攻撃している紗夜は一人では無く、七人もいるではないか。
香澄「分身の術!?」
紗夜が抽出した精霊は"七人御先"。その力を纏った紗夜は、七つの場所に同時に存在し、七人の紗夜が同時に殺されなければ絶対に死なない。一人殺されても、二人殺されても致命傷を受けた紗夜は消滅し、すぐさま新しい紗夜が出現する。"七"という人数は絶対に増減しないのだ。
どんなに矢の数が多くても、七人が同時に殺される事はまず有り得ない。今の紗夜は不死身である。
無数の矢を掻い潜り、途中で十数人の紗夜が殺されたが、構わず紗夜は"進化型"の眼前に迫る。
紗夜が持つ武器の名は"大葉刈"。かつて農耕を司る地の神の一人が、死した友人の喪屋を怒りのままに切り捨てるという暴挙を行った。その際に使われたのが"大葉刈"。死者をも冒涜する呪われし刃ーー
紗夜「死ぬには、相応しい武器ですよね?」
七人の紗夜は、自分の身長程もある大鎌を同時に振りかぶり、勢い良く振り下ろした。七箇所を同時に攻撃された"進化型"は砕け散って消滅する。
そして、百を超えるバーテックスの大群を全て掃討し、勇者達は二度目の戦いにも勝利を収める。敵の過半数を倒したのは、またしても友希那だった。
ーーー
数日後。秋も深まり、風が冷たくなってきた頃。紗夜は訓練場で一人大鎌を振るっていた。
紗夜(私は……もっと強くなる…湊さんよりも……!)
高嶋「紗夜ちゃーん!」
声が聞こえ、大鎌を振るう手を止める。やって来たのは香澄だった。
紗夜「高嶋さん……病院は…?」
高嶋「今日、やっと退院出来たんだ。入院してる間、ホントに退屈だったぁ!後、樹海化してる時に抜け出した事、しっかりバレてたよぉ……。それが無かったらもっと早く退院出来てたんだけどね。紗夜ちゃんは自主練中?」
紗夜「はい……強くなりたいんです。」
今まで紗夜は、自主的に訓練場へ足を運ぶ事はなかった。しかし今の紗夜は、より強くなって多くのバーテックスを倒さなければならないという、強い目的意識を持っている。
紗夜(もっと頑張れば、もっと私を愛してくれる筈……。)
勇者だからこそ紗夜に価値があるなら、その価値を高めるには強くなる事しかなかった。紗夜は再び大鎌を振るい始める。
単純に殺傷能力だけを考えれば、大鎌が刀に劣っているとは思えない。なら決定的な差は何か。武器の扱いに対する熟練度だろう。
香澄「紗夜ちゃん、ちょっと良い?」
香澄が紗夜に手を伸ばした。
紗夜「……っ!?」
紗夜は咄嗟に身構えてしまう。かつて虐めを受けていた後遺症的な癖だった。
紗夜(気を悪くしてしまったかしら……。)
しかし香澄はそんな事を気にする様子もなく、そのまま紗夜の手に触れた。
香澄「武器はこう持って、もっとこう………ズバーン!った感じに振るった方が良いと思うよ。」
紗夜「ず、ズバーン……ですか?」
香澄「そう、ズバーンって感じ!」
紗夜「………どんな感じでしょう…ズバーンとは。」
香澄「ズバァ!って感じだよ!」
紗夜「ズバーン……では無く?」
香澄「ズバーン!とズバァ!は同じだけど、違うんだよ!気持ちは違うの!」
香澄の説明は擬音が多くなりがちで分かりにくい。だけど、一生懸命に伝えようとする気持ちが真っ直ぐ伝わってくる。紗夜はその気持ちが嬉しかった。
香澄「あとね、紗夜ちゃん。」
紗夜「え?」
香澄「私はこの前の戦い、紗夜ちゃんが一番活躍してたと思うな。」
紗夜「そう……ですか?」
香澄「うん!友希那ちゃんに負けないくらい、バーテックスに立ち向かって行ってたし、私の方へ来ようとした敵は、殆ど紗夜ちゃんが倒してくれたよね?あこちゃん達が見過ごしてたバーテックスも、紗夜ちゃんが全部倒してた。」
紗夜「あっ………。」
紗夜がどんなに頑張って戦っていたか、香澄はちゃんと見ていたのだ。
香澄「えへへ、紗夜ちゃんの手はあったかいなぁ。今日は寒いからずっとこうしてたい。」
紗夜「………ええ…。」
眼の奥が熱くなる。故郷に帰った時に流した、あの苦い涙とは違う。温かい涙。
香澄「あれ、泣いてる?何か悪い事言っちゃったかな!?ごめんね!」
紗夜「いいえ…違うんです………これは…。」
香澄「?」
きょとんとしてる香澄に、紗夜は泣き笑いの顔で言う。
紗夜「ありがとう……高嶋さん。」
きっともう、昔の傷が痛む事はない。そう思うのだった。
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別の日。昼休みにあこと燐子は、イヤホンをお互いの片耳に付けて音楽を聴いていた。
あこ「この曲はどう?」
燐子「良い曲だけど……私はもっと静かな曲が好きだな…。」
あこ「うーん……良い曲だけど、眠くなっちゃいそう。」
そんな二人を見て香澄は言う。
香澄「あこちゃんと燐子ちゃんって、本当に仲良しさんだよね。」
あこ「あこ達は、殆ど姉妹みたいなものだもん!」
燐子「ふふ……。」
燐子に抱きつくあこ。燐子の方も満更ではなさそうだ。
あこ「と言うかあこ達、もう一緒に暮らしても良いくらいだよ。」
燐子「うふふ…でも、もしあこちゃんと一緒に暮らすなら……キャンプグッズやコスプレグッズでいっぱいになりそう……。」
あこ「うー……。そういうりんりんの部屋も本棚にも机にもベッドの枕元にも、部屋中に本がいっぱいで押しつぶされそう。」
燐子「それが良いんだよ……。本人囲まれてると…幸せな気分になるから……。」
無類の本好きである燐子。彼女の部屋には様々な本で埋め尽くされた大きな本棚が、部屋の壁を占拠している。しかも本の数は日に日に増加しているとの噂だ。
紗夜「お二方とも、互いの部屋の事をよく知っているんですね。」
あこ「当然ですよ!あことりんりんの部屋は隣同士ですし、よく部屋に入り浸ってますから!」
勇者達が通う学校は全寮制で、校舎である丸亀城の敷地内に寄宿舎があり、友希那達はそこで生活している。
リサ「それなら友希那だって、しょっちゅうアタシの部屋に来るよ!」
リサは得意気に答える。
友希那「り、リサ!?」
香澄「友希那ちゃんって、甘えん坊さんなの?」
友希那「違うわ!だ、大体、リサこそ毎晩特に用事が無いのに私の部屋に来るじゃない!」
リサ「アタシの場合は、友希那がちゃんと明日の準備が出来てるかを確認しに行ってるんだよ?」
香澄「なんだかリサちゃんって、友希那ちゃんのお母さんみたい。」
リサ「当然!友希那はアタシが育てたからね。」
友希那「も、もうこの話は終わりよ!」
友希那は顔を真っ赤にしたまま、無理矢理に話を断ち切ってしまう。
昼休みが終わり教室に戻る途中、リサは燐子に尋ねた。
リサ「燐子とあこって、どうしてそんなに仲が良いの?」
リサは巫女として勇者達の個人データを大社から知らされていた。二人は出身地こそ近いが、バーテックスが出現したその日に初めて出会ったのだという。しかし、リサが二人と丸亀城で初めて出会った時、二人は既に数年来の親友の様に仲が良かったのだ。
燐子「そうですね……。」
燐子は少し前を歩いているあこの背中を見ながら、昔の事を思い出す。
燐子「今はそれ程でもないんですが……昔は私…凄く体が弱かったんです…。入院した事も何度もありました……。」
ーーー
ーー
ー
小学三年生の時、燐子は体調を崩しやすく、殆ど学校へ通えなかった。その結果、出席日数が足りず原級留置となり、燐子はもう一度同じ学年をやり直す事になったのだ。
同じクラスだった友人はみんな進級し、自分一人が取り残される。一歳歳下の同級生達に囲まれた教室で、燐子は異物だった。
それで虐めや差別を受けた事は無かった。教室や生徒達も、燐子を他の生徒と分け隔てなく接しようと気を遣っていた。だが、気を遣っているという時点で、もうそこには隔たりがあるのだ。ほんの僅かな事で溝が出来る。尤もその溝は生徒達からでは無く、燐子側から感じていたのかもしれないが。
燐子はいつもクラスメイト達から、薄い膜一枚向こうにいるかの様に感じていた。いつの間にかクラスメイト達と距離ができ、一人で本を読む時間が増えていった。
燐子(私はずっとこのまま…周りに馴染む事も出来ないまま生きていかないといけないのかな……。)
そう考えると、大好きな本を読んでいる時でも、自然と涙が出てくることがあった。
終わりの見えない孤独が苦痛となり、燐子の心を緩やかに締め付ける。
いつしか燐子は、自分を救ってくれる存在を求めるようになっていった。
そう、まるで本の中に出てくる王子様の様な存在をーー
やがて燐子は小学四年生に進級し、7月30日にバーテックスが襲来した。
燐子がバーテックスに遭遇したのは、家族と島根に旅行しに来ていた時の事だった。突如空から降りてきた異形の化け物。避難する人々が逃げ惑う中、両親は助けを呼びに行く為、燐子を小さな神社へ避難させたのだ。
そこで燐子は偶然、勇者の力に覚醒する。
何かに導かれる様に、その神社に奉納されていた弩を見つけ、それが目の前の化け物を討ち倒す力になると、本能的に理解が出来ていた。
だが、戦えなかった。神社を飛び出し、いつまで経っても戻って来ない両親を探しに逃げ出してしまったのだ。
力があっても、バーテックスを前にすると足が震えてしまう。逃げ回っても空から降ってくる化け物を前に、燐子は崩れ落ち腰をぬかしてしまった。
化け物が眼前に迫るが、幼く、戦いを経験した事もない燐子が、弩一つで立ち向かえる筈もない。
燐子(助……けて……。助けてください……!)
そんな絶望の中だったーー
?「危ない!」
突如、燐子の眼前のバーテックスに、円形の鉄の楯が投げつけられたのだ。楯は化け物に刺さり、奇妙な声を上げて消滅する。
その楯を投げつけたのは、燐子よりも小柄で、活発な少女。その少女は楯を回収し、近くにいた他のバーテックスを攻撃する。少女は楯を強引に武器として使い、次々に敵を屠っていったのだった。
その姿を、燐子はただ呆然と見ていた。やがて周辺にいたバーテックスが一掃され、少女は腰を抜かし座り込んでいた燐子に手を差し伸べた。
?「大丈夫!?」
燐子「………。」
あこ「安心して。あこが必ずあなたを…えーっと…。」
燐子「燐子…。白金燐子…です…。」
ー
ーー
ーーー
それが白金燐子と宇田川あこの出会い。そして燐子が、自分を救い出してくれた王子様に出会った瞬間だった。