クモ行き怪しく!?   作:風のヒト

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山にはクモが掛かるでしょう3

 

 三分、この時間和装の二人は無言であった。

 しかし、無音ではなかった。

 風が吹く音もあったし布がこすれる音も、木製の品が何かの原因で軋む音もあった。

 二人の内の一人、トールはこれらの音耳に入れ気を紛らわせつつ現在の状況をどうすれば何事もなく収められるかに思考を費やしていた。

 なにせ三分前には唐突にナイフを投げつけるという凶行で己の命を獲らんとした存在が、トール側からしてイルミの話を殆ど聞いていない為何故かは知らないが固まって動けないとはいえ、懐にいるというこのデンジャラスゾーンで下手に動くことも出来ず、ナイフを手放す事も出来ず妙案が浮かぶまで姿勢を維持していた。

 

「…… ハッ!?」

 

 一方カルトは今になりようやく意識を完全に取り戻した、そしてどこかネコ科の動物を彷彿とさせるその瞳がゆっくりと上を向き、トールと目が合う。

「うゎわああッ!? …… イタッ!!」

「あぶなッ!」

 驚き、思わず後ろに跳ぶが後頭部を何か固い物に強かに打ちつけそこを抑えつつしゃがむ。

 その正体はトールが逆手で固く握っていたナイフの峰、トールはよもや刺さったかと心配してナイフをとりあえずソファーに置き、ぶつけたところをみるため屈む。

 心配した事態はなく、ただ頭を打っただけに過ぎないカルトは直ぐ持ち直し、姿勢を正そうとする。

 そしてかなり至近距離でトールとカルトは向き合った。

 

 そこからカルトの動きはまさに疾風迅雷だった。

 

「わあああああ!!」

 産声よりも大きな声で叫び、そのままカルトは地を走るというより蹴るともいうべきスピードで一気に外へ走り去った。

 まだ両の手で数えられる年とはいえ初めてだった、家族や執事以外にあそこまで距離を縮められたのも。

 初めてだった、殺し損ねた事も。

 初めてだった、兄以外で頭が一杯になることも。

 いや兄の中に『理想の兄』という己を見ていたカルトにとって、真の意味で初めて他者で思考が埋まった瞬間である。

 

―― いったいあいつはなんなの!?

 

 カルトの心にうずまく大半が未だ己自身何なのか分からないが、そのうちの一つは直ぐに分かる。

 

 恐怖心。幼いころ…… 今も十分幼いが、今の半分ほどの年にあった幽霊やら妖怪やらといった『漠然とした未知の何か』に抱いていたあの感覚、それがトール=フレンズという形を模して今自分を襲っているのだ。

 

―― 恐い、そう、恐い…… ほんとに恐い?

 

 ただそれだけではないと言う、疑問符が浮かんだ時ようやくカルトは足を止める。

 そして、それは何であるかと決して動いたせいだけでない早鐘を打つ心臓に手を置き、考えるだけの冷静さを取り戻すため目を閉じ息を吸うとより多く息を吐く。

 

 して、この世界にもあるかは定かでないが『二度ある事は三度ある』という言葉がある、それは同じ『人』にではなく単に同じ『事』が二回ある事は三回あるのだという意味なのかもしれない。

 

「おーい」

「んあ!?」

 声を掛けられ目を開けると、そこにはナイフを持ったトールがいた。

 

―――――――――*

 

―――数十秒前

 

 トールはテラスから地を蹴り出て行ったカルトを見て、頭を最大限回転させていた。

 

―― 俺、あの長男にあの子を頼むって言われたよな?

―― あの状況下の頼むってのはつまりお守ってこととみていいよね?

―― つまり留守中にあの子に万が一でもあったら俺の責任っすよね?

―― でもあの子ことカルトはどっかいっちゃったよな?

―― もしその間に何かあったら即死もんですよね?

―― 目ぇ離しちゃ駄目だよな…… な?

―― 追っかけねぇと、不味いよな!?

 

 この間、十秒。

 

―― あ、このナイフも無くしたとかで機嫌損ねてもアウトっぽいな、持ってかねーと

―― 肝心の場所は? まだ目で大丈夫…… 【円】とかあんまやりたくねーってかあんま出来ん

 

 トールはちょっと前まで強張っていた足を軽く動かしてほぐすと、テラスから出る。

 そして、狩りのときそうしていたように足にオーラを集中させて、飛ぶ。

 

 姿勢を低く、気取られないように小さな音を立てるだけで。

 トールの阿呆なところは動きが完璧に狩りのそれである点だ、何故子供を探すのにその子供が規格外とはいえ狩るつもりで行くのかと。

 それも彼が思考は置いておくとして動くという点において融通が利かないことが災いしている。

 それでもカルトが数十秒かけたところを【念】込みとはいえ数秒でたどり着くと獲物(と表記してカルト)が見える頃には、【絶】で身を潜めつつ距離を詰める徹底の仕方は阿呆と言うより他はない。

 

 手を伸ばせば触れる距離でようやく「あ、ここまでしなくていーじゃん別に」と気付き、正面に回って声を掛けた。

 こうして、思わぬ形でカルトは諺を経験したのである。

 

―――――――――*

 

 カルトの思考はこのとき冷静とは言い難かったが、混乱はしていなかった。

 

―― コイツ、ボクを殺りにきたんだ!

 

 無音でナイフを持った奴が来たという状況下でこう考えるのは決して不自然ではない。

 そしてカルトの度重なるトールによってもたらされた驚きと元から培ってきた暗殺者としての教育が今、この瞬間生きた。

 肉体操作により鋭利な刃物と化した右手をトールに突きだしたのだ。

 やぶれかぶれではない、考えられるベストの動きである。

「……」

 一方のトールは持っていたナイフの腹で突きを何なく受け止める、彼には普通にそれを行う実力はあるが無論今回の動きも能力の恩恵である。

 

―― うっわ、また来た!? でもナイフも壊しちゃうわけにゃいかんし……

 

 トールは万が一でもナイフを壊したことによって起こるいざこざを回避するため、文字通り【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)を防御から回避に切り替える。

 だが、避けることはカルトの方が先に考えていた。

 あの一撃は出来れば致命傷ないし痛手を負えばいいというもの、本命はその反動と隙を利用する事による後方への退避。

 

―― 森の中なら逃げ切れる!

 

 森と言えどゾルディック家にとっては慣れ親しんだ庭であり、広大な土地の地図という地の利がある。

 家の者が彼の狼藉を知れば処分する、だからそれまでの間悔しいが逃げに徹する。

 

 テラスまでの距離から二倍近く移動し、木々の間に身を潜めながらカルトは己の勝利条件を整え、これならば勝てると笑みさえ見せた。

 

 

 

 そんなカルトの誤算は多くあれど、特に大きいのは二つ。

 

 一つは、一番来る可能性の高い母親含めた家族が出払っている事をフリーズして聞いていなかったこと。

 

 

 もう一つが

 

 

「ねぇ、あれは危ないんじゃない?」

「ッ…!!?」

 

 身を潜めるカルトの背後から声を掛ける、この阿呆が森という地形において自分以上にその恩恵を得ていることである。

 

―――――――――*

 

―― い、今アイツ何処に!? 木の上なら来ない!?

 

 それからの時間、カルトにとって一生忘れられない時間となっただろう。

 なにせ、何時その時が自分の一生の終わりとなるか分からない時間だったのだから。

 

 カルトはあの後、袖に仕込んでいたイルミ製の針を投げ、その針の結末も見ずに草むらから垂直跳びで木の枝に飛び乗ると、そのまま木の間を飛んで逃げた。

 針の結果など見なくても分かる、どうせ当たりはしないと決めつけ全てを逃げるために注いだのだ。

「…… あぶね」

 事実トールは眉間コースの針を首を傾げる形で難なく回避させられている。

 そして自分のすぐ後ろの木に刺さった針を引き抜くと、カルト同様木に飛び乗り糸を使ってカルトより高い位置から追跡を開始した。

 

 武器を拾ったのは紛失の責任をとらされたくないから。

 追いかけるのは目を離したらあの長兄に何されるか分かったものじゃないから。

 

「おーい」

「ひッ!?」

 だから彼はカルトの真上からまた声を掛ける、せめて大人しくしてもらうために。

「~~~ッ!!」

「あ、ちょっと!」

 それがこの追いかけっこの現状維持に貢献しているに他ならないという事実など全くトールは分かっていない。

 

―― 上は駄目、じゃああの木の洞は!?

「ねぇ、ちょっと話を……」

 

―― あの怪鳥の巣の中なら?

「ここの鳩って大きいね」

 

―― もうシンプルに土の中なら……

「ほらそんなとこ入ってると服汚れるよ?」

 

 悉くトールに見つかってしまった。

 それでも諦めないカルトは今、息を潜めている。

 というより潜める他ない場所にいる、開けた場所…… 湖のその中

 

―― ここなら、もしかしたら……

 

 ここは自分もあまり来た事が無く、本当に追いつめられたが故に心身ともに疲れた己に鞭打ってそれでも音をたてず静かに潜ったのである。

 割と透明度が高いため、底に沈んでいる大きい倒木の間に身を隠す。

 息を止める事なぞ日頃の拷問で慣れきっている。

 不意に投げ出されたのなら五分そこら、しかし呼吸を整えてからの飛び込みならば八分は固い。

 更なる訓練(という名の拷問)で幾らでも伸びる可能性があるが現時点では体格的にこれが限界。

 

 本来屋敷側に逃げれば良かったものの、トールの声を掛ける位置が悉く屋敷側だったためにこんなところまで追い込まれてしまい、この選択肢をとらざるをえなくなってしまった。

 いくらかフェイントの様に蛇行して此処まで来たのだ、せめてこの数分で少しでも遠くにアイツが行けば屋敷に逃げれると、カルトは水中で膝を抱えじっと待つ。

 極力動かず、呼吸の時間以外何も考えない。少しでも長く水中にいるために思考を暇潰しに浪費する事もせず、ただ、じっと時とあの訳の分からない存在が過ぎるのを待つ……

 

 

…… はずだった。

 

 そろそろ浮上を考え始める頃、ふと己の隠れる場所が暗くなるのを感じた。

 このとき、カルトはアイツが来たのかと恐る恐る顔を上げ、あの血錆の様な髪色をしたのがいるのかと目を見開くがそこにいたのは全く違う存在だった。

 

―― なんだコイツ!?

 

 全身を青色の鱗で覆われたそれはどうみても『魚』であった。

 しかし、サイズは魚でなくクジラ、そして特徴的なのはその口。

 自分が立っていたとしても優に丸のみ出来るほどの大口、そしてその口から覗く中はまるで拷問器具の様で、飲み込む動作で全てを削らんばかりに内部全体に歯が生えていた。

 湖の上からのぞく程度では、「ああ、こんなのもいるんだ」と言ってすぐ興味を失うであろうそれだけの存在、それは怪魚側からしても同じだ関わることのできない陸の生物に現を抜かす暇などないからだ。

 だが、いま自分は水中にいる。

 ならば分かりやすく怪魚は反応する、捕食と言う形で。

 

―― ヤバイ!? 武器は全部アイツに使って……

 

 カルトは肉体操作より武器を使う方が得意であった、ただ出来ない訳ではないがこの水中と言う状況下でこの怪魚を屠るだけの肉体をまだカルトは得ていなかった。

 泳いで逃げるにも分が悪すぎる、まだ真っ向勝負した方が勝機があるほどだ。

 

 ほどなくしてカルトは覚悟を決める、右手をスッと上げた。

 降参ではない、証拠に右手は見る見るうちに魔獣と言われても差し支えない形状へと変化していく。

 

 徹底抗戦、これがカルトの出した覚悟。そも生き延びるために飛び込んだ場所で生を諦める事なぞするはずもなかった。

 

―― 大丈夫、アイツに比べれば遥かにマシ。 だって何なのか分かるもん

 

 この絶望的状況よりもどん底な存在認定された者の顔を浮かべ寧ろ笑みさえ湛えてみせる。

 自力じゃ屠るだけの威力は出せない、ならばあの怪魚が自分に向かってくるときそれを利用して突き刺すほかに方法はない。

 見極めてやる! そう言わんばかりの迫力があった。

 怪魚も格好の餌を前に逃げだす情も無ければ、そこで待ち続けるという知恵も無かった。

 

 怪魚がさらに巨大になる、否、そう感じるほどに急接近する。

 カルトが狙うのは自分を飲みこむその瞬間、鱗と言う鎧の内側からの破壊が唯一の勝機。

 失敗は許されないしする気もない。

 

―― まだ、まだだ、もっと引きつけて…… 次には食べられるというその瞬間まで

 

 カルトの目から怪魚の全体が映らなくなる、それほどの接近、見えるはその内の肉。

 周りの水がそこに吸い込まれるのを感じた。

 

―― ここだッ!!

 

 しかし、カルトの突きは下にスライドしたとしか思えないほどの急な怪魚の方向転換によって空振りに終わる。

 

―― そ、そんな…… ? いや、なにか様子が、変?

 

 急いで追ったカルトの目に映る怪魚は顔がひしゃげていた。

 その脳天には見慣れた己の……

 

―― ボクのナイフ……?

 

 気付いた時には体が引っ張られる感覚、何時の間にか巻かれていた糸が自分を上へ上へと釣り上げている。

 バシャリと水面を破って外に出たとき、カルトは糸を引く赤錆色の髪を見る。

 

 そこでカルトの目は一転して暗闇しか見えなくなった。

 

―――――――――*

 

 暗い世界に家族がいた。

 

 あの背中は飛び乗ると嗜めつつも肩に自分を乗せてくれる父のだ。

 あの背中は自分の知らない事を教えてくれる祖父のだ。

 あの背中はちょっと人間か分からない高祖父のだ。

 あの背中は何時も近くにいてくれる母のだ。

 あの背中は少し恐いけど家族の事を考えてくれる兄のだ。

 あの背中はあまり動かない兄のだ。

 あの背中はボクの嫌いな、人じゃないナニカだ。

 

 みんな、背中を向けている。

 

 皆背中を向けている。

 

 そんな皆の前に誰かいる、そんなの分かってる。

 

 あの背中はボクの大好きな兄さんのだ。

 みんな兄さんを見ている、でも兄さんはボク達も……

 

 その内兄さんは歩き出した。

 前に、唯、前に。

 

 他の家族より後ろにいるのにボクはそれでも手を伸ばす、でもやっぱり届かなくて……

 

 それどころかボクはそのままどんどん下に落ちて行った。

 心の中で何かが揺らいだのを反映するように、下へ、唯、下へ。

 

 家族の姿も見えなくなって、そこで初めて手を伸ばした。

 こんなになるまで声も出さなかった。

 

 ただ、恐くて。

 落ちていくことじゃなくて、伸ばしても、張り裂けんばかりに叫んでも……

 

 家族の誰も反応しないんじゃないかって考えるのが怖くて。

 

 でも、その手は確かに何かを掴んだんだ。

 

 掴んだそれは妙にサラサラで手触りが良かった。

 

 驚いたボクが家族の事も思考から外してその手に掴んだ何かを見ようとしたとき――

 

――― 世界は白くなるほどに光り出した。

 

 

 

 

「ぅん……」

「ああ、目ぇ覚めた?」

 

 ピントの合わない目をカルトは数度の瞬きで無意識のうちに合わせる。

 その間に一歩遅れて戻って来たのは柔らかい何かに包まれる感覚。

 

―― ベッド?

 

 クリアになった視界が最初に捉えたのは、ベッドに隠れる自分の体…… そして傍らにいる…… トール。

 彼は構造上近くに座るためソファーでなく簡易な椅子に座ってなるべくベッドに近づいて座っていた。

「…… 何でいるの?」

「そりゃ湖から引っ張り上げた瞬間に気ぃ失ったキミをこうして介抱? してたから」

 トールにしては実によくまとめたセリフである。

 辺りを見回すと、こんなことになった最初の光景…… つまりは彼に貸し与えられた部屋だと気付いた。

 少しそれに気付くのが遅れたのは日が落ち部屋全体が夕焼けに染まっていたからだろうか。

「結構ボク寝てたんだね?」

「動いてた時の数倍はね」

 カルトは衣服をちらりと見る。

「服…… この長襦袢ボクのじゃないけど」

「俺が作ったヤツ、キミのボロボロでグチャグチャだし着てた和服もだけど修繕してそこにあるから」

 指差すベッドの反対側に、まるで今まで激しい動きに付き合わされた形跡の無い見事な状態で立てかけてあった。

 カルトはこうなるまでの事は全部夢だったのではないかと、そんな訳ないと思いつつもどこかそう感じた。

「あっ! これ返すね。 あのときナイフは使ったけどちゃんと綺麗にしたからさ……」

 言ってトールはカルトに投げつけられた武器をご丁寧に布に包んで返した。

「やっぱり夢じゃなかったな」

「?」

 漏れ出たようなその微かな音はトールの耳に唯の雑音としてしか伝わらなかった。

 ベッドに置かれた武器を何処かぼうっとした調子で眺めるカルトの隣でトールは緊張していた、そして少し得体の知れない感覚も持っている。

 それら全てカルトが妙に大人しいからである。

 彼が今までの行動で気付きあげたカルトのイメージではここらで何か武器の一つでも飛んでくるものと思っているからだ。

 なのでそれを防ぐために一つ一つ丁寧に態々斬られにくい織り方で織った布でもって包んで渡したのである。

 この男、十に満たない子供にも親切心ゼロかつ警戒心マックスであった。(場合が場合の為多少仕方ないだろうが)

「ねぇ、何でずっとそこにいるの? 目も覚めたしさっさと追い出せばいいじゃん」

「……」

 トールは無言である場所を指差す。

 見れば、カルトがしっかりとトールの裾を掴んでいた。

「あっ……」

 

―― あのとき掴んだのは……

 

 トールから手を離し、その手をじっと見つめながらカルトはあの夢を思い出す。

「…… こんなの振り払えばいいのに」

「出来なかったよそんなこと」

 カルトから離され、掴んだ状態の皺がくっきり残った裾をみてトールはそのときを思い出す。

 

―※―※―※―※―※

 

 あのとき、トールは色々済ませベッドに寝かせたカルトの横に座りさて濡れタオルか何か置いた方がいいかしら? と思った瞬間、まるでサバンナの獣が獲物を食らうような速度で服の裾を掴まれた。

「うおッ!?」

 攻撃と判定されなかったため【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)が発動しなかったのだ。

 

―― 罠ッ!?

 

 そう思いニヤリと笑うカルトの表情を想像し、顔を見る。

 

―― 絶対違ぇ! 苦悶の表情浮かべて歯軋りしてらっしゃる!?

 

 ギリギリとまるで油の切れた機械の様な音を鳴らしている、しかもぶっちゃけ親族以外に見せてはいけない家の顔状態である。

 しかも、離すように手をこじ開けさせようとするも万力のような力を加えていて下手すると毟る勢いである。

 【念】で強化すればいけない事もないが仮にも体調不良の子供であるため、万が一でもあってはいけないと耐えるしかなかった。

 

―― 歯軋りうるさッ! ああ片耳塞げらんねぇ!?

 

 こうして今の今まで彼はじっとそこにいた。

 彼にとっての不幸は「それ脱げばいいじゃん?」と言ってくれる第三者がいなかったことである。

 

―※―※―※―※―※

 

「そっか、出来なかった…… かぁ」

 カルトは、その胸中が何かで満たされていく感覚を覚えた。

「ねぇ、えっと……」

「ん?」

 ここでカルトは何か難しい顔をする。

 

「名前なんだっけ?」

「トール=フレンズだよ」

 つい数日前に名乗ったよな? と顎に手をやる。

「そっか、ボクはカルト…… カルト=ゾルディックだよ」

「いや知ってるって、この前聞いたじゃん」

「ボクの口から言って無いよ…… それに知ってる訳ないよ?」

 

 知ってると言ってるのに知らないというカルトに顎に手をやり更には首を傾げたが、それもすぐに何故か納得した。

 それは……

 

 

―― ま、こんな風に笑う子は確かに知らんな

 

 年相応の笑顔をした子供がそこにいた。


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