クモ行き怪しく!?   作:風のヒト

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蜘蛛のち出会い、ところにより再会するでしょう

「い、いらっしぇーい!!」

 トールを運び終えた晩に来た受験者も合格し、ナビゲーターとして再びこの地にやって来た旦那凶狸狐はオヤジの出迎えボイスと肉を焼く音をBGMに口をあんぐり開けていた。

 何せ昨日送り出したはずのトールがいまだここで飯を食べているのだ、とっくに試験会場まで行っているものとばかり思っていた凶狸狐は驚いた顔のままトールに歩み寄る。

「ちょっとちょっと、なんでアンタがまだここにいるんだ!?」

 小声で話しかけられたトールは振り向き、凶狸狐に気付いた。

 凶狸狐以上に驚きつつなぜここにいるのかコイツもコイツで不思議がる。

 それも、入口付近でこちらを見ている旅人らしき三人組を見て自分と同じように案内できたのかと納得する。

 トールは素直に合言葉を忘れましたと言おうとしたが、怒られそうなので多少の冗談を織り交ぜワンクッション置いてから喋ることにした。

「ほら、昨日ホテルで言ったでしょ? 『じゃあまた』って」

 不敵な笑みと共に言った言葉は凶狸狐に衝撃を与えた。

 まさか自分達の変化を直感で見抜くような実力者、と勝手に思っている人物が合言葉を忘れるなどとまったく考えていなかった凶狸狐は、なぜ合言葉を知っていていまだここに居続けているのかを純粋に問うたのだ。

 その認識を前提にもう一度自分がこの場に来るという予知めいたものを、昨日のホテルの段階あるいはもっと前から感じ、しかもその直感を信じて時間ギリギリまでこの場に居続けたのかと凶狸狐は戦慄した。

 あれは今年は落ちるから来年も世話になるというジョークではなかったのだと。

「なるほど、そういうことだったのか……」

「ええすみません、後ろの人達も試験を受けに来た人ですよね? 一緒に試験会場に行きたいのですがいいでしょうか?」

 凶狸狐の納得の言葉を自分が合言葉を忘れたのを察したものだと思ったトールは、すまなそうにお願いをする。

「ああ、アイツらもそういうのは大丈夫だろうし構わねーぜ。オヤジ! 『ステーキ定食』」

「焼き加減は!」

「『弱火でじっくり』だ」

「あいよー!!」

「お客さん方、奥の席にどーぞ!」

 OKが出てほっとするトール以上にオヤジとウエートレスの方が安堵していた。

 

―――――――――*

 

 相乗りになった三人組が何やらハンター試験の過酷さやらハンターとはそもそも何ぞやと話している最中、トールは黙々とステーキを食べていた。

 ステーキはオヤジ達の頑張ってこいという気持でも表しているのか、かなり厚切りだった。

 

―― フツーの牛もいけるけど、やっぱ焼き方変えて欲しかったな~

 

 本日十枚目のじっくり弱火の焼き加減のステーキを食べつつそんなことを考えていた。

「ねぇ君、名前なんて言うの? オレはゴンっていうんだけど?」

 水を飲み口の中が空になった丁度いいタイミングで三人組で一番最年少と思われる緑色の服を着た少年が話し掛けてきた。

「ん? トールって名前だよ」

 続けて長身のスーツがレオリオ、和服とは違う民族衣装を着ているのがクラピカだと紹介される。

「トールって凶狸狐の話じゃ、見た瞬間に変化を見破ったらしいけどどうやってわかったの?」

「眼には自信があるからね」

 視力が良ければ見破れるやもと本気で考えている故の発言をするトールに、どんな視力だよ…… とレオリオは呆れて突っ込む。

「いや、この場合は視力の事でなくて慧眼若しくは観察眼という意味合いだと思うぞ? レオリオ」

 何やらカッコイイ解釈をしてくれたクラピカには大変申し訳ないが本当に視力の事である。

 間違いを訂正すべきなのか自分が間違っているかも知れないから訂正しなくていいのか迷っている彼を救ったのは地下に到達したことを告げるベルの音だった。

 地下に着くと地下道の様なトンネルの中に物凄い殺気立った人間が物凄い人数いた。

 皆エレベーターから降りてきた自分たちを見ていたがそれも少しの間だけで、すぐに視線が集中する気配が無くなった。

 どれぐらいいるんだろうとキョロキョロしながら疑問を言うゴンに「君たちで406人目だよ」と答えた声はやや上の方から聞こえた。

 地下道の壁をはしるパイプの様なところに腰を掛けていた声の主である全体的に丸い男は人当たりのいい笑顔を浮かべながら自身の名はトンパだと自己紹介をする。

 顔が豆みたいな形の小男から406と書かれたプレートを受け取りつつ、自分たちも名を名乗る。

 トンパは10歳から35回テストを受けたベテランらしく、親切にも有望株の常連を何名か教えてくれた。

 紹介の途中、突然悲鳴が聞こえたので何事かと声のする方を見れば両腕のない男がいた。

 その原因は44番、通称『奇術師』のヒソカと呼ばれる男の凶行らしい。

 何でも去年は試験官含めて20人ほどヤったらしい。

 その説明を聞いた段階で近づかないことは確定したが、あの服のデザインはトールにとってカッコイイと感じるものだったのでまじまじと見ていた。

 

―― ああいうタイプの服は作ったことないからなぁ、着てる奴がアレな奴じゃなかったら是非じっくり見たいんだけどな

 

 そんなことを考え、興味深そうにヒソカを見ていたトールにトンパは不気味なものを見るような微妙な顔をしていたが。

「そ、そうだ! 気分転換とお近づきのしるしってことでこれで乾杯しないか?」

 すぐに柔和な顔つきに戻り、トンパはどこからか人数分の缶ジュースを取り出すと皆に渡す。

 トールはさっそく飲もうと缶のプルタブに指を掛けようとしたとき、誰かに後ろから声を掛けられた。

「なぁなぁ、その格好もしかして同郷か?」

 振り向くと鎖帷子だか黒装束だかを組み合わせた服を着たスキンヘッドがいた。

「ジャポンの人?」

 この自分の野袴スタイルを見て同郷というのなら、何故か日本に非常に近いどころかほぼ同一と言ってもいい未知の島国『ジャポン』の出身者であろう。

 若しくは本当に日本の可能性もあるが。

「そうそう! いやー、まさか自分以外のジャポン人にこんなところで会えるたぁな! オレはハンゾー…… ああいや外人向けの発音じゃなくていいか。半蔵ってんだ、よろしく!」

 どうやらジャポン出身者の様である。

「はぁ、どうも俺もトールって言ってますけど透でも通じますかね? よろしく」

 言うと半蔵は「そーか透ってのか!」と言いながら勝手に手を握りブンブンと振る。

「でも俺はジャポン出身じゃないですよ」

「へ? ジャポン独自のイントネーションの名前でその格好でか?」

 とりあえず考えなしに正直に話したが、じゃあどこ出身なんだという当然の質問にまさか大蜘蛛に産み呼ばれました等と言えず、さりとて気の利いた嘘も言えず要所を暈したり記憶が曖昧だの言った結果――

 

「そうか、苦労したんだなぁ…… オレもオレで過酷な人生歩んでるなんて思ってたけどよ、所詮井の中の蛙って奴だったな…… オレに出来ることがあったら言ってくれ、力になるぜ!」

 半蔵の中でトールは『妊娠中のジャポン人の女が漂流の果てに未開の密林に流れ着いたところでトールを産んで力尽き、それ以来親切な人に拾われるまで孤独な生活をし、母の形見でジャポンの文化に思いを馳せる薄幸な子供』ということになり、涙ぐんで今度は固く手を握った。

 一方のトールは訳が分からずただ戸惑うばかりであった。

 

 向こうを見ればトンパが何やらゴン達に謝っていて気になったので、半蔵と別れゴン達のところへ向かう途中に突然地下道全体に騒がしいベルの音が鳴り響き、トールはトンパの謝罪内容を聞くことなくその場に立ち止った。

 

 ベルの音はトンパの座っていた様なやや上の位置にあるパイプにいつの間にか立っていた口髭を蓄えた紳士風の男が持つ、小ぶりの人の顔に酷似した良く分からないものから発せられていた。

 大方が注目したのを確認すると紳士風の男は音を止める。

「ただいまをもって、受付時間を終了とさせていただきます」

 どうやら受付終了のお時間の様だ。

「では、これよりハンター試験を開始いたします」

 試験開始を告げ、男は集団の先頭に当たる場所にふわりと着地すると地下道を歩くよう先導する。

 ここで、男は一応確認のためにとハンター試験は過酷で怪我や死者など毎年の事なのでそれでも構わない方のみついてくるよう言うが、一応という言葉を付けた男の予想通り誰も歩みを止めなかった。

「承知しました。第一次試験405名、全員参加ですね」

 分かりきった確認をした後、男の歩くスピードが急に速くなる。

「申し遅れましたが私は一次試験担当官のサトツと申します。これより皆様を第二試験会場までご案内させていただきます」

 遂には走らなければ到底追いつけないスピードにまで達する。

「? 二次試験会場って一次試験は?」

 半蔵の質問に速度はそのままにサトツはくるりと振り向き答える。

「もう始まっていますよ? 第二試験会場まで私について来ること、これが一次試験でございます」

 到着時刻・場所は一切不明、ただサトツについて行く耐久レースという一次試験はこうしていつの間にか開始された。

 

―――――――――*

 

―― よかった~、いきなり周りの奴らをぶっ倒せとかいう試験じゃなくて……

 

 何時間か分からない耐久レースの方が予想していた血で血を洗う壮絶な戦いより、彼の主観的には割と簡単に聞こえるほどに彼の体力は伸びていたため、ここにいる以前にあった学校の持久走で体力差から友達と約束していたのに一緒に走れなかったあの頃にリベンジすべくトールはゴン達を探していた。

 すると近くで「反則だー!」と叫ぶレオリオの声がしたので人をかわして向かうと、何やら揉めているようだ。

「おーい、みんなー」

「おお、丁度いい聞いてくれよ! このガキこの試験にスケボー持ち込んでんだぜ!?」

 ほうそんな用意周到な子供もいるのかと、レオリオの影になっているその子供を見る為ひょいと顔を出す。

「…… へ?」

 そこには、見知った銀髪の少年、というか自分が仕立てた服を着た少年がいた。

「うおお!! トール!? 何でお前こんなとこにいんだよ!?」

 これは厄介なことになりそうだと直感したトールは顔をそらした。

「こっち向けっての! ただの服屋のお前が何でハンター試験受けてんだよ!?」

 逸らしただけで回避出来る訳もなく、すぐさまキルアは回り込んで目を合わせようとする。

「キミたち知り合いなの?」

 この反応にゴンは率直に聞いてきた。

「コイツ、オレん家の服全部仕立ててるヤツ。この服もトールが作ったんだぜ」

 見せるように服を引っ張る。

「へぇ、キミ服屋だったんだね」

 すごいやとゴンはキラキラした目でトールを見る。

「何か喋れよトール! もしかして親か兄貴に言われて追って来た…… わけないか、自分で探すもんなあいつら。でもオレがここにいるなんて絶対言うなよ」

「一応どこにいるか知ってるかとか電話着たけどね、試験の参加は偶々だよ…… あと言わないから、うん」

 トールが喋らなかったのはこれを報告した方がいいのか迷っていたからである。

 それもキルアが言うなと言ったからその意思を尊重したと言えばまぁ大丈夫だろうと判断し、言わないことにした。

 

―― そもそもキルアが試験にトールがいたとか言わなきゃバレんし大丈夫か……

 

 まさか試験会場に家族がいるなど全く思わず、約束してしまった。

「あっ! そーだ、このガキがスケボー持ってきたこと何とか言ってくれよトール!」

「ガキじゃねーよ、キルアって名前あんだよオッサン」

「オレにだってレオリオっつー名前があんだよ! あとオッサンじゃねぇ! オレはまだ19のお兄さんだ!!」

「「「えっ!?」」」

 キルアもゴンも、トールですら嘘だろうと驚いた。

 

――チョイ上くらいだと思ってたらまさかの年下……

 

 ちなみに先ほど会った半蔵は同い年くらいだとトールは思っているが実際は18である。

「そこで他人のフリしてるクラピカァ! お前も、もしかしてもうちょい年上だと思ってたなんてことないよなぁ?」

 さっきのトールの様に顔をそらす。

「終いにゃ泣くぞコンチクショウ!!」

 荒れるレオリオをトールが宥めている間にゴンとキルアは自己紹介して意気投合していた。

「ってゴン! そいつのスケボー注意しろって何時の間にか降りてるし……」

「別に試験官はただついて来いって言っただけだからいいんじゃないの?」

「ゴン君の言う通りじゃない?」

「テストは原則持ち込み自由なのだぞレオリオ」

「あと、降りて走っても疲れねーぞ? レオリオ」

 フルボッコである。

 

「なんで息ピッタリ何だよぉー!?」

 理不尽な仕打ちだと叫ぶレオリオを笑いながらゴメンと謝る頃にはトールは全員呼び捨てで呼んでいた。

 

 

 そんな怒鳴るほど元気だったレオリオの体力も開始40㎞付近で尽きかけたり、気力で吹き返したりと途中にあったが順調に進んでいった。

 道が上り階段になったあたりからゴンとキルアは集団のトップの方に、レオリオとクラピカは集団の中心からやや下方に体力の関係で分かれてきたため、トールはどちらについていったらいいものかと迷ってどっちつかずの位置にいた。

「よう、透! やっぱ苦労してきた人間はちげーな、こんなもん屁でもねぇって顔してるぜ」

 どうしようかと思った矢先、近くにいた半蔵がトールを見つけ話し掛けてきた。

「ついさっきまで話してた奴が限界きて倒れちまってよぉ、よかったら代わりに話相手になっちゃくんねーか?」

 どうやらこの人は余程のお喋りの様だった。

 トールもこのままでは誰かとペースを共にするという密かなリベンジマッチが達成出来なくなるところだったのでOKする。

「そうか! で、まずはここだけの話オレ実は忍者なんだよ」

「ええ、忍者!?」

 馬鹿野郎声がでけぇと怒られたが、先ほど話していた男もそれより前に話していたトンパにも出だしにこの文句を言っていたため受験者のほとんどは彼が忍者であるということは知っていたりする。

 だが、受験者の殆どはそもそも忍者を知らないためこの反応は実は嬉しい半蔵だった。

「んでオレは幻の巻物である『隠者の書』を探すためにハンターになりてぇのさ、噂じゃハンターでもなきゃ入国出来ねー国にあるっぽくてな」

 そう言って渡した名刺には『雲隠流上忍・半蔵』と書いてあった。

「しかも上忍!?」

「おお、そこの凄さも分かっちまう? いやーまいったまいった!」

 忍者の事を知っているうえに身分にも反応してくれたのが相当嬉しかったのか、かなり浮かれ調子である。

「なら、その隠者の書探しはもしや御上からの奪還の任で?」

 忍者物の作品でありがちな書が盗まれたーというシチュエーションを思いだし、時代劇風に振る舞う。

 その言葉を言った瞬間、半蔵は浮かれ調子から一変して鋭い目でトールを見る。

 しかしそれも誰にも気づかれない程一瞬の事で、すぐに顔を戻すと「んなわきゃねーって!」と調子を合わせて否定して別の話題を話す。

 

―― コイツ、どんな鋭さしてんだよ!?

 

 実はドンピシャな内容だった。

 忍者や侍が未だいるジャポンに時代劇は無く、トールが思い浮かんだ時代劇の定番はここではほとんどが秘匿とされている内容に非常に酷似しているのだった。

 

 

―― 同業者…… まさか?

 

―――――――――*

 

 気持ち口数が少なくなった半蔵に疲れているのかと思うが、すぐにトールはもしや忍者っていうか修行の定番の重い装備とかをしている影響なのではと閃き勝手に忍者ってすげーなと尊敬していた。

 その忍者も忍者で勝手に湧いた疑惑に囚われかけているが……

「ハッ ハッ ハッ…… ぬぅおおおお!!」

 そんなちぐはぐな雰囲気は後ろから驀進する半裸ネクタイがぶち壊してくれた。

 レオリオが破れかぶれな格好で一気にここまで来たのだ。

「よぉトール! そんなちんたら走ってっとおいてっちまうぜ~!!」

 そういいつつもペースは上がらずトールと並走している、どうやらランナーズハイで高揚して服を脱いだ訳ではないようだった。

 クラピカもレオリオと同じペースで走っているが、この場合は彼に合わせて走っているのだろう、顔にはまだまだ余裕があった。

 半蔵は半裸ネクタイ状態のレオリオをポカンとした表情で見ていたが、頑張れよとエールを送る。どうやらその泥臭いまでの必死さが気に入ったらしい。

 そうこうしているうちに階段の先から地上の光が見え始める、長い階段もあそこで打ち止めの様だ。

 

 かといってそこはゴール地点ではなかったが。

 

 階段を超えた先は湿原だった。

 サトツの説明によればここヌメーレ湿原はここにしかいない珍妙な生物が多く生息し、その生物のほとんどが様々な手段で人間を騙し捕食する生態という通称『詐欺師の塒』だそうだ。

 そんな殺意満々の湿原を超えて二次試験会場に行くようだ。

 汗だくのレオリオに手拭いと水を渡しつつ説明を聞くトールは、この広大な湿原に無数に住んでる生物がよく人間喰うだけで生態系がまかりなっているなとどうでもいい疑問を浮かべていた。

 

 説明の最中、急に背後からサトツを嘘吐き呼ばわりするものが現われる。

「あ、猿だ」

 ボソリと言ったトールの一言をクラピカは聞き逃さなかった。

 その後にサトツを嘘吐き呼ばわりした奴はどことなくサトツに似た猿を見せ、人面猿という非力な代わりに人に化けることと話術に長けていて他の生物と連携して人を喰らい、特に新鮮な人肉が好みの猿であると説明したところでその顔に無数のトランプが突き刺さり、皮肉にも自己紹介をしたことになった人面猿は連携していたサトツ似の猿ごとヒソカに殺された。

 そして、人面猿はどこからかやって来た鳥によって鳥葬された。

 

 この間、トールの頭の中はあの猿はどんな味がするのかという事と、ヒソカに投げられたトランプをとったサトツを見て彼の方が武器にトランプが似合いそうだという、やはりどうでもいいことが考えられていた。

 

 口での説明から、実際の騙しの手口を見た後にその末路まできっちりみせるという仕組んでいたのか? と思わず疑ってしまうほどに完璧なチュートリアルも終わり、再びサトツはハイペースで歩きだし残る受験生312人も走り出す。

 半蔵は先ほどの人面猿に騙されかけたために対策としてサトツのすぐ近くで走るため、その旨を(騙されかけたことはきっちり省いて)伝えるとさっさと先頭に行ってしまった。

「俺達も行くかな」

「待ってくれトール、一つ頼まれて欲しいのだが私とレオリオを先導してくれないか?」

 えっ! とトールとレオリオは驚く、もっともトールの驚きはそこまで信用されていたのかという驚きであるが。

「理由はある。先程人面猿が我々を騙そうとして姿を見せたとき君は一目見て『猿だ』と言った、つまりすぐあれが試験官などではなく猿だと気付いたのだろう? 予備試験でも同じ様に凶狸狐の変化も一瞬で見破っていたそうじゃないか。それに、眼には自信があるのだろう?」

 つまり騙されねーからナビを頼むって事か! レオリオが簡単に言いたいことをまとめて言う。

「いいよ、じゃあ俺は三歩先位を行く感じで走るからさっきと同じペースで!」

 初めて他人に頼られたトールは断る理由もなく、むしろ嬉しそうにナビを務める。

 ナビと言っても目的地は分からないが。

 

「あれは人影じゃないな亀だね。あそこは地面じゃなくて蛙だし、危ないって言ってる声は人じゃなくて烏だよー」

 見抜く力を最大限に生かせる場にいた彼のナビはクラピカの予想よりも大分良いものだった。

「声まで見破るとかホントにどんな視力してんだ?」

「だから観察眼のことだと言ってるだろう?」

 これについてはトールの主観でレオリオが当たり、本来の合否はクラピカが掠っている程度である。

「さっきゴンが早く来いだなんて無茶言いやがったがよぉトール、いまゴンはどこにいるか分かるか?」

「うーん、試験官含めて先頭がどこかわかるけど誰がゴンかは今の俺じゃちょっとそこまでの特定は難しいかな?」

 実際、いま視力を強化すれば難なく特定するくらい出来るのだが――

 

『ハンター試験受験者の先輩としてアドバイスそのに、【念】は無闇に使わない方が吉!』

 なんでも【念】が使えることが試験官に分かると自分だけ無理難題を吹っ掛けられたり、逆に高評価をもらえたりと試験の合否に良くも悪くも物凄い影響するそうだ。

 アルゴは最初に前者のタイプの試験官にあたり落ちたそうだ、次年度は後者のタイプだったらしいが。

 故に今精孔は一般人同様のダダ漏れ状態、不安で仕方ない。

 この状態でも解除を心掛けていなければ自分の【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)は内部のオーラを勝手に消費して発動してしまうので気分は褌一丁で戦場にいる武士である。

 ていうかせめて三節棍かそれもだめなら棒でもいい、欲しい。

「ああ、別にゴンがどこか何て分からなくても充分役立ってくれてるから元気出せって?」

 武器的意味での裸一貫状態を嘆いていたことをゴンが見つけられないことで落ち込んでいたと思ったレオリオはトールを励ます。

 よく話を聞いていなかったので曖昧にどうもと言って誤魔化すトールにレオリオはニッと笑う。

「しかし、走り始めてもうそろそろ昼になるが、いまだ第二試験会場とやらは影も形も見えないな」

 バッグから取り出した時計を見て言うクラピカにトールはピクリと反応する。

 

―― そろそろ飯時だ……

 

 そう思えば途端に空腹を感じる。

 ここらの動物を仕留めて食べたいところだが生憎そんな時間は無い。

 

―― 鳥みたいなのが丁度よく通りかからないかなー

 

 左袖に収納してある餞別でもらったナイフの柄に左手首の糸を巻きつけながらキョロキョロと見回す。

 文字通りカモがいたらワイヤーナイフモドキで仕留めて喰うつもりである。

 詐欺師の塒だと言われている場所で間抜けなカモがいる訳ないだろうが。

 

 そして何気なく見た背後に、さきほど人面猿を啄んでいた鳥と同じ種類の鳥を見つける。

 

―― 間抜けなカモ発見!!

 

「おわぁ! なにしやがんだトール!?」

「後ろに敵がいるのか!?」

 鳥を見るや否やトールは袖から出るほどに糸付ナイフの糸を伸ばすと身体を回転させた勢いに合わせ左手を振る。

 その勢いによって投げ出されたナイフは二人の間を通り抜け、鳥に突き刺さる…… 事無く猛スピードで進む何かによって弾かれたのである。

 常人より自慢の眼が、ナイフを弾いた物の正体がトランプであると捉える。

 とりあえず糸を手繰り寄せナイフを回収し、嫌な予感と共に顔を上げれば現われたのは奇術師。

 

 間抜けなカモはトール自身だったようだ。

 

「ヒ、ヒソカ!?」

 レオリオがうわずった声を上げ、その存在感からか一歩後ろに下がる。

 それによりレオリオはトールの左半身が重なるような位置となったため、ナイフに糸が付いた状態では右に持ち替えれず万が一があればナイフが振れないので、手を引いてどいて貰おうとしたときと、ヒソカが前進しそれに反応してレオリオがさらに一歩後ろに下がったタイミングが見事一致し――

 

 レオリオは盛大に後ろにこけた。

 

 強制的に向けさせられた霧だらけの空に猛スピードでトランプが通過したのが見える。

 慌てて起きたレオリオが見たのは、自分を心配そうに見るトールと二刀流の木刀で何とかトランプを弾くクラピカの姿だった。

「うーん♣ 404番の君も中々やるじゃないか♦」

 トランプを弄びながらヒソカは嬉しそうに言う。

「てめェ! なんのつもりだ!?」

 素早く折りたたみ式のナイフを構えながらレオリオは吠える。

「んー? 試験官ごっこだよ♥」

 くつくつと笑う。

「この一次試験があまりにもぬるくてね♣ これじゃ何人も残っちゃうからボクが少し厳し目に選考してあげることにしたんだ♦」

 「今のところ合格者はゼロだけど♣」 と言っておもむろに見せた一枚のトランプは絵柄が分からないほどに血がべったりとついていた。

 言い知れない恐怖が悪寒となって三人を襲う。

 クラピカは走っている時以上に額に汗が浮かび、レオリオは「ふざけんな!」と強がるが僅かに足が震え、トールは最後の晩餐は豪華な物が食べたいなと諦めと現実逃避の合間に意識が飛んでいた。

「あれれ♠ 何もしてこないのかい? なら五秒あげるから何かして御覧よ♦」

 「ほら、い~~ち…… に~~……」と余裕綽々な態度で数を数え始めるヒソカを前に、クラピカは三人別方向に同時に逃げることを小声で提案しすぐさま実行した。

 

 

 が、トールはその場から動かなかった。

 

「トール!?」

「何やってんだあの馬鹿!?」

 トールの愚行に二人は足を止めないながらも驚きを口にする。

「へぇ…… やっぱり君、面白いね♥」

 一方のヒソカは満面の笑みを浮かべながらゆっくりとトールに近づいてゆく。

 

 なにやらまるでトールが真っ向から迎え撃つためにその場にとどまっているかのような雰囲気であるが、実際はフリーズして動けないだけである。

 万一の際にナイフを振るう何ぞと考えていた割には直視した瞬間にこの様だ。

 唯一レオリオはビビッて動けないんじゃないかと考えていたが、自分をわざと転倒させヒソカの攻撃から助けてくれたということに彼の中でされた場面を思いだし、少なくともあの状況下で他人を助けられる余裕のある人物なのだからアイツに勝てないまでも動けないことはないだろうと考えを否定した。

 

 トールは自らを囮にして自分達を逃がそうとしている。

 これがレオリオとクラピカの導き出した答えだった。

 

 実はこの二人以上に最も見当違いな考えを持っていたのはヒソカである。

 そもそも彼がここまで嬉しそうに三人にちょっかいを出してきた原因はトールだ。

 ヒソカは選考という名の殺戮を終え、知り合いから渡された発信機を頼りにそのポイントへ行く途中で彼らを見つけた。

 先程殺した連中はどれもこれも熟しきって腐っていたり果実にも満たないつまらない奴ばかりで欲求不満だったヒソカは、彼らこそ自分の求める人物かはたまた将来有望な青い果実かと期待し、とりあえず驚かせるために二人の間から先導している子供の頬を掠めるコースでトランプを一枚投げた。

 

 そのトランプを投げたまさにそのとき、ターゲットの子供がこちらを見たのだ。

 そして次の瞬間には投げられたナイフによってトランプは弾かれた。

 

 ヒソカは攻撃を察知したこともそうだが、なによりそのときの眼に痛いほど興奮した。

 

「良い眼だねぇ♥ とても素敵な『捕食者』の眼だよ!」

 彼はトールがここにとどまっている理由を自分を狩るためと読み間違えるほどに空腹時の彼の眼からその奥にいる本性(蜘蛛)が視えたらしい。

 一歩また一歩と歩を進め、遂に手を伸ばせば届く位置までヒソカはトールに近づいた。

「トール! てめェに二度も借りはつくらせねーぜ!!」

「その通りだとも!」

 その当の本人がいい加減現実に戻るのとクラピカ・レオリオが腹を決めてヒソカに左右から攻撃したのはほぼ同時であった。

「ふ~ん♣ 君たちも結構いい顔してるよ♥」

 少し後ろに上体を引いただけで難なく攻撃を回避したヒソカは、そのままレオリオの持つナイフとクラピカの木刀を蹴り飛ばすと、まずは一人とでも言わんばかりにレオリオの背後に回る。

 そしてそのまま攻撃をしようと…… したところでゴツンと彼の頭部から鈍い音がした。クラピカがヒソカに一撃を与えたそれが仲間の持つルアーであると気付く。

「ゴン!?」

 レオリオ達の叫ぶ声が聞こえたため、心配になったゴンはキルアの制止も聞かずにここまで来たのだ。

 ヒソカが自分の攻撃に当たった今が攻め時と、ゴンはそのまま釣竿で攻撃を続けるようとするが。

「これは思わぬ収穫だね♦ 君も仲間を助けに来たのかい?」

 それよりも早く、ヒソカがゴンの首を掴みつつ顔を覗き込んだ。ルアーが当たった部分が赤く変色しているがダメージを受けている様子はなかった。

 纏わりつく様なプレッシャーにピクリとも動けぬゴンを、ニヤニヤしながらヒソカが見つめる事数秒

「うん! 君も合格だよ♥」

 どうやら全員ヒソカの謎基準を合格したらしい。

 実に清々しい顔で「バイバイ♠」と言ってヒソカは去って行った。

 

 残されたゴン達は先程の攻防に意識飛ばして参加していないため気力を消費していないトール以外、すぐには動けなかった。

 

―――――――――*

 

 なんとか落ち着きを取り戻し、ヒソカが殺したと思われる動物の死骸を辿り彼らは何とか二次試験会場である大きな建物に着いた。

 しかし、受験生たちは建物に入らず扉近くで待機していた。

「すげーな生きて帰ってこれたのか? もう無理だと思ってたよ」

 一体みんな何でここで待機しているのだろう、そしてさっきの湿原よりも凶暴な唸り声が建物内から聞こえるのはなぜだろうと不思議がっていると、受験生たちの間からキルアがこちらを見つけてサラッと酷いことを言いつつ小走りで来た。

「なんかヒソカの基準的に見て俺らは合格らしくてさ、なんとか生き延びたって事らしい」

「それアイツに目をつけられたってことじゃね? ま、御愁傷様だな」

 その言葉に半永久的な死亡フラグが立っていることに気付いて落ち込む面々を尻目に、ゴンは皆がなぜここにとどまっているか理由を聞く。

「そんなん簡単さ、ここの看板に書いてあんだろ? 試験開始が正午からでまだ時間じゃないからだよ」

 指さす方向にある看板には確かに『本日正午・二次試験スタート』と書いてある。

 建物にあった時計は正午まで少し時間があることを伝えていた。

 その僅かな時間も受験生たちは万一の事態に備えるため、座ったりせず辺りを警戒している。

 警戒している最大の要因はBGMと化している扉の向こうから聞こえる猛獣の唸り声のような音のせいだが。

 

「なぁトール、あのときは助けられちまったなぁ…… ありがとよ」

 一段落つき、レオリオはヒソカのトランプから自らを守ってくれたことに対しての礼を言う。

 一方のトールは当然何の事か分からず首をかしげるが、とりあえずお礼を言われて無反応は失礼なので表情は別としてサムズアップをしたらレオリオも良い笑顔で同じくサムズアップしたので意思は伝わらないまま成立してしまった。

 その後レオリオの後ろに半蔵を見つけ、トールは彼にお疲れ様と言おうと半蔵のもとへ走る。

「そういえば言うの遅くなったけど二人とも怪我はない?」

 今更といえば今更だが、ゴンはそれでも二人がヒソカに怪我を負わされていないか心配する。

「大丈夫、私もレオリオもここまで無傷さ」

「おうよ! オレのハンサム顔もこの通り無事って訳さ…… つっても湿原抜けても無傷なのはナビどころかヒソカ相手に庇うことまでしてくれたトールの功績だけどよ」

 レオリオの言葉にクラピカは頷く、その話を聞きゴンはそのキラキラした目で半蔵と話すトールの後姿を見る。

「えっ、アイツそんな動けるの!?」

「なんだ? お前トールと付き合い長いんじゃないのか?」

 不思議そうにレオリオが問う。

「まぁ、二年間くらいつってもずっと家にいる訳じゃないけどさ」

「そんなにいて分からないものなのか?」

「だってアイツ服屋だぜ!? それにオレが会うときは何時もソファーでぐでっとしてるか飯食ってるかだし、つーか服仕立ててるとこも見た事ねーよそういえば!!」

 それは単にキルアの『勉強』時間が多くはカルトより先に行うため、カルトに付き合ってぐったりしているときにキルアの自由時間が重なるためである。

 キルアは改めてトールに興味を、それこそゴンと同じくらい意識する事になった。

 同様に謎多き子供として二人もトールを見た。

 

 当の本人は半蔵から貰った兵糧丸をキラキラした目で見ていたが。

 

 互いにずれて行く認識の中、それを正すことなくむしろ運命がそれを加速させるかのように試験会場の扉が開いて行った。

 




カナリアにやった奥さんの攻撃方法って何なんでしょうね?

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