「何だその顔はよぉ? 文句があんなら素直に言えや」
「っけ! 言っても無駄な事は言わねぇよ」
トールがまさかのトリを務める事になった頃、レオリオとトンパは簡素な部屋で睨み合っていた。
紆余曲折あり、ゴン達とトンパはこの部屋で五十時間も過ごす羽目になったのである。
トンパが新人潰しだと分かった事も輪を掛けてレオリオはイライラするが、こうなってしまったのは自分のせいでもある為、強くは言えずこう愚痴るしかなかった。
「せめてトールがいればなぁ……」
明らかに合格する意思が無い奴に比べてもマシであるし、マシ以上に裏表のない良い奴とレオリオは思っている。
「仕方ないよ、オレが競争だなんて言ったときは隠し扉も知らなかったし五人も通れる道があるなんて尚更分からないよ」
人数ぴったりの道がある確率なぞ相当低い、ならばそれを見つける為に払った代償がトールの離脱というかトンパの加入なのだろう。
「トールと言えば、キルアの家の服を全て仕立てていると言っていたがどういう経緯でその関係に至ったのだ?」
クラピカはキルアの家が暗殺一家と知り、ならばトールはどういう風にそんな特殊な家の者と知り合ったのか気になりキルアに聞いた。
「最初は母親が呼んだ服屋の代理で来たらしいんだけど、作った服を親父もジッちゃんも気にいって何時の間にか家族全員の服作ることになったんだっけか? 多分そんな感じ」
母親とはあまり喋りたくないという苦手意識がキルアの根底にあった為、母親の説明しかなかった序盤のトールの紹介はあまり聞いていなかった様だ。
「トール自身も気に入られているのではないのか? 家族と一緒に食事もしているような発言もあったが」
「そうだな、一言で言うなら憩いの場みたいな感じかな? 少なくともオレはそう思ってる」
どんな感じだよとレオリオは突っ込む。
「まぁオレの場合トールと会うときは暗殺のあの字も無い状態だし、自分家で言うのも変だけどリラックス出来るって言うかさ……」
要するに勉強の合間に子犬と戯れる感覚である。
「一番上の兄貴と一番下のカルトっていう家族以外眼中に無しって奴らもトールとは積極的に会ってたし、もしかするとあいつらも休みたかったんじゃねーのかな?」
今はどうか分からないが最初期は両名共に思っくそ暗殺する気満々で積極的に接触していた。
「一番下って、何人いるのキルア?」
兄貴の存在は飛行船のときに聞いたがそれ以外にもいることは知らなかった為ゴンは聞く。
「ああ、オレ入れて…… 五人?」
「なんで聞くんだよ」
何故か疑問形での答えにレオリオが不思議に思って言うが、一番不思議そうなのは言ったキルア本人だった。
「誰か遠方の地にでも幼少の頃連れて行かれた記憶でもあるのか?」
「いやそういう訳じゃないけど何か影薄くてさ…… うん、五人だ五人!」
クラピカが一つの可能性を聞いたが違うらしく、キルアはこれ以上考えるのが何故か急に馬鹿らしくなり五人と結論付けた。
「ま、要はトールはオレん家で唯一の暗殺に無関係な一般人てこと!」
話題を無理矢理トールに戻したキルアのこの発言が果たして本当に彼の意思なのかは分からない。
「暗殺者に囲まれて平然と飯食える一般人って何だよ……」
黙って話を聞いていたトンパだが流石にそれは変だと指摘する。
「単に食い意地張ってるか気にしてないかじゃないの?」
暢気に言うキルアにトンパは何かを思い出したような素振りを見せると一瞬で顔を青くする。
「どうしたオマエ、気分悪そうじゃねーか?」
いけ好かない奴と思いつつも医者志望らしく、トンパの変化に気付いたレオリオが心配する。
「いやそうじゃなくてよぉおまえらと初めて会った時、そんときのトールを思い出してな……」
「それが何でオマエの顔が青くなんだよ、つーか、今考えれば一服盛ろうとしてた事実に気付いたオレらの方だろ? 顔青くすんのはよォ!」
どちらかというとレオリオの顔は真っ赤だが言分はまったくもってその通りである。
しかし、今はそうじゃないとレオリオを手で制する。
「その件は悪かったって! 今はそうじゃなくてトールの話なんだよ!」
「へいへい、オレ達を落すための話なら承知しねーからな?」
レオリオは引くとソファーにどかりと座る。
「で、トールの何を思い出したの?」
キルアが話の続きを催促する、気になるようだ。
「…… オレが何人かの常連を紹介したときヒソカが受験生の腕消したの覚えているよな?」
うん、衝撃的だったしとゴンが頷く。
「そのときジッと見てたんだよ、トールは…… 他の奴らと違ってすごく興味深そうにあのイカレをよ」
「よし歯ァ食い縛れよ?」
一瞬で自分たちに不安を与えるホラと判断したレオリオは肩を鳴らす。
「嘘じゃねぇって!? これに関しちゃホントなんだって!」
レオリオは拳を下ろす、残念な事に彼が嘘を付いていると思えなかったからだ。
「そんでキルアの話聞いて、もしかしたらトールもオマエ側の人間かもしれねぇって考えちまってな……」
「なッ!?」
レオリオが驚きの声を上げる。
声を上げてはいないがそれ以外の者たちも、大小あるが内心似た状態だ。
「トールが暗殺者かなにかってか? んなわきゃねーだろ! アイツがそんな…… ああ、クソ!!」
言いかけたレオリオはそこで止め、苛立ちをソファーを蹴って誤魔化す。
その先を言おうとしたとき、それはキルアを否定する発言になると気付いたからだ。
「うーん、オレはトールからそういうのは感じなかったけど……」
「ゴンの言う通りさ、第一同業者なら気付くっつーの」
呆れたようにキルアは言う。
「ま、親父やジッちゃんレベルなら一切を隠す事も出来るだろうけどさ?」
暗殺者のお墨付きとそんなことは無いという自信から来る軽口で場はトンパの発言前の空気に戻る。
戻ったからといって可能性が0ではないという気持ちは残ったままだが……
「じゃあ後で本人に聞いてみようよ! 『トールって暗殺者なの?』ってさ!」
ゴンのアイデアにクラピカでさえも力が抜け、ズルッと崩れた。
「あのなー…… もし仮に万が一っていくらでも頭に付けた上で言うけどよ、それで暗殺者だったとしてYESと言うとでも思ってんのかゴン?」
それ以前にトールが試験に落ちて会えない可能性もあるがそれに関しては満場一致で無いだろうという意識が根底に存在していた。
「キルアは名乗ったじゃん?」
「オレらは特別なの!」
言って凸ピンをする。
「ッテ! むぅ、もしかしたらトールもトクベツかもしれないじゃんか」
おでこを押さえながらも後で聞く気であることは変わらないようだ。
「そもそも暗殺者の可能性すら低いのにどんな確率だよ……」
「少なくとも試験に合格する確率よりかは低そうだ」
クラピカの発言にレオリオは全くだぜと同意した。
―――――――――
―― 俺、恰好良く言っても仕立屋なんだけどなぁ……
男とタイマンする事になったトールはどうしてこうなってしまったのかと自分の職業を思い出していた。
「安心しろガキ、オレはヒソカ以外の者なら負けを認めた時点でやめてやるつもりだ……」
それは朗報だ。
「しかし、無傷で済ませる気は無いぞ?」
どこからか曲刀を取り出し、ギュンギュンと音が出るほどの回転をさせつつ不敵に笑う。
「前哨戦といったところか、アイツ何ぞ目じゃない手品を見せてやろう」
ふっ、と力を込めると先ほどよりオーラが明らかに増えている。
―― やべぇ、念能力者だコイツ!
反射で自身もオーラを纏ったことは決して間違った反応ではない。
「なんだオマエも使えるのか? なら出し惜しみなしだ!」
曲刀をもう一本取り出す、この時点でトールは自分の行動が完全にミスだと判断した。
次にそれを放り投げて新たに二本曲刀を取り出し、四刀流になったところで血の気が引いた。
しかし、
「これぞ無限四刀流! 指の二、三本くらいは覚悟しとけよガキ!!」
勢いよく回転しつつ投げられた二本の曲刀はトールの方向に向かって真っすぐ飛んでいくが、トールの方へ向かわず素通りする。
一体何を? と気になるトールの前に男は曲刀を投げた際、自分も向かって来ていた。
―― やべッ!? 俺もナイフってもう無理!!
ナイフを取り出そうとしたトールはその時間は無いと悟った。
イメージは赤い光、警告ランプの様に光る脳内のソレはそれが光った瞬間から消えるまでの間
この際、彼に残された行動の自由はオーラに関する事と思考する事、例外的に眼を動かすことのみである。
さらに光がある間は『攻撃』『回避』『防御』の変更を出来ない。
彼が選んでいたのは『防御』…… 選んでいたというより設定を変えたのが試験開始前なため、変えていなかったというの方が正しい。
―― ナイフ持つ前に『回避』に設定しておきゃ…… って俺何に『防御』してんだ?
向かって来ているとはいえ曲刀の間合いではまだないし、発動するにしては遠すぎる。
では何に? という疑問はストレッチをするかのように後ろに伸ばした両手が答えた。
何かを掴んだ瞬間、能力は解除され残すは余韻の様に動かない表情だけとなり目の前の男しか見ていないトールは動けた瞬間に全力で後ろに下がる。
何を掴んだのか隙をついて確認するトールの両手に収まっていたのは何と二本の曲刀。
いやなんでだよと驚くトールの耳に何かを落とした様な金属音がする。
男の方から聞こえたそれに警戒しつつ見据えると、全く予想もしていない恰好の男がいた。
曲刀を離し、膝から崩れ落ちて呆然としていたのだ。
「ば…… 馬鹿な!? 一切見ずに曲刀を…… そんな、ありえん…… オレの、オレの一年間は…… ぅ、ぁあ……」
実はこの男ことトガリは飛ぶ曲刀をとるに半年、死角から見ずにとるまでさらに半年訓練を積んでいた。
つまり先ほどのトールの行動は彼の一年間が全くの無駄であったと言うに等しい行為であった。
さらにヒソカの前哨戦と捉えていた子供相手にその芸当をやられたことによって彼の心は今、完璧に折れた。
「ぁ、ああ…… ぁ……」
膝から落ちた姿勢のまま、さらに崩れる事も立ち上がる事もなく、虚ろに天井を見たまま大きく開けた口から反比例する掠れた声を出し続けた。
「……」
どうしていいか分からずキョロキョロしつつもトールは一応警戒しながら曲刀を拾うと一旦離れて置き、
それに先ほどの曲刀を全部包み、横にそっと置いた。
―― どうしよう、何か分からないけど気絶とかさせた方がいいのかな? というかもう気絶してるんじゃないのかこれ?
トガリの状態が分からないトールだが漠然とそれは可哀想だと思い、躊躇った。
別に気絶しているかどうかを賭けの対象にしている訳でもないのでもう心苦しいがひと思いに殴ってしまおうかと構えた瞬間、ゴトリと音がして扉が開く。
今度は片方だけでなく、トガリ側の壁も開いた。
部屋の一部始終を見ていた三次試験官のリッポーがトガリを再起不能と判断して課題クリア扱いにしたのだ。
つまりは合格と言う事である。
「終わったのかい?」
言ってヒソカが入ってくるが、終わったのかと聞いた割に明らかトールに向けているあたり、彼の終わったのかという質問はむしろどうやってトールが勝ったのかという意図で聞いたようだ。
己が気になった
―― おや、中々えぐいね♥
てっきり肉体的苦痛の果てにでも殺すのかと思っていたヒソカにとって変化球であった。
元々の考えもトールにとっては変化球通り越して死球もいいところだが。
「いい趣味してるねキミ」
指差してトールを見る。
「えっ? 全然凝って無いんだけど……」
それが丁度トールの無地の風呂敷と重なる指し方だったことと、趣味=裁縫と言う思考があった彼は無地の風呂敷だし趣味ならもっと創意工夫を凝らすという旨を言う。
「そうなんだ♣ ちなみにだけど何したらこの人こうなったの?」
「さぁ? 気付いたらあんな感じになったから困ったよ」
気絶したんだろうと結論付け、さらにブツブツ言っていたトガリの言葉を聞き取れなかったトールにとってこの状態は何が原因かさっぱりだった。
「そっか♠ じゃ、もう行こうよ? これで最後みたいだし♦」
「あ、うん……」
トールの反応をトガリに興味が無いが故のものと思い、ヒソカもそれに同意したように男への薄かった興味が遂に0となり、部屋を後にする。
こうしてトールとヒソカの第三次試験はジャスト七時間で終了した。
―― 俺だけはまだ三次試験終わって無いんですけどこれぇ!!
「フフ♦ まさか二回もトールと暇な時間が出来ちゃうなんてねぇ♣」
この広いフロアの隅で、トールとヒソカは二人っきりだった。
ヒソカが再び話しかけるまでにまだ一時間しか経過していない、つまりまだ残り時間六十四時間である。
他の受験生がいつ来るか分からないため、トールの頭には自分たち以外ゴン達でさえ来ないかもしれないという最悪の未来さえ浮かぶ。
どうしようか…… 一応向こうの方にトイレや簡易だが食堂、仮眠施設もある。
問題は目の前のが何処行ってもついてくる点だ、流石に連れションされたときは命の危機とは別の危機を感じた。
この勘はアルゴ他オナカマの皆さんから(自分からして)厳しく鍛えられているので、それ故に外れてくれと願う。
せめて他人、もう知り合いじゃなくていいから第三者がいて欲しい。
体験から神を割と信じているトールの願いをまるで聞いて叶えた様に、扉が音を立てて開いた。
おっしゃあ! と心でガッツポーズをするトールは気持ちキラキラした目で扉から見える影を見る。
「カタカタカタ…… あれ、二人だけ?」
―― 俺に何の恨みがあるんだ神よッ!!?
動かない身体に反比例して気持ちはマントルに迫る勢いで沈んだ。
―――――――――
「そっか、幻獣ハンター志望なんだ」
「ああ、まだ誰も知らない生物を見つけたいんだ」
「なんつーか任務とはいえ資格だけ欲しいとか言ってるオレからすればすっげぇ輝いてるぜポックル!」
あれから三時間ほどして、精神的に潰されそうなメンツとのトランプゲームが怒涛の百ゲーム目に差し掛かろうかとしたとき、トールにとっての救世主が塔を降りてきた。
救世主の名は半蔵とポックル、彼らの話ではもう一人一緒に同行していたが道中深い怪我を負ってしまい、本人の頼みもあって残念ながら置いてきたのだそうだ。
そして今、お喋り好きの半蔵という共通の知りあいがいたことから三人はこうして仲良く語らうまでになった。
「まだ新種とか発見した事無いけどハンターになったらためしに秘境とか行ってみたいな」
「秘境かぁ…… ロマンだよな!」
「新種渦巻く雰囲気抜群だもんね」
実は目の前で話しているコイツこそが新種である。
そしていまハンター試験と言っているのに純粋にハンターらしい活動を視野に入れている人物がポックルのみという訳の分からない状態でもある。
「ここまできといてアレだけど自分の力不足を感じるよ、タワーで真っ向勝負する羽目になったときにハンゾーがいなかったら負けてただろうし…… 猛獣やらに真っ向勝負して圧勝とは言わないまでも往なせる様にはなりたいもんだな」
自虐的にフッと笑う。
「いやいや、オレは職業柄そういった技が必要な訳であって御前には御前の仕事に合った技能が必要だろ?」
褒められて頭を掻く半蔵だが、何が必要かということは冷静に言う。
「それでもある程度はさ、だって嫌だろ? 新種を発見した人じゃなくて新種の生物に喰われて有名になったとか……」
「そんときは仇をとってやるさ!」
喰われんのは前提かよと三人の間に大きな笑いが起こった。
「ボクらといるときより随分楽しそうじゃないか♣ 妬けちゃうね?」
遠目にそれを眺めていたヒソカは近くでカタカタしているイルミに話しかける。
「カタカタカタ…… 別に? トールがどうしようがオレは気にしないよ」
「その割には見てたけど♠」
人を見ることに長けたヒソカにとって視線というものは口ほどにものを言うも同然である。
以前奇術師という職業からそれが磨かれたのかとその事を言ったイルミに対しヒソカのボク人見知りだから視線が気になるんだ♥ というまさかの返答に怪訝な顔をしたのは記憶に新しい。
「オレは気にしないよ…… オレはね」
「じゃあ一体誰が気にしてるんだい?」
ニュアンスからそう聞いたヒソカにイルミの返答はカタカタ鳴るだけという、ギタラクル的無言だった。
それでも興味深そうに見てくるので根負けしたように溜息を吐く。
「…… 本来の仕事からかなり逸脱してるってだけは言っとく」
それだけ言うともう何も話さないと視線も合わせず等間隔でカタカタ言うだけの不気味な人物に成り切ってヒソカから離れて行ってしまった。
「話相手いなくなっちゃった♣」
そう言ってトランプタワーを作り始める彼の背は割と寂しそうだった。
日常的にナイフや針を二年間ほど投げられ続けていた彼に死角は…… 無い訳無いじゃないですか。