「おお! みんなー!!」
制限時間残り一秒以下、ポックルとハンゾー両名とも慰めの意でトールの肩に手を置いてから実に三分。
ゴン達は何故かトロッコに乗って時間ギリギリにやって来た。
道中の経緯が非常に気になるが、まずは合格をおめでとうと第三次試験合格者二十数名へその旨を知らせるスピーカーからの声をBGMに駆け寄る。
「トール! …… って、ああ!!」
「どしたのキルア?」
レオリオとトンパがぐったりしている事が分かるくらいの距離まで来て、最初嬉しそうにトールの方へ手を振るが次には悔しそうにトロッコから飛び降りた。
「勝負だよ! トールより先に着いたら色々説明するって内容で! つーか言いだしっぺはゴンだろ?」
「あっ、すっかり忘れてたよ」
「どのみちこの時間では勝負に負けていただろうがな」
頬をペシペシ叩いてレオリオとトンパの意識を戻しながら言うクラピカの言葉通り、残り時間がほぼ終了時刻のキルアとゴンがいくら勝負を覚えていても勝つことは無理だろう。
すっかり忘れていたのはトールも同じで、思いだして初めてヒソカと一緒でよかったと安堵した。
「ん…… ぅ、ぉお…… ようトール! どうだ、無事か?」
「いやそりゃこっちのセリフだよ」
戻りたての意識で朦朧としているレオリオこそ無事かどうか聞かれる側だ。
「それよりもよぉ、トールがあのとき待っててくれりゃ五人で通る道にこんな奴こなかったんだぜ? オラ! とっとと降りろや!!」
ゴミの様にトンパをトロッコから外に放り投げる。
「ってて…… ちゃんと降ろしてくれよ! のわぁッ トール!?」
顔を上げ、トールと目があった瞬間トンパは驚きと恐怖の混じった顔で塔の端の方に逃げた。
「え? 俺ってそんな不意に見てビビるほど威圧感あるの?」
「あるわけねーだろ」
不思議がるトールにキルアがズバッと斬り込みを入れる。
「何だ無関係か」
「いや一応関係あるよ?」
トロッコはどうやらお手製らしく、下のタイヤはキルアのスケボーでハンドルがゴンの竿の様で、それをはずしながらゴンがトールの質問に答えた。
「どんな関係?」
「うん、トールってさ……」
そのときフロア全体に巨大なものが動く地響きと、久しぶりに感じる太陽からの本物の光が差し込む。
時間になり塔の出口が開いたのだ。
ゴン達は一旦話すのをやめ、アナウンスの通りに外へ出る。
外の空気は海の近くという事もあって少し塩辛いが、それでも心地良いものだ。
多くの受験生がそう思うなか、そこには一人のパイナップルヘアーの男がいた。
彼こそが試験官リッポーである。
「諸君、三次試験合格おめでとう。これで残りは四次と最終試験を残すだけとなった」
あと二つ、初回でここまで来るとは思わなんだとトールはアルゴから荷物が届いた日を思い出す。
「四次試験は私の後ろに見えるゼビル島が舞台だ、トリックタワーと違って自然豊かなフィールドだ」
確かにこの距離でも島が青々としているのが分かる。
「早速あの島に向かってもらう訳だが…… その前にしてもらうことが一つ」
パチンと指を鳴らすと、何処からともなくキャスター付きの変なものと一緒に男が現れる。
「クジ引きだ…… 狩る者そして狩られる者を決める、ね」
四次試験、それは一つの島を舞台にした期限一週間で行われるプレートの奪い合いサバイバルゲーム……
己、そしてクジ引きで決まったターゲットが三点、その他が一点。
合格点は六点…… それを聞いた瞬間、ほぼ全ての者が胸元のプレートを外して思い思いの場所に隠す。
トールも他の者に倣いプレートを服の中にしまった。
―― 余裕あったら縫い込んどこ
生み呼ばれる前から切符等を靴下に挟んでおくタイプであったりする。
「ではタワーを脱出した順番でクジを引き、引いたらそこに見える船に乗ってくれ」
そんな算段をするトールの肩にぽんと手が置かれる。
振り向くとヒソカがいた、恐かった。
慣れた自分が……
「なに?」
「トールの方が先に扉を通ったから一番はキミだろ?」
言われるとそうだった気がする。
別にヒソカでもいいだろうと譲ろうとすれば
「一番って注目されて苦手なんだ♣ ボク人見知りだし♥」
衝撃の発言に思わず目を剥き、嘘こけオマエ目立つパフォーマンスばっかしてんじゃねぇかと言えなかった。
ここで譲り合っても時間の無駄(どうせ自分が負ける)と判断してクジまで歩く。
「なッ!? トールが一着だったのかよ!?」
まさかの人物にレオリオが驚く。
「なんだアイツ言ってなかったのか? …… ああ、言う時間も無ぇか」
「えっと、ハンゾーさんだっけ? トールがどれくらいでクリアしたか分かる?」
隣に丁度いたハンゾーが反応する。
知っている感じだったため、気になったゴンがそのタイムを聞く。
「ああ、オレ達が下に到着したときが開始十時間後で透が言うにはその三時間前には着いたそうだから七時間位じゃないか?」
「化物かよ!?」
五十時間はペナルティとはいえそれが無かったとしても自分たちより相当早いタイムにレオリオは理不尽な存在だと叫ぶ。
「まぁ、化物はアイツと一緒に降りることになった奴だけどな」
トールがクジを引き終わり、次に来た人物を顎で指す。
それは紛れもなくヒソカだった。
「げっ! トール、ババ引いちまったんだな」
意図していない方だろうがレオリオのある種言った通りの
「…… ねぇ、もしかして全部塔の攻略ヒソカがやってたなんてトール言ってた?」
やけに静かに問うキルアに半蔵は彼を瞬時に闇世界の住人と見抜く。
「いや、何でも二人の通った道は課題の道とか言っていくつか課題をクリアすると降りれるらしかったんだが、ヒソカ側の提案で交互に課題をすることになったと自分で言っていたぞ」
それでも半蔵はあくまで普通に答える。
「…… そっか、ありがと」
番となりクジを引きに行く半蔵にお礼を言うと、キルアは固く拳を握る。
―― トール、本当に
キルアの中でハッキリと普通で無いと結論付けられたがあくまでトール自身の口から言わせる事を誓った。
おちょくられたと感じたからだ。
暗殺者として生きることに嫌気が差していることは事実だが、そのために培ってきた技術に自信を持っていることもまた事実。
「なぁ、ゴン」
自分の番を待つゴンにキルアは話しかける。
「トールにさ、質問すんのやめてくんね? オレが直接聞くから二度手間だぜ…… つってもどうせはぐらかすから結局無駄だし」
それでもこうして念を押すって事は絶対自分で聞きだしたいからだろうと、ゴンはすぐに気付いて頷いた。
―――――――――
「さっきの話の続き言ってくれよ? ゴン」
島に向かう船の中でトールはキルアと喋っていたゴンを見つけると気になっていた話の続きを言うように促す。
「ゴメン! オレ忘れちゃった」
流石に無理があるだろうと思う言い訳だが、トールはそっかとだけ言って向こうに行った。
「今思えばこういう言わないんなら聞かないって態度、怪しいよなぁ」
不機嫌そうにキルアは海を眺めるトールを見る。
当の本人は本当に忘れたと信じている。形ある嘘は直ぐに見破るくせに言葉や態度による嘘は全然見抜けないのは全く持って性質が悪い。
実はこの船に乗った幾人かはトールによって島での行動方針がいくらか固まってしまった者達がいる。
そうと知らずにトールが今している事は、バスガイド風に案内したものの受験生のピリピリした空気に耐えかねて逃げるように退散したインカムの女性と話をしている。
話の内容は島で食べられる物は何かということであった。
身内が手で顔を覆う寸前になりそうなほどのマイペースである。
それでも気さくに話しかけてきた子供という認識で話している女性にとって癒しであった為、知っている限りの食材を教えてもらっている。
情報というこの状況でとても貴重なものをちゃっかりもらっているところも尚腹立たしい。
それぞれの感情を乗せた船は気持ちの整理をさせるには多少短い時間でゼビル島に着いてしまった。
受験生達は皆甲板に集められた。
「それでは下船方法と今一度ルールの確認です! まず下船方法は先ほどのクジを引いた順番で一人ずつ二分置きにスタートしてもらいます、期間は一週間、六点分集め終えたら期間終了時にこの場所へ戻って来て下さい! 一応言っておきますが六点集めてなくてここにきても失格ですし、六点分集めていてもここにいなかった場合は失格となります」
なるほど、二分間インターバルがあるとはいえ二分はあの変態と島で二人っきりの時間があるということか。
―― こいつはもう俺のとっておきを使うっきゃない
トールは足首が見える位に袴を上げる。
「それでは一番の方スタート!!」
トールは振り返ることなく森の中へ消えて行った。
―――――――――
皆の視界から完全に消えたと断定できる距離まで普通に走ったトールは、そこから【念】を使い常人の速度を超えた。
ネテロ会長が自分を【念】使いと知っている事とトリックタワーで【念】を実際使ったことから、アルゴの教えそのさんである『【念】を使っていいと断定できるなら使っちゃいましょう』を守るときが来たと判断したからだ。
ちなみにそのごまで存在し、それぞれ『万一面接があれば正直に』と『筆記試験だったら駄目で元々と考える』である。
今はそんなことどうでもいいとトールはひたすらに走る。
それもまるで島を塗り潰すかのように蛇行しながら走っている。
目的が頭の中にちゃんと存在しているトールはともかく、彼の監視役は終わりが分からない為に面倒くささと合わせてトールの倍ほど疲労を感じている為、クジ運がないなと憂いた。
一方のトールは監視役の気配を感じ、一体全体何者だと警戒しながら走っていた。
姿などを確認したいがあからさまにヤバイのがいる為放置して自分の作戦を遂行する事にしたが気になるものは気になる。
ならば振り切るまでと足に力を込める、本当なら木々を飛んだ方が圧倒的に早いが目的達成の為に地面を走らなければならないため、選択肢から除外する。
―― まず、走り切らないと……
ゼビル島はやや瓢箪形で、スタート地点はくびれに位置する部分である。
そして今トールはスタート地点から見て右部分を埋めるように走っている。
図らずも手にした時間という貴重品を、人が来る前に…… 貴重品である内に使いきる為少々痛くなってきた脇腹に手を当てつつ、それでも走った。
「ゼェ…… ゼェ……」
全員が下船する頃、トールは手頃な木の上で息を整えていた。
体力気力ともに大幅に削れてしまっている。
気力に関しては走って消費したのではなく、彼の察しの悪さのせいである。
―― まさか監視役がいるとは……
一先ず目標を達成した彼は、走っている間中ずっと考えてきたことを行った。
即ち自分をずっと追いかけている者の確認である。
こういう時に限ってトールの選択肢は確認というのに先手必勝というべき手段で一気に距離を詰めた。
流石に監視役も慌てて原則不干渉の例外と判断し、自分は監視役だと言ってライセンスを見せた。
このお騒がせ野郎と、どっと沸いた疲れに気だるくなりながらも強く思ったが実際どっちもどっちである。
―― とりあえず、近くの水場に行こう…… 腹も空いたし
トールは走っているときに見つけた水場へ向けてほどほどの速度で木々の間を移動した。
―――――――――
―― イケる
水場で軽く体を拭くと、近くにいた蛙を捕まえ頭から生で食べ始めた。
火を使いたいがそれでは場所を知らせる様な物だと思い、生で食うことにしたのだ。
まるで遠い日の事の様だが火を使わずにサバイバルお気楽生活をしていた経験と獣を生で喰い続けた実績のあるトールにとってこの行為は何ら抵抗も体に有害である事もない。
抵抗があるのも見るのが有害なのも監視役の者だけである。
生だし、しかも生け捕りでそのまま頭から食べたために激しく痙攣する胴体をもろともせず喰い続ける様は餓鬼か物狂いである。
しかもこれで二匹目だ。
その食事の傍らトールはナイフと己が糸、そして森から取って来た丁度良い棒で何かを作っていた。
良質な肉体のポテンシャルをクソみたいに調理した感じとまで言われた彼の武術であるが、技術面では文字通り人外の存在が器用に作り上げたのは三節棍。
思えば二次試験の豚を調理している時ぐらいしか作れる環境で無かったが、まさかの乱入者達によって今の今まで制作出来る機会が無かった。
島を無駄に駆け回り、監視役を襲いに掛かった次に蛙の踊り食いしつつ武器を作るという驚きのラインナップに監視役はヒソカ以上の狂人という評価を下している。
しかし、一連の行動は監視役にビビってまさかの特攻をした以外はほぼ計画通り、戻った体力が計画実行の条件。
そして、最後に残った蛙の両足が喉を通るのが開始の合図。
―― さーって、いっちょサーチアンドデストロ…… はしないけどやりますか
トールは、まるで地面にいる必要はもう無いと言わんばかりにもう一度木に登る。
―― なにせ俺の【円】の範囲は……
―― この島の半分になったからな