クモ行き怪しく!?   作:風のヒト

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島は絶好のクモ日和4

―― 広がれ! 俺の【円】(コスモ)よ!!

 

 心の内の叫びの割には数メートルしか【円】は広がってはいなかった。

 第三者が心の声込みでその光景を見ていたら「しょぼい」と口を揃えて言っただろう。

 そんな【円】でも満足して一人頷くと、木々の間を走る。

 ちゃんと半蔵に言われた通り、雨水が落ちないように枝の付け根部分を踏んで飛んでいる。

 そして顔に被った頭巾は無駄に様になっていた。

 惜しむらくは本物の忍である半蔵は頭巾の類をしていないところだろう。

 

―― え~も~の~は~ど~こ~だ~?

 

 そして頭の中はアッパラパーもいいところである。

 開幕から何故トールはこんな状態なのか? それもこれもトールがちぐはぐなせいだ。

 ちぐはぐ…… 主に身体の方だが、彼の半分は疑いようもなく蜘蛛である。

 

 そう、体の半分蜘蛛なのだ。

 

 そしてその身体に与えられたのは半蔵の兵糧丸。

 兵糧丸には半蔵曰く『眼が冴える成分』が入っているそうだ。

 事実その通りで、ミント系の物がまず入っていた。

 残念な事にミント系は蜘蛛を始め多くの虫が苦手としており、彼が喰ったとき気持ち悪くなった理由の約四割がそれである。(恐ろしい事に残りの原因はその不味さである)

 それだけならばまだトールの持つ喰った物は吐き出してなるものかという食欲の方が勝り、惨事には至らない。 ただ気分が悪くなるだけである。

 致命的なのはもう一種類の『眼が冴える成分』の存在。

 

 即ち大量のカフェインである。

 

 それは彼の経口摂取による毒物無効を軽々突き破り、脳に多大な影響を与えた。

 理性や判断力その他色々な機能を抑え、本能部分を表層化させ興奮状態となるそれを人はこう呼ぶ――――

 

―――― 酔っ払いと……

 

―― 狩りだ! 狩りだよ! 次に行く為には何人狩るっけ? 一人でいいんだよね?

 

 こうなるとルート云々はもはや関係無いだろう。

 まぁ、そもそも道を間違えている段階で酔っ払ってようがそうでなかったとしても関係ないだろうが。

 

 そして、駆け巡る事数分……

 

 

「さぁ…… 存分に楽しもうよ? トール♥」

 

 

 トールは死に直面していた。

 

―※―※―※―※―※

 

――― 数分前

 

―― 獲物はどこなんだ? いないじゃないか!? 【円】はちゃんと展開してんの?!

―― してるって! 徐々にもうそれはじわじわと規模を縮めてるけど【円】はしてるっつーの!

 

 森を駆け抜けるトールは静かであるが、脳内はそうでなかった。

 

―― それで掠りもしないとかついてないにも程があるよ全く

―― いやついてるほうだと思うよ? 何となくだけどさ……

 

 一本、また一本と木を駆けるトールは一切口を動かしてはいない。

 

―― あーとーさー……

 

 と、ここで不意にトールは移動をやめて虚空を見るような姿勢で枝に止まった。

 

―― 普通に考えて()が出てくる展開はピンチのときでしょ!! 怪しい兵糧丸で出てくるとか残念にも程があるよ()!!

―― ()のが聞きたいし!? あとなんでそんなアッパーテンションなんだよ()()()()()!!

 

 虚空に向かってビシッと指差し、殊更口を噤んで喋らない現実に反して彼の脳内は二つ(・・)の意識が叫び合っていた。

 

―― うっさいおバカ! 最近ようやく夢から覚めたみたいにちょっとずつ干渉出来る様になったのに、サプライズが全部パーだよ、もう!!

―― 【円】の展開辺りはノッたけどオマエ何でこんな酔っ払いみたいな性質の悪さで絡んでくんだよ!? お前が醒めんのは酔いだよ馬鹿!!

 

 実際に酔っているので本当に性質の悪い酔っ払いなのだがまさか兵糧丸に大量のカフェインが含まれていてそれで酔った等という奇跡的悲劇が分かる訳もなく、奇しくも野生を止める理性の図となった。

 

―― そういえば、その反応薄々僕がいる事気付いてた?

 

 アラーニェの意識はサプライズが出来無かったことはさておき、どこか嬉しそうに聞く。

 どうやら互いの考えている事は分からないらしい。

 

―― そりゃあ俺の身体だし、なーんとなく……

 

 互いにぼんやりした概念の様に把握している為、漠然としか分からないが嫌な感情が無い事はアラーニェに伝わった。

 だからこそタガが外れているアラーニェは思わず走り出す。

 それがトールの肉体であってもだ。

 

―― おいこら勝手に動くんじゃねぇ!? 俺の自由はオーラの操作だけなんだぞオイ!!

―― 心配しなくても大丈夫だって任せて! 森で狩りとか僕の独擅場よこれ?

 

 酔っ払いに制止は馬の耳に念仏と同義である、速度を上げる制御を失った己の身体の中で必死に【円】を維持しながら透は溜息を吐いた。

 

―― もう少し警戒してくれないか!? この状況で不意打ちとか恐いぞ!

 

 しかし恐い物は怖い、なのでこれだけは言っておく。

 自分の意思で動いていないということも加点される。

 

―― んー、不意打ちに関しちゃ【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)とか便利な能力あるでしょ? 自分を操る能力とかよく思いついたよね

―― 自画自賛かい…… じゃじゃ馬押し付けといてよく言うよ……

 

 呆れたように言った瞬間、体はぴたりと止まった。

 

―― 待った

―― どしたん?

 

 身体は止まるどころかそこで腕を組み胡坐までかいている。

 それと同時にアラーニェの心が嵐の前の様に静かになっている、とそう感じ取れるほどに変化した。

 

―― まず確認だけどさ、【蜘蛛の仕立て屋】(アラクネー)って透が考えた能力だよね?

―― うん、【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)を参考にしてピンときて形にしたぜ?

 

 どうにかこうにかあのときの重傷を乗り越え、空腹も満たして【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)の能力を漠然と感じ取り、その条件で己が正確無比に動くという部分を基本骨子として趣味に応用した能力が【蜘蛛の仕立て屋】(アラクネー)である。

 

―― じゃあ、その参考にした【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)は誰の能力かな?

―― 二年前じゃあゾッとしたが、今のこの状況から察するにお前じゃないのか?

 

 問うた透が感じたのは物凄い勢いで首というか身体全体を横にシェイクする大蜘蛛の姿だ。

 

―― いやいやいや、僕の能力は産んだ子供を通じて世界を観る【ともだちの輪】(ワールド・ワイド・ウェブ)と、僕の命と相手の半身を了承なしで犠牲に友達を助ける【蜘蛛の糸】(カンダタ・ロープ)の二つしか持ってないよ!? しかも【蜘蛛の糸】(カンダタ・ロープ)に関しては僕自身の命の犠牲ありきなのに何で僕の意識残ってるのとか色々訳分かんない状態だよ!!

 

 つまりは【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)という能力は持っていないということである。

 

―― いやおいちょっと…… えっ? じゃあ【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)って何?

―― 僕はてっきり君が編み出した技だと……

 

 両者に無言の時が流れる。

 

 そして、まるで今までの会話は無かったと言わんばかりにトールの身体は再び動き出した。

 

―― あっ! この感じ、あの茂みの向こう人が二人いるぞ! いやー大量だわこれ狩ろう? それ以外の思考は省こう?

―― マジで!? いやーもう狩るしかないわー、僕この環境下で目的が狩りだから直前までなに考えてたか忘れたねこれ、もうホント野生剥き出しでゴメンナサイって感じっすわー

 

 両名とも得体の知れぬ何かを感じ、全力で忘れて尚且つ無かったことにすることでシンクロした。

 精神の安定は直前までの慎重な行動より繊細なものらしい。

 

 二人の一致した行動は一心不乱の狩り(ハント)である。

 

 パニック寸前でそれを回避する行動であるとはいえ、トールの動き…… 正確にはアラーニェが操作するトールの動きは迷い混乱その他の余計な動きは一切見られない。

 それに合わせるようにオーラも徐々にそして静かに消えてゆく、急にでなく徐々に確実に【絶】へと移行する。

 

 両名共に自身の領分に入れば『すぐさま思考を切り替える』ことが出来る辺り、一つの肉体に二つの精神が入っていても気が合う理由の一つだろう。

 

―― あそこの枝先に移動したら三節棍で気絶させるよ?

―― 了解、瞬間のオーラ操作はまかしとけ

 

 その地点となる枝にトールは飛ぶ、そして足からでも掌でもなく手の指をネコ科を思わせる形にし、その指からゆっくりと着地する事により無音での飛び移りを行う。

 とても先程まで頭の中で頭の悪い会話を行っていたと思えない業をやってのけるとするすると枝の先へ移動する。

 あとはターゲットがこの枝の下を通るルートで茂みを掻き分け来た時が勝負である。

 三節棍を両手で握り、枝を股に挟み込むと枝先の葉に隠れるようにゆっくりと挟んだ枝を支点に下へ体を移動させる。

 そして身体が完全に逆さになったとき茂みから二つの影が現れ、その顔が月明かりに照らされる。

 

―― ってありゃ、クラピカとレオリオじゃん!

―― なら狩り中止!! 目の前降りてヤッホーとか言ってみよう、掴みは大事だよ!

 

 本当にこの二人は思考の切り替えが早い…… 良くも、悪くも。

 

 そうと決まれば下に飛び込むタイミングは今となる。

 トールを操るアラーニェは一切迷いなく枝をしっかり挟んでいた足を開く、そうすれば当然重力に従い身体は落ちる。

 しかしただ落ちるだけでない、自由になった足は更に動きその足の裏が枝の裏に触れる。

 

 そしてそれを蹴って起こるは落下の加速、どうせ降りるなら派手にいこうという無駄なサプライズ精神とそれを可能にする無駄に良い運動神経が組み合わさった壮絶に無駄な演出が始まろうとしていた。

 

 そう、無駄な演出で始まる筈だったのだ。

 

―― なんぞ!?

 

 焦ったのはアラーニェ。

 身体が酔いによって理性から解放されたせいかはたまた不可思議な現象か、肉体のコントロールを完全に持っていた彼女の意思に反して、持っている三節棍をまるで真下に突き刺すように体が勝手に動いたのだ。

 傍から見ても分からないが頭巾によって隠された表情も、内面のあっぱらぱー加減と合わない無を思わせるソレとなる。

 

―― 【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)が発動した!?

 

 その現象の正体をよく知る本来の身体の持ち主たる透は、今起こったことに気付くと焦りながらもオーラを操作し【堅】をする。

 状況は()()()()()()()()()()、発動したなら()()()

 諦めるとは生きることをではない、危険な状況になってしまったのだという事に対する逃げの姿勢に掛かる言葉だ。

 

―― 仕方ない、備えるぞ!!

 

 つまりはそういうことである。

 

 そして、【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)の行動は『攻撃』…… 避ける事なぞ毛頭なければ防ぐという訳でもない、攻撃に対してこちらも攻撃するのみである。

 

 結果として無駄な演出となる筈だった行動は、クラピカ・レオリオ両名の襲撃を防ぐという意味ある行動と成り上がってしまったのだ。

 

「ッ!?」

「うぉあ! 襲撃か!?」

 少し遅れて二人は各々得物を出し構えた。

 だが、現状優先すべきは三節棍が何を貫いたかであるためトールの肉体の視線は自分より先に地面に触れた三節棍の先……

 

 そこにあった『攻撃』の対象はこのハンター試験で身近になった、なってしまったトランプが一枚。

 

「アハハ♣」

 

 その柄が不気味に笑うジョーカーと気付いたとき、まるでその絵柄が本当に笑ったかのような声が聞こえる。

 但し、それは自分の後ろ…… 頭巾で顔を隠した珍客より二人の視線を後方にずらすほどの人物から発せられていた。

「挨拶代わり…… そのつもりで投げたんだけど♠」

 ゆっくりと警戒しつつ後ろを向けば、雲の隙間から差し込む月光をまるでスポットライトの様に浴びる道化師が……

「予想外の返事がきちゃったね♥」

 

…… ヒソカがそこにいた。

 

 会えて嬉しいと言いたいかの様に手を振るヒソカに最大限の警戒をとアラーニェは構え、透はオーラこそしっかり放っているが全てを投げだしてどこか遠くへ行きたいと強く思っていた。

 

 しかしそう長く現実逃避も出来ない状況となる。

 手を振るヒソカのその手には何時の間にか三枚のトランプが指の間に出現し、それに気付く瞬間と横に振られた手が勢いよく縦に振られる瞬間はギリギリ一致する。

 

 額、首、そして心臓に向けて時間差で放たれたハートのトランプはこの状況を作り上げる元凶の一端を担った能力によって地面に叩き落とされ、弾かれ闇夜に消え、最後の一枚は後ろの木に突き刺さった。

 

―― 【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)は『回避』に設定すんぞ! 心臓に悪い!!

 

「ほら♦ 来なよ?」

 そうヒソカが言いながらトランプを放った指をまるで招くように折る。

 指を反射的に見れば淡く光っているのに気付く、しかし、それがオーラであると気付くより早く…… その思考より確実に早く景色が右回転する。

 

―― トランプ!? 後ろから!?

 

 アラーニェが回転する世界から捉えたのは先程弾いたハートのトランプ、どういう原理だか知らないが一度弾いたトランプが後ろから弾いた時よりさらに速いスピードで戻って来たと…… それによって身体がそれを回避する為捻りながら逸れたと気付く。

 回転は後ろ、つまりはクラピカとレオリオ側を前に止まる。

 敵に背を向けるのは愚の骨頂というべきだが、致し方ない。 なにせ【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)()の攻撃にしか最善の行動をとることが出来ない、間をおかない連続攻撃ならまだしも一旦攻撃が終了してしまうとそのときのベストの動きという効果が制約の様にのしかかり、後先考えない状態で止まってしまうのだ。

 不味いと振り返ろうとするアラーニェは変化に気付く、僅かな風圧で頭巾が片側のみ大きくはだけた。

 

―― 掠ったな…… 紙一重すぎるね……

 

 手で頭巾の切れた端を抑える、動かねばならぬ状況だがこの事実が容易に動こうとする自分に警鐘を鳴らす。

 

「ト…… トール?」

 

 何故か困惑気味のクラピカの声が聞こえたが、変装(世間一般的には頭巾を被っているだけの認識)が完璧でクラピカから見える側の頭巾がはだけた今になって自分がトール=フレンズだと気付いた物だと処理する。

 意を決して頭巾を剥ぎながら振り返るとそこにはいい笑顔で頭巾を裂いたトランプを弄ぶヒソカがいた。

 この場面でそんな行動は普通憤りを感じさせるものだが、彼らに関しては何もせずにいたことをラッキーとした。

 

―― んでさ、アラーニェ……

―― なに?

 

 三節棍を握り直しつつ心の内でトールはアラーニェに話しかける。

 

―― さっき僕が出るのはピンチのときって言ったじゃん? 喜べよ、今ピンチだぜ……

 

 ニュアンスは完全に下手こいた後に「笑えよ」と言っているものだ。

 

―― ああうん、そうだね…… 僕からも一言いいかな?

―― おう、喝入れてくれ

 

 許可を得ると、アラーニェは申し訳なさそうに、本当に申し訳なさそうに口を開く。

 

―― ゴメン、意識遠のいてきた

―― ざっけんなオイ!!?

 

 もう一度か細い声で「いやもうホントゴメン…… 頑張って」と聞こえた所で声は完全に途絶えてしまい、代わる様に身体の重さがかえってくる。

 

「さぁ…… 存分に楽しもうよ? トール♥」

 

―― 何が頑張れだバカ! しかもなんだこの身体スッゲーフラフラする!?

 

 こうしてトールは死に直面することとなったのである。

 

―※―※―※―※―※

 

 トールは何とか意識を繋ぎとめ現状何をせねばならぬかを考える。

 

―― あー、最初のトランプとセリフからして元々の狙いはクラピカとレオリオ…… まず俺が逃げたら二人ともアウトだろうな

 

 確かに最初の狙いは二人だが、元々は名刺代わりの一撃といった程度でありプレートを一つくれる位で見逃す予定であった。

 そして今トールが逃げた場合、ヒソカの取る行動は二人をスルーしてトールを追いかけることである。

 

―― 撃退、殺害…… 出来るわきゃないけども…… 話聞かなそうだし、プレートあげるから見逃してと持ちかけるより隙を見て二人逃がして自分もトンズラするのが成功率はびみょーに上かな?

 

 if…… そうなってしまうが彼がいなかった場合、ヒソカは戦う事を何とか抑えて交渉しただろう。

 この場面だけ見ればピンチの場面に颯爽登場した主人公のように見えるだろうが、広い目、全てを観る神の視点から見れば丸く収まる状況に一石投じた男であった。

 だが、それはもう誰にも分からない。

 今この場において分かる事は奇術師と仕立屋の異色マッチが始まろう事だけであった。

 

 三節棍を槍のように構え直し、姿勢を低く構える。

 

―― さっきのトランプ…… ()()()()()がギリギリ見切ったあれからみてオーラで指と繋がってた、多分トランプを操ったんじゃなくて引き戻したんだろう

 

 トールはアラーニェが残してくれた情報から操作系で無く紐状にしたオーラで引っ張った性質変化の変化系依存の能力と推測する。

 となれば初手はつまり――――

 

―― 【凝】で備えるっきゃないでしょ!

 

 目にオーラを集中させたのとヒソカが僅かに動いたのは同時、トールは動くヒソカに気を取られつつも自身の三節棍の異変に気付く。

 

―― オーラが三節棍の先端に!?

 

「ミスディレクションは奇術師の基本技だよ?」

 ヒソカは自身の【薄っぺらな嘘】(ドッキリテクスチャー)を見破られた事を意識していた。

 故に彼はもう一つの能力である【伸縮自在の愛】(バンジーガム)を隠すためにそれを利用した。

 

 最初のトランプには強く【隠】をする事に注ぎ込んだ【伸縮自在の愛】(バンジーガム)を、そして最後のトランプに敢えて半端に【隠】を施したのだ。

 見えた故の隙、そこに手品を仕込んだヒソカの読み通りに三節棍はそのままヒソカの上空を綺麗に飛んでいき、闇夜に消えた。

 三節棍の行方目で追ったトールにヒソカは一気に距離を縮める、その右手にはナイフより鋭利なトランプがある。

 それが半円を描くようにトールの胸元を斬り裂かんと動いた瞬間、トールは未だ顔と視線を三節棍が消えた闇に向けたまま脚力のみで後ろに大きく跳んだ。

 トランプは僅かに届かなかったがそれがどうしたと空ぶった右手を返す要領で今度はトランプを投げつける。

 方向転換が出来ない地に足が着いていない状態で、放たれたトランプは真っ直ぐトールへ向かう、ああ終わったなと思う脳内とは裏腹に身体が出した答えは両手をピンと伸ばすことだった。

 伸ばした途端両腕に全体重が一気に掛かった、自由がきく眼球が捉えたのは木の表面を掌で押し付け捻り上げる映像、そして地面に対し平行になりトランプを避けた自身の肉体があった。

 どうやら偶々いい間隔であった木々の間に跳躍した身体が入った瞬間、両手をつっかえ棒にして身体を止め、掌を反時計回りに捻って今度は上半身の力で身体を地面に対し水平にしてトランプを回避したようである。

 

―― どんな回避だ心臓に悪い!

 

 地面に足を着けながら頭の中で愚痴る、その愚痴っている間にまたトランプが後ろから来て回避する。

「ボクが奇術師ならキミは曲芸師だね♠」

 

―― 何相性ピッタリだね、みたいなニュアンスで言ってんだ畜生!!

 

 この場において自分の精神的支えは自身の能力でさえもそれに当て嵌まらないと確信した。

 ここまで動き、とりあえず回避は出来たがとりあえず攻撃を当てないことには何も進展しないどころかへばって自分が死ぬと気付いてはいるが、攻めるタイミングが分からない…… というかこんな化物相手に大立ち回りを演じ続けるのがそもそも間違いである。

 しかし、それでもやらねば自分も後ろの二人もトランプの錆になり果ててしまうと再びトランプを手に持つヒソカに対して袖からナイフを出して構える。

 そして両者とも一気に距離を詰める、一人は更に激化する戦いを望みながら、もう一人はもうなんでもいいから誰か助けてくれよと思いながらもそれを内に飲みこみながら。

 

 二人の武器の間合いが重なるそのとき、一方の望みは叶った。

「うあああああぁああッ!!」

 恐怖か、怒りか…… まるでそれら全てをドロドロに煮詰めたような感情がその叫びに込められていた。

 まだ誰も傷ついていないこの戦いでまるで親の敵とでも言わんばかりのそれは余りにも唐突であった。

 故にトールもヒソカでさえも一瞬止まった、止まってしまったのだ。

 その意識と身体に流れた一瞬の空白にまるでねじ込むように両者の間に誰かが割って入って来た。

 入って来た人物はトールを背にし、己の得物でヒソカに一撃を与えるべく叫びながら振り下ろす。

 

 その背は……

 

「クラピカ!?」

 

 このハンター試験で知り合った者の中でトールが最も知性的だと思っていた人物が、何の策もなく飛び掛かって来た事に対する衝撃と、ここでクラピカを庇わねば自分がこうして踏ん張っている意味が失われてしまうと様々な想いが重なり、トールは名を叫んだ。

「今は邪魔だよ、キミ♣」

 手を伸ばし掴もうとしたトールより早くヒソカの蹴りがクラピカの脇腹へ届く。

「ぐッ!?」

 クラピカはそのまま横に吹っ飛び、更には木に激突したがそれでも命はおろか意識も、そして闘志も失わず蹲りながらもその眼をヒソカに向けた。

 

 その眼はその闘志を体現するかのような緋色だった。

 

 眼が赤くなってるぞ!? と一瞬驚くトールだが、あるものに気付くと勝機が見えたと言わんばかりにそこへと突っ込む。

「その子の代わりに戦うとでも言うつもりかいトール?」

「…… と、トール……」

 冗談を言うような口調で問うヒソカと霞みかけるクラピカの目に映るトールは、吹き飛ばされたクラピカが落とした紐で繋がれた二刀の木刀を構えていた。

 

―― それに応える余裕はないよ!!

 

 そう思いながら、トールは右手で木刀を逆手に持ちもう一方の木刀を腋で挟むという奇妙な構えでヒソカに踊りかかる。

 その余りに真っ直ぐな攻めに何を企んでいるのかと薄く笑いながらまたトランプで横一閃、それに対しトールは全身の勢いを利用し突っ込むように跳ぶ。

 そのとき、ヒソカは何を思ったのかその場で右足を軸に回転した。

「がッ!?」

 能力を発動しながらも口から驚きの声が漏れたトールが見たのは真一文字に斬れた自分と自慢の服。

 トランプはヒソカの手から離れつつも横薙ぎをやめなかった、自身の【発】でリーチを伸ばした一閃はトールを斬ったのだ。

 

―― 思ったより浅い…… あの状態で身体を逸らして致命傷を避けたか♠

 

 血飛沫の向こう側に見えるヒソカは一撃が見た目よりダメージを与えていない事実に気付きながらも、血を流し無表情を一瞬崩したトールに興奮を覚えた。

 

 だからこそ更に快感を得る為に地面に無様に落ちるはずのトールを待てず自らも地を蹴り空中へ踊り出る。

 もっと歪み、叫び、抗いどういう手で活路を見出すのか? 彼は本当に強者なのか? 疑問が、願望が一気に溢れ出す。

 

 それがいけなかった。

 あと拳一つ分となった距離でヒソカは違和感に気付く。

 トールの身体が足が下がるだけで上半身が落ちない事態に。

 

 この距離になり、気付く…… 彼の木刀を持たない左手が、木に巻きつけられた糸によって身体を支えていた事実に。

 それを隠すため、糸にある程度のたわみと腹に力を込め水平にしていたことに。

 

「む♦」

 直後、目のあったトールから尋常でない量のオーラが吹き出す。

「うらぁああッ!!」

 雄叫びと共にトールは腋をひらき限界まで外側に力を加えた木刀を開放する。

 駄目押しだと言わんばかりにそのオーラで【周】をした木刀は、左手を軸に空中で回転したトールから鋭い斬撃となって放たれた。

 

「うおお!? んだこりゃあよぉ!?」

 蹴られ、更に木に激突したクラピカを診る為意を決してクラピカの元へ這いながら来たレオリオが見たのは、クラピカがよりかかっていた木が半分ほどのところで真っ二つとなり後ろに吹き飛ぶ絵だった。

 

 そこは丁度トールの【円】展開ギリギリほどの空間にあった木が断たれ、空の星が良く見えていた。

 

「ああ♣ いい…… 凄くいいよトール♦」

 その中心で木刀を構えるトールの前にいたヒソカは脇腹から血を流すも恍惚とした表情で立っていた。

 ヒソカはトールの状態に気付いた瞬間、自分のオーラをトールの糸の様に地面に飛ばし、ゴムの縮む力で下に逃げた。

 それでも少し間に合わず腹を少し切られたが、あの一撃から考えればかなり軽傷である。

 落ちる木々と葉に紛れ一撃与えようとしたが避けられ今に至る。

 

 これならもっと…… もっとヤッても壊れない

 

 静かに、されど穏やかでないオーラがヒソカの内から溢れだす。

 

―― くっそ恐い!!

 

 正直泣きたくなるが腹に力を入れ、木刀を構え数歩右へ行く。

 

―― 後ろの二人のために動いたね♥ 人としては正解だけど僕との対峙じゃ不正解♦

 

 何者にも縛られずし合いたい、その気持ちが勝ったヒソカは後ろの二人には興味のない旨を伝えるべく口を開く。

 しかし、それでもトールは頑としてその場を動かない。

 ならこのまま攻撃し続け後ろの二人に今は興味が無いということを態度で示すだけだと、トランプをまたどこからともなく取り出し構える。

 

 事は出来なかった

 

「……」

 彼の取り出したトランプが何かに射抜かれたのだ。

 そこにはAのカードに趣味の悪い()が一本……

 

 そしてポケットの携帯の震え…… これが意味する事に気付いたヒソカはこの場で携帯を取り出すと躊躇い無く通話ボタンを押した。

 

―――――――――

 

―― ああ、助かったホント助かった……

 

 いきなり電話し出したヒソカが二言三言喋った後、通話を切ると同時に「今回はここまでにしとこうか♠ バイバイ♥」と去って行った。

 トールからして死角になる様に放とうとしたトランプに刺さった物体を見なかった為、トールは何か知らないが助かったと虫の音が聞こえるほどの静寂さに戻ったところでようやく事態を飲みこんで、手頃な木に寄りかかった。

 

―― ありがとう、本当にありがとう!

 

 力の抜けた体とは別にトールにあったのは盛大な感謝の念だった。

 

―― ホント助かった、アーちゃん!!

 

 だが、その対象は割って入って来たクラピカでもヒソカの電話相手でもなく…… 夜空で星に照らされウィンクする幻影として見えた友達兼師に対してであった。

 彼の手には先の戦いで自分ごと斬られ真っ二つとなったお守りが握られている。

 

―――― 能力名【備えあればお構いなし】(オーラ・カプセル)

 

 物体に【念】を予め込め、その物体が破壊されたとき物体の占有者に込めた分の【念】が与えられ、同時にある程度の肉体的疲労と損傷を回復させる補助系能力……

 これこそトールがこの場にいないアルゴに感謝している理由である。

 つまり、真相はお守りに込めたアルゴの【念】がヒソカに切り裂かれた事によって発動した事によって瞬時に回復と通常のトールでは考えられない【念】を木刀に込められたのである。

 

「な、なぁ…… この木刀ってよぉ、実はカモフラージュで滅茶苦茶凄い名刀とかじゃねーだろうな?」

 トールがアルゴへ感謝をしているとき、レオリオは近くに吹っ飛んできた二刀一対の木刀をおっかなびっくり持ちながらクラピカに渡しつつ聞く。

「いや、仕込みで刃があるタイプもあるがこれは頑丈な材質の木で作られた、ただのクルタ二刀流用の木刀だ」

 言葉だけでは納得出来ないだろうと、レオリオから木刀をわざと刃に当たる部分を握る様に受け取る。

 それで木刀であるとレオリオは完全に理解した。

「ってーことは何か? トールは何でもねぇ木刀でここらの木を全部ぶった切っちまったってことかよ!?」

「そもこれがどんな名刀であれ、こんなことが個人の力でなしえること自体既に信じられないさ……」

 本当はもう一人の助力あってのことだが、それが分かる訳も無い。

 そして唯一人でその離れ業をやってのけた事になった男は、ひとしきり感謝をした後に彼らを見つけ小走りで駆け寄って来た。

 無事の確認と、何よりこの奇跡の大逆転を可能とした直接の切っ掛けを作った張本人たるクラピカにアルゴと同じ位の感謝を伝える為だ。

「おーい!」

 手を振りながらこちらに駆け寄るトールにさらに幼い影が重なるのを見て、クラピカは瞼が重くなるのを感じた。

「…… ってクラピカ!?」

「うお!?」

 駆け寄ると同時に意識を手放して倒れたが直前にクラピカの様子がおかしい事に気付いたレオリオが何とか頭を守る。

「クラピカは大丈夫なのかレオリオ?」

 真剣な表情で診るレオリオに不安な声音でトールは尋ねる。

「肉体的ダメージより精神的なもので限界がきたらしくて寝てるだけだぜ…… 一気に緊張が解けた反動ってとこだろ」

 表情が安堵のそれになったレオリオの言うとおり、確かに近づけば規則正しい寝息を立てているのが分かる。

「とりあえずここは目立ちすぎる、一旦落ち着けるところまで行こうぜ?」

 レオリオはそっとクラピカを担いで前を歩く、歩きながら聞けば近くに水場があるそうだ。

 

―――――――――

 

「まさかあの場でキミが止めに入るなんて思いもしなかったよ♦」

 暗闇の中、ぎらつく眼が対面する能面を捉える。

「オレも彼を見つけた途端こんなことになるなんて思いもしなかったさ、『無事に』ってことまで内容に入れたのは完全にミスだったよねコレ」

 能面はやれやれと肩をすくめるがいまいち感情が伝わってこない。

「んー♦ でもあの場で戦い続けるよりも邪魔者がいない所でヤり合う方がいいって気付いたから結果オーライかな?」

 邪魔者にはキミも含まれてるけどね♣ と続ける、どうやら彼にとって一番の邪魔者は止めに入ったコイツではなくトールの行動に制限を掛けていたクラピカとレオリオの方の様だ。

「ゴメンってば、今度依頼受けるとき少し割り引くからそれで勘弁してくれない? これ金額面も完全にミスったなぁ」

 あーやれやれ、と冗談めかした態度ながらどうやら本当に慣れない事をしているらしい。

「じゃあこれで今回の事は怒らないって事で♦」

「そうしてくれると助かるよ、ちなみにその傷は手当てしないの?」

 致命傷ではないが少量の血を地面に落とす脇腹の傷を指差す。

「これはこのままにしたいんだ♥ 余韻に浸りたいのとただのジンクスだけどボクが血を流すときは決まって面白い事が起きるんだよ♣」

 傷に手を当て付着した血を舐めると、その傷を負った時を思い出したのか身体を震わせて笑う。

 そんな異様な光景を前にしても男はフーンと言うだけである。

「それじゃあボクはもう行くけどキミは様子でも見るのかい?」

 闇に消える前に問う。

「いや、これであの程度の怪我しか負わないし回復してるだろ? 暫く視てなくても大丈夫だと思うんだ。塔の時も平気だったし、うん」

 割と大雑把なんだ♠ という言葉を残してその場から人影が消えた。

 

 この場から去ったトールであるが、その実まったくもって危機からは逃れていない事実に気付くことは今のところ無かったようである。

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