「ええ!! ヒソカと戦ったのトール!?」
そんな子供の驚きが昼間の森に響いた。
その次には「うるせーぞ! クラピカが起きるだろうが!!」というどっこいどっこいの声量と硬い物を殴った打撃音が響いた。
「…… それで話は本当なんだねトール?」
「うん、まぁ一応は……」
「すげぇぜトールは、なにせあそこら一帯を野っ原に変えちまったんだからな、しかも木刀で」
水で濡らした手拭で騒ぎの火種となった子供ことゴンの頭にこさえたコブと、痛み分けとなったレオリオの手を冷やすトールは半ば納得いかないように肯定した。
トール達はあれから水場まで移動した後、起きないクラピカを庇うように交互に見張りをしつつ睡眠をとった(戦闘で疲れているという理由から殆どレオリオが受け持ってくれたが)
そして太陽が一番高くなる頃、こうして偶々とはいえゴンが通り掛かり現在に至る。
「しっかし、お前のターゲットがまさかヒソカとはなぁ…… なんでオレらはアイツに縁があんだよ」
手の痛みが引いたレオリオはうんざりだと言うように溜息を吐く。
「それでゴン、どうすんだこれから? 三点稼ぐかヒソカ相手に挑むか」
聞いてはいるが彼を見たときもう答えは決まっているとレオリオは思った。
ゴンは、釣竿を握りしめ震えている。
それだけでは怯えによってヒソカに挑む等という道を選ぶことは無いと確信するだろう。
だが、同時に彼は笑っているのだ。
つまり、答えは……
「勿論ヒソカからプレートを獲るよ!」
コイツはそういう奴だと、レオリオは再度認識した。
「だからレオリオもトールもヒソカのプレートは獲らないでね、何処に行ったのかは教えて欲しいけど……」
しかし続けて言った内容に信じられないモノを見るかのようにゴンを見た。
「待て待て待て! まさか一人でヒソカのプレートを獲るつもりか!?」
ずいっと近づきながら言うレオリオにゴンは何を当然のことを聞いているのだというキョトンとした表情で頷く。
その瞬間レオリオは脱力のあまり前のめりに倒れた。
「だってこんな人数でいったらヒソカに気付かれちゃうじゃん、それにそんな理由抜きでもオレは自分の力でやり遂げたい!」
ただ挑戦したいと言うだけでなく、それはちゃんとした理由のあるものでありレオリオもそれが無謀で無いと分かり何も言わず姿勢を直した。
「ヒソカが何処行ったのかはよく見てなかったんで分からないんだごめんな、ただ脇腹斬ってたし激しく動いてはいな…… んー、余程の事がなきゃ多分アレでもどっかで休んでる、と思いたいなぁ……」
本日三枚目の手拭を濡らし、今度はクラピカの顔を拭きながらトールはヒソカの動向を教えようとするが情報が無い事に気付いてそれでも何かないかと首を傾げて考える。
完全に無意識なのか態々余っていた毛布を枕代わりに丸めていた物を外して膝枕に変えて顔を拭いていた。
夏場熱い時にこうして同じ様に手拭で顔を拭く事をアルゴにされていたのが余程身にしみていたらしい。
ちなみにその時、永久脱毛したがその努力以外に何かあったろうと思う硬い膝枕の感触からみた悪夢から覚めれば視界いっぱいのアルゴという寝ても覚めてもナイトメアな惨状に最初期、二度寝という気絶をしたが無理も無いことである。
次には三人とも硬く目を瞑り眉間にしわを寄せ唸る。
それでも良いアイデアも動向も分からずさてどうするかという無音が場を支配し始めた頃。
「…… んぅ……」
眠りから覚めかける声が聞こえた。
その小さな声の発生源の近くにいたトールが真っ先に気付き、今の声はもしやと下を見る。
そのクラピカのぼやけた眼と自分の目が合ったとき……
「パイロ!!」
「トールですけど!?」
思いっきり違う名で叫ばれながら鬼気迫る顔で自分に迫った。
―――――――――
「…… すまない、寝ぼけていたようだ」
「いや、気にしてないから大丈夫だよ」
あの後確かめるように目を細めじっと見られた末になにかハッとして水場で顔を洗いに洗ってクラピカは謝った。
そして自分が昼になるまでぐっすり眠っていた事実に追い打ちの如く気付くとさらに凹んで一生の不覚とでも言いそうな態度で再度謝罪をして来た。
「思えばあのとき私が前に出なければこんな失態を演じる事は……」
「いやあのときクラピカが突貫仕掛けなかったらヤバかったって! だから顔上げろって!」
それでもまだ凹んでいるのか、隅の方でそっと膝を抱えて暗い表情で「まだまだ未熟だな本当に……」と呟いている。
「クラピカってやっぱり引きずるタイプだよねレオリオ」
「また緋の眼になってたしな、もしかしたら目が赤くなった反動でああなるんじゃねーか?」
クラピカに聞こえないように口元を隠して喋る二人。
が、落ち込んでいるクラピカはともかくトールにはばっちり聞こえた。
―― はて、緋の眼? なんだっけなぁ……
その中でトールは緋の眼と言う単語に聞き覚えがあったようで、何処でだと思いだす。
―― ああ、アラーニェの『ゲザド族より珍しい民族・部族』の本にあったヤツだ
彼の脳裏には一冊の本、『存続が危うい族』の項目のギュドンドンド族の次にあったクルタ族の頁が浮かんだ。
彼女の
―― で、感情が高ぶると眼が真っ赤になる『緋の眼』が最大の特徴で、後何か同時に怒りで身体のリミッターがはずれやすいとか…… 緋の眼状態で死ぬと緋色のまんまになるから美術的に価値があって乱獲されて数減ったんだったな
伊達ではないが酔狂で火も使わずに本読んで蜘蛛になって食べて寝てるだけの生活をしていただけあって、本の内容は粗方入っているトールは情報を脳内で引き当てる。
しかし、何分データが少し古かった為に存続が危ういどころかクラピカを残して残る者達が皆殺しにされた事は知らなかった。
それでもデリケートな問題だと判断して当人の口から出るまでは話題に出さないように決める。
「……」
丁度そのタイミングでクラピカは立ち直ったらしく、腰を上げる。
こうしてトールにとって幸運な事に、そして必死に探している当人にとって不幸な事にキルアを除いた四人が互いの近況を伝えあうに至った。
―――――――――
「なるほど、ヒソカの行方か……」
昼食にそこらでもいだ果物や木の実を食べながら、まずは三人よっても文殊の文の字すらでなかった知恵をクラピカに期待する様に第一の問題として話題に挙げる。
「なんか知る方法ねぇか? クラピカ」
殻をこじ開ける為に使ったナイフで切った左の指を舐めながらレオリオは聞く。
「んぐ…… 無かったらオレが島中走ればいいんだけどさ」
レオリオがこじ開けようとしていた殻を歯で砕きながら食べるゴンは切羽詰まった様子は無い。
そしてトールは先の戦いでどこかへ飛んで行った三節棍の代わりを、あれ拾われて仕組み知られるのはな不味いなぁ…… 一応門外不出なんだよなぁ、と思いながら作っている。
「ふむ……」
クラピカは眼を閉じる、なにか少しでもヒントはないかと昨日の夜の事を思い出す。
だが、脳内に映し出されるのは去り際の霞んだ視界が捉えたヒソカではなくそのもっと前……
切れた頭巾から自分を視る、
それは一瞬のことで次に頭巾を脱ぐことによって現れたその両目は普通の色と輝きであった。
―― 違う、あれは何かの見間違いだ! 第一トールの見た目からして四年前確実に親離れも出来ないような年齢…… 外に出れないうえに子供の人数は少ない、名前は絶対知っている筈だ
「なんじゃこりゃあ!?」
そう自分に強く言い、ようやく当初のヒソカの足取りを掴むべくそこまで記憶を飛ばそうとしたところでレオリオの驚く声がそれを邪魔した。
「一体どうしたんだレオリオ……」
中々に悪いタイミングだったために若干苛立ちながら眼をあける。
そこに映ったのは数匹の蝶に纏わりつかれてあたふたするレオリオだった。
「あれかな? 薬品の中に蝶が好きな匂いを出すヤツがあったとかかな?」
「オレ知ってるよ! 蝶って匂いに敏感なんだよね」
急にレオリオに集まった原因をトールとゴンはまじまじみながら推測する。
「お前ら蝶のうんちく語ってねーでこれなんとかしてくれよ!!」
両手を顔の近くでブンブン振りながらレオリオは突っ込む。
その滑稽な光景にクラピカは苛立ちが消え、可笑しさに笑みを浮かべながらも蝶の正体に気付く。
「レオリオ、左の掌をひらきながら前に出してみるんだ」
うんちくじゃない具体的指示にレオリオはすぐさま左手を差し出すように前へ伸ばす。
すると蝶達は顔ではなくその伸ばされた左手の方へ集まって行った。
「おお、なんだこの蝶は?」
「好血蝶…… 最大の特徴は名の通り好んで動物の血を吸うところで、トール達の言う通り蝶は匂いに敏感だがこの蝶は数百メートル以上離れた場所の血の匂いでも分かるそうだ」
何かの本に書いてあった通りの事をそのまま喋ったかのようなクラピカの説明に、他の三人は「へー」と言葉を漏らす。
「つまりコイツらはオレが指切ったときの血の匂いを嗅ぎ取ってここまで来たっつーことか、なるほどなるほど…… って、血ィ吸うんじゃ顔に纏わり付くより厄介だっての!!」
そう言って一度左手を大きく振って蝶を散らすと、その隙を突いて素早く鞄から絆創膏を取り出し患部に貼り付けた。
「これくらい大丈夫だと思ってやらなかったのが運の尽きか……」
指の腹にガーゼ部分が来るよう貼られた絆創膏を眺めながら少し損をした様なトーンで言う。
しかし、散らした蝶は依然としてレオリオの指を目指して飛んでくる。
「しつけーな! 血は吸えないだろ!?」
「だから匂いに敏感だと言ったろう? 好血蝶が来る理由は出血ではなく『血の匂い』なんだ、血が止まっても匂いがあれば来る……」
そこまで言ってクラピカは何かを思いついたように下を向いて数秒黙ると、なにか浮かんだのか上がった顔は自信が読み取れた。
「ゴン、少しだがヒソカに当たるかもしれない方法を思いついたぞ」
「え!? ホント!」
木の実を食べようとした手を止め、ゴンはその方法をより聞く為にクラピカに駆け寄る。
―――――――――
「なるほど、確かにヒソカは脇腹から血を出してたもんな」
「とは言っても出血をしている人間はヒソカだけでないだろうし、見つかるかはやはり運次第だが」
「ううん、闇雲に探すよりずっといいよ!」
納得するトールとこれが自分の出せる限界のアイデアかと少し悔しそうに言うクラピカの前には数匹の好血蝶を紐で縛り、犬にリードを付けて散歩する様な絵図のゴンがいた。
「文字通りオレの怪我の功名ってことでもあるな!」
一人巧い事言ったように笑うレオリオだが他三人は苦笑いである。
「そういえば皆はプレートどうなってるの?」
少し微妙な空気を変える様にゴンが聞く。
「私はもうターゲットと自分ので六点分稼いでいる」
「んでオレはターゲットがポンズって名前でどういう人物か知ってるが、ゴンと同じで何処にいるのか分からねぇ…… まだ行動パターンが『待ち』一辺倒ってのも知ってるから可能性はあるぜ」
レオリオの眼を見るまでも無く絶対に見つけると言う気概を感じる。
「トールは?」
「俺はあと一ポイントあればノルマ達成だな」
やるじゃねぇかと言う意味を込めてレオリオは口笛を吹く。
「あと一ポイントならこれを受け取ってくれないかトール?」
そう言ってクラピカが差しだしたのは118番のプレートだった。
「いいの!?」
「いいもなにもこれがいまだ私達の手元にあるのは、あのときトールがヒソカの前に立ったからだと私は考えている」
同時に一緒にプレートを取ったらしいレオリオにクラピカが了解を得ようとしたがその口を開く前、目が合った瞬間に「いいに決まってんだろ」とサムズアップし了承した。
「ありがとう!」
サプライズで誕生日プレゼントを受け取ったかのような感動と衝撃を受けたトールはプレートを受け取ると手を服の中に引っ込め、器用にその状態のまま懐の裏にプレートを付ける。
「これでプレートの問題はオレとゴンの二人だけだな」
それに呼応する形でゴンは立ち上がる。
「それじゃオレ、もう行くよ」
ヒソカと言う最悪な相手を探すというのにその眼は微塵も輝きを失っていない。
それどころか輝きが増している様に感じられる。
心配する事は無い、そう確信した三人は何を言うでもなく頷くと、ゴンはそのまま蝶の飛ぶ方向に合わせて草むらへと歩んで行った。
―――――――――
「ゴンは大丈夫だと思うが、まさかオレが苦戦するとはな…… 予想通りだぜ」
そう岩に腰掛けて自虐するレオリオに二人はただ苦笑いするしかなかった。
タイムリミットまで残り一日…… だというのに探せども探せどもポンズなる女性を見つけることは出来なかった。
―― 運悪いのとポンズって人の隠密性が高いのがマッチしてるのかね……
トールはちょくちょく【円】を使って探索を行っていた。
故に他の二人より少しは探索率が高く、何人か参加者を見つけていたのだが何れもターゲットのポンズでもなければなんとプレートさえ持っていないというはずれっぷりであった。
「こうやって小高い丘見てぇなところに来てみたけどよ、オレやクラピカじゃ森が深すぎて分かりゃしねぇ」
そう言ってレオリオはさっきまで腰掛けていた岩の上に乗って更に高い所から森を見るが、唯緑が広がるばかりである。
「いや、別に俺も遠くがすっごく見えるって訳でもないし……」
そりゃすまんかったとレオリオは岩から飛び降りる。
―――― そのとき何かが割れるようなピシリという鋭い音をレオリオは聞いた
「ん?」
地面の方から微かに聞こえた音に、レオリオはしゃがんで地面を見る。
「どうしたレオリオ?」
「いや、なんか今変な音が聞こえてな」
その様子にクラピカが何があったのかと近づいて聞きに来た。
「音? 私はなにも聞こえなかったが……」
「いや結構ちっせぇ音でよ」
「二人ともなにしてんのー?」
二人して屈んで地面を見ているのを疑問に思い、景色を見ていたトールも小走りで来る。
「あっ」
「なっ!?」
「うおおお!?」
音の正体…… それを掴むためにはこの場面を別の角度から見ることで可能となる。
まずレオリオ、彼は体格に恵まれており筋力もある、つまり一般成人男性よりこの時点でやや身長そして体重ともに上回っている。
次にクラピカ、身長は平均程度であり一見華奢な部類である、しかしそれでも鍛えており決して
そして最後にトール、この中でも身長は低い部類というか子供にしかみえない、しかしその身体には大蜘蛛という存在が収納されておりコイツ単体で驚異の130㎏オーバー、軽い気持ちで担ごうとすると腰が酷い事になること間違いなしである。
よって、この三人が集結した場合その場には大体240~250㎏ほどの重さが掛かる。
まだこの段階ならいい、だがそこに地面を蹴る動作や飛び跳ねる行動そしてしっかり地面を踏んで走る行為により掛かる力はより増す。
追い打ちをかける様に以前の雨によって大地は抉られている……
…… そしてなにより、
―――――― つまり…… 音の正体とは
地面の陥没であった。
―――――――――
「…… なるほど、バーボンはそんな罠を」
「それで出る訳にも下手に動く訳にもいかず、こうして安全の為洞窟の隅っこで大人しくしてたと…… そりゃ見つかんねーわ」
「アンタ達がここの天井をぶち破ってそれも台無しだけどね!!」
遂に三人は落ちた先に偶然いたポンズと出会ったのである…… 四方八方からゆっくりと這いずる蛇を見てそれを幸運と取るか不幸ととるかは当人次第であるが。
いきなり天井の崩落と共に現れた三名にポンズは混乱極まる表情を見せたがボディプレスの形で落ち、腹を抑え苦しがるレオリオと、後頭部を強かに打ちつけ珍しく痛みで転がり回る失態を見せるクラピカと、地面にぶつかることをダメージと認定し発動した
そんな彼女が次に見たのは落盤により三人と一緒に落ちてきた大岩がバーボンの死体に見事命中している光景と無数の蛇が此方を目指して這いずるものであった。
バーボンの攻撃スイッチがもろ入りましたねコレ……
そう悟ったポンズはもう間もなく数百匹の毒蛇が我々に襲い掛かることを大急ぎで落ちた三名に説明し、現在に至る訳である。
「私を探した結果こうなるなんて…… もうプレートでも私の貞操でも何でもあげるからこの状況なんとかしてよぉー!!」
何も展開が望めなかった状態から垂直落下式に文字通りの急展開であるが、命の危機が迫る手前混乱する訳にもいかずポンズの悲痛な叫びをBGMにクラピカ、レオリオ両名共に脱出する手段を考える。
「……」
一方のトールであるが、普段であればもうこの時点で現実逃避に片足を突っ込んでいる。
―― どうする? 考えろ! 考えるしかない!!
しかし、今回はその脳をフル回転させている……
―― 【念】で身体強化して一気に駆け抜ける? 無理だ…… 全員抱えて走り抜けるほど今の俺の強化は強くない、せいぜい一人か軽そうなポンズ抱えてギリギリだ
元はバーボンという人間が仕掛けたものであるが、『当人が死んでいる』かつ『人でなく蛇に囲まれる』という現状が、自然の脅威として認識している為に人の悪意に比べて身近なそれは彼の精神を激しく揺さぶるに至らなかったのだ。
―― 全員オーラで覆ってガードする? いや、三人の精孔が開く可能性がある…… 二重の意味で死ぬ
それ即ち蜘蛛の感性である。
―― 全員入る大きさの袋を仕立ててそれに【周】…… 無理、
必死に、今の自分に何が出来るかを考える。
―― 防刃服…… 却下…… 糸の消費が尋常じゃない、出来て手袋三人分じゃあ意味が無い
刻一刻と蛇はずりずりと音を立て近づいてくる。
―― 糸だして天井の穴から…… くそ! 天井にいる蛇が来るまでに全員のぼる時間がねぇ!
上を見れば、そこにも蛇がいた。
他の人間を見る、レオリオは頭を掻き必死な形相、クラピカも頬を落ちる汗を拭う素振りすら見せない…… ポンズも顔色が悪い通り越して真青である。
―― こりゃもう念弾飛ばしながら突っ走るか、抱えてロケットスタート繰り返すしか可能性が……
そのとき、トールはこの世界に生み呼ばれて初めて『閃く』という感覚を得た。
―― 念弾…… ロケット…… まてよ、強化は無理でもあっちなら!?
そのとき反射的にトールが見たのは、この洞窟のど真ん中、陽の光にあたって少し滑稽にも見える地面に突き刺さった三節棍である。
同時に浮かぶは自分の先生である大柄なオカマの不気味なウィンク顔。
―― アーちゃん! 二度目の感謝! アンタが放出系でマジ助か…… まだ助かってねーや、続きは助かってから!!
もはやこれしかないと、トールはそれに駆け寄った。
「皆! 俺にしがみ付け!!」
そう叫んだトールは三節棍の一番上の関節部分に当たる所を握っていた。
その様子に「何言ってんだこの子?」とポンズは困惑する、しかしクラピカそしてレオリオは何の疑いも無く言われた通りトールにしがみ付く。
あのときのヒソカとの戦い、あの場でこそドローであったが今この瞬間にそれによって疑い無く自分の考えに乗ってくれるという二人からの信頼を勝ち得たのであった。
「ほら! アンタも早く!!」
子供一人に必死な形相でしがみつく絵図は何とも言い難いものであったが、この状況から脱出出来るんなら何でもするレベルにまで達していた彼女は一瞬の迷いも疑問も断ちきり、むしろ一番強くトールにしがみついた。
「いくぞー! 3…… 2…… 1……」
全員しがみついたことを確認したトールは、カウントダウンを行う。
雰囲気とかそういうのではない、単純にオーラを三節棍に込めるために必要な極めて現実的な時間なのだ。
「発射ァアア!!」
特に必要でない掛け声と共に、三節棍の一番下に込めたオーラを一気に、地面でなく上の関節部に向けて発射する。
その瞬間、まるでロケットの如くトール達は地面に三節棍のパーツを一部残し、天井に向けて飛び立った。
「オイ、天井着く前に落ちんじゃねーかこれ!?」
レオリオの指摘もその通りで、一気に飛んだが一気に減速もした。
「続いて第二ブースト!!」
言うと同時に二段目の関節部に仕込んだオーラを発射する。
しかしこれで上まで行くとはいえスピードが足りず天井の蛇の飛び掛かりをモロに浴びるとクラピカが気付く。
「…… からすぐさまラストォオ!!」
そして最後の一個となった関節部から今度は下方向にオーラが発射される。
そして全ての背景が線となり、止まった時見えたのは斜め上にのびる森とそこから差し込む光であった。
地面に倒れたときトールは全てがうまくいったと実感した。
三節棍の関節部に仕込んだオーラ、トール式の三段ロケット…… そして最後の一個を微妙に斜めにすることによってまた穴に落ちる間抜けな失敗の回避、これら全てである。
しかし喜びに浸っている時間は無い様で、蛇とさらなる地面の陥没を恐れて四名はさらに数十メートル走る。
そこで息を整えてようやくハイタッチをする様な状況となった。
「ぐぉおお……」
が、クラピカとレオリオのハイタッチをそれぞれ片手で同時にこなしたとき、トールはその掌を中心に無数の針に刺さったかの様な鋭い痛みが全身に走り、とても立ってはいられずその場に倒れた。
「ぬ、ぐぐぐ……」
「どうしたトール!?」
その倒れた衝撃も痛みとなった為にまたも変な声がトールから漏れる。
―― 祟った! 俺自身重いのにさらに三人加えて変則三段放出の御身飛ばしとか完全無理祟って精孔ズタボロだこれ…… つーか良く出来たよこんなん…… 一番祟られてるんじゃないかって思うのが
ちなみに『御身飛ばし』とは心源流で言う『浮き手』に相当する修行の事である。
「外傷は無いみたいだが、さっきのロケットみてぇなヤツでなんか無理したのか!?」
「あー、うん…… そんな感じ、全身痛くて立つのも億劫」
とりあえずとクラピカは飛行船から失敬してきた毛布の一枚をトールの下に敷く。
「あのー」
そんな三人に遠慮する様にポンズが声を掛ける。
その手には自分のプレートである246番のプレートが握られていた。
「これを…… あの状況作ったのは私が遠因とはいえアンタ達だけど、言ったことは守らないとね」
ポンズはそのプレートを寝っ転がるトールに握らせる。
「そのプレート狙ってたのオレなんだが……」
「アンタ落ちて地面にボディープレスかましただけでしょうが」
その台詞にレオリオはショックを受けたような顔をするが、それ以上にショックを受けたらしいのは隣で小声でもって「地面に頭突きをかましただけ…… なのか?」と頭の打った場所らしき場所を触りながら虚ろな目になっているクラピカであった。
「それじゃあ私はこの辺で、それじゃあね」
ヒラヒラと手を振り、そのままポンズは森の中に走って行った。
「レオリオ、はい」
寝たままの姿勢でプレートを指で弾きレオリオに目当てのプレートを渡す。
「…… 今回も全面的に助けられちまったなぁ」
足向けて寝らんねーぜ、と冗談めかして言うレオリオだが申し訳なさに偽りは無い様だ。
「いやこれから助けてもらうよ、痛くて動けねぇや」
情けなく笑うトールに任せろと張り切って言うレオリオに同意する様にクラピカも頷く。
「まずは毛布あるし、背負うよりそこらの木を使って簡易担架作って運ぶとするか……」
なるべく衝撃を与えない方がいいという判断の基、トールを診るレオリオに対してクラピカは丁度いい枝を探す。
二分もしないうちに丁度いい枝を見つけ、敷いている毛布と合わせ担架を作るとそこにトールが転がる様に乗っかる。
「うし、いくぞー」
頭側を持つレオリオの音頭のと共にトールを乗せた担架が持ちあがる
「ぐぉおおおお!?」
と同時にボキリと良い音を立てながら枝が折れ、接触ダメージ判定とまではいかなかったが地面と触れ合った為に精孔からの痛みを受けたトールの何とも言えない声も響いた。
「おいクラピカ! 割と脆いぞこの枝!?」
「そんな馬鹿な!? ちゃんと力を加えたりして折れないものを選んだぞ私は!」
真っ二つに割れた枝を見せながらクラピカに問うレオリオだが、クラピカも驚いている様で本当にしっかりとした枝を選んだことは間違いない様だ。
「…… 聞くがトール、体重はどれほどだ?」
痛みながらもその質問に何時かの凶狸狐を思い出しつつ答える。
「総重量130㎏くらい」
その答えにレオリオとクラピカは顔を見合わせ頬に汗を流した。
本人としては蜘蛛の部分を含めたという意味で言ったのだが、それを知らずそして先のロケット脱出を火薬の類と認識している二人にとって『総重量』という言葉が意味するそれは決して良いモノで無かった。
「もっとだ! もっと折れない枝持って来いクラピカ! 両サイド三本位差し込めば大丈夫のはずだ!!」
「了解した!!」
―― なんだこの気合いの入れ方は?
不思議がるトールがそれに気付く訳も無く、彼が動けるようになる最終日まで両名の不安が尽きる事は無かった。
このときプレートを渡すポンズの脳内では吐いた唾は飲み込めないということ以上に
・バーボンのプレートが取れない今、三点取るのは(既に数点分まとめて持っている人物が多いとしても)難しい、というかそんな気力ない
・なのでプレートを持っていてもそれ狙いの受験生が来るので危険度が上がるので持っていても無駄
・なによりここで渡して帰れば貞操云々誤魔化せる ※重要
こんな内容が上がっていたりする。