騒いでいた観光客もバスに乗って行ってしまったため、もとの静けさを取り戻した門の前の小屋でトール達はゼブロに来た理由を話していた。
「なるほどキルア坊ちゃんのお友達でしたか」
「うん、キルアを連れ戻しに来たんだ!」
臆せずゴンは言う。
「しかし、トール君は大丈夫だろうけど他の三人は……」
「俺が門を開けて、そのまま執事に頼んで家まで行けば何とか」
心配するゼブロにトールがパッと考えたプランを口にする。
しかし、何かに気付いたゼブロはハッとする。
―― そうだった、トール君は家まで行ける実力はあるけど……
「いや、やはり行けるとしても君だけで…… 執事を連れて行きなさい」
トール=フレンズ、度重なる庭での行方不明騒動の末に使用人に至るまでフリーダムな放浪癖持ちの認識がなされていた。
因みに毎度のことテラス100メートル付近、執事邸のすぐ裏など冗談みたいな場所で迷っていた為方向音痴と言う認識はされていなかった。
ゼブロは考える、いくらフリーダムな部分があってもそれは彼一人であれば発揮されるものであって流石に友達がいる状況でそんな事はしないだろうと。
しかし、彼が友達を連れてきた事というか友達が尋ねる事もゼブロが20年の勤務生活の中で一回もなく、全て前例の無い条件の中どういう自体が発生するかまったくもって未知数である。
故に彼はトール一人かつ執事付きで行く事を提案した。
「ソレじゃ駄目だよ! オレ達は直接キルアに会うために来たんだ」
その案はゴンによって却下された。
と言っても残り二人もそしてトールもその案を受け入れる顔はしてなかったが。
「ところでよ、さっき門を開けるっつたがそれってあの黄泉への扉の事か?」
レオリオの質問にそうだと答える。
「じゃあそこの扉は何なの?」
「その扉はそこで捨てられている男達の様な者のために設置されたもの、ですか?」
当たっていた。クラピカの推測交じりの質問にゼブロとトールは顔を見合わせる。
「んぎぎぎぎぎ…… ビクともしねぇぜこの扉!?」
小さな扉から行けば番犬ミケに喰い殺されるシステムを聞かされたゴン達は門から入ろうと扉を押していた。
「そりゃ片側2tの計4t、そして倍々に重くなるその名もズバリ『試しの門』ですからね、生半可な力じゃ開きませんよ」
「2tだとぉ!?」と叫んでレオリオは肩で息をする。
しかし、この扉以外から入れば先の男達の様に今度は夕飯となってしまう。
なのでトールが扉を開けそれに同行する形で家に行くと再度言うが、ゴンが友達に会いに行くのに試されるあげくその実力さえないことが我慢ならないらしくそれならいっそ侵入者として入るとまで言いだした。
片腕で器用に釣竿を使ってまで侵入しようとするので総出で止めた。
「うーん、正々堂々入りたいか……」
「あ、じゃあ町戻ってジムでトレーニングしよう! うまくいけばライセンスでタダだし」
トレーニング、その台詞にゼブロはああそれでしたらと何かを思いついた様である。
「ふぅー、こちらです皆さん」
「ホントに扉開けやがったぜあのおっさん」
ゼブロが何処かへ連れていくために自ら扉を開け一同は敷地内を歩いている。
相変わらず何も考えてない鏡と洞の様な瞳を持つミケとの御対面など色々あって四人は一軒の家に着く。
「ここは我々使用人の住居でして、ああこの扉片側200㎏ありますので」
扉は先程のリベンジとレオリオが開ける。
全てが20㎏越えの住居に連れてきたゼブロの提案は、ここで一ヶ月生活して門を突破するというものだった。
「それで自分の力でキルアの所に行けるんなら願ってもないな」
「うん!」
「同意だ」
胸を張って会いに行ってやると三人は喜んで提案を受け入れた。
総重量50㎏の重り入りベストと下半身全体に巻くベルトを付けて物理的に胸を張るのが難しくなったが。
「よし、皆頑張ろうぜ! とりあえず今日はそれ着るだけになるけど明日は……」
「あれ? トールってなにか急がなきゃいけない用事があるんじゃないの?」
合宿のノリで楽しくなってきたトールの言葉を遮ったのはゴンのきょとんとした顔で言った本来の目的であった。
「ま、一日位は……」
物凄い勢いで泳ぐ目をしてかろうじて今日一日位と絞り出したそのとき玄関先に置かれた電話が着信を主張する電子音を響かせる。
夕飯時に大変だなと思うだけで、さて夕飯と言えばどうしようかなどとトールは考えていた。
「トール様にお電話の様で……」
それは一体なんじゃらほいとトールは溢れ出る嫌な予感を抑える為に努めて普通に受話器を取る。
「もしもし、お電話かわりましたトール=フレンズです」
『トール様ですね? 私、執事のヒシタでございますが……』
電話の相手はトールの食事の配給をしてからそのままトールの担当の様になったヒシタという執事だった。
余談であるが彼がほぼ固定された理由は食事量から常に食事を運び続ける魔の二時間と呼ばれる配給地獄を他の執事達が悉く回避した結果である。つまり尊い犠牲者であった。
「ヒシタさん、一体どうしました? というか、いることよく分かりましたね」
『敷地内に入る際には防犯上色々ございますので…… いえ、一応この電話は本当にいらっしゃるかの確認も含みますが』
あの門でもまだセキュリティー不足だと申すかとトールは窓から少し見える門をちらりと見る。
『要件はですね、単刀直入に言いますとすぐ本邸の方へ…… カルト様がお気付きになられる前にどうか……』
執事の間で短気とされるツートップの一人という認識が実はなされているカルトである
―― 執事が懇願するレベルって俺がいない間どうだったんだ一体?
そのときトールの腹がまるで獣の唸り声の様に鳴った。
余りに音がアレだったので野生の猛獣の接近かとシークアントが猟銃を担いで外に飛びだしかけたが制止した。
『? 今の音は獣か何かで?』
「いえ、オーダー待ちのベルみたいなものです」
再度受話器の向こうでクエスチョンマークが浮かんでいそうであるが一先ず置いておく事にする。
―― もう夕飯時で遅いし、後日で良いんじゃないか?
恐怖心に勝つ食欲を持っているけったいな生物はとりあえず夕飯を食べてからの旨を伝えるべく受話器に口を近づける。
「ええと、とりあえずもう遅い……」
―― いや待って、ここで全力で本邸に向かえば夕飯豪華な物にありつけるんじゃないの!?
脳内で声が響く、他人の家でそこまで遠慮なく飯の算段がとれる微塵の羞恥も感じられない食欲が湧く。
「…… いや、直ぐ向かいますゆえ夕食には間に合うものと思われますので心配せずに」
早口で捲し立てる。
『は、ハア…… しかし大丈夫でしょうか? 迎えの者をよこした方が……』
「いえ心配せずに、
『え?』
それでは! と時間が一分一秒でも惜しいのか、ヒシタの呆けて出た声さえも最後まで聞こえないままに受話器を置いた。
「それじゃいってくるね」
「えっ? えっと、キルアによろしくねー!!」
振り返ることなく扉を割る勢いで飛びだし、自動的に閉まる僅かな間にもうかなりの距離まで走るトールに困惑したがキルアに会ったらそう言ってくれとゴンは声を張り上げた。
―――――――――
「…… 切れてしまった……」
ツー、ツー、としか聞こえなくなった受話器を見つめヒシタは最後の捲し立てる様な言い回しの何とも言えない不可解さと、一人で本邸に向かおうとしているらしいギャンブルに大丈夫だろうかと莫大な不安に押し潰されない様に溜息を吐く。
しかし、その不安を現実のモノとしていく段取りの様に、まず廊下を走る音が聞こえた。
家族の者が近くにいる場合、それは御法度であり後でツボネの再指導待ったなしであるが緊急かつ家族の者が近くにいない場合は暗黙の了解として許されていた。
そんなゾルディック家執事のルールが頭に浮かんだヒシタの前に、扉を開け入って来たのは右手になにやら持った髪を後ろで結っている同期の男だった。
「おいどうした? キルア様関連か?」
家出及び親兄弟に傷を負わした罰として独房にて折檻を受けているキルアに関しての諸々が浮かぶ。
普段なら逃げ出すという選択肢は薄いが、一度家出した事と何より彼の友達を名乗る侵入者未満が敷地内にいるという状況、その事をキルアが知ったとき果たして逃げないと言い切れるだろうか?
だが、それに対し男は首を横に振る。
このときヒシタはまず最初に浮かんだが敢えて言わなかった可能性を……
それを言う前に共に手に握っていた物…… 格部屋に一つ供えられている電話と共にあるメモ帳の一枚を見せる。
―――― 夕飯は遅くなる
たったそれだけの短い文章だが、その筆跡が誰のモノか覚えさせられているヒシタの頭にある人物が…… そして全てが繋がる感覚が襲う。
「…… カルト様がいなくなられたんだ」
推測は今、確信へ変わった。
―― お前さぁ、ホントどーでもいいときに起きるなぁ……
執事の何名かに困惑が広まっている一方、薄暗い森にて己の意思と無関係に疾走する身体で呆れるという何処か似たようなシチュエーションの中でトールは再び起き出したアラーニェにぼやいていた。
―― いやホント申し訳ない! でも御飯が僕を呼んでると思うといてもたってもいられず、つい……
八本の足のうち二本を合わせ、拝み倒すように高く掲げる蜘蛛の映像が浮かぶ。
―― なんか食欲の権化みたいになってねーか? …… いやいいけどさ、本邸の場所分かる?
それに対しトールは投げやりに許すとネックである目的地までの道のりが分かるか否かを問う。
―― 二重に失礼な! 君はともかく僕は道に迷うなんて間抜けでも食欲の権化でもない!
力強い否定の言葉が返ってくる。
それどころかその他にも趣味以外の事をおろそかにしてはいけないと、まだぎゃーぎゃー言ってくる。
―― ええい、一の言葉に十の返答からの今関係ない点の指摘とかお前は女子かっつーか俺のお母さんか!?
―― 重ね重ね失礼だな! 僕は女の子だしお母さんって年じゃ…… いや待って、
予想外の乙女な葛藤と混乱が発生し、これは突いてはいけないゾーンだと
―― それはすまんかった! ちなみに本邸の場所知りたいんだけど、何処?
―― …… へ? えっと、それはね
一瞬ポカンとしたらしいアラーニェは勢いを削がれそのまま大人しくなると、今度は道を教える為に思考をシフトさせる。
トールは知らないが、年上の姉の様なそんなポジションに憧れていた彼女にとって頼られる事は至上の喜びなのだ。
―― よーし、ならあの木の上に乗って説明してあげよう
手頃な所に背の高い杉の様な木を見つけたアラーニェはそこの天辺に狙いを定める様に手首を向け、オーラをそこに集中させる。
するとそこから勢いよく白い糸がスパイ映画のワイヤー銃を彷彿とさせる様に、直球に蜘蛛の力を持つヒーローの様に飛び出す。
木に絡まりついている事を二・三度引っ張って確認した後、今度は意識内のアイコンタクトという矛盾した意思疎通を彼と行う
―― ああ、了解
普段察しの悪い人物とは思えないレベルで彼女のしたい事に気付くと、彼女よりオーラ操作がうまいトールは足にオーラを集中させる。
木の方が弓なりになるほど糸を手繰り寄せ、次の瞬間身体はオーラの噴射と共に木の方へ飛んで行った。
―― 糸が掃除機のコンセントみたいに巻き戻ったりしないかな? 不便だよこれ
―― 出来れば本気で嬉しいけどそんな軽々肉体の仕組みを変えられてもその、困る
複雑な気持ちで木に着くまでの僅かな間に糸の出る仕組みに不満を言う。
そして手が木に届き、さて黒く染まり掛っているこの広大な庭のどんな光景と家までの道筋が広がるのだろうと顔を上げるトールの顔が見たのは……
「……」
夜に映り替わる景色を謄写した様な濃淡の、見知った和服であった。
と、そこで切れれば些か幻想的なものであったろうが、残念ながらその絵は高速で動く。
オーラを纏った渾身の突きと言う動きが……
その突きに突っ込むような形のトールの体に掛けられている呪いもとい
しかし、下まで完璧には落ちない。
先程の糸に足を絡めつけ、そのまま逆さの状態で下に落ちる力は糸と木を結ぶ場所を支点に突きから離れる様に弧を描き、木の天辺より少し高いところまでまで上がる。
―― 糸! 早く糸だしてほら!
―― 分かってる!
手首のオーラと共に放出された糸は斜め横にあった木に引っ掛かり、トールはそのまま引っ張られるようにその木まで移動する。
思わぬ空中ロープの曲芸に胆を冷やしつつ枝に足を付けたトールが見る先程の木の上には、その高さも相まってまるで見下すようにこちらをみる、カルトがいた。
「……」
―― これは殺しにきたね、若しくは楽観的に見て半死半生くらいに留めるに僅かの可能性
―― そんなにキルアのこと言わなかったの癪だったのだろうか?
まるで炎のように揺らめくオーラはまだ操作が未熟な事と内心かなりの衝動がある事を表していた。
「やっぱりトールは凄いや、良く分かったね?」
だがその声音はとても嬉しそうであった。
トールが来る事を独自のソレで察知したカルトは一筆したためると、門ならば此方の方が早いとばかりに自室の窓から飛び出して行った。
そしてその道中、その目当ての人物が探す自分を探り当てたかのように急に目の前に現れたのだ。
―― 良く分かったって何が!? 攻撃のこと!? 分かんない、分かんないよ!
―― あれだろ気配殺して放った攻撃をよく察知したなとかその類だろ? 恐い!
急に表れたのは向こうも同じなので、中の二人はその台詞の意図するものに気付かず恐怖した。
「でもそれはそれだから、兄さんと一緒だった一月についてちゃんと話してもらう事と少し鬱憤を…… トール?」
「な、何でしょうか?」
急にトーンの下がったカルトにどもって裏返りながらも喋ったのは果たしてどちらなのだろうか。
「…… ねぇ! その眼はなに?」
カルトが気付いたのはトールのその瞳の色…… 暗殺者として鍛え抜かれた視力を駆使しなくても分かる燃える様な赤。
―― オイ馬鹿! 睨んでんじゃねーぞ!
―― 知らないよ睨んでないよ!? 君の顔が恐いんじゃないの!
明らかに癇癪起こす一歩前の雰囲気に内で二人は何が気に入らないのかこの顔面がと言いあう。
この状態になって鏡を見たことの無い二人にとってその発言は単に目付きないし顔つきが気に入らないということから発展しなかった。
―― そうだ、微笑もう! 柔和な顔つきで何もカルトに対して負の感情がない事をジェスチャー付きで見せよう!
―― 賛成! だけど笑みと身振りだけじゃ伝わらないよ、文化の発展は言葉の発展さ! シンプルだけど言葉も添えるんだ!
ビジョンに明確な質量が存在していたら硬く握手していたであろう協力の姿勢を見せ、トールの身体は動く。
手を広げ敵対の意志がない事を、これぐらい許せるという心の許容を表現して無理して兄さん風を吹かすどこかぎこちない微笑みを浮かべ、口を開く。
「何でもないよ」
「そう……」
そうすると場は一気が変わる。
ただし、穏やかとかそういう温かなモノでなく……
「そうやって! ボクの知らない姿を見せて!! ボクの知らないところで変わっていくんだ!! トールも! 兄さんも!!」
…… 怒りを灼熱に変えた様な、それでいて鋭利な刃物の様な冷たい熱へと変わった。
―――― やっちまったァ!?
蜘蛛と人間は互いに抱き合い身震いする感覚を共有した。
―――――――――
―― オマエ前回分きっちり働けよ!?
―― やるよ! このまま眠って疫病神扱いなんて僕は死んでも御免だよ! 死んでるかもしれないけどさ
言ってイルミの針よりシンプルなデザインの銀色の針が避けたトールの胴体のあった場所を通りすぎて後ろの木に深々と突き刺さる。
どうやら無骨なナイフで切り掛るよりスマートな方面に成長している様だ。全くいらない情報かつ分析である。
アラーニェ主体で動く身体は今
トールならともかく、戦闘に置いて自分の意志と関係なく動く能力があっても邪魔であり恐怖でしかないとのことである。
能力を発動した回避が機械的かつ最小限、トール自身の回避が変則的かつ無軌道ならばアラーニェの回避は野生的かつ力強いと言ったものである。
飛ぶ針をしゃがんで回避し、すぐさま来る肉体を改造してナイフ以上の切れ味を誇る縦の手刀を振り下ろすも手で地面を押すようにして後ろに跳ねる。
そのままなんと後ろの木に刺さっていた先程のカルトの針を足場に飛んだかと思えば手首から出した糸ですぐさま向かいの木に移動する。
それにカルトは舌打ちすると自分の後ろにある木のトールが入って行った葉で覆われている所に針を数本投げる。
「またそうやって知らない動きと道具で逃げて!」
それがさらにカルトの機嫌を損ねた様だった。
―― そりゃある意味初対面だもん!
そう思うアラーニェはトールの【絶】と合わせて近くの茂みで息を潜めていた。
いままでの攻撃から【念】さえ習得しているモノであったらギリギリまぁ多分一発なら生きているだろうレベルの攻撃と狙い目から、完全に我を失っている訳ではないとアラーニェは推測する。
―― まだ謝って矛を抑える方向で行けるんじゃないの?
―― その言葉が分かるセンスと勘があるなら今頃俺のアドレス帳は倍以上の友達で埋まってる。
その発言に軽く凹みながらもやるしかないと考える。
間もなく、針がすぐ近くを通過した。
不意に凹んだため、その緩みで気配が漏れた様だ。
「見つけたよ」
「見つかっちゃったよ……」
思わず口に出たアラーニェだが、これはもう回避より防御も視野に入れるかと応戦するために構える。
―― 戦えるのか?
―― ぶっちゃけ避ける方面でなら四足歩行みたいな風に動いて誤魔化したけど、二腕二足で戦うのはきつい
それもそうだ、彼女は元々手と足の区別も曖昧な八足かつ巨大なリーチと威力のある口、頑丈な鎧の様な肌を駆使して戦っていた大蜘蛛だ。
なので人間状態なら現状出6~7割程度の実力でもだせれば良い方である。
その十割を解放する方法…… 即ち蜘蛛化があるにはある。
しかしあの姿になって自分を抑えられる自身がない…… 正直、今空腹なのだ。
ならば半分ほど、足だけの蜘蛛化もあるがそれは自分には出来ないとアラーニェは感じている。
それを自分が使えるボーダーラインはこの人間状態だと後頭部に位置する『口』が開くか否かだとアラーニェは確信している。
そしてその『口』が開けば今の空腹レベルでは間違いなく、出来るのなら目の前の子供は夕飯と化し例え満腹であっても殺すつもりで動くと彼女は来て欲しくない未来を浮かべる。
――
―― つまり熱湯と氷の間で丁度いい湯加減になれば強いってことだな
割と頓珍漢な方向で解釈しやがった人間部分だが、今はそれどころじゃない。
自分の体の秘密とかより目の前の人物についてのご機嫌を取り戻す方法を教えて欲しいし考えて欲しい。
姿勢こそ応戦の為にと何かの構えをしているが、その実地べたに這いつくばる様な格好の方がアラーニェの場合戦いやすかったりする。
さて恥も外聞も気にせずこのまま四足歩行にシフトするかとするアラーニェは「あっ」と言った後固まった。
―― ヤバい……
―― どうした!?
トールは焦った、それもそうだカルトが思いっきり右手を変化させて刺すか斬る気満々で向かってきたからだ。
―― これ以上動いたら腹減りで意識トびそう……
―― 寝てくれ、このタイミングでアレだし言いたいこと山ほどあるけどホント今寝てて疫病神!!
そういう渾名ついちゃうよなーやっぱりね、どうも…… とまるで肝心な所で外して項垂れる何かのスポーツのキャプテンの様な哀愁を漂わせてアラーニェはまたしてもふざけるなと怒鳴りたいタイミングで眠りに着いた。
そして身体の感覚がトールに帰って来たときと同時に、カルトの爪が彼の眼前に迫り……
「はぁ…… やっぱり敵わないなぁ……」
そのまま止まった。
カルトはあのとき、次で終わりにしようと考えていた。
充分暴れまわり、潜んだトールを見つけたという行為で煮えた怒りが冷えた様だ。
熱しやすく冷めやすい、執事がカルトをそう評価していたことは妥当であった。
その気持ちが伝わったかの様にトールが最後の一撃を微塵も避ける素振りを見せなかったため、残っていた僅かな熱も冷えて止まったという次第だ。
「うん、いつものトールの眼だね」
そして同時に眼の色が元の色になったことも後押ししている。
―― ほれみろ、やっぱりアイツの目付きが悪かったんじゃねーか
同時に別の考えを確信に変える後押しもしたが。
「ほら、なにぼさっとしてるのさ? 家に帰るよ」
今度は少し嬉しそうにトールの袖を引っ張って家に連れて行こうとする。
それに抵抗できるほどトールの腹は満たされていなかった。
そして悲しい事に道を覚えられるほどの集中力も無かった。
―――――――――
本邸に行くと、ヒシタがホッとした様子で迎えてくれた。夕飯の準備がすんで御座いますという、嬉しい言葉と共に。
夕飯はどうやらキルアとイルミもさることながらシルバも用事があり遅くなる様で家族バラバラで食事をとるとのこと。
ゼノは先に食べ終わり、母は父の帰りを待ってからのためおらず、ミルキはだったら自室で食べると言ったが故にテーブルは彼とカルトの貸切状態だった。
「ねぇ? ボク、夕飯遅くなるって書置きしたよね? その割に早く帰って来たのに随分用意が良いんだけど……」
先にかなり多めに皿を置いておくことで、配膳の手間を減らすという微妙なトール対策を施していたヒシタの空いた僅かな時間を見計らってカルトはワザとフォークを落とし、近づいた彼に聞く。
ヒシタはゴトー程ではないがそれなりの期間勤めている執事だ、よってゾルディック家の人間達の癖と言うか傾向は心得ている。
それが告げるに、この疑問を最後まで言わずジロッと此方を見るこの行為はあの母親から受け継いだもの。
自分の中で出た答えがほぼ合っているとした上での追求である。
家族間ならともかく、執事の自分が答えなかった場合の未来は暗いと真実を言うべく口を開く。
「…… トール様の判断でして」
「やっぱりね、それいつの頃?」
やはり読み通りだった。
「トール様が使用人の家にいると分かりましたので、その際に」
「そんな早くに!? ボクが出たのは門をトールが通ったって反応が着てからだよ? 何て言ってたのさ」
流石のカルトも連絡は直前にケータイの類でしていたモノと思っていた為、まさかほぼ出ると同時ぐらいだとは予想外であった。
「ここまでお越しになっていると分かりましたので、失礼ながらカルト様がお待ちになっている旨をお伝えしまして本邸の方へ向かうように…… そうしたら『もう遅い』とそこまで言いかけましたところ、急に心変わりしたように本邸に夕食に間に合うよう向かうと。それで迎えの者をと言えば直ぐにでも行きたいのか捲し立てる様に迎えを断りその代わり『ご自身が何かを連れていく』旨を話して、そこで電話は一方的に……」
懇切丁寧にヒシタは説明をした後、一礼してフォークの代えとトールの食事を持ちに戻って行った。
もう今なら彼も気付いているがきっと彼は最初、トールの言っていた事の殆どが分からなかったろう。
―― 『もう遅い』これはつまりボクが既にトールの事に気付いて出て行った事を指してる。
―― 多分気付いて無意識に言葉に出た、それでそのちょっとの間にボクとトールがかちあう時間を計算したら間に合うと出て行く事に決定
―― それでボクがいるから迎えをよこす事を拒否どころか『連れて来る』ってことか……
彼の前では自分の行動はお見通しかと、カルトは次兄より多く食すのに行儀よく食べる大食漢が何を考えているのかと楽しそうに見た。
―― やはり、肉が違うな……
そのとき考えていたのはそんな事であるが……