クモ行き怪しく!?   作:風のヒト

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こんな時間に投稿設定かつ充電完了しきって無い、が後悔は無い。



クモ、強風に流される4

「ふぁああ~」

 昼下がりの公園のベンチ、暖かくなってきた外の空気を感じながら大きく伸びをする。

 欠伸をしながらのソレを犬の散歩をしていた女性にくすりと笑われ、こりゃいけないと身嗜みを整える。

 

―― 毎日机の上じゃ滅入っちまうしな、朝はジョギングしたり偶にジム行ったりするか……

 

 勉強の合間の気分転換に外に出たレオリオは向かいの噴水を眺めながら、乱れかけた生活のリズムと鈍り始めた自分の身体を正すためにそう決める。

 ゴン達は今頃どんな修行めいた事ををしているのだろうか、クラピカはちゃんと雇い主を探し当てただろうか、トールは一体何の用事があるのだろうか?

 噴水から空を、それを通り越して遥か向こうの仲間達を見る様に顔を上げる。

 

―― ま、オレはオレが出来る事を精一杯やるだけだな……

 

 さて、気分転換はこれくらいとベンチからレオリオは立ち上がる。

「まず第一歩か…… そこでコソコソとオレの後を付けてるヤツにガツンと言う事から始めるかな?」

 

 そう言って彼は自然な動作で後ろを向く。

 

―※―※―※―※―※

 

「…… すいません、もう一度言って下さい」

「おぬしに【念】の教授をお願いしたいと言ったのじゃ」

 時は遡って裏試験合格通知を受けてただ一人残された場面。

 既にトールに渡された湯のみが空でなかったら流石に吹き出してしまうと確信出来る、爆弾発言がネテロから為された。

「というかそもそも教授って何ですか?」

「うむ、裏試験の合格条件は【念】の体得なのはさっき言った通りなのだがな」

 実に三分も経ってない話である。

「では【念】を覚えるというか扱える様にしようとして、自分一人では難しいじゃろ?」

 言われりゃ確かにと頷く。

「そこでまぁ【念】の使えぬ新人ハンターは暫く此方で大まかに居場所を把握していてな、そこに多くは心源流の師範代を裏試験官として送って【念】を手に入れる為に教授するようにしてあるのじゃよ」

 割とケアが出来ているらしい、同時にそれでもライセンスや最悪命が盗られる云々が多いのはあくまで【念】に関するソレだけで、後は知らないという姿勢でもある。

「で、この者に関しては君に担当してもらいたくての」

「いや、何でそうなるんだ」

 素だった、しかもそれにまったくもって同意と言わんばかりにお茶を出して傍らにいたビーンズも頷いた。

「心源流でも無ければ【念】も師範代の方々と比べるまでも無く覚えたてのぺーぺー、心・技・体どれも格下でしょうに」

 パッと思いつく限りでもこれだけアレだと自身が如何に力不足かを説明する。

「心源流云々は単にわしが師範だから選択肢に多いだけじゃな、心源流から習う事必須であればおぬしら三人もまだ合格じゃなければそれ以前に悪質な勧誘じゃろ? 流石に」

 ここでネテロはお茶、ではなく明らかにオレンジジュースであろう物を飲む。

「心技体は、まだ未熟であろうが…… アルゴ君に習っているし悪い方向には行っておらんと分かるしの」

「アーちゃんを御存じで?」

 ここでまさかその名前が出るとはと、素のままアーちゃんと言った。

「アーちゃんて…… わし、プロハンターは一応全部顔と名前を覚えとるし」

 さらっと言ってのける。

「それでも試験合格後にそっとわしの手を握ってウィンクしつつ番号渡されれば会長職の責務とか関係なく覚えるし、忘れとったら何かの能力受けたかボケが始まったか疑うわい」

「…… イイ男に年は関係ないそうで」

 身長190越えの大柄なオカマが老人に色目を使う場面が無駄に細部まで浮かんだ。

「【念】に関してはぶっちゃけ技量はあまり関係ないしな、それでも尚必要と言うならおぬしは合格の域じゃよ? あの道着見れば分かる」

「俺が道着仕立てた事知ってたんですか?」

 ゾルディック家の仕事の後、トールは心源流の道着を仕立てている。

 心源流じゃ無ければむしろ他流派であること等懸念していたが、結果は上々であった。

「そりゃさっきも言ったが師範じゃし、わし個人は別に道着を着なくてもいいしむしろぴっちりしたTシャツと短パンのラフな格好の方が好みじゃがな」

 そういえばゴン達と飛行船でボールを取り合っていたらしいときもタンクトップ姿だったことを思い出す。

「それに要はその者にとって合っているか? ここが最も大事じゃ…… 最高級の食材を使った所で納豆とビールは合わんし酷い事になるじゃろ?」

「宴会の余興でやられたのまだ根に持ってたんですか……」

 どんな例えだよと思ったがビーンズの呆れたツッコミから実体験だったようだ。いや、それでも酷い例えであるが。

「…… それで俺が一番合ってると?」

「本来はなんだかんだで面倒見の良いミズケン君という者に担当してもらう予定だったのを変更するくらいにはな」

 その名を聞いてトールは道着の仕立てについて急に担当にされたとぼやいていた男を思い出す。

「ミズケンさんってあの無精ひげの?」

「おお知っとったか、その髭で浮浪者っぽい奴じゃ」

 何気に酷い特徴の掴まれ方である。

「いや俺よりよっぽど説明うまいですよあの人!? 合ってる合ってない関係なく教えることに関しちゃうまいでしょ!?」

 なんで俺がと言いつつもホワイトボードなどを巧みに使っての説明が巧かった事は見た目のギャップと合わさって二年前の事であるのに克明に覚えていた。

「それでもじゃ」

 簡単だがされど断言したその言葉に、トールは一度大きく息を吐いた。

「…… 分かりました。でも無理だと思ったらすぐ連絡しますよ? 一番困るのは俺じゃなくて半端に教わるコイツですから」

 そこだけは強く、そして譲らないと言う。

「うむ」

 それだけであるが、最優先事項として通った事は分かる。その後もう一ついいかな? と指をピンと立てる。

「教えるタイミングなんじゃがな、最初はこっそり後を付けてくれんか?」

 それはなぜ? という疑問の眼でネテロを見る。

「この者のハンターになった理由なら近いうちに必ず【念】の習得の有無で躓く時が来る、それまでは接触しない方が良い…… 初めから教えると【念】のみに比重を置きやすくなってしまうからな」

 ハンターになった理由如何では此方側が最初から干渉するケースもあるが多くは【念】を必要とする場面に早期で遭遇するため稀だと言う。

 

 この右も左も分からない様な奴にいきなり試験官やらせるケースの方が稀というか本来やってはいけない類ではないかと思ったが。

 

―※―※―※―※―※

 

「や、やっほークラピカ元気ー? って元気か、アハハ……」

「トール……? ロカリオ共和国に行ったのではないのか? というか何故ここに、この部屋にいるのだ?」

 斡旋所で『ひよっこ以下』そして『まだ試験は終わっていない』と言われ、その意味を考え近場に借りた宿の部屋に帰りドアを開ければ申し訳なさそうにトールが部屋の椅子に座っていた。

 流石のクラピカも別の事に頭の容量を取られた上での出来事に、疑問符を浮かべるばかりである。

「えーっと、うん…… 何て言えばいいのか、試験の続きというか」

「なんで知っている!?」

 許可を得て隠れていたからである、と今言えばさらに混乱するだろうなどうしようとトールは頬を掻いた。

「とりあえず、さ…… 御飯食べながら話そうか?」

「…… そうしてくれ」

 ある種異様な光景に身構えかけていたクラピカであったが、その話の持っていき方に目の前にいるのはただのトールだと理解し、安心と力の抜ける感覚を両方感じつつ食事を一緒にすることにした。

 

 尚、偶然であるが同じ日にレオリオは稀と言われた脈絡の無い試験官側からの接触を果たし、その事をトールが知ったのは数ヶ月後だった。

 

 

「…… ではトールの用事というのは」

「うん、クラピカに【念】を教えてくれとさ…… そのクランベリーパイ半分貰ってもいい?」

 皿に隠れてそこから伸びるトールの手が物欲しそうに一切れだけ食べられたパイを指差す。

「全部取っていって構わないがその皿の塔を崩さないでくれよ」

 器用に皿を避けてパイを持って行く腕を見ながらクラピカはルームサービスで頼んだ品を必死に往復して運んだ宿の人間にこれ以上激務を与えないよう言う。

 咀嚼する音が聞こえるから無事に口にまで運んだのだろう。

「そのオーラを使う【念】とやらはどんなことが出来る?」

「んー…… 大体出来るかな? 実際見た方が早いか?」

 そう言ってトールは皿の塔改め皿の壁の向こう側から椅子を立ちクラピカの横に立つ。

「…… スーツは入り様?」

「…… ああ」

 一体何の質問だと問う前に、トールはおもむろに巾着袋から黒い砂状の染料を幾らか取り出し舐めると、手が高速で動きだした。

 その高速の動きはクラピカにゴトーのコイントスを思い出させるが、同時にその速度より速いと気付く。

 そしてその複雑な動きの中心で何か黒い物が創造されていく。

 

 それが何だか気付いたときには既にトールの手は止まり、一着のスーツがYシャツとネクタイを除いてそこにあった。

 

「こんな感じで俺は服が作れる!」

「そ、そうか…… 便利だな」

 反応は微妙だった。

「ああ、四次試験でクラピカの木刀で木と少しヒソカを斬ったのとか皆担いでロケット発射ーってやっただろ? あれも【念】で起こした現象ね」

「それは本当か!?」

 それを聞いた途端、クラピカは比喩であるが眼の色を変えてトールの肩を掴む。

「喰いつくとこそこぉ!?」

 そう叫ぶが普通、戦闘力を求められる類のハンター志望からして服を高速で仕立てあげるのと周りの木々を切り倒す威力が出せる事や人を担いで尚、上への推進力を持つエネルギーが個人で作れる方を比べると、後者の方が余程喰いつく。

 

 トールは知らないがクラピカの復讐という目的なら尚更後者に喰いつくのは必然である。

 それどころか激しくシェイクされて目の前の景色すらトールは分からなくなってきているが。

 

「…… すまない、丁度自分の力不足について痛感していたもので」

「いや、やっぱりこういうのってワクワクするもんだから仕方ないって」

 なんとかシェイクの回数が三桁に辿り着く前に止まり、ネガティブな空気を醸し出しつつ謝るクラピカにトールは的の外れたフォローをする。

 ルームサービスが必死になって皿を回収した頃、クラピカは気をトールは腹を落ち着かせた。

「それじゃその【念】という技術は何かから具体的に話してくとこから始めるか」

「そうしてくれ」

 トールはこの説明のために買った持ち運べる大きさのホワイトボードを使って、この教授を頼まれた次の日から少しずつどういう風に説明しようか考えていた中身を話し始める。

「…… でその中途半端に開かれてる精孔を意識的に開閉したり、所謂生命エネルギーにあたるオーラを留めたり多く放出したり…… オーラやそれに関する事を自在に操る術が【念】ってこと」

「では、トールが先程行った行為は……」

「それが一応さっき言ったそれらの【念】の集大成っていうポジションにあたる【発】だね、まぁ凄いざっくりな言い方だけど個性を生かした必殺技みたいなもん」

 頭の中に辞書が入っている様なと形容できるクラピカに対してトールはかなり頑張って説明した。

 クラピカの性格的に目的を教えず目先の修行に全集中させるより、最初に一切合切を教えていた方が良いと思ったからだ。

「【念】の体得にはどれほどの期間が掛かる?」

「精孔を開いて【纏】を体得すると言う意味なら、ハンター試験を合格する精神と肉体を考慮して大体五ヶ月。基本の四大行全部を使い物に出来るまでとなるとさらに一年もしかしたら早くて半年位…… らしいな」

 アルゴとネテロから大体これくらい掛かるであろうと言った期間を算出して割り出した平均日数を伝える。

「トールは精孔を開くのにどの位掛かったんだ?」

「うん、え!? あー、こんくらいかな……」

 しどろもどろ視線キョロキョロというダブルパンチをかますが、指はそれに反してピンと一本人差し指が伸びる。

「? …… もしかして一週間か?」

「…… 一日でしょ?」

「まぁ色々あってね、ってちょっと待って」

 まさか当てられるとは、とトールは観念したように答えるが何か引っかかり待ったをかける。

 その答えは窓の方から聞こえた。

 それだけならまだいい、クラピカと同タイミングで窓を見たトールは考える。

 

 問題はその声がとてもよく知るものである、しかもここにいる可能性が最も訳わからない人物。

 

「少し探しちゃったよトール」

 

 カルト=ゾルディックが、そこにいた。

 

―――――――――

 

「君は確か、キルアの……」

「まさかフライト直前に滑り込みでライセンス使って便を変えるなんてね、あれされると情報が一切秘匿されるから出回ってる裏技が使い物にならないし大変だったよ」

 クラピカを無視してツカツカとトールに歩み寄りながらカルトは苦労話をするように言いつつ余った椅子を引いて二人の間に割り込んで座る。

「つけてきたのか?」

「相変わらず白々しいね、仮にも暗殺者を少しの間とはいえ撒いといてさ」

 知らん知らんと首を振って否定するが、無駄に積み重なった実績がそれをカルトに肯定させることを阻んだ。

 ちなみに全くどうでもいいが、大変だったのはカルトではなく次兄である。

「態々来たとこ悪ぃけど、俺忙しいもんでさ」

「【念】を教えるんでしょ? じゃあボクとの修行の片手間に出来るし大丈夫だね」

 それは一体全体どういう横暴だコンチクショウとトールは米神をおさえて目を瞑る。

 そして次に開いた眼が捉えたのは一枚の紙を見せるカルト。

 シンプルなデザインのそれに目立つ自身の名前と赤い点…… 血判。

 

―― 一緒にいるってまだ続いてんの……

 

 早く過ぎ去れと碌に見ずに押したそれは少なくともこの持ち主が一回り成長するまでは一緒にいなければならぬ、そう読める内容であった。

「それに家から出て来る時にお爺様からよろしく頼まれたでしょ?」

 

―― 孫ってこっちかぁー

 

 正しくはキルアも入れて両方である。

「さっきから勝手だな」

「……」

 カルトからして後方、トールからはカルトに遮られた向こう。

 互いにその顔は確認できないが少なくとも穏やかなモノで無い位は容易に想像出来る声音だ。

「遊びの延長の様に来るのなら帰ってくれないか? 我が儘でそうしていて最も困るのはトールなのだぞ」

「…… ボクはボクの目的を果たすために外へ出たんだ。それを…… 遊びだって?」

 そこで言葉は切れたが、ここにイルミかミルキが居ればその後にこの言葉が聞こえただろう。

 

―――― 兄さんを連れだした侵入者め…… と

 

 その一触即発の空気に耐えられず、それでもこの場に居続ける為にとトールはカルトが横のテーブルに置いた誓約書の内容を確認するかと少し背もたれから身体を離し、手を伸ばす。

 

 このときトールは見誤った、キルアを外に連れて行った人物とそれの遠因で来たのに遊びと言われたその組み合わせと、カルトの許容量を。

 彼が空気に耐えられなくなったとき、カルトのオーラは不機嫌に揺れていた。

 つまり、このとき一触即発ではなく既に爆発していたのである。

 オーラを少し多く纏わせるラグが無かったら起こり得なかったタイミング。

 カルトの攻撃にトールの左手が範囲に入り込むという動きの妙。

 

 発動した【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)によって動いた彼の左手が裏拳としてクラピカの右頬に放たれようとしていたカルトの手を此方に引き込むように掴み止めた。

 

「止めちゃうの?」

「スイッチ入っただけだ。オーラを纏った拳を放てば悲惨な事になるぞ?」

 饒舌にならない舌を動かし、トールは熱の無い瞳でカルトを見る。

「恐いなぁ…… けど殺しはしないよ? むしろ修行時間を短縮させてあげようとしたくらいさ、ボクもこうして覚えたし」

 言ってカルトはトールが手を離すと少しおどける様に席を立ってベッドに倒れる様に座る。

 

―― 本当におっかないなぁ

 

 スイッチという単語と彼の瞳に殺す事を決めた瞬間の父と同じそれを見た。

 その場を離れる行為の根底にはその恐怖が存在していた。

「修業期間の短縮とは本当なのか? トール」

 どいた事で見えたクラピカはカルトの事等今はどうでもいいと言わんばかりに聞いてきた。

 何と言うか都合の良い部分だけ聞きとるそれは二人とも似てるとふと思った。

「短縮というか…… 【念】を相手にぶつけることによって精孔を一気にこじ開ける方法がある。それをすれば一秒で【念】を使える状態になる…… けど所謂外道の法って奴で生命エネルギーであるオーラが一気に放出する前に【纏】が出来なきゃ危ないけどさ」

 アルゴと長く付き合うある意味切っ掛けとなった場面を思い出しながらトールは素直に答えた。

「ならそれをしてくれ、時間が惜しい」

「話聞いてたよね?」

 コイツにこう言われたら御終いであろう台詞が出た。

「あと、殴ろうとするなカルト」

 ベッドの方では殴る理由が出来たとカルトが再び握り拳を作っていたので直ぐさま止めた。

「それやって死んでも駄目、そうじゃなくても修行期間を減らすどころか療養で入院じゃあ無駄な時間だぞ!?」

「だが、今私の目の前にはその成功例が二人もいる。そして行う者がその先人、成功の確立は充分高い」

 しかし、一方は半分が既に【念】を体得しておりそして人外の肉体を持ち、一方は生まれた時から絶え間ない拷問によるその延長線上にある日常光景の範疇と言い切れる家庭環境を持つ存在である。

 だがその事を知っていたとしてもその事を諦める様には見えなかった。

 我を通す熱が、何時かの少年が魅せたあの光がクラピカの眼にもあった。

 

「…… という訳で、もうどうしようもなくて」

『それで早速電話したのねぇ?』

 あのあとトールは「少し考えさせて色々相談させてくれ」と言って外に出た。

 ついでにカルトと同席させるのもあれだったので、クラピカも考えが変わるかどうかの猶予という体で気分転換を狙いに外へ出した。

 カルトはトールを追う事に優先し削った食事をいま部屋で取っている。

 そしてトールは目に付いたベンチに腰掛けて、暫く考えるもまとまらずこうしてアルゴに電話したのである。

『悩んで電話してくれて嬉しいけど、これに関して私はやっちゃだめともやりなさいとも別の方法の提案も無いわ』

「マジかい」

 ごめんなさいと謝って出たアルゴの返答はその様なものだった。

『だって、私とトールちゃんの事故だってこうして掛替えの無い関係を築く切っ掛けになったのだし、何よりクラピカちゃんって子と直接会った事も話した事も無い私が決める権利は無いわ』

「…… それもそうか」

 言われて見れば全然知らない人間の決定で人生が左右される選択をされるのは釈然としなければ納得も無く、むしろ怒りと恐怖を覚える。

「もし、無理矢理開く方法をとることになるとしてアーちゃんは直ぐ来れる?」

 せめて成功率を少しでも上げようと、トールは考える。

『例え直ぐ来れるとしても絶対に私がその子の精孔をこじ開ける事はしないわ』

 しかし、その言葉にあくまで出来るとしてもサポート役だとアルゴは断る。

『例え成功の理由を並べてその方法を迫る子でもね、それはアナタを信頼し信用しているから言えると思うわ。さっき言った赤の他人の言葉に左右される事と何ら変わりないもの、技術が私より下だとしてもね』

「……」

 その言葉にトールは黙った。

『それに精神の安定が重要な場面で下手に緊張されても失敗するだけよ?』

「…… ありがとうアーちゃん」

 礼を言って電話を切って空を見るトールの顔に迷いは無かった。

 

―――――――――

 

「本当に良かったんですか?」

「なにがかの?」

 心配そうな顔でビルの窓から空を見るビーンズの言葉に、ネテロはとぼけた様子で返す。

「分かっているでしょう、トールさんに【念】の修行を任せた事ですよ」

 ジトっという目で書類終わり、ゆったりお茶の時間を過ごすネテロのクッキーを食べて揺れる髪を見る。

「本来の担当予定だったミズケンさんをレオリオさんのところに向かわせて、代わりに今期合格の新人に任せるだなんて」

 今でもその判断は冒険というか無謀も良い所と思い、もう一度言った。

「心配性じゃの~」

 それの答えは暢気に間延びした声と欠伸だった。

「心配性じゃなくたって心配しますよ!? 一体彼にどれだけの可能性を見出したと言うんですか!?」

 突発的な申し出にそのとき書類作成に追われたビーンズはそれを抜きにしても、二人の未来を案じて声を大きくする。

「可能性は誰にも等しく存在するもんじゃ、肉体のポテンシャルが凄い事は認めるがのう」

 トールの試験応募時の紙をおもむろに机に出す。

「肩に触ったとき年齢24歳と書いておったのは本当の様だと確信したわい、あれ()()()()()()()()()()()()()()()()小柄なのだとのう」

 チラリとビーンズを見れば別の理由でツンとしていた。

「まぁそこは重要じゃない、あのとき言った様に『合ってるから選んだ』これに尽きるの」

 だから何がと言いたげなビーンズにネテロは続ける。

 

「あの青年にクラピカという子が合っているから選んだ、ホントこれじゃな」

 

「え? 逆、じゃないんですか……」

 何でも無い様に言った言葉にビーンズは目を大きくして混乱する。

「本人の手前そう受け取られるように言ったのは認めるが、クラピカの方が彼に合っていたんじゃなこれが」

 ホッホッホとネテロは笑う。

「いや笑ってる場合ですか!? というか本当に何故なんですか!?」

 小さな体を少しでも大きくする様に背を伸ばして両手を上げて声もあげる。

「ぶっちゃけフィーリングじゃしなぁ、言葉にするなら互いに欠けてて合わせて丸く収まると言ったとこかな?」

 クッキー二枚を割り、一個のクッキーの様に見せてネテロは手に持ったそれをパクリと食べる。

 といっても大きく欠けた方と三分の一ほど割れたペアで歪な楕円になっているが。

 怪訝そうな顔のビーンズに割れたもう一対の方を渡す。

「…… 復讐でハンターを志望した人物とあの天然少年が同等の歪さであると?」

 変な食べ方をして噎せて慌ててジュースを飲む目の前の様子と合わせて信じられないとビーンズは視線を向ける。

「…… げふぅ、同等?」

 話せる状態になったネテロが首を傾げる。

 

「はて、クッキーは均等に割れとったかな?」

 腹に収まれば関係ないがのう、と呟くネテロはゆっくりと目を閉じた。

 

―――――――――

 

「つまんないなぁ……」

 挑発するような声でカルトは言った。

 その横ではトールが壁に背を預けている。

 

「随分な物言いだな」

 そう言うがさして気にしない態度でクラピカは答えた。

「ホント、つまんないよ」

 今度は本当にそう思う投げやりな態度でカルトが続ける。

「そんなあっさり【纏】が使えるようになるなんてさ」

 無視してクラピカは目を瞑り、オーラを留める事に集中する。

 もう何を言っても反応しないだろうと判断し、そんなクラピカから視線を外してピクリともしないトールの方を向く。

「それで、トールの方がなんで疲れてるのさ?」

「…… 心労ってヤツだね、うん。無事出来てよかったけどさ」

 力無く立ち上がり、椅子に座り直す。

 

 結果から言えばクラピカは【纏】を見事体得した。

 片膝をつく位には消費したが、その後なんとか持ち直すとオーラは歪ながらもクラピカから出て行かずに周りを覆う様に止まった。

 その間一時もトールは目を離さずさりとて手伝う訳にもいかず、本人より精神を減らして見守り続けていた。

「うーっし、精孔開いた記念に今日は御馳走にしよう!」

「それはいつもと何が違うんだ?」

「それボクん家にいるときより豪華なの?」

 

―― コイツら結構息合ってんじゃねーか……

 

 散々言われたが、この日トールが食べた物の変化は精々ケーキ類が増えただけである。

 というかクラピカの祝いなのに本人はケーキを食べなかった。

 


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