「森に行こう」
恐るべき成長スピードで【練】を体得し出したクラピカと、自分の修行はいつになったら本格的に見てくれるのだと期待しているカルトの前でトールは突拍子も無く言った。
「やっぱり都会にいるのが苦痛なの?」
「本気で心配する表情やめて心にクる」
幾度かトール捜索隊に紛れて探していた経験を持つカルトは、彼が都会アレルギーでも患っているのかと本当に疑問が湧きつつ問う。
「それは私の修行に必要なのか?」
「両方にな…… 今朝方連絡があって宿の目処がたったから今発表した」
「なら突発的に言わないで前々から言っておいてくれないか!」
【練】をしながらの指摘に思わず一歩下がる。
ノリと感覚で生きている存在は今日も予測不能であった。
「やってきましたログハウス、いやログホーム」
「家のみたいな山は無いけど自然豊富だね」
大きな荷物を抱えながら二人が見上げたのは自然の真っただ中に存在する一軒の家である。
「…… ふぅ」
その半歩後ろのクラピカは少し疲れ気味だ。
「あれくらいでへばってるんじゃ来ない方がマシじゃないの?」
ここに来るまでの飛行船に乗っている間、【練】改め【堅】の持続を行っていた。
この期間で破格の十五分とはいえ流石に限界が一度来て気絶する様に寝たり、その間に出てきた機内食を耐えきれずクラピカの分までトールが食べてしまったり色々あった。
「この程度、問題にならない」
気合いで立ち上がるが実は煽っているカルトの方もかなり疲れている。
「よーし何時までもここで喋ってないで中は入るか!」
納得出来ないのはトールが同じ事やって一番疲れていないことであるが。
家の中は思っていた以上に広く、驚いた事に専用の発電所から電気がきていた。
「見ろ! 冷蔵庫あるぞ中何も無いけど!」
はしゃぐトールに馬が合わないらしい二人だが、このときは同タイミングで息を吐いた。
「それにしてもよくこんな所を借りれたなトール」
「ああ、ライセンスですぐ借りれて資金面は試験の延長で必要経費だからって全面協会持ちになってるからな、食費全額は勘弁してくれって言われたが」
タダ飯が一番うまいのだと言わんばかりに胸を張る。
「それで、今からもう修行するの?」
荷を置き終わったカルトは肩をほぐしながら聞く。
それを聞いてトールは備えられていた掛け時計をチラリと見る。
「んじゃあ、夕飯の材料とってくるのを修行とする! 尚、肉類を多めに!」
「トールはボクと一緒ね」
間髪いれずにカルトが袖を引っ張る。
「…… 食材探してる間に放浪されると困るから」
その言葉に最初の発言で文句の一言を言おうとしたクラピカは納得したように頷いて外に出た。
―――――――――
「…… その恐竜みたいな生き物は?」
「よく分からんが、けど旨そうだったからな」
家の裏で喜々とし血抜きをしているトールの獲物は牛より二回りほど大きいトカゲの様な何かであった。
一方のクラピカの手には絞められた鳥が三羽と大きな麻袋を担いだ姿である。
クラピカを少し見るだけで直ぐに自分の作業に戻ったカルトの血抜きしている動物は、皮を剥がれたとはいえその荒縄より太い紐状の生物は蛇であると分かる。
「その袋は?」
血に染まった指で麻袋を指す。
「一応、私が知っている食べられる種類の野草を採って来た」
「おお、鳥と合わせてチキンサラダだな! メインばっかで副菜を忘れてた」
俺達も幾つか野草を採って来たんだけどさ、と見せたその量は確かに少ない。
―― この鳥はメインのつもりだったのだが
その言葉は二人の成果の手前、言えなかった。
「その鳥、傷がないがどうやって捕まえたんだ?」
「幾つかの場所に即席の罠を仕掛けていた、野草はその間に採っておいた」
それなら多く野草を採っている件は納得である。
「罠かぁ、そっか罠か」
―― 【念】を覚えてから全然使わなくなったなぁ
以前はそこらじゅうに罠を張り巡らせて食い繋いでいたが、アルゴと出会い【念】を覚え、そして糸を飛ばせるようになってからは出掛ければ直ぐに捕まえられる様になったので罠はここ数年作って無いなとふと気付いたのである。
急に何かを考える様な素振りを見せるトールにクラピカは怪訝な顔をするものの、既に血抜きを終えていたので自分とトール達が採って来た野草を洗って余計な葉等をとるためそのまま家に入った。
「…… 何か私に用か?」
野草を洗い終わったクラピカのその背後からの怒気、それがカルトのものだと直ぐに気付く。
「オマエさ、修行する気が無いなら帰ってくれる?」
「それはどういう意味だ? 少なくとも不真面目な態度はとっているつもりはない」
膨れ上がるのは怒気だけでない、クラピカは静かにオーラを強める。
「不真面目以前の問題だよ、修行してないもの」
遂に振り返り対峙する。
「私が修行をしていない?」
その言葉にクラピカのオーラにも少々の怒気が浮かぶ。
しかし、その程度かとカルトは気にも留めず自分に宿る怒りを言葉にしてぶつける。
「この修行は【念】の修行だよ? なのにオマエがしたのは罠を張って野草を採るだけ、そこに【念】を使ったの? 態々肉食の大型爬虫類が多い場所をトールが選んだうえで食材を自分でとることを修行の一環にしているか分かってるの?」
「ッ!?」
それはクラピカにとって衝撃だった。
「…… そうか、だからあのときトールは考える様に黙って……」
そのときのトールの反応を思い出す。
「分かったらさ、さっさとここから……」
「すまなかった。これでは修行をしていないも同義だ、そして気付かせてくれてありがとう」
「出て行って」そう言う前にクラピカは非を認めて頭を下げた。
「…… は? え、と」
まさかここまで素直に認めるどころか礼を言われると思っていなかったカルトは先程の怒気も何も全て消え去り、逆に慌ててしまった。
「ふぃー…… やーっと血抜きと解体が終わったよ。そっちも終わったぁ?」
そしてこのタイミングで現れたトールによって遂にカルトのそれは有耶無耶になって潰えた。
こうして台所にはよく分からない肉と野草が並んだ。
「んじゃあ修行しますか」
そう言ってデンと隅に置いたのは何百枚ものまな板とそれに相応しい数の包丁だった。
発言と合わせて何がどういう修行なのか全く分からない二人は揃って無言のクエスチョンマークを浮かべる状態と化した。
「えーとね、これをこう置くじゃん?」
一枚のまな板を調理スペースに置いて、さらにその上に肉を一枚置く。
「ほいでこれを持つ」
一本包丁を取って包丁を持つ。
「それで右手でこうして左もこう!」
そして食材を支える手と包丁を持つ手からオーラを放ち、それぞれを覆う。
「で、切る!」
言葉の勢いとは裏腹に丁寧に肉はぶつ切りにされていく。
「こんな感じで事前に用意した調味料使って料理を作って下さい!」
「修行って言うには生ぬるいよトール」
そう言ってカルトはトールの持っていた包丁を受け取ると残り半分の肉もぶつ切りにすべくオーラをこめる。
そしてストン、ストン、と小気味いい音を響かせて切れた…… まな板ごと。
「あれ?」
「はい、まな板おかわり」
慣れた手つきでバラバラのまな板をとって代わりのまな板を敷く。
「今度は私がやろう」
今度はクラピカが包丁を持ち、カルトよりぎこちないながらもオーラを纏わせる。
「む?」
包丁が肉の半分ほど切れ込みを入れて止まる、クラピカはそのまま力を込め押し切る様に右手の力を強めて……
見事包丁がぐにゃりと根元から曲がった。
「なんとか俺が腹減って気絶する前にお願いするよ」
―― それ、全然時間足りない!
心の叫びが一致した瞬間である。
「まさかこんな死屍累々な感じで夕飯を迎えるとは…… いただきます」
「…… こっちの台詞だよ食いしん坊」
テーブルに並べられたチキンサラダや簡単な肉と野草のスープとある中、クラピカとカルトはテーブルに突っ伏す形で座っていた。
クラピカに至っては余りの疲労にパンを枕にしている様に見える、というかそういうメインディッシュみたいである。
その後すぐに気合いで顔を上げたが。
「俺もやってたときは余りの疲労に倒れて気絶したけど、先生が何か食べないとって口移しされそうになったから死ぬ気で立ち上がったなぁ」
懐かしむトールの言葉にそりゃあんなのに迫られれば必死になるだろうなとカルトは無言で思った。
「うん、旨い! この肉のまったりした感じが野草のピリリとしたそれと合わさって、おかわり」
「頼むからもう少し味わってくれないか!」
オーラの出し過ぎで小刻みに震える手を抑えながら必死にスープを飲むクラピカが思わず声を荒げる。
―― 何か爬虫類だらけな森だけど当たりみたいだな
単に立地条件だけで決めた物件は当たりだと確信する。
「トールの食器をボクらと同じにしたのが間違いだよ…… まぁこのスープが思ったより美味しいのは同意するけど、この野草採って来たのトールだっけ?」
そのピリリとする草をフォークで刺して見せる。
「近場に生えてたんだけどさ、生で食べてみて旨かったから幾つか採って来た」
「そんな野性児みたいな…… いや、野性児か。それよりそんな方法で仮にこれが毒草の類だったらどうするつもりだ?」
もう一人のツンツン頭の野性児を浮かべながら呆れつつ注意する。
それにトールは苦笑いで返すだけだ、生まれ呼ばれてから今日までその方法で生き延びてきたので反論したいが流石に
その日の夜、クラピカは激しい腹痛に見舞われた。
残る二人がケロッとしていたので慣れない環境で体調を崩したと扱われ、カルトからは軟弱者認定された。
ちなみにトールが今まで食べて大丈夫だと判断した野草の約六割強は毒草の類である。
―――――――――
「なるほどね、こりゃ具現化系だ」
クラピカが罠を使わず獲物を仕留めることが出来る様になり、それ以上に腹がとうとう毒草に慣れた頃、同時に【発】が行えるようになってきていた。
「ねぇトール、これくらい回れば合格?」
「バッチシだな」
一方のカルトは最初に積んでいた経験差からまるでプロペラの様に浮いた葉を回転させていた。
それでも喰らいつくクラピカの成長スピードは異常である。
そしてクラピカ初の水見式の結果、水の中に水晶の欠片の様な物が出現し具現化系だと判明した。
「具現化系…… 【念】を物質化させることを得意とする系統か」
「だね、オーラを別の形状・形質に変化させるのが次に得意で操作と強化が並、オーラを飛ばすのが苦手ってなステータスになるな」
「とりあえずカルトは最初、小石をオーラだけで動かす事からだな…… 外のなるべく風が吹く場所でやった方がいいらしい」
素直にカルトは頷くと外に出ていった。
「…… 具現化系は、一人で戦う上で向いている系統か?」
少し切羽詰まった様にクラピカはトールに聞く。
「んー…… 一人で生きていくには申し分ない能力かな? 物によるけど便利で壊れてもすぐ直せるというか再度具現化出来るし、持ち運び楽だし」
さらにトールは考える様に顔をしかめる。
「ただ戦闘となると、そうだな強化系が安定して戦えるとして具現化系とか操作系は一芸特化な面があるし厳しいか」
どうとでも言えるけど、とアルゴからの説明を自分なりに伝える。
「強いと言うより厄介っていうのが具現化と操作系かな?」
「そうか……」
クラピカの顔には明らかな落胆があった。
自身が無いわけではない、それでも復讐という目的を果たす道が少し遠のいた様な気がしてならないからだ。
「その、なんだ…… そうだ!」
人の感情の機微に疎いトールでも分かりやすく落ち込んでいたクラピカに、トールはどうしたものかと言葉を考えるが出てこない。
ならばと彼は自分の荷物を漁り、何個かの糸玉を抱えてクラピカの前まで駆け寄る。
「そいやっさ!」
そして一体何だと思うより速く、彼はその糸玉を奇妙な掛け声と共に全て上へ投げた。
――
その糸玉が彼の胸より少し上まで落ちてきたとき、その手はぶれて消える。
眼がようやく慣れたと思った時には手が止まり、そこにあったのはクラピカが着ている服と似た民族衣装だった。
「…… 改めて触ってみて分かるが良い手触りだな」
急に渡されてもどうしていいか分からずそれしか言えなかった。
「ちなみに一着数十万ジェニーから条件揃えば数百万です」
「そんな物をホイホイ出してたのか!?」
流石に驚いたらしくツッコんできた。
「いや、最初は自分の店で数千ジェニー高くて数万ジェニーで売る計画立てたらさー、友達にアパレル業界潰すつもりかって怒られてね。俺の服が安価で手に入ったら他の人商売あがったりらしい」
嬉しいやら何やらと腕組んで渋い顔をするトールにクラピカはその友達の判断が英断だと確信した。
「それで色々考えて最近商売始めた訳さ」
「それはあの大きなタッチパネル式の携帯購入と関係があるのか?」
クラピカの指摘の通り、最近トールはそのタイプの機種に変更した後なにやらそのカメラ機能を使って何処ぞと会話したりこんな場所まで宅配のサービスを呼んでまで何やら送ったりを繰り返していた。
「イエス! 相手方が送って来たデザインを基に仕立て、またカメラ通話により要望を相談して仕立てたり即日仕立て発送するっていうサービスを開始したわけさ」
かなり早い段階で軌道に乗ってきて正直恐いと〆る。
「で、何が言いたいかっていうと俺の能力って戦闘じゃあれだけど、一人で生きていくには申し分ないだろ? 鍛えれば何とかなるさ! うん、まぁ思いっきり友達に頼ってるちょいと情けない年長者の言葉だけどさ」
結局よく分からない話になったが、多分何であれ使い方次第と言いたかったのだろうとクラピカは解釈する。
「そうか、落ち込んでる場合ではないな…… ん?」
さぁ、気分を切り替えようかと思い立ったそのとき、何かおかしなことが耳に入ったとクラピカは感じてトールを見る。
「どしたん?」
「…… 今、私の聞き間違いだと思うが年長者と言ったか」
それがどうしたんだと戸惑いながら頷いた。
「その年長者というのは誰の事だ?」
瞬きもせずガン見するクラピカに押されつつ、やや震える手で自分を指差す。
「…… 私は確かに童顔の部類に入ると認識しているがそれでも18年は生きているぞトール?」
「あれその言い方、これもしかするともしかする? いや、色物の中に紛れて感覚鈍ったな」
ふぅ、と息を吐きクラピカを正面から見る。
「俺、もう24になる」
「ッ!?」
こんなことで会った時から一番驚いた顔されるとは思ってもみなかったとトールはどこか哀愁漂う顔で天井を見る。
が、見た目抜きにしても行動も思考もアレなので自業自得である。
「こんなんでもそれなりに人生色んな事起きたよ、生まれてすぐに引っ越ししたり位が俺の移動距離の関の山かと思えばまさか、えーと今から4~5年前くらいか、ク…… あー、事件あって帰るに帰れないとこに生まれ変わるレベルで辺鄙な場所に来て無二の親友得たり暗殺一家に服仕立てたり、友達の濃ゆーい人とも友になったり最近じゃ、ハンター試験受けたりすぐさま教える立場になったりな」
言って『半分蜘蛛なんですなんて話したら問答無用で殺しに掛かってこないよな?』と一瞬肝を冷やし、微妙に濁した。
「そうそう【発】の修行だけどさ、具現化系は初期の段階で形にする物が決まっていたらそれを具現化する事から始めるよ」
なのでかなり強引に話を変えた。
「あ…… そんな早々からやるのか?」
急に話題を変えて少し間が空いた返事であったが、それでもてっきり基礎からやるものかと、きっちり予想外である旨の返答をした。
「まぁ一生ものだしよく考えたうえで決めるのが普通だろうけど具現化系はイメージが大事だからね、利便性じゃなくて自分に適しているかどうかが一番…… 空想上の物やら生き物は少し特殊な方法とるけどね」
操作系は操作したい物を日がな一日観察したりするからある種似ている所あるけど、と自分の系統に近い分分かる所もあるかのように言う。
「で、何かある? 何も無かったら普通に【纏】と【練】をやってて欲しいけど」
「…… 少し考えさせてくれないか、イメージしたい物があったが少し疑問もある」
そっか、と特に急かす事も無くトールは出掛けて来ると言って玄関へ向かって行った。
既に思考の中に落ちかけていたクラピカはそれに反射的に返事をする。
「しまッ……!?」
その十秒後、やってしまったとばかりに声を上げて急いでドアを開ける。
既に見えなくなった事実を把握すると、どうか今日は真っ直ぐ帰ってきてくれと祈ることしか出来ない虚しさで膝から落ちた。
―― 操る物…… 何にしようかな?
小高い場所で風に負けじと小石を動かしていたカルトがそろそろ夕飯の頃合いであるしと一匹の恐竜もどきを狩って帰路を辿っていた。
その脳内では自身が何を操作するかを考えていた。
最初は単純に人を操って動かそうと考えていたカルトだが、「興味がある物や普段から使っている物の方が操りやすい」というトールの言葉から、他人に興味も無く兄と違って使う事も無い完全な無関心を貫いている自分に人を操る事は難しいと判断したからだ。
トールという操作系の先人もその能力が自分を精密かつ俊敏に動かして服を仕立てるという特殊な能力の為参考にならなかったことも悩む起因の一つとなっている。
操作系だけならあの糸は説明つかないのでアレは半永久的に具現化された物質ではないかと怪しんでいる。
そんな神がかった【念】が出来るのかと言えば無理と言い難いのが【念】である。
けど教えてもらう事はしない、知らない事はイライラするが結局何とも分からず本人の口から聞いて初めて分かる方がさらにイライラするからだ。
今はトールの謎より自身の向上と思いなおすカルトは、何かを感じてその場で立ち止まった。
―― このオーラ、トールの……
少し道から外れた所数メートルにいると、気付く。
【念】を体得して家族や執事のオーラを感じ取れるようになったから分かるトールの何処か異質な感じ。
動くと静かで止まると荒い、行動と感情全てがバラバラに見えて繋がる妙な感じ。
『凄く近くに二人いる』あるいはぶれなく重なっていると言えばいいのか、おかしいのだ。
しかもそれは無意識の一瞬、癖とかそういう刹那の時やなにかを考えているときになっているらしく、四六時中共にいるかそれしか興味を持たず見ていなければ分からない類だと、妙と言わない自身の家族を見て確信する。
だから言わないし聞かない、トール自身も気付いていないことを世界で自分だけが知っているという事がとても心地良いからだ。
さて、そのトールが今何をしているのかと気になり得意とも言える域に達した【絶】で近づく。
知りたいから以外に、単に一人だとこのまま何処かへ行ってしまう可能性があるからというのもあるが。
そして、木々を掻き分けた向こう側にいるトールは……
一本の木に抱きついていた。
―― ? ……?
普段から突拍子もない行動や脈絡の無い発言をするトールだが、それでも最終的にそれが的を得た言動であることが多々ある。
だが、これは一体何なのだろうか? 修行なのか狩猟なのかはたまた何かの儀式なのか?
増えてゆく脳内のクエスチョンマークを必死に抑えつつ観察すれば、ただ抱きつくだけでなく木の周りをぐるぐる回ったりおもむろに普段持っている変な棒を鞭の様に変化させ、そうして出来たわっかの中に入れたりとにかく自分の全部を使いながら木を覆うように囲むようにしているみたいだ。
しかも何回もやっているらしく、木の周りの地面は抉れるほど丸く跡がついている。
そして位置を少し横にして分かった、トールは木に抱きつく様に腕を広げるときも棒で囲む時も一切木に触れていない。
気付いた所でだからなんだと言われても困るが。
どうやら疲労が溜まるほどやっていたらしく、すぐに近くの手頃な岩に腰掛けた。
「トール」
「ん? カルトか、【発】はどうだった?」
草陰から出てきたカルトにトールは手拭で汗を拭きながら修行の進み具合を聞く。
「余裕だよあれくらい、トールの方も修行?」
「うん、二人だけ色々やってて俺だけ何もしないってのもなーって思ったもんで」
基本的に仲間外れを嫌う彼は単純に一緒になってやりたかっただけである。
「だけど一人でどっか行くのは勘弁してね」
「大変申し訳ございませんでした」
―――――――――
「まだ三日も経ってない内にボク言ったよね? 一人で出歩かないでって」
「……」
その日、トールは正座させられていた。
その脇にはまるでサンタを彷彿とさせるパンパンに何かが入った布袋がある。
「しかも食料をこんなに用意して『一人で森に行きたい』だって? コレはともかくボクが着いて行くのもダメな理由は何かな?」
「コレとは失礼だな、まぁ一人で行くのに反対なのは同意するが」
顔を合わせぬまま指差されたクラピカがむっとするがトールの部分に関して同意されてしまった。
「いやホント何か掴み掛けた内にやっておきたいっていうか、それで二人がいるとちょっと危険と言いますか……」
一方のトールはしどろもどろながらも自身のステップアップに必要な事とその際二人が近くにいると危険だということを言う。
結局最後まで反対したカルトであるが、【念】を覚えた後も暫くいることを条件にようやく折れた。
食料が詰まった袋を担いでドアをつっかえ気味に家を出たとき、こうまでしなくてよかったのではという疑問が湧いたが気合いで無視した。
トールは駆ける、なるべく家から遠ざかり森の中心に来るようにと…… 迷わない様に足首から糸を出して。
最初からこうすりゃ迷わないじゃないかバカ野郎! そう心の内で自分に怒りながら約二十分、ここらで大丈夫だろうと、パンパンに詰まった食料袋を前に置き丁度良くあった倒木に腰掛ける。
そして、トールは息を深く吐く。
集中するその耳に木々のざわめきも飛ぶ鳥の鳴き声も途絶えてゆく。
―― はい、じゃあ会話しようか
―― ここまで静かにきといてそんな感じ!?
前腕を折って前のめりに倒れる大蜘蛛を彼は見た。