クモ行き怪しく!?   作:風のヒト

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待たせたな(強気な土下座)


鎖のち鎖、時々も何もやっぱり鎖でしょう

「トールって拷問の経験長い?」

「いや長くない、というかあれが拷問なら俺の人生の半分は拷問になっちまうんだが」

「じゃあ長いよ」

 昼食時、困惑する二人に対面する形で置かれた椅子は二つ。

 一つはクラピカの席……

 

 そしてもう一つは……

 

「そうか旨いか、今日の肉は私の仕留めたトカゲだからなアッハッハ!」

 らしくないバカ笑いをしつつクラピカはもう一つの椅子に座らせた()に語りかけていた。

 

 一体どうしてこうなったのか、それは時を少し遡る。

 

―※―※―※―※―※

 

「ではここにサインを…… はい、ありがとうございます」

 

 クラピカの具現化したいものが決まった翌日の昼、それは届いた。

 贔屓にさせてもらっている運送屋にサインをした後、後ろに控えた数人の男が入れ換わりで入って来た。

「どうも、『リフォーム・アート』の者ですが…… トール=フレンズ様ですか?」

「はいそうです、こんな場所まですいませんねなんか」

 さぁどうぞと招き入れたトールの顔はドッキリを仕掛ける人間のそれであった。

 

「あの…… やっておいてなんですが本当に大丈夫でしょうか?」

「大丈夫でしょう、私が先人です!」

 不安気な業者の一人にトールは胸を張って答える。

「そうですか…… それでは、今後ともリフォーム・アートをどうぞよろしく」

「…… ええ、是非機会があれば」

 

―― まっさか全員こういう専門の念能力者とは…… アーちゃんの知り合いは摩訶不思議すぎる

 

 僅か数十分のビフォー・アフターに驚くトールであるが、こいつも大概である。

 

―― これはアイツが帰ってくるまでに俺の分も終わりそうだな

 

 その予想通り、彼はアイツことクラピカが狩りを終えて帰って来るまでに全ての事を終えていた。

 

「何これ?」

 見慣れぬそれにそう言ったのは自分の身長に不釣り合いなワニを両手で頭上より高く掲げて持ってきたカルトだった。

「どうした? 早くドアを開けてくれないか?」

 後ろの方ですっかり慣れたどころかどちらかと言えば好きになりつつある例の毒草を中心に詰めた袋を担ぎ、さらにロープの様に蛇を丸めて空いた肩に巻いているクラピカが開けろと催促する。

「ちょっと持ってて」

 それに対する答えは持っていたワニを放り投げる事であった。

「なッ!? 待…… ぐぉおお!!」

 ワニをクラピカの方に投げるもその声を完全に無視し、カルトはその不思議な物…… ドアノブから出る鎖をマジマジと見る。

 二・三度触り、もしやと引っ張るとどういう原理なのか鎖がピンと張った瞬間ドアノブが回り扉が開いた。

 

「おかえりー! ありゃ? 開けたのカルトか」

 両手を広げ待ってましたと言わんばかりに帰宅を祝ったトールは目の前のカルトにありゃりゃと言った。

「クラピカはー?」

 その態度に一発かましてやろうかと思ったが大人げないとやめて不機嫌に外を指さしそのまま中に入って行った。

 

 指差されたクラピカは何がどうなってそうなるのか、ワニがまるで垂直落下して頭から丸のみした様な状態で被って右に左にフラフラしていた。

「おーい! 扉閉めるから遊び終わったら開けてねー!」

 

 無慈悲に扉は閉められた。

 

 

 

「それで、あの扉は何なのだトール?」

 一旦顔と髪を洗い、タオルで髪と顔を拭きながらクラピカは青筋を立てる。

 視線は元凶のカルトに向けられていたが肝心のカルトはまだ無視している上に拗ねた雰囲気を携えていた。

「あれはクラピカの修行のために用意したもんさ」

「私の修行?」

 性質の悪い悪戯かと思えば何やら違うらしい。

「具現化系の修行エクストラステージかつ入門も兼ねる『イメージ修行』の初歩…… 四六時中鎖と触れ合ってもらう」

 そのとき開けていた窓から風が吹き、ジャラジャラと音がした。

 その音の場所を反射的に振り返ったクラピカが見たのは、鎖。

 

 キッチンの扉代わりの暖簾が十数本の鎖になっていた。

 

「まさか……」

 椅子から立ち上がって家の中を走り回る。

 扉は全て玄関と同じ様な鎖の仕掛けが施されていた。

 階段や風呂場の転倒防止目的の手すりは全て鎖に変わり、飾られていた絵の入った額縁には無駄にクリアに映った鎖の写真になっていた。

「なッ……」

 とにかくなにかで鎖が目に付く廊下を抜け、辿り着いた自分の部屋の前でクラピカはポカンと口を開けた。

 そこにあったのは鎖の仕掛け付きのドア等という生ぬるいものでなく暖簾代わりの鎖よりさらに多く、完全に部屋の中が見れないほどに密集した鎖の壁であった。

 その鎖の壁から拳二個分ほど離れた天井から伸びた一本の赤い鎖を見つける。

 もしやとそれを掴み、グイッと引っ張った。

 

 そうするとそれに連動する形でもはや密集しすぎて音すら立たない鎖が、まるで神話か何かの海を割る絵の様に左右に分かれて壁の中に収納された。

 そして赤い鎖を離しても目の前の鎖の壁が戻らないことを確認して恐る恐る入った自分の部屋の光景を認識したとき、クラピカは本当に言葉を失った。

 

 結論だけ言えば、一面鎖だらけなのだ。

 

 カーテンが鎖になってるとか部屋の明かりの紐が鎖になっているとかクローゼットやその他が同じ様な鎖になっているとか、ベッドじゃなくて鎖のハンモックになっているとかもうそういう次元の話ではない。

 椅子とテーブルが鎖になっている。

 どういう原理なのか、網細工で出来た椅子があるのだからこれも出来るだろうと言う暴論が何の冗談か成立して実際にこの場にあった。

 椅子には申し訳程度の多分トールが仕立てたと思われる鎖柄のクッションと、鎖の外観を損ねないガラス製のテーブルの上部分が無駄に凝っていた。

 

 そして壁一面が鎖になっている。

 近づいて触ってみればどういう接着剤を使っているのか、全くそういった跡も無く鎖がピッタリそしてびっしり壁に張り付いているのだ。

 しかもただ単に鎖でびっしりなだけでなく色の違う鎖を使って幾何学模様を作り上げている。

 もうこの段階でアレだが……

 

 それどころか床も鎖になっている。

 だというのにスリッパ越しで伝わる感触はゴツゴツしたもでなく普通なのだ。

「どう? とりあえずどこみても鎖が観れる様に頼んでみたけど……」

 その声に力なく後ろを見ればトールが頑張りました、という類の笑顔でそこにいた。

 しかし、クラピカの視線は彼の顔で無く別の物に集中していた。

「俺も負けじと作ってみたんだ」

 

 その手には手作りらしき鎖製の上着があった。

 

―※―※―※―※―※

 

「とりあえず鎖に没頭できるようにしてみて早一週間、まさかあんな風になっちまうとは……」

 コイツは予想外だと言うトールであるが、それは紛れも無く本心である。

 その本能を超える唯一の才能…… 没頭する事に関して稀代の天才たる彼に没頭凡人という名の普通の感性を持つ人には彼の一歩は大股かつ無茶であった。

「鎖で縄跳びしながら自作曲とか言って『鎖ジャラジャラの歌』なんてのを急に笑顔で歌った時は流石にゾッとしたよ……」

 そうと知らないカルトからしてみればトールの所業は拷問から応用した何かにしか見えなかった。

 

―― 家以外にも拷問が日常になってる人っているんだなぁ

 

 修行というより苦行の域に達したクラピカのソレには拷問歴=人生のカルトでも少し引いていた。

 

 

 

「それでは散歩に行ってくるぞ!」

「ああ、うん…… その、気をつけてね」

 元気よく扉を開け放って行くクラピカの左手には鎖で繋がれた鎖が五本あった。

 見慣れると鎖に繋いだ複数の蛇を散歩に連れていくようにも見える。

 クラピカは最初の内はただ鎖を弄ったり観察したり資料を漁ったり普通のアプローチを掛けるだけであったが、三日目にして余程こたえたのかはたまた精神の安定を図るためか、鎖を生き物の類…… それもペット感覚で触れ合い尚且つ所謂ハイ(・・)な状態で冗談を言ったり一々大げさなリアクションをとったりするようになった。

 が、ふとした瞬間に素に戻るときがありその落差にうすら寒いなにかを感じる。

 自分の感覚的には初歩の初歩ぐらいであったがどうやらクラピカにはきついらしいとようやく感覚レベルで気付き始め、明日明後日辺りにもう一度業者を呼んでもとに戻そうと考えた。

 どうやらも何も、そもそもクラピカじゃ無くてもきつい点には欠片も気付いてはいないが。

 

「という訳で予定より大分早いですし胸張ったあげくこれですが元に戻していただきたく……」

『ええ、こちらも要望の段階で予想しておりましたので大丈夫ですよ。お急ぎでしたら明日の昼過ぎ頃でも構いません』

 クラピカを見送ってすぐ、ホントすみませんと電話越しにトールは謝るも特急をお願いする。

 かなり早いが、もう鎖の事を十分知っただろうと判断して今度は鎖断ちをさせるべく全ての鎖を取っ払い家を戻す依頼をする。

 そして電話を切ったトールは、今のカルトとの修行までの空いた時間を利用すべく立ちあがる。

 

―――――――――

 

「これでクラピカの奇行も収まってくれるといいんだけど……」

 

―― トールも十分奇行に走ってると思うけどね

 

 カルトは心配そうに呟くトールをみてそんな言葉が出掛かった。

 だが、そう思うのも無理は無い話であったりする。

 何故ならばカルトは自分の修行を見るまでに彼がそこらの木々を飛んだり跳ねたりして走り回る姿を見ている。

 しかも四足歩行かつ口にナイフを加えるという状態で、だ。

 しかし、彼の奇行や突飛な行動はそう見えるだけと思い込んでるだけあってスルーした。

「それで修行だけど……」

「紙の威力を出す方法を考え付いたんだっけか? 素で大木を穿つんなら充分だと思うけどなぁ」

 カルトは操る物を人でなく紙、特に自身で切った紙を操る能力に決めていた。

 近距離を紙の扇子、中~遠距離を扇子を用いた紙吹雪での攻撃とかなり練られたアイデアであり試し打ちされた時は恐かった。

 というか一つ一つを的確かつ無茶な姿勢で避けた為、身体が頑丈で無ければ【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)に殺される所であった。

 そして行き成り扇子で近接戦を仕掛けてきたが、よく鉄扇も使った事も無いのにそんな武器で闘えるなと聞いたらお母様も扇子(コレ)で戦えると言って瞬時にトールは納得した。

「動かないしオーラも纏ってない奴には充分だけど、実際はそんな事は滅多にないでしょ?」

 

―― 暗殺者だし多いんじゃないか?

 

 と思ったが念能力者という前提があった場合、直接戦闘に持って行かれる場合が多々ある。

 例外の多い世界、又はその向こう側にいるのである。

 元々【念】を抜きにして例外の向こう側にいる彼はその辺りの認識が薄い。

 だが、例外が日常と化し尚且つ不意打ちや奇襲の類にかなりの強さを持ってしまっているトールとの修行はカルトの暗殺者・念能力者としてのステップを階段飛ばして上げていた。

「そういう訳でコレ持ってて、身体の中心のところでしまってくれるといいんだけど」

「ん? さっきの紙吹雪の一枚か」

 カルトが渡したのは指の腹に収まるほどの大きさの紙切れ。

 綺麗な正三角形のそれはカルトが操作している紙吹雪の一枚だと直ぐに分かった。

 トールは言われた通りに紙を懐にしまう。

「あとちょっと離れてくれる? あの木のところくらいまで」

 これも言われた通りトールは指定された木までざっと十メートルほど離れる。

 

「それじゃあ避け続けてくれる?」

「…… え?」

 

 スッと此方を扇子で指したまさにそのとき、カルトから紙吹雪が舞う。

 その一片一片が正三角形になっているそれは、その鋭利な部分が一斉に此方を向き……

 

…… 一切の例外なく全ての紙が物凄い勢いで彼目掛けて飛んできた。

 

 そしてトールの頭も真っ白になった。

 

 紙吹雪はまるで一本の槍の様にトールの中心部を貫くべく向かってくる。

 しかし、当たるその寸前にトールの身体は柳の様にしなりながら横へ跳んだ。

 真相は力ないが故に柳の様にだらりと下がった身体が【俺の代わりに僕が踊ろう】(タランチュラ)によって勝手に跳んだだけである。

 紙吹雪は槍から形状を蛇のソレへと変え更に方向も変えてトールに向かう。

 だが、これも今度はその向かってくる風圧に負けた様に倒れた動きによって回避された。

 

―― 相変わらず何をどう見切ってるのか分からない動きだね!

 

 当の本人は今、一見仰向けに倒れた様で足と腹筋のみで地面すれすれで浮いている状態になったその衝撃でようやく意識が帰って来た。

 

―― っぶねー! こえぇ!

 

 その場から走りながら出てきたのはそんなものだった。

 威力は避けたトールの直ぐ先にあった木が大きく削がれていたのを見て直ぐに把握出来た。

 だからとにかくトールは走る、そして飛ぶ…… 何度かやられた紙吹雪の操作攻撃はこうすれば分散されるため、このまま近接戦に持ち込めるからだ。

 じゃあこうなること分かってるのだし気絶するなと思うだろうが、毎度問答無用だったため今回は最初にアクションがある分逆に分からなかったのである。

 奔るトールの周りに正体が紙だと信じられない穴が出来る。

「んぎぎ!!」

 能力発動中であるにも関わらずそんな声が漏れるほど、追跡されて攻撃が来る。

 木の枝を飛び移った瞬間、その下から枝ごと飲み込む勢いで上がって来た紙を飛び移って曲げた足の力と枝の反動をそのまま跳躍に変えて逆側に飛び、身体を極限まで折り曲げ衝撃を殺し着地する。

 

―― んだ畜生! 操作巧くなりすぎだろ!?

 

 先程まで自分がいた場所が紙に飲み込まれて細切れにされる様を下から見上げながら心の内で叫ぶ。

 その瞬間を、カルトは見逃さなかった。

 風、自分の周りで何かが大軍で動いている風の流れをトールは感じ、ハッとして周りを見る。

 上に登っていた部分以外がトールの周りを囲むように…… 蛇の如くとぐろを巻いた。

 

―― 蛇咬の舞!

 

 扇子の動きに合わせ、その上から蛇が獲物を食らいつく様に牙を剥き出して向かう。

 地面に向かって放たれた一撃に舞い上がる土煙をカルトは紙を操作して吹き飛ばす。

 その中心にはその原因となった地面の穴をジッと見つめる無傷のトールがいた。

「あーあ、最後の最後にとっちゃうか…… やっぱり」

「いや偶然だから、びっくりするぐらい奇跡だから」

 トールはあの一撃が襲い来るあの瞬間、懐から先程カルトが持っていろと言って渡した紙が風で服がはためいた時に出たのを見た。

 通常ならそんな事など直ぐに忘れるか印象にも残らないかである。

 しかし、次にその紙目掛けて蛇の頭が突っ込んだのを見れば覚えているのは当然である。

 

「マーキングと一定パターンの攻撃方法で威力と命中精度の確保か…… 恐いな」

 能力の説明を受けたトールは近場の水場でを勢いよく飲みながら心底怖そうに言った、がすぐさま水を飲んだためそんな雰囲気は微塵もでていない。

「じゃあそういう態度とってよ…… でもこれ最初にトールが紙を持ってたから出来たけど、実戦じゃ紙を刺さないとね」

 とは言うがトールが水をがぶがぶ飲む行為は彼なりの落ち着きを取り戻す方法であるので恐い反応はしていたりする。

 紙に関しては最初の一回は試運転を兼ねて紙を嫌々ながら持った状態で始めたらしい。

 

―― じゃあ防御にしてたらヤバかったなこれ……

 

 もう股関節を中心に変な音を立て始める回避になってきていたので、カルトの紙吹雪は時折防御した方がいいのではと思い始めた矢先の出来事であった。

「それじゃ紙じゃ無くて紙で付けた傷の方を追う様にすれば?」

 何気なく言った言葉にカルトは眼を開く。

「それだよ! ありがとうトール!」

 まだ試運転という感覚で行っている際の数少ない的確なアドバイスであった。

 カルトはそれを聞くと今日の食材で試しに行ってくると飛びだして行った。

 

 気付いてはいないだろうがここらの爬虫類を食材呼びしている時点で大分トールに毒されてきていた。

 

 

―― ようやく帰ってこれる様になったなぁ

 

 トールはその後まっすぐ家に、帰ってこれた。

 

―― いや僕の御蔭だけどね、もう僕の寝る時間が来ちゃったけど

 

 結局足から出した糸が途中で切れた為、なんとか起きていたアラーニェに導かれて家まで辿り着く。

 

―― 道中食べたし、夕飯は普通の量で済みそうだな

 

 彼の普通とは常人の暴食か過食レベルである。

 そんな事を考えながら何となくリビングの椅子に座っているトールの耳に二つの聞き慣れたくない音が入って来た。

 ジャラジャラと、地面を擦りながら鳴り続ける金属音。

 

 そしてそれより尚、気になるもう一つの音。

 

「ジャララ~~ジャラリ~~ジャラル~~ジャラレ~~…… ジャラロ~~♪」

 陽気、何処までも陽気だがなにか底冷えする様な物を携える音もしくは声、いや歌。

「右に~鎖~ひだ~り~にチェーン! けどセンターは~…… 譲らんぞ!!」

 歌詞なのか大事なアクセントなのかはたまた不安定なのか地面に鎖を思いっきり叩きつける音が響く。

「アア~鎖・イズ・マイライフ~…… ただいま」

「…… うん、おかえり!」

 何処で間違えてしまったのだろうと顔を覆いたい気持ちを抑えて、トールはクラピカに努めて明るく返事をした。

 クラピカは返事に満足げに頷くと右肩に担いだ皮膚が蚯蚓腫れの様に爆ぜたかなり大きな山椒魚の様な何かを台所に鼻歌交じりで置きに行った。

 

―― そっか、遂に両生類を食べる位好き嫌いが無くなったのか……

 

 こうして微妙にピントのはずれた事を考えてトールは己の正気を保とうとする。

 そんなトールの前にクラピカが台所から帰って来た。

「トール、すまないが新しい鎖を出してくれないか? 今日の得物を仕留めたときに先の方が砕けたらしい」

 左手に掴んだボロボロの鎖を見せるクラピカはいつもの表情であった。

 どうやら今は安定している様だ。

 

―― それはさっき歌ってる最中に叩きつけて壊したんじゃ?

 

 そう思ったが、当人があの状態の時をどうやら覚えていない様なのでやめた。

 そして今、鎖を新しく出す事はやってよいものかと悩む。

 

―― そろそろ取り上げよう……

 

 今日一杯持たせようと考えていたそれを放棄し、渡さない旨を言う為に顔をあげる……

 

 そして硬直した。

 

「どうしたトール?」

 その様子にクラピカは左手の鎖を外しながら不思議そうに彼の顔を覗く。

「それ……」

「ん?」

 でた言葉はそれだけ。

 そして同時に力なく人差し指がクラピカのある一点を指す。

 

「その鎖、なんだ?」

 指したクラピカの右手には真新しい銀の輝きを発する鎖があった。

「これは!?」

 右手をまるで拘束するかのように五本の鎖が巻かれていた。

 クラピカが気付いた事が引き金になったのか、鎖は音を立てるほどに回転しながら手首から上に伸びる。

 鎖の服の繋ぎ目を引き千切り露わになった右腕の鎖は右肩の所で複雑に絡まると止まった。

「こりゃオーラで覆われた鎖じゃない! 全部オーラで出来てやがる!?」

 【凝】でよく視れば微妙に透けている部分があることに気付く。

「ではこれは私が具現化した鎖!? …… くさり!?」

 クラピカは次には頭を抑えてその場に蹲った。

「クラピカ!?」

 そのまま動かなくなったクラピカに何事かと自分も膝を折って身体を近づける。

 そうすると何事かブツブツ言っているのが聞こえる、もしや体調の急激な変化かと耳を顔に近づける。

「…… ―――― ない……」

 それでも不明瞭なのでオーラで聴力を強化させる。

「…… ないぞ、あんなの私ではない…… あんな歌を歌っていたなど一生物の…… うぉおおおおおッ!!」

「があああ!! 耳がァアあ!?」

 耳をおさえるトールを跳ね飛ばし、叫んだままクラピカは二階に行ってしまった。

 

 後に帰って来たカルトがリビングで「クラピカぁ……」とうわ言を言ってもがき苦しむトールを見て、いつからそんな事が出来たのかと【円】を展開して二階にいる事を把握すると扇子を取り出して階段へ駈け出そうとしたが必死に糸で止めた。

 

 クラピカはそのまま部屋の戸を固く閉ざし、姿を見せる事は無かった。

 

 問題があるとすれば、そこがクラピカの部屋ではなくトールの部屋だった事である。

 

 どうやら鎖はもう見たくないらしい。

 

―――――――――

 

『それは多分言うなれば拒否反応が生んだ奇跡ってとこかしら?』

「拒否反応の奇跡?」

 鎖製のハンモックに揺られながらトールはアルゴと電話をしていた。

 予想の半分以下で具現化に成功した事とその他色々な心配事からこりゃ手に負えないと判断したからである。

『この具現化系のイメージ修行はね、本来なら具現化したい物を日常の一部にして馴染んだ頃にその一切を取り上げて欠けた物を補う形で自然に具現化させるってのは覚えてるわよね?』

「うん、二十四時間それがあることが当たり前の生活を送らせるって聞いたから頑張ってみたんだけど」

 その結果がこの鎖部屋である。今日の昼頃には撤去予定だ。

 ちなみにアルゴにクラピカが何を具現化したいかは伏せている。

 むしろアルゴ側からそれは言わないようにと釘を刺されていた。

『それでトールちゃんが張り切り過ぎたのが原因よぉもう! クラピカちゃんが普段と真逆なキャラになったのは過剰な接触から己を守ろうとしたのよ』

「なるほど、それが拒否反応ってこと?」

 アハハと高笑いするクラピカを思い出す。

「そうよ、それで修行の第二ステップの取り上げるという工程…… これが拒否反応によって見ているのに見ていない状態になって省略されたってわけ」

 見てるのに見てない? と没頭の天才は問う。

『詳しい反応を聞くにクラピカちゃんの行動は具現化したい物をまるでペットのように見立ててたんでしょ? つまり具現化したい物をそれじゃない別の物だと思い込んで距離を離していたのよ、身体は無理だから心をね』

 そう言われればと鎖に飯をあげていた事も思い出す。

『でも生活にそれが根付いているから心の欠けた部分を埋める様に具現化したんでしょうね。代償として具現化で心が安定して記憶の隅に追いやっていた事が出てきてあまりの恥ずかしさに引籠ったってところかしら?』

 つまり成果は出たが反動が大きかった…… それほど苛酷な修行であった、そういうことなのだろう。

『それより、クラピカちゃんは今から想像以上のスピードで【念】が進化するわよ』

「これ以上の速度でか!?」

 あまりの驚きに片方の足が鎖製のハンモックの網目に嵌った。

『ちょっと語弊があったわ、正確には具現化した物に特殊な能力を付加するっていう部分が早いってこと』

 アルゴからの事前学習に具現化系の特徴、例えば剣を具現化した能力者であれば『斬った相手を数秒麻痺にする』といった能力を付加したりして自身の能力の使い勝手を上げたり威力の底上げを図ったりする能力者が多い。

 そのことを事前にクラピカにも話している、特殊能力とそのさじ加減…… 制約と誓約。

『具現化系の能力って最初の物質を具現化するって部分が難産なのよ、それに対して特殊な能力の付加はあっさり出来る場合が多いの、具現化するって工程で充分なイメージが出来ていたりじっくり誓約や制約(ルール)を考えられる時間があったりするからね』

 つまりよほど難しい能力や、それ自体に別の強い体験が必要でない限りは最初の具現化修行の段階で同時にこなしてしまうから結果的に早く特殊な能力の付加が出来ている様に見えるそうだ。

「まぁなんにせよ順調に進んでくれればいいや」

『そうなのよねー…… そうそう、クラピカちゃんとカルトちゃんの能力が完成したらメールしてくれないかしら?』

「そりゃなんで?」そう聞くトールにアルゴはニヤリと笑った気がした。

 


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