クモ行き怪しく!?   作:風のヒト

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刺客は視覚で死角でしょう2

「オレ達もしかしておちょくられてる?」

 兄弟の連携を華麗に躱わし、まるで今思い出したかのように目をおさえて再び転げ回るトールを指差してアーノは戸惑いながらノウンに問いかける。

「…… ですね、どうやら修行不足は私達の方みたいですよ兄さん」

 服の乱れを整えながらノウンは苦笑いして肯定する。

 ノウンの言葉を聞き、アーノは数秒難しい顔をして頭を掻く。

 そして考えが纏まったのか、よし! という声と共に柏手一発鳴らす。

「オレ達兄弟は今から全面的にキミ達二人の実践修行をする事に決めたさね! まーずーはー、そこの金髪のキミィ!」

 はいじゃあよっろしくぅー! というふざけきった掛け声と共に自分を挟む形でいたクラピカとカルトにそれぞれを指差す様にして、その指を勢いよく鳴らした。

 

 同時に二人は大きくその場を横に跳ぶ。

 森の中から飛んできた念弾は、二人のいた空間をただ通り過ぎた。

 

「うっそーん…… もしかして見破られてる?」

「一度被弾した場所に浸透し、二撃目が放たれる念弾…… だろう?」

「だから駄目だと言ったんですよ兄さん……」

 クラピカの言葉にノウンが悔やむように言う。

 その反応がクラピカの予想が正しい事を証明した。

「フハハハハー! よくぞオレの【寄生的衛星念弾】(サテライトショット)を見破ったな褒めてつかわす! …… あんま他所で言わないでね?」

 色々台無しである。もとから台無しな気もするが……

「っていうかあの一発でオレの能力気付くとかー! なにそれ頭良すぎさねッ!」

 ビシビシと何度も何遍もクラピカとカルトを指差しながら空に向かってアーノは騒ぐ。

 そして突如として近くの木々が一斉にざわめきだす。

 巻き起こる砂塵が晴れるとそこには紙性の扇子でナックル付きの拳を防ぐカルトと、その拳を止められたノウンが中心にいた。

 

「…… 甘いよ?」

「…… こちらも読まれてましたか」

 

 数秒の静止、先に動いたのはカルトの紙…… それがノウンの右足に襲い掛かかるも文字通り紙一重で躱わした。

 

「よく、私の次の攻撃が右の蹴りだとわかりましたね? これは私の方も気付いていると考えてよろしいので?」

 アーノの横まで距離を取り軽く砂を払いながらノウンはカルトに問う。

 

「単純にちょっとやそっとじゃ見れないほど強い【隠】でしょ?」

「なんだぁ、ノウンの方も分かったのさね?」

 答えたのはアーノ、しかし困ったなぁと笑うノウンの反応がアーノの時と同じように正しさをあらわしていた。

「兄さんも駄目でしたが私もダメでしたね」

「ええいお前の能力がバレたのにさらっと再びオレの駄目だしやめるさね!」

 アーノは地団太を踏んでノウンを指差すが本気で怒っている訳ではない、むしろまだおどけている様だ。

 

「まぁ、分かった所で長時間かつ戦闘中という集中力の削がれる環境の最中ノウンの【無色透明な盾】(クリア)を見続けるのは至難だと思う…… さね!」

 言葉の終わり、不意に指差した手を開き二人に向けたアーノはそのまま数発の念弾を放ってきた。

 しかし、二人とも喰らうものかと必要最小限の動きでそれを躱わす。

 だが、互いに右と左…… それぞれの足に力とオーラを込める。

 

「ならこれでどうだ…… って、んもう!」

 

 それは次に来るだろうアーノ曰く【寄生的衛星念弾】(サテライトショット)の攻撃、その射線上から逃れるべく大きく横に跳ぶためだ。

 横に跳びつつカルトは扇子を振るう、すると落ちていた紙吹雪が一斉に舞い始める。

 それを見たアーノが腰を落とし紙の迎撃に備えるも、カルトが扇子で指示したのは…… 自身の真後ろだった。

「ッ!?」

「見えてるよ?」

 そこにいたのは大きくナックル付きの拳を引くノウンだった。

 そしてノウンは見た、カルトが何故自分の【無色透明な盾】(クリア)を見破ったのか…… そのカラクリを。

 

―― 左目部分にオーラが無い、【凝】を右目に絞って精度を上げたのか!?

 

 ノウンはそのカラクリに気付くと同時にオーラは問題無いとして流石に身体をその場から逃がす時間が無いと判断し、ダメージを覚悟する。

 

「問題ないさね!」

 その声と共にノウンとカルトの間にまるで壁になる様に数発の念弾が上下左右から発射された。

 

 アーノの【寄生的衛星念弾】(サテライトショット)が予想以上にその発射角度に自由があったようだ。

 

「さっきのミス、帳消しですよ兄さん!」

 紙吹雪を防御に回した一瞬を突き、ノウンはカルトの懐に一気に詰め寄った。

 こうなれば次にダメージを覚悟するのはカルトの方である。

「少し戦線離脱させますね?」

 だが、ノウンと違い経験の浅いカルトではオーラの操作が間に合わない。

 つまり大ダメージ必須の覚悟、故に左腕を差し出す様にガードの仕草をする。

 

―― 駄目だ! 間に合わない!

 

 が、ノウンの斜め下から這い上がる様に迫る拳は自分の動作より遥かに速かった…… 狙いはガードを超えた脇腹、ただでさえ紙の操作にオーラを割いていた上にガードを超えた一撃、戦闘続行は果たして可能だろうか?

 

「こちらも問題ない」

 

 だがその覚悟と心配は先程のアーノと同じ意の台詞によって杞憂となって終わった。

 ノウンの拳がカルトの脇腹があった箇所を素通りする、そこにカルトの姿は既になかった。

「おりょりょ!?」

 クラピカが横から高速でカルトを掴んで離脱し、木々の間をすり抜ける様に移動し消えていった。

「兄さん」

 直ぐ様ノウンは片目を閉じて米神に手を当てているアーノを呼ぶ。

「…… 駄目さね、ありゃ浸透してる場所を把握して移動してる。当たりゃしないさね」

「それでも兄さんの撒き方ならいくつか仕込んでいた地雷型に一ヶ所は接触するはずでしょう?」

 地雷型、アーノの【寄生的衛星念弾】(サテライトショット)が発射される条件の一つ、オーラを纏った自分以外の人物の接触による発射をノウンは期待する。

「オレも一個くらいは発動するかもと思ったんだが一つも発動してないさね、そっちも見破られているか…… もしかして足が一歩も枝やら地面に着いて無いんじゃねーか?」

 それはどういうことだとノウンが口を開こうとした瞬間、森は再びざわついた。

 

―※―※―※―※―※

 

「…… お礼なんか言わないよ」

「別に私も期待してない」

 キュコウ兄弟から離れた場所で息とオーラを整えるカルトはクラピカを一切見ずに口を開く。

「あの弟の方、ボクがやる」

 二度も死線を越えた相手にカルトはそれで生きている自分が暗殺者の端くれとして我慢ならないようだった。

「構わんさ」

 反対されてでもやってやるというカルトの意志と裏腹にクラピカがだしたのは了解だった。

 そこで初めてカルトはクラピカの方を振り向く。

「我々にあの兄弟の様な連携をとることは不可能だろう? 仲介役のトールは下手な演技をしてまで参加拒否をしている以上個々で動いた方が勝機がある」

 仲介役が出来るかそれさえ不安な奴は現在も森で呻いて転がり回っているが、総スルー状態である。

「なら勝手にやらせてもらうよ」

「しかし、だ」

 いざ動こうとしたカルトを制する様にクラピカは話を続けた。

「何!? いつも思ってたけどキミ回りくどいよ!」

 やはりコイツから片付けるかと言い始めそうな勢いで詰め寄る。

「個々でやるということはあの兄弟も離さなければならないだろう…… 故に……」

 

―※―※―※―※―※

 

「ノウン! 四方八方紙だらけさね! でもよ……」

「見れば分かりますよ兄さん」

 ふざける様に回転したアーノだがその実、それで全てを見通したらしい。

 

―― 私達の右斜め上、あの木の枝の所は紙が無い!

 

「って人の話は最後まで聞くもん…… あぎゃらばらッ!?」

 最後の最後にいくら兄でも可笑し過ぎる奇声を発し、何事かと振り返るノウンが捉えたのは一瞬で大木に叩きつけられたアーノと対峙するクラピカの姿。

「兄さん!?」

 

―― オマエはこっちだよ

 

 声が聞こえた訳ではない、音も無かった…… しかし微かに己の第六感とも言うべき何かがおぼろげな気配を感じとり、気付けば己の服の袖がズタズタに引き裂かれていた。

「…… 次は削ぐ」

「…… 奇襲はアナタ達の方が巧い様ですね」

 

 

―― 故に、最初の攻撃だけは同時に行う

 

 たった一つ、シンプルな同時奇襲は見事に兄弟を分断した。

 

―――――――――

 

「ってー…… 容赦ない腹パンさねー」

 そう言って立ち上がるアーノだが、実際は拳を寸での所でガードしている。

 それでも予想外の速度であった為に激突した背中にはしっかりダメージが通った様だ。

 

―― あの速度、やっぱりなにか能力が関係してるな…… 踏み込む音もしなけりゃ地面も抉れてねぇ

 

 さらに考察をしようとするアーノにクラピカはそのまま攻撃を再開する。

「ッハ! 接近戦もイケる口さね」

 そうは言うが念弾を撃つタイプにインファイトは効果的である、だがアーノも単なる固定砲台の訳も無く応戦する。

 拳が、足が、肘が、それぞれ相手の意識を刈り取るべく交差するがどれも致命的な一打とならず、ぶつかり合うオーラがまるで火花の様に光っては散っていく。

 やや大きくクラピカが右の拳を引く、アーノは直ぐ様それに気付くと未だ笑みを崩さぬまま自身の左腕にややオーラを集中させガードの姿勢を取る。

 

 そして彼の笑みは弾かれた腕のガードと共に驚愕の顔に変わった。

 

「ちょい…… っとぉー!」

 そして迫るガードを超えたクラピカの攻撃を前にアーノは咄嗟に右手をすくいあげる様に伸ばすと念弾を真上に飛ばしてクラピカに回避行動を取らせ一瞬の隙を作ると、そのまま後ろに反動で倒れつつ距離を取った。

 

―― んだおいガード弾かれたぞ? 同量少し上程度に込めたオーラのガード弾くって強化系かコイツ

 

 おどけた態度は鳴りを潜め、慎重に距離を取り構える……

「って、オレはバカさね!?」

 …… こと約五秒、アーノはそのまま突っ込んできた。

 いきなりの行動に一瞬目を広げるクラピカだが、すぐさま迎撃に思考を切り替える。

 五秒先から無軌道の男(ト  ー  ル)と少なくない時間共に過ごした経験はどうやら無駄ではなかった様だ。

「ざんねーん、ってねぇ!」

 しかし、突っ込んできたアーノが人の神経を逆撫でする様な腹立たしい笑顔を見せたと思った次の瞬間、クラピカはそのままつい先ほどアーノにしたように吹き飛んだ。

 

―― ノーモーション? いや、多分アレは……

 

「その様子じゃあ気付いたみたいだし敢えて言っとくが原理は簡単、念弾をオレの服に浸透させてたってだけさね」

 土煙で半分隠れながらも立ち上がるクラピカを確認したアーノは自分の服を引っ張りながらしてやったりと言った調子で喋る。

「やっぱ思った通り仕掛けがあったさね、さっきの攻撃といい今の防御といい、そのオーラ量で防御や攻撃してるにしちゃあちょいと固すぎるし強すぎる」

 身体はかろうじて小さな切り傷や打撲で済んではいるがもはや長袖として機能しなくなった袖を破り捨て、土煙から出て来るクラピカをしっかりと【凝】をしたアーノはその正体を見た。

 

 右腕全体をまるで縛り付けるかのように巻き付いた鎖を――

 

―――――――――

 

「【隠】で消せるって事は、具現化した物質か…… 最初に【凝】した方が正解とか言って登場したのにこの体たらくは自分で言うのもアレだけど酷いブーメランさねぇ」

 お茶らけて【凝】をしながら言うアーノは、その軽い口調から反する慎重な構えを取る。

 

―― あの鎖、巻きついている部位のオーラ量が変わらねぇで威力が違うということは肉体を強化している可能性が高いな……

 

「ノウンがここにいなくてよかったさね」

 口と裏腹に冷静にクラピカの【念】を推測するアーノの眼はクラピカの鎖がまるで蛇の如く動き始めるのを捉えた。

 

―― 来る!

 

 この距離なら念弾で先手だと掌を向けるその瞬間、彼が見た鎖の移動場所は右足。

 そして念弾が到達するより速く、されど小さく地面が爆ぜる。

 

 クラピカの右足による踏みこみによってだ。

 

「うぉったぁ!? 何か喋って欲しいさね!」

「喋れば不意に攻撃する意味がないだろう」

 そのまま掌でクラピカの拳を受け止めて言うアーノに御尤もな台詞をクラピカは返した。

「厳しい意見の方がクるさね……」

 沈んだ口調で言うが攻撃にはたやすく対処している。

「けどもオレもお前のさっきの加速がその巻きつく鎖の強化から来るものじゃない事くらいはバッチシ分かっちゃったさね!」

 

 アーノの言う通り、クラピカのこの鎖の能力名は【癒す親指の鎖】(ホーリーチェーン)であり、緋の眼になることによって底上げされた強化系によって自己治癒力を強化する回復がメインの能力だ。

 しかしふと考えたのだ、トールも緋の眼というよりクルタ族の種族特性に気付いているだろうと。

 それはカルトの証言から意識的に何らかの能力を行使出来る段階に彼はいると推測する。

 その誤認が前提で彼の修行はいつ始まりいつ終わるか分からない生活に根付いた不意打ち気味な方法である。

 

 つまりこう言いたいのではないか? 『常に戦える、若しくは動ける様にしろ』と……

 

 であるにも関わらず緋の眼状態でしか実戦に向かない能力があっても意味がないのではないかとクラピカは考えたのだ。

 その結果編み出されたのがこの【癒す親指の鎖】(ホーリーチェーン)による部分的肉体の強化。

 緋の眼でないときは治癒でなく活性化に効果を限定しさらに鎖を巻き付けた箇所のみを強化するという範囲の限定、その二重の限定がそれを可能にした。

「あーらよっと!」

 だがその強化された蹴りはアーノにその勢いを利用され彼の後方に投げ飛ばされてしまった。

 

―― ぶん殴って鎖に当たって色々されるよか念弾当てて気絶ってな!

 

 手にオーラを溜めつつ警戒と一撃とを兼ねた意識を刈り取る念弾を撃つためそんまま勢いよくアーノは後方を振りかえり――

 

 その勢いを利用したクラピカのロケットの如き一撃が彼の腹を直撃した。

 

「ッグ…… ガァアアア!?」

 耐えきれず先程より激しく後方に飛ぶアーノだが寸での所で飛びかけた意識を繋ぎ、手のオーラを斜め下の地面に向けてまるで逆噴射の要領で放出する事で、着弾時の衝撃を利用し勢いを殺してなんとか大木に激突する前に、地面にややおぼつかないながらも足を付ける。

 そうして顔を上げればクラピカは更に勢いを付けてこちらにもう一撃与えるべく詰め寄ってきていた。

「なめるなァッ!!」

 しかし、おどけた表情から一変して覗かせた鬼の形相で口から少量の血と共に叫ぶともはや視認出来ないレベルで構えた手から瞬時に念弾が同タイミングで二発クラピカの腕に当たり胴を掠め、クラピカは地面へ倒れた。

 

―――――――――

 

「っく……」

「悔しそうに立ちあがるとこ申し訳ねぇがその表情はオレの方がしたいさね、恥ずかしながらやっちまった感が満載さね」

 口から血の塊を吐き出しながらアーノは言う。

 

「だが言わせてもらうさね、もうその攻撃は喰らわねぇってな…… 精々逃亡用に活躍させるんだな、その中指の鎖はよォ……」

 肩で息をしながらも笑うアーノはあの一撃で確かに見た。

 投げ飛ばしたクラピカの中指から伸びる鎖の先端が自分の眼と鼻の先まで伸びていた一瞬を。

 そして、その鎖を沿うように空中でこちらに高速で向かうクラピカの拳を。

「空間に固定した鎖を伝って高速移動たぁ良い能力さね、オレも名前を教えたんだからそっちも名前くらい教えてくれると嬉しいさね」

 

「…… 【解放する中指の鎖】(リリースチェーン)だ」

 同じく口の中を切ったのか、端から血を流しつつ立ち上がるクラピカは、その名前を何かの決意を込めるかのように言う。

 

―― 『束縛』のイメージが強い鎖に『解放』とは、余程強い別のイメージがある様だな……

―― それはさておき、念弾を序盤でばかすか撃っちまったし(大半はトール相手に撃った無駄弾だが)向こうはまだなんか切り札あるっぽいし…… そもそもオレ、条件付きだし困ったさね修行だけど負けそう

 

 あっさり脳内で負けの色が出てきたことを認める。

 さてどうしたものかと考えるアーノに思わぬ誤算が訪れた。

 

 それは対峙する二人の間にまるで隕石の様に飛び込んできた。

 一瞬クラピカはアーノの念弾かと構えるが、どうやら違うようだ。

 先程以上の砂煙が晴れて出てきたそれは小さく呻き声をあげ、しきりに首を動かしている。

 普段の自信満々な表情も無く、猫や蛇の様な気まぐれさや狡猾さ、そして獲物を嬲る残忍さを持った瞳は固く閉ざされている。

 

 弱り切ったカルトがそこにいた。

 

「いやー、ナイスタイミングさね兄弟!」

「私的には仕事が増えそうでバッドタイミングですよ兄さん」

 

 まるでヒーローは遅れて登場するとばかりに、今回最大の敵が森から現れた。

 

「手酷くやられましたね?」

「それでも充分情報稼いだからな? あっちの子は鎖を具現化して少なくとも複数特殊な能力持ち、親指は巻いた箇所の肉体強化! 中指は鎖伸ばしてそこの間を高速で移動するさね!」

 さらに小声で二言三言話し、一瞬クラピカを二人が見た瞬間…… 兄弟の反撃が始まった。

「出血大サービスってな!」

 両の手を広げると、完全に調子を取り戻したアーノはそう言ってオーラを集中させる。

 一見何も起きていない様に見えたそれは中心のカルトの髪が不自然に揺れた瞬間、【隠】の念弾だとクラピカは理解し横に飛んだ。

 一拍遅く行った【凝】をした眼が捉えたのは点で無く面で攻める念弾の猛攻。

 脚力の強化では追いつけないと悟ったクラピカは【解放する中指の鎖】(リリースチェーン)をさらに横へ飛ばす。

 先端が何も無い空間で止まった瞬間、今度はクラピカを引っ張る様に鎖が固定された先端部分へと一気に戻る。

 視えない念弾はクラピカの服の裾を少し削っただけで森へと消えた。

 

―― やはりまだ未熟だ…… 意識しなければ【凝】が途絶える

 

 己の技術の粗さを痛感するクラピカのその眼が一瞬早く身に迫る靄の様な影を捉えた。

「兄に感謝しなければならないな……」

「直前で兄さんが【凝】を意識させなければ当たってましたもんね私の一撃」

 単に強力な【隠】という能力、【無色透明な盾】(クリア)を持った弟の拳は鎖のまかれた左腕が防いだ。

 押す拳の勢いが強くなるというのにノウンのオーラはますます弱まる様に見えなくなる。

 【癒す親指の鎖】(ホーリーチェーン)による活性化で耐える左腕のオーラと【凝】をするためのオーラによる配分で手薄になる胴体が心配であるが、それでもオーラの流れが一切分からなくなるよりはいくらかマシであるため眼に更にオーラを込める。

 

「まったく…… 兄さんには感謝しなければ」

 

 そう言って笑ったノウンを見た瞬間、クラピカの視界は白で埋め尽くされた。

 

「グッ……」

「派手に落ちましたねぇ」

 自分の遥か頭上からノウンの声が聞こえる、どうやら自分は木の枝の高さから一気に落ちた様だ。

 

 様だ、というのはクラピカ自身今の自分の状況が分からないのだ。

 眼球がまるで強く押されたかのように痛み、何色だか分からない霞みが己の視界を塞いでいる。

 

―― これは、まるで太陽を直に見た様な!?

 

 この眼の痛みと現象を混乱しかける頭でそう感じ取る。

 そして次に浮かぶのは同じ様に眼をおさえて転げまわっていたトールと、つい先ほど眼を固く閉じていたカルト。

「まさか!」

「気付いた所でなんとやら、ですね」

 思わず出た声に反応したのは自身のすぐ上、何時の間にかノウンは近くまで移動していたようだ。

「それでは残念賞という事で」

 視力を封じられた状態で避ける事が出来ない、そして【堅】も間に合わないと悟ったクラピカのその正常な耳は、この生活で聞き慣れた一つの音を拾った。

「おや?」

 繰り出す拳が勢いに乗る前に、引っかかる感じを覚えて拳を見ればそこには数十枚の紙切れが逆側に押す様に引っ付いていた。

「これは!?」

 そして次にはクラピカと自分を挟むように下から無数の紙きれが寄せ集まって壁となり、彼の視界を紙の白で埋め尽くす。

 それは【凝】もしていない手で簡単に崩せるものであったが。

 

「…… もう消えましたか、正直ここら辺で倒れてくれないともう修行云々言ってる場合じゃないんですが粘りますねぇ」

 この状況も容易く崩してみせた。

 

 

「何故助けた?」

「駒は一つでも多い方がいい、それ以上でもそれ以下でもないよ」

 試しの門を開けられる腕力は伊達ではない様であるが、体格差からクラピカを持ち辛そうに運びつつカルトは本心を口にする。

「ソレともう一つ、眼は視えるか?」

「片目はまだ、でももう一方は比較的軽度」

 距離からしてようやく安全な場所まで来たと判断し、クラピカをやや乱暴に地面に下ろしつつ質問に答える。

「私の方は両目ともまだ回復しきってはいない……」

 閉じた瞳を指差す。

 だが、そうだと言うのに浮かべたのは笑み。

 これこそが反撃の糸口だと言わんばかりの表情。

 

「どうやら私の考えは当たりの様だな」

 風が、森を駆け抜けた。

 

 

「おー、いてて…… 今度もまた奇襲かねノウン?」

「片方目が未だ潰れて、もう一方は両目とも未だ使い物にはならない時間ですし、回復に回ると」

 つまりこっちが先に仕掛けりゃいいってことさね、とアーノが腹を摩りながら答える。

「持久戦狙いなら本来私達に分があるというか、そもそものスタイルですけどね」

「その例外なんだからアレさねぇ…… 速攻仕掛ける側に回るたぁな、常に自分のフィールドに引き摺りこめる訳が無いっていう教訓学ぶためにオレ達が修行してるみたいさね」

 指の皮が剥け、血が滴る拳をナックル付きのまま器用にハンカチで拭きとるノウンは困った様な顔で同意した。

 そしてハンカチを仕舞ったとき、彼らは回復のためにしていた【絶】から一気に【堅】にまでオーラを放出する。

「おいおいおいおい…… コイツぁどーいうことさね?」

 臨戦態勢を取ってからであるが無意識にとった様で、頭ではまだ理解しきれていなかった。

 故に敢えてアーノは口に出す。

 

「堂々と二人揃って正面からったぁ予想外もいいとこさね!」

 この異常事態を。

 

「なぁ、片目の方の視力はどんな感じよ?」

「…… あの集中加減ですし、開いている方は恐らくは殆ど影響を受けてないでしょうね」

 正面に現れたカルトに視線を一瞬合わせて小声で確認する。

 カルトの閉じられていない片方の瞳は片時も此方から逸らしてはいない。

 クラピカの方は両目を瞑っている状況から未だ視力は回復していないことが容易く確認出来る。

 

 にも関わらず二人はそのまま彼らの前に姿を見せたのだ。

 

―― 十中八九何か策があるかだろうな

 

 しかし、アーノがそう考えると同時に前の二人はそのままかなりのスピードで此方へ向かってきた。

 

―― んな!? 策があるにしろちょいとリスキー過ぎやしないか!

 

 だがそう驚いている時間も無いと判断したアーノは右の掌にオーラを込める。

「なら最終決戦だバカ野郎!」

 自身のオーラ量が残り少ない今、アーノはここで終わらせることを決める。

「受け止めろや!」

 

 そして念弾は放たれる。

 

 【隠】を施し、尚且つ直線ではなく弧を描く様にして用意周到にカルトではなく直前にクラピカの方へ向かう様に。

 だが、その念弾もそれまで撃った数多のソレと同じく何にも当たることなく突っ切って行った。

 

「まぁじで!?」

 片目に【凝】をしていたカルトがクラピカに攻撃が当たる瞬間、情け容赦なく蹴り飛ばしたのだ。

 あの兄弟の様な連携は出来ない、それは双方協力し合う連携が出来ないと言う訳であり、だからこそ片方がどうなろうが結果的に知った事ではないという互いが互いに好き勝手やる利害関係一致故の連携がそこにあった。

 それでも考えあってのことらしく、クラピカは一切木に当たることなく横に吹っ飛ぶ。

「逃しはしませんよ!」

 直後のノウンのセリフは吹っ飛ぶクラピカではなく蹴ったカルトに対してのもの。

 

―― 【光輝燦然たる矛】(ライト)!

 

 彼のもう一つの能力がカルトの眼を襲う。

 

―― やっぱり、光り方がさっきの比じゃ無い…… この喰いつき方、くやしいけどアイツの言った通りの能力……

―― 【凝】の強さに応じて強く光るオーラ!

 

 つまりはノウンの能力はその実【無色透明な盾】(クリア)がバレてから発揮される二段構え、アーノが下手に【隠】の念弾を撃つのも全てが布石。

 【凝】を意識し、さらに強く視る事を促し高まった所で発動させて行動の要となる視力を奪い取る。

 

 だからこそ、白く染まりやがて黒となる視界の最中……

 

 カルトは先程のクラピカよりも意地悪く笑う。

 

―― 最初に金髪の方からやっちゃる宣言してる以上、ノウンより先に仕留めんと示しがつかねぇ!

 

 妙なこだわりから跳ぶクラピカをやってやるぜと言わんばかりに狙いを定め…… 撃つ事は出来なかった。

 

―― 鎖でこっち来よった!?

 

 どういう訳だかクラピカは【円】を展開していないにも関わらず、最小限の動きでアーノの場所までピンポイントで【解放する中指の鎖】(リリースチェーン)を使い、自身を引っ張る形で空中を移動してきている。

 

―― 【隠】してるのにー! 焦ってるけど隠密厳守だっぜおい!?

 

 やや混乱あるものの、それでも来るなら来いとばかりにピンと伸ばした右手を更に左手で支えて狙い撃つ覚悟を決める。

 蛇行しているものの【隠】をする余裕も無いのか鎖を出している状態ならば道筋が予想出来るため、オーラを込める手に迷いはない。

 

―― そこだ!

 

 撃った念弾は奇策によって回避される事無く当たり前の様に確実に命中し、前のめりで腕を伸ばしたままクラピカは地に堕ちてゆくだろう。

 だというのに彼は、その様子を見る事が出来なかった。

 

 それより早く、アーノが腕を伸ばしたまま前に倒れたのだ。

 

―― 何が!?

 

 それを視界の端に捉えたノウンが驚き、アーノの方に顔を動かし…… 彼は見た。

 

 アーノの後頭部があったであろう場所に、向かい合う様にして倒れていたクラピカのその薬指から伸びた鎖がアーノの頭上の木の枝を使い、その先の形状もあってまるで鉄球クレーンの様に球型の鎖が鈍く輝いている事を。

 

「兄さッ……」

 そして彼もまた、最後まで何かを実行出来ずに視界が闇の中へ向かう。

 

―― 口に、これは…… 紙!? なぜ、今しがた両目は潰れたはず!

 

 口から順に顔面を覆い尽くす紙が眼を覆い尽くす前にかろうじて見たモノは、何か白い紙を握るカルト。

 それが何か、分かる前に彼は息を吸う事も吐く事も出来ずゆっくりと倒れた。

 

「視覚に…… 頼り過ぎたな」

 

 どちらともなく呟いたその台詞に応える者は無く、静寂を取り戻した森に吹いた風は【導く薬指の鎖】(ダウジングチェーン)を揺らし、ノウンの姿を模し頭の部分を強く握られクシャクシャになった人型の切絵を飛ばした。


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